仮面ライダーW 追われるS   作:日吉舞

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罪を背負う者 -10-

 考えもしなかった事実を突きつけられて動きを硬直させた未来へと、堀内が身体ごと向き直る。

 

「俺に力を貸してくれたあいつ……俺だって、あいつのためにできる限りの協力はした。なのに奴は、あんたを傷つけようとした。だから、惨めに倒れた奴の力を奪ってやったんだ」

「あいつって……山波博士のこと?」

 

 未来が中途半端に構えた姿勢のまま呆然とこぼすと、堀内は前髪を押さえながら頷いた。

 

「けど、今度はあんたが俺を裏切った。あんたがあの探偵風情なんかと親しくしてるなんて、俺には我慢ならなかったんだ」

「翔太郎は関係ない!彼は、みんなを助けようとして……」

「ほら、あの野郎のことはもう名前で呼んでるじゃないか……けど、俺はそうじゃない。俺はこの何ヵ月か、ずっとあんたの側にいたんだ。なのに、あんたの秘密さえ教えてもらえなかった。結局、あんたにとっての一番は俺じゃなかったんだ」

 

 翔太郎のことを引き合いに出された未来がかっとなって上げた怒声を、堀内の温度が低くまとわりつく声で打ち消す。そこに込められた暗く、そして裏切られたという恨みに満ちた情念は、聞く者をぞっとさせる気味の悪さがあった。

 堀内が未来を守りたいと、心から願っていた。

 確かに彼が以前からそのことを度々口にしているのは聞いていたが、まさかガイアメモリに手を出すほどにまで思い詰めているなど、未来は思いもよらなかった。

 自分は仕事とプライベートを分けるつもりで無意識のうちに彼との間に壁を築き、拒んでしまっていたのだろう。彼の願いを身体能力や立場、経験の差から幾度となく否定してしまい、踏みにじったのは自分自身だったのだ。だからラスト・ドーパントとなった時も、堀内は執拗に未来を裏切り者として制裁を下すと宣言し、今度は逆に追い詰めようとしたのかも知れない。

 

 堀内のどんよりと濁り、淀んだ瞳を改めて見た未来の胸が、鉛の空気を吸い込んだかのように重くなる。

 しかし、未来の中で引っ掛かることはまだあった。堀内は一体どうやって、パワードスーツを纏ったロボットの如き姿の異形が自分の上司だと知ったのだろうか。

 未来がふと頭の隅で疑問をよぎらせた時、堀内はまるで考えを見透かしたかのように言った。

 

「あんたを知るために、色々やらせてもらった。それにあいつから聞いて、全部知ってる。あんたが普通の人間じゃないってことも」

 

 相変わらず口の端に笑みをこびりつかせている堀内が、もう一度未来の全身を這うような視線を向けてくる。未来は服の下にある腕に鳥肌が立つのを感じ、無意識に両手で自らの半身を抱いて後ずさった。

 今の状態であれば堀内に飛びかかり、組み伏せてガイアメモリを奪い取ることは容易い筈だ。なのにそれができないのは、未来が本能的な部分で男の獣性を拒み、恐れ、身体を疎ませているせいもあった。

 

「まあいい。ぶっちゃけ俺の目的は、あんたなんですよ。所長……いや、間未来。今までに、何度も言いましたよね?あんたの全ては俺のものだって。だから、どんなに泣いて喚いて逃げたって無駄ですよ。もう何も、誰にも渡すつもりはないんだ。絶対に」

 

 表情は険しいままながらも身体の反応で明らかに怯えている未来に向かって、堀内が一歩踏み出した。未来がびくりと肩を震わせて、更に後退する。

 ゆっくりとにじり寄ってくる堀内の瞳は、肉食獣が獲物を捕らえる時のそれを思わせた。

 男のあからさまな欲望の視線が耐え難い圧力となり、未来の心にのしかかってくる。できるなら今すぐこの場から逃げ出したかったが、自分が逃げれば堀内が風都で何をしでかすかわからない。今や手強いドーパントに変身することができる彼を、放っておくわけにいかなかった。まだ残っている理性の部分が必死に責任ある行動を求め、彼女に逃走を許そうとしないのだ。

 声までもが震えそうになる恐怖心を精神力で押さえつけて踏みとどまり、未来は喉の奥から声を絞り出した。

 

