未来はバックパックに取りつけられたアサルトライフルを掴み上げ、腰の大型サバイバルナイフをバレルの先端に素早く取りつけた。現代でも歩兵の基本装備とされる銃剣、つまりバヨネットである。
何よりの利点は、銃器の使用できない状況下の近接格闘戦で距離と広い攻撃範囲を保てることにある。リーチが短い未来にとっては、頼れる武装であった。特に彼女が持つ一二・七ミリアサルトライフルは銃身も長く、それを最大限に活かす技もみっちり仕込まれている。
しかし、未来が道中で何度も倒してきた筈の泥人形たちの姿を認めて一瞬動きを止めたのは、彼らの外見がこれまでと異なっていたためであった。
「こいつら、外にいた連中とは違う?」
警戒を含んだ呟きを漏らした未来の視線の先には、通路を塞ぐようにして三体の泥人形たちが展開している。
今までに戦ってきたのは、粗雑な泥細工のような身体に簡素な仮面をつけた者たちであった。しかし今こちらに迫り来るのは胸から腹にかけてと膝下、腕を土の鎧で守り、体躯も一回りは大柄に見える個体だ。
『少なくとも、外見は違いますね。敵の力は未知数です。油断しないでください』
「了解」
傍らにある窒素タンクの陰に潜んだキャタピラロボットが送られてくる映像を確認したリューも、緊張を帯びた口調になっていた。彼の指示に素直に従うことにした未来は、低い一言を頷きとともに返しておく。
バヨネットを斜めに構えた未来が弾丸のように走り出して一気に敵との間合いを詰め、先頭の一体に向かって刃を鋭く降り下ろした。だが、紙一重のところで先制の一撃はかわされて、その間に残りの二体が未来の背後と側面に回り込もうと動く。
勿論その意図を先読みしていた未来はそのまま囲ませることはせず、素早くバヨネットを持ち替えて弧を描くように振るった。バヨネットが光の軌跡を描く中には一体の泥人形が巻き込まれ、片足があわや切断されるかという深さにまで刃が達しようとする。
はっきりとよろめいた一体にとどめを刺そうと未来が振り返ったとき、無傷の一体が背後から掴みかかった。パワードスーツを纏っても周囲の異形たちに比べて小柄な未来を、力任せに羽交い締めにしようとする。
「くっ!」
組みついてくる力が思ったよりずっと強かったことに驚いて、彼女は小さく声を漏らした。彼らは今までの泥人形たちよりも動きが鋭く、力も数倍は強い。明らかに格が違うと考えるべきであろう。
それでも未来は、後を取った泥人形の腕を慌てずに振りほどいて脱出すると、泥人形たちの囲みからひとまず逃れた。
『大丈夫ですか?』
短時間とは言え敵に捕まった仲間を心配したリューが、体勢を立て直しているところへ声をかけてくる。彼も泥人形たちがある程度の連携を見せたことや、予測以上の能力を持っていることに少なからず驚かされているようだった。
未来の視点カメラに映し出された三体の敵は、先に足を斬られた者の前に残りの二体が進み出るという動きを見せており、味方の弱点をカバーする程度の知能もあることを窺わせる。恐らく未来を傷つけずに捕らえる命を帯びているのは一緒なのだろうが、警戒を怠ってはならない相手となっているようだった。
パワードスーツの踵を上げてじりじりと敵に近寄りながら、未来がリューに応える。
「何とかね。こいつら、表にいたのとはパワーもスピードも桁違いだよ。けど、この程度なら……!」
新たに出現してきた泥人形たちの戦闘能力が飛躍的に高くなっていることに驚きはしたものの、まだ余裕がなくなるほどの事態には陥っていない。
今度はバヨネットを低めに構え、女戦士は再び敵の間合いへと踏み込んでいった。バヨネットを横に払って複数に浅傷を負わせるのではなく、一体の敵だけを狙い鋭く突き込む。
未来の操る穂先は一体の肩と膝を土の鎧ごと破壊し、彼女に襲いかかろうとしてきた手は虚しく宙を掴んでいた。そのままぐらりと巨体を傾けた泥人形が戦闘不能になったと踏んで、未来は別個体の側面へと回り込む。
その様子を見守っていた亜樹子が、ふと感じた違和感を口にした。
『あれ?さっき、未来さんが一人の足を切ったわよね?』
