仮面ライダーW 追われるS   作:日吉舞

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休息

 やはり他所の街は、風都とは違った風の香りがする。

 翔太郎は二度目に訪れた場所で、改めてそう感じていた。

 風都より都会的な雰囲気、洗練された人々のシルエット、忙しなさが滲み出ている数々の雑踏。ここで周囲を包み込んでくるいずれも彼には馴染みがなかったが、嫌いではない。

 たった数日ぶりでしかないのに、懐かしく感じられる街の空気を確かめてから、彼はお気に入りの黒い中折れ帽の縁へと指を滑らせていた。男の色気を足してくれると信じているファッション上の相棒を手で押さえ、宵闇の中にある歩道を急ぎ足で進んでいく。

 

 夜の帳が下りる直前のビルと、人波の間をすり抜けて辿り着いたのは、地下へと下る古めかしい、狭い階段である。

 その階段がある狭い路地に面したビルは一見するとみすぼらしいが、狭い降り口の向こう側では間接照明に照らされた小綺麗な空間が、訪れる者を出迎えてくれる。そこを下ると広い廊下に出て、センス良く配置された壁の小窓や調度品が、大人を洒落た空気の中へと誘うのだ。

 翔太郎が迷うことなく足を運んでいくのは、この奥にあるバー「テンパランス」である。

 わざと古びた感じの加工がされた木製の自動ドアの横に、半熟青年が今宵酒席を共にする者の姿がある。帽子を軽く持ち上げてから、彼はその人物に挨拶を送った。

 

「よう」

「あれ、翔太郎だけ?」

 

 手持ち無沙汰なように見えていたその者は、埃一つ落ちていない黒大理石の床を見つめて物思いに耽っていたらしい。横合いから声をかけられる格好となって、驚いて顔を上げていた。

 普段はポニーテールに纏めている長い髪が今は下ろされており、頬にかかるそれを払いのけるしぐさは格段に女っぽい。しかしながらジーンズにジャケットという色気がないスタイルを崩さない小柄な女は、今日翔太郎を誘ってきた未来であった。

 

「照井と亜樹子は、式の打ち合わせがあるから来られないんだと」

 

 帽子を取った翔太郎が告げたのは残念な知らせではあったが、この場にいられない二人にとっては幸せな忙しさである。未来は素直な祝福の気持ちを、明るい口調に乗せていた。

 

「そっか。あの二人って、婚約してるんだっけ。いよいよ結婚が近いんだね。一緒に飲みたかったけど、それじゃしょうがないか……って、フィリップくんは?」

 

 招待した筈のもう一人のゲストの姿を求め、彼女はきょろきょろと辺りを見回す。

 

「そういう場所にまだ興味はない。何より僕はまだ未成年だし、また今度にさせてもらう--だとさ。付き合いの悪い相棒だぜ」

「何だ。今日は特別に、ノンアルコールカクテルも用意してもらえるようにしてたのに」

 

 翔太郎がわざわざ相棒の天才少年を真似ると、今度も未来は率直に感情を表していた。唇を尖らて拗ねるような子どもっぽい反応を見せられると、とても彼女が戦闘用に改造されたサイボーグだとは思えなくなる。

 戦闘時とは激しいギャップを感じさせる未来を尻目に、翔太郎は息をついた。

 

「あいつは基本的にあまり外へ出たがらないし、風都以外の街には抵抗もあるんだろうな」

「うーん。まあ、フィリップくんらしいと言えば、そうなのかもね。じゃあ今度事務所の方に、何か差し入れでもするよ。照井警視にもよろしく伝えてね」

 

 と、未来が気を取り直したところで、翔太郎は彼女もまた誰も伴っていないことに気がついた。

 

「それより、お前も一人なのか?」

「うん。堀内も、薬を飲んでるうちは禁酒にしないとダメなんだって。お互いにふられちゃったみたいだね」

 

 未来はばつが悪そうに頬を掻いて、翔太郎の顔から視線を外していた。

 考えてみれば、彼女の部下の堀内はまだプライド・ドーパントに襲われた時の怪我が完治していない身だ。軽傷とは言っても病院にはまだかかり続けているだろうし、こちらも当然と言えば当然だろう。

 

