「……んぁ?」
その日、東雲彰人は奇妙な重圧により無意識下で目を覚ました。
「お……め、ぇ……」
重い……まるで金縛りに遭ったかのように重い、しかし何処か何かに包まれるような温かい重さだった。
「なんだよ……おい……」
そして、彰人がその重さの正体を確認しようと、目を開けた。
「………………」
「……ぁ?」
そして、その正体は彰人の掛け布団になるかのように乗っかっている義姉のまふゆだった。
彰人は目を白黒させた後、目をこすり再度まふゆを見る。
「……夢? じゃないよな」
「現実」
「……ぇ、何やってんだよ、まふゆ姉さん」
「メンタル回復」
―― ―― ――
「あらまふゆ、今日はお昼ご飯食べに来たのねっ」
「うん、ちょうど勉強の一段落がついたから」
「そっか、すぐに作っちゃうからねっ」
まふゆのいつもと変わらない笑顔見て、母親は嬉しそうに満々の笑みで料理を再開する。
父親はおらず、どうやらまたこもっているようだ。
「ふふっ、そんなに気合い入れなくても良いのに」
まふゆは優しい笑顔を母親に見せた後、スンッと感情が一切こもってない無表情へと変化する。
「………………お腹すいた」
「……アンタさぁ、そうやっていきなり感情を消すのやめなさいよ。見てるこっちが怖いわ」
「別に、感情消してるつもり無い」
相変わらず無表情を貫くまふゆに、絵名は大きくため息をついた。
そして料理がテーブルに並ぶと、二人は食べ始めた。
「ねえ、彰人の奴は?」
「もう学校行ったよ。今十二時半」
「……アンタはいいの」
「午前中は良い、休みにしてもらったから。それよりも絵名の話の詳細を聞くのが先――」
まふゆはコーヒーで口を湿らせながら冷たい声でそう言った後、顔をピクッとしかめた。
「……………………」
「苦いんでしょ、砂糖とミルクいる?」
「いらない。私ブラック飲める」
「子供か、ほら入れなさい」
絵名にそう言われ、まふゆは渋々といった様子で砂糖とミルクを大量に入れた。
――それもコーヒーの黒い面影が一切無くなるほど。
「……入れすぎじゃ無い?」
「別に良いでしょ、それで、詳細を聞きたい」
まふゆはコーヒー(激甘)をテーブルに置いた後、絵名を見つめた。
突然一緒に曲を作れと言われ、やれと言われたのは作詞。それだけしかまふゆは聞かされていない。
――誰とやる? いつやる? 何処で活動している? グループ名は?
まふゆの疑問は尽きなかった。
「基本的には【ナイトコード】で話し合いながらネットで活動しているサークルよ、今は私含めて三人」
「【ナイトコード】確かボイスチャットツールだったっけ。簡単に言うとディスコ――」
「やめなさい。んで、それで出来たらネットに投稿してるってわけ」
「ふぅん、それでそのサークル名は?」
まふゆのその言葉に、絵名は誇り高そうに鼻を鳴らした。
「ふふんっ、聞いて驚きなさい。【ニーゴ】よ!」
「……ニーゴ? ああ、あのグループ」
流行り廃りに鈍感なまふゆでも、流石に名前くらいは聞いたことがあった。
【ニーゴ】――最近学生の間でポツポツと話題が出始めている人気のネット音楽グループ。
人物像不明、経歴不明、性別不明――すべてが謎に包まれているグループで、わかっているのはその音楽は外注しておらず、そのグループのみで曲制作が完結している……。
プロとも噂されている謎の音楽グループだ。
「どう? すごいでしょ?」
「なるほどね、通りでニーゴのイラスト……どっかで見たタッチだと思った」
どや顔をする絵名を余所にまふゆはご飯を食べ進め、箸を丁寧にテーブルに置いた。
「グループは全員女子?」
「ええそうだけど、それが?」
「なんだ、男いないのか」
「……なに? アンタ出会い求めてんの?」
「別に。そこに男の子いないなら絵名に春が来るのはまだ先だな……って思っただけ」
「何ですってっっ!!」
失礼すぎる発言に怒りを露わにし、ダンッとテーブルを叩く絵名を余所に、我関せずと言った様子でコーヒー(激甘)を飲む。
「それで、ネットで活動してるのはわかった。活動してる時間帯は?」
「時間帯?」
「あるでしょ多少は、十九時ぐらいだとか。ある程度決まってる時間が」
「うーんと」
絵名は口元に人差し指をつけて考えた後、口を開いた。
「二十五時、くらい?」
