「こいつら……!」
ラストの憎々しげな呟きを耳にしたアクセルが、返す言葉の代わりと言わんばかりにエンジンブレードを振り下ろす。
「おわっ!おい、俺だ俺!」
しかし素っ頓狂な声を上げて跳びすさったのは、ラストの背後から拳を叩き込もうとしていたWだった。一瞬何が起こったかわからずにいたアクセルであったが、振りかけた刃を反射的に引いたのは流石の反応だと言えよう。
今まで二人の猛攻に晒されていたラストは姿を消したと錯覚するほどの速度で動き、一瞬で攻撃範囲内から逃れたのだ。
「ったく、危ねえだろ!」
斬撃の威力もさることながら、打撃力も馬鹿にはできないエンジンブレードの一撃をラストの代わりに喰らわされるところだったWが声を荒げる。
「奴はどこだ?」
まだ文句を言い足りなそうなWの内の翔太郎のことには注意を払わず、アクセルが視線で敵を追い求める。すると紫色のドーパントは、自分たちから五歩ほど離れた柱の後ろに移動していたのがわかった。
アクセルの予想通り、防戦一方に追いやられるのは危険であることを本能的に察したラストは、嵐のような攻撃をすり抜けて仮面ライダーたちの間から脱出していたのだ。二方向からの攻撃をいともたやすくかわした俊足は、言うまでもなく吸収したラース・ドーパントの能力である。
「くそっ、逃げ足も素早い奴め!」
悪態をつきながらエンジンブレードを握り直し、アクセルがラストに再び挑みかかろうとする。
「しかし、これでわかった。確かに奴は他のドーパントの能力を吸収するが、一度にその全てを発揮できるわけじゃない。吸収した能力を制御するには、ラスト・ドーパントになった人間が持つ本来の力に大きく左右されるんだろう。恐らくそれが、試作品故の弱点だ」
その紅き鎧の戦士の沸き立つ激情を冷やすような醒めた口調で、フィリップが敵についての分析結果を口にした。
つまり、ラスト・ドーパントのガイアメモリを使用する人間いかんで、変身後の強さも左右されると言うことである。複数のドーパントの能力を同時に使用するにはそれなりに優れた力が求められるが、今のラストがこまめに能力を切り替えての使用しかできないのは事実のようであった。
フィリップの正確な分析で、ベースになる人間が弱いと暗に言われているのが癪に障ったのだろう。ラストが柱の陰から姿を現して怒鳴った。
「黙れ!最強は俺だ!」
言うが早いか、ラストの突き出した腕にある突起の一部が長く伸び、しゅっと音を立てた。細くしなった紫色の蔦はのたうち回る蛇を思わせる乱暴な動きで宙を走り、Wとアクセルに襲いかかる。
アクセルはエンジンブレードで飛来する生きた蔦を両断したが、真っ二つにされた蔦はそれでも死なず、そのままアクセルとWの身体に絡みついてきた。
「うわっ!」
Wの内にある翔太郎が驚いて声を上げ、慌てて太い蔦を振りほどこうとする。だが、そうしている間にも複数に枝分かれした蔦がするすると上半身に伸びていき、がっちりと両腕を拘束しにかかってきた。
「くっ!」
エンジンブレードだけは離さずにいたアクセルであったが、逆に片手を塞がれているのが仇となり、Wよりも早く半身を縛り上げられることとなっていた。更に蔦が強く締め上げてくる圧力に、思わず呻き声を漏らす。彼は今や腕全体を満足に動かせず、全身ががんじがらめにされるのも時間の問題であろう。
この蔦は切断してもそれぞれが独立して動くため、むやみやたらと切り刻むのは危険と言えた。
「この蔦を何とかしなければ!」
「なら、こいつで行くぜ!」
Wの中で焦ったフィリップが叫ぶと、しつこく腕を絡め取ろうとする蔦に抵抗していた翔太郎が新たなメモリを取り出し、起動スイッチを叩いた。
「TRRIGER(トリガー)!」
高らかなガイアウィスパーを響かせたのは、青く輝くトリガーメモリである。
辛うじて肘から下を捕らえられていない左手で、ボディサイドであるジョーカーメモリを素早くトリガーメモリに入れ換える。するとWの左半身が輝き、サイクロン・トリガーフォームに換装された。同時に、胸にWが持つ唯一の飛び道具であるトリガーマグナムがセットされる。
