仮面ライダーW 追われるS   作:日吉舞

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罪を背負う者 -5-

「やったか?」

 

 アクセルが広場じゅうに散乱する泥人形の残骸を避けながら、亜樹子とともにWの側へと歩み寄ってくる。第三波が来る予兆は今のところないようだったが、フィリップは緊張が残る声で言った。

 

「そのようだ。しかし、油断しない方がいいだろう」

 

 翔太郎とフィリップは、春の午後の穏やかさが戻りかけている広場をぐるりと見渡した。

 洒落たショップや飲食店が周りを取り囲んでいる円形の広場は、店以外のスペースを地面と同じ煉瓦の壁がそそり立っている作りになっており、一種の閉鎖空間とも言えなくない。その中に今は自分たちしかいないことをWは確認しかけたが、別の方向に注意を向けていた未来が鋭い声を上げた。

 

「あ……見て、あそこ!」

 

 彼女が指差した先を、二人の仮面ライダーが見やる。

 先にアクセルが戦っていたのとほぼ同じ場所に当たる広場の奥で、見覚えのある紫色の異形が佇んでいた。

 棘が生えた、枯れ枝のような四肢。体格も比例して細くはあっても、恐るべき防御力を誇るドーパント。この個体を、ここに立つ一同は確かに記憶していた。

 

「あいつは!」

「ラスト……奴が犯人か!」

 

 そのいびつな姿を認めた翔太郎が警戒して構えを取り、照井は個体名を口にした。「七つの大罪」メモリのうち、色欲を暗示するラストメモリを使用して生まれた怪物が、かのドーパントの正体である。

 Wとアクセルは、自然と二人の娘たちを庇う位置に立って身構えた。しかし、その様子が間違いなく見えている筈のラスト・ドーパントは、その場から動こうとする素振りを全く見せない。

 代わりにラストは、節くれだった指先を自らの胸にまっすぐ突き立てた。手首辺りまでが胸板が一瞬埋まり、実に奇妙な光景となったが、その手が引き抜かれた時には掌に何かを握っているように見えた。

 

「な、何してるの……?」

 

 思いもよらないラストの奇行に亜樹子が絶句し、他の一同も言葉を出せずにいる。

 動くことを躊躇している仮面ライダーたちのことなど意も介さず、ラストは胸の中から引き抜いた手に握った何かを足元へばら蒔いた。

 すると、にわかに信じ難い現象が起きた。

 煉瓦が敷き詰められた地面から土の巨大な柱が何本も生え、瞬く間に成人男性の背丈を越えるほどの大きさとなり、先の泥人形と全く同じ形を取ったのである。

 

「あれは、ガイアメモリの欠片?ああやって、奴が泥人形を作ったのか!」

 

 先に倒した泥人形がまた作られたことを目の当たりにしたアクセルが、驚愕を隠さずに呻く。

 ラストが身体の中から取り出したのは、泥人形の核となっているガイアメモリの欠片に間違いない。そして、風都署の倉庫が襲われてガイアメモリ事件に関連した証拠品がごっそり盗まれたことも、これで説明がつく。あの泥人形を作るために、ガイアメモリの欠片が大量に必要だったのだ。

 加えて、今までの戦闘後や今回この場に現れたのも、ブレイクされたメモリの欠片を手に入れる目的があったからだろう。

 

「そんな……私、聞いてない。これじゃあ、いくらやっつけてもきりがないじゃない!」

「これもラストの特殊能力の一つなのか……信じられない。奴は一体、どれだけの能力を持ってるんだ」

 

 亜樹子が呆然と呟くと、フィリップもくぐもった声に言葉を乗せていた。

 ラストの能力は、前回の戦闘で飛翔と肉体の硬質化であることが確認済みだった。が、この二つは質の違う能力であり、通常なら一つの個体に同居することなどありえない。それなのに、ラストはまだ「ガイアメモリの欠片を使って下僕を作り出す」という、更に系統が異なった力を持っている。

 

 「七つの大罪」メモリとは、ここまでイレギュラーな存在を作り出せるというのか。

 愕然として、言うべきことをすぐに見つけられないフィリップに代わり、翔太郎がメタルシャフトを構え直してラストを睨みつける。

 そこでこちらの存在に気づいた新たな泥人形たちが向かって来ようとしたが、ラストが片手を上げて制しながら進み出ると、単純な思考しか持たない彼らはぴたりと動きを止めた。

 

「ようやく出てきたか、仮面ライダー。薄汚い偽善者ども」

 

 それが初めて一同の耳にする、ラスト・ドーパントが全体に向けた言葉であった。声は男とも女ともつかず、口調だけでは正体が誰なのかわからない。が、その不気味な姿から発せられる高慢な物言いは不快感を煽り、皆の顔をしかめさせた。