「堀内……あんたは、もうガイアメモリの毒に染まって正常じゃないんだよ。お願いだから、メモリを今すぐ捨てて。今なら、まだ引き返せるんだから」

「俺がおかしくなってるって?」

 

 じりじりと女上司に迫っていた堀内がふと足を止めると、ズボンのポケットに突っ込んでいた両手を出して笑った。

 

「だとしたら、それもあんたのせいじゃねえか。あんたが、俺をドーパントになるように仕向けたんだぜ?その責任はあんたの身体で取ってもらわなきゃ、俺の気が済まねえんだよ」

 

 そして貧相な半身をゆらりと揺らし、前髪を片手でかき上げる。

 骨張った指の間からは、いつの間にかガイアメモリが覗いていた。

 

『LUST(ラスト)』

 

 そしてガイアウィスパーを響かせると同時に、耳のすぐ下に浮かび上がったコネクタへと滑らせていく。

 それを目にした未来は反射的にショルダーホルスターからグロックを抜き放ち、安全装置を外していた。危機的状況になったと神経が判断し、ようやく戦士として培ってきた反応が戻ったのだ。

 

「堀内!今すぐメモリを捨てろ!」

 

 銃を構えた未来が鋭く命令するも、辛うじてコネクタにラストメモリの端子を触れさせていなかった堀内は高揚した調子で彼女を嘲った。

 

「あれ、あんたに俺が撃てるってのか?ちょっとでも狙いが外れれば、俺は死ぬんだけど?メモリを撃つにしたって、俺の手も一緒に吹っ飛ばされるんだぜ?」

 

 部下が肩を不安定に揺すって唾を飛ばす間も、未来は狙いを定めたまま動かない。

 彼の言う通りガイアメモリ本体は手の甲で隠すように握られ、首筋のすぐ側にあった。この距離であれば、命中精度の悪い拳銃でも的を外さない自信はあったが、万一の保証はない。そしてメモリを破壊するにはどうしても堀内の手を撃ち抜かねばならず、彼の片手を犠牲にしないことには対処不可能だった。

 トリガーに指をかけてはいるが、目の前の女は絶対に発砲できない。

 そのことを知っている堀内には、歪んだ快感に満ちた興奮しか湧き上がってこないようだった。

 

「ははは!優しいを通り越して、他人に甘いあんたのことだ。撃てるわけがねえよなあ!」

 

 高笑いを発した堀内の目は殆ど焦点が合っておらず、空に散った視線には最早狂気に近い光が宿っている。そして震えるほどに固く握りしめた手が、ガイアメモリでコネクタを貫通するかのように鋭く突き立てた。

 

「駄目、やめて!」

 

 思わず踏み出しかけた未来の悲痛な絶叫が、廃工場の埃っぽい空気を震わせる。

 しかし彼女は、ガイアメモリの吐き出す禍々しい閃光が部下の全身を包み込んだ瞬間も、引き金にかけた指に力を込められなかった。

 情けなかった。

 罪を犯した者は裁かれて当然、命を以て償う場合も然とあるべしと考えていた自分が、情にほだされて何もできずにいた。翔太郎たちの前でどんなに偉そうなことを言っていても、所詮自分は弱い人間なのだ。

 

 みるみるうちにヒトではない異形に変貌を遂げていく堀内の姿が、未来に冷酷な現実と絶望感を叩きつけてくる。黒い光の中で堀内の青白かった肌が紫色に変色し、五体が形を変え、人間の肉体にはあり得ない突起があちこちに突き出る様を、彼女は呆然と見つめていた。

 が、それもほんの数秒に満たない間のことであった。

 地球の記憶が発した光の嵐が去った後には今までに何度も相見えた敵、ラスト・ドーパントがその姿を晒していた。

 

「堀内……!」

 

 未来が銃を下ろし、唇を噛み締める。

 彼女の視線の先に、これまで面倒を見てきた部下の青年はもういない。ようやく素を見せられたとばかりに歪な棘が生えた腕を伸ばし、殆ど表情の変わることのない顔をこちらに向けた、紫色の肌のドーパントが佇むのみである。それが、色欲の罪を背負い込んだ堀内の内面を顕した姿なのだ。

 

