「ですから──」
これは先日の会話である。
「レースを妨害してくれたら、萌絵ちゃんの手術は成功します」
ティップは青ざめていた。
せっかくレースに勝って、萌絵がやる気を出してくれたのに、今度は医者から突拍子もないことを言われたのだ。
これはつまり、八百長に加担しろということだ。
マツイ組はレースでの賭博だけではなく、結果を意図的に操ることでさらなる金を巻き上げたり、上客への接待に利用しようというのだ。
「な、なにを言って……」
「もう一度言います。レースを妨害してください」
一つはハヤヒデの飲み物に『薬』を混ぜること。
そしてもう一つはティップ自身がわざと負けることだ。
これが現状で、マツイ組にとってもっとも都合のいい展開らしい。
「もしも従ってくれない場合は、手術中に手元がくるってしまうかもしれない」
神宮寺はわざとらしく失敗を強調した。
「とはいえ、もともと難しい手術。不幸な事故であると誰もが思うでしょうね」
ティップはしばらくして、首を、縦に、振った。
「あぁ、うるせぇな」
今、現在、神宮寺は熱気をあげる観客たちを見下していた。
ウマ娘を見ると、表情を険しくさせて、うんざりしたように項垂れる。
「……俺は、ウマ娘が嫌いだ」
そう言って、軽く、手すりを殴りつけた。
「嫌いだから、目障りだから、叩いてもいい。皮肉なことに、理由も、燃料も、定期的に与えてくれるだろ? そういう、世界、界隈、よく、わからんが」
もう一度、手すりを殴りつけた。
「倫理や道徳、モラルがどうとかじゃない。ただありのままに生きる。それが自分が主役の人生というものだろう?」
「ダメだ! よくない! なんでぇえ!? ウマ娘は素晴らしいのにッッ!」
強欲鬼は剣を構えて走り出した。
しかしサルブラザーが腕を掴み、引き留める。
それを理解しているのか、していないのか、神宮寺は虚ろな目で言葉を続ける。
「そもそも、俺は競馬が嫌いだ。あんなものは人間にも馬にもよくないものだ」
「何……?」
「ギャンブルは人を狂わせる。馬の尊厳も踏みにじってる。虐待だろ」
それは本当のようにも聞こえたし、嘘のようにも聞こえた。
だがいずれにせよ、怒りだけは正真正銘、本物である。
本当なのである。
!▲!蜊ア髯コ莠コ迚ゥ隘イ譚!▲!
「怒るんだ! 怒ってるんだよ俺はァッ!!」
!▲!蜊ア髯コ莠コ迚ゥ隘イ譚!▲!
エネルギーに包まれ、神宮寺は憤怒鬼へと変わった。
絶縁の波動が放たれ、強欲鬼は吹き飛び、後ろにいたサルブラザーを巻き込んで倒れる。
衝撃で変身が解除され、猿原は全身が軋むような感覚にうめき声をあげた。
もしもサルブラザーという鎧がなければ全身の骨が粉々になっていたかもしれない。
「いぃぎいぃぃい!」
よくわらからない声をあげて、強欲鬼は逃げ出した。
その無様な姿を見て、憤怒は笑う。
彼のようなものを、たくさん作ってきた。
「ウマ娘プレイヤーのデータを人質に取り! 奇行を命じる! アイツらは馬鹿だから次々とネットに恥をさらしてる! いい気味だァ!! ハハハハハハ! ハーッハハハ……」
だが、怒っているので、上手く笑えない。
憤怒鬼は手すりを殴り、グシャグシャにした。
「……たしかに、そういう意見もあるだろう」
猿原はゆっくりと立ち上がる。
「すべてが美しいわけではない。人も同じだ。ウマ娘を遊んでいるプレイヤーの中には、競馬を嗜む人間の中には、酷い人間もいるだろう。欲に塗れたもの、醜いもの、きっといるだろうとも」
「そうだ! その通りだ! だから──」
「だが、そうじゃない人間もいる!」
