仮面ライダーW 追われるS   作:日吉舞

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罪を背負う者 -29-

 泥人形に捕らえられている亜樹子は、ラストが未来に「スロウス」のメモリを突き刺そうとする光景から目を逸らさなかった。何故かはわからないが、一度上げた顔を再び俯かせることができなかったのだ。

 自分と親しくしていた強く優しい女戦士が人として保っている最後の姿を、目に焼きつけねばならない。無意識にそう思ったからなのかも知れない。

 

 が、瞬きもせずにいた亜樹子を襲ったのは、メモリを挿された未来が悲痛な絶叫を上げてドーパントとなる瞬間ではなかった。

 ホールの空間そのものが凝縮されて弾けたような、白い爆発。

 視神経が焼かれ、鼓膜が破れるかと思うほどの閃光と爆音に突如として襲われ、亜樹子は悲鳴を上げる暇さえなかった。

 何も見えず、何も聞こえない。

 しかしそう思ったのは僅かな間で、ふと気づくと自由になった手でまだ爆音の反響が残る耳を塞いでいた。

 

「あきちゃん!」

 

 その片手を力強く引き、呼びかけてくる優しい声。

 感覚的な記憶でその持ち主が誰であるかを掴んだ亜樹子は、迷うことなく身を委ねた。

 

「な、何だこれは!一体何が……」

 

 遠くから聞こえるラストの狼狽し切った声に、金属的なものが繰り返し衝突する甲高い音が混ざっている。

 そして、頭上からは連続した破裂音と硝煙の臭い。

 それが止んでから一秒と置かずに視力が戻らない亜樹子が感じたのは、片腕にしっかりと抱かれる格好となっている自分が大きな跳躍とともにどこかへ後退したということであった。

 

「……未来!」

 

 更に数秒ほど置き、今度はすぐ隣から驚いている若い男の声が上がっていた。聞き間違いようのない、翔太郎の声である。

 いつの間にか固く閉じられていた目を、亜樹子が恐る恐る開く。

 するとまだちかちかとした光が残っている視界に、バットショットやビートルフォン、スタッグフォンから体当たりを浴びせられているラスト・ドーパントの姿が飛び込んできた。何が起こったのかが瞬時では理解できず、目を見開いた亜樹子が思わず周囲をきょろきょろと見回す。

 

 自分が今いるのはヘルメットを外した未来の片腕の中で、彼女がもう片方の手で構えているサブマシンガンの銃口からはまだ薄い煙が上がっているのがわかった。サブマシンガンが照準を合わせている先では頭を粉砕された泥人形が仰向けに倒れており、その巨躯はぴくりとも動かない。

 どんな手段を使ったのかははっきりしないが、ラストから逃れた未来が取り返したサブマシンガンで泥人形を倒し、亜樹子を救い出したことは間違いなかった。

 

「馬鹿な……何故だ!何故、こんな真似が!」

 

 やっと視覚と聴覚を取り戻してガジェットたちを追い払ったラストが最初に呆然とし、次に怒りを露にして叫んだ。

 先の目潰しはいずこからか投げ込まれた閃光手榴弾によるものだったようだが、この場にいる誰もがそんなものを使うのは不可能だった筈だ。もし未来がパワードスーツのどこかに隠し持っていたのだとしても、彼女は自分が腕に抱いていた上に、蔦で縛り上げていたのだから、やはりできるわけがない。

 外部から何者かが手を貸した可能性もあったが、このような事態が起こりうることを想定して仮面ライダーたちの通信手段を奪っておいたのだ。故に、それもあり得るわけがない。

 ならば何故、と答えを求めたラストの視線が未来たちの方へ向いた。

 

「生憎だね。切り札は、こっちだって持ってたんだよ」

 

 黒いアンダースーツを喉元まで引き上げ、センサーに触れながら首の装甲を一つ一つ戻していく未来は、油断なくサブマシンガンを構え続けていた。亜樹子から離れ、更に彼女は自分の頭をつついて先を続ける。

 

