驚いた未来が走る速度を落としてから立ち止まったところへ、十歩ほど間を離して走っていた仮面ライダーたちが追いついてくる。
「何だ?ここは……」
すぐに神経を集中させ、自らの感覚とセンサーを連動させた索敵を開始した未来を守るように側についたWが翔太郎の声で漏らした。
ラストが逃げ込んだのは、巨大なホールのように拓けた部屋だった。
恐らく、ガイアメモリ工場の最深部に近い場所になるのだろう。広さにして百平米以上、天井は恐らく地上まで吹き抜けになっているであろうほどの高さがある。歪な円形の部屋の壁を取り巻くように狭いキャットウォークが設けられており、その際をびっしりと色とりどりのパイプやメーター、様々な制御盤が埋めつくしていた。
そしてその一番奥の壁にはタンク状の金属の塊がそびえ、高さ十メートル以上はあろうかという巨大な図体の真ん中には小さなガラス窓が取り付けられている。その中では緑色に輝く光がゆっくりと渦を巻いており、時折脈動を打つかのように震えている様子が見えていた。
くすんだ銀色のタンクに開いた小窓が異様に浮き上がって見えるのは、その中身が電気やガスを代表する天然エネルギーではないことを感じさせるせいであろう。
皆が沈黙して周囲を探る中、ここが何のための場所かを知るフィリップが求められなくとも口を開いた。
「ここは、ガイアエネルギー炉だ。地球から吸い上げたエネルギーを抽出して濾過し、その純度を上げてメモリに注ぎ込む。ガイアメモリの製造行程において、最も重要な場所だ」
少年の説明が終わるか終わらないかのうちに、皆が自然と守りやすく攻めやすいポジションへと移動して身構えた。
恐らくガイアメモリの製造において最重要部となるこの場所が、工場での最深部に当たることは間違いない。ラスト・ドーパントがここへ敵を誘い込んだのは、決戦の火蓋を切って落とそうとしているに他ならないからだ。
高まる緊張に包まれてそれぞれの得物を握り直す戦士たちの耳へ、広い空間を囲む壁に反響した声が届いた。
「改めて、俺の城へようこそ」
巨大なタンクの陰から小窓へ伸びる一段高いデッキへと姿を現したラスト・ドーパントは、笑いを押し殺したような調子の声に歓迎の意思を乗せてくる。人間としての表情は浮かべないドーパントの顔であったが、元の人物たる堀内が挑発的な姿勢を取っていることは一目瞭然であった。
「堀内……いや、ラスト!」
「出やがったな!」
低く叫んだ未来が一言で口をつぐむと、Wが彼女を庇うように半歩前へ出た。
啖呵となれば饒舌になるはずの未来は僅かではあるが身じろぎし、サブマシンガンを両手に固く握り締めたままでいる。自分を襲った相手に再び相見えることとなり、蘇ってきた恐怖が押し寄せてきているのだ。
心を深く傷つけられた犯罪被害者であれば、絶叫を上げてパニックに陥ってもおかしくない状況だった。しかし未来は必死にその衝動を押さえつけて耐えている。
女戦士が自らを律しようとして無言になっているのを、竦み上がって動けなくなっていると思ったのだろう。ラストの自らが意識しない悪意は、とどまることを知らなかった。
「所長が一人で会いに来てくれなかったのは残念ですけど、別に照れなくていいですよ。俺は特に気にしてませんから」
二、三十歩程度間を置いた位置から、ドーパントの特徴的で耳障りな声が響いてくる。
何をどう考えれば、無理やり犯そうとした女が照れているなどと思えるのだろうか。
人格障害のレベルにまで堕ちた堀内の人間性に内心で舌打ちを漏らしたアクセルは、隣に立つ未来がびくりと身体を硬直させたことに気がついた。
「大丈夫か?」
「……私なら平気。それより、ラストから目を離さないで」
