二人--正確には三人の仮面ライダーが上空から見たのは、ドーパントと思しき異形の眼前で、若い女が胸から下を地面にめり込ませているという奇妙な光景だった。
ハードボイルダーの後部を換装し、圧倒的な推進力を得て空を飛ぶハードタービュラーのボディに立つWは、翔太郎が咄嗟にトリガーフォームにチェンジを図っていた。彼がトリガーマグナムから放った光弾は、ほぼすべてが狙い違わずプライドに命中してくれたようだ。
プライドが悲鳴を上げて仰け反った様子は、男たちに攻撃の機会が早くも訪れたことを伝えている。
「奴は俺に任せろ。お前たちは、彼女を頼む!」
それ以前に差し迫った状況であることを一目で悟ったのは、流石に経験を積んだ刑事だと言えるであろう。深紅に輝く身体の仮面ライダーアクセルは振り返らずに言葉を残して、まだ宙を疾走し続けているハードタービュラーから地面に向かって飛び下りた。
「よし。一度、こっちへ彼女を引き上げよう」
照井は土の地面へ見事に着地し、早くもエンジンブレードをプライドに振り翳している。頷いたWの半身であるフィリップが、両手に新たなメモリを挟んでスイッチを入れた。
「LUNA(ルナ)!」
「JOKER(ジョーカー)!」
聞き慣れたガイアウィスパーが空にかすかな残響を乗せた直後、Wの腰に装着されたドライバーへ輝くメモリが滑り込んでいく。
「LUNA(ルナ)!」
「JOKER(ジョーカー)!」
連続したガイアウィスパーとともにWの全身が輝き、サイクロン・トリガーからルナ・ジョーカーへとフォームチェンジした。
「つかまれ、未来!」
身体換装が完了したことを感触で確認した翔太郎は、遥か下方で今だ身動きが取れないでいる未来に向かい、右手を突き出した。幻想を司るメモリの力を得て黄色に輝く右腕がゴムのように伸び、地面から突き出た未来の上半身に勢いよく絡みつく。
「きゃっ!」
投げ縄で括られた羊さながらに半身を強く上に引っ張られ、未来が思わず悲鳴を漏らした。瞬時に即席の底なし沼から空中に吊り上げられた細身の身体が、低空で滑空してきたハードタービュラーに受け止められる。彼女は猛スピードで空を舞い続けるハードタービュラーの慣性によろけながらも、Wの隣にしっかりと足を踏ん張って着地した。
「左さんに……フィリップくん?」
「ああ。危なかったな」
昨日姿を目にしたばかりだが色が全く異なるWの顔を、未来が確認するように見上げてくる。翔太郎が表情を浮かべられない顔を頷かせると、彼女はようやくほっとしたようだった。
「ありがと、助かったよ。だけどこの腕はキモい」
安心ついでにもう余裕が出たのか、未来はWの輝く腕をしげしげと眺めた後に低い声で言った。早速の憎まれ口を耳にした翔太郎が、思わず彼女を支える腕を離してしまいそうになる。フィリップが慌てて押さえなければ、未来はハードタービュラーから振り落とされていただろう。
「あん?助けてもらったくせに、いちいち文句言うな!それにいくらタフだからって、女に無茶は禁物だぜ」
「全く。無茶は翔太郎だけで十分だ」
「うるせーよ!」
未来をたしなめた翔太郎にフィリップも同意したが、二人の意図するところは異なるようで、Wの中で二つの人格が軽いじゃれ合いを演じている。傍からは随分器用な真似をしているように見えるWに、未来は疑問を投げ掛けた。
「それにしても、どうしてここがわかったの?」
「あんたは並みの男じゃ手に負えないじゃじゃ馬だからな。見張りをつけといて正解だったってわけだ」
翔太郎が視線を宙に走らせると、その隅に大きな昆虫の形をした影が映り込んでくる。
フィリップの母であるシュラウドから託されたメモリガジェットの一つ、スタッグフォンが役目を終えて手元に戻ってきたのだ。これは、目標を定めておけば追尾して逐一情報を知らせてくれる機能を持つ優れたツールで、今や翔太郎の探偵業には欠かせない。これで昨日の夕方から、こっそりと未来の周囲を見張っていたのである。
未来はしかし、翔太郎から暴れ馬扱いされたことに憮然とした顔で抗議した。
「じゃじゃ馬って誰のこと?あんたこそ、いちいち一言多いんだってば!それに、あれは誰なの?仮面ライダーって、一人じゃないわけ?」
彼女が地上でプライドと既に戦闘状態に入っている赤いアーマーを纏った姿を見やると、今度はフィリップが答えた。
「彼は風都を守るもう一人の仮面ライダー、アクセルだ。照井竜の変身した姿だよ」
「え?照井って、昨日いたあの人だよね。へえ、あのむっつり刑事(デカ)が……」
部下から鬼刑事と畏怖の念を込めて呼ばれている照井がむっつりと評されたことに、翔太郎とフィリップは含み笑いを隠せない。表情が見えなくて助かったというのは二人に共通した考えだったが、アクセルの援護には一刻も早く入らねばならなかった。
「早く僕たちも行かなければ……飛び下りよう。しっかりつかまって!」
フィリップはプライドがアクセルの応戦に手一杯であることを確認し、ハードタービュラーを低空へと降下させた。未来に危険がないよう片手で身体を支えてやり、ハンドルから手を離して車体を蹴る。
Wと未来は膝を使って着地の衝撃をうまく逃がし、C-SOLの敷地にゆっくりと立ち上がった。
