彼女が海に出かけたら   作:タン塩レモンティー

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彼女がお姉さんの思いを知ったら

 紗季さんは私を覗き込むように話しかける。

 

「ねえ、今から二人で星空を見に外に出てみない?」

「二人きりで? うーん……」

 

 紗季さんが悲しそうな表情をしながらつぶらな瞳で見つめている。私が悪いことしているみたい。

 

「冗談ですよ」

「やった!」

 

 右手をガッツポーズしながら破願した。

 

「じゃあ行こうか!」

「はい!」

 

 こうして、私と紗季さんは家を出て、近くの山まで歩いた。

 

 

「わあ、きれい!」

 

 麓にたどり着くと、そこはあたり一面満天の星空が広がっていた。涼しい風が頬を撫でるように過ぎ去る。周りには街灯がなく、星の輝きだけが私達を照らしている。

 

「私、こういうところに来るの初めて!」

「へえ、じゃあ初体験だね!」

「……はい!」

「耳年増♪」

 

 頬を赤らめた私を見たのか、彼女が耳元で囁く。今夜は蒸し暑いな。

 

「こんなに綺麗な星を見たのは初めてかもね」

 

 紗季さんは小さく笑いながら呟く。綺麗な星々が夜空に煌めいている。こんな綺麗に星が見えるのは明かりが少ないからこそだろう。私が住んでいる町じゃこれだけ綺麗な星はなかなか見られない。

 などと物思いにふけっていると、彼女が語りだす。

 

「真礼さん、福田先生のこと好きでしょ」

「ち、違いますよ!」

「ま、そういうことにしといてあげる♪」

 

 慌てて手を振りながら否定する私に、紗季さんは悪戯っ子みたいににやける。……分かりやすいの!? 私。

 

「実は私、好きな人がいてさ」

「えっ!?」

 

 私は驚いて紗季さんの顔を見た。顔を赤く染め、恥ずかしそうに下を向いて話していたが、彼女の瞳を見つめると、満点の星空を見ているような気がして、今にも吸い込まれそうになる。

 

「その人は大人っぽくって優しくて、いつもみんなのことを考えてくれていて、私が困っているときは助けてくれるんだ」

 

 私は紗季さんの話を黙って聞く。邪魔をするものは何もない。

 

「だけどたまに抜けていたり、ドジだったりするところもあるんだ」

「意外ですね」

「もう、私だって乙女だよっ!」

 

 紗季さんがむくれながら、でも、心の底から楽しげに話している思い人のこと。その人ってまるで福田先生みたい。……あれ、なんで痛むの?

 

「でもそういうところが可愛くて、放っとけなくて、好き。ずっと一緒にいたいって思う」

「素敵な恋をしてますね」

「うん。だから私は全力で向かうよ。それに、相手と並び立つには、立場を考えたり、尊重することも大切」

 

 紗季さんは微笑むと、天を仰ぐ。

 

「例えば、私の思い人が社会人だったとする」

 

 彼女は一呼吸してから続ける。

 

「私はまだ学生だから、その立場は本当の意味では分からない。けど……、彼といるなら、理解が必要だと思うんだよね」

「……応援します」

「ありがとう」

 

 彼女は嬉しそうに微笑む。見上げる空には、満天の星が輝いている。でも真っ暗。

 

「それにしても、ここは本当に静かですね」

「うん。でも、まだまだ私は身近な存在の魅力を知らないんだなって、思い知らされちゃった」

「どういう意味ですか?」

「ふふん、それは秘密!」

 

 紗季さんは悪戯っぽい笑みを浮かべながら人差し指を口に当てる。

 

「えー、教えてくださいよ」

「ダメ!」

「けちっ」

 

 紗季さんが微笑みながら私のおでこをデコピンする。痛っ!

 

「女はみんな秘密を持っているものだよ。真礼さんもそうじゃないかな」

「……まあ、ね」

「さ、帰ろうか」

「はい」

 

 私たちは来た道を戻った。どんな流れでこの話題が出たかは忘れたが、先生が雑談で言ったことを思い出す。

 

『昔の哲学者、ソクラテスは「無知の知」を唱えた』

 

 ああ、その通りだ。人を愛する意味も、本気で向き合う覚悟も、何にも知らなかった……。でも、紗季さんも似たような想いはあったんだ……。

 

「あ、流れ星」

「どこ?」

「ほら、あそこ」

 

 紗季さんは微笑みながら空を指さす。

 

「あっ、ほんとだ。お願い事しないと」

「何をお祈りするんですか?」

「真礼さんは何を祈るの?」

「うーん、……内緒です」

「そっか」

 

 紗季さんは目を瞑って、両手を合わせた。私もそれに合わせる。

 

「私と一緒にいる未来がありますように!」

 

 私は思わずずっこけた。

 

「あれ、反応なし? さーみーしーいー」

「というか、子供っぽいですよ」

「いいじゃん!」

 

 小さく息を吐いてから私たちは再び歩き始めた。外は少し寒くなっていたけれど、私の心は暖かく包まれていた。

 

「ところで、先生とはどうですか?」

「まあ、順調だよ。……あっ」

 

 何かに気付いたのか、紗季さんは気恥ずかしそうな様子で両手で口を覆う。

 

「……バレバレ?」

「……それは、もう」

 

 彼女はそれを誤魔化す様に続けた。

 

「今日、手料理を振る舞ったんだけど、美味しくできたと思う」

「へえ、先生どんな表情してました?」

「それが、あんまり表情が変わってなくてね」

「でも、福田先生、喜んでいましたよ」

「へぇ……」

 紗季さんが一瞬真顔になったのを見逃さなかったが、すぐ明るい表情に戻る。

 

「もっとこう、分かりやすくして欲しいな」

「例えば?」

「笑顔とか、照れた顔とか。あと、抱きついたりとかね!」

「ハグならしてあげますけど?」

「違うの。てか、ハグしてるの!」

「いやしてませんって」

 

 紗季さんはその場に崩れ落ちる。私は右手を横に振る。

 

「……私、魅力ないかなあ」

「あ、あの、元気出してください」

「……ぐすっ」

「泣かないでくださーい!」

 

 私は慌ててハンカチを取り出して、紗季さんの涙を拭く。すると、彼女は立ち上がって、私に向き直る。

 

「ごめんね、取り乱しちゃって」

「全く、紗季さんは甘えん坊ですね」

「じゃあ、慰めて」

「えっ」

 

 彼女は少し背伸びをして、私を軽く抱擁した。私は顔を赤くしながら、彼女を抱き返す。

 

「ありがとう」

 

 彼女は名残惜しそうに身体を離すと、そのまま腕を組んできた。

 

「これなら寂しくないし、温かい」

「分かりましたよ!」

 

 星空の下で、私は照れくさくなりながらその腕を組み返した。私は紗季さんの温もりを感じながら、家路についた。

 

 そういえば、ずっと前、紗季さんと先生と並んで歩いているのを見たって、さっき誰かが言っていたな。先生の奥さんになるのが紗季さんだとしたらなんだか複雑。それでも、彼女は凄く魅力的なのは昨夜の会話や振る舞いでこれでもかというほど伝わった。私なんかが入る余地がないくらいに。

 奥さんになるってのは、お互いを大事にして尊重するってことだ。福田先生は紗季さんを好きなんだろうか。




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