大型の移動基地を背にした位置では、アクセルが既にエンジンブレードを構えて宙を睨んでいる。その隣へと進み出てきたWに、アクセルはちらりと視線を向けてきた。
「準備はいいか、来るぞ」
「ああ」
Wも両の踵を軽く浮かせて臨戦態勢を取ったところへ、上空から青い光に包まれたラース・ドーパントが舞い降りてきた。リボルギャリーに撥ね飛ばされたにも拘わらず大して堪えているように見えないのは、やはり怒りの力が防御力を含む基礎能力を底上げしているからだろう。
加えて仮面ライダージョーカーの代わりにファング・ジョーカーが現れ、アクセルまでもが加勢したことに、動揺している様子は微塵もなかった。それどころか、アクセルを指してはっきりとした嘲りさえ見せつけてくる。
「死に損ないに、薄汚い警察の犬めが。どこまで私の邪魔をすれば気が済むのだ?」
恐らく、アクセルたる照井の過去に何があったのかも山波は調べ上げていたのだろう。四つの目をアクセルへと向けたまま、ラースは煽り文句を続けて口にした。
「仮面ライダーアクセル。貴様は親子の絆を引き裂く愚か者ではないと思っていたが、私の見込み違いだったか」
「……貴様は、決して越えてはならない一線を越えた。家族としてのあるべき姿を見失ってしまった者に、かけねばならない情けはない」
一度心を決めたアクセルにその程度で動じる気配はないが、押し殺した声は彼がそれまでに抱えていた苦悩を感じさせる。最初から家族であっても異なる個人なのだと割り切っていた未来に比べ、照井は血の絆を何よりも重んじていた男だ。今までの人生を覆すような出来事を受け入れられるようになるまでの精神的な辛さは、察するに余りある。
そこで口をつぐみ、これまでの自分を振り切らんとしているアクセルの横に立つWが、頷きながらラースに対して言い放つ。
「俺たちは仮面ライダーだ。人の力で裁くことができないドーパントの罪は、俺たちが裁く」
そしてWは、右手をおもむろにラースへ突きつけた。
「さあ--お前の罪を数えろ!」
「数えるような罪などない!」
あくまで自分の行動を正しきものだと信じて疑わないラースは、当然自らの罪も認めようとはしない。片手を横に鋭く払うと、横一列となった数発の炎の弾が生み出され、仮面ライダーたちへと迫った。大人の拳よりも大きさがあるそれをアクセルがエンジンブレードを振るって叩き落とし、Wは身体を捌いてかわす。
アクセルは、そのままラースが再度炎弾を撃ち出す間を狙って駆け出した。手にしたエンジンブレードは長さのある剣である故、身体が灼熱の炎と化しているラースに触れずに攻撃を加えるのに適していると踏んでいるからだろう。
「奴の身体が青く光ってるのは、怒りでパワーが上がっている時だ。あんな火の塊みたいな奴に、直接触れるのはやべえぞ」
同じようにファング・ジョーカーの身体で駆け出そうとしていたフィリップに、翔太郎が警告する。ジョーカーで戦った際は、ラースの高熱に散々苦戦させられたのだ。
早くもラースに斬撃を浴びせかかっているアクセルを見たWが足を止めて頷く。
「炎は青いものの方が温度も高くなる。成程、ラースの能力と色も憤怒の度合いで変化するというわけか……それなら」
フィリップが呟き、腰のドライバーから突き出たファングメモリの角を素早く押し込んだ。
『SHOULDER FANG(ショルダーファング)!』
その動作に応えたファングメモリがガイアウィスパーを発し、ファング・ジョーカーの白き肩の突起が伸びて鎌を思わせる刃の形に変化する。
ファングメモリは他のメモリと異なり、変身後に現れる角の部分に触れることによって武装を変化させることができる。もともとフィリップ個人を守るために作られたメモリということもあり、これ一つで多彩な攻撃が可能となることが最大の特徴であった。
「これなら、奴に触れずに済む。行くぜ!」
ショルダーセイバーの刃を確認した翔太郎が右半身のフィリップと呼吸を合わせ、改めてラースの方へと駆け出していく。
アクセルはこれまでの鬱屈した気持ちを刃に乗せ、エンジンブレードを振り翳していた。剣自体の重さもあり、ひとたび喰らえば拳や蹴りとは比較にならないダメージは免れない攻撃がきらめく太刀筋となって深夜の闇に描かれていく。
