住民の安全相談からガイアメモリを使って罪を犯した者の逮捕まで担い、街を守る指命を負った風都署。「超常犯罪課」なる専門の部署まで置いてドーパント事件を取り締まっている、警察組織としてはかなり異質な署だと言えよう。
その風都署の倉庫に泥棒が入り、ガイアメモリ事件に関する証拠物品がごっそり盗まれてしまったのだから、署では大騒ぎになっていた。
超常犯罪課の責任者である照井警視が取った差し当たっての対処は、倉庫の警備に当たる警察官を増員しただけだ。犯人がドーパントであることがはっきりしているだけに、それ以上の対策は取りようがなかったのだ。
相手がドーパントとなると、一般の警官ではとても太刀打ちできない可能性がある。後は連絡体制を強化し、再び不審者の侵入があった場合は即時の連絡が入るようにだけしておいて、仮面ライダーである照井自らが犯人を追う必要があった。
その照井が有していた手がかりが、倉庫の入口付近に仕掛けられた監視カメラの映像を記憶したDVDである。彼は翔太郎とフィリップに現場を確認させてからこれを見せて、敵の分析と今後についてを検討するために風都署へ同行しようとしたのだ。
もっとも、それは翔太郎とフィリップの双方から反対されたため、照井がこっそりと映像を別のメディアに焼いて鳴海探偵事務所に出直す羽目にはなったが。
仮面ライダーに変身する三人の男たちが鳴海探偵事務所に再び集ったのは、その日の午後になってからである。DVDは映像の解析がしやすいよう、フィリップが作業で使用するパソコンで再生されていた。
薄暗いガレージの中で型式の古い液晶モニターは、前に陣取る男たちの顔をぼんやりと照らしている。彼らは狭い作業スペースの机にあるモニターに映し出された監視カメラの映像を、無言で見つめていた。誰も言葉を発しない中で、フィリップの操るマウスの音だけが時折小さく聞こえてくる。
少年が操作している画面の中では、ラスト・ドーパントが倉庫のドアを拳の一撃で破る様子がはっきりととらえられていた。
「ちょっと待ってくれるか?」
何か思い当たるところがあったらしく、フィリップが映像を巻き戻す。
「行き過ぎた。もう二秒くらい戻そう」
少年は低く呟きながらマウスで操作を続け、ラストがドアを破る直前のところで映像を静止した。
「ここだ」
「このラストというドーパントが、扉を壊しているところか。これがどうかしたのか?」
照井が一度ではその意図を図りかねて問うと、フィリップがモニターに小さく映っているラストの上半身の辺りを指差した。
「映像をもう少しアップにする。二人とも、ラストの手元をよく見ていてくれ」
更にマウスカーソルで映像解析用ソフトのコントロールパネルを操作して、フィリップはラストの腰から上までに当たる部分を拡大していく。
すると、ドアに当たる直前のラストの拳が通常とは大きく形を変えていることが、照井や翔太郎の目でも判別できた。拳だけが二回り以上は巨大化し、見た目がボーリング球のようになっているのだ。
「手の形が変わっているな。鉄球のようだが」
「どうもこれは不自然だ。ラスト・ドーパントの特殊能力は全身の硬質化と飛行能力であることが、ついこの間の戦いでも判明している。通常のドーパントがそれとまた質の違う特殊能力を別に持つなど、考えられない」
ドーパントが自らの能力を使って身体の一部の形を変えることは、特段珍しいことではない。そう言いたそうに照井が呟いたが、フィリップの表情は訝しげであった。
「この場合は手の形を変えて、多分攻撃力も底上げしてるってことか。だが、現にこいつは特殊能力を使ってドアをぶっ壊してるじゃねえか」
「だから、それがもうおかしいんだ。一体のドーパントが持つ能力として、数も種類も多すぎる」
翔太郎も照井と同意見であるが、フィリップは首を激しく横に振り、もどかしげに同じ説明を繰り返すばかりだ。素人目にはドーパントの持つ能力が互いにどう関係しているかわからないが、長らくガイアメモリを作り続けていたフィリップには、ラストの異質さがわかるのだろう。
