「マジかよ。全然ダメージにならないってのか」
Wの中の翔太郎が驚いて呟くと、リューからの通信が割り込んできた。
『未来、まだ戦えますか?』
「体力は大丈夫。でも、もし今また別の敵が現れたら……」
Wの隣で女戦士は軽く息をついたが、その心配はもっともだった。万一ここに別のドーパントたちが現れて混戦状態になれば、味方が分断される事態になりかねない。
同じことを懸念したらしいアクセルも、声に警戒の念を表していた。
「無限の再生力でもあるのか?だとしたら面倒だな」
「いや、恐らくそれはない。クレイドールやビーストの再生ともまた違うようだ」
他の三人と違い、フィリップはまだ余裕があるらしい。素人目にはわからないドーパントの特徴も彼にははっきりと見えていて、自信の裏付けにもなっているのだろう。
だが、だからと言ってどんな手段を取れば泥人形たちが倒せるのか、即判明するわけではない。
今度は未来以外の二人は攻撃目標と認識したのか、じりじりと近寄ろうとしてくる敵と距離を保ち続ける仲間たちへ、フィリップは告げた。
「しかし、当面は倒し続けるしかない。もしそれで埒があかなければ、エクストリームメモリを使おう」
「結局、今のところ力押ししかねえか。こんなに早く、奥の手を使わなきゃならねえとはな」
エクストリームメモリを使い、フィリップと翔太郎が完全に一体化するサイクロン・ジョーカー・エクストリームは、W究極のフォームだ。このフォーム最大の利点はドーパントの特性を無力化することだが、これは最後の手段とも言える形態のため、なるべく対ラスト以外では使いたくないというのが本音だった。
翔太郎の苦々しげな意思を読んだフィリップが、宥めるように言う。
「まだそうと決まったわけじゃないんだ。僕たちも実際に戦えば、何かわかるかも知れない」
「やってみなきゃ、わからねえってことだな」
Wがメタルシャフトを構えると、未来を挟んだ位置に立つアクセルもエンジンブレードを低い位置に持ち直した。
「仕方がない。俺たち全員でかかるぞ」
『後ろは私たちが警戒してるから、安心して!』
婚約者の押さえた、しかし力強い声に、亜樹子もまた力を込めた言葉を指令室から送ってくる。
照井がロボットのカメラが捉える視界を意識して無言で頷くと、未来が不敵さを窺わせる声をスピーカーから響かせた。
「頼もしいね。じゃあ、まず私が先に銃で攻撃する。奴等が怯んだら飛び込んで」
腰を僅かに落とした姿勢になった未来がバヨネットを後ろへ放り、代わりに両の手を腰へと伸ばす。彼女が軽快な手つきで銃身を空中に投げ、一回転させてからグリップを掴んだのは、PP90M1サブマシンガンであった。アサルトライフルに比べると威力が低いため弾丸が貫通する可能性が低く、混戦状態にない今は味方に誤射する危険もない。これが最も有効な射撃ができる武器と判断したのだ。
外で使ったときとは違い、威力と射程距離を半減させるサイレンサーは既に取り外されていた。
「了解」
「望むところだ!」
一丁で二キロを越える銃も軽々と扱う未来に、Wとアクセルが視線を送った。
「よし。スタンバイ……!」
仲間がゆっくりと後退していた足を止め、女戦士が所謂アキンボスタイルで二丁のサブマシンガンを構える。
一呼吸置いてから、彼女は引き金を絞った。瞬間、蒼い鎧に包まれた両腕から連続した破裂音が上がり、硝煙の臭いが辺りに立ち込める。
排出された空薬莢が金属の床に雨の如く降り注ぐ高い音に、三体の泥人形たちへ無数の弾丸が叩き込まれる鈍い音が混ざる。断続的なマズル・フラッシュが薄く照らす光の中、未来のパワードスーツが切り絵のように黒々としたシルエットを投げ掛けた。
間断なく鉛弾を喰らわされた敵の巨体がぐらりと揺れると同時に、銃撃が止む。
「今だ、ゴー!」
身体に数え切れない穴を穿たれた泥人形がかりそめの生命を削られたと見るや、未来は仮面ライダーたちに鋭い号令をかけた。
「行くぜ!」
未来が両手のサブマシンガンに安全装置をかけたのを合図とし、弾かれたようにWとアクセルが走り出す。二人は各々が携える武器を振り翳し、正面の敵へと挑みかかった。
