仮面ライダーW 追われるS   作:日吉舞

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同じ風、同じ空 <完結>

 結局俺たちは、未来が望んでいた結果を得ることは叶わなかった。

 彼女は自分が言った通り、罪を背負って生きていくことしか選べなくなってしまったのだから、皮肉な運命だと言えるだろう。

 ラスト・ドーパント、つまり堀内の肉体は跡形もなく消滅し、彼はいずれ失踪者として扱われることになる。その姿は永遠に戻ることがなく、行方不明のままで終わることは間違いなかった。

 あの後に一度未来と会って、みんなで賑やかに過ごすこともあった。しかし俺には、やはり彼女が未だ部下を失った苦しみを抱えたままでいるように思えた。責任感の強いあいつのことだから仕方ないとは思うが、こればかりは本人次第だからどうしようもない。

 もどかしくも、他人の俺が解決してやれる問題ではないことは明らかだ。

 早く、あの心優しき女戦士に笑顔が戻って欲しい。

 心から、そう願う。

 

 

 

 

 

 鮮やかな緑色の壁に囲まれた鳴海探偵事務所内に、翔太郎がタイプライターを打つ音が響く。

 パソコンのワープロソフトなどではなく古風な機械を使って報告書を作るのもまた、彼のこだわりであった。もっとも、同じ事務所の仲間から見れば、そうやって形から入ること自体が半熟たる所以に思えてならないのだが。

 がちゃがちゃと大きな音を立て続ける翔太郎のデスクにフィリップがコーヒーを置くと、やかましい騒音がぴたりと止む。照井が淹れた温かいコーヒーをすする相棒を尻目に、フィリップは長いパーカーの裾を揺らしながら壁にもたれかかった。

 

「ラストメモリは破壊したけれど、『七つの大罪』メモリはまだあと二本残っている筈だ。もっとも、果たしてそれがまだ誰かの手にあるのか、はたまた使い物にもならないメモリなのかすら分からないから、出てくるのを待つしかないわけだが」

 

 ようやく一つの局面が終わりを迎えたばかりなのに、天才少年が指摘してきたのはまた新たな緊張をもたらしてくる事実であった。

 これまでに破壊できたメモリは「プライド」、「ラース」、「グラトニー」、「ラスト」、そして「スロウス」の五本である。

 宙を睨みながらメモリの種類と本数を指折り確認していた翔太郎の思考を補うように、カフェテーブルに肘をついている亜樹子が疑問の声を上げた。

 

「えっと、残りは……何と何だっけ?」

「『エンヴィー』、『グリード』だ。嫉妬と強欲という暗示だな」

 

 彼女と並んでスツールに座っている照井が、すらすらと残りの二本を答えて見せる。

 

「今までで破壊に成功したメモリの暗示は『傲慢』、『憤怒』、『暴食』、『色欲』それに『怠惰』だよ。あきちゃん」

 

 フィリップも頷きながらそれぞれのメモリが示す意味を淀みなく応えると、亜樹子が表情を曇らせた。

 

「な、何かやばそうな響きじゃない?強そうで」

「大丈夫。きっとその時までに、僕が役に立つガジェットを作って見せるよ」

 

 その「女子中学生」所長と照井が座すテーブルに歩み寄りながら、少年が微笑んで見せる。

 彼が幼さの残る悪戯っぽい視線を残して奥のデスクを振り返ると、丁度翔太郎が作成の終わった報告書をタイプライターから外しているところだった。

 翔太郎が何枚かの用紙を重ねて整えてからデスクの上に置き、内容の確認を始めたところで、不意に紙の端がくいくいと引っ張られた。

 

「ん?」

 

 半熟探偵が、ふと用紙の上の方に注意を向ける。すると、掌の大きさほどある金属製の蟹が片方の鋏で報告書の束をつまみ、持って行こうとしているのが目に入った。

 蟹は細かい金属の束と剥き出しになった銅線とを組み合わせた大雑把な造りである割に、器用な動きを見せている。誰の手によるものなのか、あからさまにわかるほどだった。

 

「うおっ?」

 

 見たこともない疑似生命体の不意打ちに面食らって、翔太郎がびくりと上半身をデスクから跳ね退けさせる。その隙に蟹型の小さなロボットは報告書を掠め取ると、かさかさと音を立てながら床へと降り、部屋の隅へと向かって行ってしまった。