 

「何だと?」

「ふざけるな!てめえは、罪もない街の人たちを傷つけた犯罪者だ。そんな奴は、俺たち仮面ライダーが許しちゃおかねえ!」

 

 見えすいた挑発であっても、街を守るヒーローである仮面ライダーを偽善者呼ばわりするのは許し難い。アクセルがむっと一言だけ返したのに比べ、翔太郎は感情を率直に声に表していた。

 しかしラストは既に二人のヒーローから他へと視線を移し、彼らの反応を殆ど無視して続けてくる。

 

「そしてやはり、お前も出てきたな。この俺の力に、刮目せざるを得なくなったというわけか」

 

 その醜悪な外見を持ったラストが唯一注意を向けていたのは、仮面ライダーたちの横へ進み出てきていた未来であった。

 先日の戦闘以来ドーパントから勝手に憎悪を向けられ、またしても「お前」呼ばわりされたことに、彼女は少なからず嫌悪感を抱いているようだった。しかし女戦士は気丈にも怪物の目に当たる部分をきっと睨みつけ、はっきりとした口を叩き返す。

 

「勘違い野郎、何勝手なこと抜かしてんだよ。私にはドーパントの知り合いなんていない!そんなことより、まさかこの場から無事に逃げられるとは思っちゃいないだろうね?」

 

 少しも臆した様子の見えない未来が黒い革手袋を嵌め直して構えると、横に立つ仮面ライダーたちも、自然と踵を浮かせた姿勢となった。いつでも俊敏に反応できるよう、上半身からも余計な力が抜けていく。

 だが、再び臨戦態勢に入った敵が前方に展開しているにも拘わらず、ラストはまたも自分に都合が悪い口上を無視して嘲笑を漏らした。

 

「勘違い?違うな、それはお前の方だ」

「何?」

 

 どう見てもまともな会話を成立させる気がないドーパントに苛立ちを覚えたらしい未来が、眉間に皺を寄せる。その反応はWやアクセル、亜樹子も同じであった。

 

「もう忘れたのか?言った筈だ。俺の目的は、お前への復讐だと」

 

 広場にいる他の者など見えないかのように、ラストは未来へとまっすぐに指先を突きつけてくる。

 

「何だと、この……」

 

 挑発めいたラストの態度に顕著な反応を示したのは、未来よりもWの内にいる翔太郎である。

 だが、彼が振り上げかけた左の拳をフィリップが右手で押さえた。未来が敵のことを探るため、話を中断させずにいるのを察したのだ。

 敵が驚きと恐ろしさに竦んだと見るや、ラストは更に続けた。

 

「お前は今に俺の存在に怯えて、俺のことしか考えられなくなる。そうなればもう夜も眠れず、他のことは何も手につかない。そうやって心が狂うまで、じわじわと可愛がってやる。俺の力の前に、お前ができることなど何もないとわからせてやろう」

「な……」

 

 さしもの未来も色をなくしかけた顔を引きつらせ、咄嗟に言い返そうとした唇を凍りつかせていた。

 こんな色情狂の如き文句を目の前で垂れたのは、正体も知れない化け物じみた外見のドーパントだ。怪物から不快感を通り越し、胸の悪くなることを言われて平常心を保てる女など、そうはいない。それでもまだ踏みとどまるだけの冷静さを残している未来は、小さく息を吐いただけで退こうとはしていなかった。

 が、彼女は瞳に僅かながら恐怖の曇りを浮かべている。

 

 どんなに強い肉体を誇り、高い戦闘力を持っていると言っても、未来は若い女なのだ。色に狂った男に本能的な戦慄を抱くのも、無理からぬことだ。

 彼女を気遣った翔太郎が、唇を固く結んでいる女戦士にちらりと視線を投げかけた時である。

 未来の動揺を鋭く見抜いたラストが心の隙に言葉の剣を突き通さんと、己が欲望を剥き出しにして彼女へと一歩、にじり寄って言った。

 

「俺が欲しいのは、お前の全てだ。誰も知らない恐怖の悲鳴も、絶望の涙も、必ず俺だけのものにしてやる。その心も、身体も声も……お前そのものが、俺のものなんだからな」

 

 ラストの声は決して大きくはなく、威圧感が込められたものでもない。

 それなのに不快な単語は聞く者の心に黒い染みのような影を落とし、情欲を歪な腕に換えてじりじりと伸ばしてくるかの如き錯覚をもたらしていた。

 

「や、やだ。何なのよあいつ……気持ち悪い」

 

 未来と同じ若い女性である亜樹子が、生々しい男の欲望から身を守るように半身を抱いて身震いする。

 直接欲の対象にされた訳でもない亜樹子すら寒気を覚えるほど不愉快な言動に、未来が何も感じないわけがない。

 しかし未来は唇を噛みしめ、ラストを一睨みするだけだった。 

 