「この……!」
翔太郎は肘下に巻きついてきた蔦を引きちぎらんばかりにしてトリガーマグナムに左手を伸ばし、やっとの思いでグリップを掴んだ。
「喰らえ!」
首にも巻きつき始めた蔦が締め上げようとしてくる前に、Wは銃口をラストに向け連続で引き金を引いた。途切れることなく発射された複数の光弾が、ラスト目掛けて殺到する。
実体のない弾丸を一度に浴びたラストが、身体から火花を散らして悲鳴とともに仰け反った。途端、仮面ライダーたちを縛っていた蔦が緩む。
先に未来を解放した際にその弱点を見破っていた二人のヒーローは、蔦をむしり取るようにほどいて拘束から脱出した。
「畜生!」
あっさりと攻撃が破られるや否や、ラストはありきたりな捨て台詞を残し敵に背を向けて走り出した。その一方で自らの右手を胸板に突き立て、身体の中から取り出したモノを逃げながら地面にばら蒔く。鈍く輝くガイアメモリの鋭い破片は、地に触れるなり大柄な人間の形をした土を纏って、その身をゆらりと立ち上がらせた。
三体の劣化ドーパントがアクセルとWに掴みかかってくるが、緩慢な動きは仮面ライダーたちにとって脅威でも何でもない。
「小細工を!」
敵が最後の悪あがきを始めたと見たアクセルが勇んでエンジンブレードを構え、新たに現れたドーパントの手下に向かって走る速度を上げる。
だが、ラストはその後ろにWが続いたのを横目で確認すると、今度は全く別の方向に向かってガイアメモリの欠片を鋭く投げつけた。自身からかなり離れた場所に現れた四体の泥人形たちが、次々と攻撃目標へと向かっていく。
「きゃあ!」
それを見て悲鳴を上げたのは、仮面ライダーたちが守っているはずの亜樹子であった。二回目にラストが作り出した劣化ドーパントたちが、遅いながらも二人の女性目掛けて殺到したのである。
「くそっ!」
恐らく未来はまだ動けないであろうし、彼女についている亜樹子も傍を離れられない。敵の動向を察したWが踵を返し、別の集団を成して彼女らに迫る土人形たちを排除すべく駆け出した。
「二人に手を出すな!」
Wの中で怒号を発した翔太郎が、片手にトリガーマグナムを構える。走る速度を上げて敵の集団が射程距離内に入ったことを確認すると、彼は連続で引き金を絞った。
サイクロン・トリガーフォームで続けざまに発射された光の弾丸は散弾となって廃工場の中に広がり、内に劣化ドーパントたちを巻き込んでいく。五体作り出されていた土人形たちであったが、トリガーマグナムの吐き出す光弾がところ構わず命中する度にかりそめの命を削り取っていき、ただでさえ脆い身体はぼろぼろと崩れていった。
Wの撃ち込んだ弾丸が最後の一体を粉砕するまで、ものの一分とかからなかっただろうか。アクセルが最初に作られた泥人形たちを完全に倒し切ったのも、ほぼ同じタイミングである。
「……また逃げたか」
しかし紅い鎧を纏った仮面ライダーががらんとした廃工場に響かせたのは、溜息混じりの呟きであった。アクセルはエンジンブレードにこびりついていた土埃は刀身を振って払ったが、次に狙うべき相手はもうこの場にいない。ラストは二方向に泥人形たちを出現させて敵の注意を引き、自身は逃亡するという古典的な手段を取ったのである。
Wとアクセルは、目に見える範囲から敵が消えたことを確認してから変身を解除した。腰からドライバーが消えて翔太郎がソフト帽を、照井が赤の革パンツを身につけた普段の姿に戻ると、精神の活動場所が本来の場所に戻ったフィリップも立ち上がって駆け寄ってくる。
「もうここにドーパントの気配はない。相変わらず、逃げ足の早い奴だが……」
照井のまだ緊張を解いていない言葉にフィリップが頷き、言葉を補う形で唇を開いた。
「今回は追い払うことができたけれど、油断は禁物だ。奴の目的はまだ達成されていない」
天才少年は、若き警視が言い及ぼうとしたことを察していた。
ラスト・ドーパントの目的が未来という人物である以上、また襲ってくる可能性は高いのだ。警戒は怠れないだろう。
「……ああ」
翔太郎も、帽子の縁に指を滑らせながら同意した。
