仮面ライダーW 追われるS   作:日吉舞

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罪を背負う者 -12-

 ラストが剥ぎ取った女物の服を投げ捨て、涙でくしゃくしゃになった顔を背けた未来に今一度手を伸ばした時である。

 その視界に、横合いから猛スピードで割り込んできた二つの影があった。

 空中を急旋回するそれらは大人の手よりも大きく、まるで自らの身そのものを武器としてラストにダメージを食らわせるかのように突っ込んでくる。硬質なその飛行物体は紫色の腕に、頭に、胸に、幾度衝突しても怯むことを知らず、自身を鈍器として打撃を加え続けてきた。

 巨大なクワガタとカブトムシにそっくりな影を落とし、かなりの速さで飛び回る二つのそれがラストの身体に当たる度に、がんと鈍い音が上がる。彼らには、放っておけば際限なく向かってきそうな気配があった。

 

「な、何だこいつら!」

 

 ダメージは大したことがなくとも鬱陶しいことこの上ない攻撃に、至上の快楽のお預けを喰ったラストの怒りが爆発した。力の抜け切った未来の左腕を捕らえていた手を離し、突然現れた小さな邪魔者たちを追い払うべく拳を剣の形へと変形させる。

 

 だが、ラストの目に飛び込んできた刃は自分の腕が変わったものではなかった。

 空を切って飛んできた巨大な剣が未来を吊り上げていた蔦に命中し、主人の命令を忠実に守っていた人工植物がぶっつりと切断される。

 

「きゃあ!」

 

 そのまま頭を地面に激突させそうになった未来が悲鳴を上げたが、彼女は反射的に受け身を取って背中から落下した。自由になった左手でまだ右腕に絡む蔦を慌てて振りほどき、晒け出された胸の双丘を押さえようとする。

 

「何だと?」

 

 自分の腕を武器にするより早く飛来した長大な剣に驚愕したラストは、まだまともに動けない未来を再度捕らえようと彼女の方へ向き直った。

 

「はあっ!」

 

 そこへ、今度は若い男の叫びが割り込んだ。

 高い天井の梁に通したワイヤーを掴んでその身を吊り下げ、遠心力を加えた渾身の蹴りを身体ごと紫色のドーパントへと叩き込む。

 

「ぐあっ!」

 

 完全に女に気を取られ隙だらけになっていたラストは、強烈な蹴りをまともに浴びせられて十歩は後方へと弾き飛ばされた。

 飛び込んできた若者がワイヤーから手を離し、未来とラストの間へ見事に飛び下りる。

 

「そこまでだ、この変態サイコ野郎!」

 

 徐に立ち上がった若者は、地面に転がされているラストへ強く言い放った。

 黒いソフト帽を被った、俊敏そうな身のこなしの男。

 スパイダーショックから伸ばしたワイヤーを使ってラストに一撃を加えたのは風都を守る半熟探偵、左翔太郎であった。

 

「翔、太郎……」

 

 地面から半身を起こしかけ、その頼もしい後ろ姿を目にした未来が呟くように若者の名を口にする。

 

「遅くなって済まねえ、大丈夫か?」

「見ないで!」

 

 しかし彼女を守る壁となる翔太郎が振り返ろうとした時に響いたのは、鋭い拒絶であった。

 思わず動きを止めた翔太郎の目に入ったのは、まだ自由がきかない身で露な肌を必死に隠そうとする未来の美しい背中だった。

 それを目にしたのはほんの一瞬の筈だった。

 なのに、彼女を他人の目から守る筈の服が袖の部分しか残っておらず、乱暴に引き裂かれた残骸が半裸の背に引っかかっている姿が、目に焼きついて離れない。

 

「見ないで……お願い……」

 

 うずくまって懇願する未来の声は、今までに聞いたことがないほど震えている。そこでもう言葉を出せなくなったのか、涙を堪えようとする密やかな嗚咽が漏れたのがわかった。

 

「……まさか……」

 

 翔太郎が愕然として呟く。

 未来がラストに何をされたのか、一目瞭然だった。

 

「未来さん……!」

 

