数分とかからずに、人工の尖兵が探り出した事実がリューの口から全員に伝えられる。
『熱反応は全くありませんが、動体反応があるところを見るとまた泥人形のようです。数は三体。さっきと同じ個体の可能性もありますが……』
複数の画像データやレーダーを確認したらしいリューの応えに、未来がやれやれと息をついた。
「また?こんなにうじゃうじゃいるなんて、正直思ってなかったよ」
『この側にいるかも知れない仲間に、騒ぎを聞きつけられたらちょっと厄介ですね。できれば格闘戦に持ち込んで弾丸を節約したいところですが、仕方ありません』
感想が女戦士と同じらしいリューも、つられたのか愚痴っぽい口調になる。言わば戦闘のプロである二人には、堀内が置いている見張りが無駄に多いことに辟易としているのだろう。
「じゃあ、二人はここで待ってて。片づけてくるから」
それでも気を取り直し、未来が樹上へ飛び上がろうと両足をたわめた時である。彼らの通信の横合いから、フィリップの声が割り込んできた。
『待ってくれ。僕がロボットで石を投げて、別の方向で物音を立ててみよう。未来はその間に奴等に近寄って、後ろから攻撃して欲しいんだ』
「あの、お前がつけたアームを使うのか」
思いがけないフィリップからの提案に、翔太郎が驚いて声を上げる。
『十キロ程度までなら掴んで持ち上げられるし、投擲だったら大体三キロくらいのものは可能だ。石を投げるくらい、何てことはない。この距離ならいけるだろう』
フィリップはキャタピラロボットが捉えている敵の姿がカメラの映像から確認できるのだろうが、翔太郎や照井からはそれ判別できないのが、再度のことながらもどかしい。それでも翔太郎はかがんだ姿勢のまま、未来が睨んでいる方へと目を凝らした。
『動作は本当に大丈夫なんですよね?』
『何度かテストもしたんだ。問題ない』
その間はリューがフィリップにだめ押ししていたが、天才少年が自信満々な顔で応えているのが目に見えるようだ。
若き司令官は、他に策なしと判断したのであろう。短い沈黙を挟んでから指示を出した。
『……では操作を手動に切り替えますので、やってみてください。未来、貴女は失敗した場合に備えて射撃も準備だけお願いします』
「了解。移動を開始する」
未来がヘルメットの頭を頷かせてサブマシンガンを両手に構え直し、木の陰から滑るような足運びで森の奥へと進んでいった。訓練の賜物と思われる忍び足は殆ど物音を立てず、気配さえたちどころに自然の中へと溶け込ませていく。
『大丈夫だ。自分で手を加えたもので、へまはしない』
彼女の動きをセンサーでモニターしているらしいフィリップの呟きは落ち着いており、楽しそうですらあった。やがて敵の近くに身を潜めた未来から、短い通信が入ってくる。
『ターゲットの後方五、スタンバイ』
『じゃあ、行くよ。三……二……一!』
フィリップの声が鋭く途切れ、翔太郎と照井の耳にかなり離れた場所にある茂みががさりと動いた音が届いた。しかもそれは一度で途切れることはなく、続けざまに何回も大きな音を立てている。フィリップが何者かが移動しているように見せかけるため、ロボットに連続で石を投げさせたのだろう。
『今です、ゴー!』
今度はリューから低く号令が飛んだ。すかさず、鈍い打撃音が数度に渡って同じ場所から上がる。
それを合図として翔太郎と照井が立ち上がると、木立の向こうで未来が一体の泥人形に後ろから組みつき、腕で首を絞め上げて地面に引き倒すさまが視界に飛び込んできた。敵はそれが最後の一体だったらしく、彼女の周囲には誰の姿もない。
『やったあ!すごいじゃない、フィリップくん!』
二人の男が闇の中で体勢を整える未来に素早く駆け寄っていく途中、亜樹子の歓声が通信機から響いてきた。キャタピラロボットのカメラから、作戦が成功するところをばっちり見ていたのだろう。
翔太郎と照井が未来の元にたどり着いたのは、とどめを刺し終えた彼女がゆっくりと立ち上がろうとしている時であった。
『お見事。格闘だけでいけましたね』
『僕も、ロボットがちゃんと動いてくれて実は安心した』