通信機越しの声に、未来もはっとして残りの二体を見比べた。確かに亜樹子が指摘した通り、三体のうち一体は片足がほぼ切断された状態になっており、立ち上がれる可能性は無いに等しい筈だった。
が、足に傷を受けている者などいないのだ。
『残りの二体にも、傷を受けている個体がいませんね。塞がったということなんでしょうか?』
リューも信じられない、と言いたげな驚愕も露に呟く。いくらかりそめの命しか持たない操り人形の劣化ドーパントとは言え、四肢を失いかねないダメージを喰らわされれば倒れる筈なのだ。
「おっと!」
新たな敵の特性に気を取られていた未来が腕を掴まれそうになり、危ういところで身を翻してかわす。
そのかわした相手はたった今肩と膝を破壊した個体であり、これにもまた大ダメージを受けた痕跡が見当たらなかった。となると、足を斬った個体も傷が即時に回復したと考える他はない。
やはり、高速の再生力を持っていると見るべきなのであろうか。
彼女たちの動揺など歯牙にもかけず、再び三体揃った泥人形たちが再び殺到してくる。だが、女戦士は冷静にその腕の間をぬって走り、かわしざまにバヨネットを二度、三度と閃かせた。
蒼いパワードスーツの背中が敵の後ろへとすり抜けた後に、全員の背中や腹に複数の刀傷が口を開けた状態となる。
すると今度はその浅く斬りつけられた傷に土が盛り上がり、あっという間に塞がる様子を目にすることができた。
『き、傷が治っちゃった?』
「ふん。致命傷以外は無効ってわけか」
ロボットの送る映像を見たらしい亜樹子が叫び、振り向いて傷が塞がる瞬間を確認した未来は皮肉っぽい色を声に混ぜる。どうやら、考えていたよりも手強い相手を引き受けてしまったようだった。
しかし急所を避けた攻撃が通用しないのなら、一度で生命力を使い果たすだけのダメージを与えられる突きを、頭や胴体に食らわせればいいだけの話だ。
つまり動きを鈍らせてからとどめを刺す戦い方から、一撃必殺を狙う戦法に切り替えるのである。
感情を持たない泥人形たちは傷を負わされることに恐れを感じることもなく、忠実に命令を果たすべく襲いかかってくる。彼らの動きは仲間同士で死角を補い合っているだけ厄介だが、戦闘技術はまだまだこちらに分があった。
小柄な未来の腕を掴もうとする泥人形の手を払い抜けて脇腹に蹴りを入れ、次の一体の懐に飛び込んでから腹に肘打ちを食らわせて、膝を蹴り下ろす。
そうして二体の体勢を崩し最後の一体の前に躍り出ると、丁度懐に飛び込んだ格好となり、敵の胴体はがら空きもいいところになっていた。
「隙だらけだ、いただき!」
不敵に呟いて、未来は相手が腕を振り下ろしてくる前にバヨネットの強烈な突きを胸板へと叩き込んだ。
バレルの先に取り付けたナイフの刃が厚さと弾力があるものを貫く手応えが伝わると同時に、泥人形が力を失ってよろめいた。サイボーグ戦士はパワードスーツの身体を素早く飛び退かせ、泥の巨体が倒れ込んでくる巻き添えから逃れる。
仮面ライダーたちよりも巨大な泥の身体は、未来の背後でずしんと鈍い音を立てて床に倒れ伏した。
「よし、次!」
その様子も見ず見事な着地を決めた未来がバヨネットを握り直して立ち上がるが、次の相手を求めた彼女の耳には、たった今敵が倒れたばかりの後方から上がった異音が届いていた。古い工場の金属の床を、重い何かが擦る音である。
反射的に振り返った未来の視界は、続けて酷く違和感のある光景を捉えた。
確かにとどめを刺した筈の泥人形が半身を起こし、起き上がろうとしていたのだ。
胸に刀身を全て埋め込むほどの深さに達していたのだから、相手が生命ある者なら間違いなく即死する筈の傷なのだ。なのに、また立ち上がれるとは信じられない。
大きな瞳をヘルメットの下で見開かせた未来が、驚愕を抑えきれずに叫ぶ。
「うそ?あいつ、確かに倒したのに!」
『未来さん、後ろ!』
亜樹子の悲鳴に近い警告が耳を打ち、未来は咄嗟に横へと跳んだ。直後、別の泥人形が振り翳した腕が恐ろしい風圧を伴って彼女がいた空間を通り過ぎる。
「この……!」
不快そうに舌打ちを漏らしつつも、未来は攻撃を仕掛けてきた敵の前へと低い体勢を保って飛び込んだ。そのまま構えたバヨネットを鋭く突き上げ、泥人形の顎を深々と貫き通す。その勢いたるや、バヨネットの鋭利な刀身が仮面をも突き抜けて、鈍く光る刃先が頬から覗くほどだった。