 翔太郎がこわばった顔をラストに向けた時、遅れて駆けつけてきた亜樹子が絶句した。彼女もまた後ろに続いている照井やフィリップたちと同じく、状況を一目で理解してその先を続けることを憚ったのだ。

 

「所長、彼女にこれを」

 

 女性としてあまりの事態に身体を硬直させていた亜樹子へと、照井が赤い革ジャケットを脱いで差し出す。愛する男が被害者に示した最大限の気遣いにはっとして、亜樹子は慌ててジャケットを手に未来の側へと走った。

 その女所長を護衛するようにスタッグフォンとビートルフォンも戻り、周囲を飛び回り始める。

 

「畜生、俺の女を……よくも、よくも邪魔してくれたな!」

 

 亜樹子が未来の裸の背中を赤いジャケットで覆い隠すのを目にしたラストは、恨みのこもった怒声を張り上げた。

 入念に作り上げたステージを、突然の乱入者どもが一瞬にしてぶち壊してしまったのだ。ラストにとっては正当な怒りが激しい憎悪となり、新たに現れた男女に等しく向けられていく。彼らは泥人形に襲わせるのではなく、直接自分の手で始末せねば気が済まなかった。

 

「てめえ……!」

 

 その言い種を耳にした翔太郎が呟き、身体ごとラストへと向き直る。

 このドーパントだけは、断じて許せない。

 許せるわけがない。

 半熟探偵の思考は激しく燃え上がる怒りで真っ赤に塗り潰され、それ以外のことは考えられなくなっていた。

 叫び声を上げて飛びかかりたい衝動を懸命に抑えた翔太郎の肩は小刻みに震え、息は荒くなり、帽子の影から覗く口許は、ぎりっと音がするほどに噛み締められている。

 

 彼が俯かせていた顔をゆっくりと上げると、これまでに誰にも見せたことのないほど激しい怒りを渦巻かせた瞳が、癖のある髪の隙間から覗いた。

 その威圧感は、睨まれたラスト・ドーパントがつきかけた悪態を思わず飲み込んだほどである。

 最初の一歩はゆっくりと足を踏み出し、次は身を焦がすほどの想いに駆られるまま、翔太郎の歩調は次第に早くなっていく。

 未来の身体と心を踏みにじり、ずたずたにしようとしたこのドーパントは、必ず自分がこの手で叩きのめす。

 絶対に自分が裁いてやる!

 

「うおおおお!」

 

 走り出した翔太郎が吠えた。

 白く骨が浮かぶほどきつく拳を握り、込められるだけの力を鋭く引いた腕に集中させ、ありったけの憤怒とともに爆発させた雄叫びが廃工場の淀んだ空気を震わせる。

 翔太郎が半身ごとぶつかる勢いで解放した素拳の一撃は、彼の凄まじい怒りに圧されて立ち竦んでいたラストの顔面に間違いなく叩き込まれた。

 

「ぎゃっ!」

 

 ラストが濁った叫びを上げて体勢を崩し、我に返ったように後退する。

 ラスト・ドーパントである堀内が受けたダメージはさしたるものではなく、逆に殴りかかった翔太郎の拳に血が滲む有り様だったが、それでもこの伊達男に反撃するという選択肢は頭に浮かんでこなかったのだ。

 息を乱し、未だ敵意を込めた視線の針を突き刺してくる青年は、構えを解いていない。一発喰らわせただけではまだまだ気が済まないと、激情を滲ませた表情がありありと語っている。

 

「翔太郎!」

 

 しかし、黒いベストを着込んだ背に手をかけて名を呼ぶ少年の姿がその後ろにあった。

 相棒のフィリップが名を口にしても、翔太郎は振り返ろうとしない。それでも黒髪をクリップで留めた少年が、繊細な顔を嫌悪感に歪めているだろうことは手に取るようにわかっていた。

 

「こいつは……男としても最低な奴だ」

 

 男の持つ生々しく醜い一面を突きつけられ、それも現実であることを淡々と受け入れるしかないと覚悟したのであろうか。フィリップの呟きには、苦い響きがあるようだった。

 少年の「男として最低」という言葉は重い。

 男とは、愛する者を守ってこその存在の筈だ。少なくとも鳴海荘吉は、語らずとも翔太郎にそう教えてくれた。

 だからこそ、翔太郎にはラスト・ドーパントが許せない。

 彼は荒い息のもとで血の化粧が施された右手を固く握り、眼前の敵を睨み据えて言い放った。

 