 今や堀内は、肉体ばかりか精神までもガイアメモリの毒素に蝕まれてしまったと言っていい。彼が風都の街に被害を及ぼす可能性がある以上、未来も逃げる訳にはいかなかった。

 自分はメモリブレイクできなくとも、戦うための力は備わっている。上司として、間違いを犯した部下を止める責務を果たさねばならないのだ。

 

「せいぜい逃げ回って、泣き喚いてくださいよ?でないと、俺が楽しくありませんから。戦うために改造された、その身体でね!」

 

 未来が覚悟を決めるほんの僅かな時間に、ラスト・ドーパントと化した堀内が枯れ枝そっくりの指先を突きつけてきた。彼は既に人間としての眼を持っていなかったが、どろりと濁った瞳から放たれる視線が情欲にまみれていることを、嫌でも感じさせる。

 若い娘を震え上がらせるには十分過ぎるほどの嫌悪感をもたらすそれを振り払う勢いで、未来は動きを妨げる丈の短いボレロ状の上着を脱ぎ捨てた。

 

「……もう何を言っても無駄ってわけ。その方が、却って本気でやりやすいかもね」

 

 上着の下はVネックの黒いカットソーにショルダーホルスターという格好の未来が呟き、革手袋をデニムのポケットから引っ張り出す。一旦銃を収めて手袋を手早く嵌める姿を、ラスト・ドーパントが舐めるように眺め回していた。

 

「ショルダーホルスターか。いいねえ、胸の形がまるわかりで……本当は俺を挑発して、誘ってるんだろ?」

 

 下劣な言葉に、未来の頬が怒りと羞恥でかっと赤らむ。確かにぴったりとしたカットソーは未来の細い身体に沿い、その上から脇を締めるホルスターによって、ただでさえ目立つ胸の隆起を強調しているのだ。

 咄嗟に自分の上半身を抱きしめようとした両手の反応を辛うじて押さえ込み、彼女は再びグロックを抜いて油断なく構えた。

 

「あんた、おいたが過ぎるよ。きついお灸を据えてやらなきゃね」

「あんたからのお仕置きなら、いくらでも喜んで受けてやるさ。もっとも、それができればの話だけどな!」

 

 姿勢を低くして臨戦態勢を取っている未来を睨みつけたラストが、片手を鋭く横へと払う。

 すると、廃工場の重く淀んでいた空気がざわりと動いた。ラストと未来、互いの背後にある出入口付近で幾つもの影が地表から盛り上がり、たちどころに人間の形を取ってその身を不規則に揺らし始める。

 昨日の昼に現れた、ガイアメモリの欠片を核とする泥人形であった。数は前後合わせて三十はいるだろうか。ラストが昨晩のうちに、欠片を仕込んでいたに違いない。

 

「勢い余って、俺があんたを殺しちまったら意味がないからな。そいつらがお相手しますよ」

 

 挟み撃ちにする体勢で現れた敵の群れに、やっぱり、と言いたげに口許を歪めた未来が小さな舌打ちを漏らした。

 

「女を捕らえろ。絶対に傷つけるなよ」

 

 前後をぎこちない動作で移動する、意思を持たない部下たちへ目配せしたラストが、勝ち誇ったように命令を下す。

 しかしその語尾は、不意に起こった爆発音でかき消された。

 ラストの使い魔たちが姿を見せた左右で破裂音と破片が撒き散らされ、その中に数体が巻き込まれている。辺り構わず飛び散った鋭い金属片や鉄の散弾を浴び、頭や半身をあっさり吹き飛ばされた彼らはその場でぼろりと崩れ、物言わぬ土塊に戻っていった。

 

「何っ!」

 

 もうもうと上がった煙と火薬の臭いが漂う中、驚きを隠せずにいるラストが慌てて辺りを見回す。

 

「準備してきたのは、あんただけじゃないんだよ」

 

 と、ドーパントの視界に入ったところで、未来が手に握っていた黒いプラスチックの小箱を無造作に投げ捨てた。

 クレイモア地雷の起爆スイッチである。

 C-SOLの武器庫からこっそり拝借してきたそれは指向性地雷で、前方広範囲に小さな鉄球や鉄針を叩きつける、極めて殺傷力が高いとされる地雷だ。既に複数の条約で対人戦における使用が禁止されて久しいが、ドーパントが相手であれば躊躇することはない。まして、数を頼みにしてくる劣化ドーパントならば尚更である。

 

