耳をつんざくような子どもの叫びがあちこちから上がり、施設の庭は一瞬で阿鼻叫喚の地獄の様相を呈した。突如として叩きつけられた炎のつぶてが幾つも地面に火柱を立て、その合間を必死で逃げ惑う小さな影を、職員たちが追いかけている。
幸いなことに火に直接巻かれた子どもや職員はいない。が、炎の弾は上空から断続的にばら蒔かれており、今や庭の三割以上に火炎が広がる状態となっていた。
空から降ってくる火の塊自体の大きさは大人の拳程度で、ただしそれが地面に接触するとたちどころに激しく燃え上がり、火柱は大きなものだと未来の背丈ほどの高さにまで達する。一旦上がった炎は地表の可燃物を巻き込んで燃え、更に広い範囲へと熱波を及ばせていった。
その中でしゃがみ込み、健太を腕に抱いた堀内が呆然と身体を硬直させていた。
「し、所長……」
炎を掻い潜って駆けつけてきた未来の姿を認めた堀内が、ようやく掠れ声で呻く。未来は炎の照り返しで頬を赤くしながらも、二人の無事を確認してから微笑んで見せた。
「二人とも大丈夫?早く、建物の中に!」
何が起きたのかまだわからないでいる健太は、自分を抱きしめてくれている青年の首にしがみついている。しかし堀内ははっと我を取り戻し、未来へ問い返した。
「で、でも所長は?」
「私は大丈夫。さ、早く!」
言うが早いか、未来は照井たちのいる一角へと取って返そうとする。
「そんな、俺も……!」
堀内の悔しげな色を滲ませた声を背に受けても彼女の小さな背中は振り返らず、灼熱の炎の間をすり抜けていった。
照井と亜樹子は、庭でパニックを起こしていた子どもと職員たちを何とか建物の方へと下がらせたところだった。亜樹子は炎のすぐ側にいながらも、懸命に人々を安全な場所へ誘導するために声を張り上げて走っている。彼女の臨機応変さはこういう時に本当にありがたい。そのお陰で、照井はこの騒ぎを起こしている犯人に注目するだけの余裕を持てていた。
上空を飛翔し炎の雨を降らせていた何者かが、ゆっくりと地上へと舞い降りてくる。
その姿は、炎と同じく赤い輝きに包まれた異形であった。人間と同じ手足と胴体があるようだが、刮目すべきは背中で燃え盛る一対の炎の翼、そして鋭い嘴を備えた一対の首であろう。青白く見える瞳がこちらを向いただけで、耐え難い炎熱を叩きつけられたような熱さを感じる。
まさに双頭の不死鳥(フェニックス)と形容すべき怪物であった。
「何よこれ……私、聞いてない!」
「やっぱりドーパントだったんだ。人間の足音とは違うし、変だと思ったんだよ」
ドーパントを睨みつける照井の後ろで亜樹子が愕然とし、戻ってきた未来は舌打ちを漏らす。
先に未来の強化された鼓膜が捉えたのは、ドーパントが持つ翼と空気との摩擦音だったのだろう。炎を纏う翼なだけに、聞いたことがない音を立てていたのだ。
「所長!堀内と一緒に、子どもたちを建物の奥へ避難させてくれ!」
何かを求めるようにゆっくりと庭を眺め回しているドーパントから目を離さずに照井が指示すると、亜樹子が頷いて走り出した。見たところ、このドーパントが発する炎は特殊なものではなく、可燃物がない場所にはさほど燃え広がらないように見える。コンクリートの施設内にいれば、ドーパントに侵入されない限りある程度の安全が確保できるだろう。
亜樹子が炎をうまく避け、庭にいる人々を先導している様子を視界の隅で見守りながら、照井と未来の二人は前に進み出た。焦げついた砂が足元でくすぶり、薄い煙が上がる中、炎の熱が彼らの身体の要所を焦がそうとする。
「どういうことなの?この前C-SOLで見たドーパントと、全然違うじゃない!」
「確かに全く別のドーパントだ。とにかく、ここで暴れられたら被害が大きくなりすぎる」
厳しい表情で吐き捨てた未来と照井の脳裏に、節くれだった手足と紫色の身体を持つラスト・ドーパントの姿が同時に横切っていた。
プライドに変身していた永峰が倒れた際に姿を現し、その名を呼ばれていたドーパントとは別の個体。しかし、これも「七つの大罪」メモリのいずれかから生み出された怪物に間違いないだろう。
今しがた使われた炎を操る能力も、簡単に人を焼き殺せるくらいの威力がある。変身しているのが誰であれ、早く取り押さえるに越したことはない。
