仮面ライダーW 追われるS   作:日吉舞

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謎の同業者 -5-

 未来は病院の屋上まで辿り着いてドアを乱暴に開け、春の温もりがが満ちる外気の中へと出てから、やっと引きずってきた翔太郎を解放した。

 

「もう、いきなりあんな言い方はないでしょ。仮にも、彼は怪我人なんだから」

 

 そして振り返るなり腰を両手に当てると、仁王立ちになって翔太郎に文句をつけた。明らかに彼を子ども扱いしているのがわかるが、委員長然とした振る舞いに、翔太郎は口答えする気を削がれてしまう。

 

「わ、悪かった。つい勢いに乗っちまって……」

「まあ、堀内も途中から喧嘩腰になってたのは認めるけど。だから引き分けだね」

 

 気圧されて素直に謝った半熟探偵を、腕組みした未来がじろりと横目で睨む。

 しかし彼女はすぐにふうっと溜息をつくと、力んでいた肩から力を抜いて、傍らの錆びた手すりの方へゆっくり歩いていった。屋上には二人以外に誰もおらず、静かな病棟内の雑音は殆ど聞こえてこない。すぐ側にある物干しには真っ白な洗いたてのシーツが風都の風に揺られており、清潔な香りを彼らのもとへ運んできていた。

 

 翔太郎が立つ屋上の出入口付近からは、未来が頬杖をついた手すりの遥か向こう側に風都タワーがそびえているのが見える。彼がこの場所から春霞でぼやけた風都タワーの姿を見るのも、高校時代以来ずいぶんと久しぶりのような気がした。

 

「話を蒸し返すことになるんだけどさ。健太くんの父親捜しの件について、左さんは黙って見ててくれない?」

「あ?」

 

 いつもと変わらない佇まいの風都タワーを見つめていた未来がこちらを向かずに言ってきたことに、翔太郎は怪訝そうな表情で聞き返した。

 未来が風になびくポニーテールの明るい髪を片手で押さえつつ振り向く。その黒い大きな瞳が目立つ顔が、複雑な色を帯びていた。何か事情があることを察した翔太郎が黙ったまま隣に立つと、さり気なく視線を外して彼女は続けた。

 

「あんたも探偵なら、初めて受けた依頼のことは覚えてるでしょ?」

「もしかして、あの健太って子が依頼人なのか」

 

 翔太郎の鋭い指摘に、女所長は頷いてから続けた。

 

「堀内が買い出しの途中で、迷子になってたあの子を保護してね。うちの事務所の近くにある保護施設の子なんだけど、三年くらい前にいなくなったお父さんを探して、ふらふらしてたらしくて。それなら俺がお父さんを見つけてやるよって、大見得切っちゃったんだってさ。うちも子どもからお金なんか取れるわけないし、殆どボランティアなんだよね」

「なるほど、それが奴の初仕事ってわけか。だからあんたは、何とか奴の力で解決させてやりたいんだな」

「それもあるけど……堀内も健太くんと同じで、身寄りがないの」

 

 翔太郎の顔から視線を外したままでいる未来の口調が、次第に弁解がましくなってくる。

 

「うちでバイト募集した時、殆ど着の身着のままで転がり込んで来てさ。最初の頃なんて、うちのスタッフとまともに口をきこうともしなかったの。うちは私と事務の子を除いて全員が外国人だから、言葉の問題もあってね。ある程度はしょうがないんだけど」

 

 こんなことを話しても言い訳にしかならないことなどわかっている、と苦しい笑顔になっている未来の目が語っているのがわかるが、翔太郎はまだ彼女の話を遮らないでいる。

 

「その堀内がさ、あの依頼を通してだんだん明るくなっていくのがわかるから。だから、何とかしてやり遂げさせてあげたいんだよ。親心みたいなのが出ちゃってね」

「風都に来たのも、その一環ってことか。そこであのドーパントに襲われた」

 

 話の終わりは無理に明るい調子で締め括ったところを翔太郎から冷静にまとめられても、未来は頷きをもう一度返しただけだだった。

 事のいきさつが、次第に明らかになってきた。

 堀内が健太の父親を探す途中にあのドーパントが現れてガイアメモリを奪おうとし、堀内がガイアメモリを所持していないことがわかると、上司である未来に目をつけて次に襲ったのである。

