仮面ライダーW 追われるS   作:日吉舞

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罪を背負う者 -11-

 未来が泥人形との近接格闘戦を演じた際に、ラストは腕から伸ばした蔦を密かに室内へ張り巡らせていた。彼女がそれに気づいていないと見るや、すかさず土煙に隠れてその足を絡め取り、天井から吊り上げて、更に右腕をも拘束したのである。

 未来は右手首をぎりぎりと締め上げてくる蔦を外そうして左手をかけたが、針のようなものが突き立つ痛みに思わず指を離した。

 

「く……!」

 

 蔦には細かい無数の棘が生えていた。

 顔をしかめて呻き声を上げた未来はやっとそのことに気がつくと、動きを封じられた右手へ僅かに血が滴ってきたのを感じていた。

 両手を頭上に上げた情けない格好で逆さ吊りにされた未来の側に、ラストがゆっくりと歩み寄ってくる。目の前に捧げられた供物を眺めるような愉悦を、歪な姿の怪物は全身から発していた。

 

「動けないでしょう?俺の手足は自由に形を変えられるし、ロープ代わりに使うことだってできるんですよ」

 

 ラストは未来を縛り上げている蔦を見やり、喉の奥に笑いをこもらせた。

 未来も、ちらりと下へ伸びている蔦へと視線を走らせる。もともとラスト手足の一部だったらしい蔦は、工場を支える太い柱にがっちりと巻きつけられ、今は主の身体から完全に切り離されているようだった。

 

 未来の空中に固定された身体は、一メートル半程度地上から上にあるだろうか。ラスト・ドーパントは未来の左側に立っているが、その頭には右脚で蹴りを放っても届きそうにない。よしんば届いたとしても、踏ん張りの効いていない攻撃など簡単に弾かれてしまうだろう。

 

「それにしても、結構手こずらせてくれましたね?流石に、サイボーグって言うだけのことはあるな」

 

 そして元堀内のラスト・ドーパントは、やっとのことで捕らえた獲物を相変わらず視線で舐め回している。彼がサイボーグの運動能力についてどれぐらい知っているか定かではないが、未来を拘束する蔦の太さや強度はあまりにも頼りなく思える。彼女を本気で動けなくするなら、鋼の鎖で何重にも縛り上げる必要があるのだ。

 この程度ならば、ちょっと力を入れれば簡単に蔦を切断できそうだった。

 

「舐めんな。私を捕まえたからって、勝ったと思うのは大間違いなんだよ!」

 

 未だ思い上がっているラストに吐き捨て、未来が手足に力を込める。

 すると、紫色の不気味な蔦は不意に加えられた暴力に当然耐え切れずに弾け飛んだ--

 

「きゃあっ!」

 

 が、不意に襲ってきた苦痛に耐え切れずに悲鳴を上げたのは未来の方であった。

 デニムを通した左脚が、白い肌が剥き出しになった右手首が、ぎりぎりと締め上げられる。まるで茨がそのまま蛇と化したような紫色の蔦は、容赦なく未来の手足に棘を突き立て、薄い皮膚を貫き通していた。

 

 骨をも砕くかと思うほどの圧力が右手と左脚にかかり、未来は苦痛に耐えられず身体から力が抜けるのを自覚した。

 すると不思議なことに痛みが軽くなったが、蔦の下で傷つけられた皮膚からはまた血が滲み出してきたのがわかる。彼女は息を荒く弾ませて顔を苦悶に歪ませながらも、気丈にラストを睨み続けた。

 

「おっと、あまり暴れないでくださいよ。無理に動こうとすれば、その時だけ棘が出てくるようになってますから。それで手足がちぎれたら、損をするのはあんたなんだ。大人しくした方が、自分のためだぜ」

 

 脱出しようとした未来が逆に痛めつけられたのを見て、今更のようにラストがほくそ笑む。

 ガイアメモリの毒で、本来堀内が持っている負の一面が顕在化したためなのだろうか。陰湿なやり方で相手をいたぶることに快楽を見出だす歪んだ感性に、未来は怖気を感じずにはいられなかった。

 

「俺だって、あんまりあんたを傷つけたくはない。折角の綺麗な肌なんだからな」

 

 そして表情をこわばらせている彼女へと一歩にじり寄り、無造作に小さな顔へ手を伸ばす。

 

