戦闘の任を帯びた一同が踏み込んでいく流れになったのを確かめたリューから、緊張感を含んだ通信が入った。
『では、まずキャタピラロボットを先行させます。敵の反応がないとは言え、油断は禁物です。できる限り、物陰に隠れながらついてきてください』
と、キャタピラロボットが暗い工場の玄関ホールに入ろうとしたが、その動きが止まった。
『おっと。その前に未来、自動ドアをお願いします』
すると未来が仮面ライダーたちにはここで待つよう手で合図を送った後、無言でロボットの側へと走り寄っていく。そのままガラス扉に両手をかけ、まるで両開きの襖でも開けるかのようにたやすく自動ドアをこじ開けた。
ぴったりと閉ざされた自動ドアは重く、ロックがかけられていた筈である。それを全く力も込めず、ただし無理やり開けたのだから、やはり武装したサイボーグの力は恐ろしい。
二人の仮面ライダーはそう感じた胸の内は明かさず、再び未来の合図を受けてキャタピラロボットの後に続いていった。
自動ドアを抜けた先は小さな受付用の窓口が設けられており、パーティションで仕切られた打ち合わせスペースが並ぶホールに続いている。非常灯のぼんやりした灯りだけで照らされて静まり返った無人の清掃工場は、深夜という時間帯も手伝って不気味な印象だった。
しかしあくまで敵対する人物を倒すという目的をいだいた三人のヒーローたちは、それをものともせず暗い廊下へと足を踏み入れていく。彼らから数メートル先を行くキャタピラロボットが、比較的広い廊下を十数メートル程度進んだところで止まった。
『ガイアメモリ工場の入口はこちらになってます。この倉庫の奥にあるドアから抜けるようです』
「このドアに鍵は?」
未来の問いを受け、リューの操るロボットが数秒間の沈黙に入る。ドアをスキャンしているその黒く小さな姿は完全に闇に溶け込んでいて、存在を知らなければ見過ごしてしまいそうだった。
『かかっていないみたいですね。意外と不用心なのは驚きですよ』
「恐らく、警備を厳重にしたら却って怪しまれるからだろうな」
アクセルが呟くと、Wの中の翔太郎も頷いた。
「これなら、売人が関係者のふりをして入り込むのも難しくねえってことだ」
そして三人の異形は、ドアを静かに開けた未来を先頭にして倉庫へと滑り込んでいく。
中は真っ暗であったが、墨を流したような空間も見通せる彼らは、広さにして五十平米ほどの倉庫にある不自然なドアもすぐに見つけることができた。かなり以前から使われていると見える鉄のドアはレバー式のノブで、床の埃の擦れ具合やノブの磨耗の具合から、現在も使われ続けていることが明白であった。
流石にここは鍵がかかっていたが、ディンプルキーによるロックも、未来の持つ高周波振動ナイフの前では全くの無力だ。彼女がしゃがみ込んでドアの隙間にナイフの刃を差し込み、あっさりとロックそのものを切断したのである。
「よし。ここから先は、俺たちがお前よりも先に行くぜ」
未来がロックを外したのと入れ替わりでWがノブに手をかけようとしたが、彼女は鋭くその手を制した。
「ちょっと待って!」
有無を言わさない口調にWが動きを止めると、未来がしゃがんだままでぴったりとドアに身を寄せた。
パワードスーツによって更に強化された強化された聴覚を使い、ドアの向こうの様子を探っているのだ。ドアの向こうを突破前に可能な限り確認するのは、やはり兵法における基礎中の基礎なのである。
「……とりあえず、誰の足音もしないみたい。行くよ」
十数秒ほど置いてから立ち上がった未来が、ようやくノブに手をかける。それもまずドアを細く開き、キャタピラロボットを中に入れてから仮面ライダーたちを入れるという、念の入りようだ。
いちいちこんな慎重すぎる手続きを踏むのは、翔太郎にとってかなりのストレスだった。が、ここから先であれば、未来を後ろへ下げて自分たちが先行できそうである。
意識しない高揚感と緊張から翔太郎は短く息をついて、変身した身体を素早く鉄扉の中へと滑り込ませた。その先に続く錆が浮いた古い階段を注意深く降り、僅かに明るくなっている踊り場の先へと向かう。
