亜樹子は初対面時に渡された名刺の住所を便りに、未来の経営する便利屋事務所「オフィス・ユースフル」を探していた。主である未来には予め連絡を入れてアポイントを取り、交通手段なども教えてもらっていたが、普段はバイクでの移動がメインの亜樹子には慣れない電車を乗り継いでの移動となっている。
未来からは、わかりづらい場所にあるので迷ったら迎えに行くとも言われていたが、探偵事務所を預かる所長が道に迷うとあっては赤っ恥である。亜樹子は風都に比べて圧倒的に車と人が多い道路を渡り、狭い道を抜け、オフィスを探し続けていた。
それにしてもこの街を歩いていて驚かされるのは、ロボットの多さである。歩道を子どもの背丈程度の小型ロボットや箱型の清掃ロボットが行き交い、歩道橋には車輪で稼働する彼らのための専用スロープまで設けてあるのだ。
ビルや店は排気ガスで汚れており、どれもこれもがごみごみして密度過多な印象である上に退廃的な雰囲気があるため、これはひどくミスマッチである。
加えて、道行く人々には外国人の姿が目立っていた。黒人を始めとしてラテン系の特徴を顔立ちに持つ者が特に多い気がするが、東洋各国の出身者らしき者たちも同じくらいいそうな印象である。
おかげで小柄な亜樹子は、背が高い群衆の間に埋もれるようにして歩道を歩かねばならなかった。
「そう言えば、翔太郎くんも言ってたっけ……」
未来のオフィスも従業員の殆どは外国人だと翔太郎から聞いたことを思い出た亜樹子から、呟きがこぼれる。
そのような環境のせいか、広い道路の両側にごちゃっと建ち並ぶビルは外国語表記の看板が多い。ランチタイムの仕込み中である今の時間は、各種のレストランから漂ってくる香りも馴染みがないそれが殆どだった。
たこ焼きやお好み焼きには敵わないが、いたく食欲を刺激された亜樹子はついまた独り言を漏らしていた。
「あ~、美味しそう……まぁ、ソースが焦げる匂いには負けるけど」
雑踏の隙間から流れてくる香りを吸い込んだ亜樹子の頭に、風都ではあまり馴染みのない料理のイメージが横切る。帰りにこの街で昼食を取ることを早々に決めた彼女は、早く用事を済ませるべく歩くスピードを早めた。
自分よりも小さなロボットとすれ違い、頭一つ分以上背丈が違う黒人男性にショートパンツにスニーカーといういでたちをじろじろ見られながら、「女子中学生」所長は雑多な街の狭い通りへと入っていく。
携帯電話の地図ソフトで現在位置を確かめつつ、亜樹子は過剰な密度で建ち並ぶ雑居ビル群を見上げた。
「ん~、この辺りの筈なんだけど……あ、あった!」
ごちゃごちゃと入り組んだ看板の中にやっと「オフィス・ユースフル」の名刺と同じロゴを見つけた亜樹子が、声を弾ませる。目的である古い雑居ビルの二階に上がるべく、彼女は狭く暗い階段を急ぎ足で上った。
階段の先は踊り場に毛が生えたような小さいホールになっており、そこに小型のカウンターが据えられていて、ロボットの上半身のような、白っぽい奇妙なオブジェが乗っている。オブジェかと思ったのは、全く稼働している様子が見えなかったからだ。
ホール自体は狭くとも綺麗にまとまっており、カウンターの上には一輪挿しに可愛らしい花まで飾られている。が、入り口らしき白いドアにはインターホンがなく、取っ手すらも見当たらない。普通ならインターホンや呼び鈴くらいあるものだが、そのどれもカウンターには見当たらなかった。
ドアは自動ドアのようだったが、試しに前に立ってみてもドアの上にあるランプは赤のまま変わらず、開きもしない。
すると、このロボットのような奇っ怪なオブジェに何か仕掛けでもあるのだろうか。
「ん?」
亜樹子が不思議そうにオブジェの顔の辺りを覗き込む。
半円の胴体に簡素なアームがあり、ボールのような頭が乗った姿は何ともユーモラスで、丸い二つの目にはLEDが仕込まれているようだった。
『いらっしゃいませ。ご用向きをどうぞ』
「わ!」