だが、基礎能力が上がっている今のラースにはスピードという点で及んでいなかった。もともと動きの早い敵だというのは前回の戦いからわかっていることであったが、それでもアクセルが繰り出す斬撃が一度も当たらないという事態は予想していなかった。
「くそっ、やはり速い!」
一旦間合いを離したアクセルがエンジンブレードを構え直しながら呟くと、それを聞き咎めたラースが鼻でせせら笑った。
「その程度で私に盾つこうとは、片腹痛いわ!」
全く揺るがない自信を孕んだ一言とともに、青い炎を纏った拳がアクセルに殺到する。常人では何発の攻撃が飛んだかさえ数えられない速力を持った打撃を、アクセルは八割かわし、二割を腕で受け流した。
赤き鎧に守られたアクセルは炎の属性を持つと同時に、装甲はサイクロン・ジョーカー以上の厚さがある。故にラースの高熱を伴っているが重みに欠ける殴打は、さほど苦痛に感じない。加えてアクセルには、距離を稼げるエンジンブレードという得物がある。
先に戦っていたジョーカーよりも有利に展開できる条件は整っているものの、こちらの攻撃が当たらないのでは話にならない。どうにかして、手数で勝つ必要がある。
そうアクセルが分析していたところへ、後ろから白き光が不規則な弧を描きつつ飛来した。
ファング・ジョーカーが放ったショルダーセイバーだ。
主の腕から解き放たれた三日月型の鋭い刃は、微弱な光をも集めて闇夜に煌めき、まさに牙となって己の狙う敵へ正確に襲いかかっていく。研ぎ澄まされた細身の剣が回転し、獲物を仕留めるために幾度も軌道を変えては宙を滑ってくるのだ。
これを好機としたアクセルは、視界の隅に映るショルダーセイバーの反射光と反対の位置からエンジンブレードの攻撃を繰り出した。二つの武器に挟み撃ちにされる格好となったラースは、流石に双方の攻撃を防ぎ切ることは叶わない。動く方向を瞬時に判断できなかったがために、かわし損なったショルダーセイバーが炎を纏った肩に命中し、エンジンブレードが脇腹を捉えた。
「ぎゃっ!」
異なる方向からのダメージに、ラースは苦鳴を上げる。ために速さの防御がほどけ、今まで見せることのなかった隙がちらついた。
明らかに敵が怯んだ今を狙い、アクセルは更に一歩踏み込んでエンジンブレードを振るった。長大な剣で重く打ち込み、鋭く払い、渾身の力を込めた突きを入れることを繰り返す。今だ滞空を続けるショルダーセイバーの攻撃と絶妙にタイミングをずらしたアクセルの攻撃は、戦闘慣れしていないラースの精神力を徐々に削いでいくことになった。
「おのれ……いい気になるな!」
勢いづく二人の仮面ライダーを睨んで毒づいたラースが先の傷を庇い、大きく後ずさってから闇夜へと翔び上がる。数多の修羅場をくぐり抜けてきた男たちが連続で決めてくる攻撃に、ようやく不利を悟ったのだ。
「くそっ、空中に!」
単身では飛翔能力を持たないアクセルが、反射的に刃を引きラースの姿を視線で追った。その後ろで戻ってきたショルダーセイバーを受け止めたWも、彼に倣い暗い上空を見上げる。
「野郎!」
そしてすかさず走って距離を測り、もう一度右腕のショルダーセイバーを投げつけた。
が、つい先刻この武器でダメージを負わせることに成功したのは、アクセルとの連携があってこそだ。今はラースが地上よりも素早く動ける空中におり、他に攻撃してくる者もいない。当然と言うべきか、炎の翼で圧倒的な速力を持つラースはショルダーセイバーの描く軌道を全てすり抜け、逆に僅かしかないショルダーセイバーの峰を見切られて弾き返される始末であった。
「ちっ!」
乱暴に叩き落とされた刃を受け止めたWが、鋭い舌打ちを漏らす。
しかしラースは、先に二人から傷を負わされたことが余程癪に障ったと見えて、逃げる気配を全く見せていないことがまだ救いだ。ハードボイルダーを機体換装し、滑空できるようにすればまだ打つ手はある。
「リボルギャリーを借りるぞ!」
そう判断したWがリボルギャリーへ踵を返そうとした時、すぐ横を赤い金属の輝きが疾走していった。バイク形態となり、身体ひとつで地を駆ける風となったアクセルだ。
