鳴海探偵事務所の奥にあるドアをくぐった先は、一見したところで工具とガラクタが散乱するガレージだ。
しかし実際は鳴海荘吉の幼馴染みであり、フィリップ--つまり園咲来人の実母であるシュラウドが、最新技術を駆使して作り上げたガジェットを集結させている要塞である。
母が遺してくれた場所の一角に、フィリップは瞳を閉じて静かに佇んだ。
「検索を始めよう」
傍らで亜樹子と照井が見守る中、天才少年の一言が厳かに響く。すると、彼のブーツを履いた足元から長いパーカーの裾が揺れる膝下の辺りまでを、ごく淡い光が包み込んだ。
同時にフィリップの意識が空間を超越し、己の姿を現実のそれと全く同じものとして仮想空間に再構築する。肉体の存在をはっきりと掴み取ったフィリップが閉じていた瞳を開くと、目の前は真っ白に塗りつぶされていた。
まともな感覚を持つ人間ならば一分と耐えられないだろう単一色の次元を、少年がいつもの癖でぐるりと見渡す。
「キーワードは『オフィス・ユースフル』、『間未来』」
単語を口に出すと、他人には決して目にすることができない電子的な綴りがフィリップの目の前に浮かび上がり、白い地平の彼方から忽然と現れた巨大な無機物の群れが彼を目掛けて殺到してきた。が、その中心にいるフィリップは微動だにせず、まるで瞬間移動の如き速さで迫ってくる本棚の中に悠然と立ち続けている。
干渉できる者がごく限られたこの場所、『地球の本棚』にある物質が全て自分に情報を与えてくれるものであり、危害を加えてくるようなものではないと、ずっと前から知っているためである。
もっとも、本に書かれていることが利益をもたらしてくれるとは必ずしも限らなかったが。
フィリップが先に呟いたキーワードに合致する本が本棚から飛び出し、そうでないものは代わりに本棚ごとその場からかき消える。たちまち、彼の周囲は様々な種類の表紙に守られた本に取り囲まれた。その数はまだ数十冊にも及んでいるだろうか。
「そして『戦闘訓練』」
未だ数が多すぎたため、フィリップは更なるキーワードを追加する。彼の声に反応した本たちが再び一斉に動き出し、すぐに濃紺の表紙の本一冊のみが目の前に選び出された。
金色の簡素な飾りに彩られたそれをフィリップが手に取った瞬間、「Company」のアルファベットが題字として浮かんで定着する。
「オフィス・ユースフルは、間未来が出資して四年ほど前に設立された会社だ。武器の所持については国から正式に許可を受けているが、今までに違法行為が摘発されたようなことはない。会社のメンバーは殆どが外国人で構成されていて、必要な射撃訓練を定期的に行っている」
本を開き、立て続けでページを無造作に弾き続けた少年は、必要な情報をすぐに読み取ることができた。次々と白紙のページに現れる文字を忙しく追いかけ、彼は更に目ぼしい情報を掬い上げていく。
「しかし代表であるところの彼女は、一時的に会社を離れている空白の時期があったようだ。三年前の五月からおよそ一年間、副所長が代理として業務に当たっていたらしい」
題字に示されたように、この本に現れたのは主に未来が経営する便利屋事務所のことであった。
フィリップが声に出して読み上げた本の内容について意見をつける照井の声が、遠くの方から呼びかけてくる。
「間未来の個人に関する情報は、他に何かないのか?あんな若い女が、正規の手続きを踏んで特殊銃火器所持の特別許可を受けたとは到底思えない。必ず何か裏がある筈だ」
訝るような照井の声を受けたフィリップは、地球の本棚にある身体で首を横に振った。
「彼女の個人的なことを知るには、もっと違うキーワードで探さなければならない。今の状態では、これしかわかることがないようだ」
呟きながらまだ本のページをめくっていたフィリップだが、そこに有益そうな情報がもう見つからないことに溜め息をついて、精神の集中を解いた。
今まで宙に漂っているのと似た感覚すらあった身体に重さが戻り、たった今足が地に接触したような軽い衝撃が走って、肉体が知覚されていく。最後に閉じていた瞳を開き視界を戻したフィリップは、日常の空間を全身が把握したことを確認して肩から力を抜いた。
