一旦速度を落としたリボルギャリーが再びスピードに乗り、ラスト・ドーパントとの距離を大きく空けにかかる。それが逃亡のためではないことは、巨大な車体が大きく旋回したのちに急停止したことでも明らかであった。
ゆらゆらと空中を滑空しつつガイアエネルギー弾を吐き出すラスト・ドーパントと向かい合う形となったリボルギャリーの側面から、アクセルと未来が跳んだ。と同時にハッチが開き、続いて中から亜樹子とリューがやはり地面へと飛び降りる。
代わりにハッチの中から姿を現したのは黒とメタルグリーンに彩られた大型バイク、ハードボイルダーである。既に愛馬に跨がっていたWの中で、翔太郎が叫んだ。
「準備はいいな、フィリップ?」
「ああ。できるだけ派手に動いて、奴の注意を引きつけよう」
フィリップの返事を合図として、リボルギャリーの後部に取りつけられているユニットの格納庫たるリボルバーハンガーが回転し、そこに収容されていた赤いユニットがハードボイルダーの真後ろに設置される位置に来る。簡素なレールの上に乗ったハードボイルダーが台座ごと後ろへスライドすると、がしゃんと派手な音を立てて換装パーツのタービュラーユニットが装着された。
それを待っていたハードボイルダーにエンジンがかけられると、すかさず取りつけられたユニットも稼働を開始し、折り畳まれていた翼を左右に広げる。
「行くぜ!」
身体中にみなぎる専用バイクの振動を感じながら、翔太郎が雄叫びを上げた。同時に、飛行可能となったハードボイルダー、即ちハードタービュラーがリボルギャリーから飛び出して宙へと駆け上がる。ラスト・ドーパントを凌ぐスピードで飛翔するハードタービュラーは、瞬く間に距離を詰めてその巨体の頭上へと躍り出ていた。
無論、五つある複眼にその様子を捉えたラストが攻撃してこない訳がない。巨大オパビニア形態のラストは長い胴体をくねらせ、金属の軋みに近い耳障りな咆哮を上げると、頭から長く伸びた器官をもたげて襲いかかってきた。
それを間近で見て初めて判明したことだったが、この象の鼻のような器官の端には鋭い歯がずらりと並んでおり、左右から獲物を挟み込んで噛み砕くためにあるものらしい。粘液に濡れて不気味な光を放つ、大人の頭ほどもある歯を確認したフィリップがWの中で警告する。
「あれは捕食に特化した器官だ。あんなものに捕まったら、このハードタービュラーもひとたまりもない。気をつけろ!」
と言うが早いか、件の捕食器がWを専用マシンごと叩き落とさんとして上空から落ちかかってきた。紫色の外殻に包まれた太いそれを辛くも避け、ハードタービュラーはラストの背後へと滑空を続ける。
「野郎!」
ハードタービュラーの操縦を続ける翔太郎がラストの後ろへ抜けてから低く呟き、再び前方へと取って返す。その際に、赤い主翼に備えられたエナジーバルカンが火を噴いた。長大なラストの胴体の間近を飛びながら、Wは主砲を隙間なく浴びせ続けていく。
が、Wの持つトリガーマグナムを凌ぐ威力を持つ筈のガイアエネルギー弾は、全て紫色の硬い外殻に弾き返されて宙に火花を散らすのみであった。それでも目の前をひっきりなしに飛び回る敵が鬱陶しいらしく、ラストは唸り声を上げて複眼のある頭部を上げたままになっている。
「弱らせるなら、殻の薄い腹部を狙わないと駄目だなようだね」
「それは照井と未来の役目だからな。俺たちは上から攻撃し続けて、こいつの注意を引きつけるぜ!」
ラストが不快そうな様子を見せていることに一定の手応えを感じている翔太郎が、ハードタービュラーのブースターの出力を再び上げて上昇を試みた。
確かにフィリップの言う通り、ダメージを与えたければ下になっている腹部を攻撃しないと効果がないだろう。だが、それよりも地上で作戦の重要な一端を担う仲間たちを助ける方が遥かに重要だ。