「何?おい、照井!」
Wの中の翔太郎が呼び止める間もなく、バイクフォームのアクセルはリボルギャリーの開いたハッチへと吸い込まれていく。
巨大な移動ガレージの中に全体をおさめたアクセルの後ろ半身に、本来はハードボイルダーに取りつけるタービュラーユニットがセットされ、大きな駆動音とともに装着された。
「空を飛べるのは、貴様だけではない!」
炎の翼を横に振って炎弾を撃つ予備動作に入ったラースを視界に捉え、アクセルは吠えた。
敵から青い炎球が数発撃ち出されると同時に、カタパルトに乗ったアクセルが漆黒の空を目掛けて駆け上がる。
「何だと!」
Wの装備品を使ったアクセルが空中戦を挑んでくるなど、考えていなかったのだろう。ラースはあからさまな狼狽を見せていた。
飛行可能となったバイクフォームのアクセルが持つ機動力は、通常形態のそれを遥かに凌ぐ。ラースが上空から放った炎球は全てかわされ、続けて撃ち込もうとする熱の巨大な弾も掠ることさえない。アクセルの速力が、最大の防御ともなり得る証拠だった。
今やラースの速度に勝るとも劣らない速さを自在に操る身となったアクセルが、片手にエンジンブレードを携えて猛攻を開始する。
赤き刃の疾風が青き憤怒のドーパントに向かってまっすぐ突っ込み、鋭くも重厚な一撃を叩き込むたび、低い悲鳴が夜気を震わせる。常人の瞳では光の筋としてしか認識できないアクセルの超高速は、角度を、方向を幾度も変え、ラースの反応速度を超えて、何度も攻撃を繰り返した。
「ぐわあっ!」
僅か数秒の間に数十回ものダメージを追わされたラースから、一際大きな苦痛の叫びが発せられる。そして遂に青く輝く巨躯が、それまでの色を失って穴だらけの地上へと落下していった。土にしたたか全身を打ちつけて苦悶する怒りのドーパントが、戦闘を有利に進めるだけの能力を保てなくなった証しであった。
「奴の身体が戻ったぞ!」
「よし、メモリブレイクだ」
ファングジョーカーの中で翔太郎が叫び、フィリップが頷く。
時間にすればほんの短時間の間だけアクセルの戦いを地上から見守っていたWが、すかさずファングメモリの角の部分に手をかけた。
「待て!」
しかしフィリップが角を弾こうとしたその時、空からアクセルの声が響いてきた。
「あ?」
不意に呼び止められたWが、ファングメモリに手をかけたまま空を仰ぐ。すると、空中でタービュラーユニットを分離させ、バイク形態を解いたアクセルが目の前に飛び降りてきた。
「メモリブレイクは俺が……いや、俺にやらせてくれ」
赤き鎧の仮面ライダーが静かに、だが確固たる口調で口にした言葉で、驚いたWの肩が僅かに揺らいだ。メモリブレイクの準備動作は中断したものの、すぐには何も言わないでいるWへ、アクセルは続ける。
「この世界には、自分が認めたくない真実が現実の数だけ存在する。それを受け入れるために……これは、俺なりのけじめだ」
アクセル、即ち照井竜の低い声を聞いたフィリップが動揺を示したことが、Wの半身を預かる翔太郎にも伝わってくる。
照井とフィリップは歪な過去に翻弄され、肉親を失った人間だ。故に、家族の問題に関しては過剰なほどに反応し、自分が信じている認識と異なるものは激しく拒絶する傾向があった。が、今回ラースたる山波博士やその息子である健太、弱き存在を守りたいと願う未来の存在に触れ、自らの信念と現実とを照らし合わせ、どちらを取るかという決断を迫られた。
照井もフィリップも、正気を保てなくなった親から子どもを守るという道を選ぶに至ったが、照井は自らの中でまだ迷いを振り切れていないところがあるのだろう。
フィリップにはいつも側にいて支えてくれる相棒がおり、彼の存在自体が救いとなっている面もあるが、照井にはまだそれがない。仮面ライダーアクセルとしてこれからも風都を守り続けるなら、今現在の状況は、自分の内側にある問題のうちで乗り越えねばならない壁の一つとも言えるだろう。
同じ肉体を有する翔太郎が静観の構えに入っていることを感じつつ、フィリップが頷いた。
「わかった。確実に決めてくれ」
「感謝する」