アクセルが肉厚の片手剣であるエンジンブレードを一体の肩口へ打ち込むと、もともと傾いていた泥の半身が勢いに負けて片膝をつく。アクセルは無慈悲にエンジンブレードの刃でその背を二度、三度と斬り下ろした。その度に土の塊が飛び散り、辺りの埃っぽさが増していく。
これには堪え切れず、体勢を崩していた泥の巨躯がずしんと音を立ててうつ伏せに倒れた。
未来が浴びせた弾丸の嵐のおかげで、急所へのダメージが蓄積されていたことが大きいのだろう。
「次だ!」
アクセルが刃についた泥を振り払って顔を上げると、丁度ルナメタルフォームのWもメタルシャフトの鞭で一体を弾き飛ばし、金属の床に叩き落としたところであった。アクセルが倒した個体に続き、土塊が鉄の床を打つ転倒音が、今一度ガイアメモリ工場の空気を揺るがす。
Wもアクセルの言葉を受け、残り一体となった泥人形へと向き直った。
「よし、残りは三人で一気に決めるぞ!」
Wが叫び、アクセルとともに手にした得物を構え、無造作に襲いかかってくる最後の一体へ向かって走り出した。その後ろから、マガジンの交換を終えた未来も駆け出そうと足を踏み出す。
「危ない!」
しかし彼女はそのまま踏みとどまり、警告の声の終わりに銃声を重ねた。
蒼い鎧の両手に構えられたサブマシンガンのフルオートが解放され、殺到する鉛弾が束となって標的を捉える。
「うおっ!」
Wが反射的に横へと跳ぶと、無数の弾丸が土に着弾する湿った音と土煙とが元いた場所から上がった。
彼女が狙いを定めたのは、Wが倒した筈の個体であった。仰向けの転倒から起き上がった泥の巨体は、今にもWの首に腕を絡みつかせて締め上げんばかりの位置まで迫っていたのだ。
すんでのところで背中に銃弾の雨を叩き込まれた敵の腕が空を捕らえ、Wの中の翔太郎は慌てて身を翻していた。
「くそっ、まだ立ち上がって来やがるってのか!」
「あれだけ喰らっても、とどめを刺せていなかったとは。大したしぶとさだ」
アクセルもWの横まで後退して悪態をついた。
二人の仮面ライダーが鋭い視線を投げかける先には、続けて起き上がってきたもう一体までが加わり、三体の動く土塊たちがまた元のように陣形を作っている。
「これじゃ、本当に埒があかないよ。どうする?」
アキンボのままでいた未来も、味方の下へと走り寄ってきていた。彼女も戦況が厳しいことは察していたが、ドーパントの専門家である仮面ライダーたちの意向にあくまで従うつもりでいるらしい。
戦い方を問われ、Wの中でフィリップが決断した。
「仕方ない、メモリブレイクだ」
「あ?」
肉体を共有する相棒の少年の意図を即時では図りかねた翔太郎に対し、説明が続く。
「メモリブレイクなら、マスカレイド程度のドーパントを一掃できる威力がある。これで片がつかなければ、今度こそエクストリームメモリの出番だ」
「よし。こうなったら、まとめて引導を渡してやろう」
納得したアクセルが早々にエンジンブレードからメモリを抜き取り、指先に挟んだ。
「仕方ねえ。行くぜ、フィリップ!」
それに倣い、Wもソウルサイドに当たるルナメモリをダブルドライバーから抜いて掲げる。
ドライバーの左側からメタルシャフトのマキシマムスロットに装填し直されたルナメモリが、ドーパントが最も恐れる必殺技を発動させるガイアエネルギーを解き放った。
「LUNA MAMIMUM DRIVE(ルナ・マキシマム・ドライブ)!」
ガイアウィスパーが上がるとともに、メタルシャフトにルナメモリの暗示する「幻想」の力が光輝く渦となって集まっていく。
Wがメタルシャフトを構えて必殺技の予備動作に入ったすぐ隣では、アクセルがエンジンメモリをアクセルドライバーのマキシマムスロットに挿し入れていた。
「ENGINE MAXIMUM DRIVE(エンジン・マキシマム・ドライブ)!」
エンジンメモリからアクセルドライバーを通してガイアエネルギーの波が流れ込むのを感じながら、アクセルが長大な剣を鋭く払う。敵は複数でいるため、足止めしておかなければマキシマムドライブの一撃で粉砕するのは難しいだろう。
凝縮された紅い光を纏うエンジンブレードを握り直し、後方で警戒を強めている未来へアクセルが呼びかけた。