そして誰からでもなく、何とか守り切ることができた女たちの方へと足を向ける。
亜樹子と未来はまだ地面に座り込んだまま、その場を動いていなかった。亜樹子は安堵の溜め息を漏らして仲間たちの顔を仰ぎ見たが、未来は未だ俯かせた顔を上げようとしてこない。
「二人とも、怪我はないか」
照井が片膝を落として女たちと視線を合わせようとすると、デニムのショートパンツ姿の婚約者が頷いて、自分は無事であることを示して見せた。しかし彼女が肩を抱いてやっている未来は右手首からまだ血が滲み、左脚もデニムの裂け目から傷口が覗いている。大きな怪我ではないが、手当てが必要な状態のようだった。
「未来さん、大丈夫?傷が痛むなら、無理はしないでね」
「うん……大丈夫だよ」
負傷した未来を気遣った亜樹子が声をかけて返された返事は、この場にいる誰も言葉通りだとは思えなかった。
未来が身体に受けた傷よりも、心に負ったダメージの方が遥かに大きいことは明白だ。最後の一線を越えることは辛うじて防げたものの、彼女が味わった恐怖と絶望の深さは他人が計れるものではない。そしてその心理状態を考えると、かける言葉を思いつける者はこの場にいなかった。
それでも無理に笑顔を浮かべようとしていた未来の横顔に、ふと見慣れたものを見つけた翔太郎が息を飲んだ。
「……!」
未来の右耳からやや下、首筋についた不気味な刻印。白い肌に黒く浮かび上がっている刺青のような四角いマークは、ガイアメモリを取り込むための生体コネクタだった。
「未来……首のそいつは!」
翔太郎が驚きからコネクタのことに言い及ぶと、未来ははっとしたようにその黒い紋様を手で覆い隠した。
「堀内につけられちゃった。油断してたよ……『スロウス』のメモリをここに挿すみたい。ドーパントになった私をあんたたちに倒させて、それでメモリの欠片を吸収するんだって」
自嘲気味に言いながら、未来は再び視線を地面に落としている。心身に直接負わされたダメージのことで頭がいっぱいになってしまい、今の今までコネクタの存在を忘れていたのだ。
自分が無理やりメモリを挿されてドーパントに、あんな怪物になるなど、彼女には想像するだけで吐き気がする思いだった。そしてそうなってしまったら、仲間である仮面ライダーたちにとどめを刺され、廃人となる以外に取るべき道はない。
「……『スロウス』は、七つの大罪のうち『怠惰』を暗示する。ラストの最終目的は、そういうことなのか」
未来が手で押さえている首筋に目を留めていたフィリップが、重く呟いた。
コネクタがつけられた状態であってもガイアメモリを挿さないのであれば、まだ最悪の結果は回避し得るかも知れない。しかし未来の肉体は半分以上が人工物で占められており、体組成が普通の人間とは大きく異なっている。そこへ細胞レベルで強制的な変異を引き起こさせるコネクタやメモリが作用したらどうなるか、正直フィリップでも予想がつかなかった。
コネクタを放置すれば神経に異常が出るかも知れず、ガイアメモリを使えば肉体の変異に人工の部位がついていけず、全身が破壊されて即死する可能性も否定できない。
が、堀内は情に厚い未来が自分の命が危険に晒されていても、嘗ての部下である自分を本気で殺しにかかって来ることはないと踏んでいるのだろう。まさに未来の全てを手にするには周到で且つ、醜悪なやり方だと言えた。
想いをいだく相手に対する歪んだ情念の醜さに、フィリップが顔をしかめて嫌悪感を露にする。
「うそ……そんなことまで……」
少年の小声に続いて、表情を凍りつかせていた亜樹子も呆然として一言漏らした。
自分の思い通りにならない女を犯そうとし、同類に堕としかけ、大切な仲間たちに引導を渡す役目を押しつける。
亜樹子には、ラストが今まで敵に回してきたどんなドーパントよりも陰湿で暗い感情にまみれている、という印象しかなかった。自分が異常な色欲の対象にされているわけではないのに冷や汗が出るほどぞっとするのだから、未来はどんなに怖い思いをしているか計り知れない。
「奴にはコネクタをつける能力まであるのか。厄介だな」
