「俺のは……罪なんかじゃない!」
翔太郎とフィリップの重なった声に、ラストが抗って叫ぶ。
自分はただ、愛する女性に想いを受け入れ、振り向いて欲しかっただけだ。そのために自分が努力ことが罪になる筈がない。恋人たちが皆等しく行っていることなのに、何故自分だけが罪とされるのか。全く納得できなかった。
故にラスト・ドーパント、つまり堀内は、自分を認めずひたすらに戦いを挑んでくる者たちが許せなかった。未来が望んでいるであろう強い男となった自分を否定する存在など、この世にいていい理由がないのだ。
それは自分の好意を欠片ほども受け取ろうとしない女、未来も同じだ。
彼女が自分を愛してくれないのなら、その命が存在する意味もまたない。
自分の手で、全員を地獄へ叩き落とさねば気が済まない。
ここにいる奴が、全て死ねばいい!
堀内の頭の中で凄まじい怒りと深い絶望が入り混じり、言葉にできない念が意味を成さぬ声となって迸る。
「うおおおおおお!」
赤黒く淀んだ渦に負の感情に飲まれたラストが、自らの胸に片手を突き立てながら狂ったように絶叫した。自らの体内から掴み出した大量のガイアメモリの欠片をコンクリートの床へと撒き散らし、仮面ライダーたちの正面へ猛然と走り出す。
コンクリートの床から泥の塊がみるみるうちに膨らみ、人の形を取ってゆらりと立ち上がった。ラストが産み出した泥人形は、ざっと二十体は下らないであろうか。
『全て普通の泥人形ですね。敵にも余程、考えている余裕がなくなってきたと見える』
しかし全ての個体を司令部のモニターで確認したリューが指摘した通り、ゆっくりと迫ってくる泥のしもべたちは単純な命令にしか従えないタイプのものであった。
それならばと両腰のサブマシンガンを軽く宙に投げ上げ、一回転させてからグリップを掴んだ未来が皆の前に立ち塞がる。
「あいつらは私が引き受ける。あんたたちは、堀内……ラストを頼むよ!」
アキンボスタイルの未来が振り返らずに銃口を前方へ向けると、Wの中でフィリップが頷いた。
「わかった。しかし、片付いたらサポートを頼むよ」
天才少年の声に頷き返し、未来が両手に構えたサブマシンガンの引き金を絞る。
解放されたフルオートの発砲音が巨大な閉鎖空間を連続で叩き、空薬莢が降り注ぐ金属音がその後を追った。ものの数秒と経たないうちに迫り来ていた泥人形たちの数体が虚ろな生命を削り取られ、自身の身が生まれた地面へと倒れ伏していく。
「行くぞ!」
「振り切るぜ!」
サブマシンガンが弾丸を吐き出し、土の巨体が床に衝突する重い衝突音が上がる中で、拳を握りしめたWとエンジンブレードを振り翳したアクセルが気勢を上げて走り出した。
女戦士の撃ち込む鉛弾が殺到してくる泥人形たちを蹴散らし、ばたばたと倒れさせていく合間をぬって、二人の仮面ライダーがラスト・ドーパントの前へと躍り出る。
先陣を切ったのは、アクセルが閃かせたエンジンブレードの一撃だ。
気合いと共に振り下ろされた肉厚の片手剣がラストの肩口を叩き切ろうとすると、それを遮らんとして翳された紫色の腕から火花が散る。軽いダメージとともに呻き声を漏らしたラストは、刃を弾くと同時に逆の拳でカウンターの一撃を叩き返そうと踏み込んできた。
そこへ、Wの体重を乗せた蹴りが割り込んだ。
黒き左脚が連続で回し蹴りを繰り出して、二度、三度と敵の身体を打ちすえていく。
その間にもアクセルがエンジンブレードを引いて一度構え直し、Wの攻撃を受け流す反対側から死角を狙った斬撃を喰らわせようとする。
それに気づいたラストは咄嗟に両腕を鋭く振り上げ、そこから伸ばした蔦でWとアクセルの双方を身体ごと弾いた。二人の攻撃が一瞬だけ止んだ隙に大きく後退し、攻撃範囲外へと逃れていく。
しかし直後に飛び出した彼の言葉は、激しい怒りとぞっとするような呪いに満ちていた。
