仮面ライダーW 追われるS   作:日吉舞

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罪を背負う者 -15-

「……ありがとう、みんな」

 

 安心したように、未来からも微笑みとともに感謝の言葉が漏れる。同時に、今まで力んでいた肩から余計な力が抜けていくようだった。

 正直なところ、今の今まで不安はあったのだ。皆から協力が得られなければまた単身でラストに挑まなければならず、その時は自分がドーパントにされる可能性も高くなる。最悪のシナリオが演じられる恐怖に、たった一人で耐えられる自信などなかった。

 しかし共にいてくれる仲間は、未来にとってこの上ない心の支えだ。

 自分はこの風都において友人に恵まれていると、天の巡り合わせに本気で感謝したくなるほどである。

 

「しかし……そうは言っても、具体的にまずどうすりゃいいんだ?戦うにしても、相手の居場所がわからないことには……」

 

 そして一同の思いが同じ方向を向いていることを喜んだところで、翔太郎が今後に関して具体的な疑問を口にした。

 

「俺が何とかしよう」

「竜くんが?」

 

 すかさず風都署の警視を務める照井が答えると、亜樹子が小首を傾げる。先の和んだ空気を早くも心の奥へと押し込めた照井は、普段の感情を出さない口調で先を説明した。

 

「ラスト・ドーパントが……堀内が正常な人間の精神状態ではない以上、ドーパントとしてどう行動するかを考えるべきだろう。そしてドーパントとして最も活動がしやすいのがどこなのか、ということを考えれば……」

「ラスト・ドーパントはコネクタをつける能力と、ガイアメモリの欠片を利用する能力を持っている。となると、メモリが手に入りやすい場所にいると考えるのが妥当ということか」

 

 はっとしたようにフィリップが先を補うと、照井が黙って頷く。

 

「え、それじゃあ……」

「そうか。風都にいるかも知れないってことだな」

 

 亜樹子や翔太郎も同じように気がついたところで、照井は自らの腹案で情報を補填した。

 

「奴の潜伏先は、風都である可能性が高い。さっきも言ったとおり、その方がガイアメモリも、ガイアメモリの欠片も調達しやすいからな。間の事務所や奴の自宅は俺の管轄外だが、潜伏しているのが風都内なら、いくらでも捜査ができる」

「そっかあ!竜くん、あったまいー!」

 

 警察の人間ならではの機転に、亜樹子が声を弾ませて照井の逞しい片腕を取ってはしゃぐ。

 

「けど、大丈夫なの?そんな目立つことをやったら、後々ややこしくなるんじゃ……」

「この街では、ドーパントの軽犯罪も多い。ラストは既に昨日広場で起きた傷害事件や、署の倉庫での窃盗事件の容疑者になっている。何も問題はない」

 

 便利屋という職業ならではのトラブルを想像していた未来であったが、照井の淀みない解説に即時で納得させられることとなった。

 その照井の口調が心なしか柔らかくなっているのも、未来がようやく胸の内を見せるようになったためであろう。

 

「なら俺の方でも、奴の居場所を調べてみよう。この街は、勝手知ったる俺の庭みたいなもんなんだ。必ず奴を炙り出してやるぜ」

「そうそう。みんなで力を合わせて、ラストを見つけなきゃ!」

 

 そして翔太郎と亜樹子も、警察という立場を活用する照井に負けては鳴海探偵事務所の名がすたるとばかりに、やる気を奮い立たせていた。ラストが風都に潜伏している可能性が高いのなら、独自のネットワークを持っている自分たちにも十分分がある筈なのだ。

 

「僕たちで協力すれば、奴の居場所を掴むのにさして時間はかからないだろう。もっとも、問題はそれから奴とどう戦うかということになるわけだが……」

 

 フィリップが俄然やる気を煽られている一同を見渡す横から、未来がおずおずと割り込んできた。

 

「私は……邪魔しない方がいいよね?」

「君はここにいるのが一番安全だ。奴の居場所を突き止めて乗り込むまで、できるなら外に出ない方がいい」

「そうは言っても……あまり、仕事に穴を開けるにもいかないし」

 

 フィリップが言うことはもっともであったが、小さいながらも会社を経営している未来は困り顔である。

 

