HUNTER×HUNTER 霊光波動拳の◯◯   作:ニラ

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06話

 

 

「巫山戯ているのか! 幻海!!」

 

 怒鳴り声を撒き散らす、道着姿の男。その男の怒声が向けられているのは、幻海ではなくユーマである。殆ど恒例となった、幻海への挑戦者。それが、今回は幻海自身ではなく、弟子であるユーマが相対しているのだ。

 

 前回、ビスケと幻海が言っていたガス抜きが、今現在のこの状況である。

 とは言え、ユーマ自身もイキナリこのような状況に放り込まれ、若干困惑気味である。

 

「……なぁ、ビスケ。これって、どういう状況なんだ?」

「幻海に挑戦者が来た。面倒だから、アンタが代わりに闘う。もうスグに開始のゴングが鳴る――ってところかしら?」

「なんだ、そりゃ?」

 

 ビスケの説明に、少しばかり顔を顰めるユーマ。だがソレとは裏腹に、瞳には喜色が浮かんでいる。

 

「婆さん、良いのか?」

「いいさ。好きにやってみな」

 

 伺うように尋ねるユーマ。幻海は相変わらず睨むような視線のままにだが、ユーマの質問に頷いて返した。

 

「へへ、……っしゃあ!!」

 

 拳を打ち付けあって気合を入れると、ユーマは挑戦者の男に対して構えをとった。

 その表情はギラギラとしていて、『闘え』と言われたことが余程嬉しかったようである。

 

 しかしそんなユーマとは違い、対戦相手の挑戦者の方はこの遣り取りに不満顔だ。まぁ、当然だろう。必死になって修行をして、それをブツケルべく訪れてみれば相手は自身の身長の半分にも満たない子供が相手だというのだから。

 

「おい幻海、まさか『自分と闘いたければ、この小僧に勝ってみろ』等と、言うのではないだろうな?」

 

 苦々しそうに言う挑戦者の言葉に、幻海は口元に手をやって考える素振りをする。しかし、直ぐに『フン』と鼻を鳴らすと挑戦者に笑ってみせる。

 

「そんなつもりは更々無かったんだけどねぇ、でもまぁ、確かにそんなこと言われたら面倒だろう。……だったら、ソイツに勝てたら好きにしたら良いさ」

「好きに?」

「あぁ、ソイツは私の代わりだ。その小僧に勝てたら、私に勝てたと思えば良いさ」

 

 幻海の言葉に、挑戦者の男は一瞬片眉をピクリと動かした。そして未だ構えをとった状態のユーマに視線を向けると

 

「……良かろう」

 

 口元をニィっと持ち上げて、判りやすいくらいに笑みを浮かべるのだった。

 

「それじゃ、私が審判役をやらせてもらうわね」

 

 ヒョイっと、軽く跳躍するようにビスケが出てくる。挑戦者は審判役よいう言葉に首を傾げたが、しかし深くは考えなかったのか直ぐにビスケから視線を逸らしてユーマを見据えた。

 

(美味しすぎるな……)

 

 言葉には出さずとも、挑戦者の内心は手に取るように解り易い。

 音に聞こえた霊光波動拳の継承者、幻海。その人物と闘うためにこうして出向いた訳だが、会ってみれば幻海はかなりの高齢の人物だった。

 巷で聞いていた数々の逸話のたぐいは、恐らくは噂が一人歩きでもしたのだろう――と、挑戦者は思ったのだ。

 

(勝てる!)

 

 幻海に出会った瞬間に、彼の――挑戦者の頭の中にはその言葉がフッと浮かび上がった。しかもその後に幻海本人ではなく、眼の前に居る小さな子供に勝てば自分の勝ちとして良い――とまで言ってくるのだ。

 

(なんという幸運なのだろうか!?)

