仮面ライダーW 追われるS   作:日吉舞

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絆というカタチ -3-

 厚く高い炎の壁の向こうへ邪魔者を追いやったドーパントは、施設のポーチへと迫っていた。高温を発する巨体が一歩踏み出す度に熱波が撒き散らされ、一気に気温が上昇する。

 アクセルや未来が戦っている様子を不安そうに眺めていた子どもや女性職員たちは、異形に恐れおののいて悲鳴を上げ、玄関の奥へとなだれ込んでいった。

 

「健太……私の研究を完成させるには、私と同じ遺伝子を持つお前が必要だ。どこにいる、健太!」

「えっ?」

 

 建物の中へ駆け込む人の流れにいた亜樹子と健太が、ドーパントの言葉を耳にして足を止めた。止まってはならないと思いながらも、逆らえなかったのだ。

 自分と同じ遺伝子を持つ健太が必要。

 逃げる人々に目を走らせているドーパントは、今確かにそう言った。

 加えて、研究を完成させるとは一体どういう意味なのか?

 

 健太の父は、ディガル・コーポレーションでガイアメモリの開発を進めていた研究員だったはずだ。行方不明になってからも開発にのめり込んでいたのだとしたら、当然実験も重ねていただろう。

 亜樹子と堀内に、嫌な予感が走る。堀内にしがみついている健太にはドーパントが言ったことを理解できていないらしいことが、まだ救いと言えるだろうか。

 が、固まっている三人の中に健太の姿を見つけたドーパントの言葉が、その僅かな希望を打ち砕くこととなった。

 

「健太……健太!暫く見ないうちに、大きくなったな。我が息子よ。父さんだ。こっちへおいで」

 

 心なしか我が子との再会を喜び、懐かしむ響きが混ざったように聞こえる声はしかし、やはり双頭から発せられる怪人のそれである。

 やはりあのドーパントは、健太の父親である山波勇雄に間違いない。

 しかも彼は健太を研究材料として確保するために、自ら姿を現したのだ。今までずっと父を恋しがっていた健太のことを思うと、考えうる限りで最悪のシナリオだった。

 

「やだ!やだよお!ちがうよ、おとうさんじゃない!」

 

 しかし、炎を纏った双頭の怪物に人間とは異質な声で父親だと言われても、健太が信じられるわけがない。まだ幼く小さな男の子は堀内にしがみつき、真っ赤な顔を歪めて泣き喚くばかりだった。

 

「何よ……まさか本当に、あのドーパントが健太くんのお父さんだって言うの?」

「くそっ……」

 

 驚愕に不快さを滲ませて呻く亜樹子の横で、健太を抱きしめている堀内が歯噛みする。

 ゆっくりと歩み寄ってくるドーパントは、健太の小さな背中にまっすぐ腕を伸ばしている。狂ったように泣き続ける健太の痛々しい様子など、まるで意に介していない。その様子に業を煮やしたらしい亜樹子が、緑色のスリッパを片手に立ち塞がった。

 

「ええ加減にしい!それ以上近寄ったら許さへんで!」

「あっ、ちょっと!」

 

 勇ましいが、亜樹子の行動は浅慮極まりない。

 彼女は堀内が止める間もなくドーパントに殴りかかったが、構えられたスリッパはドーパントの身体に触れることなく遠ざかった。

 

「熱っちちちちち!」

 

 甲高い悲鳴を上げて飛び退いた亜樹子が振っているスリッパは火こそついていなかったが、ぶすぶすと音を立ててくすぶり、薄い煙すら上げている。ドーパントが瞬時に身体を加熱させたのだ。

 少女のように見える女性が慌てふためく様子などまるで無視したドーパントは、堀内と健太にじりじりと迫り続けている。身を縮こまらせた堀内は武器も持っておらず、それ以前に恐怖と緊張に縛られた身体が言うことをきいてくれない。成す術なく後ずさり、大声で泣き叫ぶ健太を決して離すまいとするだけで精一杯だった。

 

「どうしたんだ、健太?まさか本当に、父さんの顔を忘れてしまったのか?」

「こわい……こわいよ!おにいちゃん、助けてよお!」

 

 怪物にどれだけ父親だと言われても、信じられるわけがない。ドーパントが伸ばす手をひたすら怖がる健太は絶叫し、堀内の腰にしがみつくばかりである。

 

