仮面ライダーW 追われるS   作:日吉舞

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謎の同業者 -2-

 意識がWへと移り、抜け殻となったフィリップの身体を重そうに引きずる亜樹子を尻目に、二人は灰色のドーパントへと意識を集中させる。

 

「止めろ!」

 

 翔太郎の叫びと共に、Wが右の拳を突き出した。辺りに重い音が響き、力を乗せた攻撃がドーパントの上半身に叩き込まれる。

 

『何だ、貴様は?』

 

 目の前の女を捕らえようとしていた灰色のドーパントは、男とも女ともつかぬ機械的な声で呟くと、うるさそうに振り返った。先の一撃はさほど効いていない様子が、その態度からもわかる。

 

「俺は……俺たちはこの風都の番人、仮面ライダーだ。街を泣かせる奴に容赦はしねえ!」

 

 構え直しながら名乗った翔太郎に、冷静なもう一人の声が話しかけてきた。

 

「翔太郎、今の攻撃はあまり効いていない。こいつの岩石みたいな肌は、恐ろしく硬いようだ。このまま打撃が通用しないようなら、早めにフォームを変えた方がいいかも知れない」

 

 フィリップがドーパントの外見から分析を始めるが、自らに絶対の自信を持っているらしいドーパントからは嘲笑が漏れていた。

 

『ほほう?貴様がミュージアムを壊滅に追いやったという、あの仮面ライダーとやらか。面白い、私が作り上げたこのメモリにどこまで対抗できるのか、興味深いデータを提供してもらうことにしよう』

「俺たちのことを知っているのか?」

 

 敵の言葉に驚いたのは、翔太郎とフィリップである。

 自分たち仮面ライダーは風都の伝説に近く、街を牛耳っていた秘密結社であるミュージアムを滅ぼしたという具体的な情報までは世間に知られていない筈なのだ。

 

「こいつがミュージアムの生き残りなら、僕たちのことを知っていても不思議じゃない。そ言う連中は、まだ街中に大勢いるんだろう」

「なら、こいつを倒してまだこそこそと隠れてる連中のことを吐かせるまでだ!」

 

 フィリップの推測に応えて言うが早いか、Wはドーパントに向かっていく。翔太郎は勢いに任せ、渾身の力を込めた回し蹴りを放った。

 

「痛っ!」

 

 だがしかし、全身が岩のように見えるドーパントは、輝く緑色の半身が繰り出した攻撃をやすやすと片手で弾き返した。それどころか、ダメージを与える筈の右足は鋼鉄の塊にでも打ちつけた時のような鈍い衝撃を受け、痛みで声を上げる羽目になったのは翔太郎の方だ。

 

 痛みは戦えなくなるほどではないため、彼は構わずに拳と蹴りによるラッシュを浴びせていく。が、敵は敢えてそれを避けようという素振りでさえ見せていない。余程防御力に自信があるのだろう。

 やはり目に見えるほどのダメージは与えられていないことは、翔太郎とフィリップにも数秒と経たないうちに感じられた。

 ドーパントの表情は--人間の顔に相当する部分は見分け難いが、確かに上半身に簡素な目鼻らしき形は見受けられた--動きを見せないだけに何を考えているのかわからず、それが不気味さを煽っている。

 

『どうした?その程度で本当にミュージアムを倒したのか』

「くそっ、こいつ……!」

 

 痛くも痒くもないと見えるドーパントの嘲笑に、翔太郎は呻いた。

 ここまで硬い身体を持つドーパントを相手にしたのはフィリップが一度この世から消え去った1年以上前、ジュエルドーパントと戦って以来だ。あの時も苦戦して窮地に追い込まれたことが思い出されるが、ここで攻撃の手を緩めるわけにはいかなかった。

 

「翔太郎!硬い相手には武器による打撃と高熱が有効だ」

「ああ、わかってる!」

 

 相棒フィリップの的確なアドバイスに頷き、翔太郎はドライバーのメモリを2本とも抜き放った。代わりに、このドーパントに対し高い攻撃力を誇るであろうメモリを滑り込ませる。

 

「HEAT(ヒート)!」

「METAL(メタル)!」

 

