仮面ライダーW 追われるS   作:日吉舞

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絆というカタチ -12-

「何だと!」

 

 一瞬ラースが呆然とした後に怒声を発する。

 その声は、既にラースの潜伏場所であった巨大実験室を離脱し、暗い廊下を疾走していた未来の耳にも微かに届いていた。

 

 実は彼女は、手榴弾と見せかけて閃光炸裂弾(フラッシュ・バン)を使っていたのだ。これは鼓膜を破るほどに凄まじい爆発音と、暫くの間視力を奪う強烈な光を放つ爆弾である。ただしその効果に反して殺傷力は皆無であり、至近距離で爆発させたとしても命を危険に晒すことはまずない。こちらも、前線で戦う兵士としては一般的な武装であった。

 まず傷ついた仲間と健太の安全を確保せねばならないこの状況では、これを使うのが最適な手段だったと言っても良かったに違いないだろう。

 

「あいつの視力、もう回復したみたい。このまま行ければいいんだけど」

 

 短い間後方へ注意を向けた未来であったが、すぐに隣を走るジョーカーに意識を戻す。ジョーカーは、まだ未来の腕でぐったりとしている健太を気遣っていた。

 

「健太は大丈夫か?」

 

「多分薬で眠らされてるだけだと思う。あんたは自分の心配もしなよ」

 呼吸に喘ぐような調子が混ざっているジョーカーに頷いてから、未来がすかさず突っ込んでくる。重装甲を身につけた彼女より更に一回り大柄なジョーカーの身体からは、まだ焦げ臭さが漂ってきている気がした。

 が、弱音を吐くなどハードボイルドな男には言語道断だと信じて疑っていないらしいジョーカーは、鼻で笑って見せた。

 

「これくらい、何てことはない。服が焦げたのと同じ程度だ」

 

 本人が言っているのだからそうなのだと思いたいが、生憎未来にはジョーカーの苦しげな息遣いと心臓の乱れた鼓動が筒抜けだ。それでも敢えて追求はせず、呆れ口調で呟いておく。

 

「それにしたって無茶するよ、あんたは」

「だが、お前や健太を守ることはできたんだ。このまま逃げ切れれば反撃の体勢だって整えられるし、もう健太を巻き込まなくても済む。お前が俺の考えてた通りの奴で助かったぜ。感謝する」

「……もう。感謝してくれるのは、無事にこのごたごたが片付いてからでいいから。それにもともと依頼したのは私なんだし、お礼を言われるようなことをしたつもりはないよ」

 

 このタイミングで感謝の意というジョーカーからの不意打ちを喰らわされた未来は、後方の気配を探るふりをしてぷいと顔を背けた。暗視スコープを通した視界のどこにも追っ手の影はなく、もう間もなく地上階に通じる階段へ出るところまで戻れていることが確認できる。

 身体に埋め込まれた高精度感覚器とパワードスーツのセンサーを巧みに連携させ、周囲の警戒を怠らない未来へとジョーカーは言葉をかけ続けてくる。

 

「それにお前は、迷わずあそこから逃げると判断してくれて、一番いい道を選んでくれたんだ。流石だな」

「そりゃ、何より仲間の命が大事なんだから……ね」

 

 返す言葉で一瞬、未来は言葉を詰まらせる。

 ごく自然にジョーカーのことを「仲間」だと表している自分に、そこでようやく気がついたのだ。恐らくそう言ったのはこれが初めてではないだろうし、考えてみれば互いに名前を呼び捨てにしているのもいつからだったのかが、既に思い出せない。

 そのことに気づくと、ぼろぼろになりながらも自分のことを必死で守ってくれたジョーカーに対し、申し訳ない気持ちが急に強くなるようだった。

 

「でも……あんたを盾にするような真似、悪かったね」

「ああする以外、方法はなかった。気にすんな」

 

 見えない翔太郎の顔がにやりと笑っているのが伝わってくる、ジョーカーの口ぶりであった。

 つられて、未来もヘルメットの中で微笑みを浮かべる。さらりとこちらの気持ちを受け入れてくれたジョーカーの気遣いがまた、嬉しかったのだ。

 

「……ありがと。無事に帰ったら、またあの店で一杯奢るよ」

「ああ。今度こそバーボンを頼む」

 

 

 

 