「健太、お父さんと一緒においで。元気になりたくないのか?お父さんの言う通りにすれば、お前は強い身体に生まれ変わることができる。もう死ぬのを怖がることもなくなるんだぞ。だから、一緒に来るんだ」

 

 健太の泣き声が、ぴたりと止んだ。

 ドーパントの声が、途中から人間の肉声に変わったのだ。

 

 頼りにしている青年の腰から涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げ、健太は恐る恐る後ろを振り返った。

「おとうさん……ほんとに、おとうさんなの?」

 

 それが誰よりも会いたいと願っていた、記憶の中の父と同じだということがわかったのだろう。幼い少年の声は震えていたが、落ち着きを取り戻し始めているようだった。

 

「そうだよ、健太。長い間待たせて、本当に済まなかった。やっと、お前を迎えに来られたんだよ」

 

 ドーパントの口調が更に感情を滲ませたものとなり、堀内と健太の間近まで近寄っていく。

 健太はゆっくり身体ごとドーパントの方へ振り返り、ふらりと堀内から離れようとしたが、青年はその小さな肩をしっかりと押さえていた。

 

「その声……まさか、あんたは……?」

「やめてよ……最悪じゃない、こんなの!」

 

 堀内の小声に、愕然とした亜樹子の呟きが被さる。

 いくらあのドーパントが健太の父親で、病気を治してやるなど甘いことを言っていても、本音は実験材料が欲しいということだけに間違いないだろう。もし本当に健太を純粋な愛情から迎えに来たのなら、ドーパントの姿で訪れるわけがない。自分本来の姿を息子に見せることすら忘れてしまうほど、山波の精神が汚染されている証拠だ。

 が、幼児にそんなことが読めるはずもなく、このままではやすやすと健太をさらわれてしまう。

 

「くそっ……くそっ!」

 

 堀内は青い顔でがくがくと膝を震わせながらもドーパントを憎悪がこもった目で睨みつけ、スーツのポケットに片手を突っ込んでいる。その中にお守りでも入れてあるのか、亜樹子が遠目から見ても手を固く握りしめているのがわかるほどだ。

 たとえ本当の父親であっても、こんな化け物に健太を渡すわけにはいかない。なのに、自分はどうすることもできないのか--

 堀内の悔しさで満ちた表情は、言葉を発しなくてもそう語っている。

 

 亜樹子が気弱そうな青年の悲しい怒りを見た時、不意に不規則な風の流れが四方八方から起こり、熱風が渦巻いた。吹き荒れる突風に二人分の男の声が乗せられ、周囲に散らされる。

 

「ジョーカー・サイクロン・キック!」

 

 竜巻を纏い、上空から飛び込んでドーパントに蹴りを浴びせたのは、ようやく駆けつけてきた翔太郎とフィリップ、つまり仮面ライダーWであった。全フォーム中で圧倒的なスピードとパワーを誇るサイクロン・ジョーカーから繰り出された強烈な技を喰らい、ドーパントが悲鳴を上げて弾き飛ばされる。

 地面に鮮やかに着地したWは、体勢を整えてからドーパントが派手に倒れ込んだ方を指した。

 

「子どもにまで手を出そうとするなんざ、男の風上にも置けねえ奴だ。俺たちがきっちり……」

「アホぉ!来るのが遅すぎだっちゅーねん!」

 

 台詞を決めようとしたWの頭に、亜樹子のスリッパの一撃がクリーンヒットする。

 

「痛っ!」

 

 小気味よく響いたコミカルな打撃音に続きを中断させられ、翔太郎が声を荒げる。

 

「何すんだよ、亜樹子!」

「ごたくはいいから早く何とかしてよ、酔っぱらい!」

「もう酔っぱらいじゃねえ!それに、そんなこと言われなくたって分かってらあ!」

 

 憤慨しつつも普段のペースを取り戻した亜樹子を残し、Wがまだ炎の残る庭へと駆け出していく。

 翔太郎は少し前まで頭痛と吐き気が酷かったが、今はWに変身して激しく動き回っても、亜樹子の一撃を頭にお見舞いされても全く平気だ。全く起き上がれないほど辛かった二日酔いが、時間の経過とともにけろりと治ってしまうのだから、人間の身体とはよくできたものである。