 刹那、ガイアウィスパーの源を異にする二つの力がWを包み、内と外に流れ込む。真紅と銀色の光に包まれた風都の戦士は、強力な打撃武器であるメタルシャフトを携えた姿に変貌した。

 

「お前が余裕こいてられるのも、今のうちだけだぜ!」

 

 硬さと重さとを備えた棍であるメタルシャフトを振り翳し、今一度Wはドーパントへと挑みかかっていく。

 メタルメモリを使ったフォームは、メタルシャフトの長さがある分だけ攻撃、防御の範囲が広くなるという利点がある。Wが動いているうちは、背後に庇っている女が安全になることは大きかった。

 

「大丈夫ですか?後は仮面ライダーに任せて、早くこっちへ!」

 

 呆然と立ち尽くしてWとドーパントの戦いを見つめている女性の後ろに、こっそりと亜樹子が近寄っていた。汚れたジャケットの袖を引いて声をかけると、女は少しだけ我に返ったようだった。

 

「仮面……ライダー?貴女はあれ、あの人を知ってるの?」

 

 まだ混乱している様子で、女は亜樹子を見返してくる。女の方が亜樹子よりも背が高いため、彼女が亜樹子の顔を覗き込むような格好になっていた。

 女の歳は二十代前半くらいだろうか、少なくとも翔太郎より上には見えない。大きな黒い瞳が生き生きとしている顔にはまだ可愛らしさが残っているが、目には聡明そうな光が閃いており、この異常事態にあっても最低限の落ち着きを保っていることを物語っている。

 

「仮面ライダーは、この風都を守ってくれてるの。貴女を襲ってきたのは、人間がガイアメモリを使って変身したドーパントっていう怪物よ」

「人間?あの怪物も、元は人間だって言うの?」

 

 何とか状況を理解して自分を納得させようとしている女に、立場ではWの上司に当たる亜樹子が頷いて見せた。

 

「そう。あ、でも、ドーパントを退治するのは、仮面ライダーだけじゃないのよ?ちなみにぃ、私の彼……ううん、もうすぐ夫になる……きゃ、夫って響きって恥ずかしい!って、照井竜って刑事がいる風都の警察でも、ドーパントを……」

 

 ドーパント犯罪は警察でも取り締まられていることを解説しようとした亜樹子は一人、数ヶ月後に控えている新婚生活の妄想を花開かせてはしゃいでいたが、そこではたと止まった。

 

 ドーパントの動きを目で追っていた女は既に落ち着きを取り戻しているようだったが、亜樹子の説明は殆ど聞いていないらしかった。それどころか、おもむろに足下の一抱えはある石を片手で掴み上げ、戦い続けているWとドーパントを睨みつけている。

 

「ちょ、ちょっとお姉さん?」

 

 彼女が石を振りかぶったところでようやく慌て始めた亜樹子だが、もう遅かった。女が投げつけた石はかなり重そうであるにもかかわらず鋭く風を切って飛び、見事にドーパントの頭に命中して砕け、無数の欠片を空中に散らしたのだ。

 

『何をする!』

 

 Wが繰り出すメタルシャフトの突きをかわしたところの横合いから、思いもよらぬ攻撃を喰らわされたドーパントが、身体ごと女の方を振り返った。五キロ以上はあるだろう石を片手で軽々と叩きつけ、あまつさえ砕くなど、どうやら女はとんでもない馬鹿力の持ち主のようだ。

 

「それはこっちの台詞だよ。会社の車をスクラップにしてくれて、どうしてくれんのさ!」

 

 早くも投擲用に新しい石を拾い上げている彼女の口調は、怒りに満ちている。

 

「あ?」

 

 そして勇ましい行動に驚いて動きを止めているのは、格闘を中断されたWもまた同じであった。メタルシャフトの構えを解いたヒート・メタルフォームのWが、大きな赤い複眼の顔を離れた場所にいる亜樹子たちの方へと向ける。

 

「元が人間なら、別に怖いことなんてないからね。あんたを元の姿に戻して、意地でも弁償させてやるよ」

「き、気持ちはわかるけど、危ないから!」

 

 亜樹子が必死に宥めにかかっているのを、草むらの上で仁王立ちになっている女はやはり聞こうともしていない。相当頭にきているのだろうが、それにしても無謀な言い種であることは間違いなかった。

