仮面ライダーW 追われるS   作:日吉舞

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罪を背負う者 -1-

「ええーっ!じゃあ、契約延長してきちゃったの?」

 

 始業したばかりの鳴海探偵事務所内に、亜樹子の素っ頓狂な声が響いた。彼女から朝のコーヒーを受け取っているフィリップも、翔太郎が振ってきた話題に顔を上げている。

 未来とバー「テンパランス」で飲んだ翌朝に、翔太郎は亜樹子とフィリップに事の顛末を報告していた。あの女戦士が他人の手を煩わせるのを嫌っていると分析していたフィリップにとっては、殊に意外に感じられていた。

 

「ああ。少なくとも『ラスト』のメモリの件について片がつくまで、未来は事件の当事者だ。まだ解決しちゃいねえんだよ」

 

 頷いて力説する翔太郎は、そうするのが当然と信じて疑っている様子はない。この分だとこの半熟の相棒が依頼継続を強固に主張し、未来の首を縦に振らせたのだろう。

 一体、どうやって彼女に受け入れさせたというのだろう?

 それ以前に、何故翔太郎はここまであの女にこだわるのだろうか?

 天才少年は亜樹子から受け取ったマグカップをそのまま翔太郎に手渡して、不審そうな視線を送った。

 

「うーん。まあ、そうだけど……もう、この前リボルギャリーが壊した壁の修理代と相殺できるかどうか、相談してみないとあかんなあ……」

 

 事務所の奥にある自分のデスクに翔太郎が座ると、亜樹子が届いたばかりの書類を睨んで呟きながらその側へと向かう。亜樹子が手にしているのは、ラースと戦ったときC-SOLへリボルギャリーで乗りつけた際、突っ込んで破壊してしまった外壁の修理代を請求するそれであった。

 

 考えてみれば、ラースとの戦いで翔太郎も随分と無茶をしたものだ。

 所長である亜樹子から促されたとは言え、翔太郎単身で変身できるジョーカーは、遠距離攻撃と空中戦を主体とするラースと相性が最悪なことなど、初めて相見えた時点で判明していた筈だ。なのに彼は他の仲間の手を借りることなく敵地へ飛び込み、メモリブレイクのできない者と共闘するという、これもまた無謀な真似をしでかした。

 そうするしかない状況だったとは言っても、深く考えずにまず行動してしまう未熟者の成せる業であろう。仲間の到着があと少し遅れていたならラース、つまり山波は未来の一二・七ミリアサルトライフルで撃ち殺され、翔太郎は重傷を負うか死亡という、最悪の結果を招いていたかも知れない。

 

 故に、今回の依頼延長も熟考して未来を説得したとは思えない。あくまで自分の感情を基準にして判断し、勢いに任せて巻き込んだのであろう。そしてまんまと彼に乗せられてしまう未来もまた、情に負けてしまう青臭さが抜け切っていない人物であると言えた。

 フィリップが溜め息を漏らしながら、タイプライターで報告書を作り始めている翔太郎のデスクへと歩み寄っていく。

 

「それにしても、僕たちに何の相談もせずに依頼を継続させるとは……翔太郎、随分と逸った真似をしたものだね」

「逸ってねえよ。彼女がドーパントに狙われてるのは事実だ。お前だってそれは知ってる筈だろ」

 

 翔太郎はキーを打つ手を止めず相棒に応え、その声はタイプライターの立てるやかましい音に紛れ込みそうになる。全く悪びれる様子のない翔太郎にかすかな苛立ちを覚えたフィリップは、先から考えていたことを口に上らせた。

 

「それは認めよう。しかしハーフボイルド同士が意気投合すると、実に厄介な事態になりかねない」

「何だと?」

 

 自分のみならず共に戦った人間についてまで話が及んだことに、翔太郎は眉を動かして手を止めていた。口許までを歪めている相棒の反応は構わず、フィリップは淡々と続けていく。