 しかし堀内は鳴海探偵事務所の人間を嫌っている節があり、今日来なかったのも本当はそれが理由だったのではないだろうか。鳴海探偵事務所は、言ってみれば堀内の仕事に介入してきた部外者であり、邪魔をする第三者にしか見えなかったのかも知れない。

 翔太郎としても、敵意を剥き出しにしてくる者との宴席は気が進まなかったため、彼が欠席してくれたのはむしろ安心であった。

 

「まあ、いつまでもここにいても店の迷惑になるだけだし、とりあえず入ろうか」

「ああ。喉も渇いたことだしな」

 

 思いがけず二人きりで再度飲むことになった男女は、肩を並べてバー「テンパランス」のドアをくぐった。

 彼らが店内に入るとすぐに先日と同じ若いウェイターが近寄ってきて、これもまた同じ席へと案内してくれた。予約は未来が入れていたのだろうが、彼女が目配せしただけでウェイターは人数変更を察したのである。店の常連ならではの対応と言えるだろう。

 スツールにつくと同時に未来は相変わらずボストン・クーラーを、翔太郎はバーボンのロックを注文する。以前、バーボンのストレートを口にして酷い目に遭った翔太郎が懲りていないと見たのか、未来がからかうように言った。

 

「今日はストレートじゃないの?」

「たまにはロックもいいもんだ」

 

 癖の強いバーボンもロックなら氷で若干薄まるし、翔太郎もたまに深夜の事務所で一人ちびちびとやることもある。だからストレートと違って、気をつけてさえいれば噎せることはない。

 なのに未来は、意地の悪い笑みを顔に残したまま頷いていた。

 

「ふーん、そっか」

「何だよ」

「別に何も。いくらストレートじゃないからって、ちゃんとチェイサーも飲まなきゃダメなんだからね」

 

 酒飲みとしてのレベルは自分の方が上だと言いたいのか、未来の言い種は妙に上から目線である。が、以前酔い潰れた翔太郎を担いで事務所まで連れ帰ってくれたのは彼女なのだし、そのことに関して翔太郎は返す言葉を持っていなかった。 

 

「くそ。戦いが終わっても、お前が口うるさいのは変わらねえな」

 

 今度は翔太郎が小さなテーブルに肘をついて、子供っぽく口を尖らせる番である。ただし彼の場合は普段からも落ち着きがない素振りが目立つこともあり、そんなしぐさも馴染んでしまう。そこも半熟たる所以であろう。

 若い男女が悪友同士としてよくあるじゃれ合いを継続していると、ほどなく酒が運ばれてきた。未来の顔馴染みらしい長髪のウェイターは、二度目の客である翔太郎の顔も覚えているらしく、一人ずつに笑顔で挨拶をしてから去っていく。

 未来がレモンの添えられたボストン・クーラーのグラスを低めに掲げると、翔太郎もバーボンと氷が注がれたグラスを同じ高さまで持ち上げた。

 

「じゃあ、無事解決を祝って」

「そう思ってる割には、シケた顔してるじゃねえか」

 

 厚みが異なるグラスが合わさった時に翔太郎が突っ込みを入れるが、未来は特に慌てることなく流していた。

 

「そう?ここの店って照明が暗いから、多分顔色が悪く見えてるんじゃない?」

 

 と、別段気に障った様子もなく、彼女はカクテルの爽やかな香りを楽しんでから薄いグラスの縁に口をつけている。しかし翔太郎は、目の前にいる洒落っ気のない女が普段しない化粧をしていることに気づいていたし、時折何かを思い出すように視線を遠くしていることにも勘づいていた。

 

「それより今回のことは、色々迷惑かけちゃって済まなかったね」

「気にするな。ドーパント絡みのことは、俺たち仮面ライダーが専門だ」

 

 それとなく話題を変えてきた未来に頷いて見せ、舐めるようにバーボンのロックを楽しみながらも、翔太郎には話し相手の様子がこれまでと違うことが気にかかっていた。

 

「傷は大丈夫なの?」

「ああ。そうじゃなかったら、事務所でフィリップとくそ不味いガス入りミネラルウォーターでも飲んでるさ」

 

 早いペースで自分の酒を飲み、まだ似たような話題を引っ張ってくる未来に、翔太郎は適当に返しておく。しかし彼女はやはり会話に集中していないようで、キャッチボールを続ける言葉をすぐには口にしてこない。翔太郎は、試しにこちらから話をすり替えてみることにした。