その奥を覗き込もうとした亜樹子が顔を近づけたとき、突然球形をした頭の内側から合成音声が流れてきた。驚いて反射的に後ろに下がると、先まで黒く見えていた目が青く点滅しているのが目に入ってくる。
「って、ロボット?」
『はい。驚かせてしまって、申し訳ありません。私は受付を担当しております。ご用向きをどうぞ』
オブジェかと思ったのは、やはり受付用のロボットだったのだ。
あれほど普通に道をロボットが歩いているのだからそれも頷けるが、いちいち人の反応を見て答えを返しているらしい辺り、かなりの高性能であることが窺える。
風都では見たことがない人工の受付担当者に、亜樹子は戸惑いながらも要件を告げた。
「え……えっと、今日の十一時から所長の間未来さんと約束がある、鳴海探偵事務所の鳴海亜樹子ですけど」
『かしこまりました。照合しますので、少々お待ちください』
と、律儀に頷いたロボットが考えるように沈黙する。
その光る目の奥を好奇心ではち切れんばかりの瞳で見つめながら、亜樹子が呟いた。
「ふうん……よくできてる!ホント、SFみたい。うちの事務所にも、こういうのがいてくれればなあ……」
『申し訳ありませんが、私は契約以外の場所に行くことはできません』
つい口から出た感想なのに、ロボットは言葉通りの意味を取って返してくる。関西人であれば突っ込みを入れざるを得ないくらいに、ある意味できすぎた反応だ。
「って、ひとりごとにいちいち答えんでもええっちゅうねん!」
『申し訳ありません』
亜樹子が癖で取り出した突っ込み用のスリッパを構えると、今度は平謝りである。これでは出鼻を挫かれた格好となってしまい、折角のスリッパも空振りであった。
「……はぁ、人間相手じゃないから調子狂うわ。まったく」
考えてみれば、生きてもいない相手にノリツッコミを演じても面白味がない。しかしロボットが次の反応を示したのは、溜め息をついた彼女がバッグにスリッパをしまい、大人しく待つことに決めた矢先であった。
『お待たせしました。ロックを解除しますので、お入り下さい』
ロボットが抑揚のない声で言うと、自動ドアの上で光っていた赤いランプが青く変わったことがわかった。
このロボットが受付を担当するのは、街の住民にとっては当たり前のシステムになっているのかも知れないが、慣れない者はどうもやりにくい。まるで、誰もいない壁に向かって一人漫才でもやっているかのような気分にさせられるのだ。
「あー、やっと入れるんや。何だかこれだけで、えらい疲れたわ」
亜樹子が早くも生身の人間が恋しくなり出し、ドアに足を向けた時である。亜樹子がドアのセンサーに達する前にドアがスライドし、中から未来が姿を見せた。
「いらっしゃい、あきちゃん」
「あ、未来さん!どうも、こんにちは」
細身のパンツにストライプのブラウス、靴はパンプスといういでたちの未来に迎えられ、亜樹子はほっとしたような笑顔で挨拶を送った。未来はこのオフィスの所長という立場だが、亜樹子を自ら出迎える辺り、気さくなところはここでも変わらないらしい。
室内のためジャケットを羽織っていない女所長が、亜樹子の先に立ってオフィスへ案内してくれる。
「狭い事務所だけど、一応は応接室もあるから。こっちだよ」
「それじゃ、失礼しまーす」
もう一言挨拶してから、亜樹子は未来に続いて自動ドアをくぐった。
入ってすぐがオフィススペースになっていて、部屋の中央寄りに並べられたアイボリーのデスク群を囲むように、スチールのキャビネットや熱帯魚の水槽、観葉植物がバランス良く配置されている。窓は換気用の小さなものが天井ぎりぎりの位置にあるだけだったが、明るい感じのインテリアが閉塞感を和らげており、居心地が良さそうな雰囲気だ。
デスクでは二人の男性が仕事の真っ只中で、そのうち一人が浅黒い肌の外国人男性であることが亜樹子の目を丸くさせた。彼は英語とは違う耳慣れない外国語で電話を取り、しきりに頷きながらメモを取っている。
