高圧的に命じられ、Wの中で翔太郎が食ってかかろうとする。
「くそっ、俺たちを丸腰にするつもりかよ!」
「嫌だと言うなら、俺もガキを好きにするだけだ。口の利き方には気をつけるんだな」
が、ラストが泥人形に押さえつけられた亜樹子を睨んだだけで、Wに成すべき反撃の手段は封じられてしまった。
反射的にラストの方を振り返り、踏み出しかけていた足を止めたWの横から未来が進み出る。ゆっくりとホールの中心に向かって歩き出した蒼き鎧の女戦士は、まずバックパックから一二・七ミリアサルトライフルを外して床に置き、次に両の腰からサブマシンガンを抜き放って、同じように床に置いた。
涙で頬を濡らしている亜樹子が、無言で武装を解除していく未来のしぐさを追う。
「私のせいで……未来さん、ごめんなさい……」
自らの無力さが鋭い痛みとなり、呟いた彼女の胸を刺していた。
その胸の内を慮ってのことなのだろう。未来は亜樹子に対して口を開くことなくコンクリートの床に全ての武器を置くと、男たちの方を振り向いた。
「みんな、お願い」
未来の表情はヘルメットに隠されて窺い知ることはならないが、言い方は悲しげであっても懇願でなく、半ば命令という印象であった。
僅かな躊躇いを見せてから、先にWが腰のドライバーを閉じる。
光となったガイアエネルギーがWを中心にして巻き起こり、その中から黒いソフト帽を被った青年の立ち姿が現れた。そして一瞬遅れたタイミングでアクセルも変身を解除し、紅いレザーファッションに包まれた細身の身体を晒す。
目の前の異形が見慣れた二人の男となったのを見届けてから、ようやく未来はヘルメットを外しにかかっていた。まず顎の下のセンサーに触れてバイザーとフェイスガードを解き、両手でゆっくりとヘルメットを支え、頭をずらしながら抜いていく。
思っていたよりも時間がかかることに再び苛立ちを覚えたラストが、未来の背後から乱暴に命じてきた。
「何してる?早くヘルメットも取れ!」
「内側でピアスが引っ掛かって取れないんだよ。慌てんなっての」
外しかけたヘルメットの内側で声をくぐもらせてから、未来がやっと頭部を外気に晒した。髪を纏めるぴっちりとした黒いアンダースーツのフードをはねのけると、ポニーテールに纏めた長い髪がばさりと宙を舞い、チタン合金の肩に落ちる。
「ちっ。おい、お前らは通信機も捨てろ」
頭を振って前髪を避けている未来の様子を見ながら、更にラストが要求を突きつけてくる。ガイアメモリ工場の外に参謀役がいることを掴んでいるラストは、全ての逃げ道を奪った上で目的を達成させるつもりなのだ。
変身した状態ならばまだやりようはあったかもしれないが、翔太郎と照井は今や片耳に装着したヘッドセットが丸見えになってしまっている。誤魔化す手も咄嗟に思いつかず、二人の男は荒々しくヘッドセットをむしり取って投げ捨てた。
「くそっ!」
『翔太郎--』
元の肉体に戻ったフィリップの叫び声が、翔太郎の耳に残される。相棒である少年の声は、まだ諦め切れない悔しさを滲ませていた。
二つのヘッドセットがコンクリートの床に転がる乾いた音が、だだっ広い空間で重なった。
ガイアエネルギーが静かに唸るホールで、未来がラストへ視線だけを向けて静かに問う。
「後はどうすればいいの?」
「首の武装を外せ。コネクタが見えるようにして、こっちへ来い」
ラストがまだ何か欲していることを読んだ女上司へ満足気に言い渡すと、翔太郎が眉を吊り上げた。これ以上敵の勝手な要求を飲む必要はないのに、何故そこまでするのかと言いたげであった。
「未来、お前……」
「わかった、ちょっと待って」
無表情に返した未来が、首回りをがっちり覆っている蒼い装甲に指先を伸ばした。装甲自体は幾つもの部品を組み合わせたものらしく、ゆっくりと一つ一つのパーツについたセンサーに触れて解除させていく。
しかし未来は、しゅっと小さな摩擦音を立てて外れていくそれを目で確認してはいなかった。
順を追って首の武装を解除しながらも翔太郎を大きな瞳でじっと見つめ、口ははっきりこう言っていた。
--大丈夫、私を信じて。