「ッ、なんだと!?」
「それはあまりにも単純すぎて、見落としてしまうかも、しれないが……!」
ちょうどそのころ、喫茶どんぶらには、再びオフ会メンバーが遊びに来ていた。
そこで珍しく、帝坂はSNSにお気持ちを投降した。
本来ならばこんなことはやらない。ネットにおいては賢い立ち回りではないと思ってる。
熱いと思っているメッセージも、他人から見ればそれは馬鹿らしいもの、興ざめにもほどがある。
出る杭は打たれるのが常だ。
ネットにおいての正解は沈黙であると、帝坂だけではなく雲雀やアッキーも、瑛子だってそう思っていた。
しかし帝坂はらしくないことを書いた。
引用したのは、つい今さっき憤怒鬼が叫んでいたのと『同じメッセージ』だ。
これも鬼の能力なのかは知らないが、憤怒鬼の言葉がそのままネットの海に流れていた。
「俺もかつては競馬に嫌悪感を抱いていた。俺の親父はギャンブル中毒だったからな」
だが考えを改めたのはウマ娘を通していろいろなことを知ったからだ。
だがそれはべつに騎手の想いだとか、馬主の想いとか、馬の一生たるエピソードだとか、そういうたいそうなものがあったからじゃない。
まあもちろん少しは関係しているが、それはもっと単純なものだ。
それを、SNSにあげた。
「………」
雲雀は何も言わずに、帝坂の発言をリツイートし、自らの思い出も呟いた。
些細なものだ。大好きだった祖母が昔、パチンコでお菓子を取ってきてくれた。
そのキャンディが甘くておいしかった思い出だ。
「しかたないっすね」
アッキーも続いた。祖父が競馬で儲けた金で、おもちゃを買ってくれたことを呟いた。
瑛子も書こうと思ったが、商業に携わる人間にもしもがあってはいけないと雲雀が言って、結果、瑛子は楽しそうに当時の競走馬の思い出を語る人に『いいね』を送るにとどめておいた。
『ありとあらゆる意見はあるが、止められないし、少しずつしか、変わらない』
帝坂はその言葉で締めくくった。
あるものは、消えない。
ならば何を受け入れ、何をとるか。
そこにあるのは、その人間の中にある。ただ一つの──
「もの言えば
「なんだと……? なんだそれは」
「芭蕉の句だ」
猿原はドンブラスターを構える。
「人の短をいふ事なかれ、己が長を説く事なかれ──という言葉に続く。他人の短所について話したあとは、寂しくなる。口は災いの元であると、そういう当たり前のことだ」
「それがなんだ? それがどうした!!」
「憎悪を盾に生きている。それがあれば、楽か?」
「どういう意味だ……ッ、何が言いたい!!」
「憎しみがあると前置きを置けば、すべてが許されるか? いや、それはあり得ない。キミも本当はわかっている筈なのに、わからないふりをしているだけだ。なぜならば人の世で生きていればわからないわけがないからだ。人類はそこまで愚かではないからな」
ギアを回し、銃口を上に向ける。
「言い訳は、粋ではない……!」『サルブラザー!』『よッ! ムッキムキ!』
変身を完了させたサルブラザー。彼はそこで、背後に気配を感じる。
「いいじゃありませんか。弱さを周りのせいにして生きるのも人間の防衛機能の一つ。それはある意味、人たりえる証拠みたいなもんです」
「シライか」
「信念や理想を語っても腹は膨れやしませんぜ」
変身、その一言と共にシライは仮面ライダーサルブラザーへと変わり、
二人が組み合う中、憤怒鬼はその場を離れる。
猿原は追いかけようと思ったが、そこで体を掴まれて視界が反転した。
シライが猿原を抱えて飛んだのだ。
