仮面ライダーW 追われるS   作:日吉舞

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罪を背負う者 -36-

「翔太郎……フィリップくんも」

 

 仲間の身体を張った支援を目の当たりにした未来が二人の名を呟いたとき、彼女の頭上にも衝撃弾が落ちかかってきた。ラストは腹の下に潜む邪魔物の存在を思考から消したわけではなかったのだ。バイクに身体を固定した身では弾を弾くこともかわすことも叶わないと焦った未来が、反射的にハンドルにしがみついて車体となっているアクセルの上に身を伏せる。

 

「はっ!」

 

 そのときアクセルが前輪を操っていた右腕を離し、入れ換えでエンジンブレードを取り上げて鋭い払いを放った。衝撃弾は瞬時に回避行動へと移った車体に届かず、エンジンブレードの厚き刃に打たれて宙で四散する。

 まさかバイクフォームでの攻撃が可能と思っていなかった未来が身を起こしながら驚きの声を上げようとしたが、アクセルが先んじて口を開いた。

 

「奴の攻撃は俺が全て潰す。お前は狙撃に集中しろ!」

 

 怒鳴りながらアクセルは二度、三度と肉厚の片手剣を閃かせ、叩きつけられてくる巨大な衝撃弾を破壊する。その傍ら、ラストとの距離は狙撃手が狙いやすいよう一定に保って走り続けているのだから、卓越した技術に唸らざるを得ないほどだ。

 

「みんな、ありがと!」

 

 素晴らしい技を持つ仲間たちへの礼はひとまず一言だけにしておき、未来は再び狙撃用スコープをバイザーに押しつけた。

 自分には、こんなにも心強い仲間たちが側にいてくれる。

 利害関係を抜いて、純粋に思いやってくれる皆がいる。

 そして本当なら、その中に堀内もいて欲しかった。

 自らの過ちを認め、悔いて、償って欲しかった。

 

 --堀内。そこはあんたがいるべき場所じゃない。早く戻ってこい!

 未来はアクセルの上で放つ弾丸に願いを込め、立て続けにアサルトライフルのトリガーを引き絞った。彼女の想いを秘めた弾は一発、また一発と、僅かに見える触手の束の中へと叩き込まれていく。

 その度にラスト・ドーパントは悲鳴を上げて十メートルは下らない長大な胴をよじり、触手の切断面から紫色の体液を噴き出させていった。

 

 未来の放つ鉛弾が抉るように断ち切った触手はざわざわと蠢いており、再生しようとしている様子がわかる。が、明らかにその動きは活力を失いつつあった。やはり攻撃に多大なガイアエネルギーを回している分、急所の損傷を治癒する余裕がないのだ。

 広場上空を滑空するラストの高度が緩やかに下がり、活発に動かしていた無数の脚ももつれがちになってきている。そのことに気づいた翔太郎が、ハードタービュラーから敵を見下ろして言った。

 

「動きが鈍ってきたな」

「急所攻撃が効いている証拠だろう。あと少しだ!」

 

 自分の閲覧した情報に基づいた作戦に間違いがなかったことを認識し、フィリップが大きく頷く。

 天才少年の声を通信機越しに耳にしたリューも、戦っている者たち全員に呼びかけた。

 

『皆さん、その調子です。弱っているとは言っても、傷が回復する前に全ての触手を切ってしまわないと』

 

 確かに撃ち抜いた触手が再生してしまっては、今までの急所攻撃が全て水の泡となる。その焦りを誰より強く感じていた狙撃手の未来が、緊張を保ったままの声を張り上げた。

 

「わかってる!照井警視、あともう少しだけ近づいて!」

「無茶を簡単に言う奴だ。だが、了解した!」

 

 アクセルが不敵に返してスピードを上げると、未来はバイザーからスコープを離してハンドルに手をかけた。彼女の準備ができたことを察し、バイクフォームの仮面ライダーは旋回の直径をじりじりと狭めていく。

