時は少し遡る。
空間投射型ディスプレイの大きな画面で、パワードスーツ姿の未来が三体の泥人形たちを相手に立ち回りを演じ続けていた時であった。
身体の要所に土の鎧をつけた泥人形の個体は一同が初めて見た種類であり、表にいたものとは全く違った。どんなにその身を切り裂かれ、刃で急所を貫かれても倒れないなど、驚くべき耐久力である。先の見えない敵との戦いを強いられている未来には、相当な精神的負担もかかっている筈であった。
時折悪態をつく未来の声が通信に混ざるのを聞いていた亜樹子が、気遣わしげな表情でディスプレイに映る戦闘風景を見上げる。
「大丈夫かな、未来さん。あの泥のドーパント、全然倒れる気配がないみたい」
「ドーパントなる怪人は、つくづく人智を超えているんですね。あれだけバヨネットの攻撃をまともに受けてなお立ち上がってくるとは、ちょっと考えられません」
亜樹子が通信用のレシーバーを外して首にかけると、リューもマイクを指で押さえながら頷いた。
リューが運転してきた作戦用のトレーラーには、指令用デスクの前に立つ彼と亜樹子の他に、意識がないフィリップが待機している。電子機器に囲まれた司令部は、ガイアメモリ工場が建つ丘の麓に広がる森の陰へ目立たないように停車された状態になっていた。
その狭いコンテナの中、今回の戦いで指揮役を担っているハーフの青年は、落ち着いた態度を崩していない。再びディスプレイへと戻して分析を続ける視線も、冷静そのものだ。彼の腰にはホルスターに収められたコルト・ガバメントが下がっており、使い込まれたグリップが過去に渡り歩いてきた戦場の数を物語っているようである。
しかし彼はそんなことを全く相手に意識させない笑顔を浮かべると、のんびりとした口調で言った。
「とは言え、未来も現代科学の粋を一身に集めているんです。大丈夫ですよ、彼女も十分に人智を超えた存在ですから」
「ほんと?」
亜樹子の顔が明るくなるが、青年が次に口にしたことは彼女を脱力させかけた。
「しかしいくら無限の体力を誇るサイボーグでも、この状況は辛いかも知れません」
「えっ?未来さん、あれぐらい余裕なんじゃないの?」
「対処方法がわからない敵ですからね。未来は冷静に見えるかも知れませんが、多分内心かなり動揺しているとは思いますよ」
隠していても仕方がないことは早々に告げるべきという信条なのか、リューは特に悪びれる様子もない。状況が悪いなら対処も早くするべきだと言わんばかりに、彼は外していたレシーバーを装着した。
「未来、とりあえずは敵の足元を攻めて近づけないようにしてください。仮面ライダーたちが加勢するまで、時間を稼ぐんです」
ハーフの美青年が、空中に映し出された映像でバヨネットを振るう蒼いパワードスーツ姿に呼びかける。
ところが、これまでなら即時返事をよこしてきていた未来は何の反応も示さない。縦に横にバヨネットを振るい、地面を蹴って敵を翻弄する続けるロボットの如きシルエットは完全に戦闘に集中しており、他に全く注意を向けていないようだった。
さりとて、未来が仲間からの言葉を無視しているようにも思えない。
不審に思ったリューはレシーバーのヘッドホン部を指先で軽く叩き、もう一度未来へと呼びかけた。
「未来?聞こえてますか?」
しかし、やはり応答はない。
画面の中の未来は、蹴りを泥人形に弾かれたために崩れた体勢を立て直し、再度バヨネットを振り翳して挑みかかっていく。いつの間にか司令部で聞こえる音がキャタピラロボットの拾う雑音だけになっていたことに、二人は初めて気がついた。
さすがにおかしいと勘づいた亜樹子も、リューが通信用機材を確認し始めた隣でマイクを口許に寄せる。
「未来さん?竜くん、翔太郎くん!聞こえる?」