 

「お前、ガス入りのって飲んだことあるか?俺はどうも、あの炭酸の刺激だけってのがどうも……」

 

 自分が先に言ったことから話の種を持ってくるが、未来はテーブルに置いたグラスの足元の辺りで視線を泳がせている。翔太郎が途中で口をつぐんでも、反応を示してこない。

 会話中に別のことで心を奪われるのはマナー違反だが、未来がそうなってしまう理由には翔太郎にも心当たりがある。あまり荒っぽくならないよう気をつけて、彼は未来の小さな肩をぽんと叩いた。

 

「おい」

「え……あ。ごめん、よく聞こえなかった。何?」

 

 それでようやく我に返った未来が、急ごしらえの笑顔で聞き返してくる。改めてその顔を近くからよく見ると、目の下に薄化粧では隠し切れない隈ができており、明らかな疲れが表れているのがわかった。

 翔太郎がやれやれと言いたげに溜め息をついて、バーボンで口の中を湿してから踏み込んだ話を切り出す。

 

「なあ、やっぱり気になってるんだろ」

「何が?」

「あのドーパントだ。奴はお前のことを知ってた上に、罰を受けるとまで言っていた」

 

 ほんの一瞬の間だけ未来の表情が固まり、右手に持ったグラスのボストン・クーラーの表面が揺らいだ。探偵という職業柄、観察が癖となっている翔太郎は、その小さな変化を見逃さない。

 

「気にしてなんかないよ」

「隠すなよ。あんなのに目をつけられて、怯えない人間はいねえんだ」

「……止めてよ。折角の酒が不味くなるじゃない」

 

 しつこく追及してくる翔太郎から視線を逸らし、未来は頬にこぼれてきた髪をうるさそうに払って、立て続けにグラスの中身をあおった。本心を見透かされ、居心地が悪くなっているのだろう。

 ラストというドーパントは二度、自分たちの前に姿を見せていた。そして二度目に現れた時は、はっきりと未来を指して「罰を受ける時を待っていろ」とまで言い放ったのである。

 

 いくらドーパントが人間が変身した姿であるとわかっていても、その容貌も能力も化け物のそれなのだ。未来は軍用兵器として作られたサイボーグであっても、あくまで精神は人間のままだった。危険が迫っていると知って、恐怖や不安を感じていないはずがない。

 

 彼女は自分の弱味を見せることを良しとしない強い女だが、内面的な脆さを抱えていることはもうわかっている。一度はともに背中を預けて戦った間柄でもある彼女を、翔太郎がこのまま放っておけるわけがなかった。

 未だ目を合わせようとしない未来の態度は構わず、翔太郎は少しでもラストに変身している人物の情報を得ようと話を続けた。

 

「奴は、間違いなくお前に恨みを抱いている人物だ。心当たりはないのか」

「ありすぎて困るくらいだよ。便利屋なんて、人から反感買ってなんぼの商売なんだからね」

「真面目に聞けよ。お前、ドーパントに狙われてるんだぞ」

 

 再度翔太郎が未来の肩を掴んだが、彼女は静かに若く大きな手を払いのけた。

 

「だからさ、ここではその話はやめようよ。今日は折角事件が片付いた祝杯なんだから……」

「まさかとは思うが……本当に全てが終わったと思っちゃいねえだろうな」

 

 未来が翔太郎の声の大きさを気にして言い訳がましく弁明すると、彼は鋭くその言葉を遮ってくる。そこでやっと、未来は半熟探偵が話し続けてきた依頼の件について触れた。

 

「私の鳴海探偵事務所への依頼は、あくまで健太くんの父親探しに関することだよ。父親は見つかったし、その途中であったドーパントとの戦いにも決着がついた。だから、もう終わったことじゃない」

「終わっちゃいねえよ。あのラストってドーパントが狙ってるのは、お前自身なんだぞ!」

 

 これまでの会話中一際大きな声で、翔太郎は気がない未来を叱りつけるように怒鳴った。自分たちの酒を楽しんでいた周囲の客、彼らの要求に応え続けているスタッフが、一斉に二人のテーブルの方を振り返る。

 数多の視線が集中し、店にある音がジャズのリズムだけになったことに気づいた翔太郎が、慌てて肩をすくめた。

 

「しっ!声が高いよ」

 