 慌てて翔太郎がその後を追おうと立ち上がるが、時は既に遅い。

 彼の視界に入ったのは、作ったばかりの報告書がまとめてシュレッダーに放り込まれ、吸い込まれていく非情な光景であった。

 

「あーっ!俺の報告書!」

 

 思わず両手で頭を抱えた翔太郎の絶叫が、鳴海探偵事務所オフィスに響き渡る。

 その様子を照井と亜樹子がぽかんとカフェスペースから眺めるのを尻目に、フィリップが怪訝そうな顔でシュレッダーに歩み寄った。完全に報告書を切り刻み終えたシュレッダーの横で、得意気にうろうろと動き回る蟹型ロボットをひょいと手に乗せて全体をくまなく眺め回す。

 

「……ああ。どうやら紙ゴミの類は、無差別にシュレッダーへ運ぶようになっていたようだ」

 

 自作蟹型ロボットの動きを確認していたフィリップが呟くと、ショックから立ち直った翔太郎が乱暴に足を踏み鳴らして相棒の目の前まで詰め寄った。

 

「何がゴミだと……って、また新しいロボットを作ってんのかよ。これ以上変なガラクタを増やすなって、昨日も言ったばっかりだろ!」

 

 怒鳴り声を上げた翔太郎の脳裏に、ここ二日ほどのオフィスでの惨状が蘇ってくる。

 ラスト・ドーパントとの戦いですっかりロボットの魅力に取りつかれてしまったフィリップは、短い間にガレージの機材で数体の小型ロボットを作り上げていた。

 

 しかしこれは、今後の仕事に役に立つと胸を張っているのは制作者の変人たるフィリップばかり、という有り様である。床をモップで水拭きするというロボットは逆にそこらじゅうを水浸しにし、コーヒーやお茶を淹れる給仕ロボットはやたら濃い、あるいは薄い飲み物を作ってはそれを人に渡せず壁に激突、というていたらくなのだ。

 おかげで翔太郎や亜樹子のみならず、照井までもがその後始末や掃除に追われたのだからたまったものではない。

 たった二日でこれなのだから、フィリップには別の興味の種を与えてやらねばこちらの身が持ちそうになかった。

 

「ガラクタとは失礼だね。それに、一の成功の裏には九十九の失敗はつきものなんだ」

「ったく、お前のころころ変わる趣味には付き合い切れねえよ」

 

 自信作のロボットをガラクタ呼ばわりされたフィリップが、憮然として唇を尖らせる。

 その相も変わらずマイペースな相棒に溜め息を漏らして側を離れると、翔太郎はそのまま愛用の黒い中折れ帽を手に取った。

 

「あれ、どこ行くの?翔太郎くん」

「ある人物と約束だ。遅くなるかも知れねえから、後で連絡する」

「そんなに間未来のことが心配かい、翔太郎?」

 

 フィリップから見事に図星を突かれた翔太郎の足が一瞬硬直し、まさにドアのノブを握ろうとしていた手までもが宙を掴む。相棒のハーフボイルド探偵が考えていることなどとうにお見通しのフィリップが、気まずさに振り返れないでいる翔太郎の背を見て意地の悪い一言を放った。

 

「彼女はもう依頼人ではなくなったんだ。あまり熱を上げるのはやめたまえ……そう、僕からは以前も忠告した筈だ」

 

 わざとなのであろう、諭すような色になっている少年の嫌みたっぷりな口調に、翔太郎は声を荒げていた。

 

「るせえ!何度も連絡するよりも、来るんだったら今日の午後に事務所に来いってあいつから……あ」

「やはりそうだったのか」

 

 予想はしていたものの、こんな単純な誘導尋問にあっさりと引っ掛かるほどだとは。

 そう顔に書いてある照井が呆れて軽く首を振った。

 やたらと悪女に縁のある翔太郎が、何度騙されても何故懲りるということを知らないのか、理解に苦しむ。それも今回は翔太郎の方から何度も連絡しているというのだから、積極的に騙されに行っているようなものではないか。

 

 もっとも、未来という女は悪女ではないのだが。

 それにしても、節度というものがあるだろう。

 今度は照井の発する声なき声からこの場全体の雰囲気を読んだ翔太郎が、自分の立場のまずさを悟ったらしかった。

 

「と、とにかく約束は約束だ!俺はもう行く」

 