気づけば空中にて放り投げられ、猿原は会場の外に墜落する。
「昔のことです」
地面に激突した猿原と、華麗に着地を決めるシライ。
「俺の家はそれはもう金がなくてね。母は姿を消し、父は慣れない子育てをしながら安月給で俺を育ててました」
「………」
「誕生日に親父にラーメンが食べたいとワガママを言ったら、一番安い300円ので我慢してくれと言われました。俺たちはそれを半分こにして食ったんです。知ってますか? 近年ではいっぱい1000円が妥当とまで言われているらしいですぜ」
「……そのようだな」
「ほどなくして、親父は自殺しました」
続けるほどの会話ではない。
シライは続きを言わなかったし、猿原も聞かなかった。
「神宮寺さんから、あっちの世界の人たちはウマ娘にはジャブジャブお金を落としてる人がいると聞きました。天井……だっけな? それにゃ約6万円かかるらしいですぜ」
シライは思わず笑ってしまった。面白くは、なかったが。
「兄さん。俺はね、金の稼ぎ方は汚いけれど、インターネットに悪口なんて書いたことはありませんぜ」
シライは少し、ほんの少しだけ首を動かして、頭をレース場のほうへ近づけた。
「潰すなら、直接潰します」
「………」
猿原は立ち上がった。
そこで名を呼ぶ声が聞こえる。
オニシスター、真利菜が走ってきた。
「真一さん! 大丈夫ですか!?」
だが、猿原は手を伸ばす。
「いい。手を出すな」
「え? でも……ッ」
「私の戦いだ」
オニシスターは少し迷ったが、やがて後ろに下がっていった。
「………」「………」
サルブラザーとサルブラザーが睨み合う。
「!」
動いたのは同時だった。
同じくしてドンブラスターを同時に取り出す。
二人は並行して走りながら光弾を連射する。弾丸同士がぶつかり相殺する時もあれば、地面に当たるものもあれば、肉体に当たるものもあった。
容赦なく、撃つ。
やがてすべての弾丸が互いの体に当たるようになった。
しかしそれでもサルブラザーとサルブラザーは踏みとどまり、銃を撃つ。
爆煙が二人の姿を隠した時、オニシスターはその向こうにぼやけた青い光を見た。
「ハァアアアアアアアア!」
「オオオオオオオオオオ!」
煙の中から飛び出してきた二人は、アバターチェンジを行っていた。
猿原は鳥人戦隊のギアで、ブルースワローへ。
シライは特命戦隊のギアで、ブルーバスターへ。
そして拳が交差し、それぞれのみぞおちへ叩き込まれた。
「……ぐうぅ!」
倒れたのは猿原のほうだった。
「言ったでしょう兄さん。俺のほうが血の世界で生きてき──」
ぐわぁんと、視界が歪み、シライは倒れた。
「あ……?」
そして、猿原が立っている。
「ど、どうして……ッ!」
光が迸る。
ブルーバスターはサルブラザーとなり、ブルースワローはゴーカイブルーとなった。
「!?」
シライもそれで察したようだ。猿原は二重で戦士の鎧を重ねていたのだ。
「センスが……おありのようで……」
「それで食っている」
シライはフッと小さく笑うと、そこで変身が解除されて気絶した。
一方でなんとか勝ったものの、攻撃自体はクリーンヒットしているようで、猿原もすぐに変身が解除されて膝をついた。
「大丈夫ですか真一さん!」
「……もう動けそうにない。真利菜、一つ頼みを聞いてくれるか?」
「っ?」
◆
二人の鬼が殴り合っている。
と言ってもパワーバランスは公平ではない。
憤怒鬼は人間界にはびこる負のエネルギーを吸収しているようだ。
一方で強欲鬼は脆い何かに縋っているだけ。
先ほどから汚い悲鳴をあげながら、憤怒鬼の拳を受けていた。