 無論、ラストも距離を詰められていることに対して無反応ではない。迫ってくる敵が確実に生命を脅かしていることに恐怖を感じているのか、一度数を減らしていた衝撃弾を再び連続で見舞ってくる。だがアクセルが砂利につける轍の後を追うばかりとなっている飛び道具は、先よりも命中精度に欠いていることは明白だった。

 

「よし、あと少し……」

 

 ラストが次弾の連続発射までの間を取った隙に、未来がアサルトライフルを持ち上げて構える。今まで狙っていた場所から数メートルは近い位置にいる、今の機会を逃してはならないのだ。

 小さな敵が攻撃体勢に入ったことを認識したらしいラストが、自分も防御が甘くなるこの時を待っていたとばかりに衝撃弾を放ってくる。

 

 そしてラストが耳障りな吠え声とともに落としてきた衝撃弾は、これまでと同じものではなかった。

 下手をすれば直径が五倍以上はある、バイクフォームのアクセルが完全にその下になるほど巨大な破壊エネルギーの塊だったのだ。

 

「ちっ……!」

 

 アクセルが鋭く舌打ちし、瞬間的に加速する。未来の野性動物以上を誇る反応速度はそれよりも早く、危機を察した彼女はアサルトライフルを下ろすと同時に強くハンドルを掴んでいた。

 しかし二人の戦士が取った最も賢明な行動も、無慈悲な攻撃の前では焼け石に水と言っても過言ではない。巨大なエネルギー弾は直撃こそ辛うじて免れたものの、地面に触れた瞬間に白い光と高熱を撒き散らし、凄まじい破裂音を上げて爆発した。その中に、紅と蒼の鎧を纏った二人の戦士が飲み込まれていく。

 

「うわあっ!」

「きゃあっ!」

 

 成す術なく衝撃弾の爆発に巻き込まれたアクセルと未来が、叫びを上げて爆風で横滑りするように吹き飛ばされた。アクセルは辛くもバイクフォームを崩さず、未来は彼の背にしがみついたままの姿勢は保っているものの、最初に攻撃を始めた位置から遥かに遠い位置まで弾き飛ばされるかに思える。

 

「二人が!」

 

 長い捕食器を相手取っていたフィリップが、仲間を案じてハードタービュラーの上で声を上げる。

 

「くそっ!」

 

 今だその身を衝撃の余波で大きく傾け、必死で態勢を立て直そうとするアクセルがいまいましげに漏らした。未来は片膝を地面に擦りそうな角度で走っている車体に取りすがり、それでも懸命にアサルトライフルを片手に構えて狙いを定めようとしている。

 

「くっ、この位置からじゃ……!」

 

 歯噛みした未来の声は、諦めと悔しさを孕んでいた。

 攻撃開始地点より十数メートル以上離されつつあり、アクセルの身体でもあるバイクのボディが倒れんばかりになっている今の状況では、とどめの弾丸を撃ち込むのは極めて困難だ。

 これ以上射撃が遅れれば、ラストの傷ついた組織は完全に再生してしまう。

 この作戦を最初からやり直す余裕はもう残されておらず、失敗すれば堀内もろともラストを殺すしか手がなくなってしまうのだ。

 

「諦めるな、間!」

 

 思いが滲んだ呟きとハンドルを掴む握力が僅かに緩んだことから、乗り手の心情を覚ったのだろう。アクセルは未来を叱り飛ばすような強い口調で怒鳴った。

 至近距離で上げられた仲間の激しい態度に女戦士がびくりとするよりも早く、紅き鎧の仮面ライダーが上半身のバイクフォームを解く。すると、未来の両足を抱えて肩車した体勢のまま、脚部の後輪のみで旋回走行を続ける格好となった。そして思い切り急角度で後輪を振り、スピンする際に円の外側へと弾かれるほどに強力な遠心力を作り出す。