「三日だ」

「え?」

 

 たまってしまう仕事のことを考え始めているらしい未来に、翔太郎が宣言する。

 その発言に驚かされた他の三人が、自信ありげな翔太郎の顔を一斉に見やった。

 

「三日で奴の潜伏先を調べ上げて、片をつける。その間だけはここで待っててくれ。もうこれ以上、お前に辛い思いをさせるわけにはいかねえしな」

 

 半熟探偵はだから俺に任せていろ、と書いてある顔で力強く頷いて見せた。

 

「三日か……それくらいなら、電話とメールの指示で何とかなるかな」

 

 未来が包帯の目立つ右手で細い顎を撫でつつ呟く。

 

「あ、何だったら、事務所の電話は自由に使ってくれて大丈夫だから。パソコンだってここにあるし」

「あきちゃん、このマシンは僕のなんだよ」

 

 亜樹子が嬉々として探偵事務所内の設備提供を申し出たところを、フィリップが呆れ顔で止めに入ったが、亜樹子の世話焼きおばちゃん気質には通じない。

 

「いいじゃん、減るもんじゃないんだし!それに、見られて困るものがあるわけじゃないでしょ」

「それはそうだが……」

 

 調子に乗る亜樹子と不服そうなフィリップが軽いやりとりを続ける横で、照井が翔太郎に低く言った。

 

「左、本当に大丈夫なのか」

「ああ。例え無理でも何とかして見せるのが、ハードボイルドな男ってもんだぜ」

「……相変わらず強引な奴だな」

 

 いつものようにハードボイルドを気取る伊達男を横目で見て、照井がやれやれと溜め息をつく。すっかり皆の保護者的な気分になっている照井を、翔太郎が茶化すつもりで聞こえるように呟いた。

 

「お前の女房にゃ、負けるけどな」

「婚約者だ」

 

 無表情な、それでも小さな声ですぐさま叩き返してきた若き警視であったが、愛しき男の行動にはすぐさま勘づくのが女という生き物である。ぼそぼそと小声で喋っていた男たちの方を、亜樹子が振り返ってきた。

 

「ん?何?」

「いや……」

 

 その地獄耳の感度の良さには密かに肝を冷やし、照井がかぶりを振る。

 

「君には、堀内が行きそうな場所や行動の癖についても教えてもらいたい。協力してくれるな?」

 

 誤魔化しついでというわけではなく話を振ってきた照井に、未来は快諾した。

 

「勿論だよ」

「よっしゃ、うちも本気出したるでぇ!ここはみんなで助け合いや!」

 

 徐々に明るさを取り戻しつつある未来を見るにつけ、亜樹子も普段の元気な姿になってきている。

 再び出た大阪弁の一言は、暗いガレージにも賑やかな空気を吹き込んでくれるようであった。

 

 

 

 

 

 

「はあ……」

 

 無意識のしぐさで帽子の縁に指を滑らせた翔太郎の口から、軽く息が漏れた。

 気分転換に上がってきた事務所のビルの屋上で、凝り固まった首の筋をゆっくりと伸ばしながら、錆の浮いた鉄柵にもたれかかる。この二日ほどは寝る間も惜しんで街中を駆けずり回っていたため、若い身体にも疲れが溜まり始めているようだった。

 

 それでもようやく見つけた空き時間をここで過ごすことにしたのは、やはり街を吹き渡る風を感じながら眺める風都タワーが、何よりの癒しになってくれるからである。ハードボイルドな探偵は、元風景を心に刻みつけるだけの時間があれば事足りるのだ。

 

 間もなく初夏を迎える風都は幾分か湿り気を帯びた空気に包まれていたが、頬を撫でていく風は十分に爽やかだ。

 この風は昔から住人たちの間を優しく吹き抜け、様々なものをもたらし、流していってくれていた。

 いつかは自分も、全ての依頼人の心を晴らす風になりたいと、翔太郎は素直に願う。

 暫し複雑な思考を追い払ってぼんやりと考えていた探偵の耳に、小さな足音が響いてきた。後ろから近づいてくるそれは階段を上がってきているようで、あまり聞き慣れない調子を刻んでいる。

 

「翔太郎」

 