 彼は帽子を目深に被り直して皆の視線を遮ると、無理矢理自らの行動を正当化する一言を残して出入口をくぐっていく。

 残された三人は乱暴に閉められたドアを見つめていたが、出ていった慌ただしい足音が聞こえなくなった頃に亜樹子が溜め息をついた。

 

「あーあ、もう。翔太郎くんってば……ん?あ……そっかあ」

 

 ふと壁に貼ったカレンダーを目にした亜樹子が、言葉の終わりにぼそりとした呟きをのせる。

 その声が寂しげな色を帯びたことにいち早く気がついた照井が、気遣わしげな視線を彼女の方へ向けた。

 

「どうかしたのか、所長?」 

「うん……その」

 

 傍らの婚約者から優しく問われた亜樹子が、複雑な表情を浮かべて視線をカフェテーブルの上に落とす。自分のコーヒーカップを弄ぶ指先が、伝えなくてはならないことをうまく切り出せないでいることを物語っているようだった。

 だが、このまま何も言わずにいることはできないとはできないと早々に判断したのだろう。

 意を決したように、亜樹子顔を上げた。

 

「実はね……」

 

 

 

 

 

 

 暗く急な階段を上がってきた翔太郎は狭い、しかし明るく小綺麗な印象があるホールに出た。

 白い薔薇が活けられたガラスの一輪挿しが置かれたアイボリーのデスクには、赤ん坊と同じくらいの大きさがある上半身だけのロボットが据えられている。丸っこくて愛嬌があるフォルムにこれまた青いLEDの目をちかちかと光らせた受付ロボットが、見事な女性の合成音声で半熟探偵を出迎えた。

 

「いらっしゃいませ。ご用件をどうぞ」

「あ……あー、今日の午後からここの所長と約束がある、鳴海探偵事務所の左翔太郎だ」

 

 ロボットに対する受け答えに慣れていない翔太郎が、おっかなびっくりという感じで用向きを告げる。

 

「かしこまりました。照合しますので、少々お待ちください」

 

 間を置かずに受付ロボットが応えたが、それ切り黙り込んでしまう。

 翔太郎がロボットに声をかけたのは、未来が切り盛りする便利屋「オフィス・ユースフル」のエントランスだ。外国人が多く、ごちゃごちゃした雑居ビルの一角に構えられたこの事務所では、セキュリティに気を使っており、初めて訪れた亜樹子も受付に人間がいないことに驚かされたと聞く。

 

 しかし翔太郎は、長らくここで使われているであろうロボットであれば、フィリップの迷作のように予想外の動きを警戒しなくて済む安心感の方が強かった。

 今日彼がここを訪れたのは、沈みがちな未来を元気づけようとして何かと連絡していたが、それならば今日のこの時間に一度事務所まで来るように言われたからである。翔太郎から外出に誘われても未来は乗り気ではなかったようだが、遊び以外の目的ならば会えるということなのかも知れない。

 

 しかし、はっきりと仕事や依頼と関係がない用件、しかも一人で彼女の仕事場を訪れるのは初めてである。

 さしたる理由もなく緊張を覚えた翔太郎は、帽子を取ってから無意識にベストとネクタイを直していた。

 

「あ、帽子の探偵さん」

 

 そこで目の前の自動ドアが開き、中から小柄で若い女性が姿を現す。

 未来ではない。

 リボンやフリルが要所にあしらわれた、しかしダークブルーという落ち着いた色合いで甘すぎないテイストのワンピース。ふわりと毛先を遊ばせたセミロングの髪は、邪魔にならないようサイドでざっくりと纏められている。

 あのファッションに無頓着な女戦士とは正反対と言っていい、柔らかで女の子っぽい雰囲気を漂わせている女性だった。

 便利屋事務所に未来以外の若い女がいたことに多少驚かされた翔太郎が、軽く頭を下げて再度目的を告げた。

 

「所長の未来……さんとのアポがあるんだが」

「あっ、はい。えっと……」

 

 丸顔で愛嬌のある印象が強い女性が、一瞬困ったように視線を外す。

 が、彼女はすぐに事務的な笑顔を浮かべると、翔太郎に両手で何かを差し出してきた。

 

「所長から、これをお渡しするように言付かってます」

 

