仮面ライダーW 追われるS   作:日吉舞

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罪を背負う者 -6-

 迎え撃つ態勢のラストはしかし、控えさせている泥人形たちを敵にけしかけることはせず、自らが構えを取った。軽く沈ませた姿勢で握った右の拳にガイアエネルギーが集中したかと思うと、たちどころにその形が変化して黒光りする鉄球へと形を変える。

 ラストが腕ごと振り上げた鉄球は、走り込みとともに繰り出された正確なエンジンブレードの斬撃を弾き返し、メタルシャフトの打ち込みを完璧に防いだ。ラストはそのまま攻撃が逸れた二人の隙を狙い、腕の鈍器を見舞う。

 

「ぐっ!」

 

 走り抜けようとしていたアクセルは背中に、Wは脇腹にそれぞれ重い一撃を喰らい、息を詰まらせた。手を鉄球に変形させるのは、先刻鳴海探偵事務所で調べていた映像にも映っていたラストの能力である。しかしラストはそれも気に食わないのか、ダメージを堪えて構え直している二人に一瞥をくれてから呟いた。

 

「お前たちを一度に相手にするには、この方が適しているか」

 

 くぐもった声とともに振られた右腕が、今一度ガイアエネルギーに包まれる。すると、瞬く間に鉄球が幅広で肉厚な、西洋の剣の如き刃に形を変えた。

 

「なにっ!」

 

 春の穏やかな陽光を集めてぎらりと輝く剣先を目にし、アクセルが驚きを漏らす。反射的にエンジンブレードを正中に構えたおかげで、横から薙ぎ払われたラストの刃をすんでのところで受け止めることができた。さほど長大ではない剣に込められた力はずしりとした衝撃をアクセルの腕に与え、ラストが貧相な身体のつくりであることが信じられないほどだ。

 

「うわっ!」

 

 そしてラストの返す刃は手首を翻すように振られ、横合いからメタルシャフトで打ち込もうとしていたWの肩口に命中した。先とは相手の武器が異なるため、Wが間合いを読み損なったのだ。

 踏み込む距離を咄嗟に掴めないでいる仮面ライダーたちに向かい、ラストは剣を振るい続ける。二人の敵を同時に翻弄するその動きは、戦いの素人のそれではない。自分の武器や特性を熟知している者のみが可能な、見事なまでの武器と足技の連携と連続技に彩られたものであった。

 アクセルとWは、間合いに飛び込もうとする度に刀傷と打撲傷をどこかに負わされる始末である。二人がかりになってもここまで手こずるドーパントは、ミュージアムの幹部と戦って以来のことだ。

 

「まただ……このドーパント、明らかに前の戦いの時よりも強くなっている!」

「くそっ、どういうことなんだ!」

 

 敵から数メートルの位置に一旦後退したWの中で、フィリップと翔太郎が歯噛みした。

 ラストはドーパントとしていかにも貧相な外見で、戦闘能力よりも癖のある特殊能力を有するタイプであることが、これまでの経験則から推測できていた。が、それを見事に覆しているのが今回の事件である。

 この場にいる一同でもっともドーパントの性質に明るいフィリップは、翔太郎や照井の受けているそれよりも遥かに強い衝撃を心に感じていた。今だ正体が掴めない能力に、時間経過と同時に強化されていく戦闘技術。この二つが重なると、これまでの事件の中で最も対処が困難な事態に陥るのではないか。

 

「俺は、戦えば戦うほど進化する。さあ、何度でもかかってくるがいい。そんなていたらくでは、この俺を満足させられんぞ!」

 

 進化、というラストの言葉が耳を打った時、フィリップは翔太郎の意思を押さえ込んで反射的に顔を上げてしまうほど顕著な反応を示した。

 

「進化するドーパントだと?」

「ありえない!」

 

 メタルシャフトを構えながら踏み込むタイミングを図っていた翔太郎が呻いたが、彼の言葉は反射的に叫んだと見える相棒に強く否定された。

 

「確かに奴は強くなっている。だが、ドーパントがこんな短期間で進化することなどありえない。必ず、何か仕掛けがある筈だ!」

 

 酷くうわずっていて感情的とすら受け取れるフィリップの声は、冷静沈着な天才少年の仮面が完全に外れている印象がある。

 これまでの戦いではナスカ・ドーパントやクレイドール・ドーパントのように、使用者がメモリを進化させて新たな能力に目覚めたり、外部的要因により更なる強化が図られたケースは確かにあった。