いつも冷静なフィリップが珍しく動揺していても、照井はまだ納得が行きかねているように眉根を寄せた。
「しかし……」
だがそこで二の句を次ぐ言葉を見つけられず、若き警視も沈黙に沈んでしまう。
フィリップは無言になった仲間たちとともにモニターを眺め続けながら、溜め息を漏らした。
「どうも根本的なことを見落としているような気がして……僕には、どうも気になるんだ。照井竜。他にガイアメモリやドーパント絡みの事件は、何か起きていないか?」
異なる切り口からのアプローチを試みる少年に話を振られ、照井はふと思い出したことを口にした。
「そう言えば、ガイアメモリの売人が襲われる事件が多発しているらしい」
「らしい?ガイアメモリ犯罪は、お前の担当なんだろ?詳しく知らねえのか」
翔太郎が顔を上げて照井の方を見やったが、彼は鋭い眼光でモニターを睨んだまま答えた。
「仲間が何者かに襲われた後に姿を消していると、逮捕した何人かの売人たち全員が言っていた。何しろ、行方不明になった売人の情報自体がなかなか掴めない」
翔太郎にもどこか突き放すように答え続けた照井は、むっつりとした表情を崩さない。
そのような事態は、鳴海探偵事務所のコンビも初耳である。照井の方からすれば警察としての面子もあることから、あまり頻繁に外部の人間を頼るわけにもいかないのだろう。
「しかし、それとラスト・ドーパントが何か関係あるのか」
フィリップから投げ掛けられた突然の質問に、そう照井が問い返した時である。
事務所のオフィスに続くドアの方から玄関が乱暴に開く音と、ひどく乱れた複数の足音とが同時になだれ込んできた。
「たたたた、大変だぁーーーーーーー!」
「翔ちゃん、翔ちゃん!どこ行った!」
そして、その源となっている者たち上げる悲鳴が、埃っぽいガレージにいる男たちの耳を打つ。慌てた様子の甲高い声に、一同が何事かと驚いて互いに顔を見合わせた。
「ん?あの声、サンタちゃんとウオッチャマンか?」
声の主の顔を思い浮かべた翔太郎がいち早くオフィスへ続くドアに走ると、フィリップと照井もその後に続く。
春の陽光が差し込む明るい事務所に通ずるドアを開けた翔太郎の目に飛び込んできたのは、顔馴染みの二人の男がおろおろと半熟探偵の姿を探し回る姿であった。
「どうしたんだよ?二人とも、そんなに慌てて」
「たたた、大変なんだよ、翔ちゃん!」
オフィスのソファーの間や小さなキッチンを走り回っていた髭面の男が、翔太郎を見るや否や駆け寄り、腕にすがりついてくる。救いの神が現れたと言わんばかりだが、それでも男はまだ慌てていた。
「本当にもう、大変なんだって!」
「おいウオッチャマン、落ち着けって!一体、何が大変なんだよ!」
動転する余り言いたいことをまとめられないでいる男の片割れを、翔太郎が大声で必死に宥めようとする。
彼がウオッチャマンと呼んだ髭面の男は古い知人であり、風都の情報通だ。街の黒い噂にも敏感な男で有用な話をもたらしてくれることも多いが、今回はうまい話を持ってきてくれたわけではないらしい。
そのウオッチャマンの口から飛び出たのは、風都を守る男たちを驚愕させる事実であった。
「どこからかバケモンと変な泥人形が一杯湧いて、そこら中で暴れ回ってんだってば!」
「何?」
余りにも突然、そして余りにも意外なことを聞かされた翔太郎たちの動きが一瞬固まる。
風都に化け物というのは当然ドーパントのことだが、それが街に多数、それも一度に現れるなど前代未聞だ。が、そう考えられていた事件は以前にも起こっていたことだった。風都という街、そこに住む人々を大勢巻き込むこととなったT2ガイアメモリ事件である。
その時から残されることとなった心の傷が鈍い痛みを訴え、フィリップは無意識に胸を押さえた。
更に町で暴れているのはドーパントだけではないことが、ウオッチャマンの話からも判明している。「変な泥人形」なるものは、ドーパントとはまた違った存在なのだろうか。
ドーパント以外の怪物が現れるなど、一体どういうことなのか?
