はい。第三話です。
そして最終話なので最後まで楽しんでいただければ!!
建武の新政開始である。
鎌倉を落とした兄と俺も上洛して後醍醐天皇に謁見。そこで兄は史実通りに治部大輔や越後守護などに任じられた。ついに無位無官の新田小太郎から晴れて官位を手に入れたのである。
そして鎌倉陥落の功労者として俺にも叙勲の話が回ってきた。これも史実通りに駿河国を拝領することになった。
だが、これを俺は辞退した。
というのもすでにこの時点で建武の新政に対する武士の不満は高まっており、直義がそれを利用して足利の力を伸ばしているのを知っていたからである。
後醍醐天皇の下で働いても意味はない。
それが俺の結論であった。
かと言って俺は足利に近づくわけでもなかった。
足利は今は一体となっているように見えるが、すでに潜在的に直義と足利家宰の高師直の対立は始まっており、今は尊氏がいるからこそ一体になっているだけである。これも俺が直義や尊氏に重用されているからこそ気づいた事実であった。
兄である義貞は官位をもらった恩もあるので後醍醐天皇にべったり、それに対して怪しい動きをする足利という構図が、ちょっと物が見える武士なら気づける都の現状である。
そしてその双方につかず、だがどちらにも影響力があるのが俺、脇屋義助である。
直義も俺を引き入れれば兄である義貞もついてくると踏んで、俺を足利派へいれようとしているが、後醍醐天皇も黙っていない。
後醍醐天皇は勅使を下して俺に何か欲しい褒美はないか、と尋ねてきたのだ。
これには流石の俺も驚いた。だが、よく考えれば新田の軍事力が欲しい朝廷にとっては俺を朝廷方に引き入れることこそが、至上命題に近いのだ。
あまり辞退しすぎてない腹を探られても面倒である。
そこで俺は尾張、駿河、伊豆、相模、武蔵、上野の商業都市の代官の任を欲しいと訴えた。
国や高い官位でなく、地方の商業都市の代官という低い身分は簡単に朝廷に受け入れられた。
当然、俺が謙虚な気持ちでこの身分をこうたわけではない。
商業都市というのは人が集まる。人が集まれば金や情報も集まってくる。それを見越して俺はその身分を請うたのだ。
つまり、次の戦いの準備である。
時間はまだあるが、北条時行の中先代の乱をきっかけにして後醍醐天皇と足利は対立する。その時にどちらにつくか。そのための準備である。
そして東海道から関東にかけては史実では後醍醐天皇方の新田と、鎌倉から攻め昇る足利が激突する地域だ。ならば前もってその地域の商業を抑え、自分のものにしておくことにこしたことはないだろう。
俺は上野時代からの家臣を代官としてつかわしてその土地を俺のいうことを聞くようにしている真っ最中である。
さて、そんな新田家のために絶賛奮闘中の苦労性な弟を持った兄・新田義貞は後醍醐天皇に呼ばれて喜んで出かけていった。
俺も一応、足利にも伺いをたてたほうがいいんじゃないかと兄に言ったが、兄は「大丈夫だ! 尊氏がこの程度のことで俺を怪しんだりしないだろう!」と楽天的である。
確かに尊氏と直義の足利兄弟は気にしていない。問題は家宰の高師直である。
昔から足利兄弟と仲の良かった新田兄弟をよく思っていない高師直である。尊氏を差し置いて後醍醐天皇に近侍する兄に不満顔である。
そしてそれは後醍醐天皇の息子・成良親王を奉じて東下し、建武政権の関東統治機関である鎌倉将軍府の執権となった直義がいなくなったことで噴出した。
尊氏臨席で高師直による詰問である。
ちなみにこういう時に兄・義貞はまったく役に立たないことは俺だけでなく、足利家宰である高師直も知っているので、呼び出されるのは俺である。
ある程度予想はできていたことなので、俺は尊氏の屋敷で高師直の詰問に対して全て完璧に反論してみせた。
その途中で月が怒って刀を抜こうとし、それをみた高師直の弟・高師泰も殺気立つという一幕もあったが、尊氏の「新田に二心なし」という言葉で落ち着いた。
「ふぅ……」
尊氏屋敷からの帰り道、思わず俺は溜息をつく。何せ都に来てから心が休まる時がない。今の新田の状態は後醍醐天皇と足利のどっちつかずになっている状況だ。一歩間違えれば即滅亡になりかねない。
