仮面ライダーW 追われるS   作:日吉舞

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絆というカタチ -1-

 春の空は薄く曇っていたが、弱く降り注ぐ陽光の心地よさは却って強調される。

 復讐のことしか頭になかった以前の自分なら、愛用のバイクを運転している時でさえ、そんなことを感じる余裕はなかった。が、今はタンデムシートに間もなく妻となる女性が乗り、自分の背に身体を預けてきている。

 

 バイクの後部座席と言うのは、実は事故を起こしたときに最も死にやすい場所である。そのため照井は、亜樹子を乗せる時は普段よりもより神経を使うことにしていた。それでも時折彼女が

 

「竜くん、大丈夫?疲れてない?」

 

 と声をかけてくれるので、一人で乗っているときよりも穏やかな気持ちでいられる。

 本来ならば今日亜樹子を連れてくる必要はなかったのだが、「七つの大罪」ガイアメモリに絡んだ調査だと知った彼女が一緒に行くと言って聞かなかったのだ。

 外見は未だに中学生に間違われるくらいでも意外と機転がきくところがあるし、男である自分が注意していれば大丈夫だろうと思うのは、贔屓目になってしまうのだろうか。

 

 などと照井が思考を巡らせていたところで、不意に車のクラクションが耳に飛び込んできた。見ると、待ち合わせ場所に指定された駐車場に停まった営業車の横で、見覚えのある細身のシルエットが手を振っている。その駐車場の駐輪スペースにバイクを停め、照井が亜樹子とともにヘルメットを脱いで車の方へと向かった。

 

「おはよ、照井警視。亜樹ちゃんも」

「おはよう、未来さん」

 

 駐車場で待っていた未来の営業用と見える挨拶には、亜樹子がにこやかに応えた。

 未来は初対面の時と変わらずジーンズにカットソーとジャケットというラフなスタイルだが、彼女の背後にはぎこちないスーツ姿の青年が黙って控えている。彼はあまり冴えない顔色を長い前髪でカバーしているつもりらしかったが、却って表情が沈んだ印象になっているようだった。やつれたような細面なのに眼光だけが嫌に鋭く見え、それが照井の全身を値踏みするように眺めてきている。

 

「こっちは、うちの事務所の堀内。まだ怪我が治ったばっかりであんまり動けないんだけど、今日の調査には同行するから。よろしくね」

 

 未来から紹介された青年が軽く会釈すると、前髪の間から額に当てられているガーゼが覗いた。本来なら自宅療養せねばならないところを圧して仕事に出てきているのだろう。

 今の若者にしては根性がある奴だと、まだこちらに向けられている堀内の目を悠然と見返した照井は感心した。

 

「じゃあ、健太がいる施設までは俺が案内しますから……」

 

 あまり声のトーンを上げずに言ってから振り返り、堀内が皆の先に立つ。未だ病み上がりであることを隠せない堀内に従って、残る三人の男女も健太のいる児童養護施設を目指して歩き始めた。

 未来が鳴海探偵事務所へ正式な依頼をする意思が示された翌日、一同は早速もともとの依頼主である山波健太のもとを訪れることにしていた。とは言っても健太はまだ五歳の幼児であるため、彼がいる児童養護施設の職員に話を聞くことが主な目的であったが。

 

 照井たちが待ち合わせをしていたのは未来の事務所からも施設からも程近い駐車場で、風都からはかなり離れた土地である。風都以外でドーパントが出没するようなことがあれば混乱は避けられないだろうとの判断から、照井も今回の件に手を貸すことにしていた。

 が、今日はメインで動く筈の翔太郎の姿が見えない。未来はその理由に勘づいてはいたが、念のため照井に確認を取った。

 

「翔太郎は一緒じゃなかったの?」

「左は二日酔いで起きられないらしい。フィリップがついているから心配ないだろうが、動けるようになるまでもう少しかかるだろう」

 