「おかげでもう、店を閉めてくるだけでやっとで……」
そして、ふと考えをよぎらせたフィリップの視界に新たに入ってきたのは、ウオッチャマンとは反対側に立って翔太郎の腕にすがるサンタちゃんである。彼は時期に関係なくサンタクロースの扮装をし、住民にガラクタを配り歩くある意味困った名物であったが、それでもペットショップを立派に経営する風変わりな人物だ。
彼もまたウオッチャマンと同じく翔太郎の古くからの知人であり、情報屋という顔をもう一つ持った男である。
その二人が同時に助けを求めて駆け込んできたのだから、相当深刻な状態だと思って間違いない。ここでぐずぐずしているよりも、現場に駆けつけて何がどうなっているのかを確認するほうがいいだろう。
「くそっ、また新しいドーパントの仕業か!」
「とにかく、行った方が良さそうだな。二人とも、場所を教えてくれ」
事態を把握した照井が拳を握り締めて歯噛みし、翔太郎が二人の情報屋を促した。
二人の男が乗る二台のバイクが滑り込んだのは、普段であれば家族連れやカップルで賑わう広場である。穏やかな陽光に満たされた白っぽい煉瓦造りのこの場所は、ストリートミュージシャンが自慢の声を披露したり、地元店のケータリングが軽い食事を提供するところでもあり、暖かなざわめきが絶えなかった。
なのに翔太郎らがヘルメットを外した耳に飛び込んでくるのは、耳をつんざくような悲鳴と逃げ惑う群衆の乱れた足音だけだ。男も女も、老いも若きも我先にと逃れようとする人々は、まさに混乱の極みにある。
他人を押し退けてでも逃げようとする人の波に逆らい、二人の青年は騒ぎの中心へと走っていく。
ほどなく広場の入口へ出た彼らの眼前に広がった光景は、これまでに経たドーパントとの戦いでは見たことのないものであった。
人間と、動く土くれとがめちゃくちゃに入り乱れ、穏やかな春の広場に異常な色合いを呈している。
よく見れば土くれは人間を象っており、側にいる人間に見境なく暴力を振るっているようだった。殴りかかった相手が倒れそうになれば地面に引き倒し、踏みつけ、更に蹴りを浴びせるという有様だ。
「何だ、あれは?」
思わず立ち止まった照井がこぼしたが、あれが話に聞いた泥人形に違いなかった。逃げる者や倒れた者にまで暴行を加えるなど、性根が腐り切った人形と言って差し支えはないだろう。が、どう見てもあの泥人形はドーパントだとは思えないほどに、雑な造りだった。
「……どうなってんだ、一度に三人もドーパントが出てくるなんて!」
今度は広場の奥を見渡していた翔太郎が、驚きに声を上げる。
泥人形と人々が入り乱れる間からは、明らかにそのいずれでもない異形の姿が垣間見えていたのだ。目を凝らしてみると、広場の一番奥ではトライセラトップス、ビースト、アノマロカリスなど、今までに戦ったことがあるドーパントたちの姿があるのが確認できた。
ガイアメモリは基となる素材さえあれば量産が可能であるため、風都では未だにガイアメモリのコピー品が裏で流通しており、その売人たちの取り締まりは警察の仕事である。
ただしコピー品と一口に言っても質は様々で、とりわけ不純物の多い粗悪なメモリを売買する犯罪者たちが、年々増加する傾向にあった。劣化コピーメモリは流通品の半分以上を占めており、そんな粗悪品を平凡な人間が使用した際は、ドーパントとしての戦闘能力も著しく減少する。
今回は「七つの大罪」メモリのドーパントのように手強い相手ではないだろうが、これ以上一般市民に被害が出る前に何とかしなければならなかった。事態の追及はその後である。
「あの泥人形はドーパントと違うようだが、迷ってる暇はないようだな」
照井も翔太郎と同意見らしく、早くもアクセルメモリを指先に挟んでいる。
頷いて、翔太郎もベストの内側からダブルドライバーを取り出した。
「フィリップ!」
『ああ』
半熟探偵が相棒の少年に呼びかけると、ガイアメモリを通じた応答が頭の中で直接声となり響いた。フィリップが持つサイクロンメモリの力が、遠く離れた鳴海探偵事務所に待機する主の精神を繋いでいるのだ。
刹那、翔太郎の腰の回りを光が取り巻いて、ベルトが具現化する。そこには既に、変身に必要なメモリであるサイクロンメモリが差し込まれていた。
彼はすかさず、指に挟んだ黒いメモリのスイッチを弾く。
『JOKER(ジョーカー)!』
翔太郎が素早くジョーカーメモリをドライバーに滑り込ませる傍らで、今度は照井がアクセルメモリのスイッチを叩いていた。
『ACCEL(アクセル)!』
ガイアウィスパーが流れ、深紅のジャケットを纏った若き警視の腰にアクセルドライバーが出現する。
「変……身!」
照井が力強い声を発するとともに、赤く輝くメモリがアクセルドライバーに装填される。
『ACCEL(アクセル)!』
スロットルを全開にする青年の意思に応え、ドライバーが再び吠えた。地球の力がドライバーとメモリから溢れ、所有者である照井の全身を覆う。彼の全身を駆け巡ったガイアエネルギーが硬質の鎧へと転換され、戦うための身体--仮面ライダーアクセルへと、その姿が変貌していった。
「変身!」
そして翔太郎も同じタイミングで叫び、両腕を交差させてダブルドライバーを勢いよく外側に開いていた。
『CYCLON(サイクロン)!』
『JOKER(ジョーカー)!』
二つの連続したガイアウィスパーがドライバーから上がり、翔太郎を中心とした旋風が広場に吹き荒れる。風と化したガイアエネルギーはフィリップの精神を翔太郎の下へといざない、圧倒的なパワーとスピードをもたらす、戦いに最適な肉体を再構築した。
仮面ライダーWと仮面ライダーアクセルが、風都の同じ場所で同じ時に現れた瞬間である。
風都を守る二人の戦士は、敵の出現に早くも勘づいて向かって来ようとしている数体の泥人形に対して構えを取った。