彼女は声こそ出していなかったが、確かにそう発言している。至近距離で向かい合っている翔太郎だけが、唇の動きを読むことができたのだ。
人質を取られ、武器を捨て、武装を解き、味方との連絡も絶たれているというのに、まだ何か策を残していると言うのか。
顔色を変えた半熟探偵が言いたいことは山ほどあったが、今は未来が言う通りに信じるしかない。
翔太郎が敢えて口をつぐんで目の前に立つ女戦士の目を見つめ返すと、頷きが返ってきたような気がした。大きな黒い瞳には諦観も嘆きの色もなく、ただ冷静に対処しようとする静かな意思だけが湛えられていたのだ。
仲間の男が問いかけ直す暇を与えずに、未来はラストの方へと振り返って足を踏み出していた。
装甲に包まれた足が床を打つ音を響かせながら歩み、喉元までを完全に覆っていたアンダースーツを鎖骨の辺りまで引き下げていく。完全に細い首筋が露出し、白い肌に不気味に浮かび上がった生体コネクタを敵の目に晒したところで、彼女は足を止めた。
「さあ、あきちゃんを早く離してあげて」
「駄目だ。念には念を入れさせてもらう」
まだ十歩分以上の距離があると見たラストが、鋭く片手で宙を払って見せる。
途端に左右に開けていたホールの壁際、計器やパイプの影から何かが飛んだ。空を切り裂く高い音を伴って飛来したそれは未来ばかりか、今や一般の人間となった翔太郎や照井にまでかかってくる。
「!」
「うおっ!」
未来が鋭く息を飲み、男たちが思わず声を上げる。
三人の戦士たちを襲ったのは、ラストが操る蔦であった。このホールに敵が踏み込んでくる前に、予め身体から切り離して潜ませておいたのだろう。手首の上から上半身に蔦を巻きつけられ、がっちりと縛り上げられた三人は、最早身動きもままならぬ身となっていた。
「お前たちも、ちょっとの隙にまた変身されると面倒だ。そこで大人しくしてるんだな」
蔦が飛んできた勢いに負けてよろめく三人に勝ち誇って嘲笑を浴びせた後、ラストがガイアエネルギー貯蔵タンクのキャットウォークから降りてきた。
一歩一歩迫ってくる紫色のドーパントを、未来が気丈にも睨みつける。
「二人とも、下手に動かないで。この蔦、無理やり動くと強く絞まるようになってるから……」
そして険しい表情を保ったままで発したのは、自分とは違い装甲を纏っていない仲間を気遣う言葉であった。彼女の低い声は未だ泥人形に押さえられている亜樹子にも届いており、追い詰められた状況にあってもまだ他人の身を案ずる未来の優しさが、ずしりと心にのしかかってくる。
ラスト・ドーパントは、このままなら間違いなく未来を自分と同じ存在に、スロウス・ドーパントに変貌させるだろう。なのに亜樹子は、未来が首筋の生体コネクタにメモリを突き立てられるのを、黙って見ているしかないのだ。
自分さえ捕まらなければ、こんな危機に陥ることにはならなかった筈だった。
だからと言って亜樹子自身が犠牲になることを望んでも、未来がそれを許すわけがない。
押し寄せてくる後悔と自責の波に飲まれそうになった亜樹子は、今にも叫び出して暴れたくなる心と身体を必死に押さえつけるだけで精一杯だった。
顔を俯かせたまま肩を震わせている人質の女には最早目もくれないラストは、今や未来の眼前まで迫り切っていた。
腕の上から蔦に絡め取られている女は、鋭い眼光を叩きつけるくらいしか抗う術を持っていなかったが、それでも眉を吊り上げている顔には気力と怒りの感情がまだ見て取れる。
やはり未来はラスト--堀内が見込んだ通りの女だった。
少し脅したくらいで心が折れる弱い女では、全く面白味がない。最後まで諦めない強さを持つ女を力で屈服させてこそ、支配したときの快感に陶然と酔えるのだ。それこそが蕩けるほどに甘く、強烈な刺激をもたらしてくれる極上の美酒であると言えよう。
そして今は未来を自分と同じ姿、つまりドーパントにすることがその美酒に匹敵するのだ。
目の前に立つ女戦士にメモリを突き立てたいという欲望を必死で抑え、ラストが喜びに震える声で言った。
「所長……よ、ようやく俺のものに……ドーパントに、なってくれるんですね。最初から、素直にそうすれば良かったのに……あんたがい、意地を張ったばっかりに、こんな面倒な、ことになったんですよ」