そういう状況でも兄が使い物にならないので、俺が苦労するしかないのである。
「あの~、殿?」
「うん? どうした月」
話しかけてきたのは俺の馬の轡をとって歩いている月。色々とやっていた影響でそこそこの郎党を抱える俺であったが、その郎党の多くも各地に散らばらせて情報収集などにあてているので、現在、手元にいるのは月だけであった。
俺の言葉に月はどこか言いづらそうにしながら、俺を見上げてくる。
「殿、脇屋に帰りませんか?」
「……なに?」
突然の言葉に俺が呆気にとられると、月はどこか怒りながら口を開いてくる。
「だって!! 都にきても殿ばっかり苦労してるじゃないですか!! 殿は必死になって新田や足利のために働いているのに、足利様は殿を疑う始末!! こんなばかばかしいことありませんよ!!」
ぷりぷりと怒る月に思わず苦笑してしまう。
「仕方ないだろう。今の新田の動きは怪しいのだから」
「でもだからってなんで足利の家宰風情に殿が弁明しなきゃいけないんですか!!」
「今や師直殿も官位を持つ身だ。そして官位だけでいうなら俺より上。仕方ないだろう」
俺の言葉に納得していないのか怒ったように地団駄を踏む月。
だが、すぐに飛び跳ねるように俺の馬の前に立ち、刀を抜く仕草をみせる。
「ああいや!! お待ちくだされお待ちくだされ!!」
そして月が殺す目つきで睨んだ暗闇からでてきたのは一人のくたびれた雰囲気を持つ侍。
倒幕の最大の功労者・楠木正成であった。
正成の姿に俺は緊張が走る。この楠木正成という男、逃げたがりを装っているが、その実つかみどころがなく、警戒するにこしたことはない男である。
何せあの足利尊氏をして「一番危険な相手」と明言されているのだ。
個人的には前世で楠木正成の大ファンだったので、初めて会った時はテンション爆上がりだったが、新田を背負って相対すると、警戒心しか産まれなかった。
なによりも警戒を生むのはその瞳だ。全てを見透かしているかのような瞳。尊氏の瞳よりもさらに深く、だが透き通った瞳を持つ正成は警戒の相手であった。
官位の上では相手のほうが上、なので俺は歯を剝きだして警戒している月を下がらせると下馬して頭を下げる。
「これは楠木様」
「あ! あ! これはご丁寧にどうもどうも……あ! 失礼しました!!」
そういうと正成は慌てた様子で下馬してぺこぺこと頭を下げる。それに対して俺は警戒心をもう一段階上げる。
正成もまた今の状況で不気味な存在であった。後醍醐天皇の寵愛を受けているが、後醍醐天皇につくわけではなく、かといって尊氏に接近するわけではない。
何を企んでいるかわからない。
それが鎌倉から送られてきた直義の書状に書かれていた正成像であった。
俺と正成がお互いに頭をさげあっているのを止めたのは、正成の後ろからやってきた別の侍であった。
「兄者、いつまでそうしているつもりだ」
「あ、いやだがな正季。無礼は詫びなければ」
正成の言葉に正季と呼ばれた侍は溜息をつく。
俺はこの男も知っている。楠木正成の弟で、兄の片腕として活躍している楠木正季だ。
楠木兄弟が揃っていることに警戒心をさらにあげつつ、俺は笑みを浮かべながら言葉を放つ。
「これは正季殿もご一緒でしたか。尊氏殿から呼ばれましたか?」
足利尊氏が警戒していると同時に気に入っているのが楠木正成である。そのために頻繁に尊氏の屋敷に正成が呼ばれているのも俺は知っている。なんならその席に呼ばれて同席したこともある。
俺の言葉に正成は慌てて手を振りながら答える。
「いえいえいえいえいえ。あ、いえ。尊氏殿の誘いが嫌というわけでなく、本日は呼ばれていないということです」
「そうなのですか? しばらくお姿をみかけませんでしたが……」
「ええ! ええ! ちょっと河内のほうに戻っておりまして!!」
(本拠地に戻っていた? 何を企んでいる……)
正成の返答にさらに警戒心を上げる。
そんな俺を他所に正成は笑顔で言葉を続ける。
「ええ、今日は脇屋殿を宴席に招待したいと思いまして」
「……私を?」
「ええ」
笑顔でいう正成に俺は考える。少なくとも斬る、という展開ではないだろう。権利関係でも悪党・楠木正成の領域には踏み込まないように絶対の注意を払っている。
(だったら何の用だ?)
