彼女が海に出かけたら   作:タン塩レモンティー

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彼女が水着を選んだら

 その時、私は十七歳で、そしてうだるような熱い夏だった。

 

『気持ちいいよ、ホント』

 

 悪友がハイテンションでそう言っていた。海でもプールでもいい、思いっきり飛び込みたい。そう思った。けれど、今、私は泳いではいない。代わりに舟を漕いでいた。

 午後の授業。舟を漕いだような様子のクラスメイト達を尻目に、窓からの光が、そんな彼を包み込んでいた。自分が何者かも分からない私にとって、その光は眩しくて、暖かい、まるで後光を背負った、神様みたいに思えた。何となく、見ているこちらまで、幸せになってしまいそうだった。

 福田先生っていい先生だな。優しい眼をしていて、背が高くて、笑った表情に胸がときめく。彼は奥さんがいなくなったみたい。いっそ私がと思うが、そこは考えない事にした。

 初夏の太陽はじりじりする。授業が終わると私は先生の手伝いをするために駆け出していた。ワイシャツをまくっていた福田先生が仕事の合間に何気なく言った言葉に、私は耳を立てる。

 

「真礼は夏が好きか?」

「はいっ!」

「そうか。ところで、真礼は泳げるか?」

「ええ」

「じゃあ、海へ行こうじゃないか! うちの息子を泳げるようにしてもらいたいんだ。嫌じゃなければお願いしたい」

 

 突然の提案だった。私は驚いたけれど、すぐに嬉しくなった。

 

「……分かりました」

「よしっ!! 決まりだな」

 

 福田先生が大きく笑う。つられて私も笑った。その日は夕方まで二人で仕事をした。私は先生と一緒に帰れると思ったのだが、彼はまだ用事があるらしくて先に帰ってしまった。

 

(残念……)

 

 私は帰り道、一人で家路につく。先生も忙しいんだから仕方がない。でも、少し寂しかった。家に帰ってご飯を食べた後、水着を用意しようとタンスを開ける。

 

(どれにしようかな~♪)

 

 去年買った花柄のビキニを出して、鏡の前で体に当ててみる。

 

(似合ってるかな?)

 

 きっと大丈夫だろうと思い、着ていた服を脱いで着替えようとした時……。ノックをする音が聞こえた。誰だろうと扉を開けると、そこにはお母さんがいた。

 

「あら? 真礼。今日はずいぶん可愛い格好をしているじゃない」

 

 しまった! タンスの中に隠すのを忘れてしまった。どうしようと焦っているうちにお母さんは部屋に入ってきて、私の姿を見て目を丸くさせた。

 

「まぁ~♡ そんな大胆な水着を着て、どうしたのぉ?」

「ち、違うの……これは……」

「誰かに見せるために買ったんでしょ?」

「そ、それは……」

 

 言えない。先生のためだなんて恥ずかしくて口には出せない。すると、お母さんは笑って肩に手を置く。

 

「お母さんね、嬉しいわ。あなたにもやっと好きな人が出来たんだねぇ~」

 

 私は思わず無言になる。

 

「お母さんに任せなさい。明日、海へ行くための水着を買いに行きましょうか」

「で、でも……」

「遠慮しないで。さあさあ、行きますよ!」

 

 お母さんに押し切られる形で、私は次の日に一緒に買い物に行くことになった。

 

 

 翌日、約束通り私達は近所のショッピングモールにやってきた。休日なので家族連れが多く、子供の声や楽しげな雰囲気に包まれている。そんな中、私達親子は目的の店へとやってきた。

 店内に入ると色とりどりの女性用の水着が並んでいて、見ているだけで楽しくなる。

 

(わぁ~っ! 素敵!)

 

 まず最初に見たのはビキニのコーナーだった。その中でも一際目立つ派手な赤色をした三角ビキニを手に取る。

 

「これなんかいいんじゃないかしら」

「派手すぎない?」

「ううん、真礼なら大丈夫よ」

 

 本当に大丈夫だろうか。私は不安になりながらも試着室に入る。カーテンを閉めて、水着に袖を通す。体にぴったり張り付く感覚がして、ちょっとドキドキした気分になった。胸元にある赤いリボンを結んで、鏡を見る。

 

(どうかな?)

 

 姿見に映った姿はなかなか良い気がした。

 

(これにしようかな)

 

 私は意気揚々と試着室の外に出ると、そこにいたお母さんは満面の笑みを浮かべて褒めてくれた。

 

「まぁ~! よく似合っているわよ。やっぱり女の子はこれくらい攻めないとダメよねぇ。真礼はスタイルもいいし、すごくセクシーに見えるわ」

「本当!?」

 

 私は喜んで、今度はスカートがついた黄色のセパレートタイプの水着を選んだ。腰回りについたフリルが可愛らしいデザインだった。

 

「これも可愛い!!」

 

 私が喜んでいると、後ろにいたお母さんは微笑ましい目つきをして言う。

 

「真礼、よかったわねぇ。じゃあ、次はどの水着にするのか決めようか」

 

 それから、私はいくつかの水着を選んだ。どれも可愛い物ばかりで迷ってしまう。

 

「えっと……これが一番かわいいかな」

 

 私は手に取った青いワンピース型の水着を見せる。背中が大きく開いていて、大人っぽい雰囲気がある。

 

「そうね。じゃあ、これで決まりね。店員さん呼んでくるから待ってて」

「えっ……?」

 

 私は思わず声を上げた。

 

「お母さん、もう決めたの? 他のも見てみたいんだけど……」

「だーめ。真礼、せっかく可愛い水着を買ったのだから、早く見せてあげなきゃ」

 

 そう言って、お母さんはレジに向かって行ってしまった。仕方なく、私もその後を追うことにした。

 

(どうしよう。今から別のに着替えるわけにもいかないよね?)

 

 困ったことになったと頭を抱えていると、お母さんは店員に話しかけていた。

 

「すみません。この子のサイズに合わせてもらえるかしら? それと、お会計はこのカードでお願いします」

「はい。少々お待ちください」

 

 お母さんは慣れた様子で水着の入った袋を受け取り、店の外に出る。

 

「さぁ、帰りましょうか。後は帰ってゆっくり着替えるといいわ」

「あの……お母さん。水着、どうすればいいと思う?」

「あら、そんなこと?」

 

 お母さんはクスクス笑って私の手を握る。

 

「家に持って帰ればいいじゃない。さあさあ、恥ずかしがらないで。ほら、行くわよ!

 

 お母さんに押される形で、私は家に帰ることになった。部屋に戻ると、お母さんは早速買ってきた水着を取り出して私にあてがう。

 

「あら、やっぱり可愛いじゃない。それに、思ったよりも大胆ね。先生はきっと喜ぶわよぉ」

「そ、そうなのかな……」

「そうよ。お母さんに任せなさい!」

 

 何を任せろというのだろう。私は不安になりながら、お母さんが満足するまで付き合うしかなかった。

 

「はい、完成!」

 

 鏡を見ると、そこにはいつもとは違う自分がいた。お母さんは買ってきてくれた水着を着せてくれて、私の髪を綺麗に結ってくれたのだ。

 

「どうかしら?」

 

 お母さんは笑顔で言う。普段着ないような水着を着て、髪形を変えて、まるで別人のような気がする。

 

「すごい、私、こんなに変わるんだ」

「ふふ、当然よ。誰だって自分を変えられるもの。これからもどんどん変わっていけばいいわ。そうすれば、もっと素敵な女性になれるわよ」

「うん」

 

 私は元気よく返事をした。楽しみだ。




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