アクセルの気配りに気丈にも応えた未来が、パワードスーツの足で床を踏みしめて腰を落とし、両手のサブマシンガンの安全装置を確かめる。
その動きから、女が自分を拒否し続ける意思を読み取ったのであろう。
途端にラストの口の利き方が下卑たものとなった。
「へえ。あんな目に遭っても、まだ俺に抵抗しようってんですか?さすが所長。懲りないというか、大した根性ですね。どうせまた、そのスーツも俺にひん剥かれるだけですけど」
ラストのあからさまな蔑みを浴びても、未来は言い返さない。代わりに銃を握る手を僅かに跳ね上げ、ヘルメットの内側でひゅっと鋭く息を吸っただけだ。
欲望の対象となっている未来を精神的に圧倒している手応えを感じているらしいラストは、更に負の感情を煽る文句を重ねてくる。
「それとも、こいつらの目の前でもっと強引に犯って欲しくて来たって言うなら、まあそれは歓迎してあげますよ。そうすれば、俺とあんたの仲を認めるだろうしな」
「おい……!」
あまりの言い種にWの中の翔太郎が声を荒げて踏み出そうとしたが、未来がそれを片手で制する。
心の傷口に塩を塗るラストの軽口が未来の尊厳を土足で踏みにじっているのは間違いないが、それでも彼女が激情に任せた攻撃を仕掛けないのは、戦闘に突入した際にこれ以上付け入る隙を与えないためなのだろう。
しかし、未だ冷静さを保っている未来へと続けて投げつけられる言葉の刃に容赦はなかった。
「あんたがそういう趣味の持ち主だとは思わなかったけど、俺はそんなことは全然気にしない。だから安心して、こっちに戻ってきていいんですよ」
ガイアエネルギー炉から流れてくる静かな稼動音に、ラストの下劣極まりない言葉が重なる。
「……!」
堪え切れなくなったのか、未来が大きな喘ぎを漏らしてパワードスーツの肩を震わせた。
仲間であるアクセルやWには、彼女がヘルメットに隠した顔を苦悶に歪ませていることが伝わってくる。
親しい間柄の人間とは言え、これだけ卑猥な物言いを異性に晒されているのだ。未来がどれだけの痛みを覚え、この場から逃げ出したくなるような羞恥に耐えているかわからない。
強さの下に隠された未来の純粋な素顔を知る翔太郎が、まだ前に出ることを阻むパワードスーツの腕を強引に押し退けて進み出た。
「それ以上言うな、この下衆野郎!」
「聞くに耐える内容じゃないね。見下げたものだ」
Wの中で、翔太郎の相棒たるフィリップが吐き捨てる。社会経験が浅い少年は、人間が抱える心の闇を翔太郎ほど知っているわけではない。今回のことで誰の心にもある醜さを嫌が応にも認識させられたが、それを改めて思い知らされた気すらした。
ここまで女性の人格を無視できる男は、翔太郎がかかわってきたこれまでの事件の中で存在しなかったわけではない。しかしガイアメモリの毒に精神を汚染されていることを差し引いたとしても、最も性質が悪いことだけははっきりしていた。
劣情を直に向けられている未来よりも強い怒りを込め、半熟探偵がラスト・ドーパントに鋭く言い放つ。
「てめえ、自分がどれだけ未来を傷つけてるかわかってるのか。相手の気持ちを無視して、勝手な感情だけを押しつけやがって!男としても、人間としても、最悪のことをやったんだぞ!」
「そんなの、俺のことを無視する所長の方が悪いに決まってるだろ?そっちこそ、俺の気持ちをぞんざいに扱ったバチが当ったんだと、何故気がつかないんだ」
Wから至極当然の罵倒を受けても、ラストは自分の基準で考える傲慢さが許されないことだとは微塵も思わないようであった。むしろ相手が従い、自分に都合が悪いことは全て排除するのがルールだと考えている節さえある。