 声をかけられて振り返ると、屋上の出口に未来がいた。

 黒いトレンカに丈が短いチュールスカートのワンピースを重ねたスタイルの未来は、翔太郎と目が合うと微笑みを返してゆっくりと近寄ってきた。

 

「お疲れ様。はいこれ」

 

 そして、手にした小さなトレイにのった二つの暖かいコーヒーのマグカップから、片方を差し出してくる。

 彼女がガレージから全く外に出ないとばかり思っていた翔太郎が、驚きながらもカップを受け取った。

 

「お前が淹れたのか?別に、こんなことしてくれなくてもいいんだぜ」

「あんまりじっとしてるのは、性に合わないからね。せめて、これぐらいはやらせてよ。私がガレージの外に出られるのは、フィリップくんとあんたが揃ってる時くらいなんだしさ」

 

 答えながら、未来はやはりトレイに乗せてきたもう一つのマグを取り上げた。

 今までと違ってリラックスした印象の私服に穏やかな口調の未来の姿は、また異なった印象を与えてくる。肩の下まですとんと下ろしただけの長い髪も、余分な力が抜けた自然なイメージだ。

 しかしポニーテールをほどいたヘアスタイルは、恐らく首筋につけられた黒いコネクタの刻印も目立たなくする目的もあるのだろう。

 

「じゃ、ありがたく頂くとするか」

 

 彼女がストレートの髪を風にそよがせているのを見守りつつ、翔太郎はブラックのコーヒーに口をつける。彼が再び風都タワーに向き直ると、未来もその隣に佇んで視線を同じ方向へと向けてきた。

 

「ここ、気持ちがいいね。風都タワーも見えるし」

「俺も気に入ってる場所なんだ。ここから眺める風都は、何よりも疲れを癒してくれる。これを飲んだらまた出掛けるが、それまでの間は戦いのことも忘れられるからな」

「じゃあ、私もそれまではここにいようかな。あんまり暗いガレージにばっかりいると、時間感覚もなくなっちゃうからね」

 

 両手で自分のマグカップを包むように持った未来は、晩春の霞に包まれた風都タワーから目を離さない。丸一日以上外の風に当たっていなかったためなのか、その幼さが残る横顔は心からこの時間を楽しんでいるように見える。

 しかし頭の中では目下の状況をしっかり考えていたことが、低い声に乗った次の言葉ではっきりした。

 

「明日でもう三日経つけど、どう?」

「ラストの潜伏場所はもうわかったし、見張りもつけてある。あとは、俺たちで強襲する作戦を立てればいいだけだ」

「ほんと?すごいじゃない」

 

 さらりと説明した翔太郎へ、未来は笑顔と大きく見開いた瞳で称賛を素直に示してくる。

 古くからの戦友のような存在となりつつあった女性が垣間見せる少女のような一面に、翔太郎はペースを狂わされるような気がした。いつもの調子で突っかかられないため返す態度に迷い、つい彼女の方も見ずに気障な台詞を重ねてしまう。

 

「これぐらいは当たり前だ。この街全体が、俺の庭みたいなもんなんだからな」

「そっか。情報とかくれる人も、たくさんいるってことだよね」

 

 ここでも頷いた未来は、本当に素直な感想を口にしているだけらしかった。

 特に構えた姿勢も見せていない女戦士が、今は心のままに自分を出していることが不思議と伝わってくる。ガレージに閉じこもっている間は亜樹子やフィリップが傍にいるため、却って気を遣っていたのかも知れない。

 風都を吹き渡る風を全身で受けている未来へ、翔太郎も自然と思ったままを口にしていた。

 

「俺は、この風都で生まれて育った。だからこの街そのものも、住んでいる人たちも大切だ。そう考えてる奴が俺だけじゃないからこの仕事もできるし、仮面ライダーでもいられる。いつものことながら、みんなには感謝してるんだ」

 

 ありのままの姿を見せる未来につられたわけではないが、翔太郎も普段は漠然としか感じられなかったことをすらすらと言葉にできた。きっと今なら彼女が黙って聞き、頷いてくれるという意識がどこかにあったのだ。

 

「へえ。柄にもなく、いいこと言うじゃん」

 

 そうかと思えば、この粗雑な物言いである。持ち上げられたところから軽口で一気にはたき落とされて、翔太郎は思わず鼻息を荒くした。

 