「く……くそっ、よくも俺を馬鹿にしてくれたな!絶対に許さん!」

 

 裏の裏をかかれた挙げ句、部下の三分の一以上を一瞬で吹っ飛ばされたラストが怒声を発すると、残った泥人形たちが未来目掛けて殺到する。

 彼女は今一度グロックを抜き構えると、無慈悲な弾丸を泥人形の群れへと立て続けに放った。華奢な手元で乾いた破裂音が上がる度、敵は身体の一部から土を撒き散らし、かりそめの命を使い果たして地へと還っていく。

 未来が空になったマガジンを素早く入れ替えたとき、視界の隅でラストが新たなガイアメモリの破片を取り出し、地面へばら撒くのが見えた。破片を核とした四体の劣化版ドーパントがたちどころに巨大な人影となり、不安定に肩を揺らして立ち上がってくる。ラストは泥人形たちを未来へとけしかけて自分は後ずさり、彼らが作る壁の中へと吸い込まれていった。

 

「待て堀内、逃げんな!」

 

 その姿を目にした女サイボーグが怒声を発して後を追おうとするが、最も手近な場所に生まれた泥人形たちが行く手に立ち塞がる。

 未来はグロックを一旦ホルスターに収め、力強く地面を蹴ると、向かってくる四体の敵へ怯むことなく突進する。

 目標を捕らえんとして掴みかかってくる長い腕をかいくぐり、正面に躍り出た未来の握った拳が、唸りを上げて一体の胴へと突き込まれた。彼女が鋭く腕を引いた後には泥の身体にぽっかりと風穴が開き、敵はがっくりと膝を折って地面に倒れ伏していく。

 続いていた三体が仲間の身体を踏みバランスを崩したところに、未来は続けて回し蹴りを叩き込んだ。あっさりと片脚をへし折られた一体が倒れ、それに巻き込まれたもう二体が更によろめく。

 

「はあっ!」

 

 気合の声を上げた未来は、隙だらけになりながらもまだ掴みかかってこようとした二体へ、続けざまに突きと前蹴りの連続技を決めた。頭を砕かれた上、胴に凄まじい鈍器の衝撃を受けた二つの巨体が、攻撃の勢いに負けて後方へ吹き飛ばされる。

 数分と要せずに新たな四体の敵を破壊した未来が顔を上げると、廃工場の出入口に現れていた泥人形たちが迫ってきているのがわかった。

 

 まだ一五は数えようかと言う土塊の操り人形たちは、未来の前後からじりじりと距離を詰めていて、彼女を中心に円陣を組んだ状態になりつつある。彼らはだだっ広い工場のほぼ真ん中におり、錆が浮いた鉄板の床をごんごんと踏み鳴らす音をひっきりなしに響かせていた。

 いくら雑魚が相手とは言え、包囲されてしまったのでは分が悪い。

 表情でそう語って今一度軽い舌打ちを漏らした未来の顔を、ラストが円陣の外側から満足げに眺めやっていた。

 

「いくらあんたでも、この人数が相手じゃ辛いようだな。まあ、俺も紳士だ。大人しくしてくれるんだったら、これ以上手荒なことはしないと……」

「軍用サイボーグを舐めるな!」

 

 自ら勝利を仄めかしたラストの声を、未来の迫力ある怒号が突き破る。刹那、がん、と鉄板の床を叩く耳障りな音が響き、女サイボーグのしなやかな肢体が宙へと跳躍した。未来が泥人形たちの背丈を越える高さに跳び上がったのだ。

 彼女は間近に迫っていた泥人形の頭を蹴りつけると、そこを足掛かりとして更に近い位置にいるもう一体への肩へと跳び移る。同じ要領で敵の頭や肩を飛び石にし、次々と渡っていく未来の足を泥の腕が捕らえようとするが、泥人形たちはその身軽さと素早さに翻弄される一方だ。

 ほどなく円陣の外側へと逃れた未来が膝をついた姿勢で着地しても、敵の群れがもたもたと振り返るのは数秒後という有様である。

 

「面倒だ、これでも喰らえ!」

 

 敵の姿が都合よく全て鉄板の上にあると見るや、未来は手袋を外して意識を両の掌へと集中させた。両手にかっと熱を帯びた感覚が走り、体内電池から導かれたエネルギーが充填されたことを確認する。そのまま両腕を振り下ろして足元の鉄板を叩くと、ばちばちと青白い火花が掌から大量に溢れ、薄暗い廃工場の中を不規則に照らし出した。