「何するの?やめてよ、触んないで!」

 

 今まで直接触れてこようとしなかったラストが行動しようとしたことに驚いた未来は、怯えた顔で叫ぶと反射的にラストの手を左手で払おうとした。が、唯一自由に動かせる筈の左腕には、先に傷つけられた手足の痛みと脅しのために、全く力が入っていない。

 ラストは暴れようとする女の細い手首を掴み、あっさりとその抵抗を抑え込んだ。

 彼女がびくりとして動きを止めた隙に素早く距離を詰め、節くれだった紫色の指を白い喉元へと押しつける。

 

「ううっ!」

 

 耳のすぐ下に一瞬だけ焼けつくような痛みを覚えた未来が呻き声を上げ、身体をわななかせた。

 意外なことに、ラストは指先を僅かに触れさせただけで未来の左手を解放し、再び彼女の全身を臨める位置まで下がっていた。

 だが、逆にそれしかなかったことが却って不気味でもある。

 不安そうな色を努めて声から消した事務的な口調を意識しながら、未来はラストに問うた。

 

「……今、何をした?」

「知りたいか?」

 

 必死に動揺を押し隠そうとしている未来を一瞥したのちに忍び笑いを漏らし、ラストが取り出したのは一本のガイアメモリだった。翔太郎やフィリップ、照井らが持つ形のものとは明らかに異なる、禍々しい装飾が施された黒っぽいメモリだ。

 使用した人間をドーパントに変えるガイアメモリである。

 同じ印象を与えるメモリを未来はつい先刻も目にしたが、まさか堀内がラスト以外のメモリまで持っていると思っていなかった。細く息を飲む音が上がり、未来が瞳を驚きに見開かせる。

 

「それ……!」

「こいつを差し込むためのコネクタですよ。ちゃんと、俺とお揃いの位置にしてあげましたから」

 

 と、ラストは未来にもメモリに刻まれた「S」のイニシャルが見えるよう、メモリを掲げて見せた。相変わらずはっきりとした表情は窺えないラストの顔だが、やはり声には内にいだいている歪んだ情と欲望とを感じさせる。

 そして今言われて気がついたが、ラストが触れてきたのは確かに堀内のコネクタがあったのと同じ場所だ。未来の白い喉元に刻みつけられた黒い印と手元のガイアメモリを交互に見やり、ラストは喜悦の滲む声音を廃工場の中に低くこもらせた。

 

「あとはこいつを使いさえすれば、あんたも俺と同じってわけだ」

 

 未来はラストが持つメモリから、目を離すことができなかった。

 彼の目的を聞かされても現実感がなく、言葉をまず理屈として受け入れ、理解するまで時間がかかっているためだ。自分がガイアメモリを挿されて怪物になるなど、全く想像の外にあったことなのである。

 

『SLOTH(スロウス)』

 

 しかしメモリから漏れたガイアウィスパーは、この事態が紛れもない現実であることを未来の聴覚に直接訴え、僅かな間凍りついていた思考を再び働かせた。

 

「あんた……私を、ドーパントに……?」

「俺は砕かれたガイアメモリを吸収することで、メモリに記憶されている能力と経験を自分のものにできる。言ってみりゃ、相手の全てをモノにできるってわけです」

 

 うわ言のように呟く未来がまだ呆然としていることを受け、ラストが彼女の目の前にスロウスのメモリを突きつけた。

 スロウスは日本語で怠惰を意味し、「七つの大罪」の一つに数えられる。

 このメモリの使用者がどんなドーパントに変貌を遂げるのかは全く未知だが、未来の脳裏を横切ったのは、言うまでもなくこれまで対峙してきたドーパントたちの異形であった。

 

 自分があんな姿にさせられるなど、やはりぴんと来ない。

 が、彼女の当惑など意にも介さないラストの饒舌さは止まることを知らなかった。手の中に収めたメモリを弄びながら、彼は人間のものとは異質な声に自分の言葉を乗せていく。

 

「だからあんたの全てを手に入れるためには、どうしてもドーパントになってもらわなきゃならない。もっとも、あんたが誰よりも俺を愛すると誓うなら、この限りじゃありませんけどね」

 