 たとえそれが治療と称されてフィリップに無理やり飲まされた、唐辛子が大量に入った激辛スープのおかげだとしても、である。

 

 隅の方まで吹っ飛ばされたドーパントが立ち上がったところで、二人で一人の仮面ライダーは立ち止まった。

 火があちこちで燃える施設の庭を見渡すことは困難で、先に来ているはずの照井や未来の姿はその中に見つけられない。とりあえずは、単身で戦うしかないようだった。

 

「くそっ、二日酔いのお陰で出遅れちまった。また新手が出たってのかよ!」

「ああ。この間僕たちが見たラストとは、どう見ても別の個体のようだ。炎を操るドーパントか」

 

 数メートル隔てて対峙する格好となり、翔太郎とフィリップは改めてドーパントの姿を確認した。

 

「ふん。何事かと思えばもう一人の仮面ライダー、Wか。まさか貴様までが現れるとは思っていなかったな」

 

 まともにWの蹴りを喰らっていた炎のドーパントだが、口調は平然としており、さしてダメージを受けているように見えない。物理攻撃に対して高い耐久力を持つ相手だと見ていいだろう。

 

「こいつ、また俺たちのことを知ってるドーパントか」

「ということは、ベースの人間がミュージアムの関係者の可能性が高い。タイミングから考えても、恐らく山波勇雄に間違いないだろう」

 

 翔太郎の呟きに、フィリップが冷静な分析を返す。

 

「遅いぞ、左!」

 

 そこへ、炎が鎮火しかけた場所をすり抜けたアクセルと未来が走ってきた。

 火で照り返しを受けて赤い顔をした二人とも息は多少荒いが、目立った傷はなく疲れた様子もない。これなら十分、協力して戦えそうだ。彼らが元気であることを見て取ったWが片手を挙げて応えて見せる。

 

「ああ、悪ぃな。その分、借りはきっちり返すぜ!」

 

 アクセルとWが並んで構えると自然と未来がその後ろに立つ格好となったが、周囲を炎で囲まれたこの状況では、生身の彼女は分が悪そうだった。この場は取り敢えず後ろに下げた方が無難であろう。

 

「未来さん。君は、あきちゃんたちを頼む」

 

 そう判断したフィリップが未来に促すと、彼女は頷いて建物の方へと走っていった。見たところ彼女は火傷を負っておらず、服や髪も焦げたところはない。直接戦えないことにも不満を漏らしていない未来に、後方の守りを任せて正解のようだった。

 

「ここで戦い続けるのは、被害が大きくなる可能性が高い。とにかく、何とかして奴を追い返すことを第一に考えねばならん」

「同感だ。ここは女、子どもが多過ぎるからな!」

 

 ドーパントを睨むアクセルの案にWが賛同の意思を示し、彼らは同時に地面を蹴って走り出した。敵の巨体へまっすぐに突進した二人のヒーローが、気合の声とともに挑みかかる。

 

 ドーパントはアクセルが鋭く払ったエンジンブレードを半身になってかわすと、続くWの拳を片手で受け流して勢いを殺いだ。Wが振り返るよりも早くその背に肘を落とし、アクセルの胸板には蹴りを見舞う。打撃攻撃を受けた二人は前後から同時に上下段へ刃と蹴りを叩き込もうとしたが、またしても避けられてしまい、勇んだ攻撃は虚しく宙をすり抜けた。

 

 それから先は同じことの繰り返しで、二人の仮面ライダーの同時攻撃を以てしてもドーパントにダメージを与えることは叶わない。しかしそれはドーパントも同じであり、ヒーローたちに大きな痛手を被らせることはできないようだった。

 

「おかしい。この狭い場所では、奴のスピードが全く活かされないのに、何故場所を移そうとしないんだ?」

 

 一旦間合いが離れた時、相手の特徴を既に見抜いていたフィリップが疑問を口にした。

 

「奴の狙いは息子の健太だ。どうあってもここから連れ出すつもりでいるんだろう」

「何?ガイアメモリを狙って来たんじゃないってのか」

 

 照井の言葉に翔太郎が意外そうな反応を示すと、彼らの眼前に佇む双頭の赤き巨体は不気味な嘲笑を漏らした。

 