「間、バックアップを頼む。奴等をなるべく一か所に固めてくれ」
「了解!」
アクセルの言葉を受けた未来が頷いてサブマシンガンの安全装置を外し、トリガーに指を置く。その刹那に蒼い両手で乾いた破裂音が上がり、短いバレルから弾丸が吐き出された。
九ミリパラべラム弾が互いに数歩離れた位置で陣取っていた敵の一体に殺到し、その大きな土の鎧の胸を正確に捕らえる。速射性の高い弾丸をもろに浴び、流石に勢いに負けた個体が後退した。すかさず未来は、一体が下がった分だけ前に出ることになった別の一体へと攻撃目標を切り替える。
彼女は三体の敵へ巧みに短い射撃を繰り返し、ものの数秒で密集陣形へと誘い込んでいた。
その隙を逃さずに、Wがメタルシャフトを振り上げてガイアエネルギーを集中させる。ルナメモリの力を得たメタルシャフトは、月の如く妖しき輝きと自在に形を変える幻惑の力が込められ、光の鞭と化してガイアメモリ工場の空間を彩った。
メタリックイエローの右手、シルバーの左手が不規則な光の筋を描くメタルシャフトを振り翳すと、そこからリング状の光の塊が幾つも生まれ、Wの周囲を飛び交っていく。
「メタル・イリュージョン!」
左の翔太郎と右のフィリップのタイミングを合わせた叫びが響き、メタルシャフトが泥人形たちへと突き出された。同時に宙を舞う輝くリングが彼らの命に従い、空を裂いて一斉に飛来する。光の環は一体の敵を内に巻き込んで、そのかりそめの生命に直接ガイアエネルギーを叩きつけた。
圧倒的な地球の力に耐えられず、泥人形の身体が内側から爆ぜる。
「喰らえ!」
その爆発音を背景に、アクセルは雄叫びを上げた。
溢れんばかりのガイアエネルギーが注ぎ込まれたエンジンブレードは、主たるアクセルの腕を今にも振り払って暴れ出しそうな気さえする。紅き鎧の仮面ライダーは、刀身を御する者にも等しく地球の脈動を伝えてくる力そのものを振り上げ、目にも止まらぬ速さで斬り下ろした。
深紅の光を発するエンジンブレードが三度閃き、「A」の軌跡を描いて宙を走る。その獲物は、銃弾のダメージから回復しつつあった泥人形であった。
エンジンブレードが作り上げたドーパントの絶望を呼ぶイニシャルは、泥人形の巨体が避けることを許さない。成す術なくガイアエネルギーに直撃された二体の敵は、声なき絶叫を上げて自身の身体を砕け散らせた。
「絶望が、お前のゴールだ!」
エンジンメモリのマキシマムドライブ、ダイナミックエースをまともに喰らった敵の姿がぼろぼろと朽ちていくのを目にし、アクセルがエンジンブレードを下げる。
「今度こそ、土に還りやがれ!」
そのアクセルの隣に立ったWの中の翔太郎も呟いて、メタルシャフトのマキシマムスロットからルナメモリを抜き放った。
「やったあ!」
そして二人の頼もしい味方との連携を果たした未来が、感情を隠さない喜びの声を上げていた。
皆で協力し合った一戦での勝利は、これまでの戦いの中で一際心に響くものがあったのだ。
マキシマムスロットから溢れ出した形なきエネルギーの流れが収束すると、工場は規則正しい機械類の駆動音で満たされる無機質な空間へと戻っていた。
Wとアクセルが放ったメモリブレイクを喰らった泥人形たちが倒れても、フォローに回っていた未来は腰撃ちの姿勢を崩さない。しかしぼろぼろの姿になった敵がただの土の山と化し、十数秒の間に微塵も変化が見られないことを確認すると、ようやく彼女の緊張も緩んだようであった。
「やっと、本当に倒せたみたいだね。みんな大丈夫?」
両手のサブマシンガンをホルスターに収めた未来が、各々のガイアメモリをドライバーに戻している仮面ライダーたちの側に歩み寄ってくる。
Wの首を頷かせたフィリップが、広い通路に飛び散った大小の泥の飛沫を見回しながら応えた。
「ああ。しかし、僕が考えていたよりもずっと時間がかかってしまった」
「俺は一体倒すのに、五回分はとどめを刺したような気がする。この先もこいつらがいるとしたら、油断はできんな」
アクセルの声は落ち着いたものだが、言葉は重い。