Wとアクセルの一歩先はキャタピラロボットが一定の速度で進み、しんがりはサブマシンガンを構えた未来が守っていたが、彼らが進み出ることになったのは地下工場の天井に近いキャットウォークの側であった。
細い通路から見下ろせる古びた工場の計器類やあちこちに埋もれているタンクは、薄汚れていて年季を感じさせるものであっても、壊れているものはないように思える。
「色んな機械の音がする。清掃工場にあるクレーンとか、焼却炉の音とは違うよ」
この地下にあるガイアメモリ工場が未だ稼働中であることは、聞き耳を立てていた未来が捉えた音に表れていた。
皆が出た場所は工場の端ではなく、施設の全体が左右に開けている印象がある。親会社となっていたディガル・コーポレーションが消滅した現在も、ガイアメモリの生産は休みなく続いているという確かな証拠であった。
「この工場は、まだ生きているということだな」
「ああ。しかも、意外と大っぴらにやってる。驚きだ」
皮肉な感心を上らせたアクセルにWが頷いて見せると、一同を導くキャタピラロボットが再び動き出そうとする。
『この工場は、更にもう一階層分の地下施設があります。ひとまずは、そちらに行ける階段を目指すことにしましょう』
『やっぱり、ボスは奥にでーんと構えてそうなものだもんね。みんな、こっちよ!』
皆を促したリューに亜樹子の興奮気味な声が続き、高い響きが一同の耳に残ることとなった。
未来が無言で頷いて二人の仮面ライダーに先へ行くように示して見せてから、彼らはガイアメモリ工場の奥へと足を踏み入れていく。
地下二階へと潜る階段へ至るまでは、様々なメーターやタンク、管理用コンソールが並ぶ隙間をすり抜けて行かねばならないようだった。しかし砂の上でも稼働できるように設計されたロボットは、急な階段や狭い通路をものともせず、するすると滑るように進んでいく。
工場の中は低い機械類の唸り声で満ちていたものの、逆にそれ以外は何もない。三人が隠れつつ先を急ぐ速度は、早くも遅くもならず一定に近かった。
そうやって皆が工場に侵入してから、少なくとも十数分は経過しただろうか。
ロボットのボディには何種類ものセンサーが稼働しているのに、行く手を阻む敵の反応が何もないのは却って不気味であった。
「……おかしいね。ここまで来てるのに、誰も襲ってこないなんて」
ぴりぴりとした緊張が見える声で呟いた未来がサブマシンガンを構え直したのは、機械類の間に狭い無数の枝道が伸びた、長い通路の半ばに差し掛かろうかという辺りであった。通路自体に人の気配はなく、突き当たりが鋭い曲がり角になっているのが見える場所だ。
『やはり罠かも知れません。となると、考えられるのは……』
リューも通信機越しに訝しげな声をこもらせた時である。
次の瞬間に指令役の若者は態度を一変させ、鋭くも冷静な口調で警告の叫びを上げた。
『前方十メートル地点に動体反応、及び熱反応が二。後方一五メートルにも動体反応三!敵です!』
彼の声に耳を打たれた三人の戦士たちが即座に反応して立ち止まり、各々が異なったスタイルで構えの姿勢に移る。
待ち伏せに気づかれたと見るや、枝道から飛び出してきた複数の影があった。Wとアクセルが睨む前方にはコックローチドーパントとバイオレンスドーパントが、未来が警戒していた後方には三体の泥人形たちが現れて、広い枝道を塞ぐ格好となっている。
合わせて五体という敵の総数は、キャタピラロボットの分析通りであった。
『うわ、出たぁ!』
狭い計器の間に逃げ込むロボットが送ってきた映像を目にし、亜樹子が甲高い叫び声を上げる。彼女も、これだけの敵が一度に現れるのを見たのは久しぶりだった。
「ちっ、後ろもか。枝道は塞がれてるし、囲まれちまったらしいな」
『予想通り、挟み撃ちでしたね。分断されないように最大限の注意を払ってください。私も状況を見て随時フォローはします』
ちらりと後ろを確認した翔太郎がWの内で呟くと、リューがすぐにフォローを入れてくる。外からも支援してくれる者がいる状況は初めてだったが、それだけで落ち着いた精神状態を保てるようになるのは新鮮な驚きであった。