「ふん、貴様らには到底理解できまい。あの子をあんな身体でこの世に送り出してしまった、私自身に対する怒りなど……だから私は、あの子を絶対に死なない肉体に作り変える。ガイアメモリを使えば、それが可能なのだからな!」

 

 呟くように言うと同時に、ドーパントの姿が仮面ライダーたちの目の前からかき消えた。

 二人はドーパントのスピードに目が追い付かずそう感じ、敵が遥か頭上を飛び越して背後に回ったことに気づくのに数秒を要した。

 

「しまった!」

 

 その先には健太と堀内がいる。

 アクセルとWが自らの迂闊さを呪って走り出したとき、着地したドーパントは無力な幼児とその身を抱きしめている青年に迫り切ろうとしていた。

 

 が、異形なる巨体と掴みかかろうとする腕に怯えて一歩も動けなくなっている二人の前に、小さな影が鋭く割り込んだ。瞬間、乾いた破裂音の衝撃が空気を叩く。

 

「所長……」

 

 すぐ目の前に突如として現れた未来の後ろ姿を目にし、堀内が驚愕の表情を凍りつかせて呟いた。

 彼女が放った弾丸はドーパントの胴体に狙い違わず命中していたが、予想通りと言うべきだろうか、目で見てわかるほどのダメージを与えられたように見えなかった。

 だが、臆せずにグロックを構えた右手はなおも連続でトリガーを引き続け、休む間もなく鉛弾を撃ち出し続けている。

 

 一見すると愚かかつ無謀とも言える行動に、ドーパントがむっと唸って立ち止まる。未来は素早く空の弾倉をグロックから取り出して投げ捨てると、新たなそれをポケットから取り出した。

 

「騙されちゃだめ!あいつは、健太くんのお父さんなんかじゃない。悪い奴なんだよ!」

 

 そして銃弾が詰まった鉛箱をグロックの台尻から装填し、再び右手に構える。

 

「何だと?」

 

 背後に護る二人を振り返らずに言い放った未来の言葉に顕著な反応を見せたのは、アクセル--照井である。思いがけず足を止めた彼は、怒りに燃える瞳でドーパントを睨む未来を何も言わずに凝視したようだった。

 

「……おねえちゃん?」

 

 堀内の腰ににしがみついていた健太が泣き濡れた顔を上げ、未来の背中を見つめる。

 

「とにかく今は、お兄ちゃんと一緒に下がってて。悪い奴は、お姉ちゃんたちがやっつけるから!」

 

 しゃくり上げている健太を安心させるため、未来は僅かに顔をドーパントから逸らして彼に力強い微笑みが見えるようにした。その意図を汲んだ堀内が、健太に覆い被さるようにして抱きしめ、玄関の奥へと下がっていく。

 

「あの子は、父親の私を間違いなく恋しがっている。なのに、貴様はその想いを壊そうと言うのか?」

「黙れ!てめえの子どもを手にかけようとするなんざ、他人以下だってんだよ!」

 

 憎悪を剥き出しにした未来が怒鳴るが、彼女はサイボーグであっても仮面ライダーではない。そんな小娘一人は大した脅威でないと踏んだドーパントが、今度は未来を業火に巻こうと腕を振り上げる。

 しかしその攻撃は、横合いから横殴りの雨のように襲いかかってきた光の弾丸に阻まれた。

 

「君はドーパントに対して有効な攻撃手段を持っていない。無茶はやめるんだ!」

 

 いつの間にかサイクロン・トリガーフォームにチェンジしたWが、トリガーマグナムをドーパントに撃ち込んで彼女を救ったのだ。

 冷静さを保っているフィリップの声に耳を打たれた未来が我に返り、大きく後方へ跳んで間合いを取る。

 

「こいつをくれてやる!」

 

 その隙にアクセルがエンジンメモリを取り出し、スイッチを弾いた。

 

「ENGINE(エンジン)!」

 

 特徴あるガイアウィスパーが上がるとほぼ同時に、エンジンブレードのスロットを開く。小さな隙間に地球の記憶を滑り込ませようとした。

 刹那、つい数日前にメモリブレイクを受けて昏倒し、今日明日の命とも知れぬ身となった永峰の姿が脳裏を横切る。

 アクセルの指先は一瞬だけ躊躇するように跳ね上がって動きを止めたが、すぐにメモリをセットした。

 赤き鎧の仮面ライダーが力の源を内に収めたエンジンブレードを構え、刃先をドーパントに向けてトリガーを引く。

 