殴られると黒いオーラがはじける。それが互いの情報を伝えあった。
「お前みたいなゴミが好きになるもの! それがウマ娘だァあ!!」
憤怒鬼は吠えた。
憤怒鬼──神宮寺は医者だ。
そして強欲鬼、鈴木たかしはフリーターだった。
鈴木は昔から人づきあいが苦手だった。その理由は彼が無口だからだ。
はじめからこうだったわけではない。原因はおそらく両親の離婚だろう。
父親からうるさいと叱られた次の日、父は家を出て行った。理由はいろいろあるが、幼い彼は自分がうるさかったから父が怒って家を出て行ったのだと思った。
だから無口になった。
しかし父親は戻ってこなかった。
離婚の噂はすぐに広がり、クラスメイトたちは鈴木にその原因はなんだったのかを聞いてきた。
鈴木は答えたくないのでやはり黙った。何を言われても口を閉じた。
だから鈴木の周りから人はいなくなった。
母は家賃の安い場所へ引っ越しをした。
そのタイミングで鈴木は転校した。
周りが既に小学校からの知り合いでグループができていたことや、思春期というなかで過去の思い出が『喋ったら嫌われてしまう』というルールを作り上げてしまい、やはり鈴木は孤独だった。
母も遅くまで仕事に行っていたため、鈴木は一人で飯を食った。
趣味にしていたカードゲームも、相手がいなかったので、一人でまわして遊ぶだけだった。
それは高校になっても、就職をしても同じだった。
交流の場はあっただろうが、鈴木は恐れ、一人でカードゲームをして遊んだ。職場でも友達は一人もできなかった。
コミュケーションが取れず、何度も辞めて、アルバイトに落ち着いた。
そんな中、母親が倒れた。
働きすぎが原因だろう。体にはマヒが残り、自宅での介護となった。
母になにかあるとよくないので、母が眠るまで鈴木は部屋で体育座りをしていた。
その間の時間を埋めてくれたのが、ウマ娘だった。
はじめてまともにやるソーシャルゲームだった。理由はなんとなく話題になっていて、それでいて目についたキャラクターが可愛いと思ったから、ただそれだけだ。
鈴木は感動した。
こんなに面白いゲームがあるのかと思った。
SNSにはウマ娘をやっている人たちがたくさんいる。
友達になりたいと思った。
でもSNSを始める勇気がなかったので、がんばってサークルシステムに手を出してみた。
同じサークルに入れた。
それだけで鈴木の心はとても晴れやかだった。
青春がやって来たと本気で思った。
しかしやがて、何かがおかしくなっていった。
サークルの人数が少なくなっていった。
シナリオに苦言を呈する人が出てきた。
靴投げもほとんどしなくなった。
システムに文句を言う人が目についた。
ログインしていない日数が一週間を超える人たちが増えた。
ウマ娘の悪口を言う人が増えた。
リーダーまでもそうだ。除名もしない。
解釈がどうのこうのと、ウマ娘プレイヤー同士で争って──
やがて、サークルは消滅した。
その日、鈴木はバイト先で楽しそうに笑いながら歩く大学生のグループを見た。
「………」
介護状態の母が眠るのを待つ。
その間、ウマ娘。
暗い部屋、いつか母が死ぬことを想像する。
一瞬。ほんの一瞬。その隣でぶら下がっている自分を視た。
だが、まだ死ねない。まだ、まだ──
「まだ……次のイベントが…ある。から」
そう思っている人間はきっと他にもいるはずだ。
そしてもっとウマ娘が人気になれば、きっとみんなが帰ってくる。
そしたらまた、みんなと遊べるんだ。
だから、ウマ娘は人気でなければならない。
「死ねよゴミがァア!」
