仮面ライダーW 追われるS   作:日吉舞

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罪を背負う者 -8-

「何、だと?」

 

 考えようによっては最も厄介な能力の存在を受け入れられない翔太郎が、呆然と一言漏らす。

 正直なところ、フィリップも心情的には翔太郎と同じであった。他者の能力をそのまま我が物とする敵がいるなど、どうやって戦うかを考えるだけでも頭が痛くなってくる。が、究極に厄介な能力を持った敵が存在する事実から目を背けていても、何も前進しない。今すぐに対策は思いつかなくとも、できる限りの事実は把握しておく必要がある。

 あくまで理性的な姿勢を崩さないフィリップは、翔太郎や亜樹子へ改めて確認させるように詳細な説明を加えた。

 

「そして奴は能力だけじゃなく、恐らく戦闘経験も取り込んでいる。そうでなければ奴がこれだけの短期間に、あそこまで戦えるようになるはずがない」

「他のドーパントの能力をコピーする能力ってこと?」

 

 亜樹子も漠然とラストの能力について認識したようだったが、フィリップが軽く首を振る。

 

「ただのコピーじゃない、恐らくは差分コピーだ。単なる能力の複製ではなく、蓄積もできる。恐ろしい力だと言っていいと思う」

 

 差分コピーとは、コピーする対象に重複があった場合はそれを除いた部分だけを複製して取り込むことである。つまりいくら能力を複製しても、古いものが上書きされて消えることがないことを示している。単純なコピーよりも、もっと手強い仕組みだといっていいだろう。

 だが、それでは説明し切れない部分もある。

 そのことに気づいた翔太郎が、フィリップに問いかけた。

 

「しかしラースは炎を武器にしてたし、プライドは物質の硬度を自由に操ることができた。能力をコピーしてるんなら、その力も持ってるってことなのか?」

「その点については、僕もわからない。ひとつだけ言えるのは、奴の見えるところに現れている能力は、今のところ全て自身の身だけに変化をもたらすものだけということだ」

「えっ?どどど、どういうこと?」

 

 フィリップはなるべくわかりやすい表現を選んだつもりであったが、亜樹子はすっかり混乱してしまったのだろう。眉を寄せて宙を眺めていた視線を翔太郎とフィリップの顔へ交互に飛ばし、答えを求めている。

 

「自分以外のものに影響を及ぼす能力はコピーできないんじゃないか、ということだよ。あきちゃん」

「つまりプライドなら防御力が高い硬さを持つ身体で、ラースは飛翔能力ってことだ。しかしそうなると……やっぱり、ラースの自分の身体を高温にする能力も持っていると思ってもおかしくはないわけだよな。今現在で最も強い力を、奴は何故使おうとしないんだ?」

「僕にも、そこまではまだわからないんだ。一度に操れる能力の数に限界があるとか、何か理由があるのかも知れない」

 

 あくまで敵が持つ最大能力のことが引っ掛かっている翔太郎であり、フィリップも同じことを気にはしていたが、情報が少ないことを今判断しようとしても仕方がない。

 一方の亜樹子は、フィリップの説明を巧く噛み砕いて表現した翔太郎の話で大体のことを理解する手前までは飲み込んだようであった。

 

「んー、つまり、全部の力をコピーできるわけじゃない、ってこと?」

「まあ、そういうこった」

 

 彼女の認識は正解ではないが、間違ってもいない。敢えて正すことはせず、翔太郎は同意しておいた。一人納得してうんうんと頷いている亜樹子を尻目に、フィリップが翔太郎へと話を振り直してくる。

 

「しかし、ラストが厄介なドーパントであることに変わりはない。奴がどれだけのメモリを奪って取り込んでいるのか、全く見当がつかないんだ」

「戦い方も、注意しなきゃなんねえな」

 

 相棒と視線を合わせた翔太郎も、瞳に硬い光を見せる。心なしか、フィリップも不安定さが窺える色を表情に見せているようで、その繊細な面持ちが少し青ざめているようにも見えた。

 そして顔色がすぐれないのは、事務所に戻ってから一言も発していない未来も同じであった。翔太郎やフィリップ、亜樹子から一人離れて立ち尽くし、きつく腕を組んで考えに耽る女は、明らかに思い詰めた者が発する嫌な印象の緊張をまとわりつかせているのだ。

 

 そのことに気づいたのは未来のすぐ側に立っており、同じ女性でもある亜樹子であった。

 亜樹子が棘のようにぴりぴりした空気を発する未来の方を振り返り、そっと表情を窺ってみても、女の視線は動かない。ここへ来る直前に翔太郎と喧嘩に近い雰囲気になったとは言っても、未来が何も言えなくなるような事態にはなっていなかったはずだ。

 心配になった亜樹子は、思い切って未来に声をかけることにした。

 

「未来さん、どうかしたの?顔色が良くないみたいだけど……もし具合が悪いなら、座ってる方がいいわよ」

 