 

「君が探偵としてそうであるように、彼女もまた兵士としては半熟だ。その二人が迎合すると、どんな方向へ進むか不明瞭になってしまう」

「未来は戦士として一人前だろう!だからこそ俺は戦力として認めたし、実際に……」

「だとしたら、何故彼女はラースを仕留めようとしなかった?」

 

 語気も荒く言い返した翔太郎であったが、フィリップの鋭い指摘に一瞬返答に詰まってしまい、やり込めるタイミングを失った。戦士たる未来が抱える、弱点とも言える甘さに薄々勘づいていたと見える半熟探偵へ、諭すような文句をフィリップが送っていく。

 

「彼女は戦闘用サイボーグであり、複数台の装甲車でも一度に破壊できるほどの能力を持っている。比べてラースはドーパントとは言え、所詮は戦闘の素人だ。つけ入る隙はいくらでもあったのにもかかわらず殺さなかったのは、彼女が躊躇ったという何よりの証拠だ。非情に徹し切れない兵士は、半人前以外の何者でもない」

「それはあいつが優しいからで……」

 

 未来をあくまで庇おうとする翔太郎を遮って、フィリップは核心を突いてきた。

 

「翔太郎、君がそこまで彼女に肩入れする理由は一体何だ?以前にも言ったと思うが、これ以上感情的に深入りするのは止めたまえ。君は今のぼせ上がっているようだから、僕からもう一度忠告しておく」

 

 天才少年が相棒の未熟さに対して注意を促すつもりで発したのは、個人的な感情を一切差し挟まない辛辣な言葉であった。

 それが酷く冷酷で威圧的に聞こえたのは、当の本人だけではない。傍らで請求書を手にしたまま佇んでいる亜樹子が、たちまち険悪な空気に包まれていく二人の顔を、おろおろと見比べている。

 

 確かにフィリップの言ったことは正鵠を射ており、情に邪魔されてラースを殺せなかった未来は戦場で戦うのにもまだ覚悟が足りず、青二才の謗りを受けても仕方がない。だが、そんな優しさがあったからこそ皆が救いの手を差し伸べようとしたのであり、暗闇の中に一筋の光明を見つけ出せたのではないか?

 

 嘗て、エクストリームメモリを手に入れた際にフィリップは言っていた。

 Wは戦闘マシンであってはならないと。

 完璧な人間など、どこにもいないのだと。

 フィリップがあの時翔太郎に見せてくれた思いやりを、何故他の誰かにも与えようという気になれないのか。

 恩人である鳴海荘吉が遺した言葉をも心に蘇らせた翔太郎は、気がつくと乱暴に立ち上がり、フィリップの胸倉を両手で掴んでいた。

 

「フィリップ、てめえ……!」

「ちょ、ちょっと、止めてよ二人とも!とにかく未来さんは依頼人なんだから、喧嘩するようなことじゃないじゃない!」

 

 今にも殴りかからんばかりになっている翔太郎と、受けて立つ気満々のフィリップの間に、亜樹子が請求書をばさばさと振りながら割り込んでくる。大仰な彼女の仲裁にすんでのところで大喧嘩に発展しそうな雰囲気はかき消えたが、フィリップを掴んだ手を離しても、翔太郎はまだ怒りを表情にくすぶらせている。

 負けじと翔太郎を睨み返すフィリップであったが、亜樹子がその視線を遮るように立ちはだかり、二人の顔を交互に見やりながら懸命に別の話題へと導こうとした。

 

「とにかく、この前出てきたラストってドーパントを倒すんでしょ?未来さん、狙ってくる奴に心当たりはありそうだったの?」

「……いや、全くないそうだ。逆に便利屋の仕事では何度も恨みを買ってるから、そっちは分からないとも言っていたが」

 