「柄にもなく、は余計だ!」

「ちょっとは見直したんだって。誉めたんだよ」

「もっと素直に言えってんだ。ったく、相変わらず可愛げのねえ女だな」

 

 たちまちふてくされる翔太郎を尻目に、未来は涼しげな顔でコーヒーを飲み続けている。

 しかし、子どもっぽく口を尖らせた翔太郎の方を向いた彼女は微笑みを浮かべていた。

 

「……じゃあ、お礼は素直に言っとくよ。遅くなっちゃったけど、ラストから助けてくれてありがとう」

「な、何だよ。いきなり」

 

 つい先日のことを突然持ち出され、翔太郎がどもる。

 恐らく未来が精神的にも深く傷つけられたであろう、あの廃工場であったことを自身から話してくるとは思っていなかったのだ。

 

「だって、この前のお礼をまだちゃんと言ってなかったからさ。あの後も、色々と世話になっちゃったしね」

「俺たちは当たり前のことをやっただけだ。いちいち礼なんか要らねえよ」

「けど、あんたは自分の誓いの通りに、私を守ってくれたじゃない。だから本当に感謝してるんだよ。ありがとね」

 

 当たり障りのないことしか言えない翔太郎に、未来は一言一言を噛みしめながら低い声で言った。

 

「……ああ。お前が元気になってくれてるんなら、俺はそれだけで十分だ」

 

 茶化してくる気配がない仲間の態度に、翔太郎も呟くようにして返す。

 命があるだけでも良かった、などとは思っていない。

 未遂で済んだのだから早く忘れろ、と切り捨てるつもりもない。

 ただ、未来が自分から話をしてきてくれたのだから、ダメージが回復していると見て間違いはないだろう。

 

 ラスト・ドーパントとの共闘を仮面ライダーたちに依頼したのは、彼女が自身の中でけじめをつける意味もある。

 そのためにはいざ戦闘を開始しても怯まずに立ち向かう勇気が要求され、癒えかけた傷を再び抉られる痛みに耐えられなければどうしようもない。

 苦境に立つ覚悟を決めた未来を、翔太郎は全力で支えるつもりだ。

 

 彼女が今のように仲間を信頼し頼ってくれることを、心から願って止まない。何の打算もなく互いを思いやり、様々なことを分かち合えるのが本当の仲間というものなのだから--

 

「あ、そうだ。あんたに借りたシャツ、全部片付いたらクリーニングして返すから。もうちょっと待っててね」

 

 そこで未来が、数日前に身につけていた男物の服のことを思い出していた。

 未来がミニ丈のワンピースという女らしいいでたちなのを翔太郎も初めて見たが、これは本人の私服である。

 ガレージに避難する直前、彼女は亜樹子に付き添われて一旦自宅に戻り、必要な日用品を一通り持ち出してきていた。その時はラストに引き裂かれた上着の代わりに翔太郎がシャツを貸していたが、それは慌ただしく荷物を纏める中、マンションに置き去りにされてしまっていたのだ。

 

「いらねえ。お前にやるよ」

「なんでよ。第一サイズが合わないし、あれって結構仕立てが良さそうじゃない。それなりに高いんじゃないの?」

 

 まだそれほど着古してもいなさそうなシャツを粗末に扱おうとする翔太郎に、未来がむっと言い返す。

 

「女の髪の匂いがついたワイシャツなんざ、不必要な誤解を招く。だから着られねえんだよ」

 

 本人の中では至極もっともらしい理由であったが、素の翔太郎を知る未来は呆れ顔である。

 

「誤解するような相手もいないくせに」

 

 白々しいほど気取って聞こえた台詞に容赦なく突っ込みを入れる未来は、女っぽい格好に大人しい調子でしゃべっていても、やはり遠慮がない。

 モテないんだから心配する必要なんてないじゃない、と言いたげな彼女の顔を見ると、翔太郎は適当な言葉を思いつけなかった。

 

「うるせえ、余計なお世話だ!とにかく、お前にやるから好きなようにしろよ」

「んじゃ、そうさせてもらうよ。もっとも、その解釈だったら突っ返してもいいってことになるけど」

 