「私にはね、通信機器がなくても外部と会話ができる特殊な機能があるの。流石に、そこまでは気づけなかったみたいだね。本当のところは、全く困ってなんかなかったってわけ」

 

 未来が見やったのは、どこからともなく投げ込まれた閃光手榴弾の煤だらけになった残骸が、コンクリートの床に転がる様だった。彼女は拾い上げたサブマシンガンに残っていた弾丸を、全て泥人形に撃ち込んでいたのだろう。しかし余裕の窺える顔で弾倉が空になった銃を樹脂製ホルスターに収め、入れ替わりで逆の腰に下げていたもう一丁を構え直した。

 

「畜生……騙したな!」

「騙すって?汚い手を使う奴は、それ以上にスマートで賢い手段を使ってぶっ潰すんだよ。それの何が悪い?」

 

 この場にいた手下を倒され、人質も奪い返された上に銃を突きつけられて動けないラストに向かい、未来はいけしゃあしゃあと言い放った。その間にも素早く腰の鞘から抜いた大型サバイバルナイフで隣の翔太郎を縛る蔦を切断し、彼に刃を託すことを忘れない。

 

「未来さん……!」

「開き直って、姑息なことを堂々と言う奴だな」

 

 亜樹子が作戦にまんまと巻き込まれていたことを実感して呟くと、翔太郎の持つナイフで蔦を切られてようやく自由の身となった照井が、ぼそりと皮肉を口にした。

 

「女は現実的なんだよ。審判のいない戦いなんて、最終的に勝った方が正義になるんだからね」

 

 蔦に圧迫されていた腕をさすりながらもにやりと笑った照井に、未来もまた得意気な笑顔で毒舌を叩き返す。その表情は、先に自らが犠牲にならんとしていた殊勝な女とは思えないほどの図太さが表れているようだった。

 全く悪びれもしない未来にすっかり騙されていた翔太郎が、ナイフを返すついでに今更ながら食ってかかる。

 

「お前、あんなこと言っておきながら……どうやって脱出したってんだよ。それに、俺たちまでまんまと騙しやがって!」

「ごめんごめん。けどさ、敵を欺くにはまず味方からって言うでしょ?」

 

 翔太郎の声も顔も、全く怒りを感じさせない明るさの方が勝っていた。

 未来の機転で状況を一気に逆転できたのだから、これほど爽快なことはない。

 それでもまだ突っ込まねば気が済まないと意気込む翔太郎が、放り投げたヘッドセットを亜樹子に渡されて装着し直した時である。

 

『彼女だけがみんなの裏をかいたわけじゃないよ、翔太郎』

 

 イヤホンの奥から聞こえてきたのは、笑いを堪えるいたずらっ子の顔を思い起こさせる印象があるフィリップの声であった。

 

「フィリップ、まさかお前まで?」

『そのまさかだ。未来の脳には、言語野を直接通して外部と会話ができる特殊な装置が埋め込まれている。それで僕とギークが彼女とこっそり通信を取りながら、ファングに閃光手榴弾を持たせて潜り込ませることを伝えた。それで手榴弾を使うタイミングを合わせると共に、他のガジェットたちにも攻撃の手助けをさせたというわけだ』

 

 驚く翔太郎にフィリップが手短に解説したことが、全てのからくりである。

 未来の脳に取りつけられているごく小さな機器を介して行う、特殊通信。

 彼女が言葉として認識したものを通信先に音声として再現し、脳に送り込まれた電気信号を音として再現することも可能とした、本人と司令部の間にしか成立しない通信である。未来が経験した戦闘での弱点を補う形で採用されていたこの連絡手段は、まさに切り札であった。

 

 ラストからの要求がエスカレートする中、そのスイッチとなっているピアスの存在を敢えて口に出すことでリューにその意図を伝えた。そしてここにいる者と言葉を交わしながら、同時に司令部とも密かな会話を続けていたのだ。

 そしてファングが尻尾に巻きつけた閃光手榴弾を転がして敵の目を眩ませた隙に蔦から脱出し、他のガジェットたちが一斉に攻撃を仕掛けた際に武器を拾い上げ、亜樹子を救出したのである。