「了解。頼む、ギーク」
Wの肉体を共有するフィリップも、普段の戦闘より更に口調が冷静な印象だ。彼は彼で、戦術に詳しい者が味方にいるということが、違う意味での緊張感をもたらしているのであろう。
「泥人形だけじゃなく、ドーパントもか。よく手下につけたものだ」
『あれが怪人のドーパントなんですね……いや、この前現れたのとはまた違うみたいで。こんな生き物が本当にいて、しかも人間が変身している姿だとは……ひたすら驚きです』
こちらの様子を窺っているドーパントを警戒するアクセルがエンジンブレードを構え直すと、物陰に隠れたロボットから映像を確認しているらしいリューが改めて、驚嘆の呻きを漏らす。
が、オタク属性のある同僚と違って普通の感性を持った未来は、あからさまな嫌悪を声に滲ませていた。
「何あれ。ゴキブリみたいで、気持ち悪い!」
後方の泥人形三体に注意を向けていた未来が、Wと同じように反対側をちらりと確認して、嫌そうな態度を隠さずに見せてくる。人間として至極当たり前の反応を示した彼女を諭すように、Wが問題のドーパントについて説明した。
「あ?そりゃ、コックローチ・ドーパントだからな。見たまんまに決まってるだろ」
「しかし、所詮は粗悪コピー品のドーパントだ。能力はオリジナルよりかなり劣ると見て、間違いはないだろう」
フィリップはあくまで相手が劣化したドーパントで、さほど恐れなくてもいいことを強調したが、問題はそこではない。まさしく巨大化したゴキブリの怪人相手に立ち回らねばならないなど、未来は考えられないのだろう。
「ええ?それでもやだって……ゴキブリ、大嫌いなんだよ」
ゴキブリは存在自体を生理的に受けつけられないとばかりに、彼女はヘルメット首を激しく横に振っていた。
もともとドーパントとの戦闘は仮面ライダーだけで引き受ける前提で、未来は後方からの援護に徹してもらう予定ではあったが、この調子では攻撃対象を完全に分けた方が効率的と言えるかもしれない。
未来が珍しく苦手意識を見せていることを受けたフィリップが、頷いてから皆に言った。
「仕方ない、未来は泥人形を頼む。僕たちはドーパントを!」
「問題ない」
「了解」
Wの隣で構えるアクセルが無表情に応え、未来が心なしかほっとしたように自らの戦闘相手に注意を向ける。
「よし、行くぜ!」
広い通路に立ち四名、三体で双方向を睨んでいた戦士たちは、翔太郎の声を合図にして駆け出していった。
Wとアクセルは、工場の奥に構える二体のドーパントへと走り寄りながら戦い方を各々で探っていた。
「バイオレンスにコックローチか。相手に不足はねえな」
「どちらも素手で戦うには分が悪い。とは言っても、工場自体にダメージを及ぼす武器は避けなければ」
「なら、こいつだ!」
警戒の色を含ませているフィリップの呟きに、翔太郎が二本のガイアメモリを取り出して素早くドライバーのそれと入れ替えた。
「LUNA(ルナ)!」
「METAL(メタル)!」
装填されたガイアメモリの力に応えたドライバーからガイアウィスパーが上がり、Wの右半身がメタリックイエローに、左半身がシルバーに輝く身体へと変化する。
翔太郎が選んだルナメタルのフォームは、互いのメモリの力を打ち消し合うため相性が悪いとされていた。しかし衝撃の影響を及ぼす範囲が狭いこと、高熱や高濃度のエネルギー放出などを攻撃の際に伴わないことが、逆に狭い場所での格闘戦には適しているとも言える。
それに以前コックローチ・ドーパントと戦った際には、ルナメモリの特性を活用したルナトリガーフォームでメモリブレイクできたという経緯がある。サイクロンフォームの素早さでも追いつけないスピードには、トリッキーな手で対抗するのが最も有効なのだ。
ルナメタルフォームのWは、コックローチ・ドーパントの正面に陣取りながらアクセルへと叫んだ。
「コックローチ・ドーパントは動きが速い。奴は、一度戦ったことがある俺たちが引き受ける!」
「わかった。俺はバイオレンスの方を片付けよう」