 愛、というドーパントに不似合いな単語が出たことに、未来が虚を衝かれてはっとした。

 ラストはやはり「七つの大罪」の一つである、色欲の罪を示す。それに飲まれた堀内が歪んだ情に従った要求を突きつけてくるのは言わば必然で、その対象が自身であることを、未来は今まで意識していなかったのだ。

 いや、無意識のうちに無視しようとしていたのかも知れない。

 未来は異性の強すぎる欲にこれまでに触れたことがなく、そんなものは穢らわしさしか感じない人間の負の一面だと思っている。それを堂々と振り翳してくるラストには、最早嫌悪しか沸き上がってこなかった。

 

「自分の要求が通らないからって、脅迫するつもりなの!」

 

 今更のように怒りを爆発させた未来が、ラスト・ドーパントの堀内に向かって怒鳴る。

 これほど一方的で理不尽な要求に応えてやらねばならない義理など、自分には一切ない。自分が堀内の秘めたる想いに図らずも気づかなかったことを差し引いても、だ。

 しかしラストは、未来の強い拒絶さえも楽しんでいるかのような余裕のある態度で再び歩み寄ってきた。

 

「脅迫?とんでもない、譲歩ですよ。どうあがいてもこの状況を覆せないあんたに、人間のままでいられるチャンスをやろうと言ってるんだから」

「ふざけるな、誰が!」

「おっと」

 

 未来が叫んで繰り出した手刀をかわしたラストが、左手首をがっちりと掴む。

 

「電撃は掌からしか出せないんだよな?知ってさえいれば、防ぐのは簡単なんだよ」

「く……!」

 

 歯を食いしばって呻く未来の細い腕は、びくともしなかった。

 宙吊りにされていては足が踏ん張れず、いくら力を入れても左手首を押さえる手を振りほどくことは叶わない。ラストの言う通り、電撃は電極を埋め込んである掌からしか放つことができないため、どうしても相手に触れる必要があるのだ。故に両腕を封じられたこの状況では、頼みの綱となってくれる筈の攻撃手段も全く役に立ってはくれない。

 距離にして十数センチ、相手に触れることさえできれば形勢逆転可能であるのに、思わぬ弱点が晒け出された格好となったのである。手も足も出ない未来は、悔しさを滲ませた表情でラストを睨みつけるしかなかった。

 

「あーあ、あんたはもうちょっと頭がいい女だと思ってたんだがな。いい加減、自分の立場を弁えたらどうなんです?最後の機会を、みすみす棒に振ったんですよ」

 

 その顔がまだ反撃を諦めていないしぶとさの顕れだと見たラストは、呆れながら細い手首を掴む手に力を込めた。未来が僅かに顔をしかめるがラストの言葉は殆ど流しているようで、表情にそれ以上の変化はない。

 どうやら遠回しな表現では、この鈍感な女を恐怖のどん底に突き落とすことはできないようだった。ドーパントになる以前から持っていた望みは、彼女の全てを--今までに見たことがない、戦慄し、絶望に打ちひしがれ、怯えて泣き叫ぶ姿をも我が物とすることだったというのに。

 

 だがそれならば、恐らく彼女が最も忌み嫌っているであろうことで欲を満たせばいいだけの話だ。

 ドーパントとなった今でこそ、彼女が使ったガイアメモリを取り込むのが一番の目的になっているが、それ以前は何度もイメージトレーニングを重ねていたことなのである。それに相手に苦痛を与えるだけではないのだから、一石二鳥というものだろう。

 ラスト・ドーパントの堀内は、自らの手に落ちた女の顔を眺める間に考えをまとめると、そのままを言葉にして出すことにした。

 

「とは言え、あんたをこのままドーパントにするのも忍びない。せめて最後に、いい思いをさせてやる……そういう最低限の優しさは、俺にもありますから」

「……どういうこと?」

 

 不意に左手を離して口調を和らげてきたラストに、未来は怪訝そうに眉根を寄せた。

 

「女に生まれた悦びってやつを、教えてやるってことですよ」

「な……」

 

 一瞬だけぽかんとした未来であったが、二の句を継ごうとして絶句したようだった。

 流石にここまで言われると、相手が自分に対して何を求めているか悟らざるを得なかったに違いない。みるみるうちに愛らしい顔が引きつり、驚きに見開かれていた瞳に不安の色が宿り始める。

 

「あ、あんたまさか、私を……」

 