 

「何だ、あの女?さっきまで、あんなにビビってたくせに」

「自分の目で確かめた現実しか信じない人間というのがいる。そういう者は、一度状況を受け入れてしまえばあまり動揺することもない。彼女もその類のようだ」

 

 翔太郎が半ば呆れたように首を傾げると、その裏でフィリップが感心したように漏らす。

 その正面にいるWのことなどすっかり眼中から外したらしいドーパントは、不敵な態度の女に岩で包まれた指を突きつけた。

 

『ただの人間風情が、ドーパントの私に勝てるとでも思っているのか。いい度胸だ。ならば仮面ライダーより先にお前を先に料理して、メモリを返してもらおう』

「あ、おいこら!待て!」

 

 本来の相手であるWを放り出したドーパントが女の方へ突進したところで、翔太郎は遅蒔きながらに反応した。

 

「だから、メモリってのは知らないってば!でも、喧嘩は上等!」 

 

 カットソーの上にグレーのジャケットを羽織り、細い脚をインディゴのデニムで包んだアクティブなスタイルの女は、正面から受けて立つつもりらしい。未だに説得を試みていた亜樹子がたまらず脇へと逃れるが、女は殴りかかってきたドーパントの拳を半身になって避けて背後へ抜けると、無防備な敵の背中に回し蹴りを見舞った。

 

 がん、と金属の塊に何かがぶつかった際に上がる鈍い音が大きく響き渡り、ドーパントが蹴りの衝撃に負けて前につんのめる。衝突音の激しさからして、全力を込めて蹴ったらしいことがWの二人にもわかった。

 

「……く!」

 

 しかし女が高く振り上げた脚を素早く引き、顔をしかめた。

 

「おい、無茶するな!」

 

 格闘を始めた二人に近づきながら、Wの中の翔太郎が警告する。

 あのドーパントの身体が鋼の如き頑丈さを持つことを、女は知らないはずだ。下手に攻撃を加えたりすれば、並の人間の手足など簡単にへし折れてしまうだろう。

 

 が、彼女の足に走った痛み攻撃を阻むほどのものではなかったらしい。細い身体が俊敏に動いて拳を突き出し、蹴りを喰らわせ、打撃の雨を淀むことなくドーパントの全身に降らせている。

 

「おいおい、マジかよ。あれが普通の人間の動きなのか?」

 

 そしてその動きは、翔太郎が呆然と呟くほどに凄まじい勢いがあった。彼とWの身体を共有するフィリップも同じ印象のようで、やはり驚きを隠せない口調となっている。

 

「いや。あれは明らかに戦い方を知っている、訓練された者の動きだ。それに……信じられない。彼女のパワーは、サイクロン・ジョーカーに匹敵するかも知れない」

 

 正確な分析力を誇るフィリップまでもがそう考える攻撃をドーパントが浴びせられて、流石に全く効かないということはないらしい。岩の身体を持つドーパントは一度大きく後退すると、体勢を立て直す構えを見せた。

 

『ふん。な、なかなかやるようだな。しかしそんな攻撃では、いつまで経っても私のことを……』

「あっそう。じゃあこれ」

 

 焦りが隠し切れていないドーパントの台詞を途中で切り捨てると、女はジャケットの内側に素早く右手を滑り込ませ、再び伸ばした。

 その場にいた一同がそう思ったところで乾いた炸裂音が空を叩き、耳障りな金属音がドーパントから上がった。

 

『ぎゃあっ!』

 

 濁った悲鳴がドーパントから上がり、暗い色の巨体がよろめく。

 彼女の小さな手には、黒光りする小型の拳銃が握られている。腋の下に下げていたらしいホルスターから銃を抜き放ち、撃つまでの動きに全く淀みがない流麗さで、あまりにも自然に見えていたのだ。

 

「え……」

 

 この平和な日本でさも当然のように銃を取り出して発砲した女に、亜樹子とWも息を飲んだ。

 

『く、くそ!銃を使うとは卑怯な手を!』

 