 女性が細い指先に挟んでいるのは、ミントグリーンの封筒だった。表には育ちの良さを窺わせる整った字で「翔太郎へ」とだけ書かれている。

 未来が書いたらしいその手紙を反射的に受け取った翔太郎は、飾り気のない封筒を裏返して呟いた。

 

「これを、俺に?」

「ええ。必ず一人で読んで欲しいとのことです」

 

 スクエア型のシルバーのシールのみで封がされた手紙を眺め回している男に女性が向けた言葉は、営業用の調子に戻っている。恐らく未来から詳しいことは何も聞いていないのだろう。手紙を渡したことで自分の役目は終わったとばかりに、彼女は一礼してから言った。

 

「では、私も業務がありますので。申し訳ありませんが、失礼します」

「あ……どうも」

 

 再びにこやかな営業スマイルを返して自動ドアの内側へと引っ込んだ女性に、翔太郎も一言礼を述べただけだ。

 オフィスに通されることもなく、その場に取り残される形となった翔太郎は、狐につままれたような心地になっていた。仲間にからかわれてまで訪ねてきたのに、その成果が一通の手紙だけとは拍子抜けさせられる。

 

 しかしわざわざ日時を指定して呼び寄せた相手に手紙など、未来も何のつもりなのか。緊急の用事が入ってしまったのなら、メールや電話など他の手段はいくらでもある筈なのだ。

 ただ、文面にしてあるのだから、よほどの事情があってのことなのだろう。とにかく今は、そこに書かれた内容が半熟探偵の好奇心を刺激して止まない。

 

「手紙か……」

 

 早くこれを開けて確かめたいという逸りを抑えながら漏らし、翔太郎はビルの出口へと向かう階段に踵を返した。

 ここまではハードボイルダーを飛ばして来ていたが、停めてあるのは以前未来の車について近所まで来た際に停車した場所で、少し離れている。乾いた初夏の風に煽られるフェルト帽を押さえながら、青年はいそいそと愛馬のところまで戻っていた。

 

 暖かい午後の日差しが優しく辺りを照らす中で、翔太郎はハードボイルダーに腰をもたせかけてから手紙の封を開く。中は封筒と同じミントグリーンの便箋に、二枚綴りでしたためられていた。封筒の宛名と同じく、綺麗な字が見やすい間隔で並んでいる。

 これまでの剛胆な女戦士の意外な一面を今一度見せられた気がした翔太郎は、ゆっくりとその文面を追った。

 

「翔太郎へ。ちょっとだけ久しぶりになったね。あんたがこれを読んでるってことは、私は……」

 

 小声で手書きの文面を読み上げていた翔太郎の目がそこで見開かれ、細く息を飲む音が上がった。

 驚愕に襲われたままの顔で食い入るように手紙を見つめていたかと思うと、突然手紙を畳んでベストのポケットに突っ込み、ハードボイルダーから乱暴にヘルメットを掴み上げる。

 キーを回して愛馬のエンジンを始動し、アクセルをふかして発車させる様は、ドーパントに襲いかかられた時よりも慌ただしい。荒いバイクのエンジン音は、周囲の人々が思わず振り返るほどだ。

 

 しかし当の本人はそんなことを気にかける余裕も全くないようで、とにかく前へ前へと突進しようとする。

 そんな半熟探偵が去り際に残した爆音は、先にオフィスで応対してくれた未来の事務所のスタッフ、翔子の顔をも上げさせるほどであった。

 

 白っぽく輝く滑走路に、大型の旅客機がのんびりと入ってくる。

 その鼻先は空港の端の方を向いており、これから海を越えた遥か遠くの国へと旅立つであろうことが予想できた。そして滑走路から枝分かれしてターミナルに伸びる飛行機の通り道には、同じように飛び立つ直前の旅客機が控え、行儀良く離陸の順番を待っている。

 肚の中に大勢の人々を収めた機体は各国の航空会社のシンボルカラーやマークで彩られ、そのどれもが春の陽光の中で浮かれているかのようだ。きっと乗客も同じように、まだ見ぬ土地への期待に胸を躍らせているに違いない。

 

 多分、数時間前にここを発った未来も、同じ気持ちだったのだろう。

 新天地への希望と不安を心に、この空へと吸い込まれていったのだ。

 国際空港の滑走路を臨む道路の路肩にハードボイルダーを停め、ゆっくりと動いていたジェット機をぼんやりと眺めていた翔太郎の耳に、騒々しいエンジン音が響いてくる。しかしそれもさして気になるというほどではない。