 その正面で同じように姿勢を低くした未来が、抑えた語調で窘めた。

 彼らの言い合いが続かなかったため、興味を失った客たちの意識は自らのテーブルについている相手へとまた戻っていく。テンパランスの店内は、大した間も置かず再び大人たちの喧騒で満たされていった。

 自分たちもまたそこに溶け込んだことを確認した未来が、低い声を保ちつつ話を続けていく。

 

「自分のことぐらい、自分で守れるもの。それに……あんただって、私の立場はわかってるでしょ?いくら自分の手に負えない事態になったとしても、あまり大事にはできないんだよ。うちのスタッフにも迷惑かけることになるんだから」

 

 渋々ながら翔太郎の話題に乗った素顔の女戦士であったが、今度こそ話はここで終わりだと言わんばかりに言葉を切ってそっぽを向いた。

 確かに山波博士は見つかり、メモリブレイク後に健太がいる養護施設近くの病院に移送された。健太は意識のない父親のもとに通い続けているという話も聞いており、一応決着はついたと言えなくもないだろう。

 

 しかし、翔太郎がそれで納得するわけがない。

 未来は仮面ライダーとともに「七つの大罪」メモリの存在を知り、そのうちの三本のメモリ--「プライド」「ラース」「グラトニー」のメモリに関わった。それに加え、使用者が誰か判明していないラストメモリのドーパントが、彼女に対して事実上の宣戦布告を言い渡したのだ。

 そして未来が遭遇した全ての事態は鳴海探偵事務所の人間と照井が知るところとなっており、互いに協力し合って戦い抜いた。

 

 ここまで深く関係している仲間たちを、何故締め出そうとするのか。未来の責任感が強い性格故だとしても、全てを拒絶するような態度には正直怒りすら感じる。

 翔太郎は厳しい表情で、視線を逸らして酒をあおる未来の顔を見据えた。

 

「そうやってまた、自分を犠牲にするつもりなのか。そんなのが、格好いいとでも思ってんのか?」

「思ってるわけないじゃない。それに格好つけは、あんたの方でしょ!」

 

 売り子言葉に買い言葉、とはこの状況を指すのだろう。自分は絶対に犯さないという自信がある間違いを指摘された未来は、翔太郎を怒りを込めた目で睨み返してから吐き捨てた。

 ただし声は抑えたままで、理性を保ったままでいるのが先の翔太郎と違うところだった。それでもこれ以上感情的になってしまっては、また騒ぎを引き起こしかねない。空になったカクテルグラスをちらりと見やってから、未来は肩を落として短い息を吐いた。

 

「また騒いだら、追い出されかねないからね。もうちょっと飲んで、お互いに落ち着こうか」

「賛成だ。俺はまだこいつがあるからいいが、お前はもう一杯飲んどけよ」

 

 酒飲みの未来らしい提案に、翔太郎がバーボンに浮かんだ氷を見つめながら感情を入れない返事を返す。

 彼女が追加注文した二杯目のボストン・クーラーが運ばれてくるまで、一言も言葉を交わさない二人の間に重苦しい空気が横たわっていた。翔太郎がそれとなく周囲のざわめきに耳を傾けてみると、若いカップルや初老の紳士たちまで、様々な年代の客が楽しげに会話を楽しむ様子が嫌でも伝わってきて、余計に気まずい雰囲気になるように思えてくる。

 

 とにかく、このまま黙っていても始まらない。

 騒ぎの種はどちらかと言えば未来の方なのに自分から気を遣って見せるのは癪だが、譲らないことは譲らないとはっきり言わねばならないだろう。

 翔太郎はまだ目を合わせようとしない未来に、強めの態度で出ることにした。

 

「おい、話をする時は相手の顔を見るのが礼儀だろ」

「じゃあ、おいって何度も言わないでよ。私にもちゃんと名前があるんだから」

 

 ハーフボイルド探偵の高圧的な言い種が気に食わないのか、未来はまだむっとした口調であらぬ方を向いたままだ。

 まったく、ああ言えばこう言う女である。

 もう一度怒鳴り声を上げたい衝動を大きく息をつくことで抑えてから、翔太郎はやや未来の方へ身を乗り出した。

 

「じゃあ、未来。お前も真面目に聞けよ」

 