今だ庭を見回すばかりでいる炎のドーパントの動に注意を払いながら、照井は右手に握った深紅のガイアメモリのスイッチを叩いた。
「ACCEL(アクセル)!」
ガイアウィスパーが炎の作る上昇気流に舞い上がると、光のベルトが照井の半身を回り、アクセルドライバーの形となって具現化する。
「変……身!」
彼がドライバーの中心にアクセルメモリを差し入れてハンドルを握り、アクセルを振り切った。
地球の力を貯えたドライバーの中心からエンジン音とともに輝きが溢れ、細身の体躯に散っていく。まばゆい光は照井が内に秘めた情熱を映した真っ赤な装甲となり、彼の全身を包み込んだ。力強いエネルギーが四肢に満ち、戦うための気力が筋肉にほどよい緊張感を行き渡らせる。
照井の姿を変貌させた光が全て形となった後には、重厚な鎧に身を包み、大振りの剣を携えた一人の戦士--仮面ライダーアクセルが、仁王立ちとなっていた。
「むっ?」
至近距離で新たに出現したエネルギーの存在を感じ取ったのだろう。ドーパントが持つ四つの目が動き、アクセルと未来の姿を炎の生け垣の向こうに見つけ出していた。
敵の注意を引いたことを察したアクセルが踏み出して、エンジンブレードを構える。形は背後に立つ未来を庇う態勢となっていたが、アクセルは振り向かずに低く言った。
「君も早く変身しろ!」
「は?できるわけないでしょ!あんたらみたいに一瞬であの姿になれるわけじゃないし、第一スーツは持ってきてないんだから!」
さも当然のように変身という非現実を要求するアクセルに、未来は咄嗟の反応で怒鳴り返していた。
「全く、使えない女だな。それならせめて援護しろ!」
「……悪かったね。あんたに言われると、すごいムカつくんですけど!」
勝手な文句を垂れたアクセルに悪態をつき返し、未来はショルダーホルスターから愛用の拳銃であるグロックを抜いた。アクセルのような熱から守ってくれる装備を持っていないため、ドーパントに接近するのは危険と判断してのことだ。
彼女が銃を構えた気配を確かめてから、アクセルが地に渦巻く炎を突っ切って走り出す。たちまちドーパントとの間合いが詰められていくが、当のドーパントは逃げる素振りも、迎え撃とうとする構えも見せない。
それどころかその場から動こうともせず、迫り来るアクセルに指先を突きつけて嘲笑した。
「お前は仮面ライダーアクセルだな。警察の犬が、縄張り以外の場所を荒らしに来たか」
ドーパントの声はフェニックスの双頭から同時に発されており、しかもそれぞれ微妙に高さが異なっている。まるで二人の人物が全く同じタイミングで話しているように聞こえて独特の響きが伝わり、奇妙さが強調されることとなっていた。
「ドーパントの影があるところに、俺たち仮面ライダーは姿を現す。弱い者を傷つけようとする貴様たちを許すわけにはいかない」
しかし、アクセルは不気味な声のあからさまな挑発に乗るような弱い男ではない。足を止め、敢えてエンジンブレードを下げた上で、堂々と受けて見せる。
むしろアクセルを驚かせたのは、初めて相対したはずのドーパントが仮面ライダーの存在を知っていたことだが、もしこのドーパントに変身しているのが山波ならばそれも不自然ではない。ただ、その確証は欲しいところだった。
「私は……この怒りを鎮めるために動くまでだ。邪魔をするのなら、誰であろうと容赦はせん!」
異様な和音を奏でる声でドーパントが叫ぶが早いか、背中の翼を振って炎のつぶてを前方に投げつける。
小型の隕石よろしくばら蒔かれた燃え盛る球を、猛然と駆け出したアクセルがエンジンブレードで次々と叩き落としていった。重く厚い刃が振られる度、砕かれた炎が細かい火の粉となって散り、アクセルの周囲を舞っていく。
その後ろからは、未来が狙いすました弾丸をドーパントの赤く輝く巨体目掛けて何度も放っていた。乾いた破裂音が熱を孕んだ空気を打ち、無慈悲な鉛弾が幾つも空を裂いて飛来する。その隙間を縫うように走るアクセルはたちどころに敵へと肉薄し、エンジンブレードの一撃を喰らわせんと刃を鋭く引いた。
