原神オリ主日常もの 作:爆死太郎
俺、ヤクモは転生者だ。
正直に言うと転生に対しては全く乗り気ではなかった。20代前半と、若くして病に倒れ死んでしまったが、何かを目指していた訳でもなく毎日呆然と生きてきた人生。良くも悪くも未練が無く、次の生があろうものなら記憶を全て消して新しい自分として生まれ変わりたかったというのが本音だった。
だが、俺が死んだのはどうやら神様のミスだったらしい。
死後の世界では人の魂は輪廻転生するのが世の理だったのだが、俺が正規の手順で記憶を消して輪廻転生してしまうとそのミスがバレて、神を首になってしまう、というのが向こうの言い分だった。
俺は半ば強制的に、可及的速やかに転生させられることになった。話を聞いてもらえずにこっちの都合を丸っと無視して勝手に色々決められるなんて、学生の身分に甘えて生きてきた俺にとっては初めてのことだった。俺は言い返す隙すら見つけることもできずまんまと転生させられてしまった。
次に目を覚ました時、俺は病衣姿で着の身着のまま森の中に放置されていた。流石にこれには怒りを感じたが、天に向かって吠えても無意味である。
俺は少しの間、サバイバルをすることになってしまったのだ。結構苦労した。飢餓状態の辛さというのを思い知った。
正直、親切な人に見つけてもらって、そのまま保護されなければ、俺は餓死して死んでしまっていただろう。
それが数カ月前の話だ。
今では俺は、病衣は捨てて健康体に服を纏い、何とか生き延びている。
俺が転生させられた森…そのすぐ近くに広がる巨大な湖。その真ん中に浮かぶように作られた湖中都市、自由の国モンド。
モンドを守るは西風騎士団。俺はそこに厄介になっていた。
と言っても、拾ってもらい、雑用係を担って最低限の給金を融通してもらっているという中々に卑しい状態だ。飯も出してもらっている。
恩はしっかり返せと親から教えられた俺は、馬車馬の如く働く毎日を送っている状態だ。
俺は今日も今日とて騎士団本部の窓を拭く。
キラキラと輝く一片の曇りもないガラス。汗を拭ってそれを見上げた。達成感が沸き上がってくる。
「何見てるの?」
そんな事をしていると、不意に後ろから声をかけられた。
「アンバー。いや、我ながらいい仕事したなと。ほら」
「おおー、凄い!ピカピカだね!」
そう言って親指を立ててくるのは、高校生くらいの黒髪の少女だった。赤い軽装備で固めて、兎みたいなリボンが付いたカチューシャを付けた少女。ぱっと見ただの正統派美少女である彼女だが、その身分は西風騎士団所属の偵察騎士である。
そして彼女…アンバーは俺を拾ってくれた命の恩人でもある。
「うんうん、立派に仕事出来るようになって良かった良かった。最初は痩せすぎだったから、心配してたんだよ?」
「あの時は病み上がりだったから。お陰様で良くなった」
俺は病院にいた頃の身体から、病気を取り除いただけの状態で転生させられていた。健康ではあったが、入院中の鈍った身体でのサバイバルは普通にしんどかった。幸いなのは入院してから死ぬまでの期間が割と短かった所だろうか。もっと長くて歩くことすらできなかったら、俺は普通に野垂れ死にしていた事だろう。
「えへへ、あの時は本当にびっくりしたよ。木の上から人が落ちてくるとか思ってなかったし!」
「スライム対策で木に登ってたんだ。そうしないと怖くて眠れなかったし」
「確かに、スライムは舐めてたら痛い目見るからね。それに、木の上から落ちてきたから見つけられたんだし、登って正解だったよ!多分!」
アンバーは底抜けに明るい。今日も明るい。たまに無茶をやらかすみたいだけど、そこもまたいい。俺は心の中で密かにうんうんと頷いた。
アンバーが窓を開いて空を見上げながら「ん~っ!」と思いっきり空気を吸った。バランスのいい大きさの胸が膨らむ。
「は~、今日はいい天気だね~!」
アンバーは笑顔になって俺に顔を向けた。
「あ、そうだ!今日こそ風の翼の訓練に行こうよ、ヤクモ!」
「…あ、俺まだ仕事が残ってるんだった。悪いけどもう行くよ。それじゃあな」
撤退を即断する。
「あ~!またそうやって逃げるんだ!行こうよ行こうよ~!」
「いやいやいやいや…あれだけは勘弁してくれ…!あんなので飛ぶとか正気の沙汰じゃないから…!」
「皆やってるよ~!便利だし絶対習得しておいた方がいいのにぃ!」
腕にしがみ付かれてぐいぐいと引っ張られるが、それに全力で対抗する。
風の翼。それは文字通りただの翼である。この世界では割とポピュラーな移動手段らしく、背中に翼を付けて空を滑空することができるのだ。
見た目はガチで只の翼である。エンジンも航空力学も全くと言っていい程適用されていない。オオワシの標本から翼をもぎ取ってきました、と言われても納得してしまう程のザ・翼なのである。
モンド人は、そんな翼を付けて数十メートル上空を滑空するのである。
信じられない。あんなので人が飛べるわけないだろう。ライト兄弟が見れば卒倒するぞあんなもん。
くっ、力が強い…!流石騎士、女だてらにこの腕力…!