 未来と亜樹子に挟まれて歩く照井が会話相手の方を向きもせずに答えると、たちまち未来がばつの悪そうな表情を上らせた。そこへ照井が横目で視線を流し、言葉でも突っ込みを入れてくる。

 

「昨日の晩、左は君と飲んでいたそうだな」

「……仕方ないでしょ。まさか翔太郎があそこまで弱いなんて、思ってなかったんだもの」

 

 赤い革ジャケットを纏ったこの若き警視は普通に話したつもりなのだろうが、それでも未来はまるで取調室で詰問されているように感じて落ち着かない。ために、彼女もついふてくされたような態度を取ってしまう。

 昨日未来と翔太郎がバーで酒を飲んだのは確かで、互いにとっくに成人に達しているのだから、それ自体が別に咎められるようなことでがない。ただし問題はその後で、酔い潰れて動けなくなった翔太郎を未来が担いで鳴海探偵事務所まで送り、終電車を逃した彼女はやむなく朝まで事務所にいたのだ。

 

 翔太郎は未来が始発で帰った後もベッドで頭痛と胸焼けに苦しんでおり、二日酔いの状態など初めて目にしたフィリップが興味津々で看病を続け、まだ完全に回復せず今に至っている。

 照井がそのことを知ったのはここに来る直前のことで、子どもじみた行動に呆れた冷たい目を未来にも送り続けることになったのである。

 

「君が酒豪なだけだ」

「カクテル三杯くらい、普通でしょうが。翔太郎が弱すぎるだけだっての!」

 

 過度に飲む女など異性ではないと言いたげな照井の態度に、未来は憮然として言い返す。

 初対面時の落ち着いていた印象とは違ってストレートに感情を出している女所長に、照井は少なからず意外さを覚えていたが、それは顔に出さず淡々と話を変えた。

 

「ところで、君の部下には今回の件をどこまで話しているんだ?」

 

 実質的な仕事の話を持ち出した照井に、未来は声の調子だけ何とか整えて答えた。

 

「私と仮面ライダーの正体を除いて、一応全部は話したよ。彼も実際にドーパントに襲われた身だからね。ちゃんと信じてくれたみたい」

 

 低いトーンで一息に話した未来は、前を歩く堀内には聞き取れないように配慮しているようだった。

 彼女が部下である堀内に伝えたのは、風都にドーパントなる怪人がいること、彼らの正体がガイアメモリという魔のアイテムを使った人間であること、ドーパントと戦う仮面ライダーたちがいることである。そして今回襲ってきたプライドが既に倒されていることやその変身前の人間、つまり永峰のことについても全て伝えた。今の時点でわかっている健太や父親のことについても、時間が許す限り詳しく説明している。堀内が知らないのは仮面ライダーの正体と、未来が軍事用サイボーグであることぐらいだろう。

 

 未来を驚かせたのは、堀内が思いの外すんなりと事実を受け入れてくれたことである。絶対に素直に信じてはもらえないだろうと覚悟していたところを、肩透かしを喰らった気分だった。堀内に全ての事情を伝えたのは今日ここに来る直前の事務所でのことだったため、状況をきちんと理解できるのに少し時間がかかるかも知れませんと言われた程度である。

 

 彼はどちらかと言えば神経質で細かいことを気にするタイプだと思っていたが、実は肝が座った豪胆な人物だったということなのだろうか。そうだとしたら、自分の人を見る目はまだまだだ。

 未来が猫背気味で前を歩く堀内の後ろ姿に目をやったところに、照井を挟んだ向こう側から亜樹子が小声で話しかけてきた。

 

「堀内さん、本当にガイアメモリを持っていないのよね?」

「多分ね。もし山波に一度でも接触してるなら、間違いなく私の耳に入ってる筈だから。それがないってことは、ガイアメモリを手に入れる機会なんてなかったんだと思う」

 

 亜樹子につられた未来も小声で返す。

 昨晩、翔太郎を鳴海探偵事務所まで送り届けた未来がタクシーで帰ろうとするのを引き留めたのは、こちらも女所長である亜樹子であった。金銭的な苦労などを知っている身のため、余計な費用をかけるぐらいなら事務所に泊まればいいと促したのである。

