仮面ライダーW 追われるS   作:日吉舞

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罪を背負う者 -18-

 実際に戦う三人が認識を一致させていることを受けて、リューが微笑みを返してから椅子から立ち上がる。彼は続けて、まだフィリップが張りついている作業台の方を指し示した。

 

「皆さんの進路は私がここからナビゲーションしますが、戦闘にはそこのキャタピラロボットをつけます。ロボットには各種のセンサーやカメラがついてますから、待ち伏せされていても対処しやすいですし。もしロボットが壊されたりした場合は、未来のヘルメットのカメラで視覚を共有できますので」

 

 と、説明しながら手元の端末を操作すると、空間に投射されている見取り図がいきなりフィリップの顔のドアップに切り替わる。寄り目になってロボットの正面を覗き込んでいる少年の大写しに、翔太郎が思わず吹き出した。

 亜樹子も盛大に吹きたくなるのを堪えていたが、唯一の懸念事項を確認すべくリューの顔を見上げる。

 

「わ……私と、フィリップくんはここにいればいいの?」

「そうですね。私と一緒に、皆さんの行動を見ながら指揮を執ってください。このトレーラーは防弾仕様ですし、必要なら移動させることもできますから。ある程度の安全は保証できると思いますよ」

 

 にこにこして、リューは亜樹子をうまく自分のペースに誘導していく。司令官たる男から指揮、という魅力的な単語が出たのを聞いた亜樹子の表情が、ぱっと輝いた。

 

「指揮……うん、うんうん。そうよね!翔太郎くん、私たちの言うことをよく聞いて、ちゃんと従うのよ。作戦を無事に成功させるためにもね!」

「亜樹子はあまり余計なことをしゃべるなよ。あんまり賑やかだと、敵にこっちの場所が割れちまうからな」

 

 亜樹子が深く頷いて隣に立つ翔太郎の肩を叩くと、溜め息混じりのぼやきもと取れる返答が返ってきた。仮にも所長という立場にある自分が蔑ろにされたことに憤慨し、亜樹子の声がトーンの高さと大きさを増す。

 

「あ、ひどい!所長の私の命令が聞けないってことなの?」

「だから、余計なことをうるさく言うなってんだよ」

「言ってないじゃない!それじゃ、まるで私がいつも口うるさいばっかりで役に立ってないような……」

 

 翔太郎に亜樹子が食って掛かると、そこから先はもういつも事務所内で見られるじゃれ合いになっている。まだロボットを弄っているフィリップを除いた一同は呆れて二人を眺めていたが、そのうちリューが未来と照井へ別の話題を振ってきた。

 

「しかし今回のような状況では、もう一人だけでも余剰な戦闘員がいれば、最初は楽なんですけどね。その余剰人員を囮にして、陽動を図ることができますから」

「確かにな。しかし生憎今回は、俺たち以外に一人で戦える人間がいない。残念な話ではあるが」

 

 コンテナ内の機械類が上げる騒音に負けじとまだ口喧嘩を続けている翔太郎たちを尻目に、照井が抑えた声で応じる。

 

「それはまあ、仕方ないよ。せめてもう一台のロボットが故障してなければ良かったのかも知れないけど」

「しかし、あれは偵察と運搬専門のロボットですからね。自発的に攻撃したり、物音を立てたりできるものではありませんから」

「うーん……そっか」

 

 意外と使えないなあ、と言いたげな未来がリューの説明に肩を落とした時、三人の間にぬっと割り込んできた姿があった。

 

「話は聞かせてもらった。ここは、僕に任せてくれ」

「うわっ!」

 

 何本もの精密ドライバーを指の間に挟んで構えたフィリップに、未来が驚いて飛び退く。つい先までロボットにかじりついていた天才少年は、今や期待と興奮に目を輝かせて仲間の話に飛び込んできていた。

 

「いつの間に……」

 

 照井も例に漏れずフィリップの行動に面食らっていたが、リューは一人とぼけた口調を保ったまま問い返した。

 