「ぶ――っ」
まふゆは激甘を吹き出した。
―― ―― ――
「…………安請け合いするんじゃ無かった」
まふゆは重いまぶたが閉じるのを必至に耐えながら、絵名の言葉を受けてしまったことを悔い始めていた。
まふゆは眠気覚ましに、エナジー系のドリンクを飲む。
「…………ねっむ。まさか動いてるのがこんな夜中とは」
これでもう三本目だ、眠すぎる。
まふゆは基本朝型だ、ごく普通の学生のように朝六時くらいには起床し、十一時くらいには寝床に着く至って普通の女子高生。
「深夜一時じゃなくて、二十五時だからまだ日付跨いでない。故に夜中ではないとでも言う気なのかな。あの夜行生物(絵名)」
――まさか勉強以外で夜中に起きる羽目になるとは思わなかった。 まふゆは絵名に怒りの矛先を向けながらも、初めてのナイトコードを起動した。
「あ、あー。聞こえてますか?」
その瞬間、まふゆはまるでスイッチが入ったかのように人格が変わり、まるで優等生を思わせる声になった。
『おっけー、聞こえてるよー』
『……大丈夫』
『いいわよ』
絵名の言っていたとおり三人。確認した声を聞くと、まふゆは優しい声で自己紹介を始めた。
「えっと、イラスト担当の方からお話は聞いていると思いますが。今日から作詞をやらせていただく『雪』と申します。よろしくお願いします」
『よろよろ~、じゃあこっちも自己紹介するね~』
そう言って、まずは元気そうな女の子の声をした子が自己紹介してくれた。
『僕の名前はAmia、ニーゴで動画担当してます。よろしくねっ』
「うん、よろしくAmia」
『それにしても、いやー以外だったなぁ。えななんに僕たち以外の友達がいたなんて』
『し、失礼ね! ちゃんといるっての』
――友達じゃ無くて、家族だけどね。
そう頭によぎったまふゆであったが、それを言ったら『友達がいない』と露呈するような物なので、流石に口をチャックした。
そして、次に自己紹介したのは気弱そうな女の子。
『初めまして。私はK、主に作曲を担当してます。よろしく……』
「うん――、うん?」
Kの自己紹介を聞いている最中、まふゆにある疑問がよぎって声のトーンが上がった。
『ど、どうしたの?』
「い、いや。そうするとボーカルどうするのかなって」
これまでの話をまとめると……Amiaは動画担当、Kは作曲担当、絵名はイラスト担当。そして自分が作詞担当になるのだが。
――肝心のボーカルがいない。最近流行りのボカロでも使ってるのであろうか。
『え、えと。えななんから聞いてないの?』
「……? いや、ボーカルに関しては特に」
『……うちでは、完成した曲を皆で歌うことになってるの。そうした方が音楽の幅が増えるから』
「へえ、そうなんだ。ふふっ」
優しく言ってくれるKにまふゆは優しい声で声を返した後、
「えななんとやら、後で話そっか♪」
家族である絵名に奇妙なほど優しい声でそういった。
――ガチギレである。
「ちょっと! 怖いわよっ!」
『いやいや、これは言わなかったえななんが悪いよ』
慌てた声を響かせる絵名をまるで面白がるかのように、Amiaはけらけらと笑った。
―― ―― ――
「…………ふぅ、骨組みはこんなもの、かな」
初めの挨拶を終え、まふゆは一時間ほどたった頃、Kが作曲した音源をベースに歌詞の大体のイメージを固めていた。
「……四人もいると、流石に楽」
まふゆは背もたれにぐてーっともたれかかりながら、そんなことを呟いた。
まふゆの今まで作った曲は全て個人的に趣味程度に制作した物だ。それ故一人でいつも作業し、完成するのはかなり先の話だった。
「たまには、人と作るのも悪くないかな」
まふゆは無表情ながらもくすりと笑い、ナイトコードにマイクを繋いだ。
「えっと、Kさん。歌詞をある程度組み立てました。確認してください」
『……はい、今確認します』
まふゆの声に、まるでラグがあったかのような沈黙の後Kの優しげな声が聞こえた。
そして、まふゆはKの確認が終わるまでゆっくり待つ。
『……すごい』
そして一方のKは、まだプロット状態でありながらもその高い完成度につい声を漏らし、脱帽した。
――まるで心を抉るような、それでいて何処か力強いそんな歌詞だ。
流石は、えななんがあれだけ推薦しただけのことはある。