ハードタービュラーのハンドルを操るWはラストの顔の前まで一気に接近すると急旋回し、一旦離れると見せかけてからまた引き返してきて、今度は長い捕食器の回りをぐるりと回ってから後方へと抜けた。
その見るからに挑発的な動きが余程不愉快だったのだろう。ラストは苛ついたような吠え声を上げると、滑空し続けるハードタービュラーを捕らえんとして頭を後ろに向け、身体を折り曲げんばかりになっていた。
砂利の広がる風都郊外の、荒れ地上空で繰り広げられている巨大生物と仮面ライダーとの戦闘を、地上から見上げる仲間たちは四人いた。
二人は停止したリボルギャリーの傍らに佇む亜樹子とリュー。
残る二人は、仮面ライダーアクセルたる照井とパワードスーツを纏った未来である。そしてこの二人は、ハードタービュラーが発進した後のリボルギャリーに立っていた。
展開されたリボルギャリーは、ローダーが搭載した乗用車を地面に下ろすときのような傾斜板を下ろしており、バイクであれば容易に滑り出せるようになっている。その具合を確かめるように金属の傾斜板を一瞥したアクセルが、傍らに立つ未来を振り返った。
「間、用意はできてるか?」
「勿論。待ちくたびれてるよ」
「当たり前のことを聞くが、お前はバイクに乗れるんだな?」
「いや……実はさ、運転したことないんだよね。でもまあ、何とかなるっしょ」
「最後までその調子か。もっとも、今はその方が有難いがな」
「皮肉にも、ね」
既に専用装備の一二・七ミリアサルトライフルを両手に構えた未来が、首を横に振ってから返してくる。反面、その声にさしたる緊張感はなく、軽い笑いさえ窺えた。
彼女の肩に余計な力が入っていないことを認め、アクセルが次に言葉を投げかけたのはリボルギャリーの外にいる亜樹子とリューである。
「亜樹子とギークは、俺たちが行った後はリボルギャリーの中で待機していてくれ。ハッチは絶対に開けないように頼む」
「ご武運を」
アクセルの話す調子も普段と変わらないようであったが、リューの表情と一言は大真面目であった。
指令役の青年が後を守るという役目を心得ていることを確認すると、アクセルはリボルギャリーの真ん中へと足を進めた。
一呼吸置いて、アクセルが軽くその場でジャンプする。
その紅き鎧に包まれた両腕が前に伸び、その間に背中にセットされていたタイヤが挟み込まれ、同じように両脚の間にもタイヤが差し込まれる。軽く吹かしたエンジン音と共に二つのタイヤをリボルギャリーの床に接地させたアクセルの身体はうつ伏せの状態となったが、それは丁度オートバイのようなスタイルを思わせる。
アクセルが取れるもう一つの形態、バイクフォームであった。
「よし。乗れ、間」
アクセルが未来に自分の背に乗るよう促すと、彼女は軽く頷いて紅き身体に跨がった。
これまでこのバイクフォームにWを乗せたことはあったが、パワードスーツを纏った未来は思ったよりも重量がありずしりと来る。もっとも、女性である蒼き鎧の戦士に、そんなことは口が裂けても言えないが。
アクセルがふと生じた雑念を追い払っている間に、未来は一番安定のいい場所を探して改めて腰を落ち着けていた。慣れないバイクの搭乗姿勢で足の置き場を決め、アサルトライフルを右手に握ってから左手でハンドルを掴む。
黒いハンドルはアクセルの首の後ろに位置しており、見た目は普通のそれであった。しかし、よく見るとブレーキもスロットルもついていない。そこからこの装備は搭乗者を振り落とさないためだけのものであって、走行はアクセルの意思に委ねるしかないことがわかる。