 

 老齢とはいえ、幻海は恐らく長年の間に培った経験があるだろう。負けるとは思わないが、そういった経験から来る戦術や知恵に、もしかしたら遅れを取る可能性もあっただりう。

 それを考えれば、眼の前の子供の実力など、いったいどれ程の物だというのだろうか?

 

 これで明日には、自分は霊光波動拳の幻海を打ち破った稀代の格闘家として名を馳せる事が出来る。

 

(俺は明日から、最強の武術家を名乗る!)

 

 そういった、自身の明るい未来の『妄想』を繰り広げる中――

 

「開始ぇ!!」

「るぁああ!!」

「ハブチョ!?」

 

 挑戦をしてきた男の意識は、繰り出されたユーマの拳によって現実に戻されるのであった。

 

 流石に鍛えているだけのことはあったのか、挑戦者はユーマの拳をくらっても気絶することはなかったようだ。自身に襲いかかった衝撃に驚くも、男は視線をユーマへと向けて距離をとる。

 

「おま、貴様っ! イキナリ何をするか!」

「何って、そこの人間山脈が合図をしてたじゃねぇか? ……ちゃんと聞いてたのか?」

「む、人間山脈?」

 

 不思議そうに首を傾げるユーマだが、挑戦者の方は違う意味で首を傾げている。ユーマの言葉に該当しそうな人物は、この場所にはフリルの付いたドレス姿の少女(ビスケ)しか居ない。しかも

 

「おほほほほ~(ユーマ~後でぶっ飛ばすわさ)」

 

 そのビスケは優雅に(挑戦者にはそう見得る)、ニコニコと笑みを浮かべている。

 そもそも、この少女の何処が『人間山脈』なる言葉に当て嵌まるというのだろうか?

 

「……むぅ」

「余所見、すんな!」

「ッ!?」

 

 ビスケをチラチラと見ていた挑戦者に、ユーマは再度襲い掛かった。一気に跳躍をすると、相手の顔の高さまで跳び上がって蹴りを放つ。相手はそれに驚くも、上体を反らして蹴りを躱す。だが、ユーマの攻撃はそれくらいでは止まらなかった。

 

「チッ!」

 

 舌打ちをしながら、ユーマは放った蹴りの回転をそのままに後ろ回し蹴りへと連絡させる。挑戦者は反らした上体を戻す訳にもいかず、そのままブリッジの要領で地面に手を着くと、バク転をしてユーマからの距離を取る。

 

 トーンと軽やかに挑戦者の男が距離を取ると、ユーマは当てられなかった攻撃に舌打ちをした。

 

「チッ!」

「ふぃ……。子供にしては、よく動く奴だな」

 

 挑戦者は言いながら腕を回すと、そのまま腰を落として構えをとる。

 ユーマは、挑戦者の反応に歯噛みをした。

 

(クソ、思ったよりも動くオッサンだな)

 

 内心でそう悪態をつくと、相手から隙を伺うべく凝視をする。

 頭の先から爪先まで、ユーマは挑戦者の状態からリズムを探っている。

 ビスケとの組手を思い出しながら、ユーマは自分がどう動くべきか? どのように闘うべきなのかを感じ取ろうとしていた。監督付きではあるが、初めての実戦だ。日常的にビスケにボコボコにされ続けた鬱憤もあるが、それ以上に自分がどの程度の実力を持っているのかを、普段とは違う人間に試したいと思っているのだ。

 

しかし、挑戦者の男はそんなユーマの張り切りとは裏腹に、不意に身体から力を抜いた。そして口元を釣り上げて笑みを浮かべると、クイ、クイっと指を曲げてユーマを挑発する。

 

「……掛かって来い、坊主。格闘のイロハを教えてやる」

 

 ユーマはイラッ――と感情をザワメカせた。

 普段、圧倒的に上位であるビスケや幻海を見ているからであろう、それよりも遥かに格下である目の前の男に、このような態度を取られることが我慢できなかったのだ。

 

 まぁ、まだまだ子供だ、と言うことだろう。

 

「舐めんなぁ!!」

 

