仮面ライダーW 追われるS   作:日吉舞

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絆というカタチ -15-

「博士!」

 

 メモリブレイクの爆発音を聞きつけてリボルギャリーの中から出てきた亜樹子が、倒れたきりで動かなくなった山波へ慌てて走り寄る。うつ伏している中年男性の身体を仰向けにして半身を起こそうとするが、男の身体からは完全に力が抜けていた。

 

「大丈夫ですか?しっかりしてください!」

 

 意識を失っている山波の上半身を亜樹子が懸命に揺さぶるが、反応がない。

 焦る彼女を、遅れて来た未来が横合いから無言で制した。山波の側に膝をついた女戦士が動きを止め、全身に視線を走らせる。身体とヘルメットに仕込まれたカメラやセンサーを使い、山波の状態を確認しているのだろう。

 

「呼吸も安定してるし、体温も下がってないよ。気を失っただけみたい」

 

 数秒間で状態を把握した未来が、駆け寄ってきたアクセルやWにも結果を告げてくる。そして、ふと倒れた山波の白衣の影に隠れていた何かを拾い上げた。

 

「これ……」

 

 未来が差し出した金属の手のひらに、鈍く輝く一本のガイアメモリが乗せられている。山波が健太に使おうとしていた、「グラトニー」のメモリだ。

 ファング・ジョーカーが頷いてからグラトニーメモリを受け取り、自らの白い手の中に収める。彼が力を一気に込めると鋭く小さな破壊音が上がって、今一度手を開くとメモリの残骸が薄い煙を上げていた。「暴食」の象徴であるガイアメモリが、この世から存在を消された証である。

 そのメモリの欠片を確かめた上で、未来はヘルメットに覆われた首を傾げて訝しげに呟いた。

 

「もう……本当に、大丈夫なんだよね?」

「こいつの力の源になっていたラースのガイアメモリは、間違いなく砕けたんだ。もうむちゃくちゃな考えに走ることもないし、体力も暫くは回復しない。グラトニーのメモリも、再生することは不可能だ」

 

 未来が言う「大丈夫」とは、もう我が子を手にかけるような真似をしたり、暴れたりしないことを指すのだろう。それを察し、トライアルフォームから赤き鎧姿へ戻ったアクセルが説明して見せると、彼女はようやく肩の力を抜いたようだった。

 気絶した山波の反応は通常のメモリブレイクを受けた者と同じだが、強力で未完成のメモリを使用した弊害はいつどこに出るかわからない。彼が死んでいないことを確認してほっとした様子を見せていたフィリップだが、早くも次の行動について皆を促そうとした。

 

「なるべく早く医者に見せた方がいい。リボルギャリーの中へ寝かせて、風都の病院へ向かおう」

「医者なら、この施設内に大勢いるから。大丈夫だよ」

 

 未来は殊更慌てなくてもいことに触れつつ、口調は随分と穏やかになっている。

 

「そ、そうか?」

 

 フィリップに同調しようとしていた翔太郎は肩透かしを食った気分になり、左手でジョーカー側の頭を掻いた。ようやく妙な緊張が解けて、普段の自分が戻ってきたような気分である。

 とにかくこれで、未来に山波を殺させないという目的は果たせたのだ。まだ山波のこれからが不透明ではあるものの、ひとまず安心するところであろう。

 ファング・ジョーカーの左半身を預かる翔太郎が息をついたところで、フィリップは未来の意見を受け入れていた。

 

「それなら風都に連れて行くより話が早い。それに、ここは君の身体をメンテナンスする設備や人員も揃っている場所だ。信頼できる医者もいるんだろう?」

 

 心なしか天才少年の口振りもこれまでと違い、硬さがなくなっているように翔太郎には思えていた。

 多分それは、未来がこの戦いで常に仲間である翔太郎や健太のことを思いやり、決して情に逸って浅はかな行動を起こす女ではないと気づいたせいなのだろう。今さりげなく口にした言葉の端々にも、彼女を認め始めている姿勢がうかがえたのだ。