未来はバイクに一人で乗ること自体が初めてであったし、運転もしたことがなかった。ここからはまさにバイクフォームの己を操るアクセルと運命共同体となるが、もうアクセルのことを信じて任せる他はない。そして彼が恐らく搭乗者を最大限に気遣いながら、作戦を有利に進められるように駆使するテクニックに恥じぬよう、こちらも持てる技量を全て発揮せねばならないのだ。
未来は肚の底から伝わってくるエンジンの振動を感じながら、傾斜板の先に広がる一面の砂利を睨んで言った。
「いいよ。行って!」
踏ん切りをつける覚悟を感じさせる女の号令に、アクセルはスロットルを全開にすることで応えた。
「さあ、振り切るぜ!」
一際大きなエンジン音を響かせて、バイクフォームのアクセルがリボルギャリーから飛び出した。タイヤが地に着くや否やアクセルが最大の加速を加え、カタパルトで射ち出される戦闘機さながらの勢いでラストへと突っ込んでいく。
「うわ!」
さしもの未来も、一五〇キロある全身をぐいと後ろへ引っ張られるような慣性に驚き、慌てて反り返りそうになった首を戻した。
「しっかり掴まれ!」
すかさずアサルトライフルをバックパックに取りつけて両手でハンドルを掴み、前傾姿勢に持っていった未来へアクセルが怒鳴って警告する。彼がエンジン音に負けじと張り上げる声に従い、とりあえずはハンドルに取りついて振り落とされないことに専念した。
未来が頭を下げた、空気抵抗が最も低い体勢を何とか保って視線だけを前方に向けると、アクセルが猛烈なスピードで滑空するラスト・ドーパントにまっすぐ向かっているのがわかった。こちらはラストの背後に位置しているのと、ハードタービュラーがうまく注意を引いてくれていることがあって、気づかれていないことがわかる。
直線距離としては二百メートルと離れておらず、すぐにでも未来が持つアサルトライフルの有効射程距離内に入る近さであった。
「奴の腹を中心にして、飛び道具を避けながら旋回する。攻撃を頼む!」
「了解!」
あと数秒後より取り始める作戦行動を手短に説明したアクセルに短い返事を返し、未来はアサルトライフルをもう一度手に取った。
ラストを倒す作戦の最後は、ガイアエネルギーを媒介するために取り込まれている堀内の肉体から伸びる触手を狙撃で全て切断し、エネルギーの補給が途絶えた隙に二人の仮面ライダーがメモリブレイクを叩き込むというものだ。攻撃の要は勿論メモリブレイクだが、それも最も外殻が薄い箇所でなければ効果が期待できない。
そこで未来が弱点たるガイアエネルギー補給点、即ち堀内の肉体付近を狙撃で攻撃して動きを鈍らせれば、そこへ直接メモリブレイクを喰らわせることが可能となるという読みである。
しかし彼女はバイクフォームのアクセルが疾走する速さにはもう慣れたものの、標的と射手の自身が常に動いているという極めて困難な状況に戸惑っていた。手をハンドルから離せば即座に落下しそうなバイクからの狙撃など、熟練の狙撃手でも標的に掠すことすらできないだろう。少なくとも上体を安定させなければ、銃を両手に構えることさえ不可能だ。
絶えず続く振動に舌を噛みそうになりながらも、未来がアクセルに呼びかけた。
「照井警視。ちょっと息苦しいかも知んないけど、我慢してよね!」
ただし、返事は待たない。
彼女は太股に力を込めてシート部分に当たるアクセルの胴体を挟み込み、両手をハンドルから離す。かなり無茶な姿勢ではあるが、疾走するアクセルの背から落下しない程度に身体が支えられることは確かなようだった。
一方、強力で大きなペンチに胴体を挟まれたかの如くのアクセルは、短く唸ったのみで耐えることに決めたようだった。僅かに落ちた速度を再び安定させると、大きく右に弧を描くコースに切り替えていく。