 

 しかし、まだわからないことは残っている。何故、彼らがメモリを持っているとドーパントから決め付けられているのかということと、あのドーパントが何者かということだ。そのヒントは、未来の話をもう少し詳しく聞けば糸口が掴めるかも知れない。翔太郎が真剣な顔で頷いて話の続きを促すと、未来は彼の意図を受け低い声で続けた。

 

「健太くんの父親が、つい最近までこの街の会社にいたらしいってことがわかったんだよ。堀内がそれを証明するものを見つけて、この前私のところに持ってきてくれたんだ」

 

 翔太郎の眉が僅かに上がる。

 確かに、病室にいた堀内も手掛かりを見つけたと話していた筈だ。

 

「そういや、堀内もさっきそんなことを言ってたな。そんなに決定的なものなのか?」

「この懐中時計なんだけど……ここに会社名が入ってるの。ほらここ」

 

 未来がグレーのジャケットの内ポケットを探って取り出したのは、引き輪とチェーンがついた銀色の懐中時計だった。彼女の小さな手のひらにも納まる懐中時計の蓋には風都タワーがレリーフされており、まだ新品とも思えるくらい状態がいい。

 時計本体を裏返して隅の方を差す彼女の指先を見ると、そこにははっきりと目立つ字体が刻まれていた。

 

「……これは!」

 

 翔太郎が驚きから呟いて、もう一度その刻印を見直した。

 『Digal Co.,Ltd』という企業ロゴの特徴ある形が、確かに見て取れる。

 

「ディガル・コーポレーション。もう倒産したみたいだけど、風都の住人なら誰でも知ってる大企業だったんでしょ?これは二年前に記念品として一部社員に配られたものらしくてね。家族の写真も入ってるし、健太くんもママが写ってるって言ってたから、間違いないだろうって。堀内はこの写真を拡大コピーしたのを持って、聞き込みをしようとしてたところ。その矢先にドーパントに襲われたってわけ」

 

 未来が懐中時計の開閉ボタンを押して蓋を開け、直角に開いた蓋の裏側に貼られた写真が翔太郎にも見えるようにして渡した。

 セピア色に加工されている写真には赤ん坊を抱いて座る素朴な感じの女性と、夫らしき痩せ型の男性が寄り添って写っているのがわかる。微笑みを浮かべた彼らの身なりに貧しそうなところはなく、雰囲気も柔らかい。どこから見ても幸せそうな家族をイメージさせる写真だった。

 写真自体は古いものではなく鮮明だ。だから、子どもである健太も母親の顔がはっきりとわかったのだろう。

 

「健太の苗字は?」

「山波だよ。山波健太がフルネーム」

「父親はどんな仕事を?」

「健太くんが覚えてるのは……家でもしょっちゅう白衣を洗ってたりして、その時によく遊んでたってことくらいみたい。どこかの研究所の研究員とか、医療関係とか、理系の仕事だったんじゃないかと思うけど」

 

 段々翔太郎の質問内容が具体的になってくることに、未来が次第に困惑の色を声に滲ませつつあるのが伝わってくる。

 翔太郎は、この一見平和な街が抱えている闇の一面を未来に教えることに、迷いを覚えていた。が、今ここで取り繕ったとしても、健太の父親の影を追い続ければすぐに発覚することでもある。彼女を必要のない危険に巻き込まないためには、前もって伝えるくらいしか手段がない。

 意を決した若き探偵は、未来の瞳に視線を合わせた。

 

「ディガル・コーポレーションは……表向きは一般のIT関連企業だが、裏でガイアメモリの開発から販売まで担っていた会社だ。俺が仮面ライダーとして嘗て戦った相手の一人は、社長の園咲冴子だ」

「……え?」

 

 想像もしていなかったのだろう、未来の目が見開かれたのに一瞬遅れて、低く警戒した声が漏れた。

 