憤怒鬼の一撃が頬に入った。
衝撃と共に大量の悪意が脳に流れ込んでくる。
本気で怒っている人間もいれば、怒っているようなフリをしているだけの人もいる。
真実がそこにあるようで、無い。
手を伸ばしても、届かないのか。
「あがッッ!」
倒れた際に頭を打った。
走馬灯のように過去が広がる。
「たかくん」
まだ元気な母がいた。
寝たきりになった筈の母が、頭を撫でてくれた。
「人に迷惑をかけてはいけません」
いつか言われたことだ。
「そんな人間は恰好が悪いから」
「……!」
同時に、レース場が湧く。
「なんだと?」
憤怒鬼は走り、レースを確認した。
「馬鹿なッ!?」
ハヤヒデが一位になっていた。
それだけじゃない。ティップが、勝っていた。
彼女はイカサマを拒否したのだ。
「ごめんね」
「いいさ。それで、いいんだ」
ティップは泣いていた。
気づき、声をかけたのはハヤヒデからだった。
彼女は『理論』を重要視している。勝利の方程式を完成させるため、チームメンバーも──、ましてや友人の行動もよく観察している。
そのなかで些細な歪みを感じ取っていた。ルーティンの乱れ、トレーナーと接するときの表情、それは後ろめたい時にするものだというデータがあった。
だからハヤヒデはティップに事情を聴いた。
何があっても、どうにかなるのだというデータを提示し、安全が保障されているのだと安心させる。
その熱意に圧され、ティップは真実を打ち明けたのだ。
ただ命が助かるだけが救いではない。ハヤヒデはそう説いた。
だからティップは萌絵に真実を話し、必ず手術してくれる病院を探すからと言った。
それ伝えると、萌絵は了解してくれたのだ。
「………」
強欲鬼が、いない。
鈴木が倒れていた。
「なんの真似だ?」
「……ら」
聞こえないと憤怒鬼が言う。
すると震える声で、鈴木は答えた。
「格好悪いのはダメだ。マヤに嫌われる……ッッ!」
鈴木は、泣いていた。
マヤノトップガンは、彼が大好きな──いちおしのウマ娘だった。
彼女に惹かれてゲームをはじめ、彼女に夢中になった。
なのに、忘れていた。
そうか、そうだ。ダメだ。自分が暴れればマヤのイメージが悪くなる。
なにより、きっと、マヤが、悲しんでくれる。
はずだから。
「ハハハハ! アァアアアアアアア!」
憤怒鬼は怒りに吠え、鈴木を掴み、殴った。
「気持ち悪いな! 気持ち悪い! マヤ? アホか! 流石だな! いかにも弱者男性が好きになりそうなキャラだ!!」
殴るが、鈴木は無抵抗だった。
「鬼を打ち払った? イカサマを拒否!? ふざけるな! ふざけるなァアア!」
「――だ」
「アァ!?」
「人を悲しませたら──ッ! ダメなんだ!!」
「うるせぇよゴミがァア!」
負のエネルギーが拳へ集中する。
心臓を殴り貫こうと思ったが、そこで憤怒鬼は手を止めた。
いるはずのないものが見えた。
一瞬だけ。もういない。
「!」
かわりに今度はおかしな音楽が聞こえてきた。
雅な音と、そしてひらひらと舞う花吹雪と紙吹雪。
「ハーッ! ハッ! ハッ! ハァアッッ!」
あまりにも力強い笑い声を、神輿の上にいるものはあげていた。
「よく戦った!」
鈴木は自分を見下すドンモモタロウを見た。
視界は歪んでいて、よくわからないけれど。
「よく耐えた!」
オニシスターが来た。
イヌブラザーが来た。
キジブラザーが来た。
ぼやけた視界では色しかわからない。
通り過ぎていく黄色、黒、桃色。
その中で、オレンジ色の影が立ち止まった。
「がんばったね」
「……!」
「偉いよ、トレーナーちゃん」