 軽く腕に触れてきた亜樹子に、未来が驚いて身体を僅かながら硬直させた。

 しかしそれも一瞬で、すぐに小柄なもう一人の所長へと目をやり、笑顔を作って見せる。

 

「ああ、うん。大丈夫だよ」

 

 未来の口調に暗いところはなく、言葉にも特に淀みはない。

 しかし彼女が羽織っている薄手のジャケットに皺がつくほどきつく手を握りしめていたこと、顔は微笑んでいても瞳に張り詰めた光がちらついていたことは、完全に隠し通せはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 夜の帳に包まれた街を、未来が運転する銀色のニュービートルが速度を控えて走っていた。その数メートル後ろには、黒とメタリックグリーンのツートンに彩られた大型バイクがぴたりとついている。その一風変わったバイクであるハードボイルダーに跨がっているのは、左翔太郎その人だ。

 一見すると煽っているようにも見える寄り添い方ではあったが、これも危険な状況に晒されている依頼人を守ろうとする翔太郎の意識の表れである。彼の依頼人の自宅近くまで護衛するという申し出は、例え断られていたとしてもきっと強引にやってのけられていただろう。

 

 夜は灯りが消えて静かな眠りについている風都から離れ、未来が生活を営む街へと近づくにつれ、逆に周囲は不自然な明るさを増してきている。大通り脇の店は夜通し客を迎え入れ、歩道には性別も年齢も人種も様々な人々が行き交い、ロボットたちが瞳のLEDを光らせる。

 ここが翔太郎の見知った風都ではなく、全くの異界なのだと改めて思い知らされるようだった。以前未来の事務所近くを訪れた時も多少は感じさせられた違和感が、夜になると殊更に強くなる。暗さを隠すネオンにけばけばしく照らされた眠らない街というのは、賑やかではあってもひどく無機質で冷たく、余所者を無言で締め出すような閉塞感すらもたらしてくる気がする。

 

 通り過ぎる景色が明るくなるにつれて落ち着かない気持ちも強くなってきた翔太郎であったが、余計なことを考えるのはやめて、目の前を走るシルバーの丸っこい車体を追うことに専念した。時折前方でちかちかと光る赤いウインカーを頼りにハンドルを切り、ギアを変え、どの辺りに向かっているのかを予測しようとする。

 未来個人のものだという車は交通量が多い目抜き通りを抜け、どんどん裏手の狭い道へと入り込んでいった。車二台がすれ違うのもやっとという幅の路地に入っても、彼女の車は特に走り方を変えるようなことはない。流石に裏通りは夜に通る人も少ないと、地元である未来は知っているのであろう。

 

 銀色の特徴ある車体は、狭くはあってもざわめきが残っている道をするすると滑っていったが、ほどなく狭い駐車場の前に停まると、一度の切り返しで器用に空きスペースへと収まっていった。

 翔太郎は愛嬌のある車がバックで車庫入れする様子を、ハードボイルダーに乗ったまま見守る。幸い辺りに人の気配はあっても怪しいところはなく、不審な影は見当たらない。やがてエンジンを完全に止めたビートルから降りてきた未来が、翔太郎の側へと小走りに近寄ってきた。

 

「ここでいいのか?」

 

 ヘルメットのバイザーを上げた翔太郎が警戒を解かずに未来に問うと、彼女は頷いた。

 

「うん。事務所の駐車場はここだし、私のマンションはあそこに見えてるから。わざわざついてきてくれて、ありがとう」

 

 未来が疲れの見える顔で微笑みながら指し示した方に、翔太郎が視線を向ける。雑居ビルに埋もれるようにして建つ小さなマンションがあることを確認すると、彼は側に佇む女へと再び目をやった。

 ビートルのカード型キーをジャケットの内ポケットにしまおうとした時に、ショルダーホルスターに挿したグロックのグリップがちらりと覗く。無意識の所作で銃の台尻に触れているらしい未来は、やはり武器が手元にないと心細いのであろうか。

 

 いくら戦闘用サイボーグとは言っても、未来は女だ。正体も知れない不気味な姿のドーパントに狙われる不安と恐怖は、察するに有り余る。が、彼女の意思を尊重せず強引に事を進めるのは、今以上にその心を踏みにじる行為であることもまた事実であった。

 頭を軽く振って後ろ髪を引かれる思いを振り切り、翔太郎は一度上げたバイザーを下ろした。

 

「じゃあ、何かあったらすぐに連絡してくれ。いつでも飛んでくるからな」

「悪いね。お休み」

 

 片手を上げて挨拶を送った未来も、それ以上翔太郎を引き留めようとはしない。

 見送られる格好となった半熟探偵が、愛馬のアクセルをふかして地面を蹴る。彼は街の光を闇へとぼんやり照り返す雲が覆う空を仰いでから、ゆっくりとターンしてスピードを上げ始めた。ハードボイルダーのミラーは、まだビートルの前から動かない未来の姿を小さく映し続けている。

 黒と緑の単車がひとつ先の角を曲がると、エンジン音は途端に小さくなっていった。あっという間に見えなくなった翔太郎の背中を見送っていた未来も踵を返し、自分のマンションへと足早に歩いていく。