「会社がなくなった今も、この街では奴等が作ったガイアメモリがまだ流通してる。それどころか、俺の知らないところで新たなメモリが作られてすらいるらしい。山波健太の父親がつい最近まであの会社にいたのは、確かな情報なのか」

「それは今調べてるところだけど……その話、本当なの?」

「こんなことであんたに嘘を教えても、俺には何のメリットもねえだろ」

 

 まだ疑いの目を向けてくる未来から少しだけ目を背けてソフト帽の縁を指で上げると、翔太郎は自分の考えを口に上らせた。

 

「それより今問題なのは、健太の父親が恐らくガイアメモリの開発に関わっていたということだ。そしてあのドーパントも関係者だと考えれば、一応の筋は通る」

「でも、待ってよ。だったら、どうして私や堀内にメモリをよこせなんて言ってくるの?」

 

 翔太郎に食って掛かってくる未来の様子が混乱しているのは変わらないが、恐怖や怯えなどは感じさせない。ボランティアに近い人捜しの筈がドーパント絡みの事件に巻き込まれたことに、純粋に驚いている印象だった。

 

「健太の父親は、ガイアメモリを持って行方をくらましたんだろう。多分、あんたたちが既に健太の父親の居所を掴むか接触するかして、メモリを手に入れてると思われているんじゃねえか」

「ええ?そんなの、むちゃくちゃな理屈じゃない!第一私たちは、あの子の父親が何の仕事をしてたかってことも、たった今知ったばっかりなんだよ。何をどう勘違いすれば、メモリを持ってるってことになるわけ」

「さあな。ドーパントの考えることは俺もわからんが、そうとしか考えられねえ。とにかく奴はそう思い込んでるんだからな」

「けど、目ぼしい手がかりもこの懐中時計だけなのに……」

 

 自分と同い年くらいの若い探偵から聞かされた推測に、未来はその先を継げずに懐中時計を見つめるばかりになった。色々な考えが錯綜する頭を落ち着かせようと考えを巡らせているのか、時折何もないコンクリートの足元に視線を落としている。

 

「堀内は、どこでそれを手に入れたんだ?」

「質流れしてたのを見つけて、買い戻したって言ってた。店長にも売りに来た人の人相風体は確認したけど、どうも本人だったみたい。売るときに店に教えた連絡先は、お約束通りでたらめだったよ」

 

 未だ思案をこねくり回していると見える未来は、継続する翔太郎の問いにも殆ど無意識に答えているらしい。聞かれていないことまで回答に出してしまっているところは、認識が甘いと言わざるを得ない。

 もっとも、翔太郎も他人のことは言えないが。

 

「だとすると、もうそっちからは探れねえな。どう調べたもんか……」

「ちょっと。さっきから聞いてると、あんたが健太くんの父親を探そうとしてるようにしか思えないんだけど。まさか、本気で堀内の仕事を横取りしようってんじゃないだろうね」

 

 本気で考え込もうとした翔太郎が呟いて腕を組んだところで、聞き咎めた未来が懐中時計をしまってから睨んできた。

 

「横取りって、人聞きの悪いこと言うな。言ってるだろ、普通の人間にドーパントの相手は無理だって!」

「ああ、それなら大丈夫。私も普通の人間じゃないから」

「あ?」

 

 先とは逆に翔太郎が聞き分けのない未来に食い下がったが、片手を振って軽く返され、彼は間が抜けた声に疑問符をつけた、何とも格好のつかない返答をする羽目になった。

 

 言われてみれば確かにこの若い娘は人間離れ、と言うか日常から離れたところに立つ存在のようだった。ドーパントを初めて見た直後に見せたあの落ち着きと言い、生身でドーパントに立ち向かいあの硬い身体にダメージを与えられる怪力と言い、全く普通の人間だとは言い難い。

 

「……まあ、確かにあんたが馬鹿力の持ち主だってことは認める。だがな、戦いの素人には……」

「生憎、素人じゃないよ。戦えない女が銃なんて持ってると思ってるの?」

 

 違う方向から事件への介入を阻もうとした翔太郎に、再び未来が突っ込みを返して見せる。

 そして今度も、内容を素直に認めてしまう彼がいた。

 