 唯一未来だけが閃光手榴弾の影響を受けなかったのは、彼女が爆発の瞬間に聴力と視力をゼロに近い状態まで調整できたからに他ならない。加えて、これは常軌を逸したスピードとパワーを持つサイボーグの未来であるからこそ、可能な方法でもあったと言えよう。

 

『うまくいって良かったですよ。ようやく、ほっとしました』

 

 続いて聞こえてきたリューの声は、未来と他の仲間全員に対してのものであった。司令官役をつとめる彼は、通常用に特殊用と二種類のレシーバーを手に通信を行っているのだろう。

 長く時を共にしてきた戦友でもあるリューが発した安堵の言葉に、未来はサブマシンガンを構え続けながらも頷いて微笑んだ。

 

「私の方こそ、ちゃんと気がついてくれてありがとう。さすが、元米軍特殊部隊の中尉殿だよ」

『貴女も、千両役者の演技で感心しましたよ。引退後にハリウッド女優にでもなったらどうです?』

 

 リューのハリウッド女優という言い回しが、いかにも元米国人らしい。戦闘のさ中にあってもジョークを忘れない二人のやりとりに呆れた翔太郎が、思わず口を挟みかける。

 

「お前ら……」

「まあ、そういうこと。これでやっと、尋常な勝負に持ち込めるってわけだよね」

 

 未来が亜樹子を庇う形で前に立ち塞がると、翔太郎と照井もそれに倣って前に立った。ただし男たちが心持ち前に出て、未来を両隣から守る格好となる位置にである。

 

「所長……そんなに俺のことが嫌なんですか……?」

 

 風都を守る二人の男に脇を固められた未来を焦点の外れかけた目で見つめ、ラストが呟いた。

 自分はただ一人の味方もこの場におらず、恋い焦がれる女からも完全に拒絶されて、たった一人でいることがじわりと心に染みてくるようだった。先まで興奮状態にあった頭が急激に冷え、紫色をした厚い皮膚に覆われた身体の温度が下がったのがわかるのだ。

 

「好きとか嫌いとか、そういう問題じゃない。あんたがどれだけ人として間違ってるかを……許されないことをやったかってことを、理解して欲しいだけだよ。それが、あんたを部下に持った私の責任なんだから」

 

 そこへ投げかけられた未来の言葉は、人の心を失った部下を突き放すものでは決してなかった。

 だが、確固たる口調には揺るぎのない意思が込められ、サイボーグ戦士が秘めてきた想いの強さを窺わせる。

 生命を賭して戦うに不似合いな愛らしい顔をした女の唇が、溢れ出んばかりの生命力を湛えた黒い瞳の輝きが、自分の存在を踏みにじろうとした者に対して向けられた。

 

「私は、あんたにこれ以上の罪を重ねさせやしない。そのために、私はあんたを傷つけるだけの罪を負うことを覚悟する。私は、私のために戦い抜くって決めたんだよ。たとえ……たとえ、どんなことがあっても!」

 

 誰かを傷つける罪を背負う。

 その覚悟がない者など、戦う資格はない。

 嘗て、未来が翔太郎に語った言葉でもある。

 片手に握るサブマシンガンの狙いを一瞬たりともラストから離さないでいる未来が、この戦いに赴くに当たって最も重んじたことなのであろう。

 

 ラスト・ドーパントの正体が部下の堀内だと判明してからは、どこか本気になれないでいることを感じさせる彼女であったが、その目にもう迷いの色は見えない。敵に全ての力をぶつけ、どんな結果になろうとも受け入れることを決心した横顔は、凛とした美しささえ感じさせる。

 そしてそれが、未来の心の傷を完全に克服できた証だとも思えた。

 

「未来……吹っ切れたみたいだな」

 