地球の本棚から戻ってきた少年が立っているのは、ガレージの最深部に当たるリボルギャリーの中である。彼の頭の高さくらいまで上がる簡素な鉄の階段を登った場所に、照井と亜樹子がいた。検索を終えたフィリップがゆっくりと彼らのもとへ歩み寄っていくと、亜樹子の特徴がある甲高い声が大きく聞こえてくる。
「まさか竜くん、本当に未来さんがドーパントだって疑ってるの?」
「そうでなければ、左やフィリップの話が現実だとは思えない」
亜樹子の婚約者である刑事があくまで先の来客を疑うのも理屈としてはわかっていても、納得がいかない様子で彼女は首をひねっていた。
「私には、彼女が何か嘘をついてたようには見えなかったけどなあ……ほら、仮にも私と同じ、事務所の所長!って立場なんだし」
照井は理屈に沿って考えていたが、亜樹子の考えは勘や閃きに近いものがある。典型的な男女の思考パターンの違いが如実に現れているのもこの二人だったが、だからこそ補い合えるところも多々あるのだろう。
そしてフィリップは、双方の考えからではまだ触れられていない点について言及した。
「そう。彼女は嘘は言っていないが、また本当のことを全て僕たちに教えているわけではないんだ。まだ何か、僕たちの知らない彼女の姿があるはず。それに何とか見当がつけば……」
「フィリップ!」
そこまで彼が言ったとき、事務所から通じているドアが乱暴に開け放たれ、息を弾ませた翔太郎が駆け込んできた。ハードボイルダーから降りてそのまま中に走ってきたらしく、風に煽られていたネクタイやベストが乱れたままだ。
「どうした、左?」
「照井……お前、まだいたのか」
「竜くんは今日直帰するからいいの!それより翔太郎くん、どうしたの?随分慌ててるみたいだけど」
病院に未来を送ってから戻ってくるまで数時間は要しているのに、まだ照井が帰っていないことに翔太郎が意外そうな顔をすると、亜樹子が二人の間に割って入ってきた。
翔太郎が一人で戻ってきたことを確かめたフィリップも、話の輪に加わってくる。
「やあ、翔太郎。間未来個人について、僕らの知らない一面を探ってくれていたんだろう?早く教えてくれないか」
「そんなのは後だ!それより、今から俺が言うキーワードで検索を頼む」
フィリップが冷静に見ればかなり酷い偏見と誤解に満ちた言葉をさりげなく通したことは気に留めず、翔太郎は話を先に進めようとした。
が、一度こだわったことにはあくまで筋を通すのがフィリップという人物である。からかうつもりで出した推測を肯定も否定もしない相棒の顔を、フィリップは不審さをありありと表した顔で覗き込んだ。
「翔太郎が女性のことを二の次にするなんて、珍しいこともあるものだ。まさか、また悪女とやらにでも引っかかったのか?」
「『また』って何だよ!」
じろじろと人の顔を眺め回してくるフィリップの無遠慮さと痛いところを突かれた苛立ちで、翔太郎が憮然とする。確かに今までの事件では、女性絡みでしかも彼女らが主犯格のものが多かったとは言っても、今回はまだそうと決まったわけではない。
ただ、翔太郎が悪女に何度も引っかけられたことなどないと強く主張するには、今一つ説得力に欠けるのは確かなことであった。
「左がいつまで経っても懲りないからだろう」
探偵コンビの横で照井がぼそりと突っ込みを入れると、亜樹子もたちまち同調して激しく頷いた。
「何だと……ってこら亜樹子!てめえも何気に納得してるんじゃねえ!」
翔太郎の怒鳴り声に、亜樹子が悲鳴を上げて素早く照井の背に隠れるしぐさを見せる一方、照井の方は二人を止めようという気はないらしい。
フィリップも興味深そうに翔太郎と亜樹子が始めた追いかけっこを数秒間眺めていたが、相棒が持ち帰った情報への好奇心の方が勝ったようだった。普段のマイペースな口調を崩さずに、まだ照井の周りで亜樹子を追う翔太郎へ促しにかかる。
「検索はいいのか?」
相棒の少年に言われた翔太郎は、思い出したようにぴたりと足を止めて向き直った。
「お、そうだった……キーワードは『山波健太』、『ディガル・コーポレーション』。最後に『プライド・ドーパント』だ」
「プライド……それが、今日現れたあのドーパントなのか!」
「ああ、恐らくな」
