ああ、一話だけな……
楠木正成と赤松円心と組んで後醍醐でも足利でもない第三軍を組むことにした俺こと脇屋義助であるが、ここで重大事件が起こる。
新天皇候補である大塔宮護良親王の捕縛事件である。
この事件は武士の声望が集まり、それを危険視した護良親王があぶれものや悪党などの軍事力を集め始めたのを、尊氏が後醍醐天皇の寵姫である阿野廉子に「護良親王は軍事力を集めて新しい天皇になろうとしている」という讒言を吹き込み、現在、後醍醐天皇の後継者となっている自分の実子の帝位のために、阿野廉子がその讒言を後醍醐天皇に吹き込んだ結果、後醍醐天皇が激怒。朝廷に呼び出した護良親王を後醍醐天皇の手足である結城親光と名和長年によって拘束された。
護良親王が尊氏排除のために都に集めた軍勢は都の治安を守ることを兼ねている足利軍によって掃討された。後醍醐天皇の命令により、この掃討作戦には兄である新田義貞も参加し、当然のように俺も従軍することになった。
この時、朝廷にも護良親王派で知られる楠木正成は北条氏残党の討伐のために紀伊国飯盛山にいっており、同じく護良親王派である赤松円心は政争に敗れたということにして都に不在であった。
俺達の計画に護良親王は不可欠のために、俺が動こうかと思ったのだが、ここで下手に動いて計画が全て駄目になることを嫌った俺は、新田軍の一員として働くことにした。
そしてさらなる事件が都で起こる。
西園寺公宗による後醍醐天皇暗殺未遂事件である。北条泰家と組んで後醍醐天皇を暗殺しようとした西園寺公宗は弟の密告によって捕縛され、流罪になったが、その出立の時に後醍醐天皇の密命を受けた名和長年によって首を斬られた。
西園寺公宗や北条泰家によって集められていた軍勢は都に戻ってきた楠木正成や高師直、兄・新田義貞が護衛のために後醍醐天皇に近侍しているために代理で新田軍の指揮をとった俺によって掃討された。
そして一連の事件が終わり、俺は正成から屋敷に呼ばれた。
屋敷の部屋じゃ開け放たれ、盗み聞きの者がいないようにし、部屋の中には家主である楠木正成とその弟の楠木正季。そして呼ばれた俺と従者兼護衛である月の二人である。
「どうでしょう、義助殿。このお新香は妻の手作りなのですよ」
「味もちょうどよく旨いですな」
俺の言葉に嬉しそうに笑う正成。その顔は妻の手調理が褒められて上機嫌だ。
「さて、正成殿。今回の騒動で私達の計画がだいぶ狂いそうですが?」
俺が切り出した本題に、正成は口の中に入っていた米とお新香を咀嚼して飲み込むと、ニヤリと笑った。
「我々の計画に狂いはない……というよりはこれを機会に護良親王を本格的にこちらに抱き込んでしまいましょう」
「どのようにして?」
「まず義助殿のお立場を利用しましょう」
正成の言葉に俺は顔を顰める。
「利用するとは?」
俺の問いに正成はにこにこと笑いながら言葉を続ける。
「現在、義助殿は兄である新田義貞殿と共に後醍醐天皇方の武士と思われています。ですが、それと同時に足利の命令にもたびたび従っており、足利派の武士とも思われています」
その通りである。そのために足利家宰の高師直からは『二股膏薬の男』とも言われている。
だが、どっちからもある程度の信用があるのが脇屋義助という武士である。
「そしてこの正成とも義助殿は仲が良いと評判」
これもまた事実。赤松円心は播磨で準備をしているために不在だが、俺と正成は頻繁にお互いの屋敷を行き来して計画を練っているのだ。その理由を宴席ということにしているために、俺と正成はお互いの宴席に行き会う仲の良い武士、という評判が都にある。
「まず、義助殿は今日の宴席でこの正成より恐ろしい謀略を聞くことになります」
「謀略とは?」
「護良親王の奪還計画」
自然な流れだ。倒幕戦の時から護良親王の爪牙となって戦った武士が楠木正成と赤松円心だ。その二人が拘束された護良親王を救出する動きになるのも自然な流れである。
「おお! ですが後醍醐天皇に忠義を誓う義助殿はこれを拒否!!」
「くふっ」
正成の言葉に思わず笑ってしまったのは俺の忠臣・月である。よくみると正季も口元を抑えて笑っている。