「貴様ら……何故、何故俺の邪魔をする……許さんぞ!あの女も、貴様らも、全員まとめて地獄へ送ってやる!」
怨嗟の言葉を吐きながらラストが身体を震わせると、淡い光が身体の内側から漏れる。すると、先にアクセルがつけた刀傷に新しい肉が盛り上がり、瞬く間に再生した。ビースト・ドーパントのメモリを飲み込んで得た超再生の特殊能力だ。
「やれるものならやってみるがいい。ただし、そんなことは不可能だがな!」
与えたダメージをゼロに戻されるという光景を目の当たりにしても、アクセルの自信は変わらない。紅き鎧の戦士は、全く怯むことなく再び間合いを詰めて右手のエンジンブレードを振り下ろしていく。
対するラストは、床に落ちていた蔦の切れ端を拾い上げ、勢いをつけて振り上げた。
空中で一直線に伸ばされた蔦がそのままの形で硬化し、大人の背丈ほどの長さがあるそれを、ラストが両手で掴む。即席の金棒となった蔦がラスト・ドーパントの前に翳されると、アクセルが放ったエンジンブレードの一撃を見事に跳ね返した。
これは、プライド・ドーパントが持っていた物質の硬度を変化させる特殊能力だろう。
「ちっ。武器を作れる上にあんな早さで回復されちゃあ、きりがねえな」
「奴の回復力を上回る武器で攻撃するのが手っ取り早い。一番攻撃力の高いフォームに切り替えよう」
アクセルの後ろから隙を窺っていたWの中で翔太郎が呟くと、すかさずフィリップが打開策を口にする。考える間もなく同意した翔太郎が、素早くガイアメモリを取り出した。
「ああ、そうだな!」
頷きながら彼がスイッチを叩いて起動させたのは、赤と青のメモリである。
「HEAT(ヒート)!」
「TRIGER(トリガー)!」
連続で上がったガイアウィスパーの後を追うようにして、Wが素早くドライバーのメモリを入れ換える。
「HEAT(ヒート)!」
「TRIGER(トリガー)!」
再度ガイアウィスパーが響くとともに、Wの身体が中心から右半身が鮮やかなブルーに、左半身が深みのある赤に変化する。Wの全フォーム中で攻撃力が高いとされる、ヒート・トリガーフォームである。
Wが左胸にセットされたトリガーマグナムを掴み、アクセルの後ろからラストに向かって狙いを定めて叫んだ。
「よけろ、照井!」
直前のガイアウィスパーを耳にしていたアクセルは、Wが何で攻撃を仕掛けるか予想していたのだろう。紅き鎧の仮面ライダーが反射的にエンジンブレードを引き、床を強く蹴って横へと跳ぶ。
ラストの歪な全身がWの正面に晒された瞬間、Wがトリガーマグナムの引き金を続けざまに絞った。
青く輝く銃口から炎を纏った弾丸が何発も吐き出され、その全てがラストの上半身に命中する。
「ぎゃああっ!」
ラスト・ドーパントが堪え切れずに苦痛の絶叫を上げ、身体を仰け反らせた。
ヒートメモリの力を与えられたトリガーマグナムによってもたらされたダメージは、サイクロン・ジョーカーフォームで繰り出された物理攻撃と比べ物にならないほどの筈である。その証拠に、後退したラストの半身はきな臭い煙を上げ、焼け焦げた傷に手を当てて呻くばかりとなっていた。
「人の心を忘れたお前に、万に一つの勝ち目もねえ。愛する女を苦しめるのはもうやめろ!」
トリガーマグナムを構えたままで言い放つWを、傷を庇って前のめりになっているラストが睨みつける。火傷の痛みから浅い呼吸を漏らしていた紫色の肩が大きく揺れると、先と同じく淡い光が黒くなった傷口を覆った。
「うるさい!お前なんかに……俺の何がわかる!」
たちどころに傷を全快させたラストが吼え、トリガーマグナムの弾丸を喰らっても落とさなかった蔦の金棒を両手で振り上げる。
が、今まさに反撃の足を踏み出さんとしていたところで、気合いとは全く毛色の異なる声がラストの口から迸った。
「ぐあっ!」