が、今度は倒したと思ったのも束の間で、敵はバヨネットを顔に咥え込んだままなおも未来へと腕を伸ばそうとする。やむを得ず、彼女はバヨネットを引き抜いて跳び退った。
「まただ、一体どうなってんの!」
外にいた泥人形なら、ここまで深傷を負わせれば一撃で滅することができていた。なのに、同じ攻撃がまるで歯が立っていない。
声にも苛立ちを露にした未来であったが、一向に動きを止める様子を見せない敵に対してこれ以上の動揺を見せるわけにはいかなかった。
「うがっ!」
何度目かの鞭攻撃を喰らって、コックローチ・ドーパントがたたらを踏んだ。その度に、かさりと薄い茶色の羽根が音を立てる。
「やっぱり……やっぱりこいつら、とんでもなく強いっす!俺たちが勝てる相手じゃねえっすよ!」
相対する仮面ライダーWに近寄ることすら出来ず、コックローチは弱気な発言を繰り返すばかりとなっていた。オリジナルのメモリを使っているのなら勝利とは行かなくとも、互角程度の戦いはできたかも知れないだろうが、自分たちのそれは所詮粗悪なコピーメモリなのだ。
同じことはバイオレンス・ドーパントにも言える。潜在的な戦闘能力はコックローチより高いものの、仮面ライダーアクセルとやり合うにはやはり歴然とした力の差があることを痛感させられる。
アクセルが放った突きを辛うじて腕の鉄球で弾き返したが、勢いに負けて押し返されたバイオレンスもコックローチの隣まで後退してきた。
「ああ、確かに俺たちじゃ敵わねえみてえだな」
「ど、どうするんすか?」
エンジンブレードの剣戟を持て余していたらしいバイオレンスが、圧されていることをあっさりと認めたのが意外だったのだろう。コックローチは、落ち着かなげに辺りをきょろきょろと見回した。
「潮時だな」
「え?」
バイオレンスの一言の意味が飲み込めず、コックローチが訊き返す。
「ここまでやって見せたんだ、奴に文句は言わせねえ。逃げるなら、今のうちってこった!」
言うが早いか、バイオレンスは身体をくるりと丸めてその身を巨大な球へと変えた。バイオレンス・ドーパントのもう一つの姿であるバイオレンス・ボールである。彼は球から突き出た片腕で器用に床を叩き、そのまま仮面ライダーたちに向かって古びた通路を転がり始めた。
バイオレンスが決死の特攻に出たと思ったのだろう、Wが叫んで通路の端へと身をかわし、アクセルはその反対側へと跳んだ。
「危ねえ!」
避けながらも二人の仮面ライダーは攻撃に備えて守りの姿勢を解かなかったが、バイオレンス・ボールは速度を増しながら、自分たちとその後方で展開している未来や泥人形たちをも飛び越えていった。
「あ……ち、ちょっと!俺を置いてかないでくださいってば!」
猛スピードで遠ざかっていくバイオレンス・ボールを一瞬だけ呆然と見送ったコックローチが、我に返り追いかけていく。彼は慌てながらも、器用に仮面ライダーたちや計器類の間を目にも止まらない速さですり抜け、一目散に地上階へと抜ける階段を目指す疾風となっていた。
そして、茶色の羽根が覆うその背中は申し訳なくなるほどに隙だらけだが、本人が気にしている気配が全くない。この場から逃れることしか頭にないのだろう。奥へと続くこの道を守る気さえないのだから、主であるラスト・ドーパントの下に戻るつもりも全くないに違いない。
つい先刻まで戦っていた相手を放り出すというドーパントの行動に呆気に取られたWが、はっとしてメタルシャフトを振り翳して怒声を浴びせる。
「おい待て、こら!」
「左、深追いはするな!俺たちが間と離れれば、奴の思う壺だぞ!」
だが、あっという間に出口の方へと消えたドーパントたちを追おうとしたWの肩を、アクセルが後ろから押さえた。
今回の作戦の目的は、あくまでラスト・ドーパントを倒すことである。戦意を喪失した敵を追いかけてまで倒す必要はないのだ。
「アクセルの言う通りだ。それに彼らはこの工場から逃げるつもりでいるようだし、今は放っておいてもいいだろう」