 素顔を晒した蒼い鎧姿の隣に立つ翔太郎が低い声で呟くと、未来は無言で頷いた。

 罪を裁こうとする者もまた、誰かを傷つける罪を負わねばならない。

 未来と出逢い、翔太郎もまたそのことを教えられた。鳴海荘吉は口にしたことがなかったが、師匠であり翔太郎が目標とする男でもある彼は、教えるまでもないこととして心の奥にいだいていたことなのであろう。

 罪とは生きとし生ける者に必ずつきまとうものであり、決して逃れられはしない。

 だからこそ、人は自らの行いを忘れてはならない。

 そしてそれを裁こうとするのならば、その分を受け入れられる大きな、深い器を持たねばならないのだ。

 

「全力で行くよ。みんな!」

「ああ」

 

 覚悟を決めた未来が力強い一言をホールに響かせると、両隣の翔太郎と照井が頷いてガイアメモリを掲げた。

 

「もう一度変身だ、フィリップ!」

『いつでもいいよ、翔太郎』

 

 翔太郎が無意識に腰のダブルドライバーに指をかけてフィリップに呼びかけると、司令部にいる天才少年もまた気力を感じさせる口調で応えてくる。

 

『CYCLONE(サイクロン)!』

 

 間を置かずにレシーバーから届けられたガイアウィスパーに続くように、ハーフボイルド探偵は漆黒のガイアメモリの起動スイッチを弾いた。

 

「JOKER(ジョーカー)!」

 

 合図する必要もなく、離れた場所に立つ相棒同士が全く同じタイミングで大きく腕を振りかぶる。

 

「変身!」

 

 ぴったりと息を合わせて叫んだ直後、翔太郎のダブルドライバーに緑色のサイクロンメモリが忽然と現れた。その反対側のスロットに黒きメモリを滑り込ませると、翔太郎は腕を交差させてドライバーを外側へと倒す。

 

「CYCLONE(サイクロン)!」

「JOKER(ジョーカー)!」

 

 今一度二種類のガイアウィスパーが上がり、輝きがガイアエネルギーがドライバーから溢れ出した。風という形を得た地球の力が翔太郎を中心に吹き荒れ、彼の身体に戦うための力を硬質な外殻とともに授けていく。その計り知れない力は、ドライバーを通して繋がっているフィリップの精神を翔太郎の下へと導き、一つの肉体に二人の男の心をも宿らせるのだ。

 太古より蓄えられてきたエネルギーの嵐が去った後には風都の街を、人を守る戦士である仮面ライダーWが、銀色のマフラーをなびかせて下り立った。

 

「ACCEL(アクセル)!」

 時を同じくして、照井もまた深紅の輝きを放つガイアメモリを起動させていた。

 小さなメモリから流れるガイアウィスパーの調に高揚する心身を感じながら、力を込めた一言を発する。

 

「変……身!」

 

 細身の身体の正面に位置するアクセルドライバーに素早くメモリを挿し入れると、力を引き出す対象としてドライバーを認識したメモリが再び吼えた。

 

「ACCEL(アクセル)!」

 すかさず照井はドライバーから伸びるハンドルを握り、スロットルを全開にする。

 刹那、アクセルドライバーから灼熱の炎を思わせる紅きガイアエネルギーが広がって、その中に立つ男の身体を包み込んだ。火焔の如きエネルギーの流れが渦を巻き、形を変え、身を護る鎧となって全身を覆っていく。

 全ての光が物質へと変貌を遂げて、加速と炎の記憶を暗示する戦士がーー仮面ライダーアクセルが姿を現した。

 

 そして二人の男たちが戦うための姿へと己が身を変える中で、未来もまた再び完全武装のサイボーグ戦士へと戻っていく。女の象徴たる長く豊かな髪をチタン製ヘルメットに押し込み、フェイスガードとバイザーで幼さが残る顔の全てを隠した彼女もまた、心優しき異形の一人であった。

 ラスト・ドーパントの前に、もう一度三人の戦士たちが現れた瞬間である。

 彼らの背後に庇われた亜樹子が息を飲んで見守る中、Wがラストへ黒い左手を突きつけて徐に言い放った。

 

「さあ--お前の罪を数えろ!」

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