対するアクセルは、淡々と仲間の言葉を受けてエンジンブレードを振り翳すのみだった。
バイオレンス・ドーパントは歪な特性を持たない、パワータイプの敵である。こちらには基本フォームで武器を持ち、スピードとパワーではWをも凌ぐアクセルにとっては、正面からの格闘で雌雄を決するのが最も適した戦い方であろう。
「はあっ!」
気合を一閃し、アクセルがバイオレンスの上半身へと重いエンジンブレードを叩きつけんと振りかぶった。すかさずバイオレンス・ドーパントはその直線の軌道に自らの右腕を割り込ませ、硬質な鉄球となっている拳で刃を弾き返す。両者の持つ金属の武器が激突して薄暗い工場に火花を散らし、無機質な空間を一瞬だけ照らし出した。
その後もアクセルとバイオレンス・ドーパントは互いを狙い、攻撃を繰り出しては相手に阻まれることを繰り返す。機械類が歪に空間を分けるガイアメモリ工場内は、たちまち武器が激突し合う甲高い衝撃音で満たされていった。
そして幾度にも渡る刃と鈍器の応酬は、互いが渾身の力を込めた一撃を見舞い合ったところで不意に途切れた。両者とも、その力と勢いに身体が弾かれて間合いが離れたのだ。
「くそっ、思ったよりやるじゃねえか!」
早くも息を切らしたバイオレンスがアクセルを睨んで吐き捨てた。
バイオレンスが持つドーパントの特性は極めて高い戦闘能力そのものだが、そのうちの一つにバイオレンス・ボールなる球形に身体を変形させ、相手に体当たりを喰らわせる技がある。これは全ての攻撃の中で最も高いスピードと打撃力を誇る一方、そのための助走距離が必要という制限がある。
それだけなら周囲の障害物で跳躍を繰り返して距離を稼げそうだったが、劇物で満たされたプールや爆発の危険があるガスタンクがある工場では、それも不可能だった。何よりもラストからは工場の破壊行為を厳しく禁じられているため、それに背けば後でどんな処罰が待っているかわからない。
だが、だからと言って何もせず撤退できる筈もない。
動きを止めて思案しながらも睨みつけてくるバイオレンス・ドーパントを悠然と見返しながら、アクセルがエンジンブレードの切っ先を突きつけて言い放った。
「俺は、この風都を守る仮面ライダーの一人だ。お前たちくらいの薄汚い悪人どもなど、何人倒してきたかも覚えていない」
『そうよ!竜くんは、この街のヒーローなんだから。あんたなんか、目じゃないわよ!』
婚約者の余裕を見せつけた戦いぶりに気持ちが昂ったのか、亜樹子がハイテンションな調子そのままで叫んだ。
本気を出していないことがありありとわかる戦い方など、敵を敵とすら認めていないに等しいことだ。それが見下されているようで、バイオレンス・ドーパントは神経をますます逆撫でされた心地となる。
「てめえ、あんまり俺を舐めるなよ!」
苛立ちを声に込めて、荒い呼吸を整えたバイオレンスが再び右腕の鉄球を振り翳して挑みかかっていく。しかし、自らの身体を軽く越える巨体から襲いかかられても、アクセルは冷静に迎え撃つのみだ。
再び、ガイアメモリ工場という閉鎖空間に金属がぶつかり合う衝撃音が幾重にも響き渡っていく。
その中で、Wは素早く動き回るコックローチ・ドーパントにメタルシャフトで攻撃を仕掛けようとしていた。
だが、先手必勝とばかりにコックローチが口から粘液を吐きかける。
Wは飛んできた粘液を素早く避けたが、これに触れれば身体が絡め取られて固まってしまうため、瞬時に決着がついたも同然となることは必至であった。ルナメタルフォームのWは粘液の連続攻撃を巧くかわし続けているものの、コックローチの速さに圧倒されているように見える。
「お前みたいな鈍い奴なんざ、敵でも何でもねえよ!」
スピードでは完全に分があると判断したのだろう。Wを翻弄するコックローチが、嘲るような笑いを投げかけてきた。
「ふん。てめえの攻撃パターンなんざ、この風都のハードボイルド探偵はとっくにお見通しだ!」
しかしWは全く怯んだ様子を見せず、得物であるメタルシャフトを構え直した。