「どうでしょうか、Kさんの理想の歌詞に近ければ良いのですが」
『……とっても、良いと思います。流石です』
「ふふっ、ありがとうございます」
『……この作曲技術は何処で?』
「すべて独学です、一応元々音楽のことは趣味でやっていましたので」
『そう……なんですか』
そのまふゆの言葉に、Kの声が小さくなった。
(やっぱり、天才っているんだな)
――Kである……奏は彼女の歌詞を直に見てそう思った。
この作詞は明らかに軽くやった程度で身につく歌詞では無い。しかも一時間ほどでこれを完成させて見せた。
これは奏からしてみれば明らかに異質……正に持って生まれた物としか思えない才能だ。
『わたしも……頑張らなきゃ』
「……Kさん?」
『もっと頑張って……誰かを救える曲を作らなきゃ』
「救える……曲?」
奏はまるで自分を奮闘させるかのように、ぼそぼそとそういった。
――彼女は明らかに今まで奏の曲に欠けていた存在であり逸材だ。彼女を誘ってくれたえななんの為にも、今まで以上に素晴らしい曲を……
「……多分、今の貴方じゃ無理ですよ」
『……え?』
その冷たく突き放すようでいて……優しくいう彼女の声に、奏は目を見開いた。
まさか会って半日もたたないうちに、自分の信念を否定されるとは思ってもみなかったからだ。
『どう、して……?』
「だって、Kさんとっても辛そうだから」
『つら、そう?』
まふゆはまるで奏を優しく包むかのように、言葉を続けた。
「Kさんの人生、今まで一体何があったのかはわからないけど。貴方の作る曲は何処か冷たいんだ。音楽って言うのは作る人の感情、表現がダイレクトに聴き手へ伝わる。Kさんの曲もそう、冷たくて……まるで迷路でも彷徨ってるみたい」
『…………っ』
「それに、曲で救おうって思ってるうちは人は救えないと思うよ」
まふゆは送られてきた曲を聴きながら、話を続けた。
「曲で救われると思うのは『制作者次第』じゃなくて『聴き手次第』。そしてその『救える曲』は制作者が紳士に曲と向き合って出来た『制作者として誇れる曲』であり。人を救うのはその結果論でしか無いと思う」
『…………』
「ねえ、Kさん。貴方の曲は……自分で誇れますか? 様々な作曲者のように『自分の世界を表現した』と胸を張って言えますか?」
その言葉に奏は涙をながし、その言葉を噛みしめた。
彼女の言うことは全てが正しい、なにも言い返すことが出来ない。
『たしかに……わたし、は……。誰かを、救うことしか……考えてなかった』
「…………そうでしょうね」
『でも、じゃあどうすればいいか……わかんない……っ!』
奏は涙で身体を震わせながら、懸命に言葉を紡いだ。
『どうすれば良いの……? どうすれば誰かを救えるの……? どうすれば……わたしは……』
「……そんなの簡単、まずは『自分を救えばいい』」
まるで奏を慰めるように、まふゆはそういった。
「私も、ニーゴの曲は何度も聞かせてもらってるよ。冷たいけど優しい……けどそれに精一杯足掻くような。そんな曲」
『…………』
「そんな足掻くような曲調は頑張ってる人たちの後押しになり、励みになる。多分もう何人か救えてると思うよ?」
『もう、救えてる……?』
まふゆのその言葉に、奏は瞳を揺らしながらも画面を見た。
「うん、多分気付いてないだけ。今Kさんは救おうとする気持ちが急いてしまって周りを見ることが出来てないだけ」
『気付いてない……だけ?』
「ちょっとだけ、ほんの少しだけで良い。『人の為に作る』んじゃ無くて『自分の心のままに』作ってみて。そうすれば……きっと世界は変わるから」
―― ―― ――
「…………」
まふゆが立っていたのは、そこは灰色の何もない空間だった。
地平線がずっと奥まで続いており、ある物とすれば鉄骨やコンクリートブロック、それらが散乱している謎の場所だった。
「……――…………――」
そして、そこには一人の少女がぺたりと座っていた。
その女性の見た目は高校生くらいだろうか。背景に溶けてしまいそうな銀髪に、緑とピンクのオッドアイ。
銀色のブラウスにフリルの付いたスカートを穿いている何処か浮世離れした少女だ。
「……まふゆ」
「ミク、少し面白そうなことになりそう」
――ここはまふゆの世界……まふゆが過去に消えたいと望んで生成された……虚無の空間である。