最初に未来と会ったとき、確か事務所の従業員は殆どが外国人だと聞いたが、実際にその様子を目にするとやはり驚かされる。そんな中で、プライドに襲われた堀内は数少ない日本人だったはずだ。ここへ来て日の浅い彼は、何かにつけて未来を頼ることも多いのであろう。
と亜樹子が考えたところで、パソコンのモニターから顔を上げたもう一人の男性と視線が合った。
「あ、堀内さん。怪我はもういんですか?」
まだ若干顔色が悪く見える堀内に軽く会釈しながら、亜樹子が笑顔を送る。
しかし彼は長い前髪の間から覗く目をそそくさと逸らし、再び背を丸めてモニターの陰に隠れた。赤の他人に接するかのような愛想の全くない態度に、亜樹子が思わず仏頂面になる。
「感じ悪っ!」
「まだ怪我から復帰したてだから、ペースが戻ってなくて大変なんだよ。大目に見てやってね」
客人が気分を害したことに気づき、未来が苦笑した。
亜樹子が持っていた堀内の印象は「おどおどして内気な、しかし怒ると手がつけられなそうなタイプ」だったが、ここへ来てそれに「他人とのコミュニケーションが苦手」も加えるべきだと思いたくなる。児童養護施設でラース・ドーパントに遭遇した時は健太を必死で守ろうとしていたのだから、それなりの根性はあるのだろうが、それを対人関係にも回すべきではないのだろうか。
恐らく、未来もこの部下に手を焼いているに違いない。
亜樹子が堀内へ再度意識を向けた時、青白い顔をした男がジャケットを羽織りながら立ち上がった。
「じゃあ所長、俺は例の調査に出てきますから……今日はこのまま直帰しますので」
言いながら、堀内は長い前髪の間から覗く目を未来へと向けた。
その目が異常にぎらついているような気がして、亜樹子の表情が一瞬固まる。堀内の未来を見る態度が、まるで獲物に襲いかかる直前の獣のような威圧感を孕んでいることを、彼女は本能的な部分で感じ取ったのだ。
しかし、それもごくごく短い間のことで、堀内は首を大きく振って前髪を額から避けると、未来に軽く会釈を送った。
「ああ、あんまり無茶はしないようにね。ただでさえ、病み上がりなんだから」
「大丈夫ですよ。俺はいつでも、所長のためを思ってやってますから」
他のことに注意を引かれていたらしい未来は、部下の異様さに気づいていないようだった。むしろ、若干ふらついているように見える新人部下へと心配そうな視線を送っている。
亜樹子には、堀内のひょろ長い身体が外へ出ていく様に、便利屋という体力勝負の仕事がこなせる活力を見いだすことができなかった。
「堀内さん、何だか感じ変わってない?」
堀内が出入口の自動ドアをくぐった直後、亜樹子が未来へと小声で耳打ちする。すると、同じように部下の背を見送っていた未来が困ったように答えた。
「うん。怪我はそろそろ落ち着いてるはずなんだけど……ここ何日かずっと外に出っぱなしだから、疲れてるんだと思う。内勤中心の仕事を振ろうかって相談はしてみたけど、気を使わないでくれって言われちゃったからね。外に出てる方が好きだからって」
「堀内さんって、そんなに動き回る仕事が好きなの?」
亜樹子が意外そうな顔をすると、未来が軽くため息をついた。
「ううん。退院してから、急に張り切っちゃったみたいで。彼なりに、会社に負担をかけた分を取り戻そうとしてるみたい。あんまり頑丈そうに見えないから、私は心配なんだけど」
亜樹子が、未来の言葉の終わりで先に見た堀内の姿を思い返す。確かに堀内の柳のような身体と陰気そうな顔には、体育会系の雰囲気は皆無だ。未来も考えて仕事を振っているだろうに、あまり個人の希望のままに無理を押し通されるのは考えものである。
それにしても気になるのは、退院したばかりの半病人的な顔であるのに妙に威圧的な印象があった、堀内の異様な眼光である。彼が精神的な疲労を抱え込んでいないかどうかは、きっと未来も気にしていることだろう。
「あら。せんぱ……所長のお友達ですか?」