 不発となった怒りを何とか腹におさめた翔太郎が、向かい合う形となっているフィリップからぷいと顔を背ける。未だ言いたいことを言い足りていない不満をありありと窺わせている翔太郎であったが、彼が矛を収めたのだからフィリップも応じないわけにはいかない。

 少年は乱れたボーダーのシャツとパーカーの胸元を整え、軽く息をついて気持ちを切り替えてから、亜樹子が振ってきた話に乗った。

 

「『ラスト』は、七つの大罪のうちで色欲を示す。これまでのメモリは、使用者が抱えていた悩みや欲望にそれぞれのメモリが合致して、潜在的な力を引き出すのに一役買っていた。ラストメモリも、同じように考えるべきなのかも知れない」

 

 翔太郎が視線を向けたのとは逆である応接スペースの方へと足を進めながら、フィリップはラスト・ドーパントに関する見解を述べた。あまり陽に当たらないせいで男にしては白い指先を細い顎に当て、事務所内をカラフルに彩っている調度品をゆっくりと眺めながら、先を続けていく。

 

「そしてラスト・ドーパントが先日現れた時、間未来個人をはっきりと特定した上で罰を与える、と言っていた。彼女自身に関わりが深い人物がドーパントという可能性は高いだろう」

「色欲で、関わりが深い人物……だとすると、恋愛に関係した誰かってこと?未来さんの?」

 

 フィリップが事務所内を歩き回るのを目で追っていた亜樹子が、やけに興奮して甲高い声を上げた。女は他人の恋愛事情に多少なりとも興味を持つことが多いが、亜樹子はその中でも格別であろう。好奇心で目を輝かせているところを見ると、そう遠くない将来に噂好きの主婦になっている姿が目に浮かぶようだ。

 他人の色恋沙汰と聞き、俄然やる気に満ち溢れてきた亜樹子に呆れていた翔太郎であったが、彼女と正反対の位置にいる未来の鎧姿を思い浮かべ、ふと気づいたことがあった。

 

「待てよ……ラストは、あの姿の未来を迷わず指していた。あいつがあのスーツを着てるってことを知っている人間は、そう多くない筈だよな」

「あ……そうか!何だか、いきなり解決に近づいた感じじゃない?」

 

 未来がパワードスーツを纏っている時は全く肌が露出しないため、個人どころか性別さえ区別がつかないのだ。それに彼女のあの姿を知っているということは、AWPなる極秘軍事プロジェクトの存在も当然知っていると考えるべきだろう。

 亜樹子が言う通り、ここまで条件が絞られるのなら、ドーパントに変身している人物の特定もそう難しくはない筈だ。

 が、翔太郎は癖のついた髪に指先を突っ込み、頭を掻いてぼやいていた。

 

「しかし、あいつの過去の恋愛か。参ったな」

 

 彼が浮かべているのは本当の困り顔である。何をすればいいのやら見当もつかない、と爪の先をいじったり、靴の踵を鳴らしたりと、そわそわした仕草が物語っていた。

 普通の依頼人であればいいが、何しろ相手はあの戦闘用軍事サイボーグだ。

 過去の男女関係というデリケートな問題について下手な訊き方をし、彼女の機嫌を損ねるようなことがあれば、冗談ではなく殺されかねない。まだ本当の渋い男にもなれていない若い命を散らすなど、翔太郎には真っ平だった。

 

「えっ、なになに?ひょっとして翔太郎くん、訊きづらいとか思ってる?」

「あ、当たり前だろ!男の俺が、あいつにそんなこと……」

 

 未来に対して明らかに恐れをなしていると見える翔太郎を、亜樹子があげつらう。

 確かにびびってはいるが、ここは男と言う立場を全面的に主張して押し切るしかない。

 そう考えながらも浮き足立っている半熟探偵の顔を上目遣いで見上げ、亜樹子がにんまりと満面の笑みを浮かべて見せた。

 

「じゃあ、私が替わりに聞いてきてあ・げ・る!ほな、行ってくるでぇ!」

 

