仮面ライダーW 追われるS   作:日吉舞

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罪を背負う者 -27-

 敵に捕らわれた亜樹子を前に呆然と立ち尽くしている一同の耳へ、不意に若い男の声が届いた。

 

『……皆さん、聞こえますか?』

 

 まだ雑音混じりではあったが、イヤホンからはっきりとした仲間の言葉が聞こえてくる。長時間途絶えたままだった司令部との通信が回復したことは安心するべきであったが、今は目の前のことの重大さに誰もそんな気にはなれなかった。

 

「リュー、無事だったんだね」

『ええ、何とか……しかし私は、取り返しのつかないことをしてしまったんです』

 

 リューからの第一声に答えたのは未来である。

 通信機の向こう側にいる指令役の仲間は、彼女の感情を抑えた声で何が起きているのかを悟ったらしかった。彼の怒りと悔しさが滲み出ている話し方に、翔太郎も低く応答する。

 

「もうそっちの状況はわかってる。亜樹子は今、俺たちの目の前だ」

『……亜樹子さんを、守り切ることができなかった……本当に、申し訳ありません』

 

 呻くようなリューの通信は、これまで未来が耳にしたことがないほどの苦しみを感じさせる。

 彼が所属していた米軍海兵隊は、一度仲間と認めた者は絶対に見捨てないという信条があると聞いたことがある。故に、仲間を必要のない危険に晒してしまった自分を許せないのだろう。

 仮面ライダーたちがぼそぼそと呟いている様子を見て、ラストが通信の回復を察したらしい。まるで話していることまで把握しているように、歪んだ口から嘲り文句を漏らした。

 

「このガキに、守るような価値があるのかねえ?」

 

 自分が立てた作戦の効果が覿面であったことに満足しているのか、ラストは敵意そのものと化した仮面ライダーたちの視線も意に介しない。

 ラストは未来がAWPという組織の人間であり軍とも密接な関わりを持っていることから、必ず誰かの助力を乞い、外部からのフォローを受けることを見越していた。そこから彼女らが侵入してくる経路を割り出して見張りを置き、司令部との距離が十分に離れたことを確認してから泥人形に非戦闘員を襲わせる計画に出たのである。それが想像した以上にうまくいくとは、ラストにとって喜ばしい誤算であった。

 

 全く手出しができずに睨みつけてくるしか術のない一同と恐怖に震える亜樹子とを見比べ、紫色のドーパントは喉の奥で笑い声を立てるばかりである。

 既に人格異常をきたしているラストが目を向けてくる度に、亜樹子は身を竦ませていた。ラストが歪んだ情念を持っているのは勿論であったが、常人の斜め上を行く思考回路が何よりも恐ろしい。何を考えているかが読めない狂人ほど、不気味な存在はないのだ。

 

「卑怯者め。今すぐ、亜樹子を離せ!」

「間未来と引き換えだ」

 

 憤りも露に翔太郎が怒鳴ると、ラストは直球の要求を叩きつけてきた。

 予想はしていたことであったが、やはりその場にいる皆が息を詰まらせたように言葉を失う。

 

「駄目よ、未来さん!こんな奴の言うことなんか聞かないで!」

 

 誰よりも早く反射的に沈黙を破ったのは、首を泥人形の腕で押さえられている亜樹子であった。彼女も他人のことを構っていられる立場ではないのにまだ未来を気遣うのは、亜樹子が情に厚い女性である証であろう。

 

「あきちゃん……」

 

 だが、その思いやりが逆に未来を苦しめ、彼女の胸に重く鈍い痛みをもたらしてくる。

 未来にもまた、あっさりと仲間を見捨てられるほどの冷酷さがない。国のために身体と精神を盾にする筈の兵士が全体の利益を考慮した決断を下せないなど、未熟にもほどがあると謗られても仕方がないだろう。

 

 それでも未来は、ヘルメット下に隠した素顔を苦しみで歪めるしかなかった。

 科学の力で肉体を改造された最強のサイボーグであっても、心は人間のままなのだ。

 二人のいかにも互いを思いやる仲間同士という姿が、見苦しい茶番劇としか捕らえられなかったのであろう。ラストが語調を荒げてきた。

 

「黙れ!」

「きゃっ!」

 

 途端に、泥人形に捕まっている亜樹子が悲鳴を上げた。土の太い腕に力が込められ、彼女の喉元に食い込んだのだ。頸動脈が圧迫され、腕を振りほどこうと暴れる亜樹子の顔が次第に紅潮していく。たちまち酸欠寸前まで追いやられた彼女は、目の前が暗くなるのを感じながらやっとの思いで掠れた声を絞り出した。