鈴木は泣いた。
もうオレンジの影は、ない。
「泣くな! 祭りに涙は似合わない! さあ、笑え笑えぇえッ!」
その時、走ってきた男がいた。
白井だ。
真利菜は猿原に言われ、サングラスとドンブラスターを屋台に持っていったのだ。
「かつては欲に溺れた俺ですが、今ならわかります。兄さんの境地!」
『イヨォ~!』『ドン! ドン! ドン! どんぶらこー! 暴太郎!』
空想のラーメンを作る上で知った。わびさびというもの。
「ヒーローとは、空であれ! アバターチェンジ!!」
『サルブラザー!』『よッ! ムッキムキ!』
ドンモモタロウはそこでうんと! 力強く頷き、扇子を閉じた。
「上々だ! 名乗りを上げるぞお供ども!」
そこでドンブラザーズたちはフォーメーションを取る。
「メンマに焼き豚! サルブラザー!」
「写真のマスター! オニシスター!」
「歌唱力ナンバーワン! イヌブラザー!」
「鳥は──」
「黙れェエエエエエエエエ!」
絶縁の波動でドンブラザーズたちが吹っ飛ばされる。
憤怒鬼は吠える。
怒りに、そして強欲に。
鈴木が跳ねのけた鬼を吸収し、歪んだ強化形態となる。
"強欲憤怒鬼"は、口を開いた。
真っ黒なそこからは真っ黒の炎が放たれる。
まさにそれは地獄の炎。それはドンブラザーズたちを飲み込んだ。
「よっしゃー! ウイニングライブだーっ!」
同じ頃、勝利を収めたビワハヤヒデたちは会場に移動していた。
特別ゲストであるゴールドシップとメジロマックイーンを交えて、フォーメーションを組む。
今日の歌は、ゴルシの頭に直接舞い降りたものらしい。
それを王城トレーナーが編曲して発表したのだ。
センターはティップだ。彼女を囲むようにハヤヒデたちが波打つような振り付けを取る。
「行くぜ! 俺こそオンリーワン!」
ドンドン!ドンブラザーズ♪
「!」
強欲憤怒鬼は前のめりになった。
ドンドン!ドンブラゴーイング♪
炎の中から見覚えのないシルエットが浮かび上がってきたのだ。
ドンドン!ドンブラザーズ♪
座しているそれはドンオニタイジン。
ドン♪ドン♪ドン♪ドン♪ドン♪ドン♪ドン! Yeah!!
「きゃあ! なんですかこれぇ!」
「うぎゃあ! オレに何が起こったんだ!」
はちゃめちゃに 暴れ野郎♪
「俺が手、ですか……ッ!」
「みなさん驚いてるなー……、まあ僕も昔はそうだったっけなぁ」
完璧さ♪ やる気まんまん♪
「うるさいぞお供たち!」
わやくちゃで♪ ぶちかまして♪
「うるせぇんだよォオオオ!」
駆け抜けろ さぁ My way
「ハァアアッ!」
燃え上がれよ魂♪
「ぐあぁああ!」
風より速く♪強く♪
ドンオニタイジンが持っている軍配、ドンばいを振るうと嵐が巻き起こり強欲憤怒鬼を吹き飛ばした。
そこのけ♪俺が行くぜ♪
ドンオニタイジンは立ち上がると、二振りの剣、キジンソードを手にする。
いちかばちか勝負だ
「クソッ! クソオオッッ!」
いまは Go!(Go!) Go!(Go!)
強欲憤怒鬼は絶縁の波動を放つが、ドンオニタイジンは不動であった。
どんなもんだ♪ やっつけろ ア♪バ♪ター♪チェ♪ン♪ジ!
「クソガアアアアアアアアア!」
Go!(Go!) どんなときも♪ Don't cry
強欲憤怒鬼は両手に真っ黒な闇を携えて走りだす。
心は か♪が♪や♪き♪ながら
一閃。それはまさに、一瞬。
悲しみを 退治してゆく
光が、闇ごと鬼を切り裂いた。
絶対に!
「終わりだ!」
俺こそ
十字に合わせた剣。左を下げ、下まで降りきった時、鬼が爆発した。
ONLY ONE!!