 一人むきになっている翔太郎に対し、未来はここまで始終落ち着いたままである。

 男物のシャツを押しつけられても、本気で怒っているわけではなさそうなのは感じられたが、したたかな女戦士の本心がどこにあるかはまるでわからない。

 結局半熟探偵は、憎まれ口を叩くしかなかった。

 

「ちっ。ああ言えばこう言う奴だな」

「これ以上、借りを作りたくないだけだよ。もうあんまり時間もないし」

 

 コーヒーをすすっている未来が、ふと風都タワーから視線を落とした。黒く大きな瞳は、心なしかテンションが落ちて寂しげに見える気がする。

 翔太郎が先刻からどうもペースを奪われっぱなしだと感じる理由は、未来が落ち着いているというよりもやや元気がないせいだと、ようやく気がついた。

 これまでのようにじゃれ合いに発展させるつもりで、彼は短く返しておく。

 

「期限を切ったのは俺だ。いちいち気にすんなよ」

 

 しかしこれにもわかりやすい反応を示さない未来は、一度下に向けていた顎をまた持ち上げた。今度はぼんやりと街全体を見渡し、最後にゆっくりと翔太郎の顔へと視線を辿り着かせる。

 

「ああ……そうだった。あんたが大見得切ったんだもんね。そう言ったからには、よっぽど自信があるんでしょ?風都をどれだけ調べればいいか知ってるあんただからこそ、期限をつけられたんだろうし」

「まあな。おやっさんの後を継いだときから、必死になってやってきたんだ。毎日毎日、街中を走り回って……」

 

 脳裏に昔の出来事が鮮明な像となって思い描かれ、今度は翔太郎が視線を遠くする番になる。

 師匠である鳴海荘吉が仮面ライダースカルに変身し、弟子の自分を庇って命を落としたあの日。

 相棒のフィリップと出会い、二人で一人の仮面ライダーに初めて変身した夜。

 

 あの時から三年が経つ今まで様々な事件が起き、フィリップとともに、あるいは一人で、何度仮面ライダーに変身しただろう。

 亜樹子や照井と、何度修羅場をくぐり抜けてきただろう。

 どんなドーパントと何のために戦ったかまではいちいち思い出せないが、全ての事件の底にあるのは、風都に住む人々を、街そのものを守る目的だ。

 自分が愛している場所だからこそ大切にしたいし、そこにあるもの全部が宝物だと、胸を張って言うことができる。勿論誉められるところばかりではなく、ドーパントの存在のように陰の姿もあるが、それでも翔太郎は自分の信念を曲げることはない。

 

 それほどにまで彼の風都を愛する心は強く、だからこそ今は亡き須藤霧彦--ナスカ・ドーパントとも、敵対する立場でありながら理解し合うことができたのだ。

 ふと心に浮かんだことを、翔太郎は自然と口にした。

 

「……なあ、一つ頼んでもいいか」

「なに?」

 

 沈黙をさほど気にしていないらしい未来が小首を傾げると、翔太郎が大真面目な顔を向けた。

 

「お前がここで他の街ならありえないトラブルに巻き込まれて、痛い思いや怖い思いをしたのはわかってる。そのために、体も心も傷ついたってことも……」

 

 翔太郎はそこで小さく息をついたが、未来は言葉を挟まずに待ってくれている。

 聞く態勢になっている彼女へ、翔太郎は低い声で自分の思っていることを伝えようと続けた。

 

「それでも、この街を……風都を嫌いにならないで欲しい。好きになれとまでは言わねえ。ただ、こう言う街もあるんだと受け止めて欲しいんだ」

 

 押しつけがましい口調でなく、あくまで自分の考えを述べる話し方で、探偵は話を結んだ。

 自分が愛しているものを好きになれと他人に要求するのは、程度と考えようによってはかなり理不尽である。そのことは勿論翔太郎も理解し、未来が深い傷を植えつけられた風都を二度と訪れたくない場所だと思っているのなら、それは仕方のないことというのもわかっている。

 

 それを承知で敢えてこんなことを話したのは、この戦いを通して彼女が得たものを忘れて欲しくなかったからだった。

 長い葛藤を経たが、心を見せ合うことができるようになった仲間の存在や絆の深さが無駄なものではなかったのだと、記憶の隅に少しだけでも留めておいてもらいたかったのだ。

 