 上半身に弾丸を命中させられたらしく、ドーパントの声は明らかに裏返っていた。弾は肌の表面に当たって跳ね返っただけのようだが、流石に素手と弾丸とではダメージが段違いなのだろう。

 

「ばっかじゃない?審判のいない戦いに、卑怯もクソもあるか!」

 

 異形の者らしからぬ罵り文句を浴びせられると、女の全く悪びれない態度が却って際立つことになる。いくらドーパント相手とは言え、拳銃の扱いに相当慣れている者でなければ、こうも躊躇せず咄嗟に撃つことなどできない筈だ。

 それに第一、警官にも見えない若い女が銃を携帯しているなど、どういうことなのか。翔太郎は、メタルシャフトの先を地面に突き立てたまま再び首を捻った。

 

「あの女、一体何者なんだ?だんだんわからなくなってきた……」

「それより、今はドーパントを何とかしなければ。翔太郎、ぼやぼやするな」

「おっと、そうだったな」

 

 フィリップに促されて我に返り、翔太郎はメタルシャフトを持ち上げて構え直した。彼女が何者なのかを問いただすのは、あのドーパントを退散させてからの話だ。

 翔太郎は気勢を上げ、銃を構え続けている女の後ろからドーパントに躍りかかった。両手で剛を誇る棍を捌き、攻撃範囲内に堅固な鎧で守られた敵を捉えようとする。

 

『ちぃっ!』

 

 その時、ドーパントの中から舌打ちらしき音が漏れると共に、巌の身体が弾みをつけて後方へと跳びすさった。女とWから軽く数メートルの距離が、一瞬にして開く。

 

「あっ、おい待てこら!」

 

 敵は体勢を立て直しただけかと思いきや、二対一では分が悪いと踏んだのであろう。ドーパントは腕と同じく短く見える脚をたわめると、思い切り川面へと跳んだ。

 あの硬くて重量感たっぷりの身体だ。泳いで逃げられたとしても、すぐに追いつける。

 

誰もが考えるのと同じように判断した翔太郎とフィリップは追いかけた足を一旦止めたが、その予測は即座に覆されることとなった。ドーパントの足先が深さがある筈の川面をやすやすと蹴り、今一度高く遠くへと跳躍したのだ。

 

「何っ!」

 

 まるでドーパントが足先をつけた川の一部分だけが瞬間的に凍ったように硬化した事実に、Wが驚愕の声を上げる。女や亜樹子も一様に目を丸くするのを尻目に、ドーパントは同じ要領で水面を足場としながら跳び続け、瞬く間に向こう岸へと逃げ去っていった。

 

「あのドーパント、物質の硬度を自在に操るのが特殊能力なのかも知れない」

「どうもそのようだな。まんまと逃げられちまった」

 

 フィリップが興味深そうに呟いたところで、翔太郎が吐き捨てる。

 敵を逃した悔しさからなのか、Wの黒い左手が腰のドライバーを勢いをつけて閉じた。次の瞬間、それまで体表を覆っていた鎧のように硬質で輝く肌が霧散し、つむじ風に舞う。その後に、翔太郎の立ち姿が出現した。

 改めて悲鳴に近い小さな声を上げたのは、Wの隣に立っていた女である。

 

「えっと……貴方がさっきの、仮面ライダー?なんだよね?」

 

 普通に生きていたのではまず遭遇しない状況が立て続けに発生したということを、彼女はやっと実感したに違いない。今まで知っていた世界とあまりに違う事実に直面した興奮が収まりつつある今、にわかに自分の身に起こったことが現実かどうか、自信が持てなくなっているのだ。

 

 それが証拠に、ドーパントに嵐の如き攻撃を叩きつけ、鉛弾まで撃ち込んだ勇敢さは女から影を潜めてしまっている。翔太郎におそるおそる声をかける様子も、まるで別人だ。

 

「え……えー、まあ、いやその。何だ」

 

 驚きと不審さをない交ぜにした目でまじまじと女に見られている翔太郎は、しどろもどろになりながら視線を逸らし、無意識のしぐさで乱れたベストの襟元を調え、トレードマークであるソフト帽の位置を直した。

 彼が改めて女を見るにつけ、彼女はかなり人を惹きつける容姿の持ち主であることを認めざるを得なかった。

 