 勢い込んで突撃をするユーマ。しかしそれはもう、ただ我武者羅に走るだけの状態で、とてもではないが此処での修行が生かされた動きとは呼べないものだった。

 

 男の数m手前から跳び上がって拳を振りかぶると、ユーマはそのまま体ごと打つかるかの様に拳を突き出していく。しかし、そんな大ぶりの攻撃を食らうほど、相手もバカではない。

 余裕綽々といった風に軽く身体をズラして回避をすると、ユーマの身体に鋭い膝蹴りを見舞った。

 

「あグッ!? グ――クソッ!」

「おっと」

 

 思わず呻き声を上げるユーマだったが、しかしそれで倒れるようなことはなく、顰め面を浮かべながらも拳を振るう。しかしそれもアッサリと避けられてしまい、男はヒョイっと身体を逸らすと軽くバックステップで再び距離をとった。

 

「う~ん、危ない危ない。もうちょっとで掠る所だったかな?」

 

 ユーマの動き、見た目雰囲気、それを思えば思うほど。男の表情は緩んでいってしまう。『なんて美味しい試合なんだ』――と。

 

「五月蝿ぇ! ぶっ飛ばすぞ!」

「お~怖ぇ~。気迫は一丁前だな? だけど――」

 

 吠えるユーマに薄ら笑いを浮かべ、男は駆け込むように距離を詰める。その動きはビスケと比べれば、冗談の様に『遅い』。しかし、先程腹に一撃を貰ってしまっているユーマは、その動きに対応できず、

 

 ドンッ!

 

「アグッ!?」

 

 踏み込みからのローキック。

 もっともユーマの身長からすればミドルキック成っており、それを腕で受け止めたユーマは威力に負けて道場の床板を転がっていった。

 

「気迫だけじゃ、勝負にゃ勝てないなぁ」

 

 楽しそうに、男は目を細める。

 対するユーマは転がった先で、蹴りを受け止めた腕を抑えながら、表情を歪めている。

 その表情に隠れた感情、それは

 

(何だ? なんでだ?)

 

 可怪しい――と、いった思いだった。

 ユーマは数ヶ月間、幻海と挑戦者達の戦いを見てきた。

 それ以前に、通常の人間が扱い得ない『念』といった力を身に付け、尚且つ強くなるための修行を毎日欠かさずに続けている。

 今ではボコボコにされるだけの毎日ではあるが、それでも人間山脈ビスケット・クルーガーとの組手だって連日行っているのだ。

 

 自分は強くなっているはずだったのに、それなのに何故? 幻海に只々叩きのめされるだけの挑戦者の一人に、こんなにも梃子摺るのだろうか?

 

 ユーマの脳裏には、そんな疑問が浮かんでいるのだった。

 

「――クッソがぁ!」

 

 吠えながら駆け出していくユーマ。しかしそれで男の優位が変わるわけでもなく、

 

「ハハ」

 

 飛び込んでからのユーマの拳の連打を、男は笑みを浮かべたままで捌いていく。

 

「一、二、三の――ホイッと!」

「がぁッ!?」

 

 拳を外側へと捌いた後、男の蹴りがユーマを襲った。ユーマは胸元を蹴り飛ばされ、床の上をゴロゴロと転がっていく。

 

「ゲホッ! ゲホッ! エホッ!!」

 

 咳き込み、薄っすらと涙を浮かべながら男を睨むユーマ。『いったい、どうしたらいいのだろうか?』そんなことが脳裏に浮かぶも、徐々に混乱ばかりが強くなって、どうして良いのかがユーマには解らなくなって来ていた。

 

 そんな中

 

「ユーマ! バカ正直に闇雲に突っ込むんじゃぁ無いよ! ちゃんと周りと、自分の状態ってもんを良く見るんだ!」

 

 と、幻海からの叱咤が飛ぶ。

 ユーマはその声量と、言葉に肩をビクッと震わせたが、

 