 

 この女子二人はそうして話し込むうちに随分と打ち解け、友達同士のような間柄になりつつあった。亜樹子は年上である未来に敬称をつけているものの未来はそうでなく、それでもあまり違和感を感じさせないのは、女子という生きものの不思議なところだろう。

 

「所長!」

 

 彼女らがまだひそひそと話を続けていると、突然堀内が振り返って走ってきた。そのまま未来のジャケットの袖を引き、数歩前まで引っ張っていく。彼の顔を見ると、いかにも一言物申したいそうな目付きになっていた。

 今まで強引な行動に出ることがなかった堀内に驚きながらも、未来が先に言葉を発する。

 

「何?」

「どうして、よりによって警察の奴なんか連れてきたんです?一緒にいたら、絶対こっちの足を引っ張るだけなのに」

 

 未来と並んで再び歩き出した堀内は、どこか咎めるような棘を言い方に含んでいる。もともと便利屋と警察などの公的機関は相性が最悪なだけに、彼も照井に悪いイメージしか持っていないに違いない。

 未来は不満を隠そうともしない若い部下を宥めにかかることにした。

 

「言いたいことはわかるけど、彼はドーパント犯罪が専門なんだよ。この先もしドーパントが襲ってきたりしたら、私たちじゃ対処できないでしょ」

「大丈夫ですよ。その時は、俺が所長を必ず守って見せますから」

 

 堀内は力強く頷いて見せたが、彼の青白くひょろ長い身体と辛気臭さを拭えない雰囲気では、全くもって説得力がない。それに、彼のスーツの下にはまだガーゼや包帯が残っているのだ。

 

「あのねえ。あんたはついこの前怪我させられたばっかりだし、まだそれも完治してないじゃない。もしドーパントが現れたら、後は照井警視に任せておけば大丈夫なんだから」

 

 餅は餅屋と言うように専門家に任せるべきだと、未来はごく一般的な意見を述べたつもりであった。

 

「随分とあいつのことを買ってるんですね。この前来た探偵もどきもそうみたいだし」

「彼らには、ちゃんとした実績があるんだよ。だから信用できるんだって」

 

 なのに部下の青年の声音は急に冷え込んだようにトーンを落とし、負の感情がそこに集中したかのような気さえした。

 恨み節を思わせる重さと暗さを見せた堀内を、あくまで理屈で納得させようと未来が説明を続ける傍らで、彼は目を逸らして呟いた。

 

「けど、いつも所長の側にいるわけじゃない。ちょっとは俺のことも頼ってくださいよ……寂しいじゃないですか」

「いや。頼るって、私はあんたの上司なんだし。新人のあんたに頼るわけにはいかないでしょ」

「……けど、所長は女性なんだ。なのに」

 

 どうやら堀内は頭でわかってはいても、感情が許さないらしい。説得にも一番困るケースである。

 それにしても、彼が自分のことを頼って欲しいなどと言い出したのは予想外だ。これまでは何かと未来のことをあてにしてばかりいたのに、入院中に余程の心境の変化でもあったのだろうか?

 

 とは言え、やはり未来にそのつもりは全くなかった。年齢も経験も、そして体力的な面においても、自分の方が堀内を圧倒しているのである。まだ新人の彼に余計な期待をかけるのは、まずは目の前の仕事を一人前に果たせるようになってからの話だった。

 未来が頭を掻きながら堀内を傷つけない言い方を探っていたとき、元気のいい子どもたちの喧騒がその場にいる一同の耳に聞こえてきた。

 

「おにいちゃん!」

 

 その中で、はっきりとこちらに向けられた嬉しそうな声が近寄ってくる。

 堀内に案内された若者たちは、健太のいる児童養護施設のすぐ手前まで来ていた。入所している小さな子どもたちは丁度自由時間だったらしく、たまたま堀内の姿を開いた門扉の外に見つけた健太が外へと走り出てきたのだ。