亜樹子に続いてリューがフィリップと未来を共に労う言葉を口にすると、天才少年は心から嬉しそうな声で応えた。それを受けてか、照井も黙って頷いている。
しかし、翔太郎は内心面白くない。自分たちは森に入ってから隠れることしかしておらず、またも無慈悲に破壊されて倒れ伏した敵を未来が見下ろす様しか、確認することができなかったのだ。本職のステルス行動を目にすることもなくただついていくだけ、というのはやはりストレスが溜まる。
「ちっ、これじゃあ出る幕がねえな」
味方の動きを見ることさえできないのに不満を漏らす翔太郎は、暗視スコープに顔の大半を隠されていても仏頂面になっているのがありありとわかる。子どもっぽさが抜け切っていない、翔太郎らしい振る舞いを未来がたしなめようとする前に、照井が静かに反論した。
「隠密行動については、間やギークの方が俺たちよりも遥かに適している。何と言っても、そのために訓練を積んでいる専門家だ。ここは任せておいたほうがいいだろう」
「そりゃ、そうだけどよ……」
未だ欲求不満気味に口を尖らせている翔太郎へ、照井に言いたいことを代弁してもらい溜飲を下げた未来が言った。
「大丈夫だって。あんたたちの見せ場は、工場に入ってからなんだからね。そしたらギリーも脱いでいいんだし、それまでの辛抱だよ」
女戦士の表情はヘルメットに隠されていて窺い知ることはできないが、口調は明るいものであった。
そう。このまま進めば必ず人間が変身したドーパントに、ひいては堀内が姿を変えたラスト・ドーパントに相見えることになるのだ。
その時こそが、仮面ライダーたちの正念場なのである。
それまでは自分が先頭に立ち、彼らの負担を少しでも減らして行かねばならない--
未来はパワードスーツの両腰に下げたサブマシンガンへ、無意識のうちにチタンの鎧を纏った指先を触れさせていた。
その後一同が清掃工場の建物に近づくまで、泥人形たちとの戦闘は数度繰り返された。
しかし劣化版ドーパントである彼らは、そこにいることさえわかればさしたる脅威ではなく、未来のサブマシンガンによる射撃と近接格闘を使い分けた戦法で対処が可能であった。
そして、皆がリューのナビゲーションで目的地に辿り着くまでは、一時間とかからなかったであろうか。まだ夜が明ける兆候も見えない深い闇の中、清掃工場の建物の古びた外壁が確認できる位置にまで三人の若い男女が迫っていた。
全身を深蒼のパワードスーツに包んだ未来が、身を低くして茂みの間から慎重に先を窺う。
「チェックポイントHに到達。見たところ、敵はなし。以後もプランαの続行に変更なし。指示をよろしく」
『了解、こちらも周囲の確認完了。同じく半径十メートル範囲内には敵影なし。一旦その場に待機してください』
きびきびとした未来からの報告に、リューが新たな情報を加えて応答してくる。
日頃からこの手の通信に慣れているだろう彼女の背中越しに、照井が暗視装置を通して前方へと目を凝らした。翔太郎も彼に倣い、清掃工場の裏口らしい場所へと目を向ける。
普段は使う人間も滅多にいないらしい裏口は、小さなプランターの花が控えめに飾る簡素な門の向こう側で、ひっそりと来訪者を待っているようだった。外見はガラスの自動ドアになっていて、その向こうに小さな受付が見えており、至って普通の印象しかない。
ここに至るまでろくな道もなかったのだから、通常は車が乗り入れることもなく、災害時の非常出口程度の扱いでしかないのであろう。しかしそのお陰で、ここがガイアメモリ工場という裏の顔のカムフラージュになっていることは間違いなさそうだ。
一方で、その割にあまりにも警備がお粗末な気もした。まがりなりにも公共施設なのだから、各出入り口に警備員が立っていてもおかしくなさそうなのだ。
「……入口はあそこか?」
訝しげに照井が漏らすと、カメラ越しに同じ場所を見ているリューが応答した。
『そうです。先にロボットを行かせますから、皆さんは暫しお待ちを』
すると、三人の男女が潜む茂みから数メートル離れた別の茂みからキャタピラロボットが這い出てきて、門の方へ向かっていった。