何度も倒さねば排除することができない敵など、下手なドーパントよりも面倒な存在だった。ここがラストの牙城となっているのなら、この先も待ち受けていると考えるのが正解だろう。ラストとしても、裏切る可能性があるドーパントより命令に忠実な操り人形の方が楽な筈だ。
しかし、一度のとどめで倒せないとはどういう仕組みになっているのだろうか。
ふと、フィリップがWの肉体の持ち主である翔太郎に問いかけた。
「……翔太郎、僕たちは何回ぐらい致命傷を負わせたか覚えているかい?」
「あ?そうだな、メモリブレイクの分も入れたとして……やっぱり五回くらいじゃねえか」
泥人形が未来に何度倒されていたかわからず、メモリブレイクが何回分の致死攻撃に当たるかも不明のため、正直この数え方はかなりいい加減だ。
しかしフィリップは、同じことを未来にも振っていた。
「未来は?」
「正確には数えてないけど……多分、それぐらいだと思うよ」
冷静さを失っていないように見えた未来も、内心かなり動揺しながら戦っていたのだろう。ヘルメットに表情が隠されている彼女の回答も、声に自信のなさが表れているようだった。
が、フィリップは何か思い当たることがあったらしい。自身の片割れの翔太郎に慌てたように言った。
「みんな、土の中に埋まってるガイアメモリの欠片を確認してみてくれ」
「何でだよ?」
「いいから、早く!」
一つのことを気にし出したフィリップは、これまでも幼い子どものように聞き分けがなくなることが度々あった。今回もそのようで、こうなってしまったら素直に言うことを聞くのが一番手っ取り早いと、翔太郎も心得ている。
駄々っ子そのものの口調になっている天才少年を宥めるつもりで、半熟探偵は泥人形の成れの果てへと近寄った。
「わかった、わかった。そんなに焦るなよ」
フィリップがまだ未成年である故、翔太郎は実質的に保護者の立場になっているが、いつまでもこの性格ではつくづくこの先が思いやられる。
というのは、未来とアクセルも同じであろう。彼らも素直にそれぞれ一番手近な残骸へと歩み寄り、しゃがみ込んで土の山を指先で掘り返していた。
ほどなく、未来が不審そうな一言を発する。
「……欠片、一つだけじゃないね。五つ埋め込まれてたみたい」
彼女は土の中から鈍く輝くガイアメモリの欠片を見つけ出し、チタンに覆われた掌に一つ一つを並べて確かめていた。頷いたアクセルからも、同様の意味を示す言葉が上がる。
「こっちもだ」
「こいつもだな」
そして、状況はWが確認したものも一致していた。
今倒した泥人形たちは全て、五つのガイアメモリの欠片を核として作られていたのである。
「やっぱりそうか……使われた欠片と同じ数だけ倒さなければ、完全には破壊できなくなっている。しかも使う欠片の分だけ、個体としての強さも強化される仕組みのようだ」
自分の推測が正しかったことを実感したフィリップが、Wの右手の指先を顎に当てながら呟いた。
「そんなことが可能なのか」
「これもラストの特殊能力だから、僕には何とも言えない。しかし、これは事実であることに変わりはないんだ」
欠片を捨てて立ち上がったアクセルが側まで戻ってくると、フィリップはWの顔を工場の奥へと続く通路の先へと向けさせた。泥人形たちが金属の床で土の山と化し、コックローチとバイオレンスが戦いを放棄して逃げ出した今、機械類に囲まれた通路は元の動きのなさを取り戻している。
先の戦いの喧騒から一転して静まり返った場所は、逆に不気味でもあった。
「奴の能力は、時間を追うごとに幅も深さも増してきているようだな」
「そのようだ。他のドーパントの能力を吸収するだけでなく、その力を応用して、総合的に個体としての強さを増していく……もしかしたら、これこそがラストの本当の能力なのかも知れない」
フィリップが分析しながらぶつぶつ漏らしていることがもし事実なら、恐ろしいことになる。
即ちラストは、一刻も早く倒さなければ、仮面ライダーの手にすら負えなくなる可能性を秘めているドーパントということではないのか。
「くそっ、マジで厄介な相手だぜ」
「しかしこいつらは欠片を複数使っていても、普通のドーパントよりまだ弱い。それが唯一の救いだな」
翔太郎が苛立ちも露に吐き捨てると、アクセルが溜息混じりに続けた。