笑顔で仮面をして正成の顔をみるが、その表情から考えは読めない。だから一緒にいる正季をみるが、こっちも読めない表情をしていた。
「……他でもない楠木様のお誘いです。この脇屋次郎に断る舌は持っておりません」
「ああ!! 良かった!! 実はすでに妻に頼んで準備してもらっているのです!! ではどうぞこちらへ!!」
人の好さそうな笑顔を浮かべて先導する正成の後についていきながら俺は腹に力をいれるのであった。
楠木屋敷。ここで宴席が行われ、俺は盃を傾けている。当然ながら俺一人ではない。俺の少し後ろには月が座っており、向かい側には笑顔の正成。そして正成の隣に坊主頭の侍。
播磨の悪党・赤松円心である。
赤松円心は播磨の悪党で、楠木正成と共に挙兵。六波羅の軍勢を撃破し、六波羅に攻め寄せたが、それを落とすことができなかった。
戦後、正成と同時期に挙兵したにも関わらず恩賞が少なく、怒った円心は播磨に帰ったと言われていた。
(それが何故ここにいる)
正成と共に楽しそうに盃を傾けている円心をみる。すると円心は俺のほうをみてニヤリと笑った。
「儂がここにいるのが不思議か?」
「政争に敗れて逃げて行った……それが都の公家の言葉ですな」
円心の言葉に俺がはっきりと言い切ると、円心は大笑いをあげた。
「ははははは!! はっきりと物事を言い切る奴だわい!!」
そして円心は笑いをおさめると、どこか試すような目つきで俺をみる。
「では脇屋殿は儂が政争に敗れて逃げて行ったとお思いかな?」
「いえ」
速攻で否定である。
前世知識もあるが、今世においても情報を集めて円心の情報は手に入れていた。
その結論として、円心という男は政争に破れた程度に逃げるほど柔な男ではない。
円心は酒を飲みながら俺をみる。
「では何故儂は播磨に帰ったと思う?」
「商業……金の道。これが確保できたからでしょう」
俺の言葉に円心はニヤリと笑うと一気に盃をあおった。それを見て俺も少し口をつける。
前世でも不思議ではあったのだ。あの足利尊氏に『もう一つの朝廷をたてろ』というような赤松円心が、建武の新政ではあっさりと身を引いていることが。
そして脇屋義助となって色々調べるうちに答えがでた。
赤松円心は播磨を中心に大商業圏を作り上げていたのだ。そして建武の新政では官位こそもらえなかったが、後醍醐天皇にこの大商業圏を認めさせることができたからあっさりと引いたのだろう。
そしてその円心の大商業圏と隣接し、畿内の大商業圏の主が楠木正成であった。
これに武士で気づいている者はいない。俺も関東で似たようなことをやっているからこそ気づいた事実であった。
円心は盃を置くと正成に向かって口を開く。
「正成殿。間違いない。脇屋殿は『こちら側』の人間だ」
「ああ、やはりそうですか」
円心の言葉に正成は安心した表情をみせる。
その二人のやりとりが読めず、俺は腹の中で顔を顰める。
そんな俺の心中を知ってか知らずか、正成は笑顔で口を開いた。
「脇屋殿。私と円心殿と組みませんか?」
突然言われた言葉に俺は思わず顔を顰める。
(楠木と赤松と組む? どういうことだ?)
そんな考えを表にはださないようにしながら俺も口を開く。
「これは異なことを……もとより我らは後醍醐天皇の下で組んでおりましょう」
「あ!! これは一本とられましたな!!」
俺の言葉に剽軽に頭をぺしりと叩く正成。
「言葉を直しましょう。脇屋殿、我らと一緒に新しい朝廷を作りませんか?」
その言葉に思わず絶句した。この時代の人間として朝廷は文字通り雲上人だ。語ることすら恐れ多いのに、それを新しく作る?