周囲の暗さも手伝い、ロボットは見事に闇に紛れて門の中へと侵入する。一分もせずにガラスの自動ドア脇に張りついたこの探索機は、カメラつきのアームをひょっこりと伸ばして内部の様子を撮影し始めた。
その映像を確認したらしいリューの声は、やはり照井と同じように不審そうであった。
『誰もいないようですが、変ですね。普通なら、ここを最も厳重に守る筈なのに』
『えと……ドウタイハンノー、だっけ?それも全然ないってこと?』
『ええ。少なくとも、カメラの視界内にはセンサーの反応が何もありません。無防備過ぎます』
続けて亜樹子の質問に答えるリューは、罠の可能性が濃厚だと考えているのだろう。兵法の常識に照らし合わせた基準では、一人の見張りも配置していないなどありえないことなのだ。
が、今回の相手は存在自体が常識の外にあるドーパントである。
翔太郎と照井は未来の背後でどちらからともなく顔を見合わせ、頷き合った。
「入口の近くに、ガイアメモリの欠片を大量にばらまいてあるのかもな」
「その可能性はある」
ギリー・スーツに暗視スコープという格好では、真面目そのものである男たちの姿もギャグにしか見えないのだが、流石に今は笑うところではない。
未来が自動ドアの横から動かずにいるロボットから、目を離さずに呟く。
「もしそうなら、私一人での対処はちょっと厳しいかもね」
「じゃあ、そろそろ俺たちにも出番が回ってきたってことだな」
「ああ」
その言葉を待っていたと言いたげに、翔太郎と照井は立ち上がった。
二人の男たちが手近な大木の陰でギリー・スーツを脱ぎ捨てて暗視装置を外し、それぞれが持つガイアメモリとドライバーを手にする。
『変身するんですか?』
「もう!リューは露骨に期待しないの!」
途端に緊張が失せて嬉しそうな色を滲ませたリューを、呆れた未来が叱りつけた。見れば、先まで懸命に自動ドアの中を映していたロボットのカメラが、角度を変えてこちらを向いている有様だ。
この分だと、きっとズームも効かせてアップの映像にしていることだろう。
「早くしねえと、やり過ごした奴等が戻ってくる。フィリップ、行くぞ!」
『わかった。でも、ヘッドフォンはそのままにしておいてくれ。それとあきちゃん、ギークも。僕の身体を頼むよ』
ジョーカーメモリを握った翔太郎に応えたフィリップも、トレーラーの中でサイクロンメモリを取り出したようだった。
『CYCLONE(サイクロン)!』
通信機越しに少年が握るサイクロンメモリのガイアウィスパーが響いたのを合図に、翔太郎が続けてジョーカーメモリのスイッチを弾く。
「JOKER(ジョーカー)!」
そして二人はぴったりと合った呼吸で腕を振り翳し、低く叫んだ。
「変身!」
するとすぐさま、フィリップが腰のダブルドライバーに差し入れたサイクロンメモリが翔太郎のそれへと転送されてくる。彼は間を置かずにジョーカーメモリをドライバーのもう片方のスロットへと装填し、勢いをつけてドライバーを外側へと開いた。
「CYCLONE(サイクロン)!」
「JOKER(ジョーカー)!」
今一度二つのガイアウィスパーが上がり、翔太郎が身体の前で交差させた腕を鋭く戻す。
半熟探偵の細身のシルエットはその瞬間からガイアエネルギーの嵐に包まれ、たちどころに戦うための姿にーー仮面ライダーWへと変貌を遂げていった。
『おっ……とぉ!ギークさん、ちょっと手伝って!』
『ああ、はいはい』
ドーパントと戦う「二人で一人」の仮面ライダーが深夜の森に降り立つと同時に、亜樹子が思わず上げた声がヘッドセットから聞こえてくる。精神が翔太郎のもとへと移り、脱け殻となって倒れてきたフィリップの肉体をリューと二人で支えたためだ。
一方の照井は、Wの変身が無事に終わったのを見届けてからアクセルメモリのスイッチを叩いていた。変身する無防備な瞬間を狙われないための配慮である。
「ACCEL(アクセル)!」
鋭いガイアウィスパーを上げた深紅のメモリを掲げ、照井が力強くも抑えた声で叫んだ。
「変……身!」