「許さねえ……てめえだけは絶対に、この俺が許さねえ!」

 

 翔太郎の魂の叫びに無言で頷いたフィリップが、傍らへ進み出る。

 魔少年の白い左手には緑色に輝くサイクロンメモリが、半熟探偵の右手には漆黒のジョーカーメモリが握られていた。

 

『CYCLONE(サイクロン)!』

『JOKER(ジョーカー)!』

 

 ややずれたタイミングで二人の掲げるメモリからガイアウィスパーが迸り、それぞれの腰に赤いダブルドライバーが出現する。

 

「変身!」

 

 翔太郎とフィリップが完璧なタイミングで同時に腕を振り翳し、叫びを重ねた。

 ドライバーへと吸い込まれた二本のガイアメモリが揃ったことを肌で感じてから、翔太郎が勢いをつけてドライバーを外側へと開く。そこから溢れ出したガイアエネルギーが、彼の細身の身体を包み込んだ。

 

『CYCLONE(サイクロン)!』

『JOKER(ジョーカー)!』

 

 再びのガイアウィスパーとともに呼び起こされた地球の力が、二人の男の周囲に吹き荒れる。

 戦うための肉体に変貌させるエネルギーが翔太郎の身に硬質な外皮となって纏われ、フィリップの精神の器を相棒のそれとし、「二人で一人」の戦士--仮面ライダーWが荒れ果てた工場の中に輝く姿を現した。

 そして翔太郎たちの背後に控えるもう一人の仮面ライダーも、深紅のガイアメモリを掲げて起動スイッチを弾いていた。

 

『ACCEL(アクセル)!』

 

 埃っぽい空気の中で婚約者と被害者たる二人の女を守るべく、照井竜がアクセルメモリを手にして仁王立ちとなる。

 

「変……身!」

 

 腰に現れたアクセルドライバーにメモリを滑り込ませた照井の叫びは、彼の背後に控える亜樹子と未来の耳にも届いていた。

 

『ACCEL(アクセル)!』

 

 力強いガイアウィスパーが炎の如く熱きエネルギーと重なり、ドライバーから溢れた真っ赤な光が照井の身体を包み込む。アクセルドライバーのスロットルを全開にすると、灼熱のガイアエネルギーが主に戦う力と身を守る鎧を、そして仮面ライダーアクセルの姿を授けた。

 Wよりも重厚な装備に身を包んだアクセルが地を踏みしめ、守るべき者たちの方を振り返る。

 

「ここは俺たちが必ず守る。だから安心しろ」

 

 仮面ライダーとなった照井の表情を窺い知ることは叶わないが、力強い中にも優しさがある婚約者の声に、亜樹子が頷いて見せる。その広い背中が敵に向かっていくのを見送ってから、彼女はすぐ隣でうなだれている未来へと視線を移した。

 

 二人の女所長は寄り添う格好になっていたが、亜樹子が未来の半身を支えてやりながら座り込んだ体勢になっている。

 照井の革ジャケットを着込み、顎の下までファスナーを上げている未来の肌は、顔と手以外に露出している箇所はない。しかし暴行されそうになったことで強いショックを受けているのは、未だ不安定な瞳の焦点と蒼白な顔色からも明らかであった。

 

「未来さん、もう大丈夫だから……ね」

「……うん」

 

 亜樹子の穏やかな言葉に未来が僅かに顔を上げて頷いたが、涙で濡れた顔には砂埃や乱れた髪の毛が貼りつき、酷く憔悴した印象を与えてくる。

 未来の苦痛を本心から理解することも、代わってやることもできない亜樹子にできることと言えば、優しく声をかけてやることぐらいしかない。普段は愛する男が身に纏っている革ジャケットの肩にそっと手を添えてやると、まだ肩ががたがた震えているのがわかるほどだった。

 

 亜樹子にも未来はいつも溌剌としたイメージが強かっただけに、今の姿は見ているだけでも心が痛む思いだ。折角できた新しい仲間をこんな状態にするなど、亜樹子にとってもラスト・ドーパントは最早許されざる敵となっている。