亜樹子が同じ所長という立場でものを考えていると、給湯室から出てきた若い女性従業員がにっこりと笑って声をかけてきた。
背の高さは亜樹子と同じぐらいだが、丸顔に軽く巻いた長い髪、愛嬌たっぷりの瞳が何よりも印象的な女性だ。ファッションも控えめなレースやリボンをブラウスの襟元やスカートにあしらった清楚な雰囲気で、アクティブな未来や亜樹子とは全く違う。そこにいるだけで空気を柔らかくできる癒し系、と言えばいいだろうか。
「あ、翔子ちゃんか。まあ、そんなとこだよ」
「どうぞ、ゆっくりなさってくださいね。それと、さっき頼まれたドリンクの材料をHARに足しておいてあげました」
その女性がもう一度笑顔を見せてから脇へ避けると、後ろに控えていた小型ロボットが姿を現す。
小学生の子どもと同じくらいの背丈に丸っこい頭、スカート型の胴を持つ車このロボットは、亜樹子がここへ来るまでに何度も見かけたものとそっくりだった。
「なら、丁度いいや。HAR、ホットコーヒーを二つ応接室によろしくね」
『はい、かしこまりました』
未来が頼むとHARなるロボットが高い声で答え、いそいそと給湯室に入っていく。その様子は何ともユーモラスだ。
応接室は給湯室の隣にあり、亜樹子はそこへと通された。
大人数人が入れる程度の広さしかなかったが、ソファーとコーヒーテーブルは落ち着いた感じのブラウンで、テーブルには淡いピンクの薔薇が飾られている。狭いながらも洗練された雰囲気に亜樹子が再び驚いたところへ、コーヒーポットとカップを乗せたトレイを持ったHARが自動ドアをくぐってきた。
「ロボットがいっぱいいるのね。驚いちゃった」
「今は安いリース品も結構あるし、C-SOLがお下がりもくれるから。万年人手不足のうちは、助かってるんだよ」
HARのアームがテーブルに置いたカップへコーヒーを注ぐのを眺めつつ、亜樹子は感心してこぼした。この街では当たり前だと頷いた未来が笑って応えるが、風都の住民である亜樹子はロボット文化に馴染みが薄い。コーヒーを淹れ終わったHARがくるりと回転してドアに向かう姿も、ついしげしげと見つめてしまう。
未来が亜樹子の座る正面のソファーに腰を落ち着けると、二人はコーヒーテーブルを挟み向かい合う形となっていた。
「そうなんだ。じゃあ、入り口の受付ロボットも?」
「そう。来客のスケジュール管理もしてくれるし、目は防犯カメラも兼ねてるの。郵便物もあそこで受け取って、不審物のチェックも任せられるから」
「不審物って……爆弾とか?」
亜樹子は冗談のつもりで言ってコーヒーカップを取り上げたが、未来はしらっと答えた。
「怪しいのは、開ける前に全部警察に渡すから……まあ、色々とあると思うよ。入口のドアは声紋と光彩認証方式だけど、それでもまだ安心できないんだ。だから夜はずっと警備ロボットに見張らせて、ある程度の武器弾薬も揃えてる。窓も扉も全部、防弾仕様に変えたしね」
「……随分と気を使ってるのね」
「この街じゃ、喧嘩で銃が使われることもざらだからね。商売柄、最低でもこの程度は必要になるんだよ」
ロボットが淹れた熱いコーヒーはごくごく普通の味だったが、彼女らが交わす言葉は随分と物騒だ。
世間話をするさりげない口調ではあっても、未来が安全に関して相当神経を尖らせていることが、亜樹子に嫌でも伝わってくる。彼女もまた亜樹子と同じく、このオフィスで働く人間の身柄を預かる立場なのだ。念を入れすぎることはない、というのが根底にあるのだろう。
「いい風」が吹く風都に比べ、女の細腕で会社を切り盛りするには不向きな街だとは思うが、それも何か事情があってのことに間違いない。それをいつか未来の方から教えてくれる時が来ればいいと、亜樹子は願う。
似たような境遇にいる未来のことを、亜樹子は他人と思えずにいたのだ。
「ところで、話って何?わざわざ二人だけで、って指定までして」
亜樹子がコーヒを口にするほんの短い間だけ沈黙が生まれたが、未来がそれを破る。素朴なコーヒーカップから唇を離しつつも少しだけ躊躇する様子を見せた後、亜樹子は要件を切り出した。