 

「く……くる、し……」

「やめろ!その子を傷つけるな!」

 

 意識が薄れそうになる中で、未来の怒号が、遠くから聞こえたような気がする。

 かと思うと、亜樹子の首を締め上げていた力がふっと緩んだ。同時に脳への血流が戻り、今度は喉の内側から不快感に襲われる。彼女は激しく咳き込むと、小さな身体をよじらせて呻いた。

 最愛の女性が涙を滲ませて苦しむ姿に、アクセルの肩がぐらりと揺れる。彼は沸き上がる怒りを隠さずに、しかし静かな口調で言った。

 

「今すぐ所長を解放しろ。さもなければ……」

 

 低い声にただならぬ圧力を孕ませて、エンジンブレードを構えた紅き鎧の仮面ライダーがラストへとにじり寄る。止めに入るろうとしたWや未来を一瞬たじろがせるほどにその怒りが凄まじいことは、誰もが感じざるをえないくらいだ。

 

「俺が、意味もなくこいつを拐ったとでも思ってるのか?お前たちが妙な真似をすれば……そうだな、まずはこいつの腕の一本でもへし折ってやろう」

「何?」

 

 業火の如き憤怒を向けられているはずのラストの口から発せられたのは、これまでと何ら変わらぬ印象の文句である。ただし、その内容は耳を疑うような卑劣さにまみれていた。

 思わず、前に出かけていたアクセルの足が止まる。

 その間を見逃さず、ラストは笑い声混じりで一気にたたみかけてきた。

 

「お前たちがそれでこちらを攻撃しようとしたら、次は反対の腕を折る。その次は足を潰して、次は膝でも割ってやろうか?」

 

 続いた拷問の説明とも取れる話に、まだ額に汗を浮かべてぜいぜいと息を切らせていた亜樹子の顔が一気に青ざめる。それは、彼女の仲間である男女三名も同じであった。

 

「き、貴様……!」

 

 アクセルは怒りのあまり声を震わせ、Wと未来は驚愕で言葉を失う。ガイアメモリに精神を汚染されたとは言え、あの気弱そうな青年がここまで残虐になれるとは信じられなかったのだ。

 

『やはり、こういう手段に出てきたか……』

 

 逆に人質を可能な限り利用すると読んでいたらしいリューが、重い呟きを漏らす。

 

「自分たちの立場がようやくわかったようだな。ちょっとでも俺を攻撃すれば、その分だけこのガキが苦しむことになる」

 

 ラストが横に立つ泥人形に目配せすると、忠実な部下の巨躯が亜樹子の首から腕を離し、代わりに彼女の両腕を背中で捻り上げた。ショートパンツ姿の亜樹子は、泥人形の前面に力なくうなだれて立たされる格好となる。

 

「簡単に死んでもらっては、交渉用カードの意味がなくなるからな。殺してくれと喚くほどの痛みは味わわせても、命までは奪わない。そこは安心しろ」

 

 言いながらラストが歪な腕で亜樹子のポニーテールを掴み、俯いている顔を無理やり上向かせる。

 恐怖と苦痛で口許を引きらせた幼い顔からは、最早憎まれ口を叩き返す気力が奪われているようだった。

 

「もう一度だけ言ってやろう。こいつを五体満足のままでいさせたいなら、女をとっとと寄越せ」

 

 ラストが繰り返す要求を、当然ながら仮面ライダーたちがそのまま飲むわけにはいかない。

 しかし、そのことを舌戦で即時に反撃材料にできる者は誰もいなかった。

 

「この野郎……」

「どこまでも下衆な奴め!」

 

 薄く開いた唇からかすかな喘ぎを漏らす亜樹子の哀れな姿を目にし、Wの中の翔太郎とアクセルが歯噛みする。

 

『落ち着いて、冷静さを欠いてはいけません。感情に流されれば、最悪の状況になりかねませんよ』

 

 二人がこのような状況の対処に慣れていないと見たリューが、冷や水を浴びせるほど落ち着き払った声で通信を入れてくる。

 彼も自らが油断したために味方を危機に晒してしまったという自責の念に押し潰されそうになっていたが、だからと言って自分が取り乱すのが許されないこともまた、知っていた。

 

 味方がどんな苦境に陥っても、一歩引いて分析する頭脳と醒めた感情を失わず、行くべき道を示す。それが司令官に課せられた役目なのだ。

 が、そのリューの心境をよく知っている筈の未来も、一言吐き捨てずにはいられない。

 

「堀内、てめえ……堕ちるところまで堕ちやがって!」

「だからどうした?これも、素直に俺の言う通りにしなかったあんたが悪いんだろ。大事な仲間が今苦しんでいるのは、全部自分のせいってわけだ。自業自得だな」

「く……!」

 