 

「よお、健太。そんなに走っちゃ危ないぞ?見舞い、ありがとな。元気だったか?」

 

 堀内もぶつからんばかりの勢いで駆けてくる健太に歩み寄ると、笑顔で小さな身体を受け止めてやっていた。そのまま手を繋いでやり、連れだって施設の庭へと入っていく。

 堀内の背には先に感じられた陰惨さはもう見えなかったが、未来には彼のついさっきと今しがたの態度とが違いすぎることが気になった。

 

「どうかしたのか」

 

 追いついてきた照井がもの言いたげな未来に声をかけるが、彼女は首を横に振った。

 

「ううん、別に何も」

 

 堀内が未来のことを知らないように、未来もまた堀内のことをよく知らない。いちいち他人に話すことでもないだろう。

 照井と二人の女所長は、高度経済成長期には孤児院と呼ばれていた施設に入っていった。コンクリート造りの建物は大きくないものの比較的新しいようで、暗さは感じられない。庭にはジャングルジムや砂場のような遊具があり、隅の方で健太と堀内が遊び始めているのが見える。

 他に遊んでいる子どもたちとぶつからないようにしながら、一同は二人の側へ歩いていった。

 

「あらぁ?今日は健太くん、ご機嫌ね。こんなに笑ってるのを見るの、久しぶりだわ」

 

 彼らが健太に声をかけようとしたタイミングで、若い女性職員がにこやかな笑顔を作ってしゃがみ込み、健太に視線の高さを合わせていた。

 

「うん!堀内のおにいちゃんが来てくれたから」

 

 本当に嬉しそうな健太の声が弾けると、側に立つ堀内が小さな頭を撫でてやる。

 

「健太。お父さんは絶対に兄ちゃんたちが見つけるからな。それまで、いい子で待ってるんだぞ」

「ほんとう?ぼくがいい子でいれば、みつけてくれる?」

「ああ。男と男の約束だ」

 

 力強く頷いた堀内が親指を立てて見せると、健太も小さな右手で同じしぐさを返してくる。

 二人のやりとりに微笑ましさを感じたらしい亜樹子が表情を緩ませるが、逆に照井と未来の表情は複雑さを帯びていた。

 

 健太の父親はガイアメモリを持って逃亡しているのだ。それを使っていないという保証はどこにもなく、一度でもドーパントの姿になっていれば、精神は確実に汚染される。その影響は時間の経過とともに強くなり、最終的には人間らしい心が全て蝕まれるのがガイアメモリの恐ろしいところだ。

 それは堀内も知っているはずなのに、彼の根拠がない自信の源は一体何なのだろう?

 

 父親を探し出すという、まだ五歳の依頼主との約束。

 ささやかながら真剣な願いが叶わぬものと理解した時、幼い心がどれだけ傷つくのか定かでない。だから今のうちから「必ず」「絶対」などという言葉を使うべきではないと、二人は思うのだ。

 

「よぉし!じゃあ、お姉ちゃんも一緒に、三人で遊ぼうか?」

 

 亜樹子が次に言うべき言葉を探しあぐねている二人の前に進み出ると、こちらもかがんで健太と同じ高さに視線を合わせた。重苦しい空気にならないよう、気を遣ったのである。

 亜樹子とは初対面だった健太は一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに満面の笑顔で頷いた。

 

「うん!」

 

 堀内と亜樹子に挟まれる形で手を繋いだ健太は、二人を砂場の方へと引っ張っていく。照井たちの側を離れる直前、亜樹子は残る二人に素早く目配せをしていた。この間に職員たちから話を聞いておけというのである。

 健太の背中をにこやかに見つめながら立ち上がった先の若い女性職員に、未来が声をかけた。

 