「は?貴方に任せる……何を?」

「あのロボットに補助アームをつけて、投擲ができるようにすればいい。そうすれば、手榴弾や閃光炸裂弾を使って、相手の注意を引くことができるようになる」

 

 フィリップが挙げた突然の提案に、今度はリューが目を丸くすることとなった。が、あくまでそれを見せることはせず、作戦内容をも変更させかねない案をやんわりと遠ざける方向へと持っていこうとする。

 

「悪くないアイデアですが、夜明け前に作戦を開始しなければなりませんから。ロボットを改造するには時間が……」

「あのロボットの全ては検索済みだ。十五分もあればアームの取りつけくらい、何てことはない」

「十五分……本当ですか!」

 

 今度こそ、若き指令役はフィリップに心底から驚愕させられることとなった。

 不意にトーンの上がったリューの声を受けたフィリップが自信満々に頷いて見せてから、笑顔で作業台に置いてあるキャタピラロボットを指差す。

 

「勿論。ここにある工具を貸してもらいたい。それから部品は壊れたロボットから抜き出すけど、構わないかい?」

「それはまあ、いいですけど……本当に、大丈夫なんですか?」

 

 そのドヤ顔とも言っていい少年の顔を見て、却って心配になったのだろう。リューの声に慎重な確認の意思と、僅かに増した威圧感とが混ざる。

 一方のフィリップはそんな指令役の心情をよそに、ひと仕事できる期待感を露にした顔で言った。

 

「心配ない。これは、僕が設計図の状態から作ったんだ。これを見れば、僕の腕が信用に足りるものだと判断できると思う」

 

 と、フィリップが取り出して見せたのは、スタッグフォンとデンデンセンサーである。

 二つのメモリガジェットは起動スイッチを入れられると同時に生命を吹き込まれ、小さな駆動音とともに活動を開始した。スタッグフォンはクワガタムシの形になって主の手から空中へ飛び立ち、デンデンセンサーはカタツムリの形を真似たボディを傍らの司令官デスクの上に着地させる。

 役目を与えられた二つの小さなメカがコミカルに動き回り、まるでフィリップを慕ってじゃれつくような様を見たリューは、思わず簡単の呟きを漏らしていた。

 

「これを……一から、貴方一人でですか?」

「中のギジメモリだけは貰い物だけど、それ以外の全ては部品作りから僕がやった。この他にもまだあと何種類か、全く別の機能を持つメモリガジェットもある」

「失礼。もう少し、詳しく拝見させてもらってもいいですか?」

 

 フィリップの了解を得てから、リューがスタッグフォンに手を伸ばす。

 彼が仇を為す存在ではないと判断したのか、スタッグフォンはハーフの青年の掌に降下すると、再び携帯電話の形に変形した。かと思うと、ぴょこんと飛び跳ねてまた宙へと走っていく。デンデンセンサーも負けじと彼の腕に登っていき、かしゃかしゃと小さな音を立てながらオペラグラス形態に変わって見せた。

 

 白人の青年が高機能の玩具で遊んでいる印象しかない、一見すると奇妙な光景は数分程度続いたが、リュー本人の表情は至って真剣である。

 彼は、やがて小さく頷いてから顔を上げた。

 

「……わかりました。お任せしますが、内部構造なんかを外部に漏らすことだけはしないでくださいね。それと、やるからには確実に頼みます。味方の安全に直結することになりますから」

「全力でやらせてもらうさ」

 

 リューの声が少しだけ厳しさを増し、作業の完璧さに釘を刺すこととなったが、フィリップはそれを挑戦と受け取ったらしい。天才少年が不敵な笑みを浮かべて見せると、リューもにやりと笑ってパーカーに包まれたフィリップの肩を軽く叩き、作業台へと促した。

 その男にしては細い後ろ姿がロボットへと駆け寄る様を見送って、リューがぼそっと呟く。

 

「いやはや、彼は変わってますねぇ」

「あんたも十分変人でしょ。元軍人のくせして、ここにもフィギュアを持ってきたりするアニメオタクだし。人のこと言えないじゃん」

 