だが、俺の脳内はすでにその案に乗った時のメリットとデメリットの計算をしていた。
「計算したな?」
円心の言葉に俺は思わず腰を浮かせる。だが、すぐに呼吸を整えると大きく笑う。
「はっはっはっ、正成殿は冗談がうまい」
「まさか。本気ですよ」
にこにこ笑顔でとんでもない爆弾である。
俺は一度呼吸を整えるとどかりと腰を降ろす。
「冗談、ということにしておいたほうがお互いのためでしょう」
「ですが脇屋殿は私の提案に利があると思ってしまった」
正成の言葉に思わず舌打ちしてしまう。
確かに俺はこの時代の勝利者がわからず、苦労している。だったら正成や円心と組んで勝利者を作ってしまえばいい、という答えには納得してしまった。
「……私と組みたいというのは新田の軍事力が欲しいと?」
「それもありますが、本命は脇屋殿ですよ」
「私ですか?」
俺の言葉に正成は笑顔で頷く。
「東国において『鬼小次郎』と呼ばれる大悪党の力が欲しいのです」
正成がそれを言った瞬間に甲高い刀が打ち合った音が響く。
俺のそばに控えていた月が抜き打ちで正成を斬り捨てようとしたのを、正成のそばにいた正季が防いだのだ。
鍔迫り合いをしている二人をよそに俺は正成と睨み合う。
「何故その名を知っている」
「蛇の道は蛇といいます。貴方も同じような方法で私と円心殿を調べている。違いますか?」
「違わない」
俺の言葉に正成と円心はニヤリと笑う。
「月」
「はい殿!! ちょっと待ってください!! こいつらすぐに皆殺しにするんで!!」
「刀を引け」
「え!? いいんですか!? これまで殿のそっちの名前知ってる奴は皆殺しだったじゃないですか!!」
「この二人はいい」
「はい!!」
俺の言葉に元気よく返事をすると、刀を戻して元の位置に戻る月。月と打ち合った正季は呆れながら刀をみている。
「これはもう使えないな。罅が入った」
「ははは!! 流石は『鬼の金棒』と言ったところか!!」
「月のことも調べているのかよ……」
笑いながらの円心の言葉に俺が呆れる。
鬼小次郎という名は関東では広く大悪党の名で知られている。幕府が健在だったころからそのお膝元で悪党働きをしていた大悪党。その正体を知る者は誰もいない。
だが、その鬼小次郎の正体が俺である。徹底した情報統制で俺の正体を知る者はおらず、これに関しては足利兄弟だけでなく、兄も知らない秘密であった。
俺は大きく深呼吸して呼吸を整えると、正成と円心に向き合う。
「それで? 二人は何を企んでいる」
俺の言葉に正成は上機嫌に笑う。
「まず脇屋殿、後醍醐天皇の治世が続くと我々の本業に差支えがでる。その認識はありますか?」
「ある」
後醍醐天皇のやっていることは天皇親政だ。これだけならば悪党である俺達に大した被害はでないが、後醍醐天皇は公家や寺社を優遇する措置をとっている。これには俺達悪党の権利も絡んでくるので黙っていられないことだ。
「そしてもし足利が天下をとってもやってくるのは武士の世で、私達のような存在は自然と消される」
「間違いないだろうな」
尊氏が何を企んでいるかは知らないが、直義は武士の世を復活させようと動き回っている。だが、その世界では俺達悪党が生きるところはない。
俺の言葉に正成は俺の顔を覗き込んでくる。
「天下をとりそうな二人、そのどちらも我らの為にならぬのなら、我らが天下を盗んでも問題ありますまい」
正成の言葉に俺は生唾を飲み込む。
だが、正成の言う通りである。どちらの世になっても悪党の生きる道はない。俺が関東の鬼小次郎だとバレれば後醍醐、足利どちらが天下をとっても殺されるだろう。
「新田を生かすのではなく、自分が生きる道を探されよ」
正成の言葉に俺は目をつぶり、大きく息を吸い込む。
そして一気に吐き出すと、正成と円心を睨みつける。
「算段は?」
「足利が叛旗を翻した時に足利を装って御所を襲撃、後醍醐以下の公卿を斬った後に護良親王に皇位につけ足利討伐の綸旨をだします。同時に関東で脇屋殿が挙兵、足利をつぶします」
正成の言葉に俺は考える。確かに後醍醐を殺ったのを足利に見せかけられれば、それも可能だろう。
考える考える。ここは俺の分岐点だ。一世一代の博打にでるか、安定を図るか。
「いや、悪党になった時点で安定などない、か」
それならば俺の答えは決まっている。
「正成殿、円心殿。俺はお二人と組もう」
俺の言葉に正成は笑い、円心は盃を掲げるのだった。
脇屋義助
関東では名の知られた大悪党。身の安全のために歴史を変える
楠木正成
河内の悪党。この作品では実は一番やべぇ~奴
赤松円心
播磨の悪党。楠木正成の共犯者
月
義助くんの忠犬。義助くんの敵はデストロイ
楠木正季
正成の弟。苦労人
そんな感じで歴史の転換点です。
ここから脇屋義助とその共犯者である楠木正成、赤松円心の天下取りが始まります。ですがこの話はここでおしまいです。
だってこれ以上書いたら逃げ上手の若君二次創作じゃなくて南北朝時代仮想戦記になりますから!!(俺達の戦いはこれからだEND
短い間でしたがお読みいただきありがとうございました!!