 そして皆はまだ意識が戻らない山波を抱えてリボルギャリーまで運び、再び車外の芝生の上に出たところで一息ついた。

 未来がヘルメットのバイザーを開け、目元が見える状態で皆に礼の言葉を口にしたのは、この時であった。

 

「今更だけど……みんな、助けに来てくれてありがとう。私一人だったら、こうはいかなかったよ」

 

 ゆっくりと仲間たちの顔を見回しながらそう言った未来の大きな黒い瞳が細められ、心からの感謝の意と暖かさを湛えている。

 密閉式の金属に覆われた顔で何を言われても心に響くものは少なく、むしろマイナス面しか目立たないものだが、目が覗いているだけでこうまでも好印象に変わるとは。

 驚愕した翔太郎は勿論そう素直に述べることなく、とぼけた笑いを返すのみであった。

 

「いやあ……ハハハ」

「礼には及ばない。君は依頼人なんだ。しかしそれどころか、僕らは君をこんな危険な目に晒してしまった。こちらこそ、済まない」

 

 対するフィリップは、翔太郎より遥かにしっかりとした態度で未来の言葉を受け止めていた。もし彼らが変身せず二人並んでいたなら、きっとフィリップの方が余程探偵然としているように見えたに違いないだろう。

 もっとも今はまだファング・ジョーカーの姿のため、一人芝居をやっているようにしか見えないが。

 

「ほら、竜くん」

 

 そして亜樹子が、まだ黙って突っ立っているアクセルの肘をつついて促す。

 こちらも未だ変身を解いていないせいで表情を窺い知ることはできないが、これまで照井が背負っていた険しい空気はもうなくなっていることが、亜樹子には伝わってきていた。

 

「……俺は、まだ完全にお前を認めたわけじゃない」

 

 しかし彼は未来に素直に口をきくことにまだ抵抗があるらしく、低く呟いてからそっぽを向いてしまう。自分の前では比較的穏やかな照井を見慣れてしまっている亜樹子は、その外面の悪さに頬を膨らませた。

 

「もう、竜くんってば!……ごめんね、未来さん」

「いいよ。ツンデレってやつでしょ?いきなりデレられてても、こっちが困るからね」

 

 対する未来は、笑って返事をしているのが目元の表情にも表れている。彼女も、照井の態度から刺々しさが抜けていることに気づいているのだ。

 

「ツンデレ?照井がか?」

「ツンデレか……なかなか興味深い」

 

 まさか女傑タイプの未来の口から、サブカルチャー要素の強いツンデレという単語が出ると思っていなかった翔太郎が鸚鵡返しに繰り返し、フィリップはアクセルをまじまじと眺めるような姿勢に入った。

 そのWの反応を見咎めたアクセルが身体ごと振り返り、無意識にエンジンブレードの切っ先を向けてくる。

 

「誰がツンデレだと?」

「お、おい!そんなもんをこっちに向けんな!それに、最初に言ったのは俺じゃねえぞ!」

 

 元凶である人物に感情を向けず、あくまで八つ当たりに走る行動がいかにもツンデレなのだが、アクセル本人はそのことに全く気づかない。うろたえたのは、とばっちりを食って武器を向けられたWである。

 片手でエンジンブレードを翳したままずんずん歩いてくるアクセルから逃げ腰になっているWだが、その赤い肩越しの闇で蠢くものがあるような気がした。位置は遠くそれが何なのかは定かではないが、後ろにビルの壁も何もない場所で僅かに色が違った箇所があるのは確かなようだった。

 

「……って、何だありゃ?」

 

 翔太郎がそれを声に出すと、身体を共有するフィリップと様子がおかしいことに気づいたアクセルとが同じ方向へ注意を向ける。

 するとそこには、二本足で立つシルエットが人間に近いが明らかに姿の違う何かがいた。

 いびつに歪んだ、棘の生えた枯れ木を思わせる手足に紫色をした異形。

 

「あいつは、前もここに現れた……!」

 

 声に緊張を帯びさせてフィリップが叫び、反射的に構えを取る。アクセルは亜樹子を庇うように彼女の前に立ち、未来はヘルメットのバイザーを下ろしてアサルトライフルを取り上げた。