「健太くん、このところ元気がなかったんですか?」

「ええ。担当の永峰が急に辞めてしまって、塞ぎ込んでいたんです。堀内さんが来てくれて助かりました。あの子が笑ってくれて、本当に良かったわ」

「そんなに沈んでたんですか?」

「ええ。お母さんがもう亡くなっていて、家族がお父さんしかいないということは、あの子なりに理解してるんです。そのお父さんも突然いなくなってしまって、代わりによく面倒を見てくれていた永峰さんも、いきなり会えなくなってしまったんですもの。自分がまたひとりぼっちにされたと思ったらしくて、見ていられないくらいに悲しんでたんですよ」

 

 その時の様子を思い出したらしい女性職員が、辛そうに目を伏せる。

 

「そうでしたか。こちらでも、堀内がなるべく面会に来られるように調整しますから」

「そうして頂けると、本当に助かります。あの子、堀内さんがいつかお父さんを連れて来てくれるって、心から楽しみにしてるんですよ。堀内さんのことも大好きなようですし」

 

 エプロン姿の女性がほっとしたような様子を見せると、却って未来の心が鈍く疼いた。自分たちが健太の父親を本当に五体満足な状態で連れて来られればいいと思うが、どうしてもそう断言できないことが胸の奥に刺さって抜けないのだ。

 そして照井に至っては、「七つの大罪」ガイアメモリ使用者が現在どのような状態にあるか知っているだけに、余計に気が重い。

 

 彼が今朝風都セントラル病院に電話して聞いたところ、担当医師からは未だ昏睡状態にある永峰に回復の兆しは見えず、恐らく今日明日が山だろうと宣告されたのだ。永峰と山波の作ったガイアメモリ使用者全員がそうなるとは言えないまでも、そうならないともまた言い切れないのである。

 

 しかし、警察でドーパント犯罪を専門に扱う部署の人間という立場にあり、ここにいるメンバーの中でも一番積極的に事態の解決に当らなければならない自分が、不安そうな表情を見せるわけにはいかない。

 照井はいつものような鉄面皮を意識して、未来の知り合いらしい女性職員に質問を投げかけた。

 

「それ以降、何か変わったことは?不審人物がうろついているのを見かけたとか」

「いえ、特には……あの、失礼ですが、こちらの方は?」

 

 その緊張した問いかけが詰問のように聞こえたのだろう。若い女性職員は気圧されたように答え、次に不審そうな目を照井に向けてくる。赤い革ジャケットを纏った警視は無言で内ポケットから警察手帳を引っ張り出し、桜田門が見えるように示して見せた。

 

「まあ……失礼しました。けど本当に、特に目につくようなことはないんです」

 

 一言だけ答えると、女性職員は照井に軽く頭を下げてそそくさとコンクリート造りの建物へ入っていった。

 

 その後、四人の男女が入れ替わりで健太と遊びつつ職員たちに話を聞いて回ることを繰り返したが、健太の父親に関する情報は何一つ上がってこなかった。二年前に健太がここに預けられて以降、父親は数えるほどしか面会に来ていないというのだから、手掛かりが何一つないのも無理からぬ話だろう。

 

 庭の一角にある花壇の縁に、照井と亜樹子が並んで座っている。二人は複数の職員たちに手分けして話を聞いていたが、やはり手応えがある情報はなく、彼らはどちらからともなくため息を漏らしていた。

 

「あーあ、結局手がかりはなしってことね。でも、私も早く健太くんのお父さんを見つけてあげたくなっちゃった」

 

 膝の上で頬杖をついている亜樹子は、花壇で咲き誇る色とりどりのチューリップから元気に遊ぶ子どもたちの方に視線を移した。

 その中に未来や堀内、健太が一緒にいることを確かめ、照井も口を開く。

 

「間に値切られて、渋々引き受けたんじゃなかったのか」

「うーん?最初はそうだったんだけど……何だか、未来さんとかの姿を見てるとね。別にお金がもらえるだけでいいかな、って気がしてきたの」

 

