真の敵はヒロインのようです   作:はちのえ

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初投稿になります。色々と至らぬ点もございますが、最後まで目を通していただければ幸いです。




序章
プロローグ


 

 

 

 

どうして。

 

どうしてこうなった。

 

「ハアッ…!ハッ…!……ハァッ、ハァッ……。」

 

何かから逃げるように、青年は林の中を走っていた。顔は真っ白に染まり、血飛沫を浴びたような赤い斑点が身体中の至る所に付着している。

 

暗い闇の中、月明かりを頼りにただただ走る。

逃げなければ、逃げなければ、

死ぬまで生かされる(、、、、、、、、、)

ただ死ぬことよりも恐ろしいその恐怖が彼の原動力になっていた。

 

「ハァハァ…ッ、ここまでくれば…っ。」

 

林を突っ切り、開けた河川に出る。

喉の渇きを潤すために小一時間は酷使していたであろう足をようやく止めた。突如、足がガクガクと震えだし、滝のように汗が噴き出しはじめた。

 

「……少しの間だけ、休もう…。多分、大丈夫。しばらくは大丈夫なはず……。」

 

自分に言い聞かせるように、希望的観測とも言える願望を口にする。

川の水を手で掬い、口元に運んでゆく。青年の酷使された体に真夜中の冷気に冷やされた水が染み渡っていく。

 

小学校の頃、マラソン大会ではいつも遅い方だったのによく頑張ったほうだ。

顔を水で洗いながら、ふとそんなことを思い出す。

 

もう猶予はそう残されていないだろう。すぐにでもここを出発しなければならない。頭では分かっていても青年の体は膝をついたまま動かなかった。

 

「動けっ!早く!動けっ!」

 

ドンドンと膝をついたまま動かない脚を拳で叩く。

不安と焦燥でいっぱいの胸の中、青年の背筋に悪寒が走った。

 

「みつけた。」

 

澄み透るような甘ったるい声が、満点の夜空にこだました。

 

直後、ドシャッ!と青年の目の前になにかが転がってくる。

だんだんと月明かりが差し込み、それの正体が暴かれる。

そしてそれが何なのかを理解した青年は、こみ上げてくる吐き気を抑える事ができなかった。

 

「うっ!!…うおえッ…!!!」

 

それは人間の頭部だった。

 

脱水気味であった体でも関係なく、拒否反応が出てしまう。

えずきながら青年は横目で女を見やる。青年の視線に気づくと、女はにこりと微笑んだ。

 

「やぁっと追いついた。よくここまで逃げたね、私のスキルがなかったら流石に追いつけなかったよ。」

 

女は絹糸のように艶やかな黒髪を手でなびかせながら、青年に語りかける。

 

「大丈夫?苦しい?川の水なんて飲むから、そんなに喉が渇いてたんだね。」

 

彼が咽ぶ原因が自分だとはつゆほども思っていない。

幼い子を宥めるような優しい声色で話しかけながら、女はゆっくりと青年に近づいていく。

 

黒いコートには返り血がついたのか、赤黒い斑点がてかてかと光っている。それとは反対にシミひとつない純白の顔は、今この状況においてなんともいえない不気味さを醸し出していた。

 

女がうなじの上で結い上げていた髪をほどくと、その美しい黒髪が風に靡く。

涼しげな瞳は、青年を真っ直ぐと見つめ、ハリのある色艶のいい唇は艶かしく思える。

百人中百人が思わず振り返るほどの、蠱惑的な美貌を兼ね備えている女。

 

だがこの女が何をしたか、何をしてきていたのか、おそらく想像がついている青年が女に見惚れる事などありえなかった。

 

「全員……全員、殺したのかっ…!?」

 

もはや青年の言葉通りになっているであろう事は想像に難くなかったが、それを簡単に認める事を青年の善性は許さなかった。

 

彼にゆっくりと近づいていた女はふと立ち止まり、青年の目の前に転がる肉塊を足で蹴飛ばした。

青年はその道徳心のかけらもない行為に思わず目を見開く。

 

「ごめん、邪魔だったから。」

 

ごめん、とは青年に対して。蹴飛ばされた物に対してなんの感情も持ち合わせていない。

 

女はそのまましゃがみこんで覗き込むように青年の瞳を見る。

彼に向けられたその瞳は、狂気的なまでの慈愛を孕んでいた。

 

「全員殺してきたよ、アレ(、、)含めて。……君は優しいね、あんなクズ共でも気遣ってあげれるんだ。」

 

女は恍惚とした表情で青年を見つめる。女が言うクズ共、とは女から逃亡している際に、彼を襲いにかかった盗賊達のことであった。

青年に対して狂気的なまでの執着心を抱いている女が、その盗賊達の存在を許すことは当然ありえなかった。

 

襲われた立場とはいえ、結果的に盗賊達を囮に使うことになった青年は、それが逃亡中の唯一の気がかりであった。

 

「なにも…!なにも殺す事はなかったろ!お前の実力なら殺さず無力化することだって…!!」

 

フッ、と血の匂いに混じった微かなラベンダーの香りが鼻腔を刺す。

その匂いに気を取られる間もなく、女の唇が青年の唇に重なる。

何をされたか分からない青年は、全身が固まったかのように動けなくなった。女が青年の頬に愛おしそうに両手を添えると、ようやく彼の時が動き出す。

 

「っ!なにをっ…!!」

 

有無を言わさずと言わんばかりに、振り解かれた両の手で次はがっしりと青年の頬を掴んだ。

 

「そういうとこ、だいすき。」

 

またしても女は唇を重ねる。

抵抗しようと女の手首を掴み振り解こうとするも、青年の力では女に対抗できるはずがなく、なすすべなく今の状態を受け入れるしかない。

 

青年は諦めるように力なく手を下ろすと、女は漆黒の瞳を三日月に歪ませる。すると突如青年の口内に異物が侵入してきた。女は目を閉じ、青年の口内に這わした自身の舌を貪るように暴れさせる。

 

不快感の中にある少しの心地よさに、どうしようもなく情け無い感情がとめどなく湧き出てくる。溢れ出した感情は涙となって青年の頬を伝った。

 

「ぷはっ……ごめんね、君の顔見てると、我慢できなくなって。

恥ずかしかった?それとも下手くそだった?私こういうの初めてだから、自分勝手だったよね。」

 

ごめんね、と心底申し訳なさそうに青年の目尻に指を這わせ涙を拭う。

 

「お前が…俺に…何をしたのか…人の感情っ…とか…!!わかんねぇのかよ!!!」

 

感情が爆発する。この女には何を言っても無駄だと言うことが分かっているはずの青年は、それでも叫ばざるを得なかった。

 

「わかるよ。私が君を好きで、君も私が好きだってこと。」

 

恍惚とした表情で、女は青年を見つめた。

その瞳はどんな光も通さない漆黒に染まっていた。

 

 

何も分かってない、この女は。何一つ、これっぽっちも。

 

 

ああ…ほんとうに。

 

どうしてこうなったんだ。

 

 

青年は、走馬灯のようにこの数日間を思い出していた。

この世界に転生することになったその始まりからを。

 

 

 






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