「言われてみりゃそうか」

「簡単に納得するくらいなら、最初から言うな」

「って、あんたまだ俺に正体を明かしてねえじゃねえか!」

 

 今更ながらに気づいた翔太郎が、ドライな態度へ転じ始めた未来に詰め寄った。

 

「私は便利屋の所長で、戦いの心得がある怪力女。それ以上、何が知りたいっての?」

「うそつけ!あんたの力は、変身した俺たち……仮面ライダーに匹敵するとフィリップが言ってたんだ。それに身のこなしや戦い方も、訓練を受けた人間のものだってな」

 

 翔太郎から具体的に指摘された未来の整えられた眉が僅かに動き、大粒の瞳がすっと細められる。彼女の表情から今まで軽口を叩いていた活達さが霧の如く消え失せ、代わりに他者からのあらゆる思いを撥ねつける透明な壁が瞬時に築かれたような錯覚すら覚えさせた。

 

 翔太郎は自然と膝が緩められ、すぐ動けるように脚の筋肉が力を溜め込んだのを自覚した。彼女が放つ鋭い刃のような険しさに、修羅場をくぐってきた身体が反射的な反応を示しているのだ。

 文字通り、瞬く間に自らが纏う空気を一変させたこの女は、やはりただ者ではない。

 既にわかっていることではあったが、それでも翔太郎は敢えて問うた。

 

「……あんた、一体何者なんだ?」

 

 未来は答えない。もとより答えるつもりがないのかも知れないが、それならここまで引っ張る理由もない気がする。

 無言で互いの眼を睨み合う男女の間に、病院と言う場所には不似合いな、きな臭い緊張が漲ろうとした。

 

「私が、あんたにそこまで教えなきゃならない義務はない」

 

 その全身の神経を突き刺してくる張り詰めた雰囲気から先に気を逸らしたのは、未来の方であった。冷たく平坦に言い放つ声には、殆ど感情が込められていない。しかし他者をばっさりと切り捨てる言い種には、これ以上踏み込まれたくないという強い拒絶が読み取れる。

 翔太郎と未来の双方ともまだ視線は外していないものの、もう近寄ろうとする姿勢を取っていないことは明らかだった。

 

「とにかく、堀内が動けないうちは私が健太くんの依頼を代行するから、そのつもりでいて。極力、誰かに借りは作りたくないの」

 

 そして鳴海探偵事務所で見せたビジネスの表情が、未来の顔に浮かび上がる。

 翔太郎は言葉でも態度でも返事を返さなかったが、沈黙を同意と受け取ったのだろう。彼女は風が乱したポニーテールの髪に手をやり、ジャケットの襟を整えながら翔太郎に背を向けた。

 

「そうそう、一つだけいいことを教えてあげる。あんた、『プライド』って言葉に心当たりはある?」

 

 ところが翔太郎が黙って見送ろうとした小さな背中が、屋上の出入口の前で止まって振り返った。

 

「プライド?」

 

 彼が屋上を吹き渡る風に煽られる愛用の帽子を押さえて訊き返すと、未来は不思議と硬さの消えた幾分か穏やかな表情で頷いた。

 

「私が襲われる少し前にコンビニで買い物したんだけど、そこから車を出すとき確かにそう聞こえたの。けど人間の生の声じゃなくて、機械に通したような声だったよ。そのすぐ後に、ドーパントが車にひっついてきたんだ」

 

「何だと?」

 

 思いがけずもたらされた手掛かりに驚いて、翔太郎は未来の方へと数歩踏み出した。

 彼女が耳にした「プライド」という声は、ガイアメモリを使用する際に上がるガイアウィスパーだ。それがドーパントの種類を示したことも間違いないだろう。ガイアメモリの種類がわかれば、フィリップが「地球の本棚」で探れる情報量が圧倒的に多くなる筈だ。

 もしかすると、ドーパントに変身した何者かの正体も判明するかも知れない。

 

「ドーパントから助けてくれた借り、今ので返したからね」

 

 しかし翔太郎の興奮をよそに、未来は片手を軽く振って去ったのみであった。

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