亜樹子が未来の肩を抱く手を硬直させる一方で、照井は普段の冷静な態度を保ったまま低く言った。努めて動揺を表に出そうとしないのは、当事者の不安を煽らないよう配慮する警察官らしい振る舞いだと言えよう。
「あいつがラスト以外のメモリも持ってるとは、思ってもみなかったよ。しかも、私をドーパントにしようとするなんて……」
その照井の顔を見上げた未来であったが、そこで首筋から手を離して口をつぐんだ。言葉を切ったと言うよりも、最後の方は掠れた声しか出せなくなっていたらしい。落ち着くにつれて心の底から沸き上がってきた激情に流されまいと、必死に自分を抑えている様が窺える。
ふっくらとした唇がきつく噛み締められ、細い肩ばかりか腕までもが震え出している未来の表情は、恐怖のそれから怒りと悲しみが入り混じった色に塗り替えられていた。
「畜生!」
そして彼女は空っぽの廃墟に絶叫を轟かせ、強い感情を右腕に集中し、力任せに地面へと叩きつけた。握り締められた拳が鈍い破壊音を伴って床に激突し、細い手首の辺りまでが砕けたコンクリートにめり込む。その手を自ら穿った穴から引き抜くこともせず、彼女はただ身をわななかせた。
「何で……何で、こんなことに!」
押し殺した叫びは、血を吐くような苦悩に満ちている。その慟哭は、傍にいる仲間たちに彼女の行き場のない負の感情を感じさせた。
未来の最も新しい部下である堀内がドーパントとなり果てたのは、決して彼女のせいではない。しかしそれを今、軽々しく言葉に出して言える者はいなかった。
「未来さん……」
コンクリートの床を突き破った衝突音にびくりとして一度は身を引いた亜樹子だが、いたたまれない様子の未来に再び声をかけずにはいられなかった。
「何もできなかった……あいつがドーパントになる前に取り押さえて何とかしようって、そう思ってたのに。私には……そんな勇気なんてなかったの。話し合いだけで何とかできるって、甘いこと考えてた。部下をきちんと見てやることすら、できないなんて……私、最低だよ」
「こうなってしまったことは、君の責任じゃない。全ては今までのことを自分の意思で行ってきた、メモリを持つ人間の問題なんだ」
「けど、私……あいつがそこまで思い詰めてたことに気づけなかったんだもの!」
自分を責めるばかりでいる未来にフィリップがかけたのは、慰めと言うよりも諌めに近い言葉である。普段理性的な面が目立つ未来が、ここまで取り乱しているのだ。理屈を基とする話が届くか定かではなかったが、やはりフィリップも亜樹子と同じように、何か言わずにはいられなかったのだ。
未来の心を突如として絡め取った重い枷を少しでも軽くし、助けになることを願うのは、今ここにいる若者たちの皆がいだく想いである。
が、フィリップの発言を受け入れなかった未来がふらりと立ち上がった。彼女はぼんやりと呟きながら、彼らの視線を避けるように背を向ける。
「何とかしなきゃ……あいつを止めなきゃ」
「待って!まさか、一人でやるつもりなの?」
照井のジャケットを纏った小さな後ろ姿を、亜樹子が慌てて呼び止める。
未来は振り返らずに錆びついた鉄扉の出口へと向かいかけた足を止め、ゆっくりと息を吐いた。
「……もうこれ以上、みんなを巻き込めない。これは私個人の問題なんだから……誰かに迷惑かけるなんて、できないよ」
「駄目よ、危なすぎる!一人でいるなんて、絶対に駄目!」
独力でラストに立ち向かおうとする未来を追った亜樹子が、怒りの混ざった甲高い声で制しようとする。
皮肉にもほんの少し前、対ラース戦で今とよく似た状況に陥った時のことが思い起こされたが、今度は未来を短時間でも一人にするわけにはいかない。彼女を放っておくような真似をすれば、それこそ敵の思う壺だった。
「あきちゃん……気持ちは嬉しいけど、でもやっぱりこれは私が責任を持たなきゃならないことだから。自分の身内の始末は、自分でつけなきゃ。私には、そのための力があるんだもの」
しかし未来は、今度もやはり誰かに頼ることを拒む姿勢は変わっていないようだった。
何故そこまで頑なに、他者を撥ねつけるのか?