フィリップからも諫められた翔太郎が、納得して踏み出しかけた足を戻してメタルシャフトを下ろす。彼らも元はガイアメモリの密売人たちなのだろう。ならば、改めて照井に身柄を拘束させるのが適切なのかも知れない。
「ちっ……仕方ねえな。奴等は後日、照井の飯の種になってもらうとするか」
それでも翔太郎は、マキシマムドライブですら発動させていないため不完全燃焼気味だった。
が、もやもやとした物足りなさを感じているところへ、亜樹子から入った通信が耳を打ってくる。
『みんな、未来さんを助けてあげて。苦戦してるみたいなのよ!』
「何?」
初めての指揮役らしい連絡には狼狽している様子が表れており、Wが戦い続けている未来の方を振り返った。
先にコックローチやバイオレンスが通り越していった通路では、泥人形三体と蒼い鎧を纏った女とが、未だ立ち回りを続けていた。
「やっ!」
未来の気合いの声が響くと同時に、泥人形の胸を目掛けた鋭い突きが放たれた。しかし、自らの攻撃と同時に別の敵が掴みかかってくる腕を避けたため、狙いが僅かに逸らされることとなる。バヨネットの刃は敵の胸ではなく脇腹を深く抉り、土の塊を飛び散らせた。
しかしその大きな損傷ですら、未来の目の前で土が盛り上がって瞬く間に再生してしまう。
いくら傷を負わせても全くダメージにならないことを何度も視覚に訴えられると、流石にストレスである。未来がバヨネットを構え直しつつも、忌々しげに悪態をついた。
「くそっ……これじゃあ、きりがない!」
ドーパント未満の雑魚とは言え、通常攻撃では歯が立たないという理不尽な特徴を持つ敵だ。彼らと戦い続けている未来の息も、焦りが手伝って次第に上がりがちになってきている。
彼女も疲労を知らないサイボーグ実験体やロボットと戦ったことはあるものの、対処法が全く見えない敵と相対したのはこれが初めてだった。ここは多少の危険も承知の上で、攻撃力が高いサブマシンガンを使うべきなのだろうか?
「はあっ!」
そう考えた女戦士が両腰に下がった二丁の銃を意識したとき、紅く輝く鎧姿が後方から走り出てきた。気勢を上げたその後ろ姿は、手にした長大な太刀を軽々と振り回して刃を泥人形の半身に叩きつける。
「未来!」
アクセルの加勢に続き、今度はルナ・メタルフォームのWが強烈なメタルシャフトの鞭を別の泥人形に見舞った。二人のヒーローからそれぞれ一撃ずつ喰らい、土塊の怪人がたまらずによろめいた。
「みんな!」
二体で三人の仲間が加勢してくれたことに、未来の声に安堵感が滲む。しかし泥人形たちは一瞬怯んだだけで、目標の女を捕らえるために加勢した仲間との間え素早く割って入った。
「どうした?お前にしては、やけに手こずってるな」
アクセルが皮肉でなく、感じたままをエンジンブレードを構えて言った。完全武装した未来のずば抜けた戦闘能力を以てしても劣化版ドーパントを全滅させられないなど、彼にも予想外だったのだ。
未来は苛立ちをぶつけるように、早口でこの戦闘であったことをそのまま口にする。
「こいつら、外にいたのとは全然違うんだよ。急所攻撃以外は全然効かないし、何度倒しても傷が再生して、しつこく立ち上がってくるの!」
「本当かよ?」
Wが驚いて、また未来を取り囲もうとする泥人形たちと防御体勢に回る未来とを交互に眺める。
確かに、泥人形たちの全身にはバヨネットがつけたであろう無数の傷が走っていたが、全て不自然に塞がったように土が盛り上がっていた。それに今まで戦い続けていたのにもかかわらず、ただの一体も倒れていないのだ。彼女の言っていることに嘘はないのだろう。
「頭と胸以外の攻撃じゃ、倒れることすらないんだよ!」
未来は説明しつつ飛びかかってきた一体の拳を肘で受け流すと、相手の背後に抜けて膝を蹴り下ろした。
「一撃で倒すくらいに強烈なのを浴びせないと……ねっ!」
強烈な打撃を受けてバランスを崩した泥人形の背へ、彼女は更に拳を落とす。
しかし、肉弾攻撃はサイクロンジョーカーをも凌ぐダメージを与えるパワードスーツの一撃も、効果のほどは怪しかった。素早く未来が囲みを抜けて仲間のところへ後退すると、傷ついた筈の泥人形は何事もなかったかのように攻撃体勢に戻ったのである。