まだ荒い息がおさまらないうちに所長とのじゃれ合い開始した翔太郎は再び息切れし、短くしか返事を返せなかった。しかし手は忙しくネクタイやベスト、癖のついた髪を直しつつ頷くという、器用な真似をやってのけている。
「ええ?すごいじゃない、翔太郎くん!どうやって調べたの?」
「ふっ、俺の情報網にかかればこの程度は朝飯前ってことだ」
「その場合、本当に役に立っているのは情報を持っている連中だがな」
呼吸を整えながら気障な台詞を決めたつもりの翔太郎であったが、残る仲間の男から飛んできた横槍は見事にその間隙に突き立っていた。
「うるせえ。そいつらから色々聞き出せるのは、俺の人徳だってんだ」
図星を突かれた翔太郎が、照井に子供っぽくむきになって言い返す。
「よし。早速検索を始めよう」
仲間の漫才じみたやり取りからいち早く脱却を図ったフィリップは、やはり自分のペースを取り戻すのも一番だった。すぐに鉄の階段を降りて最も落ち着ける場所へ陣取り、再び「地球の本棚」へと身を投じる。仲間たちがフィリップの精神集中の妨げにならぬよう口をつぐんでから数秒と経たないうちに、彼はあの白い空間へと戻っていた。
「キーワードは『山波健太』、『ディガル・コーポレーション』。そして『プライド・ドーパント』だ」
天才少年の言葉に反応し、地球の記憶全てを封じた数億もの本が一斉に空を飛び交い、しかし決して互いに衝突することなく、求められた知識に合致する本だけが選び出され、残る数多のそれは音もなく消えていく。
やがてフィリップの手元へと導き出された一冊の本は、淀んだグレーの表紙に白い紋様が描かれた、「Project」という題字を持つものであった。
「何かのプロジェクトについての情報か」
彼は意外そうに呟いてから本を取り、白いページに現れる文字を一心不乱に読み取った。そして本文を追い始めてからまもなく気づいたのは、この本がディガル・コーポレーションのガイアメモリ開発業務そのものについて書かれているということである。
「ディガル・コーポレーション倒産直前に進められていた、ガイアメモリの極秘開発プロジェクトがあったらしい」
フィリップが仲間に伝えるために判明した事実を口に出すと、早速翔太郎が疑問を投げ掛けてきた。
「しかし、ガイアメモリ開発についてはそれ自体がトップシークレット扱いじゃないのか」
「勿論それはそうなんだが、その中でも機密事項とされたものとなる。それが『七つの大罪』のガイアメモリ開発だ」
七つの大罪ガイアメモリ。
それは単語を発したフィリップを含む一同が、初めて知った言葉だった。
「七つの大罪って、宗教によく出てくるあれ?人間が持つ罪っていう……」
普段殆ど触れる機会がないため、乏しくならざるを得ない知識を頭の奥から引っ張り出すべく、亜樹子は首を捻っていた。
「『憤怒』、『怠惰』、『暴食』、『色欲』、『強欲』、『嫉妬』。それに『傲慢』だな」
「……プライドを日本語で言うと『傲慢』か。何者かがプライドのメモリを使って変身したのが、今日見たプライドドーパントってわけか」
すらすらと人間が持つとされた原罪を述べた照井に続き、翔太郎が推測を口にする。
彼らの発言を聞き取ったフィリップも、仮想世界の中で頷いた。
「その通り。そしてその開発を行っていたチームのサブリーダーが、山波勇雄という人物だ。恐らくこの男が、山波健太の血縁者だろう」
彼は念のため本の全体をざっとさらってみたが、他に同じ苗字を持つ人物についての記述はないようった。
「しかし今は会社が消滅して、プロジェクト自体がなくなったんじゃないのか?プロジェクトメンバーの行方はどうなっている」
今度は照井が疑問を唇に上らせると、目を閉じて立ち尽くしているフィリップからすぐに答えが返ってきた。
「メンバーは散々になっているが、サブリーダーの山波と……リーダーの永峰智之に関しては、消息がつかめていない。他のメンバーは全員解雇された後、別の会社に行ったようだが」
「永峰智之……?どっかで見た名前のような……」
その名を聞いた翔太郎が、きつく腕を組んで宙を睨んだ。
フィリップが出したもう一つの人物名について、確かにごく最近見聞きした覚えがあったのだ。フィリップに全く反応が見られず心当たりがなさそうなところを見ると、恐らく自分が単身で行動していた時のことだろう。