 

 翔太郎は視界の全体で広大な滑走路を捉えながらポケットを探り、ミントグリーンの封筒を取り出していた。軽く息をつきながら視線を落とし、ここへ来る途中で既に一度目を通していた文面にもう一度目を走らせる。

 

 

 

 

 翔太郎へ。

 ちょっとだけ久しぶりになったね。あんたがこれを読んでるってことは、私はもうこの国にはいないってことになる。

 私はこの日の朝の飛行機で、成田からアメリカのワシントンへ飛んでるから。

 ……実は、これはもうずいぶん前から決まってたことなんだ。

 目的は、国の意向でFBIの特別捜査官になるため。

 

 翔太郎も知ってると思うけど、私は軍事用に作られたサイボーグだった。

 だけど保安用、つまりは警察に近い組織で動いていくことに運用が変わることになったんだ。

 近い将来、日本にも凶悪犯罪に対抗するための組織ができることになってる。私はそこへの配属前の修行目的で、FBIで五年間鍛えられてくることが任務になったってわけ。本当のところはラースと戦ったときにあんたと会った生沢先生や、ラストと一緒に戦ったリュー、それにもう一人いる私の主治医の先生も、私をサポートする目的でアメリカに渡ることになってたりするの。

 

 黙ってて、本当にごめん。

 だけど、行く直前にあんたと顔を合わせたら、何だか行くのが嫌になっちゃうかもって思ったから。

 変な意味じゃなくてね。

 純粋に、ドーパントと一緒に戦った仲間と離れたくないっていう気持ちが私の中にあったから。

 時間にしてみたら一ヶ月もなかったのに、不思議だよね。

 散々泣いたり怒ったりしたけれど、その分だけみんなと心の距離が近づいたのかなって気がするよ。だから、余計に日本を発つのが名残り惜しくなってたのは本当。

 

 けど、翔太郎やフィリップくん、照井警視やあきちゃんたちがドーパントと戦い続けてるんだから、私は私で頑張らなきゃって、気持ちを切り替えることにした。五年後には必ず立派な捜査官になって帰ってきて、この国を守って見せる……ってね。

 それまでは、風都の平和は翔太郎たちが守ってくれるよね。

 何て言ったって、あんたたちは風都を守る正義のヒーロー、仮面ライダーなんだから!

 私は、ちょっと寂しいかも知れないけど、アメリカでFBIの一員として頑張るよ。

 あっちにドーパントはいなくても、人間の犯罪者は数え切れないほどいるんだし。私がちゃんと特別捜査官になれるよう、祈っててくれれば嬉しいな。

 

 って、こんなことが言えるのも、翔太郎が私を守るっていう誓いを破らなかったからなんだよ。

 あんたがいてくれたから、今の私があることは間違いない。

 私を守ってくれて、戦う時はいつでも隣にいてくれて……心の支えになってくれてすごく心強かったし、嬉しかった。

 心から感謝してるよ。

 本当にどうもありがとう。

 渡米前に、いい勉強になったと思う。それに、みんなと巡り会えた奇跡は、私にとって大事な宝物だよ。

 

 最後になるけど、これだけは書かせてね。

 私はあんたたちと出会って戦った、風都が大好き。

 辛いことも、悲しいこともあったけれど、新しい仲間との出会いをくれた街だから。あんたが前に言った通り、風都は私にとっても一番守りたい場所になったんだよ。

 あんたの愛する全てを、これからも大切にしてね。

 それじゃあ、またね!

 

 

 

 未来の話し言葉で書かれた手紙から、翔太郎は目を上げた。初夏直前の空はからりと晴れ上がり、透明な青に美しく澄んでいる。

 先に離陸したジェット機がその中でどんどん小さくなっていくのを見送りながら、彼は「七つの大罪」ガイアメモリの戦いで起こった様々な出来事に想いを馳せた。

 

 この国で、未来が最後にいた場所。

 何も言わずに去っていった仲間が、ほんの数時間前まで同じ空を見ていた場所。

 眩しい午後の日差しが爽やかな空気を照らす中、翔太郎が思い出すのは未来のことばかりだ。

 ドーパントと生身で殴り合うのを驚きの目で見たことから始まり、顔も見えない姿で互いの背中を守って戦うこともあり、この腕の中に泣き顔でいる彼女を抱きしめ、その女らしい一面を間近で感じたこともあった。