 亜樹子が未来を安心させるように肩を抱く手に力を込めて、男たちの戦いへと注意を向けた。

 

「そいつは俺の女だ、返せ!」

 

 その二人の様子を目にしたラストが怒声を上げて喚いたが、彼の前にWが立ち塞がった。

 

「下衆野郎、まだ言うか!」

 

 Wの中で翔太郎が忌々しげに吐き捨て、足を踏み出そうとしたラストに向かっていく。しかしラストは新たに出現した敵のことなどまる脅威とも思っていないようで、歩みを止めようとしない。それどころか、剣の形に変えていた右腕をそのまま振り翳してきた。

 

「どけ!俺の邪魔をするな!」

「そうはいくか。てめえこそ、一秒でも早く失せろ!」

 

 鋭く払われてきた刃をかわして側面に回り込み、Wの中の翔太郎が回し蹴りを喰らわせる。体重をのせた打撃をラストはまともに脇腹に受けることになったが、それでも動きを止めるほどのダメージは及んでいないようだった。吸収されているプライド・ドーパントの特性である防御力が、攻撃力を軽減しているのだ。

 

 が、技の威力が想像以下であるにしても、翔太郎の怒りは止まらない。

 彼は自分の繰り出した攻撃が弾かれる度にその何割かが跳ね返ってくることも計算せず、蹴りと突きのラッシュをラストの顔に、胴に、脚に浴びせ続けていく。

 

「落ち着くんだ、翔太郎!」

 

 肉体の持ち主である翔太郎がかなりの激昂状態にあることを感じ取ったフィリップが、見かねて警告する。

 

「この野郎、未来をあんな目に遭わせやがって。これが落ち着いてられるかよ!」

 

 翔太郎が構えた左の黒い拳を輝く右手が諌めるように押さえ、荒い息をつきながら一旦は後退したWであったが、やはり彼の気は収まる筈がない。

 相棒の言葉も心に留めることなく再度ラストへ飛びかかろうとしたところへ、横合いから長大な刃が突き込まれた。

 

「はっ!」

「ぐわっ!」

 

 気合いとともに一閃された剣を右肩に打ち込まれ、ラストが苦鳴を上げる。

 未来を縛っていた蔦を切断するために投げつけたエンジンブレードを回収したアクセルが、Wの横合いから加勢したのだ。

 

「貴様のように卑劣なドーパントを、俺たち逃がすと思うか!」

 

 斬られた肩口から火花を散らしたラストに、アクセルも怒りの口上をぶちまける。

 アクセルである照井は日頃から犯罪者に接する立場だが、この手合いの輩の性根の腐り具合にはいつも辟易とさせられていた。相手のことを顧みず、一人の人間と思わず、ただ自らの欲を押しつけ、それが叶わないと力に訴えて相手を恐怖で縛り、支配しようとする。

 こんな存在は同じ男としても恥ずべきものあり、情状酌量の余地はない。

 それが照井の内にあるスタンスであった。

 

 アクセルとWが一瞬だけ後退し、自然に互いの呼吸を合わせて同時にラストへと攻撃を仕掛ける。

 Wの蹴りが、アクセルのエンジンブレードから繰り出された突きが、ラストに正面から襲いかかるが、翳された紫色の細い両腕が双方を完璧に弾き返した。その隙にWが背後へと回り込み、挟み撃ちの体勢を作り上げる。

 たちまちラストは、前後から斬撃と打撃の嵐に見舞われることとなった。

 アクセルが振り翳すエンジンブレードは肉厚の刃で打ち込み、払い、斬りつけ、突き込むことを繰り返す。ラストがそれを防ぎ、捌くことに注力すれば、今度はWの蹴りと拳が打撃の雨を脇腹や背中に浴びせかける。

 

 いくら他のドーパントの高い防御力を取り込んでいるとは言っても、それが完璧にダメージを防いでくれるわけではない。まして使用者の基本能力が高くなければ尚更である。

 加えて今の仮面ライダーたちは怒りという強烈な感情で基礎がかさ上げされた状態で、昨日の初戦で圧倒されていた時とはまるで条件が違っていた。

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