 その先は、彼女には口に出すのも憚られることなのだろう。裏返りそうになっている声には、ついさっきまで溢れていた気丈さの欠片もない。

 異性にその身を穢されることは、未来にとって暴力を振るわれることよりも、どんな言葉で蔑まれるよりも屈辱的でおぞましく、心が破壊されるほどの苦痛を与えかねないものだった。

 

「ちょ、ちょっと……冗談でしょ?そんなこと」

 

 だが、この期に及んで未来は言葉を詰まらせながらも、薄く不自然な笑顔を浮かべている。

 最早恐怖で表情もコントロールできなくなってきているのだろう。あるいは、まだ言うことを聞かせるための方便だと思い込みたいのかも知れない。

 ラストに向き直られた途端、彼女がひっと息を飲んだのがその証拠だった。

 

「所長、処女なんですよね?折角、俺のために守っておいてくれたんだ。じっくりと可愛がってあげますよ」

 

 一体どうやって調べ上げたのか、誰も知らない筈の極めてデリケートなことまで暴露された未来の顔が、逆さ吊りの状態であるにもかかわらず青ざめる。自分を的にした男の色欲など、忌まわしいものでしかないのであろう。

 怯え切った目の前の人物は既に戦士ではなく、一人のか弱い娘となっていた。

 

「そんなこと、関係な……やめろ!触るなぁ!」

 

 言いかけた未来の左手首を、ラストが再び掴み上げる。たったそれだけで恐慌をきたした未来は絶叫し、狂ったように暴れた。

 しかし彼女を縛る蔦は、身を守ることを許さない。条件反射で激しい動きに反応した魔の植物は、右腕と左脚を容赦なく締め上げてくる。その無数の棘が皮膚に突き立つ痛みに、未来は喘ぎ声を漏らした。

 

「あ……ああっ!」

「ははは!いいですね。その顔に、その悲鳴!あんたは俺のものなんだ。さあ、もっともっと俺を楽しませろ!」

 

 未来の苦痛に彩られた姿を目にしたラストは、哄笑を上げた。

 ドーパントの姿となった堀内が、メモリの暗示する通り色欲の罪に染まり切っていることの証であった。そして、それを悔いる人間としての正常な精神までをも失っているのだ。

 

 もうこの場には堀内を、自分を助けられる者がいない。

 そのことを実感させられた未来は目の前の全てが色を失い、暗くなっていく錯覚に襲われた。助からないという絶望が、彼女の肉体をも蝕んできているのだ。

 

 ドーパントの節くれだった歪な手が、未来の黒いカットソーの胸許を乱暴に掴む。

 動くことすらままならない未来は、空気の塊に気管を塞がれたように声を出すこともできなくなっていた。心臓の激しい鼓動を抑えられず呼吸が早まる一方となり、息苦しさも同時に襲ってくる。

 

「やだ、いや……や……やめ、て……お願い、だから……」

 

 まだ挫けていないとばかりに怒鳴りたくとも、苦しい息の下では掠れた声を途切れ途切れにしか絞り出すことができない。恐怖に支配されて弱々しく首を横に振るだけの未来は、喉に込めるだけの力もなかったのだ。

 普段のキャリアウーマン然とした態度からは想像もつかないほど頼りなく、儚げな未来の姿は、ラストの嗜虐心を煽る一方だった。

 細くはあっても隆起が目立つ半身を覆う黒いカットソーを掴む手に力が込められ、興奮で荒くなった男の呼吸で上下する。

 

「優しくしてあげますから、怖がらなくて大丈夫ですよ……俺に全てを預けてくれれば」

 

 これまでの人生で最も欲した女の豊かな胸も、すらりと伸びた脚も、肉付きがよく形がいい腰も、穢れを知らない清らかな身体が手を伸ばせば届くところにあるのだ。

 早く、全てをめちゃくちゃにしてやりたい。

 滾る獣性を抑えて言いながら、ラストの手はじりじりと未来から衣服をむしり取ろうとしていた。

 上半身が伸びた服にゆっくりと引っ張られていく感触に、未来の大きな瞳から涙が溢れてうわ言のような呟きが漏れる。

 

「やめて……やめて……や、いやあぁああ!」

 

 未来の悲鳴に、薄手のカットソーが一気に引き裂かれる乾いた音が重なる。

 ラストが渇望してやまなかった、戦慄と絶望に彩られた悲痛な絶叫であった。

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