その時、二人の腕を五月雨式の弾が襲った。まるで未来が持つアサルトライフルを彷彿とさせる容赦のない銃撃が、唐突に始まったかのようだ。
「くっ!」
考えてもみなかった不意打ちに、二人の仮面ライダーがすかさず防御体勢を取る。
その間も硬質な礫が雪崩をうって彼らに撃ち込まれ、たちまち辺りは弾が跳ね返る甲高い音と火花の不気味な明かりに満たされた。
「……貴様ぁ!」
その中に、ラスト・ドーパントの激情も露な怒号が混ざる。
ラストは口の回りに生えた棘を、続けざまに飛ばしていた。その棘はラストの身体から離れた瞬間に大きさを増し、鋭い歯のような形状に変化してこちらへ飛来してくる。
フィリップは、その形に見覚えがあった。
「なにっ?」
「これは……アノマロカリス・ドーパントの!」
Wの内で翔太郎が驚愕の声を上げ、礫の正体を見極めたフィリップが叫ぶ。
ラストが仕掛けてきた攻撃は、間違いなく他のドーパントの能力だ。
が、彼のガイアメモリの欠片から泥人形を作るという力が消滅したこともまた、事実である。プリズムメモリの効力で一部の特殊能力しか無効化できないことなど、果たしてあり得るのだろうか。
「……貴様、この俺に向かって……よくもやってくれたな!」
未来と短期間で急速に親しくなった翔太郎が変身しているせいなのか、ラストがWに向けた呟きはぞっとするほどの怨みにまみれている。その姿がかき消えるようになくなったかと思うと、次の瞬間にはWのすぐ隣に現れていた。
何が起きているのか飲み込めないままのWに、ラストが一気に距離を詰めて襲いかかってきたのだ。歪な両手には先から使い続けている硬質化した蔦の棍を構えているが、これもプライド・ドーパントの能力の筈である。加えて、高速移動はラースの能力だ。
やはり、ラストの力を完全に無効化することは叶わなかったのか。
真相は判明しないが、今はとにかく身を守るしかない。
Wが反射的にプリズムビッカーを翳すと、低い雄叫びと同時に棍の一撃が打ち込まれた。
「ぶっ殺してやる!」
ずしりとした重い衝撃が、プリズムビッカーを貫通してWの左腕に走る。貧相な体格のラストが放ったとは思えない強烈な打撃を何とか堪えてプリズムビッカーを押し返し、Wは棍を弾き返した。
「ぐっ……畜生!」
相手の体勢が崩れたところへ更なる反撃のため、Wの中段回し蹴りが炸裂する。
だが、ラストの脇腹を打ちすえるのが確実だった筈の蹴りは、鈍い音とともに跳ね返された。
「痛ってぇ!」
「また、プライドの能力か!」
思わず蹴りを放った左足を庇ってWが飛び上がると、フィリップが瞬時に身体を硬質化させて防御力を上げたラストに再び驚きを示す。
「下がれ!」
「ここは私たちが!」
そこへ、口々に叫びながらアクセルと未来が割り込んできた。
両者が携える刃を別々のタイミングで振るい、瞬く間に煌めく白刃の壁を完成させる。ラストが隙のない連携攻撃に一旦後退すると、二人の男女は気勢を上げてそのまま踏み込んでいった。
「……ちょっ……うそっ!何で、他のドーパントの能力が!」
三人の戦士たちが演じる格闘を後方から見守っていた亜樹子が、動揺のあまり悲鳴に近い叫びを響かせていた。
「技が効いてねえだと?一体、どうなってやがんだ!」
「やはり、そういうことになるのか……」
左足のダメージ回復を待つWの中で翔太郎が悪態をつくと、フィリップが含みを持たせた呟きをこぼす。心当たりがあることを匂わせるフィリップの一言を聞き咎め、翔太郎は意識を相棒の少年へと向けた。
「おいフィリップ、どういうことなんだよ!」
「奴の特殊能力は、他のドーパントの能力を差分コピーすることと、ガイアメモリの欠片から手下を作り出すこと。つまり、奴がプリズムソードの攻撃で失ったのはその二つの能力だけだ。もう吸収されてしまった能力は特殊能力ではなく、本来持っている基礎能力となる。だから消滅しないということだ」
「マジかよ。そんなの、反則だろ!」