メタルシャフトは重量があり、攻撃の際のダメージにものを言わせる武器である反面、それが仇となってスピードが落ちるという欠点がある。本来ならばコックローチ・ドーパントのように突出したスピードを武器とする敵には攻撃を当てることすら難しいが、ルナメモリの変幻自在さが加われば、それも話が別であった。
「おりゃ!」
Wがメタルシャフトを振りかぶると棒状のシャフトがぐにゃりと曲がり、長さも数倍に伸びて空を裂き敵へと躍りかかった。ルナメモリが暗示する「幻想」の力を得たメタルシャフトは長さと硬度が変化する特性を与えられ、考えられない方向からの攻撃を可能にしてくれるのだ。
Wが気勢を上げながらメタルシャフトを捌き続けると、そこに何者をも弾き返す衝撃の壁が生まれ、懐へ飛び込んでこようとしたコックローチ・ドーパントの半身を激しく打ち据えた。
「があっ!」
鞭で強烈な一撃を喰らわされたかのような打撃を二度、三度と続けざまに叩き込まれたコックローチが呻き声とともに吹き飛ばされる。
「さあ、近寄れるもんなら近寄ってみな。てめえのメモリは、その時が最後だぜ!」
翔太郎が元に戻ったメタルシャフトをしっかりと握り、自信も露にコックローチを挑発した。
茶色の薄い羽根でがさりと生理的嫌悪感を誘う音を立てながら、コックローチは身じろぎする。何とか地面に倒れ込みはしなかったものの、相手が操る鞭のような武器は思ったよりも重いダメージをもたらしてくるのだ。
そこへ、殆どアクセルに突き飛ばされるようにしてバイオレンスが後退してきた。
「どけ!」
背後への注意が疎かになっていたバイオレンスが怒鳴る間もなく、コックローチの真っ正面に激突する。
「ぎゃあ!」
バイオレンスの背を受け止め損ねたコックローチは間抜けな悲鳴を上げてひっくり返り、あえなく仲間の下敷きとなってしまった。
「重い重い!潰されちまうっすよ!」
「馬鹿野郎、てめえはゴキブリのドーパントだろうが!ちったあ、本物のしぶとさを見習えってんだ!」
重量のある巨体に本気で押し潰されそうになり、じたばたと暴れるコックローチにバイオレンスが罵声を浴びせる。が、コックローチが既に相手に圧されて戦意が立ち消えそうになっていることは、嫌でも伝わってきていた。
結局バイオレンスは、鋭い舌打ちを漏らしつつもコックローチに手を貸して借りて立ち上がらせる羽目になっていた。
「ちっ。やっぱこの工場を壊すなってのは、やりづれぇな!」
と、再び接近して刃を振り下ろしてきたアクセルを身体ごと捌きながらバイオレンスが悪態をつくと、今度はWが振るうメタルシャフトの鞭が襲いかかってきた。鈍い光を放って絡みついてこようとする攻撃をかわし、コックローチが叫ぶ。
「どうするんすか!こいつら、相当場数踏んでるみたいっすよ」
個体の特性として与えられている素早さを駆使し逃れたコックローチは、反撃とばかりに口から粘液を高速で吐き続ける。しかしそれもWが振るうメタルシャフトが作った無形の壁に阻まれて、全て打ち落とされる始末だった。
「貴様の弟分はもう逃げ腰のようだな。潔く負けを認めたらどうだ?」
泣き言を漏らして応戦するコックローチの様子を認めたアクセルが、一旦刃を引いて降伏を勧告してくる。
しかし、その上から目線がバイオレンス・ドーパントには何よりも気に食わない。警察にアクセルという赤いボディの仮面ライダーがおり、売人仲間から恐れられているのも知ってはいたが、だからこそあっさり屈するのは癪に障るのだ。
「うるせえ、誰が警察なんかの言う通りにするか!お前も、最初っから吠え面こいてんじゃねえ!」
いつの間にやら兄貴分として認定されてしまったバイオレンスの容赦ない怒声が、早くもまた日和り始めていたコックローチに飛ぶ。
彼らは仮面ライダーに勝てるなどと、正直心底から思ってもいなかった。だが、無抵抗なまま見過ごすような真似をすれば、後でラストからどんな仕打ちを受けるかわかったものではない。
敗北してメモリブレイクされるか、逃げ帰ってラストに罰を与えられるか、降伏して財産とも言うべきメモリを取り上げられるか。ガイアメモリの密売人たちの行く末は、どれも希望が見出だせるものではなかった。