彼女は戦闘を引き受けている皆に向かって返事を求めたが、返ってきたのは無機質な沈黙のみだ。
目の前のディスプレイには仲間の姿がはっきりと映し出されているだけに、余計に苛立ちを煽られる。亜樹子は甲高い声で、かんしゃく玉を爆発させた。
「ああもう!こっちも何も聞こえへん。肝心なとこやっちゅうに!」
「駄目ですね。故障かも知れません」
さっさとこれ以上の音声通信を諦めたリューが、レシーバーを外して溜め息をつく。ざっと見たところでは、手元の機器に不具合は見つからなかったのだろう。彼は外したレシーバーをデスクの上に置くと、いそいそとマグライトを手にして外に出る準備に取りかかったようだった。
「えええ!なして、こんな時に……よっしゃ、うちの気合いで直したるわ!」
「ちょっと、待ってください!そのせいで故障が致命的になったら、そちらが六桁は堅い修理代を全額負担する羽目になりますよ!」
と、「気合一閃」の文字が燦然と輝く緑色のスリッパを握りしめている手を振り上げた亜樹子の前に、慌てたリューが両手を広げて立ち塞がる。修理代が最低でも六桁という具体的な数字が効いたのか、「女子中学生」所長は一瞬手を挙げたまま固まり、直後に反射的に身体ごと通信機材から飛び退いていた。
「こ、これってそんなに高かったんや……」
生粋の大阪人である亜樹子がもう無茶をしないと確信したリューが、ほっと胸を撫で下ろしながら頷く。
「腐っても軍事用の機材ですからね。私はルーフのアンテナを見てきますから、フィリップさんとここで待機していてください。あ、間違っても手を触れないようお願いしますね」
リューはてきぱきと指示を出しながら拳銃を確かめ、ホルスターとは逆の位置に工具を入れたウエストバッグを下げると、車外へと続くトレーラー後部のドアへと小走りに行ってしまった。
「もう!ギークさん、フィリップくんと扱いが全然違うやん!」
取り残される形となった亜樹子は、奥の椅子にぐったりと沈んでいるフィリップを横目で見て憮然とする。フィリップが意識を失っていなければともに対処に当たらせてくれていたであろうことがわかるだけに、余計に釈然としない。
彼女がぶつぶつ不平を漏らしているのをよそにコンテナ外へと出たリューは、まだ冷たさが残る夜気に目を細めてから軍用強力マグライトのスイッチを入れた。
夜明けに差し掛かっている空は明るさを感じさせ、辺りは風と小鳥たちの声以外に不審な物音はしない。コンテナから伸びた階段を下りながら念のために辺りをマグライトで照らしてみても、砂利の地面とすぐ近くに迫っている雑木林に怪しい気配はなかった。
リューは軍人時代から殆ど癖のようになっている警戒が取り越し苦労であったことに、一旦息をついていた。今回の相手はプロではなく、こちらの位置を割り出す技術も持っていないのだから、通信の不具合はたまたまアンテナの調子が悪いだけなのだろう。
彼はトレーラーの前方に走り、マグライトを肩の位置に固定しながら器用にコンテナの梯子を登っていく。細身の外見の通り身軽な青年はあっという間に梯子を登り切ってコンテナの屋根に下り立つと、前方へ注意深くマグライトを突き出した。
マグライトの白く丸い明かりの中には、通信用の大型アンテナが浮かび上がっていた。
が、アンテナはリューの見慣れた形ではなく全体が歪に曲がり、へし折られたように壊されている。無惨な鉄屑と化したアンテナが、人為的な力を加えて破壊されたことは明らかであった。
「これは……!」
ほんの一呼吸の間だけ呆気に取られたリューが、反射的にひしゃげたアンテナへと踏み出そうとして思い止まる。そしてその次に彼の口から飛び出したのは、自らの行動を後悔し呪う一言であった。
「しまった!」