フィリップの淡々とした説明は、エクストリームフォーム最大の能力のひとつであるドーパントの特殊能力無効化が、ほぼ役に立たないということを端的に言っていた。
ラストはこれまでに飲み込んだガイアメモリの記憶を全て吸収して我が物、つまり通常の能力とするのだから、理屈としては合っていることになる。が、これは仮面ライダーたちにとって強力な武器が失われたのと同じことで、様々な能力を操る強力極まりないドーパントと正面からやりあわねばならないことを再認識させられたのだ。
無論、これまで以上の苦戦は免れない。
その事実が皆に重くのしかかり、今まさに刃を交えているアクセルと未来の心に焦りの影を落とした。ほんの僅かに、二人の振るう武器の動きが鈍くなる。
「お前らがあてにしていた技が、どうやら俺には効かないようだな?丁度いい。全員まとめて、地獄へ叩き込んでくれる!」
敵を取り巻く空気が変わったことを敏感に察知し、ラストが興奮気味な高さを増した声で笑い声を上げた。
同時にアクセルが放った突きをがっちりと脇に挟み込んで、斬りつけてきた未来のバヨネットの一撃を棍で払う。
「くっ--」
二人が怯むと、ラストは間髪入れずにアクセルに向き直り、腕の棘を一斉に爆発させた。
アノマロカリス・ドーパントの能力が応用された鋭利な礫の嵐を至近距離から喰らわされ、アクセルの紅き身体を大量の刃が一気に切り裂かんとする。
「うわああっ!」
「そら!」
苦痛の絶叫を上げたアクセルの武器を脇から離し、ラストは更に渾身の力を込めた回し蹴りを見舞った。
仮面ライダーの巨躯が容易く、子供に放り出された人形のように宙に舞い、遥か後方の地面に全身を叩きつけられる。一旦刃を引いていた未来が、したたかに背を打ちつけて立ち上がれずにいる仲間の名を叫んだ。
「照井警視!」
「おっと、お前は後でゆっくり料理してやるからな。せいぜい、大人しくしてろ!」
慌てて踵を返そうとした未来の前に立ち塞がったラストは、傷ついた仲間に気を取られていた彼女の胸許に深く棍で突き込んだ。一瞬でありながらも注意を逸らしていた女は防御する暇も与えられず、一点に力が集中した攻撃をまともに喰らう羽目となる。
「ぐっ!」
パワードスーツに護られている筈の肺と気管にずしんと重い衝撃が響き、未来が短く呻いて息を詰まらせた。チタン合金製のスーツが破壊されるかと思うほどの打撃に、さしものサイボーグ戦士も胸を苦しげに庇いながらよろめく。
「竜くん!」
その時、亜樹子が悲鳴を上げて駆け出していた。
「あ、おい亜樹子!」
「あきちゃん!」
翔太郎とフィリップの制止も振り切って、亜樹子は愛する婚約者のもとへ無我夢中で走る。
アクセルは、ようやく全身に食い込んでいた刃を全て取り除いて呼吸を整えたところだった。しかし今だその身からは薄い煙が立ち上り、動けるほどにはなっていない。
「くそっ……」
「しっかり、竜くん!」
仰向けになって肘で体重を支えていたアクセルの傍らに亜樹子がしゃがみ込み、背中に手を回して半身を助け起こしてくる。まだ痛みが残っていることを察した亜樹子が肩を貸そうとするのを、アクセルは片手で優しく押し止めた。
「あ、ああ……大丈夫だ」
その様子を目にした途端、ラストの心に暗く激しい憤りが渦巻いた。
愛する者同士が互いを労るという、自分には多分許されることがないであろう光景が、胸の中がじわりと熱い痛みをもたらしてくる。
自分をこの上なく不愉快な気分にさせた二人は、この場にいる誰よりも先に始末すべき相手だ。
そう判断したラストはラース・ドーパントの能力を使い、アクセルと亜樹子のすぐ側まで一瞬で跳んだ。
「!」
背後に突如現れた気配を察した亜樹子が顔を上げ、アクセルが緊張に身を固くする。
だが、ラストは既に攻撃準備を整えていた。
「いちいち目障りな連中だ、お前たちから先に始末してやる。所長の助けも、無駄になったようだな……」