 意外にあっさりとフィリップの腕を信用してロボットを委ねたことに余程拍子抜けしたのか、未来の話し方からはすっかり硬さが抜けていた。彼女の冷ややかな目は、見事な工具捌きを見せるフィリップがいる作業台や司令官デスクの隅に置いてある美少女フィギュアに飛んでいる。

 黒やグレーが大半を占めるコンテナ内で、金髪や赤毛な上にけばけばしい塗装が施された美少女フィギュアは、一際異彩を放っていた。

 

「失敬な!大体アメリカでオタクというのは、マニアよりも格が上なんですよ。それに私はキャラ萌えでなく、その作品自体を愛しているが故にグッズを買うんです。そこらの萌え豚と一緒にしないで頂きたいですね」

 

 全く理解を示さない未来の態度に、リューは本気で反論しているようだった。

 

「一緒だってば!いっつも脳内に嫁が五人いるとかって言ってるし。私からすれば大差ないよ」

「脳内なら、浮気にも重婚にもなりませんよ」

 

 しらっと言ってのけるリューと、世間的に見れば至極まともなことを言っている未来との会話は、やはり微妙に噛み合っていない。そういうことが言いたいのではないと、未来は話の内容の切り口を僅かに変えて続けた。

 

「人数の問題じゃないって。まともな成人男性なら、三次元にちょっとぐらい興味持てよ!」

「フィギュアは三次元ですよ?」

「ああもう、ああ言えばこう言うんだから。いちいちムカつくんだっちゅーの!」

 

 苛立ちを隠せなくなってきた未来が、半ば怒鳴るような声になってくる。その大きさは機械類の喧騒を超え、まだじゃれ合いを継続させていた翔太郎と亜樹子の耳にも届いていた。

 司令官と主要戦闘員という作戦上重要な位置にいる二人がこの状態では、いつまで経っても先に進めない。それにとっくに気づいて呆れ顔を見せている照井の側へ、翔太郎と亜樹子も戻ってくる。二人は見ようによっては仲が良く見える男女に自分たちを一瞬重ね合わせたが、すぐに翔太郎が呼び掛けた。

 

「おーい、ブリーフィングの続きはいいのか?」

「おっと、そうでした」

 

 半熟探偵の声にはっとした様子を見せて、リューが振り向く。そこで言葉の応酬をあっさりと中断し、AWPの二人は何事もなかったかのように翔太郎たちのもとへ戻ってきた。

 

「とにかく、今回の戦闘については私も非常に燃えているところでして。怪人と戦う変身ヒーローのサポートなんて、この先一生機会があるかわからないわけですから、全力でやらせてもらいますよ」

「お……おう」

 

 リューが今度は戦闘に対する熱意姿アピールしてくるが、前後する話の脈絡のなさはフィリップ以上だ。未来も彼との口喧嘩は日常的なものなのであろう、もう怒った様子は見せておらず後腐れがなさそうである。

 オタク司令官の態度の切り替えの早さに舌を巻く思いでいながらも、翔太郎が応えた。異様な迫力に圧された照井や亜樹子も、続けて頷いて見せる。

 するとリューは満足げな笑顔を浮かべ、皆の前に機材の入った小さなプラスチックコンテナを差し出した。

 

「とりあえず、どいこにいても全員で話ができるようにこれを用意しました。未来はヘルメットにマイクとスピーカーが内蔵されてますから、皆さんはこれをつけてください」

 

 説明しながらつまみ上げられたコンテナの中身は、小型の片耳式無線ヘッドセットであった。

 イヤホンを右耳のみに差し入れるタイプで小さなマイクが口許まで伸びた、スカイプにも使用するような一般的なものである。

 翔太郎と照井がヘッドセットをコンテナから取り上げて物珍しそうに眺めている横で、亜樹子が自身の鼻先に人差し指の先を向けて首を傾げた。

 

「私も?」

「ええ、勿論ですよ」

 