弾かれたようにコンテナのルーフを蹴ったリューが取って返す足で走り、側面の梯子を掴む。その段に足をかける時間も惜しんだ彼は、数メートルの高さから砂利の上へと飛び下りた。膝を巧く使って着地の衝撃を逃がし、ハーフの美青年はコンテナ後部のドアへと全速力で駆け戻る。
彼がもどかしい思いで腰のコルト・ガバメントを手にしたとき、こじ開けられたコンテナ後部のドアから金切り声が漏れてきた。
「ちょっと、何すんのよ!フィリップくんから離れなさいよ!」
同時に、何か重いものを叩きつける鈍い衝撃音が同じ場所から響いてくる。
間違いなく亜樹子が上げた叫びに、リューは自らの予想が的中したことを悟った。
敵はアマチュアであり、通信用の電波を辿る術を持っている筈がないと、彼は思い込んでいた。いくら得体の知れない能力を持つ怪人が相手とは言っても、所詮は素人だとたかをくくっていたのだ。
それが、完全に裏目に出る形となっていた。
「まさか、我々の存在を嗅ぎつけるとは……!」
コンテナの中で通信用アンテナを破壊したドーパントが暴れているのは間違いない。
リューは愛銃たる四五口径の安全装置を外し、迷わずひしゃげたドアの中へと飛び込んだ。
「亜樹子さん、大丈夫ですか!」
仲間の安否を問う叫びとともに銃口を突き出したリューの視界に、異様な光景が飛び込んでくる。
司令官デスクはあらぬ方へ押しやられ、その奥の椅子で沈んでいるフィリップに覆い被さるようにして、土の鎧をつけた泥人形が襲いかかっていた。亜樹子は肩幅が倍はあろうかというその巨体に、緑色のスリッパで殴りかかっている。もう何十発と見舞った後なのであろう、彼女は息を切らせて絶叫した。
「ギークさん、フィリップくんが!」
少女の面影を色濃く残す女性の悲鳴が、コンテナの空気を震わせる。力では敵わないと知りながらも、仲間の危機を救おうと奮闘する亜樹子は泣きそうになっているようだった。
「隠れてください!」
駆けつけてきた頼もしい味方が構えたコルト・ガバメントを目にし、亜樹子が慌ててデスクの後ろに飛び込んでしゃがみ込む。
同時に、ハーフの青年はトリガーを連続で引き絞った。大口径に相応しい大きさの破裂音が連なって室内の空気を打ち、銃身をしっかりと握った手が跳ね上がる。その度に泥人形は背中から泥の飛沫を壁に飛び散らせ、狭い室内に硝煙の臭いが充満していった。
が、何発も鉛弾を浴びせられている泥人形はうるさそうに振り返っただけで、ぐったりとしているフィリップの上半身を抱えた手を離そうとはしない。
「その子を離せ!」
リューが叫んで更に数発の鉛弾を撃ち込んだが、フィリップの身体を椅子から引きずり下ろした泥人形は一向に倒れる気配を見せなかった。それどころか、いくら銃弾を喰らっても全く意に介していないように見える。
この鎧を纏ったタイプの敵が、致命傷を負ってもしぶとく襲いかかってくるのは先に画面で見たばかりだ。しかし、それでも当面は攻撃し続けて怯ませるしか手段はない。この怪人に命令を下しているラスト・ドーパントは、未来以外の人間の命を顧みないのだから尚更である。
と、リューがジーンズのポケットに手を突っ込んで予備のマガジンを取り出しながら考えをまとめた時であった。フィリップを捕らえている泥人形の腕に小動物ほどの黒い影が衝突し、新たに泥を撒き散らした。
デスクの陰から飛び出してきたらしい影は壁で跳ね返ると、今一度同じ箇所へとぶつかっていく。それが影の大きさに見合わぬ威力があったのか、泥人形の緩んだ腕からフィリップの身体が外れて床へと沈んだ。
その小さな影は、まるで倒れているフィリップに泥人形を近づけまいとするように、床や壁で跳躍することを繰り返しては泥人形を攻撃する。
「何だ、これは?」
その光景に呆気に取られていたリューが呟くと、倒れているフィリップの肩にその影が飛び乗って咆哮した。
