仮面ライダーW 追われるS   作:日吉舞

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謎の同業者 -4-

 風都セントラル病院は、先にドーパントと一戦を交えた河原から三百メートルと離れていない高台に建っていた。ここは昔からある中規模の総合病院で、入院が必要な怪我や病気の時は頼ってくる住人も多い。風都育ちの翔太郎も、幼い頃から馴染みのある場所だった。

 彼はハードボイルダーのタンデムシートから降ろした未来を病院の正面玄関で待たせて駐輪場を経由し、連れ立って白く大きな建物の中へと入っていった。

 

「じゃあ、あんたの部下は仕事で風都に来て、誰かに襲われたってのか」

 

 外来の待合室を通り抜け、目的である入院病棟を目指して廊下を歩きつつ、翔太郎は更に詳細な情報を未来から集めていた。

 

「そう、三日くらい前にね。彼、まだうちに入って三ヶ月も経たない新人なの。いきなりこんな目に遭ったんだから、結構ショックが大きいみたいでさ。だから私も心配なんだよね……まあもしドーパントに襲われたんだったら、余計にショックを受けるのも無理ないけど」

 

 翔太郎の問いに頷きを返しながら、未来が辺りを見回している。

 病院の廊下には昼下がりの陽光が満ちて明るく、清潔な雰囲気が感じられるが、翔太郎は建物全体に染みついているいる消毒薬の匂いが好きになれなかった。まだ十代だった頃、無茶をする度にどこかを怪我してはここの医師や看護師に世話になったことまでが思い出され、微妙な気分にもさせられる。

 二人の若者は低い声で言葉を交わしながら様々な検査室の前を通り、小走りに行く白衣の男女と擦れ違い、車椅子に乗っているパジャマ姿の患者を避けているうちに、外科病棟へと辿り着いていた。

 

「ここだよ。三〇二号室」

 

 未来がジャケットのポケットから出したメモで病室番号を確認し、四人部屋らしい病室の入口に下がっているオフホワイトのカーテンをくぐる。彼女の視線が広めの病室内を一巡し、仕切り代わりのカーテンが開け放たれた窓際にあるベッドで止まった。

 

「あれ……健太くん。永峰さんも」

 

 すると、意外そうな声が驚きの表情とともに発せられた。目的のベッドの側には、先客がいたのだ。

 翔太郎が未来の横に進み出ると、中年の男性がこちらに軽く頭を下げ、一緒に立っている男の子もそれに倣っている様子が見えた。

 

「いえ。堀内さんが怪我をされたと聞いて、健太くんがどうしてもお見舞いに行くと言って聞かなくて」

 

 恐縮した印象の男性は男の子の父親くらいの年齢に見えるが、名前を呼び捨てていないないことから、肉親ではないらしいことがうかがえる。よく見ると、ジーンズに厚手のスエットという作業着のような格好の胸に「永峰智之」の小さなネームプレートがつけてあることもわかった。

 

「そっかー、お兄ちゃんといっぱい話せた?」

 

 一方の未来は男の子の前まで行ってしゃがみ、満面の笑顔で話しかけている。

 男の子は五歳前後くらいだろうか。どこにでもいる無邪気な普通の子どもといった印象で、目を引くのは古くさいデザインで垢抜けない服を着ていることくらいだった。布自体がかなりくたびれているらしく、黄色のトレーナーは薄汚れて見え、デニムのハーフパンツも天然のケミカルウオッシュになっている。

 しかし未来から健太と呼ばれた男の子は、みすぼらしい格好でも嬉しそうに、元気よく答えていた。

 

「うん。堀内のおにいちゃん、たいしたことないって。ぼくがよかったね、って言ってたんだ」

「お姉ちゃんも、お兄ちゃんのお手伝いを頑張ってるからね。健太くんのお父さん、すぐに見つけてあげるから。いい子にして待ってるんだよ」

 

 彼女が健太の顔を覗き込むようにして優しく言い、小さな頭に手を乗せて撫でてやる。小さな少年は目を輝かせ、弾けそうな笑顔をこぼれさせた。

 

「うん!おにいちゃんとも約束したから、ぼくはだいじょうぶだよ」

「さすが、男の子だね。偉いぞ」

 

未来の言葉に照れたのか、健太はくすぐったそうにしながらきゃっきゃっと声上げてはしゃいだ。

 

「では、私どもはこれで。お大事になさってください」

 

 他の患者もいる病室で騒ぐことを気にしたらしい付き添いの永峰が、たしなめるように健太の肩に手を置く。すると健太は慌てて自分の口を両手で塞ぎ、これ以上しゃべらないという意思を頷きで表した。

 

「わざわざありがとうございます。またね、健太くん」

 

 未来も落ち着いた口調を取り戻して永峰に会釈したが、健太の子どもらしいしぐさに笑みを残したまま手を振っている。翔太郎も二人と擦れ違った際に軽く頭を下げたが、永峰に手を引かれた健太もきちんとお辞儀を返してきていた。

 しっかりしたいい子だと感心して小さな背を見送った後、彼はベッドの方に向き直った。

 子どもが姿を消すとその場が静まり返ったような気がして気まずく感じるのはよくあることだが、漂いかけた沈黙を破ったのはベッドに半身を起こしている青年だった。

 