 

 翔太郎の心に最も強く焼きついているのは、未来がパワードスーツに身を包んで獅子奮迅の戦いを見せる姿ではない。

 ラスト・ドーパントの行方を探っていた時に、事務所の屋上で風都タワーを眺めながらコーヒーを片手に二人で語らった、束の間の安らぎ。

 あの時、未来は何も気負わない素の姿を見せてくれていた。そこでやっと翔太郎は、未来が戦士として純粋すぎる人物であることに気がついたのである。

 

 だから守るべき大切な場所がないと話した彼女に、風都を嫌いにならないで欲しいと願った。責任を果たせなかったと思い込んで、自己嫌悪のあまり思い出までも蔑ろにしないで欲しかったのだ。

 そして未来はこの時、残された時間が少ないことを確かに言っていた。

 それがアメリカへ旅立たねばならないことを指していたのだと、ようやくわかった。

 

「俺の愛する全てを大切に、か……」

 

 広げた便箋から再び目を落とした翔太郎が、ぽつりと呟く。

 自分が愛するもの。

 それは左翔太郎という存在をこの世に産み育んでくれた全て、即ち生まれ育った風都そのものであり、そこで作られてきた想いの全てだ。

 

 勿論、その中にはあの心優しき女戦士もいる。

 これからも彼女の側にいて、共に思い出を積み重ねていけるものだと思っていた。

 それが腕をすり抜けて去ってしまった今、残されたのは空虚さだけだ。まるで、身体に感じられる風がそのまま胸の中を吹き通っていく気すらする。

 

 正直、未来の存在が自分の中でここまで大きくなっていたのは驚きだった。

 せめて離れる前に、本人の口から一言あればまた違ったのだろうか?

「ちっ。別れの挨拶もさせねえとはな……最後の最後まで、お前は可愛くねえ女だよ」

 

 しかしそれも、あいつらしいと言えばあいつらしい。

 口に出してから、翔太郎は思い直してみることにする。

 彼の指先は、封筒に入れられていたもうひとつのモノを挟んでいた。

 手紙に同封されていた、一枚の写真である。ラストとの戦いが終わってから一度皆で会ったとき、未来のカメラで仲間たち全員を撮ったものだ。翔太郎と未来を中心にして他の全員が囲むように写っているが、翔太郎の隣で、未来がはにかむような笑顔を見せているのが印象的な写真だった。

 

 戦いが続いていた間、彼女がこんな表情を見せたことはない。

 カメラのレンズを通してではあるが、未来がこの笑顔を見せるようになってくれた。

 それこそが、彼女が活力を取り戻している証なのだ。

 そして迷いを断ち切るために敢えて何も言わずに旅立った未来は、何と芯の強い人物ではないか。

 

 心優しき女戦士にとっても、守るべき街となった風都。

 彼女から--大切な人から託されたささやかな願いは、必ず守り通して見せる。

 それがハードボイルドに生きる男のつとめなのだ。

 頬を撫でる空気の流れを感じながら、翔太郎は胸の内を声に出して呟いた。

 

「いいぜ、安心して行って来いよ。俺と……お前の愛する街は、必ず守ると約束する。だから絶対に、また……」

 

 帽子を片手で押さえた青年の言葉の終わりが、不意に強くなった風にかき消されていく。

 俺は、風都の誇る仮面ライダーだ--

 彼が目を細めて見上げる鏡のような空は、想いの全てをいだいて、どこまでも高く広く、晴れ渡っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 雲の上をまっすぐに飛び続けるジャンボジェット機は銀色の飛行機雲をたなびかせ、大平洋を越えた北米大陸を目指していた。

 アメリカ東海岸よりもやや内陸に位置する、首都のワシントンDC。そこがこの飛行機の目的地である。

 機体は既に雲海を突き抜けて安定した飛行に入っているため、シートベルトを外して足を伸ばす者、サーブされたドリンクで喉を潤す者、乗客たちは思い思いに空の旅を楽しんでいる。

 その中で、ビジネスクラスのゆったりとした座席からぼんやりと外を眺める若い女の姿があった。

 

「これで……良かったんだよ、ね……」

 