「周りを、見る?」

 

 ほんの少しだけ、心に余裕を持つことが出来たようだった。

 

「俺の動きと、アイツの動き……」

 

 幻海の言葉に習い、ユーマはジッと視線を向けて男を見つめる。そして呼吸を整えながら、お互いの数回のやり取りを思い出して行った。

 

 すると――

 

「――あ」

 

 と、なんて事のないように、アッサリとした声が口から漏れる。

 ユーマは床からスッと立ち上がると、「でも……なぁ」と、悩むような言葉を漏らしつつ構えを取った。

 

「どうしたんだ、坊主? 負けを認める気にでも成ったか?」

「……」

 

 さっき迄、『ぶっ飛ばす!』なんて声を荒らげていたのが嘘であるかのように、ユーマは相手の言葉を受け流している。

 そして

 

「扮ッ!」

 

 鼻から息を吐き、脚に力を込めると一気に互いの距離を詰めていった。

 

「変わらずに正直――ぬ!?」

「誰が?」

 

男はユーマの踏み込みに対応するように手を出すが、ユーマはその一歩……いや、半歩手前で急制動を掛けた。

 男の伸ばした手は、完全に伸びきった所でもユーマに届かない。其処をユーマは男の手首に手を伸ばし、『ニィッ』と笑みを浮かべた。

 

「オリャァ!!」

 

 掴んだ腕を自身の体ごと捻るように、ユーマはその場で身体を回転させる。男はその動きに巻き込まれ、ユーマの回転方向へと身体を投げ出してしまった。

 

 床の上へとドターン! と落ちる男だったが、さしてダメージは無いようでユーマからの追撃を気にかけて直ぐ様に起き上がった。しかし

 

「クッ……む!?」

 

 不思議と、ユーマからの追撃は無かった。

 男の目の前には、先程同様に構えをとってジッとしているユーマが居るだけである。男はそんなユーマに訝しげな視線を向けるも、直ぐに考えることを放棄したのか鼻を鳴らす。

 

「……折角のチャンスだったってのに、勿体無いことをしたな」

 

 一度投げ飛ばされた程度では、未だ余裕の表情が崩れる訳もなく、男はユーマを諭すように言ってくる。

 

「急なことでビックリして投げられてしまったが、其処を追撃しないのは、まだまだ子供だな。……なぁ、俺が坊主よりも上の実力を持ってるってのは、もう解ってるだろ? さっきみたいなマグレに期待するのは辞めて、さっさと負けを認めちまったほうが良いんじゃないのか?」

 

 まるで、『ユーマを気遣っています』とでも言いたげな口調の男。ユーマはそんな相手の言葉に対して、逆に鼻で笑って返すのだった。

 

「フン、随分と必死に言うんだな? いったい、何を期待してるんだ? 今更、闘わないなんて事が有る訳無いだろうが」

「オイオイオイ、落ち着けよ坊主。このままじゃ、お前だって打撲程度じゃすまないってって言ってるんだぞ?」

「だから、『怪我をする前に負けを認めちまえ』――って?」

「……」

 

 相手の言葉を先読みするように、ユーマは男の言葉を遮った。そして再度、今度は盛大に相手を馬鹿にするように、口元と目元を緩ませる。

 

「『たった一回』の投げくらいで、もう余裕が無くなり始めたのか? だとしたら、アンタのやって来た修行ってのは、随分と底が浅いモンだったんだな」

「なっ!? お前、俺の言葉の何処を聞いてたんだ!」

「聞いてたさ。聞いてたから、言ってるんだよ。……俺に負けるかもしれないって、アンタは思い始めてるんだろ?」

「ま、負け……!?」

 

 ユーマがそう言った瞬間、男は表情を歪めて怒りの色を露わにする。そして顔から余裕というか、笑みが抜け落ちると、目を細め、ギリィと歯軋りをし、それから大きく深呼吸をした。

 