横合いから雪崩の如く撃ち込まれてきた無数の九ミリパラベラム弾に脇腹を直撃され、意識せず漏らした苦鳴が吼え声の終わりに連なった。そこへサブマシンガンの長い発砲音が空気を叩く衝撃と、空薬莢が降り注ぐ金属音とが覆い被さる。
死角から銃弾の嵐を見舞ったのは、他でもない未来である。
気がつけば、ラストが最後に生み出した泥人形たちは全てが土塊に還っており、動いている個体は一体としてなかった。二人の仮面ライダーたちとラストが格闘戦を演じているうちに、彼女が全滅させたのだ。
「何、だと……」
短時間で全ての味方を失ったことに気づいたラストが、愕然として脇腹を庇ったまま動きを止める。
「やっ!」
そこへ、未来の操るバヨネットの刃先が気合い鋭く突き込まれた。
全く手加減のない一撃をラストはすんでのところでかわしたが、続く第二撃、第三撃までをも避けることはかなわない。薄暗いホールの中でぎらりと輝くバヨネットは、柄となるアサルトライフルを握りしめる未来の動きを光でトレースし、ラストへと襲いかかる。
死を振りまく無慈悲さを閃かせながら振り下ろし、薙ぎ払い、斬りつけ、突き込まれる刃は全て獲物を逃さず、首や胸の急所に命中するその度に火花を散らす。周囲がそれに照らされて一瞬明るくなる数の分だけ、ラスト・ドーパントの体力も削がれていった。
これまでラストが見ることのなかった未来の格闘術は、アメリカ軍特殊部隊仕込みの殺人術である。日本の銃剣道とは全く異なる、敵を殺すことにのみ特化した技の集大成だ。
その容赦がない攻撃を全身に受けたラストが、無事で済むわけがない。
彼女の攻撃から、全身を硬化させて身を守ることにやっとのことで思い至ったラストが低く喘ぐ。
「し、所長……」
信じられないと言いたげな色を滲ませたラストの視線が、弾かれたように跳びすさった未来の動きを追った。大きな跳躍で仮面ライダーたちの側に着地した未来は、隙のない構えをまだ取っている。
「これで三対一。あんたが圧倒的に不利だってことぐらい、わかるでしょ?」
きっぱりと言い放つ女上司の表情を見ることはできないが、少なくとも彼女が本気でかかってきていることは感じ取れる強い声。
それがラスト、即ち堀内には信じられなかった。自分が知る未来という人物は、よほどのことがなければ決して誰かを傷つけるような行動は取らなかったし、まして部下に暴力を振るうことなどありえなかった。
その彼女が自分を殺すことも辞さずに武器を持ち、脅迫さえしてきている。
自分がここまで憎まれることなど、断じてないはずなのに。
「ガイアメモリを今すぐ捨てろ。もうこれ以上の悪あがきはやめなよ……!」
続けて未来の絞り出した言葉は、呆然としながら自らの考えに浸っているらしいラストに届いたかどうかは、はっきりしなかった。
彼女の声に明らかな苦悩があると気づいたのは、仮面ライダーたちの方である。
自らの内にあった恐怖を克服し、相手を殺す覚悟を持ちながらも、本心ではこんな戦いなどやりたくはないのだ。
未来のやり方が甘いと言われれば、それまでであろう。が、その未熟故の純粋さを足蹴にできる者はこの場にいなかった。
緊張を伴った沈黙が、ホールを支配しかける。
呼吸音ですら耳につくほど張り詰めた空気の中、皆の視線が集中しているラストの肩が震え出し、それに気づいた未来が僅かにバヨネットの刃先を揺らがせた。
「黙れ……黙れ!」
ほどなく動きのない間を破ったのは、ラストの咆哮だった。
心の奥底から湧き上がってくる激情という激情をそのまま音にしたような、凄まじい絶叫がホールの空気をびりびりと震わせる。
「うおおおおおおお!」
天を仰ぎ、身体を弓なりに反らせたラストの叫び。
それを発し続けている紫色の全身が、緑色の淡い光を内側からこぼれさせている。最初は薄く全身を覆う程度でしかなかった淡い光の膜はたちどころに膨張し、あっという間にラストの歪な身体を飲み込んだ。