 ジョーカーと健太を連れた未来は、煤けた瓦礫の散った漆黒の廊下を走り抜け、階段を駆け上がり、めちゃくちゃに破壊されたガラスの自動ドアをくぐって、旧AWP棟の狭い庭まで達していた。

 ようやく、悪魔の実験場から無事に脱出できたのだ。

 

「待って、止まって!」

 

 そうジョーカーが思った矢先に未来が鋭い警告を発してブレーキをかけ、まだ勢いづいていたジョーカーを片手で制した。

 三人の正面にある有刺鉄線で塞がれた門の隙間から、不気味な青白い無数の光が浮かび上がっている。それはざわざわと嫌な音を立てながら、こちらに這い進んでくるようだった。その嫌悪感を煽ってくる蟲を思わせる動きは、ジョーカーにもはっきりと覚えがある。旧AWP棟内部にも数多く巣食っていた、蠍型メモリガジェットだ。

 

「あれは、爆弾の……!」

「残りを地上に集められたのかもね。強行突破するしかないみたい」

 

 ジョーカーが光の正体を察して呻いたとき、未来は一瞬躊躇う素振りを見せた後に大腿部のホルスターからデザートイーグルを抜き放った。

 彼女がバックパックに側面に取り付けられた大型アサルトライフルを手にしなかったのは、健太を抱いているからであろう。さしものサイボーグも、射撃時に強烈な反動を返してくるアサルトライフルを片手では操れないのだ。

 故に、最も有効と思われる攻撃手段が事実上封じられたことになる。身体ごと突っ込んできて自爆するガジェットを破壊するには飛び道具が最適だが、デザートイーグルでは距離も弾数も心許なく、ジョーカーに至っては直接攻撃による格闘しか戦う方法がなかった。

 

 それでも無事に逃げおおせるには、行く手を塞ぐ爆弾ガジェットを全て排除する他はない。

 傷ついたジョーカーに健太を託し、堅固な装甲に守られている自分がガジェットを破壊しながら盾となって先を行くのが最良であろう。

 そう判断した未来が健太を預けようと、背後を振り向いた時である。

 最も見たくなく、聞きたくなかったものが、彼女の感覚に侵入してきた。

 

「逃げられるとでも思っていたか……言った筈だ、貴様等に報いをくれてやると」

 

 旧AWP棟の闇に包まれた建物内からぼんやりと青い光が滲み、暗い怒りを感じさせる低い声が重苦しい足音とともに響いてくる。立ち止まった二人の戦士に迫ってくるのは、息子を奪われた怒りに全身を震わせている「憤怒」のドーパント、ラースであった。

 

 ジョーカーと未来は再び敵に挟み撃ちにされることとなったが、ガジェットたちが積極的に攻撃を仕掛けてこなかった実験室内とは違い、蠍ガジェットたちはこちらを爆撃する気満々だ。加えてラースは先にジョーカーに大きなダメージを与えた時と同じく、怒りにより基礎能力が底上げされた状態である。

 相手の隙を突いて脱出を図るなど甘え考えに他ならないことを、現実は二人に嫌でも実感させた。

 

「くそっ、こうなったらやるしかねえな」

 

 早くも状況を受け入れたジョーカーが、ラースに向かって構えを取る。

 彼の判断の早さに健太を託すことを諦めた未来は、有刺鉄線の先に群がるガジェットたちを睨んだ。

 

「健太くんだけでも、何とか逃がさなきゃ。先に爆弾を全部片付けないと」

「行けそうか?」

「逃げ回りながら撃てばね。けどあんた、また一人でラースと戦うつもり?」

 

 ジョーカーの答えなど訊く前からわかりきっていたが、それでも未来はヘルメットの下の眉を顰めずにいられない。

 そしてジョーカーも彼女が自分の身を案じてくれていることを感じてはいたが、ここで弱音を吐いたところで状況が好転する筈もないことはわかっていた。それならば、少しでも不安を感じさせないようにするのが大人の男というものだろう。

 少なくとも鳴海荘吉であれば、側にいる女のことを最大限に気遣う筈であった。

 

「俺が健太を抱えて戦ったり、武器もなしで爆弾の中に突っ込んだりはできねえよ。適材適所って奴だ。それにお前が健太と一緒にいれば、奴も迂闊に攻撃出来ねえだろう」

 

 しかしジョーカー、つまり翔太郎は、女である未来だけをすぐに逃がそうとはしなかった。

 未来を性別を抜いた仲間として、戦力として認めて信頼し、尊重することこそが彼女のプライドを守ることになり、双方のためになると判断していたからだ。そしてその優しさこそ彼がハーフボイルドたる所以であり、最大の長所でもある。