「所長、あんな風に言ってくれなくても良かったのに……俺の方が所長に手伝ってもらってるんですから」

 

 困ったようにベッドの鉄柵へ視線を彷徨わせている青年は、頭と腕に包帯を巻かれ、顔にも大きなガーゼが当てられていた。翔太郎や未来よりも年上には見えず、かと言って子どもっぽくもない印象の顔は、長めの黒髪に包まれている。妙に白い肌と骨ばった体格、どこか怯えたような様子の目が神経質な印象を見る者に与えた。

 ドーパントに襲われて怪我をした未来の部下というのは、おおよそ便利屋という荒っぽい職業に就いているとは思えないタイプの青年であった。

 

「何言ってるの。あんた、初仕事なのによく頑張ってるじゃない。部下のフォローは上司の役目なんだから、いちいち気にしないで。それより、傷の具合はどう?」

「ええ。今日はあまり痛まないし、検査結果でも、特に脳とかに異常はないらしいです。このままなら、明日か明後日には退院できるって」

「そっか。本当に、大したことなくて良かったよ。安心した」

 

 思っていたよりも元気そうな部下の姿を確認できた未来がほっとした笑顔を見せると、青年も照れてはにかんだように笑った。

 

「あの子の父親を探してるのか?」

 

 その二人の間に、翔太郎が質問を割り込ませる。そこで見慣れない男の存在に初めて気づいたと見える青年が驚きの色を一瞬浮かべ、僅かに表情を歪ませて口をつぐんだ。

 

「詳しく話す前に、紹介するよ。彼は堀内。うちの事務所の新人なの」

 

 未来が翔太郎にベッドにいる部下の姓を示すと、堀内は上目遣いで翔太郎を一瞥し、殆ど首だけで形ばかりの会釈をよこしてきた。翔太郎も、自然とそれに合わせた形式上の礼を返すこととなる。

 

「所長、そちらは?」

 

 堀内は翔太郎のことが気にくわないらしく、目を合わせないようにしながらも値踏みするような視線が無遠慮で、不快感すら覚えさせる。頭に巻かれた包帯に長い前髪がかかるのが鬱陶しいのか、堀内は頭を軽く振って髪を避けた。

 

「俺は左翔太郎。この風都の安全を、ハードボイルドに守る探偵だ」

 

 こんなことで怯んでいては相手に舐められるばかりである。翔太郎は未来が言葉を発する前に自分流の自己紹介を披露し、ペースを守ることにした。

 

「探偵?そんなのが、どうしてうちの所長と一緒にいるんです?」

 

 しかし堀内には露ほどの感慨も与えられなかったらしく、胡散臭そうな視線には却って拍車がかかっている。似非探偵風情が偉そうに、と顔に書いてあるかのようだ。

 

「左さんは、私を助けてくれたの。多分、あんたを襲ったのと同じ怪物……ドーパントから」

「ドー……え?」

 

 それでも未来から助け船として出された説明については全く意外だった様子で、堀内は聞き慣れない単語に首を傾げている。自分の専門分野の話になったと判断した翔太郎は、再び言葉を挟んだ。

 

「ドーパント。風都に現れる怪人のことだ」

 

 すると再度、堀内の視線が敵意を孕んで翔太郎の方に向く。それでいて翔太郎とはまともに目を合わせないのだからたちが悪い。男二人の間に険悪さが生まれ始めているのを見て取った未来が、堀内を諫める調子を少しだけ声に込めてくる。

 

「堀内、あんたを襲った相手のことを聞きたいんだけど。そいつって、コスプレと言うには度が過ぎると言うか……こう、でっかい着ぐるみみたいな格好をしてて、全身がグレーで、岩っぽい感じじゃなかった?」

 

 写真でもあれば手っ取り早かったが、未来のジェスチャーを混ぜた説明で十分だったようで、堀内は激しく頷いた。そのせいでまた髪が目にかからんばかりになり、彼はまた頭を振っている。

 首を横に回すように振るのは、どうも堀内の癖らしい。

 

「え……ええ、そうです!まさしくそんな感じの奴でした。でも、あれが所長まで襲ったって言うんですか?」

「まあね。けど左さんが助けてくれたから、私は何ともなかったの」

「へえ。こいつ……いや、この探偵さんが、あんな怪物から所長を?ちょっと信じられないですけど」

 

 未来が横に立つ翔太郎のことに話を及ばせると堀内はあからさまに鼻白んだが、彼女は敢えて彼を注意することなく先を続けた。

 

「肝心なのはここから先。あんたを襲ったドーパントって、メモリをよこせって喚いてなかった?」

「メモリ……ですか?」

「正しくはガイアメモリだ。これと似たようなのに、見覚えはないか」

 

 鳴海探偵事務所で未来に見せた時と同じように、翔太郎がベストの内側からジョーカーメモリを抜き取って堀内へ渡した。相手が感情を見せずに振る舞っているからだろう、堀内も黙ってジョーカーメモリを受け取った。

が、やはり彼の反応も先の未来と同じであった。

 