 

 が、彼女は古ぼけてはいるが強固なセキュリティに守られた自宅へ戻ったのではなかった。

 スニーカーの足が頑丈なタイルで覆われたマンションの前を通り過ぎ、殆ど駆け足になって路地の間をくぐり抜けていく。ものの数分で辿り着いたのは、昼間に亜樹子が訪れた未来のオフィスが入る小さなビルの裏手であった。

 裏通りに面しているペンキが剥げかけた通用口の鉄扉をそっと押し開け、暗い非常階段に忍び込む。毎晩帰宅するときに感じる埃の匂いを吸い込んで、階段を駆け上がり、彼女はオフィスの裏口のロックを解除してから給湯室へと入った。

 

 無人のオフィスは真っ暗に近く、視界は閉ざされているに等しかった。

 未来が瞳に仕込まれた赤外線フィルタをオンにすると、たちどころに何も見えなかった闇の中にデスクやキャビネットなどのインテリアが現れてくる。そのまま辺りを見回すと、壁のカラフルな時計が午後十時過ぎを差していることがわかった。隅に控えている箱型の警備ロボットは不審者を発見するとうるさくがなり立てるが、スタッフのDNAを識別してくれる仕様のため、今も沈黙を守り続けている。

 そのロボットと壁際にある水槽の濾過装置を除き、機械の駆動音は感じられない。人の温もりとざわめきが消えてひっそりと静まり返った空間は、最後の従業員が退出してから暫く経っていることがよくわかった。流石にこのままでは居心地が悪いため、出入口の隣にある電灯のスイッチを入れておく。

 オフィスが白い明かりに眩しく照らされてから、未来はふうっと溜め息を漏らした。

 

 彼女がわざわざ無人のオフィスに戻ってきたのは、鳴海探偵事務所の皆には知られずに確かめたいことがあったためである。

 ラスト・ドーパントの正体について幾つか心当たりがあったものの、それが確実かどうかは確証が持てていなかった。仮に自分の推測が正しかったとしても、皆を頼る前に自分で何とかしたい気持ちもある。身内のこととなれば尚更、力に訴えるよりもまず説得でどうにかするべきでもあるとも言えるだろう。

 自身が狙われていることがわかっているのに、甘いと言われて当然なのかも知れない。それでも未来は、歩み寄りの余地があるかも知れない者を問答無用でねじ伏せる真似はしたくなかった。

 自分がこのオフィスの所長であり、その下で働く若者たちに対しても最大限の責任を持たねばならないことは、彼らが道を誤りそうになっている時も同じなのだ。

 

 もう一度深呼吸して覚悟を決めると、未来はオフィスの中央に固まって置かれているデスクへと歩み寄った。まずは瞳のセンサーを金属探知用に切り換え、絨毯敷きの床の上を丁寧に見渡していく。

 すると最初の一目で、小さく淡い紫色が光っている場所を見つけることができた。どっしりとしたアイボリーのデスクの足元にしゃがみこみ、絨毯の短い毛足に埋もれるようになっている光をそっと摘まみ上げる。

 それは長さも幅も一センチにも満たない、鈍く輝く欠片であった。鋭い角度で絨毯に刺さっていた小さな無機物は、よく見ると表面には浅い凹凸があり、裏側にびっしりと金属加工が施されているのが見える。

 その欠片と、つい先ほど鳴海探偵事務所で見たものの像とが、未来の頭の中ではっきりと重なる。

 双方は色こそ微妙に違えど、構造はまるで同じだった。

 

「……!」

 

 息を飲み、思いがけずびくりと震えた手から危うく欠片が落ちそうになる。

 逸る心と嫌な感じに上がってきた胸の鼓動とを抑え、未来は立ち上がった。

 今度はオフィスの一番奥に据えられた自分のデスクに座り、個人用端末を起動した。薄型のプラズマモニターにシステムの起動画面が表示されてからすぐにログインし、監視カメラの映像確認用アプリケーションを続けて立ち上げる。

 

 目的の映像は、とある従業員のデスクの方へ向いているここ数日のデータである。

 アルファベットと数字の無機的な識別番号が振られたカメラのデータを見つけ出し、映像を時には早送りし、巻き戻し、部分的に拡大することを何度も繰り返していく。

 そうして一時間も経たないうちに、未来はモニターから顔を上げた。

 目的を達成できた、という満足がうかがえる表情ではない。

 見たくなかったものを見つけてしまった失望が表れ、瞳は憔悴が見て取れる、普段の快活な未来からは考えられないほど色褪せた印象をもたらす顔であった。彼女は肩と首から力を抜き、暫し背もたれに体重を預けていたが、ほどなく姿勢を戻して携帯電話を取り出した。

 飾り気がなく、使い込まれた液晶画面にある番号を呼び出し、本体を耳に押し当てる。

 

「もしもし……?」

 

 通話相手に発した未来の第一声は、無表情さの裏に張り詰めた緊張を隠し、掠れたものになっていた。

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