「ERECTRIC(エレクトリック)!」

 

 長大な剣から稲妻にも似た青白い光が散り、歪な軌跡を空中に描いてドーパントへ飛ぶ。アクセルが刹那の逡巡の後に選んだのは、メモリを使用者の体内から強制的に取り出して砕くメモリブレイクではなかった。

 

「ぐっ!」

 

 攻撃方向が読み辛い利点を持つ電撃はドーパントに間違いなく命中し、体表に火花を散らした。が、正面からまともに喰らったはずの敵は僅かに呻いてよろけただけに留まっていた。

 

「くそっ、効いてねえぞ!」

「思ったより手強いな」

 

 これで戦意を喪失させられると見ていたWが歯噛みし、感情を乗せずに呟いたアクセルがエンジンメモリを抜き出す。

 

「こんな攻撃もあったとは、面白い。どんどん技を使え。その方が、次の戦で私が有利になるのだからな。もっとも、貴様らにこの次があればの話だが」

「こいつ、ふざけやがって!」

 

 見え据いた挑発に乗った翔太郎がドーパントの前に躍り出て、接近戦を挑みかかる。

 確かに技を使わずに戦うとすれば近接格闘しかないが、それにしても翔太郎はいささか気が短すぎる。

 

「照井警視!今の、もう一回やって!」

 頭の隅で考えつつ加勢しようと踏み出したアクセルを、いつの間にか側まで来ていた未来が呼び止めた。

「何?どういうことだ」

 

 不信感が表に表れた声でアクセルが問い返すと、未来が無造作に手を顔の横まで上げた。

 彼女の指先から白い光が細い線となって迸り、ばちばちと音を立てて火花を散らしている。先にエンジンブレードで発生させた現象と全く同じであった。

 

「私が力を貸すから。早く!」

 

 彼女の意図を読み取ったアクセルが無言で頷き、再度エンジンメモリを武器のスロットに装填する。

 

「ERECTRIC(エレクトリック)!」

 

 今一度響いたガイアウィスパーは、ドーパントと打撃の応酬を演じているWの聴覚にももたらされていた。電撃はこのドーパントに対して大きな効果は持たないとわかっているのに、再度同じことを試みるなど、照井らしくない行動だ。

 Wのボディでフィリップが考えたその時、未来の鋭い警告が飛んできた。

 

「翔太郎、フィリップくん!よけて!」

 

 今度は反射的に翔太郎が横へ跳び、ドーパントとアクセルが対峙する格好となる。

 突然離脱したWに驚いたドーパントに身構え直す隙を与えず、エンジンブレードが発するまばゆい閃光が宙を走り、一瞬で獲物を捉えた。

 一直線に伸びた電撃が持つ高エネルギーが一瞬で目標を打ち据え、破壊音と青白い爆発とがドーパントを襲う。異形の巨体で幾つも爆ぜる光も、尋常ではない。数も大きさも、先にアクセルが喰らわせた電撃の倍以上はある。

 

「ぐおっ!」

 

 初めて、ドーパントの二つある口から苦鳴が上がった。

 小さな稲光にまとわりつかれたドーパントの全身は燻り、薄い煙さえ上げている。電撃が確実に効いたことを見届けた未来は、照井が構えるエンジンブレードの刃に触れさせていた掌を離した。

 

 ドーパントは相当なダメージを負ったようだが、無理もない。

 未来が体内に蓄えた電池から指先に埋め込まれている電極に集められる電気は、高圧電流にも匹敵する強さを持つ。それをエンジンブレードが放つ電撃に上乗せして相乗効果を狙ったのだから、大概の生き物ならば感電による即死も免れないはずだった。

 それを短時間とは言え耐え抜いたのだ。ドーパントの生命力は恐ろしく強いと言えよう。

 

「おのれ……健太は、我が息子は必ず取り返す。絶対に諦めんぞ!」

 

 相手が倒れなかったことを受けてまだ臨戦態勢を保っていたアクセルと未来であったが、煙の中で奇妙な和音の恨み節を口にするドーパントの言葉は、どう聞いても捨て台詞だった。幾らか弱まった炎に守られた怪物が、未だ構えを解いていない戦士たちを一睨みしてから両足をたわめ、空へと駈け上がる。