 

「行けぇー!」

 

 その重力を利用したアクセルは、残る筋力を腕に全て集中させて未来の全身を空中へと投げた。

 勿論彼らを排除しようとしていたラスト・ドーパントの方へ、である。

 

「うわぁ!」

 

 前触れの全くないアクセルの行動に素っ頓狂な叫びを漏らした未来であったが、宙に突き刺さる砲弾の如き勢いで放り出された我が身が成すべきことは、ラストが視界に入った瞬間に閃いていた。

 アクセルのフルパワーに遠心力が加わって投げ返され、一呼吸で元の位置より接近できたとは言っても、チャンスは一秒にも満たない一瞬しかない。

 

 未来は殆ど脊髄反射的な反応でアサルトライフルを構え、空中で狙撃の構えに入った。バイザーに合わせられたスコープが反応し、ラストの腹にある唯一の弱点を捉えると同時に赤いレティクルが輝く。

 そこに封じられた青年の肉体と、人間の欲が産み出した怪物の触手とが繋がっている点をを見分ける。

 蒼き鎧の女戦士が引き金を絞る。

 破裂音が放射状に周囲の空気を叩き、反動で細い彼女の身体が揺れる。

 

 だが、ラストは断末魔の絶叫を上げない。

 生身ではまともに扱うことすら叶わない一二・七ミリアサルトライフルの反動でもびくともしない銃口を、再度ラストへと向ける。

 そこに、互いにくっついて再生しつつある組織を見い出す。

 もう一度、引き金を絞る。

 再度放たれた巨大な弾丸が、今まさに元の姿を取り戻そうとして蠢いていた触手の大群に吸い込まれる。

 刹那、ラストの腹から紫の体液を噴出させる傷口が口を開け、飛沫が不気味な色の雨となって乾いた地上へと降り注ぐ。

 

 その光景を目にした未来の心は、不思議なほど穏やかになっていた。

 暗褐色の液体にまみれた青年。

 彼女の部下であり、その愛を力づくで得ようとし、その身を汚そうとした男。

 堀内の存在に怯え、彼が持つ心の闇に沈みかけ、激しく憎んだ時もあったが、もうそうではない。

 力を失った彼を、憎まなくてもいい。

 その安心を得られた時間がゆっくり、ゆっくりと過ぎていくように思えたのだ。

 しかしその全ては、まさに瞬きの間ほどに起こったことであった。

 

 間違いなくラストの急所、ガイアエネルギーの供給源に通じる管を全て貫いて補給を断ち切った未来の弾丸は、致命傷と言うに相応しいダメージを与えていた。

 十メートルを越す巨大オパビニア形態のラストが外皮に覆われた胴を弓なりに反らし、棘だらけの口を開け、一際大きな咆哮を上げる。重低音に金属の軋みを思わせる甲高い悲鳴が入った断末魔の絶叫を轟かせ、ラスト・ドーパンは全身を硬直させた。

 

「動きが……止まった!」

「今だ!ゴー!」

 

 ハードタービュラーから神業とも言うべき狙撃を見守っていた翔太郎に、未来は声の限り叫んだ。空中で最も安定した静止点を越えた彼女は、既にバランスを取り直して身体を丸め、着地する態勢に入っている。

 

「翔太郎!」

「ああ!」

 

 ハードタービュラーがラストの正面を横切るようルートを調整し、フィリップが相棒たる半熟青年を促した。

 天才少年の急かすような口調に応えた翔太郎がエクストリームメモリを抜き放ち、マキシマムスロットに滑り込ませる。地上でもほぼ同じタイミングで、急停止をかけながら砂利を跳ね上げるアクセルがマキシマムドライブを発動させていた。

 

「EXTREME MAXIMUM DRIVE(エクストリーム・マキシマム・ドライブ)!」

「ACCEL MAXIMUM DRIVE(アクセル・マキシマム・ドライブ)!」

 