「そして当然のように私と義助殿は口論となります。護良親王がいるのが後醍醐天皇のためだという私。そして護良親王は平和を脅かすという義助殿。気が高ぶった二人はついに刀に手をかけて……とこのあたりで屋敷の者どももやってくるでしょう」
「そして屋敷の者どもと、後醍醐、足利の手の者に俺と正成殿が仲たがいした様子をみせる、ということか」
俺の言葉ににっこりと笑う正成。護良親王拘束で一番問題を起こしそうなのはこの楠木正成である。そのために後醍醐天皇や足利の手の者が楠木屋敷に出入りしていてもおかしくない。
「もう一つ。義助殿には頼みが」
「聞こう」
「護良親王を脇屋に預かっていただきたい」
正成の言葉に俺は膝をうつ。確かに今までの流れであれば、俺が護良親王を預かるというのもおかしくはないだろう。歴史においても後醍醐天皇は足利直義に護良親王を渡し、その命を奪っている。
「で、あるならば私から後醍醐天皇に進言して、護良親王を預かると言うのがいいか。いや、いっそのこと脇屋に連れていって斬ってしまう、と言うのが一番か」
「ふむふむ!! 確かに!! 後醍醐天皇にとって護良親王はもはや息子ではなく、皇位を狙う政敵!! 義助殿が斬ると言えば否はないかもしれませんな!!」
お互いに小声で怒鳴るという器用な真似をする俺と正成。そして俺はある人物を思い出す。
「もう一つ、正成殿とはかっておきたいことがある」
「聞きましょう」
「信濃の諏訪に北条の遺児が匿われている。味方につけるか?」
俺の言葉に少し考える正成。だが、すぐに結論をだした。
「味方につけましょう。説得は?」
「私が脇屋に戻ったら諏訪にいくとしよう」
「お願いします」
正成の言葉にお互いに盃にいれられていた酒を呑み切る。
そしてお互いに視線をあわせて一度笑い合うと、俺は勢いよく立ち上がる。
「正成殿!! 貴殿は自分が何を言っているかわかっておいでか!?」
俺の言葉に正成も眼を怒らせて立ち上がる。
「貴殿こそ何を言っている!! このまま足利の跳梁を許せば陛下の治世が危ういのだぞ!!」
「かと言って反逆者たる護良親王を助けるだと!? それは訪れた平穏を再び乱すことになる!!」
「なればこのまま護良親王を見捨てるというのか!! それが臣たる者のやることか!!」
俺達の怒鳴り合いが聞こえたのか、楠木屋敷全体が騒がしくなってきている。正成の命令もあるので部屋までやってくる者はいないが、みなが聞き耳を立てているのは間違いない。
「我々は陛下の臣!! 護良親王の臣ではない!!」
「護良親王を見捨てればその陛下のお立場も危うくなるのだ!!」
「えぇい!! 黙れ黙れ!!」
そう言って俺は刀を抜く。正成もまた刀を抜こうとするのを、阿吽の呼吸で正季が抱きとめて抜かせない。
三人の視線が自然と呆気にとられている月に集まる。月は不思議そうな顔で俺をみてきた。
「殿?」
「……私の刀の手を抑えろ月」
「え? あ、はい!!」
理解はしていなくても、俺の指示には従うのが月の美点である。まったく理解していない表情をしながら俺の刀を抑える。
必死に笑いを堪えている正成の変わりに、正季が大声をあげる。
「兄上!! 義助殿!! 落ち着かれよ!! 誰か!! 誰か来て二人を止めてくれ!!」
正季の叫びの直後に、聞き耳をたてていた楠木の家人達が大騒ぎしはじめ、俺と月は追い出される形で楠木屋敷からでていくのであった。
楠木屋敷からでて、俺はそのまま兄である新田義貞に頼んで後醍醐天皇との面会を希望した。
官位を持たない俺を内裏、しかも天皇との面会をさせることはできない、という兄であったが、楠木屋敷でのでっちあげの正成の計画のことを告げると、慌てた様子で俺を連れて内裏へと向かった。
「しかし……よもや楠木殿がそんな計画を……」
「先の乱では正成殿は護良親王と共に長く戦われた。その思いがあればこそだろう」
俺の言葉に複雑そうな表情で頷く兄。兄のことだから、正成の忠義を褒めたたえたいと思いつつも、後醍醐天皇への忠義からそれを言うわけにはいかないのだろう。
「兄者、正成殿もまた陛下への忠義心から今回の謀略を思っている」
「わかっている。そのあたりのことは陛下にも告げておいた」
兄の言葉に内心で笑う。今回の出来事で正成が後醍醐天皇の近くから外されるのは困る。いや、俺達の計画では外されても問題はないのだが、近くにいたほうがやりやすいことがあるのも事実。