影の正体は、金属を組み合わせて小型の恐竜を模したガジェットであった。それは目の前に立つ泥の巨人を威嚇する姿勢を取り、何度も吠え声を上げている。手のひらに乗るくらいの見た目である一方で泥人形をたじろがせるところを見ると、大きさに見合わない攻撃力を誇っているのだろう。
「ファング!良かったぁ……」
主たるフィリップを救うためファングメモリが現れたことに、亜樹子が安堵の溜め息をついた。
ファングメモリは他のガイアメモリと違い、自らが稼働して目的のために動くことができる。今までに何度もドーパントの攻撃を防ぎ切っているため、劣化版ドーパントの泥人形はこれ以上手出しができないことがはっきりしたのだ。
「って、きゃあ!」
ところが、亜樹子が安心したのも束の間だった。
フィリップを諦めたらしい泥人形が振り返り、今度は自分の方へと素早く腕を伸ばしてきたのだ。彼女はデスクの陰にしゃがんでいたため避けることがかなわず、思わず振り上げた手をがっちりと掴まれてしまう。
「ちょっ、離してよ!」
そのまま身体ごと引き寄せられて泥人形の脇に抱えられた亜樹子が、必死にもがきながら悲鳴を上げる。
「亜樹子さん!」
丁度泥人形の背に隠れる格好になっていたリューが、叫び声で事態を把握して銃を構え直す。
敵がゆっくりと振り返ると、亜樹子が土の胴体と腕の間に挟まれているのが確認できたため、彼は仮面をつけた泥の頭を狙って発砲した。
ドン、と腹に響く射撃音とほぼ同時に泥が撒き散らされる。が、泥人形の頭に銃弾で穿たれた大穴はたちどころに再生し、リューは驚愕に表情を凍らせた。
その一瞬の隙に、亜樹子を抱えた泥人形がコンテナの出口に向かって走り出した。
「離して!離してってば!」
連れ去られそうになりながらも暴れ続ける亜樹子の声が、恐怖を感じさせる調子に変化する。
逃走に移った敵の行動に、僅かに遅れてリューが床を蹴った。両手で握りしめたままの銃を下げ、トレーラーの外へ到達した泥人形の追撃を開始する。
「止まれ!」
リューは怒鳴り声を上げ、自らも外へと飛び出した。
だが、彼が辛うじて目にできたのは、既に数十メートルは先の闇に紛れようとしている敵の背中であった。まだ泣き声混じりの悲鳴を上げている亜樹子の姿は、見えなくなりかかっている。
彼はコルト・ガバメントを構えて逃げ続けている敵に狙いを定めたが、数秒の後には腕を下ろしていた。これだけの距離が開いて視界も悪い中だと、スナイパーライフルを携えているならともかく、ハンドガンでは命中率が著しく低下してしまうのだ。それ以前に、間違って亜樹子を撃ってしまう可能性も捨て切れない。
「くそっ!」
やり場のない怒りを込めた声で、リューが吐き捨てる。
油断していたことは完全に自分の落ち度である上に、武器が全く役に立たなかった戦闘で感じた無力さが、余計に彼の自責の念を煽っていた。
しかし、そのために沈んでしまうのはプロではない。ハーフの元アメリカ軍人は腰のホルスターに愛銃を収め、トレーラーに向かって全力疾走した。
今自分がするべきは、破壊されたアンテナを予備のものと交換して通信を回復させ、敵地に乗り込んでいる仲間たちに一刻も早く状況を伝えることである。拐われた亜樹子が人質として利用されるのは、誰の目から見ても明らかなのだ。
だから、悔いる言葉を口にするのは次で最後にする。
そう決めてコンテナへと戻ったリューは、アンテナ交換用の工具をキャビネットから取り出すためにしゃがんだ自分の膝を、思いきり拳で殴りつけてから呟いた。
「私がついていながら……何てことだ!」
理性を決して失っておらず、自らを律しようとする強い意思と、その裏に燃やした憤りが何より強いことを感じさせる低い声であった。