 しかしラストはごく最近になってから現れたドーパントであり、永峰や山波のように知識を有している人間では恐らくない。加えて、進化を遂げるまでの期間があまりにも短すぎるのだ。そして、手足の武器化に飛行能力、ガイアメモリの欠片から泥人形を作り出すなど、個々の能力の系統もでたらめだった。

 それらが「進化」の一言で片がつくものではないと、フィリップの本能に近い場所から感情が猛烈に否定しているのである。

 

「貴様らがどう考えようと、そんなことに興味はない。その調子で、俺に倒され続けろ!」

 

 動揺を隠し切れないフィリップの様子に隙を見つけ、今度はラストがWに向かって斬りかかった。

 上段から振り下ろされる剣をメタルシャフトが受け止め、甲高い音とともに火花が散らされる。刃がメタルシャフトの表面を滑ってWの手首に達しようとしたとき、翔太郎が敵の意図に気づいてメタルシャフトを大きく回転させた。剣と化した腕を引いたラストが後ろへと鋭く下がり、背後へと迫っていたアクセルへと回し蹴りを放つ。

 

「ぐっ!」

 

 胸板に、鈍いが強烈な衝撃を受けたアクセルが息を詰まらせる。

 体勢を崩しつつも地を蹴って攻撃範囲から逃れようとしたアクセルに、Wを振り切ったラストの追撃が襲いかかってきた。風切り音とともに眼前へ迫る剣先を、両手に構えたエンジンブレードで受け止める。

 派手な金属の衝突音を春の風に轟かせ、その残響が消えぬうちに二度、三度と刃の応酬が繰り返される。互いの切っ先は相手の身体に一度も食い込ませることが叶わないうちに、剣檄に打撃音が紛れ込んだ。Wがラストを狙って打ち込もうとしたメタルシャフトの一撃が、かわされて激しく地面を打ち据えたのだ。

 両腕に走る痺れにも似た感覚に、翔太郎が顔をしかめる。

 ラストはアクセルの剣から完全に身を守り切り、敵の動きに僅かな疲労を見出だしたところで大きく後退した。

 

「どうした?貴様らが後生大事にしている仲間が、まるで守れていないようだな!」

 

 圧倒的な優位に立つ者のみが発しうる自己陶酔感を漂わせた一言に、荒く息を弾ませていたWとアクセルが顔を上げる。近距離で戦ううち、いつの間にか亜樹子たちと二人の仮面ライダーの間に敵が割り込んでいる位置になっていた。

 ラストが背後に控える泥人形たちに素早く目配せすると、のろのろと主人のあとについていただけだった動く土塊たちが一斉に二人の女性の方を振り返り、両足を引きずるようにして近づいていった。

 

「きゃっ!こっちに来た!」

「どこまでも卑劣な奴め!」

 

 亜樹子が思わず声を上げたのとほぼ同時に、アクセルが怒声を響かせる。

 そのまま強引に正面突破を試みた赤き鎧の仮面ライダーであったが、先よりも長さを増した刃を右腕に纏い直したラスト・ドーパントがそれを許すはずもない。アクセルが斜めに振り下ろしたエンジンブレードを真正面から受け止め、弾き返してから改めて構え直して見せる。

 

「おっと。貴様らがあの二人を本当に守りたいのなら、この俺を倒して行くことだな。でなければ、そんな大層な口を利く資格はない」

 

 そして、わざわざ泥人形の群れに襲われる二人が仮面ライダーたちの視界に入る位置に立ち塞がり、ラストはあからさまな挑発の言葉を嫌味な口調に乗せた。

 

「くそっ、どけよ!」

 

 アクセルと同じ反応を示して走り出していたWの中で、翔太郎が苛立ちを隠さずに叫びメタルシャフトを振り翳す。彼とともにアクセルもエンジンブレードによる斬撃を繰り出すが、二人を一度に相手にしても圧倒していたラストに、そうそう隙が生まれるはずもない。

 その間に、五体の泥人形たちは二人の女所長を取り囲むように追い詰めていき、あわや手が届く位置まで迫っていた。

 

「く、来るなら来ればええわ。返り討ちにしたるでぇ!」

 