彼が素早く腰のアクセルドライバーにメモリを挿し入れると、メモリは再びガイアウィスパーを発する。
「ACCEL(アクセル)!」
紅蓮に輝くメモリから漏れ出す地球の力を感じながら、照井はドライバーについたハンドルを握り、アクセルをフルスロットルに入れた。
刹那、赤き光となったガイアエネルギーがドライバーから溢れて照井の身体を覆い尽くしていく。一瞬のうちに無形の力は深紅の鎧となり、照井の肉体を仮面ライダーアクセルのそれへと変えた。
かくして二人の戦士が新たに現れ、森に潜む異形が三人となったのだ。
その事実に興奮したリューの声が、一同の耳にうるさく響いてきた。
『いやあ……これはすごい。変身ヒーローの変身を、まさか現実に拝む時が来るなんて。直接見られないのが残念ですが、それでも私は猛烈に感動しましたよ』
「はいはい。それはもうわかったから、フォローよろしくね」
熱弁を振るう仲間の場違いな高揚感を受け流し、未来が話を先に進めようとする。敵影がないことを受け、彼女も仮面ライダーたちが立つ木の陰まで移動してきていた。
リューの声は、ヘッドセットをつけたまま変身した仮面ライダーにも当然聞こえていた。司令官の子どもっぽい反応も、翔太郎には悪い気がしないらしい。むしろ彼は得意気に、誰に向けられたわけでもなかった発言に応えていた。
「何だったら今度、あんたが望むだけ目の前で変身してやるぜ」
『本当ですか?』
「ちょっと、翔太郎!リューを悪ノリさせないでってば!」
リューと同列で盛り上がろうとする翔太郎を、未来が手を腰に当てて姉か母親のような口調でたしなめる。戦闘用ロボットにしか見えない今の彼女にその人柄を滲ませた振る舞いが、何ともミスマッチだ。
「ここから先はドーパントが待ち構えていることも考えられる。間、お前は後方からの援護をメインにして欲しい」
しかしその軽い空気が、出入口の方を注意深く窺っている照井に引き締められた。
重厚な赤き鎧の仮面ライダーの言葉は、トレーラーにいるメンバーたちも一瞬でテンションを下げたようだった。リューの浮き上がっていた声音も、元のトーンに落ち着いている。
『照井警視の言う通りです。とは言っても、ここから先は乱戦になることも予想されます。主にバヨネットを使うことにして、遠方の敵に対してはサブマシンガンで対処するようにしてください。大火力の武器を、室内でやたらと発砲するのは危険ですから』
指令役をつとめる仲間の意見に、未来は頷いた。
「了解。確かにライフルを撃つのは危なそうだし、ドーパントは専門家に任せた方が賢明だよね」
そして、彼女のチタンに包まれた手が両腰のサブマシンガンを取り上げる。
武装後の専用武器である一二・七ミリアサルトライフルは、ジュラルミン製バックパックの側面に取りつけられており、時折装備にグリップが触れてかちかちと小さな音を立てていた。
このライフルは装甲車をも撃ち抜く威力もさることながら、射撃時の反動も凄まじい。一般の兵士が扱える代物ではないのは勿論のこと、未来でさえパワードスーツを着用しなければまともに撃てるかどうかわからないのだ。
そんなオーバーキルの武器は、プライドのように極端に硬い外皮を持つ敵を攻撃するときくらいしか使いたくない、というのがAWPメンバーの正直なところである。誤って味方を撃とうものなら、身体が砕け散る羽目になりかねないのだ。
サブマシンガンのグリップを握っていても、無意識のうちにアサルトライフルのことを気にかけているのが伝わってきたのだろう。Wの肉体を持つ翔太郎が、冗談にしては真剣さを感じさせる声で言った。
「くれぐれも、俺たちを巻き込むなよ」
「私の腕は知ってるでしょ。大丈夫、味方は撃たないって」
穏やかで低い未来の声は確かな自信が満ちており、少なくとも後ろから誤射されることはないと安心できる。
「それは、君のデータを詳しく閲覧した僕も知っている。信用しているよ」
翔太郎と身体を共有するフィリップは、未来の腕に関して懸念は全くないようだった。それは照井も同じだったらしく、黙って頷いて見せてくる。