 未来が発した高圧電流が床の一部を覆う古い鉄板を伝い、泥人形たちを直撃する。

 

 劣化版ドーパントたちは、人間が喰らえば即死を免れない二百万ボルト、七十アンペアという強烈な電撃をまともに浴びせられたのである。彼らの持つ僅かな命は瞬時にその身体の内部を焼かれ、使い果たされる羽目となったのだ。きな臭い煙を立ち上らせた泥人形たちは、床に積もった埃を巻き上げて綻びた身体をばたばたと倒れさせていく。

 その様に、さしものラストも狼狽したように顔を上げた。

 一度に全ての敵を感電させた未来は、流石に激しい体力の消耗を感じていた。息は荒く弾んで肩が上下し、手足を鉛のような重さが襲ってくる。しかし彼女は臆することなく砂煙の中で立ち上がると、ラストを睨みつけて強く言い放った。

 

「次はあんただよ。覚悟しな!」

 

 うっすらと額に浮いた汗も拭わずにグロックを再び構えた未来が、まっすぐにラストへ銃口を突きつける。

 息は上がっているものの、今のラストに味方がいない分だけこちらに有利だと言っていい。そしてラストは身体の硬さを誇るかもしれないが、素早さで圧倒的に勝るのは自分だ。隙を見て銃弾を叩き込み、ダメージを蓄積させていけば勝機は必ずある筈だった。

 

 加えて何より、ラストは未来を傷つけることを極力避けている。殺す気がない今のうちであれば、いくらでもやりようはあるのだ。

 が、配下を全て失った上に武器を向けられているラストは、動こうとしない。

 もう既に打つ手なしと観念したのか、と未来が驚いた時である。

 ラストが肩を揺らし、低くこもった笑声を漏らした。

 

「覚悟するのはあんたの方だ。こんなにあっさりと引っ掛かってくれるとはな」

 

 陰気な声には、誰かを自分の思い通りの結果に陥れる湿った快感が表れている。

 罠なのかと勘づいた未来がはっと全身を緊張させて構え直したが、既に遅かった。

 彼女の足元まで砂煙に紛れて這い寄っていた何かが、バイク用ブーツの上から細い脚に絡みついた。 黒い電気コードのような蔦状のものに左の膝までを絡め取られたと気づいた途端、未来は仰向けに地面へ倒された。左脚が引っ張らて身体を恐ろしい勢いで持って行かれた上、そのまま激しく引きずられたのだ。

 

「きゃああああ!」

 

 倒れざまに背中を強打し、咄嗟の反応を返せなかった未来が引きずられながら悲鳴を上げた。

 廃工場の天井の梁に通された蔦は、女サイボーグの肢体を速度を落とすことなく引き回す。転倒時にグロックまでも弾き飛ばされてしまった未来には、成す術がなかった。床に散らばる小石や廃材を跳ね上げながら、細身の身体がいいように地面を擦られていく。

 十メートルは引っ張られたところで、彼女は必死に下肢へと腕を伸ばした。

 

「く……そっ、こんなもの!」

 

 がっちりと左膝を掴む蔦に手が届きそうになった時、不意に未来は宙に浮いたような違和感を覚えた。同時に、左脚の節々が無理な力を加えられる痛みを訴えてくる。

 

「きゃあ!」

 

 甲高い悲鳴は地面の近くではなく、地上から背丈の高さほど離れた場所から上がっていた。

 完全に天井の梁から逆さ吊りにされた格好になったことが、視界の上下が反転したことからわかる。

 

「この……!」

 

 それでもなお未来は諦めずに上半身を無理やり起こし、左脚を拘束する蔦を掴もうとする。

 が、もう一方から空を切って伸びた別の蔦が右手首に巻きつき、ぎちりと音がするほど強く締め上げた。

 

「ああっ!」

 

 突如として襲ってきた激痛に右腕から力が抜け、未来が苦鳴を漏らす。蔦がそのまま右腕を強く引っ張って頭上で縛り上げると、伸び切ったまま固定された彼女の身体は、完全に自由を奪われる格好となった。

 未来は自身がまんまと囚われの身にされたことを、苦痛に歪んだ表情の向こうで感じざるを得なかった。

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