 だが、亜樹子もこれまでに数多ものドーパントたちと渡り合ってきた経験がある、肝の据わった人物だ。金切り声を上げて逃げ惑うだけではない。声を震わせながらもスリッパを構えているのは、ある意味頼もしいと言える。

 しかし人間としての思考を持たない人形に対して、彼女の最大の武器である突っ込みは効果が期待できないだろう。

 未来は泥人形たちが全部で五体いることと大体の位置を確認すると、亜樹子の前に素早く進み出た。

 

「あきちゃんは下がって。私が何とかする!」

 

 背後でスリッパを握りしめている亜樹子に視線だけを向けてから、女戦士は膝を緩めて踵を浮かせた。手の中でグロックの安全装置を確かめてから、猫のように姿勢を低くして敵の群れへと飛びかかっていく。

 瞬発力を溜めた両足が地面を蹴り、細身の身体が泥人形たちの隙間へと滑り込むと同時に、狙いすました回し蹴りが足元へと放たれた。サイボーグの肉弾攻撃が持つ圧倒的破壊力の前に、あっけなく両脚をへし折られた泥の巨体が別の一体を巻き込んで転倒する。未来はすかさずその胴体と頭を蹴り下ろして粉砕し、僅か数秒で二体を破壊した。

 

 残る三体は怯むことも知らずに彼女を捕らえようとするが、野生の獣並みの俊敏さに全くついていけず、六本の手は宙を掴むばかりである。

 彼らの長い腕をすり抜けながら距離を取った未来は、姿を追おうともたついている泥人形たちへ、今度はグロックを撃ち込んだ。連続した破裂音が暖かな春の空気を打ち、鉛の弾丸が命なき敵へ容赦なく叩き込まれていく。

 動きの鈍さ故、一発の外れもなく鉛弾を喰らった泥人形たちが、痛みはなくとも被弾の衝撃でよろめいてバランスを崩した。

 

「はあっ!」

 

 そこへ気勢を上げた未来が再び走り込んで、拳と蹴りの連打を至近距離から浴びせかける。彼女が脚を振り上げ、拳を振るう度に鈍い衝撃音が上がり、土の欠片が撒き散らされた。

 胴体に風穴を開けられ、頭を砕かれ、四肢のどこかを切断された土塊たちが、次々と倒れてガイアエネルギーを失っていく。

 全ての泥人形たちが地に伏して動かなくなるまで、ものの数分とかからなかったであろう。背後に残していた亜樹子がほっと胸を撫で下ろしている様子を確認し、未来は構えを解いていく。彼女は拳を保護するための革手袋をつけたままの手で額の汗を拭うと、仮面ライダーたちを振り返って叫んだ。

 

「こっちは大丈夫だよ!」

 

 安全を確保したことを知らせようとした未来であったが、彼女の黒く大きな瞳が捉えたのは、Wとアクセルが身体から大きな火花を散らして宙に弾き飛ばされる姿であった。

 

「うわあっ!」

 

 戦う男たちの叫び声が響き、直後に地面へ身体を打ちつけられた鈍い音が追いかけるようにして上がる。武器の応酬を続けていた二人ともが、ラスト・ドーパントが振るう剣の攻撃力に負けたのだ。

 

「竜くん!」

 

 亜樹子が悲鳴に近い声で婚約者の名を呼び、手前の地面に落下したアクセルに慌てて駆け寄っていく。

 仮面ライダーたちは変身こそ解けていないものの、苦痛に呻き声を上げてすぐには立ち上がれない状態だった。Wもアクセルも薄い煙を今だ身体から立ち昇らせており、かなりのダメージを負わされていると思って間違いない。

 

「この野郎……!」

 

 仲間を傷つけられた怒りを瞳にくすぶらせた未来が、手袋を外して投げ捨てる。そして、まだラストが剣を構えているのにも拘わらず、先の戦闘で手にしていたカーブミラーを拾い上げて走り出した。

 憤怒の表情で突進する彼女の両手から青白い光が迸り、握りしめているミラー全体を包んでいく。生身の未来が持つ最大の武器である電撃を、鉄の部分に纏わせているのだ。

 

「未来!」

 

 すぐ側を疾風となって駆け抜けた未来へ、身体を起こしたWの中から翔太郎が呼びかける。二人の仮面ライダーを同時に相手にして圧倒できる相手に挑むなど、どう考えても無謀だった。