 仮面ライダーの二人と、未来にも見覚えがある紫色のドーパント。それは間違いなく、プライドをこの施設内で倒した直後に現れたドーパントと同じである。

 確かプライドのメモリを使っていた永峰が「ラスト」と呼びかけていたドーパントであり、ラストは「七つの大罪」のうち色欲を暗示する。しかし今も、誰がそのメモリを使っているかまでは判明していないのだ。

 

「貴様、何者だ?」

 

 アクセルが殺気を滲ませた低い声を叩きつけ、エンジンブレードをラスト・ドーパントに向ける。

 しかしそれに答えることなく、ドーパントはゆっくりと右腕を翳そうとした。

 

「動くな!動けば撃つ!」

 

 今度はアサルトライフルの照準を敵に合わせた未来が、凄みのある口調で命令する。既に安全装置は外されてトリガーにも指がかかった状態で、少しでも怪しい動きがあれば容赦なくフルオートをお見舞いするつもりだった。

 だが、ラストの動きに動揺は少しも見て取れない。それどころか、胸の位置で構えていた右手をまっすぐと前に突き出し、前方を指差して見せた。

 その先には、未来がいた。

 

『間……未来』

 

 ラストの動かない口から、しかしはっきりと女戦士の名前の音が出る。

 無論その男とも女ともつかない不気味な声に、未来は全く覚えがない。

 怪物に自分のことが知られているという驚きもあったが、不快さの方が遥かに強烈だ。彼女はヘルメットの下で露骨に顔をしかめると、呻くように言った。

 

「……私の名前……一体、どこから!」

 

 それでも気丈に視線を外さず、アサルトライフルの狙いもずらさない彼女にラストが向けたのは、更に意外な言葉であった。

 

『お前のことは許さない。罰を受ける日を、怯えながら待っていろ』

「何?」

 

 ラストの放った一言に翔太郎が上げた声に、フィリップまでが同じことを言いそうになってしまった。

 許さないということと、罰。

 あのドーパントは未来が知る誰か、もしくは一方的に彼女のことを知っていて、恨みを募らせている人物だというのか。

 しかしあの個体はプライドが倒されたときにも現れおり、未来はつい最近までガイアメモリの存在を知らなかった。そして何より、風都の住人ですらない。その彼女がドーパントから恨みを買うなど、ありえる話なのだろうか?

 

「フィリップ、ここは一つ奴の出方を見ることにしよう。今は照井も、武装した未来もいる。多分今なら、俺たちがここでやられることはない筈だ。どうせこいつとは、戦いは避けられねえんだからな」

 

 構えながらも二の足を踏んでいたフィリップに、翔太郎がファングの内から呼びかける。

 翔太郎が言う通り、総合的な戦闘力で勝る今のタイミングであれば、敵を知るために軽く戦っておくのも間違いではない。どうせ回避が不可能な戦いであるならば、少しでも情報を得ておくべきだと言えるだろう。

 翔太郎の意見に珍しく全面的に賛成したフィリップが、頷いて見せる。

 

「……悪くない選択だ。翔太郎、呼吸は僕に合わせてくれ」

「ああ。行くぜ!」

「待て、二人とも!」

 

 出遅れたアクセルが叫ぶが、警察官でもある照井の声にはより強い警戒が滲んでいた。どんな能力を持っているかわからない相手に対して突っ込んでいくのが何よりも危険なことは、W以上にドーパントのことを知る彼は身に染みているのだ。

 照井の心配はもっともであったがこの時ばかりは聞き流したフィリップが、走りながらファングメモリの角を一度弾いた。

 

『ARM FANG(アームファング)!』

 

 ガイアウィスパーが静かになったC-SOL敷地に今一度響くと、ファング・ジョーカーの右腕に三日月形の刃が今宵二度目の出現を果たした。白く輝く刃を振り翳し、Wはドーパントとの距離を一気に詰めにかかっていく。

 が、ラストはアームセイバーをぎらつかせて接近戦を挑んでくるWから逃げようともせずに佇んでいた。

 

 もしかしたら今までに一度も戦闘を経験したことがないドーパントで、身体が竦んで動けなくなっているのではないか?