 元気よく言うが早いか彼女はくるりと踵を返して玄関のドアへと向かい、途中の応接スペースに置いてあったバッグをひっつかんだ。足取りも軽やかに外へ走り出ていく亜樹子は、自分もようやく活躍の場が巡ってきた喜びでいっぱいのようだった。

 

「お、おい!あんまり突っ走るなよ!」

「わかってるってー!」

 

 その小さな背中に翔太郎が呼び掛けたが、女所長は振り向かずに返事を返したのみである。

 今まで、亜樹子が乗り気になっている時はつい勇み足を踏んでしまい、事態が三倍くらいややこしくなることも珍しくなかった。いつもはそうならないよう誰かしらが側につくものだが、今回は事が事だけに男の自分たちが付き添うわけにもいかない。

 翔太郎はドアが閉まると同時に、もどかしさと不満から来る愚痴をこぼした。

 

「ったく……亜樹子の奴、ああいうところは本気で大阪のおばちゃんだぜ」

「しかし、未来も女性だ。僕たちには話しづらいことも、同性にならすんなりと言えることはあるかも知れない。ここはあきちゃんに任せておこう」

 

 一方のフィリップは落ち着いたもので、亜樹子の単独行動にも別に不安を抱いている様子はなかった。翔太郎とは違って、女性のことは女性に一任するべきだと最初から思っていたのかも知れない。

 流石に今回ばかりは自分の出る幕ではないし、余計なことに首を突っ込んで依頼主から危害を加えられるリスクも犯すべきではないのだ。

 

「まあ、仕方ねえか……」

 

 翔太郎が何とか自分を納得させて頷いた時である。

 事務所の外から誰かの足音が慌ただしく響いてきて、そのままドアの内側へとなだれ込んできた。

 

「左!」

 

 古めかしいドアがやかましく開くと同時に姿を見せたのは、深紅のレザーファッションで細身の身体を固めた照井竜だった。バイクから飛び降りてすぐに駆け込んだらしく、脇にヘルメットを抱えたままで、ひどく慌てているように見える。

 

「おう、照井か。亜樹子なら、丁度入れ違いに出てったぞ」

 

 最近日中にも頻繁に姿を見せる照井の用事は、いつものように亜樹子に関するものと考えた翔太郎が訊かれるよりも先に応える。が、緊張した面持ちの照井はその言葉が耳に入らなかったかのように、翔太郎とフィリップへまっすぐ歩み寄った。

 

「お前とフィリップに用がある。風都署まで来てくれ」

「ま、待て待て待て!最近は、警察に連行されるようなことはしちゃいねえぞ!」

 

 その照井の態度にぎょっとさせられたのは翔太郎だ。

 詰め寄ってくる若き警視に対して何かの間違いだと言わんばかりに激しく横に首を振り、開いた両手も振って見せて敵意がないことを強調する。

 フィリップも警戒の色を全身に滲ませて要件を聞く体勢になっていたが、照井が口にしたのは意外過ぎると言える事実であった。

 

「署の倉庫に保管してあった、ガイアメモリに関連する事件の証拠品が盗まれた。犯人は、あのラストというドーパントだ」

 

 警察の倉庫での盗難事件。

 その上に犯人がドーパントというのは、前代未聞ではないだろうか。

 これまでに風都署の中でドーパントが暴れる事件は何回もあったが、証拠品の盗難など翔太郎もフィリップも聞いたことがない。

 そして犯人は「七つの大罪」メモリのうちの一つ、ラストメモリのドーパントだという。

 何故ドーパントが過去の事件の証拠品を盗むのか。フィリップにさえ、繋がりが全く見えてこない。

 

「何だって?」

 

 フィリップが目を見開いて、思わず隣に立つ翔太郎と顔を見合わせた。

 確かに自分たちが出ざるを得ない事件の始まりであることを、半熟探偵と天才少年の二人は感じ取っていた。

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