そして廊下を渡る足音が聞こえたので、俺と兄は二人で庭にひれ伏す。
昇殿のできる官位を持たない俺が後醍醐天皇と直接会うのは不可能。だから後醍醐天皇が指定してきたやり方は、後醍醐天皇が廊下を歩いていたら、警備の武士がおり、気まぐれに話しかけた、という形である。
正直なところめんどくさくて吹飯ものであるが、色々としがらみがあるのも事実。
(俺達がとったらこのあたりの無意味な慣習もどうにかしたいところだな)
頭を下げながらそんなことを考えていると、廊下を歩いてきた足音が俺達のところで止まる。
「義貞よ。隣の者が?」
「はは。弟の次郎義助です」
「義助よ、面をあげい」
面倒なことに、これを三回繰り返さないといけないので、俺は頭を下げたままにする。
すると後醍醐天皇から軽く笑い声がでた。
「面倒な慣習に付き合う必要はない。朕が面をあげよと言ったのだ。はようあげよ」
その言葉に俺は驚いて顔をあげてしまう。
そして呼吸が止まった。
そこにいたのは間違いなく化け物。溢れだす覇気と活力はあの尊氏すらもこえている。
今回の混乱の元凶・後醍醐天皇その人であった。
俺は慌てて口を動かそうとするが、後醍醐天皇の覇気と活力にあてられて言葉にならない。そんな俺をみて後醍醐天皇は面白そうに笑った。
「あの正成を相手に斬り合いの一歩手前までいった武人であろう?」
「ご存知でしたか」
「朕に知らぬことはない」
兄の言葉に後醍醐天皇は上機嫌に言い放つ。その言葉に俺の脳が急速に冷えていった。
この尊大なまでの自信。全ては自分に従うという勘違い。
ならばこれを利用しない手はない。
俺は勢いよく頭を下げると、言葉を放つ。
「陛下!! 臣が本日楠木殿の屋敷にて聞いた謀略でありますが!!」
「知っておる。正成が護良を助けようとしたのであろう」
「はは!!」
俺はそして頭を下げ続ける。だが、後醍醐天皇からは返答がない。
しばらくして、ようやく後醍醐天皇から言葉がくる。
「義助よ。どうすればよい」
この言葉で俺は感づく。
後醍醐天皇は護良親王が邪魔だが、自分が手を下したとは思われたくないのだ。
ならば話ははやい。
「護良親王殿下を上野へ流罪、という形ではいかがでしょう。この脇屋次郎義助が責任を持ってお預かりいたします」
「ふむ……」
その言葉に後醍醐天皇はどこか不満そうに頷く。
流罪では不満。ならば簡単だ。
「陛下、慣れない環境に護良親王殿下が体調を崩される心配もあります」
「ふむ」
俺の言葉に今度は上機嫌に後醍醐天皇は頷いた。
「ふむ、なれば護良の面倒をみてくれる者と、何かあった時に知らせをくれる者が必要だの」
「万事この次郎義助にお任せを」
俺の言葉にぱしりと後醍醐天皇は手を叩く。
「次郎義助は新田の屋台骨と聞いておる。義貞からも自慢の弟だともな。そんな者なれば手抜かりはあるまい。もし『何か』あった時は護良の天命であろう」
「御意」
明らかに『何か』に含むを持たせた言い方。自分の地位を固めてくれた恩人であり、実の息子である護良親王に対する言葉ではない。
だが、俺や正成、円心にとってはそっちのほうが好都合。
「陛下、正成殿も陛下に対する忠義故の陰謀。そのあたりのことは……」
「わかっておる。真っ先に吉野にきてくれた正成の忠義。朕は疑っておらん」
後醍醐天皇の言葉に、俺は安堵の溜息をこぼす。
そんな反応が面白かったのか、後醍醐天皇は俺に言葉を続けた。
「正成の屋敷では刀を抜き合ったのであろう。それでも正成の心配をするか」
「正成殿は天下の名将であり、真に陛下の忠臣。これを除くは陛下のご損でございます」
「わかっておる。義貞、奥にこい」
「は、はは」
去っていく後醍醐天皇の後を慌てた様子で追いかける兄。それを俺は頭を下げて見送る。
そして後醍醐天皇の姿がみえなくなってから、俺は頭を下げたまま舌をだすのであった。
脇屋義助
後醍醐天皇に圧倒されたが、計画は順調
楠木正成
この後に後醍醐天皇から直接慰留されて、泣いて感謝するという演技派
新田義貞
弟に利用されたお兄ちゃん
後醍醐天皇
よくも悪くも英傑。ナチュラル傲慢
そんな感じでまさかの続きです。
これというのも積んでいた護良親王の資料を読んで、護良親王熱が上がってしまったため。
なので続きません(無慈悲