 視界の中を忙しく動き回る大小の人影をぼんやりと眺めている亜樹子は、本心からそう考えているようだった。金銭のことに通常の大阪人より更に三倍はうるさい彼女に、このような発言は非常に珍しい。照井の驚きを特に気にした様子は見せず、亜樹子は手持ちのバッグから折り畳んだ画用紙を取り出して見せた。

 

「さっきね、健太くんが描いた家族の絵、汚しちゃうかも知れないからって預かったの。健太くん、外以外ではそれをいつもいつも持ち歩いてるんだって。よほど、家族が恋しいんだなってわかるんだ。健太くんのお父さんのこと、たくさん聞かせてもらっちゃったし」

 

 彼女が画用紙を広げると、自然と隣の照井が覗き込んでくる。

 スケッチブックから破り取ったと見える白い画用紙には、クレヨンで白い服の男性が真ん中に一番大きく描かれ、その両隣に小さく、もう一人ずつの人物が描かれているのがわかる。多分、真ん中の男性と見えるのが父親の山波勇雄なのだろう。

 子どもらしさが溢れる一枚の絵を照井と一緒に眺めていた亜樹子が、懐かしそうに目を細めた。

 

「それに私も、お父さんとずっと会えない時間が長かったから。だから、健太くんの寂しさがわかる気がする……多分あの子、お父さんから本当に愛されてたんじゃないかなって思えるの。じゃなければ、あんなに幸せそうにお父さんのことは話せないはずだから」

 

 そう亜樹子は亡き父のことを思い出しているようだが、悲しげな色はその表情にうかがえない。手元の絵と健太が遊ぶ姿を交互に映している黒い大きな瞳には、むしろ優しさと暖かさが満ち溢れている。

 亜樹子の父、鳴海荘吉は翔太郎の師匠である一方、仮面ライダースカルという戦う男の顔も持っていた。しかしハードボイルドを地で行っていても、壮吉は亜樹子にとってただ一人の父親であり、その愛情は今でも宝物として心の奥に輝いている。健太もまた自分と同じく、優しい父の思い出を大切に持っているのだろうと、亜樹子には思えるのだ。

 

 照井も、まだ庭の隅を見つめている亜樹子の視線を追った。

 そこでは相変わらず健太が高い声ではしゃぎ、時折「お父さん」と言っているのまで聞こえてくる。遊び相手になってやっている未来と堀内に、家族自慢でもしているのだろう。

 おとうさん。

 自慢げに両親のことを口にする子どもの笑顔は、本当に光り輝いて見える。

 幼き日の自分と同じように、大切な家族との暖かな思い出に包まれている健太もまた幸せなのだ。

 少なくとも、今は。

 人の役に立つ立派な仕事をするために白衣を着た父が頑張っているのだと、純粋に信じている今は。

 

「山波は、子どもの絵でも白衣を着てるんだな」

「それぐらい印象が強いってことよね」

 

 健太の描いたクレヨン画を見つめて自然と漏らした照井に、亜樹子が頷いた。  子どもは家族の絵を描くとき、普段から持っている一番強いイメージをそのまま形にする。健太にとっての父といえば、やはり白衣姿なのだろう。

 思えば照井自身も警官だった父のことを子どもの頃から誇りに思い、広く大きな背中に憧れ、将来の自分の姿をそこに見出だしていた。そして、この世で一番頼もしく思えた紺色の制服を必死に思い出し、誰よりも素晴らしい父の姿をクレヨンで夢中になって描いたものだ。

 

 だからこそ自分は、父を含む家族を惨殺した井坂深紅郎に対し、激烈な憎悪を向ける復讐の鬼と化した。井坂が死んだのは幾人もの人々から幸せを奪った当然の報いだと言えるが、もしあの男が誰かの親であったなら、恐らく自身の選択した行動も違ったものになっていただろうと、今の照井には思える。

 自分は親から残される苦しみと、奪われる悲しみを知っている。

 同じ辛さを、また誰かに味わわせたくないのだ。

 