「元気になったら絶対一緒に飛ぶって決めてたの!きっととっても楽しいよ!ね?いいでしょ?」
「なんでそこまで空を飛ぶことに固執するんだ…!他の事ならいくらでも付き合うから、あれだけは勘弁してくれ!」
「だめ?」
「…」
俺は思わず動きを止めてしまう。
いや、でも、だって普通に考えて翼を背中に張り付けて空飛ぶとか訳わからないし…。
「ヤクモ、だめ…?」
「…少しだけだぞ」
「本当!?やった~!」
美少女の涙目には逆らえない。俺はぐいぐいと先導して俺の腕を引っ張るアンバーに、大人しく連行されたのだった。
モンドは城塞都市だ。そして中央に向けて山なりになっており、その天辺には風神を祀る大教会が鎮座する。
なおこの街は自由都市でもあり、王はいない。過去には三大貴族の一角によって統治されていたらしいが、今ではその寡頭政治は見直され、西風騎士団が実質的な統治組織として機能しているようだ。
大教会の足元には大広場が存在する。巨大な風神の像を中央に頂くこの広場は、人々の憩いの場だ。
今日も今日とて像の足元で吟遊詩人が歌を拾いしていたり、待ち合わせをするモンド人たちがいたりと賑わっていた。
「よし、じゃあまずは小さな段差から練習しよっか!」
「分かった分かった…」
翼を背中に装着しながら、俺は階段を上った。大教会に続く階段の隅っこで練習することにしたらしい。
アンバーは神の目というインチキアイテムを持っているので、ちょっと念じるだけで風の翼を一瞬で装着できるようだ。
神の目とはこの世界で、選ばれた者のみが与えられる特殊なブローチだ。人によって色が異なり、色ごとに決められた属性の魔力…いや、この世界では元素か。元素を操る事が出来る。ありていに言えば、魔法を使えるようになるのだ。
魔法だけではない。他にもモノをいくらでも収納できるようになったり、星座の力を借りてスキルを身に付けたり、祭壇を作って聖遺物だとかを置いて祈る事で身体能力を強化したりすることもできるらしい。
つまり魔法チート&収納インベントリという、本来なら俺みたいな転生者が持っているようなインチキアイテムという訳だ。
俺は持ってないけど、便利そうだなとは思う。
「こう、バランス良く体勢を維持しながら、風の翼で風に乗って、すい~、と飛ぶんだよ!」
「こ、こうか?」
「おお、そうそう!上手だよ!」
階段からジャンプして滑空。数mを飛んで着地した。
意外と簡単か?どういう原理で滑空しているかは知らんが、これなら割と練習すれば使えるようになるかも?
まあ、だからと言って普段から使おうとは思えないが。怖いし。
「いいじゃん!ヤクモ、あんたって凄いセンスあるよ!よし、この勢いのまま次の段階にいっちゃおうか!」
「よし、もうなんでもこい!」
意外とうまく飛べた事で調子に乗った俺だったが、アンバーに連れて行かれた場所をみて顔を青ざめさせた。
大教会の擁する広場はかなり高い場所に聳え立っており、円筒形に切り取られた台地の上が広場となっている。
広場の周囲はフェンスに囲まれており、そのフェンスの向こう側には遥か眼下にモンドの街並みが広がっている。広場の足元からここまでの高さは大体2,30m程だろうか。更に段々と下がっているのだが、一番下にある城下町と広場の高度の差とくれば三桁m程になるだろう。
「…あの、アンバーさん?もっと段階踏むべきではないですか?」
「早速行こ~!」
「アンバー?あの、聞いてます?…手を引っ張るんじゃねえ!怖いから…!マジ怖いから!」
若干高所恐怖症気味の俺には、ここから飛び降りるなんて選択肢は一つもない。だというのにアンバーは笑顔で俺の手を引いてくるのである。
女の子の手は非常に柔らかくて繋いでいて幸せな気分になれるが、先にある地獄を考えると比べるべくもない。
「大丈夫だよ。ちゃんとバランス取れてたし、あれなら万が一にも事故にはならないって。それに、モンド城の飛行チャンピオンが一緒にいるんだよ?問題ないない!」
「あるわ!主に俺の精神的負担って分野で致命的な問題が!」
「さあ、いこう!ちょっとの勇気を出して、大空を掴むの!」
「ひいいいいいいいい!」
俺はアンバーに引っ張り出される形で広場から飛び降りてしまった。慌てて風の翼を使って空中で滑空する。
「あはは、上手上手!」
「アンバー…この恨み、一生根に持つからな…!」
「あ、それ私の友達の口癖に似てる!」
…どんな友達だよ!