 怒りで尖った神経を余計に逆撫でしてくるラストの嘲りに、言わなければ良かったという後悔が彼女を襲ってくる。ヘルメットの下で唇を噛みしめる未来に、嫌味なほど揺らぎがないリューの注意が飛ぶ。

 

『未来、挑発に乗らないでください。会話を引き延ばすんです。その間に、私が何とか手段を考えます』

 

 司令官の諫言は続けられるが、ここにいる若者たちが、大切な仲間が苦しむ姿を前にして黙っていられるはずもない。

 Wの中の翔太郎も、怒りがとっくに理性を凌いでいた。

 ラストのように弱者を利用するなど、男として最も恥ずべき振る舞いだ。まして、それを懐刀として振り翳すなど言語道断だと言って間違いない。

 しかもその相手がラスト、つまり堀内が想いを寄せる女なのだ。

 そうしなければ手に入らない女との間に愛などないと、何故気づかないのか。ドーパントの毒に染まった堀内の情念は最早愛情ではなく、強力な執着だ。

 

 そんなものに依頼人であり、大切な仲間でもある未来を奪われるわけにはいかない。

 鳴海荘吉の忘れ形見であり、照井の妻となる亜樹子を、巻き込ませるわけにはいかない。

 憤りに震える拳を必死で押さえた半熟探偵の怒号が迸った。

 

「てめえ、それでも男か!これ以上、未来を苦しませるんじゃねえ!」

「お前には関係ない。それに、俺へ偉そうに命令できるとでも思ってるのか?」

 

 だが、広間を震わせる翔太郎の叫びも、ラストが纏う狂気に虚しく跳ね返されるだけだった。

 要求を頑として受け入れず、こちらの行いを大声でなじるしか能がない者など、紫色の歪なドーパントにとって不愉快な存在でしかない。

 銀色のタンクの前に立つ異形が、再び傍らに佇む忠実な人形へと横目で視線を送る。

 

「きゃあっ!」

 

 すると背中に腕を捻り上げられている亜樹子が悲鳴を上げ、苦痛に表情を歪ませて身体をよじった。彼女を捕らえている泥人形が、細い手首を無理な方向へじわじわと曲げているのだ。

 

「い、た……痛い、痛いってば……やめて、よぉ……」

 

 肘や肩の関節が軋み、引き伸ばされる激痛で、亜樹子は涙声になっていた。未だラストに髪を掴まれているために顔を背けることは叶わず、痛ましい表情で呻く様が目の前の仲間たちに見せつけられることとなる。

 愛しき女が苦しむ姿に耐えかねて、アクセルが絶叫した。

 

「もうやめろ!亜樹子を傷つけるな!」

「なら、従え。これ以上言わせるな」

 

 ラストが敵に向かって言い放つと同時に、亜樹子への暴力が緩められる。乱暴にポニーテールが手放されると、苦鳴を飲み込んだ女の小さな顔がぐったりと力を失った。

 

「畜生、どうすれば……!」

 

 全く手を出すことができないWの中で、翔太郎が歯がゆさに歯を食いしばる。

 囚われの亜樹子を救うためには、未来をラストに渡さねばならない。

 しかしその選択は未来を裏切り、彼女を絶望の淵と叩き落とすことになる。

 どちらかを助けるには、どちらかを犠牲にするしかないのだ。

 

 だが、その両方とも許されるわけがない。

 翔太郎は勿論のこと、照井やフィリップ、リューも「亜樹子と未来の二人を助ける」という道を取る以外の道は頭になかった。どんな無茶を強いられようとも、二人を同時に救う方法があるのなら、男たちは迷うことなくそれを選ぶであろう。

 守らねばならない存在を守れないなど、亡き師匠である鳴海荘吉に合わせる顔がないではないか!

 とにかく今はリューの言った通り、会話を引き伸ばして策を練るしかない。元米軍特殊部隊の彼であれば同じようなケースに何度も遭遇している筈で、対処にも慣れているだろう。

 今にもラストに飛びかかりかねない自身を抑え込んだ翔太郎が、どうにかそう考えられるに至った時である。

 

「……わかった。言う通りにする」

 

 後ろで静かに言ったのは、未来であった。

 蒼いチタンに覆われた手が僅かに軋み、サブマシンガンのグリップを握る力を緩める音が、妙に翔太郎の耳についた。

 

「何だって?」

「未来……お前、まさか!」

 