「――ふー……良いだろう、遊びは無しだ。徹底的に叩きのめしてやる」

 

 まるで自分に言い聞かせるかのように、男はユーマを『本気』で睨みつけてきた。ユーマはそんな男の反応に鋭い視線で返し

 

「上等だよ……コッチは鼻から、そのつもりなんだ」

 

 と、小さな呟きで返すのであった。

 構えを取り、気持ちから遊びを無くして、ジリジリと距離を詰め合う二人。身長の差がそのままリーチの差にもなるため、有効射程距離はユーマよりも男のほうが長い。

 

「ハッ!」

 

 射程距離に入った瞬間、男はユーマに向かって踏み込むと拳を突き出してくる。その動きに対応するユーマは一歩踏み込みながら身体を回転させて受け流しながら捌くと、そのまま回し蹴りの要領で相手の膝裏を掬うように蹴り抜く。

 

 スパン――! と、小気味よい音が聞こえると、男はバランスを崩して蹈鞴を踏んだ。ユーマはその隙に相手に攻め寄ると、

 

「ラァッ!」

 

 相手の腹部に拳を一発、崩れた体制から更に下がった顔に目掛けて飛び膝蹴りをお見舞いする。

 

「ゴ、ゲハァ!?」

 

 綺麗に顔の中心を捉えた膝により、男は床を滑るように転がっていった。ユーマはそれを追うように、ユックリとした歩調でヒタヒタと進んでいった。

 

 男はユーマの接近に気が付くと、倒れていた状態から勢い良く立ち上がり、血の垂れる鼻を抑えながら精一杯の強がりを見せた。

 

「フハ、フハハハハ、な、中々ヤるじゃないか。流石は幻海の弟子だな。俺に怪我を負わせるなんて、早々出来る事じゃ――」

「うるせぇ――よッ!」

 

 男の言葉を無視するように、ユーマは相手に肉薄する。起き上がって間もない男は体制も儘ならない状態ではあるが、それでもユーマの振るう拳に対応して攻撃を捌こうとしてくる。

 

「ちょっ――クッ!?」

 

 大きく振るった拳を受け流す男だが、ユーマは直ぐ様にしゃがみ込んで水面蹴りを放つ。

 

「とぉ!?」

 

 男は跳躍をして水面蹴りを避けるが、跳躍から着地をするまでの間に、ユーマは既に拳を腰だめに構えて待ち構えていた。

 

「はや――っ!?」

「ブっ飛べ!!」

 

 ゴボォン!!!

 

 まるで太鼓でも叩いたような音が響き、ユーマの上段突き(身長差により腹打ち)が男の体に突き刺さる。

 

「お、おっぉおお……!」

 

 男は打ち抜かれた腹部を抑えながら、ヨタヨタと後ろに下がっていく。ユーマは腕をグルっと回すと、再度男に向かってユックリと近づいて言った。

 

「負けそうって、そう思ってきただろ?」

「……ふざ、巫山戯るな、坊主……!」

「俺の名前は、『坊主』じゃねぇ――」

 

 絞りだすように言い返す男に、ユーマは冷たい口調で言いながら男の間合いに入って飛び回し蹴りを顔面へと御見舞した。

 

「ベブっ!?」

 

 転げ回る――と言うことはなかったが、後方へ仰け反りながら踏ん張る男を見ながら、ユーマはグイッと髪の毛を撫で付けるように前から後ろへ手櫛で流し

 

「俺の名前は、ユーマだ」

 

 相手を睨みながら口元は笑みを浮かべ、自身の名前を宣言する。

 今の蹴りに手応えは有った。……有ったが、その程度で倒せるほど、弱い相手でもないことは、最初のやり合いでユーマも理解している。

 

 男は怒りと困惑に表情を曇らせて、理不尽な状況にヒクヒクと目元を動かしていた。

 

「な、なんでだ? なんでイキナリ、俺がこんな!?」

 