ぶつぶつと呟くラストが見る者をぞっとさせる殺気を全身から発し、目の前の二人を睨みつけて全身を震わせる。その身を覆う紫色をした皮膚の至るところからは、歪な形の棘が無数に突き出していた。
つい先刻にアクセルが浴びせられた、礫の爆弾だ。
Wよりも厚い装甲のアクセルさえダメージを受けるのだから、生身の亜樹子が巻き込まれれば即死は免れないだろう。
自分と敵との距離は数メートルしか離れておらず、傍らの亜樹子を逃がすことも、エンジンブレードを取り斬りかかるのも間に合わない。
咄嗟に判断したアクセルが亜樹子を片腕に抱き、自らの背を盾としてラストとの間に割って入る。
同時に、事に気づいたWが床を蹴って疾走した。
「畜生!」
「待て!やめろ!」
翔太郎とフィリップの絶叫はしかし、遅いタイミングで発せられていた。
ラストの棘が爆ぜたのは、彼らの声がホールに轟いたのと同じ瞬間であった。
鬼気迫る黒い空気を纏ったラストに睨まれて身をすくませていた亜樹子を、アクセルが必死に守ろうとする。が、敵が発する圧倒的な殺気は紅き鎧の背をも突き抜け、亜樹子の心を一瞬のうちに恐怖で支配せんばかりになっていた。
「きゃっ!」
「伏せて!」
漏れかけた悲鳴の上に、低く鋭い声が重なった。
それから僅かに遅れて、身体が地面に横倒しにされる鈍い衝撃が伝わってくる。亜樹子を抱いたアクセルが、コンクリートの床へと身を投げ出したのだ。
更に、金属板に石が当たるような固く高い音が不規則に上から聞こえ、倒れ込んだ二人の周囲に何かがばらばらと降り注いでくる。
「い……痛ててて!」
その中に未来の呻き声が混ざるのが、亜樹子にははっきりと聞こえていた。仰向けに倒れていた亜樹子が驚いてアクセルの肩越しに視線を上げると、蒼い鎧の背中が目の前に立ちはだかっている姿が飛び込んでくる。叩きつけられてくる礫の嵐が巻き上げる砂埃の中でびくともしない後ろ姿は、両足を踏ん張って全ての破片をその身に受け、懸命に堪えていた。
ラストの一撃を喰らって苦悶していた筈の未来が一瞬で跳躍し、アクセルと亜樹子を刃の爆弾から守ったのだ。
「……未来、お前!」
攻撃が止んだ隙に側まで駆けつけてきたWの中で翔太郎が声を張り上げると、前傾して両腕を身体の前に翳す防御体勢をゆっくり解いた未来が頷いて見せる。
「私なら大丈夫。この装甲は、そんなにやわじゃないよ」
何ともないと言いたげな未来の言葉であったが、浅く早い呼吸にまだ苦しげな色が混ざる印象は拭えない。礫を受けた彼女のパワードスーツからは煙は上がっているものの、確かに目立った傷や凹みは見当たらなかった。が、まだ胸を強打されたダメージが残されている上に、着弾時の衝撃も着用者にも少なからずある筈なのだ。
『あまり無茶はしないでください。不死身というわけじゃないんですから』
そのことを誰よりも知っているリューが口を挟んでくるが、その言い方はたしなめると言うより純粋に未来のことを心配しているそれであった。
「所長……まだ、まだそんな奴等を庇うのか!」
仮面ライダーアクセルと彼の腰巾着を始末したつもりでいたラストから、どろりと濁ったどす黒い感情そのものと化した怨み節がこぼれる。
仲間の身を案じ、互いを守り合う姿勢。
ラスト・ドーパント、即ち堀内にもつい最近まで日常的に見られ、自分もその中に在った光景である。
しかし常にその中心にいた未来はもう、決して自分を振り向いてはくれない。
故に、彼女が誰かを想うことが赦せなかった。自分が彼女の心の外に弾き出されてしまった現実を認めてしまえば、今度こそ精神がおかしくなりそうだったのだ。
だから感情の命じるままに、行動するしかない。
認めたくない現実は、今使えるドーパントの能力の全てを使ってでも破壊するしかない。
そのためならば、身体がどうなろうと構わなかった。今は胸の中を満たす破壊衝動に、ただただ従うのみだ。
目の前で起こっている、もう自分が触れることのできないモノを消し去れるのなら--!