呟くような一言を残してからアクセルがWの隣をすり抜け、起き上がろうとしているラースへと向かった。その手に握られているガイアメモリのスイッチが叩かれ、ガイアウィスパーがひそやかに溢れ出す。
『TRIAL(トライアル)!』
手にしているトライアルメモリから新たなガイアエネルギーが解放されたのを感じながら、アクセルはエンジンブレードを投げ捨て、ドライバーのメモリを素早く入れ換えた。
規則正しいシグナル音が鳴り響き、アクセルの全身の色が輝く黄色に変化する。
しかし次の瞬間には四肢に纏われていた全ての装甲が弾け飛び、一回り細身のフォルムとなった姿は青色へと再び変わった。
装甲による防御力とパワーを代償として最速を誇るスピードを得た、トライアルフォームである。
フォームが変わる間も歩み続けていたアクセルが、地に叩きつけられた痛みからやっと起き上がってきたラースの前で足を止めた。
「貴様は親子の絆を踏みにじるという、許されない罪を犯した。相応しい報いを受けるがいい!」
ラースは完全に人間としての正常な判断力を失ったばかりか、あまつさえ子を自らの欲望のため犠牲にしようとした。根底にあったものがたとえ愛情であったとしても、そんなものが許されるわけはない。アクセルは今まで未来に対して抱いていた憎悪に近い感情を、道を踏み外したラースにそのまま叩きつけていた。
今でも、彼女のことを完全に認めたわけではない。
しかしこれも、今振り切らなくてはこの先ずっと受け入れられない過去となって、心の底に残ったままになるであろうことは目に見えている。
アクセルは勢いをつけてドライバーからトライアルメモリを抜き放ち、力を込めて握り直した。
『TRIAL MAXIMUM DRIVE(トライアル・マキシマム・ドライブ)!』
刹那、ドーパントの力全てを打ち砕くマキシマムドライブが発動する。
身体を打ちつけた苦痛から回復していなかったラースが目を見張ったのは、カウントを刻むトライアルメモリが宙を舞い、突進してきたアクセルに数発の蹴りを叩き込まれてからであった。
しかし相手の動きは見える上、その全てがあまりにも軽い打撃だった。
これならば勝てると閃いたラースは、まずは攻撃をかわすことに専念した。
だが、それは叶わなかった。
アクセルが繰り出す上段蹴りを体捌きで避けたところに五発の拳を食らい、体勢を立て直そうとしたところへ左右から蹴りが襲ってくる。辛うじてそれを防いでも、今度は背後に回り込まれて拳と蹴りの連続攻撃を浴びせられるのだ。
信じられなかった。
サイボーグの動体視力をも凌駕する速さを持つ自分が仮面ライダーの動きに全くついていけないなど、あり得ないと言って良かったのだ。
そう思考では否定したくても、瞬く間に身体へ重なっていくダメージはみるみるうちに四肢を重くさせ、痛みのために集中できなくなってくる現実は非情である。
負けるわけにはいかないのに。
生まれつきの病を背負う最愛の息子に、親らしいことが何一つしてやれていないというのに。
それなのに何故、ここで倒れなくてはならないのか!
ラースの、山波の喉から、言葉とならない絶叫が迸る。
遂に炎のドーパントは立つことすらままなくなり、両の膝を折って大地へと崩れた。
「9.96秒。それが、お前の絶望までのタイムだ!」
膝をついた体勢となったラースの背後へと走り抜け、投げ上げたトライアルメモリを今一度手にしたアクセルがカウントを告げる。
Wを、アクセルを、未来を苦しめた地球の力の怪人の巨体が一際強い光に包まれ、爆ぜた。
空を揺るがす破裂音に、ドーパントの姿で山波が上げた最後の苦鳴が打ち消される。
そして、ガイアエネルギーを失った「ラース」のメモリが彼の首筋から空中へと吐き出され、甲高い音とともに砕け散った。
「健、太……」
山波はにまだ力の源たるラースメモリが宙にある幻でも見えているのか、手を差し上げてすがろうとしている。まるで自分たちを救う神がそこにいて、必死に救いを求めているかのようだった。
しかし現実には、その手を掴み助ける者はいない。
白衣を纏った人間の姿に戻った山波は、呻き声に息子の名を紛れ込ませた後に力を失い、がっくりと倒れ込んだ。