その様子は、まるでラストの肉体の中から緑色の炎が燃え盛り、幾つもの火柱を噴き上げているかのように見える。ラストが宿してきたありったけのガイアエネルギーが、その捌け口を求めて一度に暴れ狂っているのだ。
一体のドーパントが立つ位置を中心として、ホールの中に突風が吹き荒れる。
Wと未来は形を変えたガイアエネルギーに吹き飛ばされそうになるのを何とか堪えたが、前屈みになって両足で踏ん張らねばならなかった。
「くっ!」
呻いた二人は互いが携える飛び道具で攻撃を仕掛けようとしたが、腕が強風に煽られていては狙いを定めることもできない。
「何だ、これは!」
やはり吹き飛ばされる寸前になっていた亜樹子を庇う位置まで咄嗟に後退していたアクセルが、ラストが不意に発現させた現象に驚いて叫ぶ。
だが、彼が舞い上げられた埃に霞むラストの姿をもう一度確認しようとしたところで、その姿が忽然と消え失せた。
「なにっ!」
次の瞬間、空中から蹴り下ろされてきた一撃を両腕で受けたWの声が上がった。ラストが宙を高速で疾走し、人間の目には捕らえられないほどのスピードでWへと足から突っ込んできたのだ。
体重に重力が上乗せされた重い打撃が、Wの全身を襲う。
「うわあっ!」
攻撃自体は何とか防いだが、その威力を完全には削げなかったWが後方へと吹っ飛ばされ、背中を地面に叩きつけられる。
体勢を乱すことなくコンクリートの床へと着地を決めたラストが切り替えた標的は、Wの次に手近にいた未来であった。獣を思わせる雄叫びを上げ続けながら、鋼の棍と化した蔦を振りかぶって突進する。
バヨネットを構えて迎え撃つ未来が目にしたのは、先に自分が負わせていた手傷に新しい組織が盛り上がっていき、瞬く間に塞がっていく様子であった。驚愕を隠し切れずにいながらも、彼女は上半身を狙って繰り出されてきた突きを、身を翻してかわす。
目標を失った棍がすぐさま引っ込められ、次撃で脇腹を目掛けた鋭い払いが入れられた。未来は反射的に右腕を割り込ませて棍を弾き返したが、腕全体に走った衝撃はずしりと重く響いてくる。パワードスーツに守られていなければ、強化された骨でも耐えられなかったかもしれない。
ラストのスピードとパワーは、緑色の発光現象が発生する以前より明らかに増幅されていた。
でなければ、目の前に立っていたラストが飛び上がり、空中から仕掛けてきた攻撃にWが遅れを取る筈がないのだ。
そればかりではない。
サイボーグの未来でさえ、ラストが放つ棍のラッシュを避けるだけで精一杯になっていた。
「この……!」
信じられない事実を突きつけられた未来は一言悪態をついたが、それでも戦士の本能は状況を把握するのが早い。手数で劣勢に追い込まれそうになっている以上、単独での格闘戦は不利だと判断し、彼女は棍の一撃に合わせてバヨネットを身体の正面に翳した。
金属同士の鈍い衝突音が広いホールの空気を打ち、互いの武器が弾かれる。
その勢いを利用して、未来は一気に後退した。
「バカな……飛んだ上に、傷口までまた再生しやがった!」
「それにあのスピードと物質の硬度変化は、ラスト固有のものじゃない。奴め、他のドーパントの能力を幾つも同時に使っているな」
まだ緑色の光を纏っているラストと未来の間に十歩分以上の距離が取られると、起き上がったWと亜樹子の安全を確認したアクセルが未来の側へと駆け寄ってきた。
フィリップが以前に分析したところでは、ラストが他のドーパントの能力を同時に複数発現させられるかどうかは、ベースとなっている人間の能力に依るということであった。堀内の場合は潜在能力が高くなかったため、一つの能力しか扱えないと睨んでいたのである。
しかし自身が危機的状況に置かれたことが、実力以上の能力を発揮する引き金となったのであろう。今のラストは、少なくとも四種類の能力を同時に発現させていた。