いい加減、亜樹子がスリッパを手に一撃入れようかと構えた時である。後ろから足早に来た誰かが彼女を追い抜き、躊躇うことなく未来の傍に立ち止まった。
「未来」
低く呼びかけて革ジャケットの細い肩先を掴んだのは、翔太郎だった。
彼から目を逸らそうとする未来を強引に振り向かせて、黒い瞳を正面から捉える。たった一言名前を呼んだだけだったが、いつもとは全く異なる声の響きに驚きを覚えた未来は、それ以上逃げようとしなくなっていた。
「今のお前はボロボロだ。俺たちが、それを放っておけるとでも思ってるのか?」
まっすぐに未来の顔を見つめる翔太郎の口調は静かであったが、揺るぎのない迫力を感じさせる。
ひた隠しにしていた身体の不調を親兄弟に見透かされた子どものように、女サイボーグはびくりと身を震わせた。たちまち、弱点を突かれた者に特有の不安定さが表情にも表れてくる。しかし視線を泳がせることは両肩を押さえている翔太郎が許さず、未来はそのまま彼と向き合い続けることとなった。
「いいか、お前は俺たちの仲間なんだ。支え合うのが当然だろ?お前は俺と一緒に戦った時、必死で俺を助けようとしてくれたし、俺だってお前を救いたいと願った。それは俺だけじゃねえ。フィリップや、亜樹子や、照井も同じなんだ。それは今も変わらねえよ」
諭すような調子で言った翔太郎に未来は言葉を返せないようで、口を閉ざして見つめ返してくるのみだ。近寄ってきた仲間たちが、背後で無言の頷きを送ってきたことが翔太郎に伝わってくる。それはきっと、未来にも届いていることだろう。
ここにいる一同はこれまで衝突し合いながらも、それぞれが抱える葛藤を乗り越えて共に戦ってきた者同士だ。そこで生まれた絆が強く深いことは鳴海探偵事務所の一同も、別の敵と戦い続けてきた未来も、よく知っている。
フィリップが、亜樹子が、照井が、翔太郎が、未来を助けたい気持ちは同じなのだ。
痛みや苦しみを、全て一人で引き受けようとしなくていいこと。
仲間が身を案じてくれるのは強制されたのでなく、自然と沸き上がってくる感情であること。
翔太郎が未来に伝えたいのは、そんな気持ちを全員が持っているということであった。
「自分一人だけで全てを抱えようとするな。必要のない罪まで、お前が数えることはねえんだよ」
仲間たちの想いを胸に、翔太郎は優しく続ける。
ラスト・ドーパントたる堀内は確かに未来の部下だが、全責任を未来が負わねばならないわけでは決してない。
自らの欲に負けた罪は本人があくまで償うべきであり、犯した罪を数えるのはその第一歩と言える。自分の行いを振り返り、まず過ちに気づくことが何よりも大切なのだ。それは一人だけでは不可能でも、皆が力を合わせれば可能になることもある。
そして手を貸してくれる仲間たちが、こんなにも傍にいる。
その事実を、皆の姿を大きな瞳に映した未来は覚ったようであった。
「……」
喘ぎに近い息を漏らして、再び未来が顔を俯かせた。
彼女の肩に置かれた翔太郎の手に小刻みな揺れが伝わり、泣き声を上げまいと必死に堪える浅い息遣いが聞こえてくる。
未来は最初からラストに一人立ち向かおうとし、心に傷を受けた今でさえ、自分だけで戦おうとした。その判断は、人に頼らない姿勢を保つことで自分の弱さを隠すためのものでもあったのだろう。
だが、そんなものはもう必要ない。
共にある仲間に、安心して背中を預けることがあってもいい。
それが今、この時なのだ。
「我慢してたら、苦しくなるだけだぞ。辛い気持ちを無理に抑えようとしなくていいんだ」
皆の顔をまともに見ることができない未来の心情を最大限に思いやった翔太郎の言葉が、今まで彼女を張り詰めさせていた緊張の糸を更にほつれさせた。
一人で戦闘を展開し、敗北した時から暴れ出していた恐怖や苦しみが、心の奥から鎌首をもたげてくる。それは未来の胸に鈍い痛みの波となって押し寄せ、支えとなっていた力を失わせていった。
「翔太郎……」
掠れた声で目の前の男の名を一言呟き、未来がゆっくりと顔を上向かせる。
途端、半熟探偵の視界へ、見開いた黒い瞳から大粒の涙を溢れさせた未来の顔が飛び込んできた。かと思うと、その小柄な身体がふらりと倒れかかってくる。
翔太郎は反射的に未来を肩で受け止め、その背に手を回して支えてやった。
「……ごめん。胸、貸して」
殆ど聞き取れない小さな声は、彼女を抱き止めた翔太郎にしか聞こえなかったであろう。そのまま彼の広い胸に身を預け、声を殺して静かに涙を流す未来の姿は、触れれば壊れてしまいそうなほどに儚い。
恐らく地球上で最強の肉体を持ち得る軍用サイボーグ、未来。
しかし冷静に敵を叩きのめすことができる女戦士の本当の姿は、優しく純粋で、意地っ張りな泣き虫の娘だ。そして弱さを知っているからこそ、常に強くあらねばと頑なに戦士の顔を守り続けていたに違いない。
未来がやっと心の壁を壊し、本心を見せてくれたことに素直な安堵を覚えた翔太郎は、躊躇わずに彼女の細い半身を抱きしめた。ポニーテールに結った長い髪がふわりと彼の顔に触れると同時に、ごめんね、と未来の震えた囁きがかすかに聞こえてくる。
「謝るなよ。辛かったな……もう大丈夫だ」
低く、優しく呟いて、翔太郎は未来を抱きしめる両腕に力を込めた。