 ラスト・ドーパントに向かい、アームセイバーを横に薙ぎ払った翔太郎の予想は楽観的であったが、現実は正反対であった。先にラースを追い詰めるのに一役買った筈の鋭い刃は全くラストの身体に食い込まず、体表に浅い傷を僅かにつけるのみに留まったのである。

 

「なにっ?」

 

 これにはフィリップも驚愕した。

 相手は見るからに細い体つきをした、言えば直接戦闘に不向きなタイプのドーパントである。それがこれほどにまで防御力の高い身体を持っているなど、完全に想定外だったのだ。そして敵が振り抜けようとした太刀筋を見切り、アームファングの中程を直接手で掴んで動きを止めたのもまた、予想していなかった。

 次の瞬間、Wの目の前で何かが破裂して細かい礫が飛び散った。

 

「うわあっ!」

 

 Wから翔太郎の悲鳴が上がる。

 敵はWの内側にいる二人が驚きから硬直した一瞬の隙を突き、反撃へと転じたのだ。アームセイバーの刃を掴み動きを止めた状態で、そのまま右手に生えている無数の棘を至近距離から爆発させたのである。

 流石にこれ以上踏み込むのは危険と判断したWは、まだアームセイバーを掴んでいたラストの手を振りほどき、辛うじて相手の胴体に蹴りを入れて強引に距離を取った。

 

「アームセイバーが通じないなんて……何て硬さだ。まるで、この前戦ったプライド並みだ」

 

 フィリップはこれ以上は仕掛けてこようとしない敵をWの複眼で睨んで呟くが、当の相手はダメージを与えたWのことなど気にかけていないらしい。人の瞳と違いどこを見ているのか明確にはわからなかったが、ラストは未来の鎧姿だけを舐め回すかのように見つめているらしく思えたのだ。

 

「貴様の相手はWだけではない!」

 

 だが、そこへエンジンブレードを構えたアクセルが間合いに走り込み、更にその後方から未来が狙いすました弾丸を叩き込もうとしていた。

 

「このおっ!」

 

 短い女の叫びを、アサルトライフルの強烈な射撃音が打ち消す。同時に巨大な鉛の弾丸が銃口から吐き出され、アクセルがその後を追って長大な剣を叩きつけんとした。

 ラスト・ドーパントは鋭く横へ跳んで二方向から襲い掛かってきた攻撃をかわすと、更に木の根と似た足をたわめて力強く跳躍した。

 

 いや、跳躍というよりは飛翔であった。

 仮面ライダーたちの前に二度姿を見せたラストは十数メートルの高みへと跳び上がると、そのまま暗き空へ吸い上げられるように、更なる高度へと己が身体を預けていく。

 暗い紫色をした怪物は、瞬く間に夜の闇へと紛れて飛び去っていったのだ。

 

「と、飛んでっちゃった?」

 

 未来とともにWやアクセルのもとへと走ってきた亜樹子が素っ頓狂な声を上げ、ドーパントが消えた方向へ大きな瞳を凝らしている。

 

「逃げたか……」

「くそっ、またか!」

 

 アクセルとWも同じように真っ黒な空を見上げているが、彼らの目にも最早ラストの姿を見つけることは叶わない。ただ一人、未来だけが目に埋め込まれたカメラとヘルメットに内蔵されたセンサーの助けを借りて敵の行方を未だ追うことができていたが、彼女はそれも途中で止めた。

 アサルトライフルでまだ狙撃が可能な範囲内であったにもかかわらず、あの忌まわしいドーパントを視界に入れることさえ激しい嫌悪感が走り、狙撃用スコープを覗く気にもなれなかったのだ。

 軍事用として鍛え上げられた戦士たる自分に、あるまじき失態であると言えよう。

 未来のヘルメットに覆われた頭部が僅かにうなだれ、視線が地面へと落ちる。

 

「それにしても、何故あのドーパントは……」

 

 そして今の彼女の聴覚は、フィリップがこぼした呟きも拾えないでいた。

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