いや、でも存外安定しているな。俺は周囲を見渡す。何も遮るものの無い大空を、俺は飛んでいた。
今でも怖いのは怖いけど、気持ちよくもある。アンバーが風の翼を趣味にする理由の一端を少しだけ理解できた気がした。
「気持ちいいでしょ?友達と一緒に飛ぶのって、最高なんだよ!」
「…まあ、気持ちは分からなくもない…ぃぃぃいいいいいい!?」
突然だった。上昇気流に捕まってしまったらしく、俺は一瞬で上へと持って行かれてしまったのだ。その反動で風の翼が俺の背中から外れてどこかへとすっ飛んで行ってしまう。
…あれ?これ、ヤバくね?
そう思った時には俺は既に重力に捉えられていた。
「おわああああああああ!?」
「ヤクモ!?」
俺は落下しながらも我武者羅に手を伸ばす。そして何かにがしっと捕まった。落下の衝撃が和らぐ。
「あ、あれ…?」
「や、ヤクモ、大丈夫!?」
目を開けると、俺の頭上にアンバーがいた。どうやら俺はアンバーの足に捕まる事が出来たらしい。アンバーの細い両足首にぶら下がっている状態だ。
「た、助かった…!」
「良かったぁ…でも、まだピンチかも!これ、意外とバランスとるの難しい!」
「はあ!?」
焦った声に俺は前を向く。そこには建物があった。丁度俺がぶつかる高度だ。
「アンバー、右右右!」
「わ、分かってるよ~!」
アンバーが必死に右に避ける。何とか背の高い建物の屋根に足を付けて蹴って距離を取る。
「ヤクモ、もっと上にしがみ付いて!そっちの方がバランスとりやすいから!」
「上って、どこだよ!?」
「えっと…つまり、こういうこと!」
アンバーが一瞬急降下して、俺の位置を調整した。しがみ付く場所が、足首から太ももに変わった。俺の頭がアンバーの健康的な太ももに挟まれる。
「あ、アンバー、これなんかハズイ!」
「言わないでよ~!よし、このまま着地するよ!着地任せた!」
地面が見えてきた。二人分だから速度がかなり出てる。アンバーは言うだけあって何とか速度を落としつつ人がいない場所に調整する。
そして、ついに俺の足が地面に着いた。レンガを敷き詰められた地面に着地し、俺は足を踏ん張って勢いを殺し続ける。そのままずささささと滑り、俺はアンバーを肩車した状態で静止した。
「…な、何とかなったか…」
心臓がバクバク鳴っている。これ以上の恐怖体験があっただろうか。正直三回は死んだ気がする。
「あ~、楽しかった!ヤクモ、ちょっと怖かったけど、何とかなってよかったね!」
アンバーは相変わらずこの調子だった。俺の額に青筋が出る。
「楽しめたようで何よりだ…で?謝罪は…?」
「あ、あれ?もしかして怒ってる?えっと…楽しかったし、いい思い出になったでしょ?」
「あれを楽しいと思えるのはお前だけだよ!」
肩車したアンバーの顔を見上げて叫ぶ。アンバーもアンバーで俺を見下ろして「ご、ごめんってば~」と頭を撫でてなだめようとしてきていた。
はたから見るとアホみたいな体勢だな。
「こらー!何をしてる、そこの男女二人組!」
と、ここでどたどたと西風騎士団の騎士が吊り上がった目で走ってきた。
「って、アンバーさん!?また貴女ですか!?風の翼による危険飛行、これで何度目だと思ってるんですか!今回も免停は確実ですよ!分かってるんですか!?」
「あ、あちゃー…」
気まずそうに頬を掻くアンバーに、俺はピキピキだった。
「…何度目って、前科あったんかい!」
「ち、違うの!ちゃんと反省して、これからは安全な飛行を心がけようと思ってたんだけど~…」
「言い訳無用。あの、騎士団本部に連行ですよね。アンバーはこのまま連れて行きます。お騒がせして申し訳ありませんでした」
「えっ」
「ああ、そういう事か…君も巻き込まれて災難だったな。よし、それじゃあついてきてくれ」
「お、下ろしてよ~!恥ずかしいよこれ!」
「あ、そうだ。首に下げる看板とかありませんか。そこに『私は危険飛行しました』って文字を書いてアンバーの首に下げたいんですけど」
「良いなソレ!アンバーさんは偵察騎士としては最高の働きをするんだが、風の翼に関わると並々ならないこだわりを見せて度々騒動を起こすんだ。たまには痛い目を見た方がいい」
「えええ!?や、やだよ!そんなのヤダー!」
俺はアンバーを肩車したまま、街中引き回しの刑をアンバーに処したのだった。アンバーは終始顔が真っ赤だった。
これで少しは懲りてくれ、頼むから。