暴力であれ、金であれ、何の苦労もなく強大なモノを手にした人間が陥りやすい尊大な性格そのものであると言っていいだろう。そしてその手の人間は、言語は通じても相手の意思を汲み取ることができないため、会話が全く成立しなくなる。
「……やはり、彼には話が通じない。一方通行のままだ」
都合のいい解釈しか思考フィルターを通さないラスト・ドーパントに未来の痛みをわからせようというのは、どだい無理な話なのだ。
これ以上役に立たない話を振って不快な思いをするのはご免だと、フィリップは早々に話す意思を放棄した。
が、熱い半熟男である翔太郎は違うようで、彼の抱える憤怒は左の拳を握りしめる仕草とともに少年にも伝わってくる。
「野郎!」
「左、もういい。時間の無駄だ」
Wの黒き肩を押さえて短く言ったのはアクセルだ。
彼の低い声は普段と変わらない調子ではあったものの、僅かに掠れさせたそれの裏には、熾火のように内面で燻る怒りを感じさせる。
アクセルである照井はもともと警察官であり、翔太郎に劣らず正義感の強い男だ。自らの欲望に従って他者を傷つけることを歯牙にもかけないタイプの犯罪者が、何よりも許せないのだろう。
二人の仮面ライダーが未来の壁となるべく前に進み出て、トリガーマグナムとエンジンブレードを構える。
どうあっても叩きのめしてやると態度で示してくる男たちへ、ラスト・ドーパントが大仰そうに溜息をついて見せた。
「やれやれ。どうあっても、所長と二人きりにはさせないつもりみたいだな。これは俺と所長だけの問題で、お前らは完全に部外者だってのに……他人の恋路を邪魔する奴は、ろくな死に方しないぜ?」
後ろの巨大なタンクに背を預けて片手を軽く振るラストは、完全に仮面ライダーたちを小馬鹿にしていた。
「その薄汚い口を今すぐ閉じろ。これ以上仲間を侮辱すれば、俺たちが許さん!」
敵の不真面目な態度も気に障るのか、アクセルが声を荒げてエンジンブレードの切っ先を突きつける。
だが、ラストは鼻で笑ってデッキの上から赤き鎧の仮面ライダーを見下ろした。
「ふん。許さないも何も、お前らの許しを得るつもりねえし、その必要だってねえんだよ。さっきも言ったが、お前らにはもともと関係ないことだ。そんなこともわからないほど、頭が悪いのか?」
「頭が悪いのはてめえの方だろ?俺たちは無関係じゃない。未来は俺の依頼人で、共に戦ってきた仲間だ。余計な口を挟まれる筋合いはねえよ」
翔太郎も負けじと毒舌を叩き返すが、Wが仲間という単語を口にしたところでラストは再び醜い口許を歪めて笑った。
「仲間がそれほど大事か。じゃあ、こいつも大事だよな?」
「なに?」
予想していなかった紫色のドーパントの応答に、アクセルが思わず返す。
Wと未来も驚いて構えの姿勢を僅かに崩したが、彼らは次に視界に入ってきたものを認識するなり、動きを完全に硬直させる羽目になった。
ラストが姿を現したタンクの陰から、鎧を纏った一体の泥人形が進み出てくる。
その異形が引きずるように連れ出してきたのは、安全な作戦用トレーラーに待機している筈の亜樹子だったのだ。
「な……」
恐らくこの一帯で最も堅固な守りで固められている要塞にいるのだから安心だと思い込んでいたアクセルが、羽交い絞めにされている亜樹子を目にするなり絶句する。
「……ごめん、みんな……」
埃だらけの服に乱れた髪という姿で自由を奪われている亜樹子は、涙を浮かべて呟いていた。敵への恐怖もさることながら、自分が捕らわれたことで仲間の危機を招いてしまったという責任を感じているのだろう。
「亜樹子!」
「あきちゃん!」
泥人形の腕に首を締め上げられ、普段の元気な姿からは想像できないほど憔悴した亜樹子に、Wと未来はようやく我に返って仲間の名を呼んでいた。