ラストはあまりの興奮にどもりつつ、未来の全身を眺め回しながらゆっくりと彼女の周囲に足を巡らせていた。
嘗ての部下だったドーパントが口走ってきたことに、未来が眉をひそめる。今や愛する女をドーパントにすると開口一番に話す堀内の精神が、既に正常な人間のものではないと見切りをつけたのだ。
パワードスーツの上から蔦に縛られた未来を舐めるような視線にも、卑猥さと狂気を感じさせる。女戦士は、嫌悪感から思わず口許を歪めて皮肉っぽい口調になっていた。
「この後はもっと面倒でしょ。ドーパントになった私を、あの二人に倒させなきゃならないんだから」
言い種はあくまで強気な未来に、背後からラストがぐっと顔を寄せてくる。ドーパントの吐息を頬に感じた彼女は、反射的に身体ごと愛らしい顔を背けた。が、ラストは構わずにその半身を片手で引き寄せ、細い首筋にもう片方の手を這わせる。
白い喉元に刻みつけられた、不気味な黒き刻印。
未来を背中から抱きすくめたラストが、ガイアメモリを挿し込むための生体コネクタを指先でなぞると、美しい肌にぞわりと鳥肌が立った。彼女はおぞましさで漏らしかけた悲鳴を飲み込んで、くぐもった呻き声を上げる。
「でも、所長は戦うのが好きでしょう?それに仲間だなんて言っておきながら、結局はあんたのために何もしないあいつらを叩きのめせるんだ。楽しいじゃありませんか」
表情を浮かべないドーパントが愛の囁きの如く、耳元で呟いてくる。
ラストが背後から密着してきているため、勿論未来にそれが見えたわけではない。しかし喜悦を滲ませた声は、愛欲を満たすための異常な執着がそのまま音になったかと思うほどに不気味だった。
「……あんた……最悪だよ。堀内」
もうこれ以上言うべきことはないと言いたげに吐き捨て、未来は顔を俯かせる。
それを最後の抵抗と受け取ったラストがガイアメモリを取り出し、高く掲げて見せた。
『SLOUTH(スロウス)』
金属とコンクリート、パイプに囲まれている無機質なホールで、ガイアエネルギーのうねりに混ざったガイアウィスパーが響き渡る。
「これで、この女は俺のものだ。そこでじっくり見ているがいい!」
高らかに告げるラストの興奮した声は、事実上の勝利宣言と言っても良かった。未来を後ろから片腕に抱いたラストと翔太郎、照井らは十歩ほどの距離を空けて向かい合っており、その様子は嫌でも目に入ってくる。
「七つの大罪」メモリの一つ、「怠惰」を暗示するスロウスメモリのスイッチが押された今、ラストが手を振り下ろしてコネクタに突き立てれば、それだけで全てが終わるのだ。未来はスロウス・ドーパントにその姿を変えるか、サイボーグの彼女の体内にある人工パーツが急激な肉体の変化に耐えられなければ、身体ごと砕け散って死に至るかだ。
だが、このまま終わるわけがない。
あの未来がみすみす自分を敵に差し出し、最悪の結果をもたらす選択をするなど、あるわけがない。
亜樹子が瞳に涙を溜め、照井が凍りついたように表情を動かせなくなっている中で、翔太郎はラストと未来の一挙一動を見逃すまいとして視線を逸らさずにいた。
彼女が何か行動を起こしたら、呼応して自分も動けるように。
万一それが叶わなくとも、彼女のために最良の選択をしてやれるように。
--あいつは信じろと確かに言った。だから、信じてやるしかねえ。俺にできるのは、それだけだ!
その彼の思いを受け取ったのか、俯いていた未来が顔を上げ、祈るように天井を仰ぐ。
翔太郎が見たのは、全てを受け入れようとする諦めも、まさに振りかからんとしている災難を嘆く悲しみもなく、極限にあっても自らが成すべきことだけを思い描く戦士の顔だけだった。
未来が自分を保ち続けているのなら、必ず何かがあることは間違いない!
半熟探偵が、そう確信したときである。
何の前触れもなく、目の前が白く塗り潰された。
超新星爆発が目の前で起きたかのような閃光で視界の色が失われた一瞬後に、耳元で巨大な風船が破裂したような爆発音が鳴り響く。
「な--」
その合間に、ラストが驚きで漏らした声が紛れ込んだ気がした。