 

「……わかった。あんまり無茶はするなよ」

 

 ジョーカーは状況を打開するために、捨て身の覚悟でいる。

 他に味方のいないこの地では彼が提案した方法以外に取るべき道はないと、未来も気づいていた。自分にできるのは早急にガジェットたちを一体残らず破壊し、一刻も早くジョーカーの援護に回ることなのだ。

 皆で無事に帰るためには、この敵の包囲網を何としてでも切り抜けなければならず、そのためにはガジェットの群れとラースを同時に倒さねばならない。

 それは二人の連携があって初めて可能になることであり、お互いを信じて戦い抜くしかなかった。

 

 ジョーカーと未来が今一度、背中合わせになって構える。

 増援が期待できず、救出した幼子を抱えながら戦わねばならいという絶望感すら感じてもいい状況であるのに、彼らは何故か背にした相手が微笑みを浮かべているのがわかった。いちいち言葉にしなくても伝わってくる互いの意思を、肌で感じ取ることができたからだった。

 

「もう一度、行くぜ!」

 

 そしてジョーカーの叫びとともに、二人は大地を蹴って反対の方向へと駆け出した。

 未来が一秒にも満たない後にデザートイーグルのくぐもった発砲音を響かせ、ラースがジョーカー目掛けて炎弾を翼から撃ち出す。ジョーカーはラースの周囲で弧を描きつつ弾を避けると、巧みにその背後へ回った。敵が火炎を叩きつける予備動作に入った時を狙い、青い光を発していない背中を狙って蹴りを放つ。

 

 が、ジョーカーの攻撃方法は想定内だったのだろう。ラースは素早い足捌きを見せて振り返り、黒き回し蹴りは脇腹を僅かに掠めるに留まった。

 ダメージを与え損ねたことを悟ったジョーカーはすぐさま身を引き、再び敵の死角に入り込もうと視線をかわしていく。がむしゃらに力押しの攻撃を繰り返してきた先とは違い、決して正面に立とうとしないジョーカーに苛立ちを覚えたラースが罵り文句を口にした。

 

「姑息な真似をする下等生物が。真っ向から勝負する勇気も無くしたか?」

「子どもを盾に取るような奴に、姑息だと言われる筋合いはねえな!」

 

 ジョーカーは見えすいた挑発に乗せられる素振りは見せず、敵が見せる隙を確実に突くつもりで回避行動を続けていく。

 ラースとの戦いにくさを先刻の戦闘で思い知らされていたジョーカーに、まともにぶつかっていく気などなかった。しかし、だからと言って長期戦で不利になるのは近距離攻撃しかできないこちらになるため、決着は短時間でつける必要があった。

 とにかく、ラースが空中に逃げると状況は途端に悪化する。

 

 確実にメモリブレイクを叩き込むには、ある程度のダメージを与えて動きを鈍らせるのが一番だったが、問題はそこまで攻撃を当て続けることができるかどうかだ。今のラースは基礎能力が怒りによって底上げされており、スピードと反射神経も強化されている。その上身体を護っている熱も増しているため、素早く軽い攻撃を何度も当てて弱らせるという方法も取れないのだ。

 

 そしてその役目は飛び道具を持っている未来こそが適任であったが、彼女は未だ襲い来る自爆型ガジェットを倒すのに手一杯の状態だった。

 ジョーカーたちの背後では、未来のデザートイーグルが火を吹く度に人工の蠍が撃ち抜かれ、何体も同時に吹っ飛ぶことを繰り返している。浅い春の深夜に地を揺るがす轟音が幾度も鳴り響き、闇に土を巻き上げ、砕かれた石の欠片を叩きつけていた。

 未来は一緒にいる健太が巻き添えを喰わないよう、射程範囲内ぎりぎりから正確な射撃を行っていたが、磨り減った神経が余計な言葉を口から突いて出させてくる。

 

「まっずいなあ、人が集まってきちゃったか」

 

 何回目かの爆風を高い跳躍でかわし、旧AWP棟を囲う壁の向こう側に躍り出た未来の耳には、夜風に紛れた人の叫び声が届いていた。旧AWP棟周辺の異常事態に、ようやく警備員や夜勤の一般職員が気づいて騒ぎ出しているのだ。もっとも、いくら広大とは言え敷地内でこれだけの爆発と震動が上がっているのだ。気づかれないわけがない。

 声はあちこちから聞こえており、複数の足音や車両のエンジン音までもが近寄ってきているのがわかる。軍事施設でもあるこのC-SOL内で起こった事件が外部に漏れる心配はないだろうが、内部で箝口令が敷かれる程度の騒ぎに発展することは想像に難くなかった。

 

 ドーパントや仮面ライダーのことなど知らない研究員や警備員に、この状態を一体どう説明すればいいのだろう?