 自然界にはありえない不規則な風切り音を残しながら、ドーパントはビルの谷間へと姿を消した。

 

 敵の姿がどんどん小さくなるにつれ、地面でしぶとく燃えていた炎もみるみるうちに鎮火していく。火を燃やし続けるのも、あのドーパントの能力の一部だったのだろう。ようやく静けさが戻ってくる兆しがはっきりして、一同は安堵の溜息を漏らしていた。

 

「どういう仕組みかよくわからんが、あんな攻撃方法があったのか」

「エンジンブレードの電撃に彼女の持つ電流を上乗せして、威力倍増を狙ったのか……なるほど」

 

 翔太郎とフィリップは周囲の状況を確認しながらWの中でアクセルと未来の連携攻撃のことを思い返していたが、当の彼女は徐々に鎮まっていく足元の炎をもみ消して吐き捨てていた。

 

「何さ。父親の自分が健太くんをひとりぼっちにしたくせに、私たちから取り返すだなんて人聞きの悪い」

 

 ドーパントが去り際に残した一言がよほど気に障ったのか、彼女の口調はやけに苛立っているように聞こえる。 

 

「おい」

 

 だが、荒っぽい所作で火を消している若い女の腕に、輪をかけて雑に手をかける男がいた。

 変身をWよりも先に解除した照井が未来の隣へ歩み寄り、彼女の細い腕を乱暴に引くと押し殺した口調で言った。

 

「君はあのドーパントが健太の父親ではないと、あの子に向かって確かにそう言ったな。やっと父親が見つかったと、そう喜びかけていたあの子に」

 

 照井の話し方はゆっくりとしたものだったが、瞳は爛々とした怒りの感情を湛え、肩が震えているのがわかるほどだ。

 意識して話さなければ、感情が爆発しそうになっているのだ。

 

「……言ったよ。それに何か問題があるの?」

 

 大人の男さえ怯ませるほどの圧力を持つ視線を真正面から受け止めた未来の言い方も、普段より重い。温度の低い声と言うべきか、何人も内に踏み込んでくることを許さない、冷たい拒絶感をそのまま音にしたような声であった。

 照井には、未来の考えていること全てが理解不能だった。

 理解不能と言うよりも理解すべきものではないと、自分の中の理性と感情とが同時に囁いた気すらした。

 

 どんなに姿が変わっても、血の繋がった家族は絶対のはずだ。

 まして、自分という存在をこの世に生み出してくれた親を否定するなどありえない。

 誰よりも自分を愛してくれる、親という人間。

 健太は長らく離れていた父をようやく見つけて、認識しようとしていた。

 それをこの女がぶち壊しにして、あまつさえあの幼い子の真実を見ようとする瞳まで否定した。

 他人が涼しげな顔で親と子の絆をめちゃくちゃにするなど、絶対に許されるべきではないはずだ!

 

「ふざけるな!貴様、どういうつもりで--」

 

 言葉の半ばで照井は反射的に未来のジャケットの襟を掴み上げ、愛らしい顔に拳を叩き込まんと腕を振り上げた。

 

「待てよ照井!何やってんだ!」

 

 突然怒りを爆発させた照井の様子を目にして慌てたのは、Wを始めとする仲間たちである。

 変身を解除していなかったのが幸いし、駆けつけたWが未来を殴ろうとした照井の拳を間一髪で掴むことができた。

 

「やめて、竜くん!一体どうしちゃったの?」

 

 そして、全力で走ってきた亜樹子が照井と未来の間に割り込む。

 今にも泣き出しそうな不安定な顔で見上げてくる亜樹子から目を逸らし、照井が未来の襟を掴んだ手を離した。

 亜樹子はやや呼吸を荒くしている婚約者を落ち着かせようとしてそっと手を握ってやったが、照井の目は離れていった未来を睨んだままだ。

 

 彼女はゆっくりと足を進めて更に数歩離れると、振り返って若き警視の顔を見返した。

 歳の割に幼く見える顔に輝く大きな瞳はただ、照井の突き刺すような視線を受け止めている。

 異形が去りし地に残されたのは、相容れることを良しとせぬ若者たちの激しい感情であった。

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