「グアアアアアアアアアアアアアア!」
「鬼退治、完了!」
「「「「「大勝利! えいッ! えいッ!! おーッ!!!」」」」」
『めでたし! めでたし~!』
曲が終わり、笑顔のティップは応援してくれたファンに手を振っていた。
「いやー、今日のライブ最高だったなぁ」
「だな。ゴルシたちも見れたし、ついてるついてる!」
そう、楽しそうに話すファンたちの中を猿原は歩いていた。
雨が降ってきた。
和傘を広げる。
「………」
何もないところに神宮寺は立っていた。
何もないところを見つめている。
マツイたちは逮捕された。そう伝えようとしたが、やめた。
「ルビーという犬を飼ってた。俺の唯一の家族だった」
「……ああ」
「医者はまあそれなりに儲かる。周りがそうだったから、俺も家を広くした。高い車や時計を買った。でもルビーといる時間のほうがよほど満たされた」
「そうか」
「ある日、俺の家に強盗が入ってきた。金がありそうだったから、目をつけられたんだ」
「………」
「俺と強盗は鉢合わせた。向こうも驚いたのか、俺に襲い掛かってきた。俺は死ぬと思った」
「………」
「ルビーが犯人に噛みついた。目が、逃げろと、だから俺は……だって犯人は武器を持っていたから……!」
「………」
「け、警察……警察と一緒に家に戻ってきたら、荒らされた部屋、盗られた金品。それで、それから、ルビーの……ぐぅうッッ!」
「……貴方のせいではない」
「だから俺は競馬が嫌いだ。馬を見ると俺に助けを求めてくる。だからウマ娘も嫌いだ……ッ!」
「違う」
「え?」
「すべて」
「………」
「幻だ」
それを聞いた神宮寺は、崩れ落ちた。
「名前……」
「………」
「名前を、呼んだら……! ルビーッ、ルビーと! そしたら寄ってきて……! おなかを見せてくれたんだ……!」
「………」
「泣いてたらッッ、慰めにきてくれたんだ……ッ!」
「………」
「うぅぅッ、ウゥゥウアアアア!!」
神宮寺は体を丸め、大声で泣いた。
雨がひどい。
猿原は神宮寺に傘を差し、自分は濡れ続けた。
「!」
やがて、雨が止んだ。
猿原が振り返ると、傘を差した真利菜がほほ笑んでいた。
雨音が激しいなか、二人はしばらく立ち尽くした。
どんぶらこ♪ どんぶらこ♪
DON! DON! ゆらりゆれて♪
目指すは♪ どんなハッピーエンド?♪♪♪
「無事に終わるといいね!」
「そうですね」
苫田とティップは小さくなる飛行機を見送っていた。
ライブの前、ティップは萌絵のことを打ち明け、そして『寄付』を呼び掛けた。
すると多くの人が協力してくれ、海外での手術を受けることができるようになったのだ。
彼女は今日、旅立っていった。
なにやらゴッドハンドが担当してくれるらしいので、安心だろう。
「でもなんか悔しいな。ハヤヒデはティプ様のこと気づいていたし、ティプ様は私には打ち明けてくれなかったし……」
「そ、それは、ごめんなさい。でも──」
「?」
「トレーナーさんはとても大切で……! 大切すぎて、巻き込みたくなかったっていうか……、だから、あの──」
「ティプ様ぁーッ!」
「あぁん! もうッ! くっつかないでぇ!」
二人はピットリとくっつきながら、空港のレストランに向かって歩いていった。
「ふむ」
猿原は縁側にて月を見上げていた。
これから客が来る。その前に、白井の屋台で空想のラーメン、メンマ大盛を平らげてきた。
彼から渡された雑誌がある。
中には、引退した競走馬たちが幸せに暮らせるようにサポートする団体の支援を表明した神宮寺のインタビューが掲載されている。
彼は今、動物病院を新たに開業するため、勉強しているらしい。
まずは死を克服することからはじめるそうだ。
「ここで一句」
花冷えの
無課金のウマ娘
すると、客が来た。
猿原が扉を開くと、そこには鈴木たかしが立っている。
「教授、ですか?」
「そう、私が猿原だ。キミが相談者だね?」
「あの、はい。友達の作り方を、教えていただきたく……」
「ふむ。だがあいにくと、私に友人はいない」
「え……?」
「しかし、仲間はいる」
猿原は真利菜からもらったお茶があるから飲みなさいと、鈴木を招き入れた。
じかーい! じかい!
【来た! 最終決戦!】
呆れたヤツだ。まだ目を逸らすのか!
あいつは託したんだ! 未来の希望に縁を繋いだのだ!
なのにお前は逃げるのか!
【運命を超えろ、暴太郎戦隊!】
安心しろ、アンタの呪いは今日で終わる。
喜べ! 俺は最強! 俺が最強!
俺こそが! 桃から生まれた! ァ暴太郎ォ~!
じかい! 『しゅんそくのザンム』 という、おはなし
さあ! 楽しもうぜ!!
ドーンとハッピエーッンッッ