「何だ、そんなことか」

 

 翔太郎が密かに込めた熱い意図にも気づかないのか、未来はきょとんとした顔でこぼした。

 そしてもう一度、目の前に広がっている風景を見渡していく。大きな瞳がゆっくりと建物を滑っていき、最後に風都タワーで止まった。

 

「この街で生まれたあんたにとって、ここには愛するべきものがたくさんあるんだね。そんなに必死になれるんだもの。正直、ちょっと羨ましいよ」

 

 その視線が景色から隣の翔太郎へと戻ってきたときには、先の子どもっぽさが憂いを含んだ色に変わっていた。

 穏やかではあってもどことなく翳りが見える未来の顔には、複雑そうな想いが絡んでいるのが見て取れる。

 彼女は翔太郎に近しい存在となったが、その内面に抱えるものを窺い知ることはまだできなかった。

 

「お前だって、自分が生まれた場所は大切だろ?」

「さあ、どうかな。私は……今までに色んなものを捨てたり、置いてきちゃったりしたから。大切な場所があるって、胸を張って堂々と言える自信はないよ」

 

 未来の幼さが残る微笑みに、ほろ苦い色が混ざる。

 翔太郎もこれまでの人生は波乱万丈と言っていいくらいに壮絶な経験もあったが、考えてみれば彼女も軍事用サイボーグという宿命を背負わされているのだ。他人に決して知られてはならない過去も抱えているに違いない。

 

 しかし大切な、守りたい場所がないというのは何とも寂しい話だった。自分が生まれた街を心から誇り、愛する翔太郎には、余計にそう思えてならない。

 それならば、と名案を思いついた半熟探偵の顔がぱっと明るくなった。

 

「なら、これから作ればいいじゃねえか。お前が本当に……心の底から大事だと思える場所を」

「え?」

 

 翔太郎から上がった突然の提案に、未来が目をしばたかせる。

 一方の彼は驚いている未来を尻目に、完全に乗り気になっていた。

 自分がこれまでに持っていないものなら、新しく作ればいい。我ながらいい案だと心を弾ませて、翔太郎は声のテンションも上げていく。

 

「候補として……そう、この風都はどうだ?お前が俺たちと出会って……共に戦った仲間と、巡り会えた場所として」

 

 が、未来は呆れたように、大げさな溜息をついて見せた。

 

「あのねえ。せめてもうちょっと、女心をくすぐる単語を選びなよ。戦う仲間と出会ったって、どう考えても女の感性にそぐわないでしょうが」

 

 考えついたことを本気で話していた翔太郎は、てっきり未来が喜んで受け取ると思っていたばかりに盛大な肩透かしを喰らわされる羽目になった。

 てんでまともに聞く気がなさそうな未来の返事にかちんと来た翔太郎が、むっと眉根を寄せる。

 

「んだと!人が折角……」

「でもまあ、悪くないよ。私、別に風都を嫌だと思ったことなんて一度もないしね」

 

 ふてくされかけたのを軽くいなされた翔太郎はまたも出鼻を挫かれた格好となったが、未来は彼の案を蹴ったわけではない。隣に立つ子どもっぽい青年のころころ変わる反応を、まるで楽しんでいるかのようだ。

 素直な姿勢を隠していつものひねくれ口を叩いた彼女に、半熟探偵の態度もまた重苦しさのない普段のそれへ戻る。

 

「本当か?」

「本当だよ。私がいる街とはまるで違って、とにかく新鮮な驚きをくれたもん。まだまだ見てない場所も多いことだし」

 

 未来が明るく答えた時、二人の間にそよ風というには強い風が吹きつけた。翔太郎は黒のソフト帽を、未来は艶のあるストレートの髪をそれぞれ押さえる。

 彼女は埃が入らないように少しだけ目を細めながら、再び翔太郎の方へ視線を向けた。普段着の女戦士が強い風もまた心地よさそうに受けて穏やかな微笑みを浮かべていることが、翔太郎には何よりも嬉しかった。

 

「全部片付いたら、いつでも遊びに来いよ。その時は俺が案内してやるから」

「……うん。ありがとね」

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