 健太は永峰にも表面上のこととは言えよくなついていたが、その永峰が心身を回復する見込みは低い。仮面ライダーたちは既に一度、幼い子から家族を奪っているも同然だと言えなくもない。できるのならば、立て続けに誰かを失う過酷な運命の渦に、健太を突き落とすような真似はしたくなかった。

 だがそのためには、山波がドーパントだった場合にメモリブレイクを使ってはならない。

 何と言っても「七つの大罪」ガイアメモリは試作品故に、何が起きるか予想がつかないところがある。迂闊なことをすれば、使用者を死に至らしめる可能性も排除できないのだ。

 そしてもし取り返しがつかない事態に陥ったら、自分たちはあれほど父を恋しがっている健太に何と詫びればいいのだろうか?

 

 照井に、答えが出せる筈はなかった。

 最愛の家族を失った者の苦しみは、自身が一番よく知っているのだから。

 あんな思いをするのは、もう自分一人だけでたくさんだ。

 照井が抱いている願いは自然と隣にいる亜樹子、つまり近いうちに家族となる女性に向けられた。

 

「所長……いや、亜樹子」

「え……えええええええええっ?な、な、ななななな何、竜くん?」

 

 照井の口から突然名前を出された亜樹子は、一瞬自分が呼ばれたのだと思わなかったらしい。大きな目を二、三度しばたかせると、あたふたしながら耳まで真っ赤にしてどもった。

 動揺のあまりすっかり挙動不審になっている婚約者であるが、照井のまなざしは真剣そのものである。

 亜樹子は大きく息を吸って呼吸を落ち着かせると、未だかっと熱くなって跳ねそうな手足の力を抜き、改めて彼と向き合った。

 

「俺たちに新しい家族が増えたら……寂しい思いはさせないよう最大限に努力しよう。君も、自分と同じ思いを子どもにさせたくはないだろう?」

 

 普段の照井の人物像からすれば考えられないような台詞が、低い声に乗ってすらすらと述べられてくる。いつもは少しでも気恥ずかしいことを口にするときは視線を外す癖があるのに、今の彼は言葉に熱い思いを込めながらも、瞳は優しく微笑んでいる気さえした。

 

 これまでに殆ど見たことがない照井の表情を目にした亜樹子は驚いたが、それよりも嬉しさの方が勝っていた。

 こんな人が家族になってくれる。

 純粋な喜びが彼女の心の底から溢れ、思わず赤い革ジャケットに包まれた逞しい胸に飛び込みたくなった。が、流石に人目を憚ってその衝動を堪えると、亜樹子は照井の大きな手に自分のそれを重ねてそっと頷いて見せた。

 

「……うん」

 

 微笑みながら小声で返してきた亜樹子の、これまた普段と違ったしおらしい姿を認めた照井の口許がほころぶ。

 

「あっれー?おうおう、白昼堂々とまあ、見せつけてくれちゃって。婚約者同士はあっついねー」

 

 そこへ、無遠慮な声が割り込んでくる。

 口調は完全に少年のからかい調子であったが、声音は女性のそれだ。言うまでもなく、未来である。彼女は慌てて離れる二人のすぐそばに佇み、にやにやと意地の悪い笑いを浮かべていた。

 一体いつから観察していたのだろう。気配を悟らせないのもサイボーグの特殊能力だと言うのなら、彼女はとんでもなく悪趣味な女だと、照井は本気で悪態をつきたい気分であった。

 

「何かあったのか」

 

 しかし表面はあくまで平静を取り繕い、健太のところから戻ってきた未来に問いかける。

 

「健太くんがそろそろ薬の時間で中に戻るから、さっき預けた絵を返して欲しいんだってさ」

「薬って、健太くんは風邪でもひいてるの?」

 

 その場の空気をごまかすために激しく咳払いをしていた亜樹子も、照井に倣った。

 

「ううん。多分、持病の薬だと思うけど……ああ、そう言えばまだ話してなかったんだっけ」

 