「いえ……こんなの、俺も見るのは初めてですよ。ただ、確かに何かを渡せとは言ってたと思いますけど」

「そうだよね。何せ、私たちはこの街に足を踏み入れたのだって、つい何日か前なんだし」

 

 困った顔を見せながらも、未来の口振りにはほっとした響きがあ含まれている。彼女もこれ以上のトラブルは抱えたくないのが本音なのだろう。

 

「しかしあんたたちがドーパントに狙われるには、それなりの理由がなければおかしい。その鍵になるのが、奴がよこせと言ってるメモリなんだ」

「そりゃそうだけど……」

 

 けれど、本当に知らないものは仕方がない。

 そう言いかけたらしい未来は、不服そうに言葉を飲み込んでいた。

 

「いいか?奴は、あんたたちがメモリを持ってると思い込んでるんだ。そうであるからには、また狙われる羽目になるんだぞ」

 

 未来と堀内の顔を交互に見渡して、翔太郎が返されたジョーカーメモリをベストの内側にしまい込む。便利屋の二人が不満を表情に表してはいても言い返さないでいると、彼は更に根本的な問題へと突っ込んだ。

 

「しかし、この町の住人でもないあんたたちが、ドーパント絡みの事件を解決しなきゃならない義務はねえ。ここから先は俺に任せてくれねえか」

「……俺たちには対処は無理だって言いたいのか?」

 

 無論、きっと睨み付けてきた堀内の言う通りである。

 相手はドーパントなのだ。いくら元が人間でも、超人的な肉体的特性と特殊能力を持つ身に変わってしまった存在に、仮面ライダー以外の何者も立ち向かうことは不可能だった。

 

「あんたらだって、襲われて怪我までさせられたんだからわかってるだろ?ドーパントとやり合うのは、普通の人間には危険過ぎる。片がつくまで、迂闊に風都へ近寄らない方が身のためだ」

「そうは行くかよ。やっと健太の父親の手掛かりが掴めたんだ。このまま引き下がれるか」

 

 改めて翔太郎は説得を試みる姿勢となったが、逆に堀内は敵愾心を剥き出しにしてきていて、あくまでも引き下がるつもりがないことを感じさせる。聞く耳を持たない新人の青年にやれやれと小さく溜め息をついて、翔太郎が今度は未来に持ちかけた。

 

「なら、その件もこっちで引き受ける。とにかく退院できるようになったら、早いところ戻った方がいい」

「そう言うあんただって、ただの人間だろ?人の手柄を横取りするような真似が、ハードボイルドの流儀なのかよ」

 

 堀内の明確に相手を馬鹿にする嫌味さに翔太郎の眉が動き、抑え気味にしていた声のトーンが不快そうに上がる。

 

「何だと?」

 

 ようやくと言うべきか、翔太郎の目にも怒りが見え始めた。こうもあからさまにハードボイルドを貶すなど、彼の恩人そのものを否定し、侮辱するに等しい行いだと言えるのだ。

 

「堀内。今はあんまり血圧を上げたら、身体に障るよ。私たちはもう帰るから、何かあったらいつでも連絡してね」

 

 初めて互いの顔を正面から睨み合った二人の男の間に、未来が強引に割り込んできた。場違いとも思える陽気な笑顔をわざとらしく浮かべると、そのまま強引に翔太郎の片腕を引っ掛けて病室の出入口へと身を翻す。

 

「いててて!お、おい!引っ張るなよ!」

 

 未来に半ば後ろ向きで引きずられる格好となった翔太郎が、思わず声を荒げて抗議する。

 

「いーから、来なさい!」

 

 自分よりも背が高い男をずるずると引っ張っていく未来も、子どもを叱り飛ばすような口調になっている。ほんの少し前に会ったばかりの男女がまるで旧友の如き仲で共に去っていく姿を、堀内のみならず病室にいる入院患者の全員がぽかんと見送った。

 

「あ、すみません!」

 

 翔太郎をまだどこかへ引き連れて行こうとする未来が、病室を出たすぐの廊下で危うくぶつかりそうになったのは、患者の食事を積んだワゴンを押した中年の男性であった。慌てて謝りはしても、彼女は翔太郎の腕をまだ離さないでいる。

 

「こら!この怪力女、いい加減離せよ!」

「やかましい、さっさと来る!」

 

 未だ口論を続けている若い二人の声が遠ざかっていくのを、堀内は一人ベッドで聞かされることになっていた。

 

「……畜生」

 

 彼はベッドにまだ身を起こしてはいたが、顔は俯いており口からは悔しげな、というよりは恨み節のような極色彩に塗りたくられた一言が漏れていた。ペールブルーの入院着の袖から突き出た細い腕の先にある手が毛布を握り締め、指が小刻みに震えている。

 黒く、男にしては長い髪がばさりと垂れ、堀内の細面を覆った。

 

「あのう……お食事をお持ちしましたが」

 

 その長い前髪の奥を覗くようにおずおずと声をかけてきたのは、未来と衝突しそうになった配膳係の男だった。

 堀内は首を横に大きく振って前髪をどけ、暗い情熱が窺える瞳を上げた。

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