 未来が緊迫している筈の戦闘中にふと場違いなことを考えた矢先のことである。どこからか聞き覚えのあるだみ声が上がり、彼女の聴覚を刺激してきた。

 

「こらー!未来、お前一体何をやってる!」

「げ!い、生沢先生!」

 

 柄にもなくびくりとした未来が、悪戯を見つかった時の子どものように慌てて声の方を振り返る。

 すると、ガジェットの爆発により数十メートルに渡って穴だらけにされた地面の向こうに、軽トラックで乗り付けてきたと見える男性が立っているのがわかった。

 

 大柄でよれた白衣の下は私服、というスタイルが遠目からでも一目でわかる髭面の中年男性は、未来の担当医である生沢医師だった。このような騒ぎを起こすのはC-SOL内で未来ぐらいしかいないと踏んでいたのだろう。敷地の隅にあるAWP棟から慌てて駆けつけてきたようだ。

 

 しかし、汚れたパワードスーツを纏う様に憤慨して怒鳴る生沢医師の人となりを思い出した未来は、ガジェットを一掃した方に立つ彼の側へと素早く跳んだ。

 地面に開いた無数の穴を数度の跳躍で飛び越えた未来が、驚いている生沢医師へ駆け寄りながら健太の具合を確認する。幸い、健太は呼吸も安定し眠っているように見えた。

 

「来てくれて助かったよ、先生。この子を連れて下がってて」

 

 と、未来は声に安堵の色さえ滲ませて生沢の腕に健太を託そうとする。

 生沢は、当然のことながら状況が全く飲み込めない。

 

「あ?お、おい、何だこの子は?」

 

「多分眠らされてるだけだから、安全な場所に避難してて。車なら早いでしょ!」

 てっきり未来がカミナリから逃げるとばかり思っていた生沢は狼狽を隠せずにいたが、それでも両腕に預けられた幼児の容態を素早く確認したのは、医師たる者の条件反射のようなものなのだろう。外傷の有無と顔色、呼吸に異常がないことを見て取ってから、改めて未来に対し口を開きかける。

 

「だから説明を……おわぁ!」

 

 だが、生沢の声は未来が撃ったデザートイーグルの発砲音に続いたガジェットの爆発でかき消され、言葉は自身で上げた叫びに変わることとなった。未来が健太を抱きしめる生沢の前に立ち、爆風から二人を庇う。

 

「早く!建物の中に逃げてってば!」

「……くそっ、後で必ず説明しろよ!」

 

 数は大幅に減らしながらも、まだ這ってくる爆弾ガジェットに銃口を向けながら、未来はしつこく避難を促した。

 悠長なことを言っている場合ではないと悟った生沢は不本意ながらも頷き、健太の小さな身体を白衣にくるんで軽トラックへ走ろうとする。

 

「おのれ、そうはさせんぞ!」

 

 そのとき、ジョーカーと拳を交えていたラースが喚いた。肉弾戦を演じている最中、戦場から健太を逃がそうとする未来の動向に勘づいたのだ。

 拳から煙を上げながらも殴りかかってくるジョーカーを無視して宙に駆け上がったラースは、高速移動を使って一瞬で未来を追い越していた。邪魔物のいない空中で翼を振り上げ、炎の弾を撃ち出す予備動作に入ろうとする。

 

「ちっ!」

 

 舌打ちを漏らした未来が反射的にデザートイーグルをホルスターへ突っ込むと、代わりにバックパックの側面に固定されていたアサルトライフルを掴み上げ、安全装置を弾く。

 しかしラースは、臨戦態勢に入った彼女に炎球を叩きつけたのではなかった。

 人間をあっという間に消し炭に変える青き炎の弾は、健太を抱えて走る生沢を狙ったのだ。

 

「何っ!」

 