 目の前の若い男にふざけた空気がないことを認めたのか、未来が不承不承ながらも身体の向きを直してくる。肩からこぼれた彼女の髪から漂ってきた甘い香りが翔太郎の嗅覚を刺激してきたが、どきりとする心臓の動きも努めて意識しないようにして続けた。

 

「とにかく、まだ事は終わってねえんだ。俺がお前を守る。たとえ、お前が断ったとしてもだ」

 

 そこで言葉を切り、敢えて二の句は継がずに翔太郎は未来の顔を見つめた。

 未来も彼の真意を量るように、ただ大きな瞳で見つめ返してくる。

 その時間も長くは続かず、彼女はほどなく緊張していたらしい肩から力を抜いて、一言だけ呟いた。

 

「……どうしても?」

 

 どこか諦めたような色の滲む声に、翔太郎が頷いて見せる。

 

「ああ。これに関しちゃ、何があっても俺に譲る気はねえよ。一度受けた依頼は、自分が納得するまでやり遂げる。それがハードボイルド探偵に課せられた使命ってもんだ」

 

 翔太郎の熱弁にハードボイルド探偵という単語が出たところで、未来が脱力したように笑いを漏らした。不意の笑顔でそれまでに漂っていた重く冷たい色が一気に変わり、このまま決められそうだったいい場面が音を立てて崩れていく気さえする。

 臆面もなく気障な台詞を吐いていた翔太郎はまたしても茶化された気分になり、つい声を荒げてしまうことになった。

 

「そこは笑うところじゃねえだろ!」

「ああ、ごめんごめん……もう、わかったよ。このお節介ハーフボイルド」

 

 場の空気を壊した未来が謝りはしたものの、顔は未だに笑ったままだ。

 が、とにかく彼女は不本意ながらも翔太郎の意見を受け入れ、依頼の継続を承諾したのだ。彼にとっては喜ぶべきことである。

 

「ようやく納得したか……って、ハーフボイルドは余計だ!」

「ハードボイルドと言いたければ、怒鳴る場所にもっと気を遣うことだね」

 

 はたと気づいた翔太郎が突っ込んで、すかさず未来が笑みをこびりつかせたままの涼しい顔で切り返す。指摘された半熟探偵は息を潜めようと慌てたが、幸いなことにさほど大声は出ていなかったようで、周りの席にいる客の誰もこちらを振り返ってはいなかった。

 軽い咳払いでハードボイルドらしからぬ振る舞いを誤魔化して、翔太郎はスツールに腰を落ち着け直す。

 無言のままバーボンのグラスを手にした彼に、未来は新しいカクテルを半分ほど一気に飲み干してから言った。

 

「けどさ、感謝はしてるんだよ。本当は、自分一人で戦うのも不安だったからね。それに今も、C-SOLに一人で来てくれた時も、私を守るって言ってくれて嬉しかった。ちょっとカッコ良かったよ」

 

 近くから見るとわかる、少しだけ赤くなった頬と穏やかになった口調が、彼女がほろ酔い気分になっていることを印象づけてくる。酒の勢いを借りなければ、素直に礼が言えなかったのだろう。

 そして未来が普段と違った柔らかな笑顔で接してくる様子は、はっとするような新鮮さと色気とを感じさせる。そのことで戸惑いを覚え、気の利いた台詞の一つも返せなくなっている自身の対処に困り、今度は翔太郎の方が相手から目を逸らしてしまう羽目になった。

 

「な、何だよ、急に。いきなりしおらしくなると、こっちが調子狂うだろ」

「リップサービスだよ、それぐらい分かれっての。でないとあんた、そのうち悪い女に騙されるよ」

 

 頬杖をつき邪気のない笑顔を浮かべ、翔太郎の顔を上目遣いで見つめてきている未来には、全く悪気がないように見える。まるで小悪魔の手玉に取られているような気がした翔太郎は抗議しようとしたが、口では絶対彼女に勝てないことを今思い知らされて言葉の出しようを見失っていた。

 

「あ、あのなあ……それとこれとは関係ねえだろ」

「大丈夫だよ、少なくとも私に騙すつもりはないからさ」

 

 彼は結局負け惜しみとしか取れない文句しか思いつかず、説得に成功したのに敗北した気分に襲われそうになる。

 もう一口ボストン・クーラーを喉に流し込んだ未来は、ここぞとばかりに講釈を続けてきていた。

 