 言い淀んだ未来の表情に翳りがさす。

 彼女は山波の古い同僚だった生沢から聞いた話を手短に説明した。

 健太が先天性の病を患っていること、父親が恐らく治療法を見つけるため、ディガル・コーポレーションに移ったことが主たる内容である。

 

「健太くん……そうなんだ。それで治療法を見つけるために、お父さんがわざわざ仕事も変えてまで……」

 

 黙って話に耳を傾けていた亜樹子がぽつりと漏らすと、照井も重い口を開いた。

 

「しかし、そこまで息子を大切に思っている父親が何故、突然蒸発したんだ」

「実は、私もそこが一番引っ掛かってるんだ。ガイアメモリの開発に携わっていたんだとしても、家族に対する思いが変わるわけじゃないんだろうし……」

 

 照井が自分と同じ疑問を抱いたことに頷き、未来も同調する。

 

「もしかしたら、隠れて健太くんの薬を作ってるんじゃないかな?ガイアメモリを持って逃げたのも、永峰にメモリを悪用させないためだったとか」

「けどそれなら、逃げる前にメモリを壊せば済むことだったんじゃない?」

 

 未来が亜樹子の希望的推測を論理でやんわりと打ち消すと、照井が二人の意見をまとめて見せる。

 

「恐らく、メモリを手離せない理由が何かあったんだろう。健太の薬を作るにしても、ガイアメモリがどうしても必要だったのかも知れない」

「そっか……けどとにかく、健太くんのお父さんがメモリを使ってなければいいね。私は今のところ、それだけが心配よ」

 

 婚約者の青年が言うことに異論がない亜樹子は息をついて、曇り空を見上げた。それにつられて、未来も流れ行く雲に視線を走らせる。

 亜樹子が言う通り、山波がメモリを所持していても精神を汚染されていなければ、まだメモリを破壊するように説得する余地がある。彼を見つけて健太が元気であることや父親を恋しがっていることを伝えられれば、何とかできるかも知れない。

 先に亜樹子が広げていた、健太が描いた家族の絵を山波に見せるのも効果的だろう。健太に聞いて借りることができれば、試してみるのもいい。

 

 未来がまだ砂遊びに興じている健太と堀内の方に目を向けて、聴覚の感度を上げる。二人の遊びがひと段落したところで声をかけに行くつもりで、彼らが話していることを聞き取るためだ。

 

 が、予想していなかった物音が彼女の鼓膜にとらえられた。子どもたちが上げる独特の甲高い叫びと職員たちの落ち着いた声が混ざり、通りを行き交う人々のせわしげな足音が過ぎていく中に、不規則な風を切る鋭い音が挟まれているのだ。

 未来の手術によって強化された耳は、通常の人間が持つ聴覚の五百倍まで感度を引き上げることができる。それは戦闘や仕事の際にも大いに役立つ身体機能であり、様々な音を聞き分けてきたが、こんな音は初めて聞く。鳥の羽ばたく音にしては大きすぎるし、リズムも微妙に違うのだ。

 

「どうしたの?」

「静かに!」

 

 もう一人の女所長が表情をこわばらせていることを不審に思ったらしい亜樹子が訊ねたが、未来は緊張した低い声で制した。もう一度聞き耳を立ててから、更に調子を押さえて告げる。

 

「この音……やばいよ、何か来る。ドーパントかも」

「え?ええっ?私、何も聞こえないわよ!」

 

 思ってもいなかった警告を耳にした亜樹子が耳をそばだてて辺りを見回したが、彼女にはドーパントの気配など感じ取れないらしい。しかし未来が出任せでそんなことを口走る筈がないことを知っている照井は、やはり緊張した面持ちで花壇の縁から腰を浮かせた。

 

「堀内!健太くんを--」

 

 張り詰めた様子で声を上げながら、未来が二人の方へ駆け寄ろうとする。

 その細い身体が数歩踏み出したところへ、一抱えはあろうかという炎の柱が上空から落ちてきた。

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