 それに気づいたジョーカーが一瞬の硬直の後に全力で駆け出して弾道へ割り込もうとするが、到底間に合いそうにない。

 アサルトライフルの照準を空中のラースに合わせていた未来は、驚きながらも咄嗟に目標を炎球へ切り換えた。逃げる二人に炎の欠片が当たらない角度を瞬時に割り出し、トリガーを絞る。

 太鼓を突き破るような発砲音が闇を打ち、一二・七ミリアサルトライフルの巨大な弾丸が炎の弾を砕き散らした。深夜の闇に無数の火の粉が舞う中で、ラースは息をつく間もなく連続で火球を投げつける。

 

「この……!」

 

 未来が罵声を噛み殺して駆け出し、今度は腰撃ちの構えを取る。彼女は必死で車へと走る生沢へと立て続けに迫る高熱の球を遮る位置に割り込んで、十数発に至る全てを見事に撃ち抜いていた。

 ラースが何故、あれほど固執していた健太に攻撃を仕掛けたのか?

 突然の行動の変化はジョーカーにも、未来にも理解できなかった。特に未来は、ラースは健太に危害を加えないはずと考えた上で、生沢に幼い命を託したのだ。無関係の生沢をも巻き込む結果となってしまっただけに、彼女の怒りは大きい。

 

「何考えてんだよ、この糞親父!てめえの子どもを殺すつもりか!」

 

 激昂した未来が銃口を下ろしてヘルメットの下で怒鳴ると、一時的に弾が尽きたらしいラースが空中から地上へと降下してくる。穴だらけの地面へと静かに降り立ち、未だ青く輝く脚で地をしっかり踏みしめて、ラースは確固たる口調で言い放った。

 

「健太は私の息子だ。誰かに渡すくらいなら、私がこの手で殺す」

 

 そしてその視線は執拗に、健太を乗せて走り去ろうとする軽トラックを追跡している。それ以外のものは単なる障害物としてしか認識していない異様さが、はっきりとした物言いで却って明確に表されていた。

 ラースの正面で対峙することとなった未来は、すぐには反応できなかった。が、「自分の子どもが思い通りにならなければ殺す」という発言は静かな、しかし激しい憎悪の火で彼女の心を焙り始めていた。

 

 人は、この世に生まれ落ちた時から個人だ。

 その命が、たとえ親であっても他者の自由にされていいわけがない。

 子どもは、誰かのものであるはずがない!

 

 今まで仲間たちに対しても必死で訴えてきた未来の想いは激烈な怒りとなり、健太の生命を我が物として扱おうとするラースに対して臨界点を超えようとしていた。

 言葉の頭は呟くように、半ばからは怒号に変わった女戦士の声が春の闇に響き渡る。

 

「こいつ……もう許せない。私がぶっ殺してやる!」

 

 未来は下ろしていた一二・七ミリアサルトライフルを振りかぶるように構えると、銃口を真正面のラースに向けてトリガーに指をかけた。兵士としての訓練の賜物たるその動きはあまりに淀みなく、他者が止める一切の隙がない。 

 彼女の姿は、皮肉にも健太のことしか見えていないラースと同じであった。

 心の底から湧き上がる激情の渦に、女戦士は完全に巻かれていたのだ。

 

「待て未来、やめろ!」

 

 だが、アサルトライフルの弾道へと唐突に飛び込んでくる黒い影があった。未来の叫びを上回る声を上げ、彼女を想う必死さを滲ませる黒き異形、ジョーカーである。

 闇に紛れる身体で疾走し、両手を広げて立ちはだかった味方の姿に、我を失いかけていた未来は瞬間的に身体を硬直させた。

 

「愚か者め、先に貴様が焼け死ぬがいい!」

 

 その時である。

 二人の鼓膜に哄笑が届くと同時に、白い閃光と身を焦がすほどの熱波が襲い掛かってきた。

 ラースが無防備にも背中を晒したジョーカー目掛けて、火球を放ったのだ。高速で飛来する熱の弾丸が周囲の酸素を取り込み、不気味な摩擦音を立てながらジョーカーの背中に激突する。

 

「うわああっ!」

「翔太郎!」

 

 背中に一抱えはある炎の弾を直撃させられた翔太郎の絶叫と、未来の悲鳴に近い声が重なる。

 ヘルメットに守られたサイボーグ戦士が飛び散る火の粉の中に見たのは、光に包まれたジョーカーの身体が翔太郎の姿に変わり、燻った芝生へと四肢を投げ出される姿だった。

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