 が、頭に血が上っているらしい未来にその声は届いておらず、ばちばちと電撃の火花を散らして走る彼女はたちまちラストに肉薄した。

 

「喰らえ!」

 

 電撃の威力を上乗せした即席のポール・ウェポンを敵目掛けて振るった未来であったが、振りの大きさ故に攻撃範囲を見切られてかわされた。更に攻撃のかわしざま、ラストはカーブミラーの中程に剣を振り下ろし、厚い刀身を激突させる。

 その程度の攻撃で退くつもりはなかった未来であったが、唯一の直接攻撃ができるミラーのポール部分は、その一撃であっさりとへし折られていた。

 未だどんな攻撃手段を隠しているか判明しないドーパント相手に、これでは迂闊に戦えない。そのことを瞬時に覚った未来は、咄嗟に飛び退いて距離を取った。

 

「今ここでお前と戦うことは、俺のシナリオにない。引っ込んでいろ」

 

 間合いが開いたことがきっかけになったのだろう。ラストが右腕の剣を変形させ、元の腕の形へと戻していく。言葉通り、このドーパントに戦いを長引かせる意図はないようであった。

 

「ざけんな。てめえの勝手な都合なんざ、聞くつもりはねえんだよ!」

 

 しかし、あくまで事を思い通りに進ませようとする態度が癪に障ったらしい未来の破壊衝動は、そう簡単におさまる筈もない。ドスの効いた声で敵に感情をぶつけると、彼女は今一度構えを取って走り出した。

 だが、その怒りは空の高みへと瞬時に駆け上がったラストへ及ばせることは叶わなかった。飛翔能力までも操るラスト・ドーパントの不気味な姿は、既に仮面ライダーや未来のジャンプ力を以ても届かない高さにまで達していたのである。

 それでもなお上空を仰いで睨みつけてくる若者たちを一瞥した後、ラストは未来を指差した。

 

「間未来。俺は、奪ってやる。お前の全てを……必ずな」

 

 ラストは、まるで頬に被さる髪の毛を払うように首を大きく振ってから、いずこかへと飛び去っていった。

 ほんの数分前まで激しい戦闘が繰り広げられていた春の広場に、生暖かい静寂と数人の若者たちが残されることとなる。

 そのうち、生身に小型の拳銃を身につけていた女の顔は青ざめていた。

 

「……野郎、また逃げやがったか」

 

 未来の隣まで走ってきたWの中で、翔太郎がラストの姿を吸い込んだ上空を見上げながら呟いた。眠たげな空に怪物の影が見えなくなったことを確認してから、腰のダブルドライバーを閉じる。するとそれまで身体を覆っていた外殻が空に霧散し、中折れ帽に黒いベスト、細身のボトムといういつものスタイルに身を包んだ翔太郎の姿が現れた。

 もうドーパントや泥人形が現れる危険はないと判断し、アクセルもWに倣って変身を解除する。

 仮面ライダーである二人の青年は先の戦闘で多少のダメージを負ったはずであったが、身体には特に傷が見当たらない。ぎりぎりで装甲や外殻が防いでくれていたのだろう。

 

「亜樹子、怪我はないか」

 

 そしてアクセルたる照井が最初に心配するのは、やはり今家族に一番近い場所にいる亜樹子のことである。

 

「私は大丈夫。未来さんがいてくれたから……ありがとう、未来さん」

 

 亜樹子もまた気を遣ってくれる婚約者に嬉しそうな笑顔を向けてから、すぐに身体を張って戦っていた女戦士にも労いの言葉をかける。

 だが、声は確実に届いている筈の未来は返事を返してこなかった。黒い瞳はもう上空を見ておらず、下げられた視線が白い煉瓦に散った土塊をぼんやりとさ迷っている。

 

「未来さん?」

 

 不審に思った亜樹子が再度強めに声をかけても、未来は反応しない。心ここに在らずといった印象で、周囲の刺激全てから切り離されたかのように佇むばかりである。そして亜樹子と照井が近寄る素振りを見せても、彼女は何もない空をもう一度見上げるだけだった。

 

「……あの癖は……」

 

 照井には、未来が呆然とした掠れ声で言ったのがかすかに聞こえた気がした。

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