「ま、『俺がお前を守る』ってのはさ、女に生まれたら誰かに一度は言われてみたい台詞ってわけ。ある程度は覚えておきなよ。どんなに強い女にも、ある程度は効果がある殺し文句だからね」

 

 得意げになっている未来が空になったグラスをテーブルに置くと、すかさず寄ってきたウェイターに今度はジン・ライムを注文する。

 ジン・ライムは言ってみればジンのオンザロックにライムが入っただけのもので、弱い者は半分飲んだだけでも潰れるくらい強烈なカクテルだ。全く酒に強い女だと翔太郎が呆れかけたところだったが、オーダーを終えて向き直ってきた未来の表情は、普段見慣れているそれに変わっていた。

 

「でも依頼継続となると、料金とか期間とか、色々決め直さなきゃならないじゃない?それをこんな席で、しかも翔太郎の一存で決めていいの?」

 

 彼女は先と同じように翔太郎の方へ身を乗り出させてきつつも、話し方が完全なビジネスモードになっている。現実的なことを話すのに酒の力は不要として、気持ちも切り替えているのだろう。

 が、翔太郎の方は、ここであまり具体的な数字を出して雰囲気を壊したくはないところであった。ために、なるべく直接的な表現は避けて安心させる方法に出ることにする。

 

「心配すんな。お前はもう俺たちの仲間なんだ、吹っかけたりしねえと約束するぜ」

 

 気取ってウインクを返した翔太郎であったが、今度は未来が軽いキャッチボールを返せなくなっているようだった。翔太郎のウインクを受け損なった大きな瞳の奥に、複雑な思いがあるのが見て取れる。

 

「でも……やっぱりあんたは、私に人殺しはさせたくないわけ?」

 

 それは、翔太郎がC-SOLに単身で乗り込んできた時に表明した決意であった。

 が、それより以前に未来自身も口にしていたことでもある。今度ばかりはそうする自信がないとばかりに俯きかけた目の前の女へ、翔太郎は穏やかに言った。

 

「お前だって言ってただろ。非戦闘員を殺したくはないって」

「まあね。でも、自分の命が危ないとなれば、話は別なんだよ。私は兵士として訓練を受けてるんだもの。とっさの時にできることは、自分が死ぬ前に相手の命を奪うことなんだって叩き込まれてる。だから、絶対に殺さないとは言い切れないんだよ」

 

 抑えた低い声に、彼女が抱える苦悩が滲み出ている。

 鳴海探偵事務所の関係者には、軍用サイボーグの未来が本当は優しい心の持ち主だということはわかっていた。殺さずに済むものならそうしたいが、自分が反射的にとってしまう行動まで完璧に御することは叶わないのだろう。

 

 しかしだからこそ何とか助けてやりたいし、仲間である鳴海探偵事務所の人間を頼っても欲しかった。

 翔太郎は、未来がウェイターからサーブされたジン・ライムを受け取る短い間に考えをまとめると、まだグラスを弄ぶ指先に不安をちらつかせている彼女に真剣な眼差しを送った。

 

「……今度ばっかりは、お前に戦うなと強制するわけにはいかねえ。俺たちがお前の窮地に間に合わないことだって、十分に考えられる。状況によって、自分の判断で決めるといい。しかし、俺たちは全力でお前を助けると誓う。そこは信じてくれ」

 

 翔太郎から力強い言葉が送られて驚いたように顔を上げた未来は、彼の偽りがない気持ちを瞳の中に見つけていた。そこには依頼人のことを思う気持ちと、自身の心にある正義にまっすぐであろうとする純粋さが表れている。

 仮面ライダーたる者たちと共に戦っても、事態がどう動くのかはまだ正直不透明だ。むしろ、敵を徹底的に叩きのめすことを厭わない自分だけで戦った方が被害が少なくて済むかもしれない、という思いもまだ拭えていない。

 

 しかし、近くで支えてくれる仲間がいることは、心底からありがたかった。一人ぼっちで戦う不安も、心細さも、それだけでどんなに軽くなるかわからない。許されるのならば彼らと共に在りたいという気持ちは、未来の中でも思いがけず強くなってきていたのだ。

 翔太郎の視線から彼の温かさを感じながら、未来は笑顔で言った。

 

「わかったよ。助けになってくれて、ありがとね」

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