ナガミネ、という姓はよくあるものではない。文字とその音の響きを聞いた感覚は確かにあるのだ。
『あれ……健太くん。永峰さんも』
そのときである。
翔太郎の耳が残していた記憶が、未来の声に乗って引き出された。
「あー!」
「思い出したのか?」
突然驚愕の表情で大声を張り上げた翔太郎には全く動じず、照井が突っ込む。
「確か今日、病院で未来さんの部下の堀内を見舞いに来てた男が永峰だ!名札をつけてたのを見たし、彼女が奴の名字を呼んでたのも聞いてる。間違いねえ」
「ええーっ!行方不明の筈じゃなかったの?」
婚約者に続いて、亜樹子も声を上げる。
翔太郎は今日の昼間に病院であった出来事を詳細に思い出した。
永峰は確かに、病院の堀内を山波勇雄の息子である健太と共に見舞っていた。が、未来が健太は施設の子だと説明していたことから、永峰が同僚の息子である健太を引き取って育てているのではない。それに第一、永峰は健太がいる施設の職員の筈ではないのか。
行方不明の元ガイアメモリの開発研究者が何故そんな真似をしているのか、皆目見当がつかなかった。
「ガイアメモリの開発は成功していたのか?」
大声を上げたきり、今度は黙って考え込んでいる翔太郎の肩越しに、照井がフィリップへの質問を続けた。
「メモリの開発自体はある程度まで成功していて、七本全てのメモリの試作品が作られていたとある。しかし山波と永峰の両名が姿をくらますと同時に、試作品も全て研究所から消えたようだ」
試作品のメモリが、開発担当者と共に消えた。これは捨て置けない情報である。まだ地球の本棚にいるフィリップの話を聞くとはなしに聞いていた翔太郎が顔を上げた。
「どういうことだ?」
「やはり、山波と永峰が持って逃げたんだろう。二人ともチームでは上の立場にいた人間だ。まだ密かに研究を続けようとしてるなら、地下に潜ったということも考えられる」
次に自らの見解を述べたのはフィリップではなく、翔太郎の横にいる照井だ。
「他の人がメモリを持って逃げて、それが売られたってこともあり得るんじゃない?」
「いや。それだと、プライド・ドーパントがメモリに無関係な人間を襲う理由がないだろ」
亜樹子もひとつの可能性を示して見せたが、翔太郎がすぐに否定する。
ただしそれは自身でも予測していたことだったらしく、彼女は先の翔太郎と同じように唸った。
「そっか……そもそもメモリなんて自分で一本持ってれば十分よね。ガイアメモリを作ってたんなら、使えばどうなるのかってことぐらい、わかってる筈だし。とにかくそのプライドは、『七つの大罪』のメモリを集めようとしてるのよね」
今現在で判明していることを整理し出した亜樹子がぶつぶつ呟くと、翔太郎が今度は頷いた。
「そして今現在、メモリの開発の中心にいた山波勇雄は行方不明。永峰は、山波勇雄の息子である健太がいる施設の職員。七本のメモリのうち、今のところ表に出てるのはプライドの一本のみだ」
自分が持ち帰ってきた情報を皆と共有すべく、半熟探偵はなるべく具体的なキーワードを混ぜて説明した。最低限の事実関係を最も短い言葉にしただけだったが、照井と亜樹子、フィリップには十分伝わるのがありがたい。
「そういえば、未来さんは本当にメモリを持ってないのよね?」
「ああ。それどころか、先にプライドに襲われた彼女の部下も持ってないって話だ。俺の勘だが、あの二人は嘘をついてない。最初からガイアメモリの存在も知らなかったんだと思う」
亜樹子の問いに、翔太郎は自信を持って答えた。自分は女を見る眼力に乏しいかも知れないが、少なくとも人間の本質を掴み取る本能的な感覚は冴えていると胸を張れるのだ。
「しかしプライドからはメモリをよこせと詰め寄られていて、なのに彼らに全くその心当たりはない……堀内という間未来の部下が先に襲われたのだから、彼がメモリを最初に持っていたとプライドは考えていたわけだ」
そこで、地球の本棚から戻ってきたフィリップが階下から一同のもとへ上がってきた。彼も仲間からの意見を参考にして自分なりの推測を立てている最中らしく、今ある現実から確実に導き出すことができる結果をひとりごとのように口に出していた。