 思わず声を荒げながら自問する男に、ユーマは『フンっ』と鼻を鳴らした。そもそも、ユーマはこの挑戦者の男と較べてそれ程に弱かったのか? それはNOだ。

 単純な実力的には、多少相手が上手といった程度。寧ろ、あんなにもも一方的に差を付けられてしまっていたことの方が、明らかに可怪しかったのだ。

 

 普段の自分の相手をしているビスケ、そして指導をしている幻海と、言ってしまえばそんな怪物級の人物達に囲まれているため、自身の力と能力を過剰に見誤ってしまっていたのだ。

 それが幻海の言葉によって、確りと『見て』、『考えて』、『行動に移す』事が出来るように成ったのだ。

 

 技術と身体能力ならば相手が上でも、普段から眼にしているモノの次元が違いすぎる二人である。

 自身の状態を確りと把握して動くことが出来るなら、こういった結果になるのは当然のことだろう。まぁ、要は先読みの幅と正確さで、ユーマが圧倒しているということだ。

 とは言え

 

「――態々、俺がその『なんで?』に答える訳が無いだろうが」

 

 それを態々、相手に説明する義理はない。

 ユーマは相手を睨みつけながら、止めを刺すべく近づいていく。

 しかし、どういうことだろうか? 男は近づいてくるユーマに、危機感を感じては居なかったのだ。

 一瞬だけビクッと身体を震わせるも、直ぐにその表情はニヤリといった笑みを浮かべる。

 

「……仕方がない。本気を、だすか」

「はぁ? 本気?」

 

 鼻血を流しながら、ボソリ――と呟く男の台詞。ユーマは耳聡くそれを聞き、『何を今更』といった表情を浮かべる。

 しかし、男の方は自身の言葉に、絶対的な根拠でも有るのか、訝しげな表情を浮かべるユーマを他所に、両の拳を握って構えをとった。

 

「うぉおおおおおお!!」

 

 吠えるように声を上げた瞬間、男の体からオーラが溢れ出す。

 押し止められていたモノが吹き出すように、ソレは男の体をグルリと包み込んだ。

 

「プフぅー……さぁて、これが、これからが本当の戦いだ。こうなってはもう、手加減は出来ん。……覚悟は良いか、坊主?」

 

 鼻血の所為で息がしづらいからか、口をタコのようにしながら男は息を吐いて言った。ユーマは暫しポカンとしたような表情になっていたが、次第に口元を持ち上げて笑い出す。

 

「……なんだ、オッサンも使えたんだ?」

「なに? お前、何を言って――!?」

 

 破顔して、ユーマが最初に口にした台詞に男は疑問符を浮かべた。だが直ぐに、その瞳は驚愕の色に変わる。何故なら、自身の本気の証であるオーラ運用法……『纏』を、ユーマがアッサリと行ったからだ。

 

「ば、馬鹿な……!?」

「こっからは俺も本気だ。――徹底的にぶっ飛ばしてやる!」

「な、な、なななな――!?」

 

 獰猛な笑みを浮かべながら、拳を自身の掌に打ち付けるユーマに、男は声にならない声を上げながら慄いている。

 思わず視線を幻海へと向ける男であったが、幻海がそれで助けてくれる訳もない。

 

「泣いても許さねぇぞ!」

「NOOOOOOOッ!!!」

 

 その後、一気に闘う気力を失ってしまった男は、ユーマに一方的にボコボコにされることになった。ビスケや幻海はそれを一部始終眺めながら

 

「……うーん。やっぱり、ストレスが溜まり過ぎてたのかしらね? 随分と活き活きとしてるわ」

「まぁ、偶にゃこうやって発散させれば、今の侭の修行でも大丈夫ってことだろうから、何も問題はないだろうさ」

 

 等といった会話をしているのであった。

 

 この日を境に、幻海への挑戦者窓口の形態が若干変化する事になったのだった。

 

 

 

 




取り敢えずは此処まで。
暫くは、別作品に集中します。
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