その時点でアクセルと未来は、完全に巨大オパビニア形態となったラストが落とす影の下になっていた。砂利を派手に跳ね上げるアクセルの走行はかなりの騒音を伴っているが、敵の注意は完全に上空で陽動を続けるハードタービュラーに向いている。
アクセルの操る紅いバイクは敵の無防備な腹の下に潜り込み、今や彼と未来の視界に触手に覆われた堀内の姿が捉えられるようになっていた。
「今なら……行けるかも!」
標的にまっすぐ視点を固定して独言した未来が、アサルトライフルに備えつけられた狙撃用スコープをバイザーに押し当てる。
バイザーに仕込まれたセンサーとスコープが連動して距離が割り出され、赤く輝く十字のレティクルが標的の着弾位置を計算し、スコープの中で小刻みに揺れ動く。触手に絡め取られている青年の肉体を避け、硬い外殻と脆い触手との境目に狙いが合った瞬間に、未来はアサルトライフルの引き金を絞った。
何十発分もの花火を束ねて一気に点火したかと思うほどの爆発音が辺り一面の空気を叩くと同時に、バレルから吐き出された巨大な弾丸がラストの腹に吸い込まれた。刹那、体表に剥き出しになっている触手が何本もちぎられて紫色の体液が吹き出し、本体が耳障りな絶叫を上げる。
「よし!」
敵が身をよじって苦鳴を漏らしたことに確かな手応えを感じ、未来は低く呟いた。
その光景をリボルギャリーの中から見守っているらしい亜樹子が、上ずった声の通信をバイクの走行音に紛れさせてくる。
『や、やった?』
「まだだよ。何度か繰り返さなきゃ……!」
スコープをバイザーから離さず、第二撃の隙を狙う未来が集中のために言葉を切った。
狙撃用スコープから見える狭い視野に広がる敵の急所には、切断された触手が体液を滴らせてうねる様がはっきりと見える。さすがにここまでの巨躯ともなると、傷を回復させるためのガイアエネルギーもそう瞬時には回せないのだろう。
負わせた手傷が回復する前に全ての触手を堀内の肉体から切り離さねば、また最初からやり直すことになってしまう。焦る気持ちを抑えた未来は、深い呼吸で身体の余計な緊張を抜くよう意識した。
そこへ、不意に全身が強く振られる遠心力と標的がスコープの視界から外れる揺れが襲う。
「くっ!」
一旦狙撃態勢を解いたサイボーグ戦士が、舌打ちを漏らして片手をハンドルに戻した。
彼女が狙撃を行う間もなるべく一定の速度を保っていたアクセルが、ラストの撃ち出してきた衝撃弾を避けるために急ハンドルを切り、不規則なスラローム走行に変えたのだ。
戦車の装甲も貫通する一二・七ミリアサルトライフルの凄まじい発砲音は、流石にバイクのエンジン音程度でかき消せるような代物ではない。下方から思いもよらぬ砲撃を浴びせてきた敵の存在を、ラストは完全に掴んでいた。
「ラストが間未来たちに気づいたようだ。彼らが攻撃されるのは、極力避けなければ」
「ああ。未来が安全に狙撃できるようにするのは、俺たちの役目なんだからな!」
ラスト・ドーパントが攻撃目標を地上を走る二戦士に切り替えたことに気づき、フィリップと翔太郎がWの中で意見を一致させる。
二人で操るハードタービュラーがラストの複眼ぎりぎりまで接近し、殆ど頭から落下するように急降下すると、紅き翼の専用マシンを地上すれすれの位置でまた水平飛行へと戻した。その超低空飛行から再度機首を上げ、今度はラストの腹を目掛けて上昇する。
新たに腹の下へ潜ってきた敵を感知したラストが、無数の脚の間から衝撃弾の雨を降らせる。しかし高速で飛び続けるハードタービュラーは滑空する巨体とそのまま擦れ違い、長い胴体の終わりまで抜けていった。ついでに、エナジーバルカンを数発見舞っておく。
勿論、それではラストの外殻に僅かな傷をつけるにとどまる程度だ。
一方で、攻撃頻度が低く視野にうるさくちらつかない地上の敵から空中の敵へとラストの注意を戻すには、覿面の効果があった。