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『ねぇ…シズリはさ、恋とかしてみたいと思う?』
金髪の少女がおもむろに口を開ける。
屋根裏部屋のような、薄暗い部屋。
閉ざしきれてない窓から微かな光が差し込み、埃が舞っている様子が目視できる。
太陽の光をよけるように、部屋の角に二人の少女は縮こまって座っていた。
少女達の身なりは埃臭い部屋とは反対に、不釣り合いなほど綺麗に整えられていた。
『うーん、あんまり分かんないかな。』
シズリと呼ばれた少女は自身の黒髪を指に絡ませ、遊ばせながら特に興味もなさそうに答えた。
『えー?……私はね、恋をするなら、太陽みたいな人がいいかな。』
そんなシズリの態度に、何一つ嫌な顔をせず、金髪の少女は朗らかな笑みで話を続けた。
『太陽?』
シズリがそう聞き返すと、少女はにこっと顔を緩ませた。
『そう、太陽の光みたいに私の全てを包み込んでくれて、明るい笑顔で、優しくて、こんな私でも受け入れてくるような、そんな人。』
少女が話す理想像に、シズリはそんな人いるわけないじゃないとでも言わんばかりのジト目で見る。
『…そんな人、いるわけないよ。』
シズリの口から漏れ出すように出た心の声。
心の中で思っておくつもりが、いつのまにか口に出ていた事に焦り、ハッと口に手を当てる。
『ふふっ、そうかもね。』
金髪の少女は、それでも柔らかな笑みを浮かべる。
『まあ、でも…本当にそんな人がいたらいいかもね。』
取り繕うかのようにシズリは少女の理想を肯定した。
『でしょ!…やっぱ私たちの好みって似てるのかもね。一緒に育ったからかな。姉妹みたいなものだものね!』
『そう、だね。』
姉妹という言葉に、言い淀みながらも肯定するシズリ。
(一緒に育ちはしたけど血はつながっていない、友達と呼ぶにはなんか違う気がするし。しいていうなら仕事仲間なんだけど。)
シズリが上機嫌な少女を横目にそんなことを考えていると、ふいにギシッと扉が嫌な音を立てた。
窓から注がれる光とは別物の、どこか無機質な光が薄暗い部屋に差し込んできた。
『シズリ、任務だ。』
黒いマントに身を包み、深くフードを被り顔を覆い隠した格好の、いかにも怪しげな女が扉が開かれると同時に口を開く。
『今回のターゲットは少女趣味のオヤジ貴族だ。さっさとそれ用の服に着替えてこい。』
女はシズリの方を見ながら淡々と命令をする。
『はぁ…了解……。で、いつ殺せばいいの?』
シズリはフードの女に
『今からお前を慰み者の奴隷という設定でその貴族に売り込みに行く。お前の容姿ならばお相手さんの好みど真ん中。十中八九買ってくれるだろうよ。』
フードの女は、そういうとニヤリと口角を歪ませた。
金髪の少女が見せていた朗らかな笑みと違って、得体の知れない薄気味悪さを感じさせるその笑みに、シズリは辟易していた。
『殺す場所は寝室か浴室だ。場所が合っていれば時間はいつでもいい。任務が完了したらいつも通り魔法を空に放て。夜の光に紛れる程度のか細い《ファイア》で十分だ。』
『もしかして馬鹿にしてる?言われなくても小さい炎しか出せないんだけど。』
シズリがそういうと、女はふっと鼻で笑い『十分後に迎えにくる。』と言い残し部屋を後にした。
『がんばってね、シズリ。もし襲われそうになったらところ構わず殺しちゃって!』
ふぁいと!と金髪の少女が握り拳を作り声援を飛ばす。
『……そんなことして帰ったら私が殺されるよ…。』
はぁ…とため息をつきながら姿見の前に移動する。
少女趣味のオヤジが好みそうな衣装に着替えながら、シズリは少女には聞こえない程か細い声でボソリとつぶやいた。
『恋……か。』
シズリ・アワユキ。
当時12歳の彼女の、ある冬の日のできごとであった。
「ん……うぅ。」
ガヤガヤ、と賑やかというよりやかましさが勝つ。
ここは様々な冒険者達が溜まり場にしている集会所。最初の頃は依頼を受けたり冒険者登録をする場所だったのが、いつの間にか酒や飯を提供するようになり、最近では出会いの場にも使われるようになっていた。
「うるさ……。」
あまりの騒音に、隅っこのテーブル席でうつ伏せになって寝ていた女が目を覚ます。
(この時間帯は静かなはずなんだけど……ああ、例の盗賊の件かな。)
近くのテーブルで、酒に酔った冒険者達が大声で昔の武勇伝やクエストでの自慢話に花を咲かせていた。
(相変わらずくだらない。)
漆黒の髪にポニーテールの、荒くれ者達が集うこの場には似つかわしくない程、清廉とした女性が心の中でつぶやく。
何の気なしに辺りをぐるっと見渡すと、彼女にとって気になるものが目に残った。
「なにしてんだろ。」
自分と同じ黒髪の、少し癖のあるウェーブがかった毛並みの青年が、受付にて職員と何やら話し込んでいた。
荒くれ者の冒険者とは程遠い風貌をした青年に、彼女は少しだけ親近感が湧いていた。
なにやらあたふたとしている彼を見ていると、喧騒と二日酔いで陰鬱としていた女の気分が少し晴れるような気がした。
(手伝ってあげよっかな。)
普段誰とも馴れ合わず、どの派閥にも所属しない彼女は、誰かと積極的に関わろうという自身の感情に驚いていた。
二日酔いでがんがんと鳴る頭を押さえながら、ゆっくりと席を立つと、未だ受付であたふたしている男の元へ歩き出した。
「…おい首斬りが動き出したぞ。」
「気味悪いな相変わらず…。」
「…人殺しが。」
他のテーブルに座っている冒険者達が、女には聞こえない程度の声でヤジを飛ばす。
最も五感が人よりも優れている彼女には全て筒抜けなのだが、そんなことは全く気にする素振りを見せず、目的の青年に向かって歩みを進める。
女は吸い込まれるように青年の元へ向かっていった。
「ねぇ、なんか分かんないことがあるなら手伝ってあげようか?」
「うおっ!……え?」
青年は直前まで気配が感じられなかった女からの投げかけに、思わず素っ頓狂な声を漏らす。
「あっと…あなたは?」
「わたしはシズリ。君の名前は?」
孤高の存在である彼女が、なぜ目の前の青年に興味を持ったのかはシズリ自身でも分かっていない。
シズリはふと、かつていた友との何気ない会話を思い出していた。
『恋をするなら、太陽みたいな人がいいかな。』
「あっえっと、俺はミナト!よろしくお願いします!」
そう言って青年は、朗らかに、太陽のように笑ったのだった。
「よろ、しく。」
なんとか声を絞り出し、挨拶を返す。シズリは金縛りにでもあったかのように体が強張っていた。だが不思議なことに不快感は全くなかった。
今まで味わったことのない感覚に、戸惑いを隠せない。
シズリは恋をした。
青年の微笑みは、まさに晴天の霹靂であった。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
ヒロインの話をどこかで挟みたかったのと、それほど物語は進行していないので、間話という形にさせていただきました。
誤字脱字、アドバイス等、ご意見ご感想お待ちしております。