「う~ん、わからんわ!なして未来さんたちが狙われたのか、そこが全然ピンと来んねん!」
実年齢不相応な容貌をした亜樹子は、その外見が示す通りに常時飽きっぽいが、今もその様子である。まだじっと考えに沈んでいるフィリップよりも早く音を上げて頭を抱え、足踏みしながら苛立ちを態度で表していた。
「しかしプライド・ドーパントは、恐らく永峰か山波のどちらかだ」
子どもじみた振る舞いが抜けない亜樹子を尻目にしながらも、照井は自分の中でそう結論づけたらしい。婚約者がうるさく隣で騒いでいると言うのに落ち着きを保っていられる神経の太さには、最近更に磨きがかかってきたような印象すらある。
「それについては僕もそう思う。間未来たち二人とガイアメモリを巡る接点は、あの二人が『七つの大罪』メモリ開発者の一人である山波を探していたということのみだ。そうでなければ、彼らがドーパントに狙われる理由がどこにもない」
ドーパント犯罪を専門とする刑事の意見に、フィリップが同調する。
渦中にある人物たち全員を唯一その目で確認している翔太郎の考えも、フィリップや照井と同じであった。メモリを所持するどころか、存在すら知らなかった未来と堀内がドーパントに狙われる理由としては、今のところ「七つの大罪」ガイアメモリ開発者の身辺を探ろうと動いていたことしかないのだ。
ただしそれでも、何故彼らがメモリを所持しているとプライドに思い込まれているのか、という最大の疑問がまだ解決していない。それはこれからプライドを倒すなり、更に当事者たちから詳しく話を聞くなりして、突き止めるしか手段がないだろう。
照井は、翔太郎が異論を唱えてこないことをさり気なく横目で確認してから、フィリップに真剣な眼差しを向けた。
「問題なのはどちらがドーパントなのかと言うことと、奴等が他に何本のメモリを持っているかということだが」
「その問題と言うのにも、様々なパターンが考え得る。メモリの全てを彼ら二人が分け合っているのか、それとも何本かが既に風都へ流出しているのか。そして、ガイアメモリを集めているドーパントが、果たして山波と永峰のどちらなのか」
照井の言葉を受けたフィリップは自らが考え出した事例の一つ一つが実際にそこにあるかのように、何もない空間をゆっくりと指で指し示して熟考しようとしている。
たった今相棒が口に出した「可能性」の一つについてこの後のことを考えると、急に暗い将来しか待ち受けていないかのような錯覚に襲われる。
そう感じたのは、翔太郎であった。
「もしプライドが、今日俺が病院で見た永峰だったら……」
フィリップと照井が、山波と永峰の居場所を突き止める具体的な手段を検討し合っている横で、彼は重い呟きをこぼれさせていた。
健太の父親は未だに行方が知れないが、永峰は今日の昼に入院している堀内と話している。
永峰は、健太が見舞いに行きたがったから来たのだと言っていたが、堀内の肉親でもない彼が何故、入院したという情報をあんなに早く掴んでいたのだろう?
もしかしたら、怪我をした堀内がまだメモリを隠していないかどうかを確かめに行ったのではないだろうか?そして直接彼と言葉を交わして、メモリを本当に持っていないことを確信したのではないだろうか?
だとすれば、例えメモリを持っていなくても、上司である未来が再び襲われる可能性が高いことになるのではないか?
勿論、これらは数多くの「可能性がゼロではない」予測のうちの一つに過ぎず、フィリップに相当な論理の飛躍があると指摘されても仕方がない。しかし問題に関わる人間のほぼ全員に会い、特に未来について短時間のうちに多くを知ることとなった翔太郎は、彼女が危険な目に遭う可能性を黙って見過ごせなくなっていた。
いくら未来が普通の人間ではないとしても、彼女は仮面ライダーではない。即ち、ドーパントに襲われても戦うことはできるが、メモリブレイクは不可能であるということだ。それはつまり、身を守るための決定力に欠けるということになる。
未来は借りを作りたくないと話していたが、このままでは遠からず彼女が窮地に立たされるのではないか。
翔太郎は、黒い予感に胸がざわめくのを嫌でも感じざるを得なかった。