 Wの中の唖然としたフィリップが思わず呟き、はっとした翔太郎が反射的に身体ごと振り返った。

 未来は責任感が非常に強い人物である一方で、安易な自己犠牲を良しとしない考えの持ち主の筈だ。その彼女が自らの身を差し出そうとするなど、翔太郎はすぐに信じる気になれなかった。

 

「間……」

『駄目です!一度要求を飲んでしまえば、次にまた何をされるかわかりません!』

 

 Wと同じように振り返ったアクセルが掠れた声で女戦士の名を呼び、慌てたらしいリューが強くその提案を否定する。

 仲間からの視線を一身に受けたパワードスーツ姿の未来は、視線を床に落として噛みしめるように言った。

 

「いいの。これはもともと、私と堀内だけの問題だったんだから……誰かを頼ろうとしたことが間違ってたんだよ。あんたたちは、自分の仲間を大事にして」

「馬鹿野郎!お前だって、俺たちの大切な仲間だ!見捨てられるわけがあるか!」

 

 翔太郎が叫んで未来の両肩を掴むと、彼女はびくりと身を竦ませた。

 半熟探偵は未来に対して驚きと怒り、そして悲しみさえ覚えていた。

 自分たちが仲間同士であると感じてくれ、ここまで共に戦ってきたのではなかったのか?

 だからこそ助け合い、相手を思いやり、己のことも決して粗末にしないと考えたのではなかったのか?

 いくら亜樹子を守るためであっても、そのために自らの身を敵に差し出すなど間違っている。それは未来自身もわかっているはずだ。いや、わかっているのだと信じたかった。

 

 なのに彼女は、誰かを頼ろうとしたことが間違っていたと言う。

 その言葉には、結局未来が他人を信じることも、受け入れることもできなかったという事実が表れている。

 やっとのことで、本当の仲間となれたと思っていたのに。

 翔太郎の中で、これまでに彼女と交わした会話や積み上げてきた想いが、音を立てて一気に崩れた気がした。ここへ来て、裏切られた気すらしていたのだ。

 

『未来、正気なんですか?貴女の能力なら、この状況を覆す手段がまだあるとわかるでしょう!』

 

 その未来の言葉にとても納得できないらしいリューも、怒りを感じさせる通信をぶつけてくる。

 しかし、サイボーグの女戦士は静かに首を横に振るばかりであった。

 

「あきちゃんをこれ以上の危険に晒すわけにはいかないよ。手段がまだあっても、万一の保証はないんだから」

「茶番はそこまでにして、お前は早くこっちへ来い。陳腐な青春ドラマほど、虫酸が走るものはない」

 

 仮面ライダーたちの様子を見咎めたラストに割り込まれ、そこで一同の話は中断せざるを得なくなる。皆が口をつぐむと、ガイアエネルギーのタンクが断続的に上げる低い唸りに広い空間が支配された。

 

「くそっ……!」

 

 一言、アクセルが押し殺した声で吐き捨てる。

 ここにいる男たちで一番辛い思いを抱えているのは、恐らく彼であろう。敵の盾にされているのが最愛の女性であり、もし彼女を失うことになれば、その心に傷どれほど深い傷が残されるかなど、他人には想像もできない。

 

 しかし、彼は仲間を犠牲にできる男ではないのだ。

 だから言うべき言葉を何も持てず、動くこともできない。

 その苦悩がわかる亜樹子もまた、意味ある言葉を何も言うことができなかった。

 

「未来、さん……」

 

 まだ続いている関節の痛みの中で女戦士の名を呟くと、小さな声を聞きつけた蒼い鎧姿が頷いたようだった。

 未来が選択を変える意思がないことをようやく実感したらしいフィリップも、信じられないと言いたげな色を声に滲ませる。

 

「未来、君は……」

「あきちゃんには、大切な人がいるんだから。わかってよ……」

 

 応えながら彼女が注意を向けた先には、アクセルがエンジンブレードを握りしめたまま立っている。解くに解けない構えを僅かに崩し、紅い鎧の仮面ライダーは仲間の方を振り向いた。

 

「しかし……!」

「それにあんたたちは、この風都を守る仮面ライダーなんでしょ。しっかりしてよ!」

 

 まだ言い足りないとばかりに肩を掴む手に力を込めてきたフィリップへ、未来が叱咤の口調で言い放つ。まるで皆が彼女と知り合ったばかりの頃、何者をも拒まんとしていた姿がそのまま戻ってきたかのようだった。

 

「それ以上しゃべるな!所長は武器を捨てて、ヘルメットを取れ。残りの連中は、変身の解除だ」

 

 まともな神経を持つ人間ならば当然持つ葛藤にも辟易としているのか、ラストの命令が更に苛立ちを濃くした態度と共に放たれた。

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