 リューが微笑んでヘッドセットを取り出すと亜樹子は嬉しそうに受け取り、装着してマイクの位置を調整し始めた。

 

「おっ。これ、なんかカッコイイな」

 

 既に微調整を終えて帽子を被り直した翔太郎が、一人悦に入りながらマイク部分に手を当てて呟く。照井は仕事で無線機を持ち歩くのに慣れているようだったが、翔太郎には無線で仲間と通信を取りながら作戦を遂行するということ自体が新鮮であった。

 

「もう、翔太郎くんってば。遊びじゃないんだからね!」

 

 SF映画か何かの登場人物気取りでヘッドセットの具合を確かめている半熟探偵を、亜樹子がたしなめる。戦闘前の高揚感も合わさり、微妙にハイテンションになっていることが伝わったのだろう。

 しかしそれは亜樹子自身も同じようで、満面の笑顔が婚約者の照井へと向けられていた。

 

「ねぇねぇ竜くん、どう?似合ってるかな?」

「って、お前の方がよっぽどはしゃいでるじゃねえか!」

 

 おかしなポーズまでつけている亜樹子は完全に自分のことを棚に上げており、逆に翔太郎の方が毒づかされる有り様である。

 

「まあ、いざ作戦が開始されれば、余裕もなくなるでしょうからね。今のうちに楽しんでおいてください」

 

 というリューの独り言に近い発言は聞こえなかったのだろう。翔太郎がヘッドセットを手にして床を這うケーブルの束や太いコードをまたぎ、まだ作業台で奮闘しているフィリップの背後まで近寄る。

 

「おい、フィリップもつけとけよ」

「後にしてくれ。今大事なところなんだ」

 

 今まで目元を覆っていた防護用のサングラスを額の上に上げたフィリップは、顔を上げもせず相棒を突っぱねた。もともと他人との会話が苦手な少年は、何かに夢中になっているときは普段でもなけなしの他者への配慮というものが皆無となる。

 

 だが、こういう状態のフィリップからぞんざいに扱われるのはよくあることで、今は何を言っても無駄なのもわかっている。作戦開始前だというのに、この天才少年には全く関係がないことであるかのようだった。

 今度は電動ドライバーを手にしたフィリップを諦めと呆れが混ざった顔で眺め、翔太郎がため息を漏らす。

 

「ったく……戦闘前だってのに、緊張感のかけらもない奴だな」

「ホント、新しいおもちゃで熱心に遊ぶ子どもみたいだよね」

 

 その隣に未来も並び、フィリップが忙しく手を動かす様子を見守る。ごついメタリックブルーのパワードスーツを身につけた女の肩幅は、普段着の時の倍近くはあるだろうか。顔以外の全てが一回りは大きくなっている未来は、首から下を見ただけでは最早性別もわからない。やはり、ロボットを彷彿とさせる身体と人間のままでいる顔とのギャップが著しい印象であった。

 

「まあ実際、フィリップはまだまだ子どもだけどな」

「はは、そだね」

 

 敢えてそんなことは気にしない翔太郎がおどけた口調で未来に笑いかけると、彼女も素直に頷いた。

 まるで普段と変わらない半熟探偵の態度も緊張感に欠けていると言えばそうだったが、ここで変に堅苦しくして調子を狂わせたくない、というのが一同の中に共通した認識としてあるようだった。

 

 だから誰も、もっと気を引き締めていけなどとは言わない。

 深刻になるのは、必要な時だけでいい。

 だから未来も、自然に笑顔を返すことができたのだ。

 

「ではロボットの準備ができるまで、コーヒーでも如何です?皆さんの分だけカップも用意してきましたし、とっておきのお茶菓子もありますから」

 

 そこでリューが間延びした声をかけていそいそと準備に入る気配が伝わると、本当に「ちょっとここでお茶でも」という雰囲気になる。

 

「……あ、違う意味でもっと緊張感がないのがここにいたわ」

 

 流石に、内容だけは呆れている未来の言葉が漏れる。

 が、やはりその声にも硬さを窺うことはなかった。

 

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