 小さなガイアメモリから溢れ出す地球の力が男たちの手足の隅々までを駆け巡り、熱く燃え上がるような感覚をもたらす。身体の中で圧倒的な爆発力を産み出すガイアエネルギーに肉体を委ねて、翔太郎が、フィリップが、照井が吠えた。

 

「はあっ!」

 

 Wがハードタービュラーから飛び降り、地を駆けるアクセルが力強く踏み切って、己が身を空中へと躍らせる。重力さえ、輝きという視覚化されたガイアエネルギーに包まれた二体の異形を縛ることは叶わない。仮面ライダーたちは自らの内に沸き上がってくる力の全てを右脚へ集中させ、全身全霊を以て敵を貫く生きた剣と化した。

 

「ダブル・エクストリーム・ストライク!」

 

 三人の男たちの、完璧に呼吸を合わせた叫びが轟く。

 地球の力を纏った二体の仮面ライダーが地上から、空中から、同時にマキシマムドライブであるキックを身体ごと突き刺すように、ラスト・ドーパントの腹へ叩き込んだ。

 彼らの爪先がラストの胴に食い込み、その背まで達する大穴を穿った瞬間、紫色の巨躯から絶叫が迸った。

 自分たちの背よりも厚みがある胴体を貫いた孔を抜け、着地したWとアクセルが振り返る。

 

 すると、今や地上すれすれの高さにしか浮揚できなくなっているラストが百足の如く長い胴体をよじらせ、のたうち回る姿が視界に飛び込んできた。

 しかし唐突にその動きが凍りつき、ラストは不規則に身体を波打たせたまま固まる。

 かと思うと、尾の先と頭から伸びた捕食器の先が小さく爆発した。

 敵の身体の両端に起こった破壊の始まりは次の爆発を呼び起こして、身体の中心部へ向かってどんどん連鎖していく。爆発は回を重ねるごとに大きくなっていき、遂には堀内を封じ込めていた触手の塊へと達した。

 

 紫色の触手が、組織が破壊される苦痛にざわりと震えて引きつった動きを見せ、細身の青年の肉体がその中から乱暴に吐き出される。直後、核となっていた腹の中央がこれまでで一番大きな爆発を起こし、爆風を周囲に叩きつけながら轟音を響かせた。

 反り返ったラストの腹から空中へと投げ出され、瞬間的に吹きつけた暴風に煽られた堀内の首筋から「L」のイニシャルが刻み込まれたガイアメモリが飛び出し、甲高い音を立てて砕け散った。

 未来を、仮面ライダーを長きに渡って苦しめた「七つの大罪」メモリの一つ、ラストメモリが破壊された瞬間であった。

 

「……やった」

 

 狙撃を終えて着地を決め、Wとアクセルのメモリブレイクを見守っていた未来がぽつりと呟いた。

 これでやっと、ドーパントとの戦いが終わったのだ。

 戦闘に慣れている筈の自分が巻き込まれていた、非日常が終わったという事実をまだ受け止め切れていない女戦士は、呆然と立ち尽くすばかりで咄嗟に反応を示すことができずにいた。

 

「おぉー!いやったぁあぁぁぁ!」

 

 ぼんやりと佇む未来とは対照的に弾けた歓喜の声を響かせたのは、リボルギャリーのモニターを固唾を飲んで見つめていた亜樹子である。強敵が仮面ライダーによって倒されたことを純粋に喜んでいる亜樹子は胸の前で両手を叩き、飛び上がらんばかりにはしゃいでいた。

 

「誰か、彼を……!」

 

 だが、彼女の傍らに立つ指令役のリューは、壊れた人形のように放り出された未来の元部下の青年の姿を認めて最後の指示を出そうとしていた。

 これからすぐ後に待ち受けている戦いの結末が、蒼き鎧の女戦士にとって辛いものとならないことを祈りながらのことであった。

 

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