「う……うう……!」
また別のドーパントの能力を使って攻撃に移ろうとしていたらしいラストが唸り出したのは、伏せていたアクセルと亜樹子が立ち上がった時である。ラストの声は激情を押さえ切れずに声を絞り出しているというよりは、痛みを堪えている時を思わせる、短く苦しげな吐息を伴っているものだ。
『様子が変です。ラストの方を……』
異変にいち早く気づいたリューが通信で皆に注意を促したのと、ラストの荒い呼吸で震えていた肩が大きく動いたのとが、ほぼ同時であった。
武器を手に再度警戒する態勢に入った仮面ライダーたちの耳に、ラストの絶叫が轟く。
「う、あ……あああああああ!」
上半身が弓なりになるほど仰け反り、小さな筋肉まで全てを硬直させたかのように引きつった紫色の身体から迸るのは、肉体の内から溢れ出るものを止めることができない悲痛さを感じさせる叫びであった。
『あ、あれは……!』
反射的に耳を塞ぎたくなる悲鳴の中心にいるラストから目を離さないでいたリューが、驚愕に声を詰まらせた。
ラスト全身が、これまでよりも強烈な緑色の輝きを内側から噴き上げていた。
その中で、叫びとともに身体を突っ張らせているラストの腕から伸びていた蔦が、蛇のようにのたうちながら長さを増し、枝分かれし、新たなそれをどんどん分裂させていく。
それぞれが独立した生物を思わせ、活発なうねりを見せる蔦は見る間に数十本に増殖し、今度は宿主たるラストの四肢を絡め取っていった。
鮮やかな緑の輝きに彩られてひしめき合う蔦がラストの顔を除いた全てを覆い尽くすまで、ほんの数秒もかからなかったであろう。ざわざわと不規則に蠢いて絡み合う触手の束は、鈍く光る紫色の軟体動物の群れを思い起こさせる。まるで未知の宇宙生物がうじゃうじゃとたかっているような、耐え難い生理的嫌悪感を煽ってくるのだ。
更に触手は粘液に覆われているらしく、湿った音が断続的に上がるのが聞こえてくる。
「なななな、何よあれ!あんなの、私聞いてない!」
「ちょっと……何?一体、何がどうなってんの!」
吐き気を催しそうなおぞましい光景に亜樹子が表情をこわばらせ、未来も銃を頻繁に握り直すしぐさで動揺を示す。ドーパントとの戦いを何度も見てきた亜樹子すら、これほど気味の悪い場面を目にしたことがなかったのだ。
考えもしなかったラストの唐突な変貌に唖然としたのはWの中の翔太郎やアクセルも同じであったが、フィリップだけは驚愕に焦りを交えた叫びを発していた。
「まずい!ガイアエネルギーのバランスが制御から外れかけている!」
「何だって!」
冷静なフィリップの声が普段より甲高くなっている様子からすると、かなり逼迫した状況に陥ってしまったのであろう。問い返してきた翔太郎にも、少年は狼狽を隠そうとしなかった。
「能力の過剰行使だ。ラストが本来持つ能力のキャパシティと、ラストメモリに蓄積されたデータが限界を越えたんだ。あれでは、メモリが際限なく外部からのエネルギーを求めて暴走してしまう!」
「ラストの身体が……!」
フィリップが早口で説明を終えた語尾に、未来の叫びが重なる。
ラストは声が嗄れんばかりの絶叫を上げ続けていたが、全身を覆う不気味な紫色の触手に大きな割れ目が開いていた。見事に触手の束が避けられた隙間の素肌から、不意に何かが勢いよく飛び出てくる。
どろどろとした液体を纏ってコンクリートの床に転がったのは、「L」の刻印が刻まれたガイアメモリ--陰気な青年をドーパントに変えていた、「ラスト」のガイアメモリだった。
一同が驚き改めてラストの全身を見ると、唯一触手が伸びていなかった顔が人間のそれに戻っているのがわかった。が、触手は変わらず元ラスト・ドーパントの堀内を離そうとはしない。
「へ……変身が、解けちゃった!」
「メモリブレイクされたわけでもないのに、どうして……」
亜樹子がおろおろしながらメモリと苦しみ続ける堀内を忙しく交互に見て、未来が呆然と呟いた。
これまでに数多の死線をくぐり抜けてきたサイボーグ戦士も、今何が起こっているのかを流石にまだ把握しかねているのだ。
それはWとアクセルも同じであったが、彼等はドーパントにメモリのイレギュラーな作用が働いていることはすぐに悟ることができた。仮面ライダーたちはそのまま注意深く、事を探ろうと様子を窺い続ける。
「何だ?人間に戻った筈なのに、あの姿は……」
「翔太郎、メモリを破壊するなら今しかない!」
しかし、翔太郎が不可解な現象にこぼした言葉が終わるのを待たず、フィリップがプリズムソードの柄を握り直した。確かに排出されたメモリが床に転がっている今なら、手強かったラストのメモリを粉砕する千載一遇のチャンスだ。
慌ててプリズムビッカーを構え直し、エクストリームのWが走る。