「くっ……こいつ」

 

 恐らく女としての反応よりも、戦士として叩き込まれた反射の方が勝っているのだろう。低く呟いた未来は安定しない精神を強靭な意志で抑え込み、グロックのグリップを無意識に握り直していた。 

 アクセルが明らかに怯えている婚約者を守ろうと、無意識のうちに半歩足を進めて彼女の側へと寄り添い、紅き鎧を纏った腕をラストとの間に割り込ませた。

 その気配を察したラストは、愛しき者を庇わんとする行動を見咎め、二人の仮面ライダーにも警告めいた嘲りを投げかけてくる。

 

「それに、貴様等が俺をここで倒すことは不可能だと言っておいてやる。この俺の力を、これまでと同じだとは思わない方がいい。もっとも、死にたければ止めはしないがな」

「この変態野郎……黙ってれば、言いたい放題抜かしやがって。ようやく本性を現したな!」

「奴の狙いは、やはり間未来個人にあることは間違いない。話を聞いているだけなのに、ここまで気分が悪くなる敵も珍しいね」

 

 今まで口を挟まずに堪えていたWが、未来の姿をラストの視界に晒すまいとし、彼女の前へと進み出てきて構えた。

 先からの言い種に対し、翔太郎の怒りは今すぐメタルシャフトでラストを殴り飛ばしたくなるほど、激しい攻撃衝動へと変わっていた。仲間である未来を歪んだ情欲の対象にするなど許し難いことではあるが、それ以前に女を力づくで屈服させて支配しようとするなど、男としても最悪だ。

 

 ラストの精神は犯罪者の中でも特に蔑まれて当然な場所に位置するけだものだと、彼の認識は既に固まっていた。

 フィリップも同じ意見だが、男の醜い一面には生理的な嫌悪感すら覚えているようで、落ち着けずにいるらしいことが翔太郎にも伝わってくる。

 

「とにかく、奴を止めるぞ。こいつは明らかな異常者だ。野放しにするわけにいかない」

「ああ。当たり前だ!」

 

 ラストを睨みつけつつ吐き捨てたアクセルも、この手の犯罪者の嫌らしさは知っているのだろう。Wとともに一歩も退く気配は見せず、正面から不気味な姿と対峙する。

 

「……了解。さっさと片付けよう」

 

 未来も感情を殺した声で応えて彼らの横に立とうとしたが、アクセルの翳した片腕がその動きを阻んだ。

 

「君は出るな。俺たちの後ろにいろ」

「え……でも!」

 

 振り向きもせず一方的に命令口調を放ったアクセルに、未来が憮然として言い返そうとする。

 

「奴は、もうメモリの毒に飲まれていると言って間違いない。わざわざ依頼人の君を戦わせて、危険に晒すわけにはいかないんだ」

 

 更にもう一言言いたげにアクセルの顔を見上げている未来に向かい、今度はフィリップが宥めるように言う。そして肉体を共有する翔太郎が、彼女の小さな肩に手を置いて頷いて見せた。

 

「そういうこった。安心しな、あんな男の風上にも置けない野郎なんざ、俺たちで倒してやるさ」

 

 Wの顔に表情は伺えないが、亜樹子や未来には、翔太郎が相手を思いやって微笑みを浮かべていることが伝わってくる。

 

「……わかったよ。ここは、あんたたちの顔を立てることにしとくから」

 

 男たちの意志を汲んだ未来が、一呼吸置いてから納得した表情を見せて後ろへ下がる。彼女と入れ替わりで更に前へと出たWは、ラストに一瞥をくれてからメタルシャフトの先を向けた。

 

「女を守るのは男の役目だ。特に、てめえみたいな最低野郎からはな」

「守りたければ、せいぜい頑張ってみるがいい。貴様のように薄っぺらい男が上っ面で吐いた台詞など、力が伴っていなければ単なる戯言だ」

 

 背後に数体の泥人形を従えているラストの態度は変わらないが、目の前にいる敵を嘲る舌先は更に滑りやすくなっているようだった。これまでに戦ってきたプライドやラースと同じように、余程自信があるに違いない。

 

「そんなことは、貴様自身が戦ってから判断すればいい。少なくとも俺たちは、守りたいものがない奴になど負けはしない!」

 

 ドーパントの力と姿を手にして気が大きくなっているらしい犯罪者には、常日頃からうんざりさせられているのだろう。エンジンブレードの切っ先を鋭く光らせたアクセルが、低く叫んで走り出した。ほぼ同じタイミングでWも煉瓦の地面を蹴り、正面の敵へと向かって突進する。

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