「ええとね……少し言いづらいことなんだけど」
亜樹子は既に姿を見せているラスト・ドーパントの力の根源が色欲にあること、そこからフィリップによって導き出されたヒントが過去の恋愛関係にあること、それも未来がサイボーグであることを知る人物である可能性が高いことをざっくりと説明した。
「ふうん……なるほど。私の過去の彼氏ねえ」
「そう。別れる時に未練たらたらだった人とか、自然消滅しちゃった人とか、いない?」
亜樹子は内に秘めた好奇心を極力抑え、メモを片手に訊ねた。
問われた未来は大きな瞳を遠くしたが、そこにかすかな影をよぎらせたようだ。彼女はおもむろにまだ中身が残っているコーヒーカップを置いて、軽く溜息をついた。
「私も、高校まで女子校だったから……彼氏なんて、今までに一人しかいたことがないよ。そいつも、何年も音信不通だからね。別れ際に、未練どうこうって状態じゃなかったし」
「連絡先もわからないの?」
「もう携帯から登録も削除して番号も変えて、忘れちゃったの。結構な最低人間と、いつまでも絡みたくはなかったから」
短い昔語りをする未来の言い方は静かでも、声が自嘲気味な響きを含んでいる。
彼女がここまで素直に亜樹子の質疑に答えてくれるのは、正直少し意外であった。が、それも相手が同性だから、というのはあるのかもしれない。もし異性が同じ部屋にいたら、ここまですんなりとは行かなかったであろう。
自称ハードボイルドのハーフボイルド翔太郎を連れて来なくて正解だったと、亜樹子は心で深く頷いた。
「そっか。じゃあ、今の身の回りに何か変わったことはない?誰かに後をつけられてる気がするとか、おかしな電話があるとか、見慣れない男がうろついてるとか」
「うーん……特にはないかな。もしあれば、誰よりも先に私が気がつく筈だからね。いたずら電話は事務所に普通にあるけど、特に私個人にってわけじゃないんだよ」
未来が今度は申し訳なさそうに、肩をすくめて見せる。
確かに、未来は普通の人間の数百倍という感覚器を持つサイボーグだ。歩く監視カメラ、全身盗聴器と言っても過言ではないのだから、彼女が何も異常を感じないのなら、本当に何もないのが事実なのであろう。
しかし、まだ肝腎な質問が残っている。
亜樹子は好奇心が目の表情に出ないよう最大限注意すると、意を決して最重要と思われると思われる問いを口にした。
「今現在、付き合ってる人は誰かいるの?もしいたら、その人の様子が最近おかしくなったってことはない?」
ほんの一瞬だけだが、未来の表情に複雑な色が浮かんだ。しかしそれも刹那の間だけで、すぐに彼女は首を横に振って見せる。
「付き合ってるって……そういう人、今はいないよ。だからさっぱり」
言葉ではあっさりと否定した未来ではあったが、亜樹子としては答えまでにあった短い間が何とも気になる。
多少気は引けようとも、ここで確かめておかないわけにはいかない。未来の目を正面から見据え、亜樹子はやや強い口調でもう一度問うた。
「本当に付き合ってる人って、いないのよね?」
「『男女としての親しい付き合いがある』って関係で、っていうことならいないよ。それは断言できる」
今度は即答した未来の瞳に、答えを探すような間は見当たらない。彼女の「男女関係」に絞ってならばいない、という言い種も微妙だが、密かに想いを寄せている相手ならいることを示しているのだろうか?
が、未来の方から好意を持っているのはラスト・ドーパントが出現するための条件にはならないため、そのことを追及する種にはならない。
「うーん、そうかぁ……」
すぐに返す言葉を思いつかなかった亜樹子が腕組みをして唸ると、未来も困ったように口をつぐんだ。ドーパントに関しては専門外の彼女は、どう考えていいかということも把握しかねているのだ。
彼女らに挟まれたコーヒーテーブルに置かれたコーヒーは、冷めていく一方であった。