だがドーパントは、二人の即興コンビネーション攻撃が開始されたと悟るや否や、再び宙へと駆け上がる。不規則な赤い輝きを放つ異形の影はエンジンブレード攻撃を空振りさせると、鋭く空中で旋回し更に高度を上げた。今やドーパントは目視で軽く十メートル以上の高みにまで飛び上がっており、既にアクセルの攻撃範囲外だ。
「空だからって、安全とは限らないんだよ。サイボーグをなめるな!」
その様子を目にした未来が不敵に呟き、グロックの銃口を空に向けて構える。地上と違い殆ど遮蔽物のない空中で、ドーパントは格好の的だった。サイボーグの彼女は人間と桁違いの動態視力を持っており、片手で銃を撃っても反動で手が跳ね上がることもなく、極めて正確な射撃が可能なのだ。
とにかく敵を地上に落としてやろうと、翼を狙った未来がグロックの引き金を絞り、連続した射撃音を響かせた。
ところが上空のドーパントは、まるで弾丸が飛んでくる軌跡を予め知っていたかのように急激に飛翔速度を上げた。
いや、早くなったと言う形容は相応しくない。
ただの人間の身ならぬアクセルや未来が意識を集中させてその動きを追っても、どう動いたのかが殆ど判別できないほどの移動速度であった。恐らく、常人には瞬間移動したとしか思えないほどの素早さだろう。
当然のことながら、未来が撃ち込んだ弾丸は全て、虚しく見当違いの方向へと飛んでいっていた。
ドーパントがまたも急旋回し、今度は地上に向かって一気に降下する。
「今だ!」
輝く巨体が着地すると見たアクセルが炎の中を走り、エンジンブレードを振り翳す。が、ドーパントは一瞬地面を蹴って弾みをつけただけで、軽々とアクセルの頭上を跳び越して襲い来る刃を避けた。そこへアクセルとは異なる方向に走る未来が構えるグロックが連続で火を吹き、様々な角度から弾丸を叩き込もうとする。
しかし全弾が敵に掠りさえもせず避けられたことは、未来の顔を驚愕でこわばらせることとなった。
「ちょっと!何なの、この速さは!」
常人の五百倍の視力、野生動物を遥かに凌ぐ反応速度と動態視力を誇る未来の攻撃が相手の速度に追いつけないなど、信じ難い事実である。拳銃という武器の命中精度が低いことを差し引いても、弾道を瞬時に見切るなど、それこそサイボーグ並みの能力がなければ不可能なはずだった。
ドーパントは怪人とは言え、ベースは戦闘のイロハも知らないただの人間に過ぎない。それを戦闘用サイボーグを凌ぐ肉体の持ち主に変化させるとは、ガイアメモリとは何と恐ろしい物体なのだろう。
「二人がかりでも全く追いつけないだと?」
未来が動揺しながらも射撃を続ける中、アクセルも高速移動を繰り返すドーパントを追って斬撃を浴びせ続けたが、やはりただの一度も命中しない。飛び道具と剣の合体攻撃でも全く歯が立たないなど、アクセルにとっても予想外であった。
「ふん。仮面ライダー……それに、実験体風情のP3めが。お前たち如きに、私の邪魔ができると思うか!」
一旦距離を離して地面に着地したドーパントが嘲りの言葉を二人に投げつけて、背中の両翼を一閃させる。
刹那、その中から広がった炎が無数の小さな弾に分かれて殺到してきた。
「うおっ!」
「きゃっ!」
アクセルと未来は自身の身を守るために別々の方向へと素早く飛び退ったが、彼らの前方には火の弾が作り上げた二メートルを超える火柱が厚く立ちはだかっていた。
「くそっ、これでは近寄れん!」
燃え盛る炎に視界すら阻まれたアクセルが悪態をつく。
敵の姿が見えないのは未来も同じであったが、彼女は使えなくなった視覚という偵察機能の一つを補うために、意識を集中させて聴覚のレベルを引き上げた。火が燃えるノイズを小さくするよう調整し、地面を何かが擦る音と話し声のみをフィルタリングして拾うようにする。
すると、予想もしていなかった呟きが未来の耳を打った。
「健太……健太はどこだ」
「え……!」
ドーパントは間違いなくそう言っていた。
意外さに息を飲んだ未来が、数歩離れた位置に立つアクセルに向かって声を張り上げた。
「まずいよ、あいつの狙いは健太くんだ!」
「何だと?」
ごうごうと音を立てている火の壁の向こうから、アクセルの引きつった声が聞こえてくる。
身を焦がすほどの熱波に顔をしかめつつ、彼女がもう一度叫んだ。
「今、名前を呼んでるのが聞こえたんだよ!」