 頬を窓に寄せながら彼女がぽつりと呟いた一言は、鳴り止まぬエンジン音に紛れて他の者には届かない。

 軽い茶色のショートレイヤーの髪に小さなピアス、爽やかなミントグリーンのチュニックとベージュのカプリパンツ、足元は細いヒールのサンダルを合わせたファッションは、スーツ姿の男たちが目立つビジネスクラスでは浮いた印象がある。

 

 その細い肩にブルーのワイシャツが羽織られていることに気づいた隣の男性が、ニューヨーク・タイムズの記事から目を上げて話しかけてきた。

 

「ん?寒いのか、未来」

「え?う、うん。ちょっとだけね。ほら……髪、切ったばっかりだからさ。なんか、肩の辺りが涼しいのにまだ慣れなくて」

 

 眼鏡姿に知的な雰囲気を漂わせる男の気遣わしげな言葉を受け、未来は慌てたように答えてから笑顔を返した。

 未来の白い指が短くなった髪の襟足を梳く様子を尻目に、彼は彼女の半身にかかる特徴があるブルーのシャツをしげしげと眺めている。

 

「男物のシャツなんて持って来てたのか。でも、未来とはサイズも全然違うみたいだけど……」

「餞別としてもらったの。私の……大切な仲間から」

 

 一瞬、未来の視線が遠くなる。

 まるで元の持ち主を懐かしんで噛みしめるような口調に、未来の隣のシートに座す青年が首を傾げた。

 

「それは僕も知ってる人かい?」

「……ううん。杉田先生は知らない奴だよ」

 

 僅かに躊躇ってから返事を口にした未来であったが、男は眼鏡の奥の瞳を優しく細めただけだ。

 

「そうか。未来には、いい友達がたくさんいるんだな。アメリカに行ってる間に疎遠にならないよう、ちゃんと連絡した方がいいよ」

 

 そして彼は、愛おしげに未来の小さな頭に手を置いてゆっくりと撫でた。

 男の手の温かさを感じたのか、未来が嬉しそうに笑う。しかしそれもすぐに萎み、瞳に憂いの色を横切らせた微笑みに変わった。

 

「そうだね……」

 

 住み慣れた日本を五年も離れて危険な任務に就くに当たり、未来が不安や寂しさを感じていないわけがない。彼女がうるさく詮索されることを嫌う性質なのを知っているのか、隣のシートの男はそれで話を切り上げ、手にしていたニューヨーク・タイムズの記事に再び集中し始める。

 その気遣いをありがたく思いつつ、今一度窓の外に広がる空を眺め出した未来が心に描くのは、祖国を発つ直前にあった現実とは思えない戦いのことばかりだ。

 

 ガイアメモリという未知のテクノロジーが生み出した怪人のドーパントと、彼らと戦う仮面ライダー。

 その不可思議な存在を引き受けている、風都という街。

 仮面ライダーに変身する三人の男たち。

 そして、いつも戦いに巻き込まれた自分のことを支えてくれた、優しすぎる半熟探偵--左翔太郎。

 

 あんたがいてくれたからこそ、今私はここにいられる。

 何も言わずにアメリカに行っちゃうなんて、肝心なところで弱虫だよね、私。

 それでも、翔太郎やみんなと出会えて良かったよ。

 本当にありがとう。

 と、未来が小さく息をつき、軽く瞳を閉じた時であった。

 --また会おうな、未来。

 

「あ……」

 

 思わず、未来が小さな声を上げて大きな瞳を開いた。 

 胸の中を一陣の風が吹き渡り、聞き覚えのある声が聞こえた感覚がはっきりとあったのだ。

 翔太郎と二人、鳴海探偵事務所の屋上で語らった一時。

 風都タワーの羽根を動かしていた、あの時と同じ風の香り。

 翔太郎と未来の心が重なる空が、風が、一瞬の奇跡を起こしていた。

 

 

 

 

 風都を守る仮面ライダーの片割れと、彼と共に戦ったサイボーグの女戦士。

 彼らが瞳に映しているのは、同じ空の輝きであった。

 この空は繋がっていて、風都に吹いた風は海を越え、いつしか異国の地まで辿り着く。

 俺たちは。

 私たちは。

 同じ空の下で、同じ風の中で生きている。

 戦いの中で互いに信じ合い、認め合ったという真実は、いつまでも互いの心に生きている。

 その絆が途切れることは、決してない。

 だから、きっといつか--

 

                                     -完-

 

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