 亜樹子より背丈があって細身の身体は、ラフなスタイルでも均衡が取れていることがわかり、健康的で溌剌とした女らしさを漂わせている。一方で声はやや低く落ち着いた印象があり、だからと言ってそれを鼻にかけそうな高慢な雰囲気はない。翔太郎をじっと見つめてくる大きな黒い瞳からは素直さが伝わってきて、大人の女性と可憐な少女とを内面に同居させている儚さと危うさが窺えるようだった。

 

 この女の子と言ってもいいくらいの愛らしい女性が、つい数分前にドーパントを相手に大立ち回りを演じたなど、風都の男たちはにわかに信じられないに違いない。

 魅力的な娘を前にし、翔太郎は身体と心に染みついた癖をつい覗かせることになってしまった。帽子の縁に片手を置き、横顔を見せて囁くようにお気に入りの台詞を口にする。

 

「このことは、お嬢さんの心の中だけにしまっておいてくれればいい。この風都を守るハードボイルド探偵の、本当の姿を……」

「何、ハーフボイルドがかっこつけてんねん!」

 

 スリッパが翔太郎の頭を叩く軽快な音と亜樹子の関西弁とが、一瞬で彼の自己満足空間を破壊した。

 翔太郎がいつものように格好をつければいつものように亜樹子が突っ込みを入れ、雰囲気をぶち壊しにする。それが半熟探偵の悲しい性であった。

 

「そんなことより、大丈夫でした?あっ、血が出てるじゃない!」

 

 それでも騒動に巻き込んでしまった他者にまできちんと気を配るのが、亜樹子のプロ意識が高いところである。女子中学生にしか見えない探偵事務所所長は、翔太郎が抗議の口を開く前に女の右腕にできた擦り傷を見つけていたのだ。

 

「あ、ああ。これくらいなら大丈夫。放っておけば、じきに血も止まるだろうから」

 

 さして気にした様子も見せない女は、強引に腕を取ってきた亜樹子の手をそっと離そうとする。

 

「いやいや!女の子なんだから、お肌に傷が残ったりしたら大変よ。うちの事務所はすぐそこだから、手当てした方がいいって!それに、さっきのドーパントがまた襲ってくるかも知れないし」

 

 激しく首を振った亜樹子は大げさに言って見せ、女の腕をそのまま強引に引こうとしていた。

 

「けど、会社の車が……」

「あー、大丈夫大丈夫!私の彼に連絡して来てもらうから。ねっ!」

 

 明子は困惑する女を明るく励ますついでに、婚約者の照井のことまで引き合いに出している。大阪のお節介なおばちゃんよろしく、依頼人となりそうな女をあくまで離すつもりがないらしい。

 いつもながらに亜樹子の押しの強さには関心と呆れとが半々の印象をいだく翔太郎だったが、女がドーパントに狙われる訳ありの身であることには間違いない。

 

 が、その本人にはどうやら全く心当たりがなさそうなのも引っかかる。

 先のドーパントは、確かにガイアメモリを渡せと言っていた。この女がドーパントの求めるガイアメモリを持っているのでなければ、あるいはそう信じ込ませる事実がないのであれば、少なくともわざわざ人目がある真昼間に襲おうとはしない筈だ。

 ここは亜樹子に調子を合わせて、詳しい話を聞き出しておくのが正解だろう。

 

「まあとにかく、少し休んだ方がいい。俺のコーヒーが口に合えば……」

「だから、かっこつけんなって言ってんねん!」

 

 どさくさに紛れて女の腕を一緒に取ろうとした翔太郎の頭に、亜樹子のスリッパが飛ぶ。

 

「……彼女は、普通の人間じゃないのか?」

 

 三人の若い男女が賑やかに歩いていく背中をじっと見つめ、フィリップは一人呟いていた。

 女が持っていた銃はグロック一七でアメリカのような銃社会ではごく一般的な種類だが、この国では所持するのに特別な許可が必要だ。

 

 加えて訓練された身のこなしと、あの細い身体をしているのが信じ難いほどの筋力。

 どう考えても常軌を逸している女の存在に天才少年はいたく興味を覚えると同時に、胸にさざ波が立つような不安を感じていた。

 

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