「未来、あんたは早く建物の中に逃げろ」
翔太郎の声に促された未来が素直に頷き、仮面ライダーたちに背を向けて走り始める。背後を二人のヒーローがしっかり守ってくれる安心感があり、彼女は脇目も振らず目的のAWP棟へ疾走した。
仲間が危機を脱したことを確認したらしいリューが、安堵の溜め息をつきながら未来に音声を送ってくる。
『ヒロインのピンチにヒーローが登場ですか。まさに王道とはこのことで』
「誰がヒロインだっての!けどまあその通りかな、今のところはね」
声に出して答え、ポニーテールの長い髪を揺らし、未来は走り続ける。その幼さが残る顔に悪戯っぽい笑みが浮かんでいることを、Wとアクセルは知る由もない。
「また貴様か!どいつもこいつも、私の誇りを傷つけるような真似を……」
アクセルに続き突如現れたWへ、プライドが怒気を露にして吐き捨てる。
紅き鎧に守られたアクセルが持つエンジンブレードは切れ味が鋭いだけでなく、その重さで鈍器としての破壊力も持つ恐るべき武器である。斬りつけられたダメージは少なくとも、喰らった分だけ響いた衝撃はプライドの身に確実に蓄積され始めていた。
「お前は風都で発生している器物損壊、及び傷害事件の容疑者だ。観念するんだな」
「それ以前に……俺たちは仮面ライダーだ。自分勝手な理由で人を傷つける奴を、許すわけにはいかねえ」
エンジンブレードの剣先を一度下ろしたアクセルの横にWが進み出て、自らの矜持を口にした。
役者は揃ったのだ。
Wの中で翔太郎とフィリップが声を合わせ、黒い左手の指先を徐にプライドへと突きつける。
「さあ--お前の罪を数えろ!」
海風に二人の重なった台詞が乗り、余韻が消えないうちに仮面ライダーたちが猛然と走り出す。
先に攻撃態勢に移ったのはアクセルだ。三〇キロの重量があるエンジンブレードを軽々と両手に構え、敵を叩き斬らんと振りかぶる。当然、対するプライドも黙って斬られはしない。先に未来へ突きつけた水の剣をアクセルの斬撃に合わせて振るい、正面から受けて立った。
しかしドーパントとはいえ、元は普通の人間だ。アクセルが立て続けに繰り出す攻撃に、たちまち防戦一方へと追いやられていく。プライドは堅固な外皮を持つドーパントのため、刃が激突しても火花を派手に散らすだけだが、重ねられていく衝撃はいつまでも耐えうるものではないのだろう。アクセルの動きを追い、攻撃を防ぐ水の刃の構えにも焦りが垣い間見える。
アクセルは二年前から仮面ライダーとなり、今や歴戦の戦士となっていた。その彼の前では、ドーパントになって日が浅い者の稚拙な戦闘技術など砂の城も同然なのだ。
「おい、お前の相手はアクセルだけじゃねえぞ!」
と、横合いから律儀に声を上げて、Wが左の拳を叩き込んだ。
「痛ってえ!」
攻撃がまともにプライドの上半身を捕らえた途端、翔太郎が叫び声を上げて黒い腕を引っ込めてしまう。アクセルが得物でダメージを与え続けていることに、つい素手でも攻撃が可能な気がして打ち込んでしまったのだ。試しに、蹴りと突きを織り混ぜた連続攻撃を喰らわせてみる。
「邪魔だ、どけ!」
やはりそれも殆どの威力が削がれてしまっているようで、アクセルとの斬り合いで必死になっているプライドにいともたやすく振り払われてしまった。
「やはり素手では無理なようだ。こちらも打撃ダメージを追加できる武器を持とう」
「ああ、わかってる!」
フィリップの提案に頷いた翔太郎は素早くドライバーからメモリを抜き取り、新たなそれのスイッチを叩いて滑り込ませた。
「HEAT(ヒート)!」
「METAL(メタル)!」
ガイアウィスパーがドライバーから溢れ、Wの姿が金属光沢を放つヒート・メタルのフォームに一瞬で変わる。同時に手元に出現したメタルシャフトを両手に構え、Wは再びプライドとの距離を詰めた。
Wの装備する武器の中でも高い攻撃力を誇るメタルシャフトが一閃され、強烈な打撃がプライドの肩に打ち込まれる。
「ぎゃっ!」
濁った苦鳴がと重量感を伴った衝撃音がドーパントから上がったのは、メタルシャフトが期待通りの効果を上げているからだろう。自らの攻撃に確かな手応えを覚えた翔太郎とフィリップがWの内で呼吸を合わせ、苛烈な連続攻撃を組み上げていく。
二人の精神と二つの色を持つWの猛攻が始まった。身の丈よりも長いメタルシャフトを振り回し、払い、突き、打ち込み、見事な技の連携をアクセルと共に敵へと浴びせていく。火花を散らしながら重い音を響かせ、金属の輝きを全身に纏って戦う彼らの姿は、陽の光を跳ね返し、動きある複雑な旋律を風の中で奏でていた。
「おのれ!舐めるなよ、若造どもが!」
二人の仮面ライダーが放つ攻撃の雪崩に叩き込まれたプライドが、怒りに任せて吠えた。「プライド」のメモリの力に精神を飲まれているだけあって、誇りを傷つけられることが何よりも腹立たしいのだろう。堅固な外皮も、恐らく心を守る力の象徴として出現しているに違いない。
しかし二対一の戦闘で不利なことはわかっているのだろう。プライド・ドーパントは背後に迫っていた噴水に左腕を突っ込んで水飛沫を跳ね上げると、新たな装備を一瞬で作り上げた。
「……水の盾か」
アクセルが呟き、新たにプライドの左腕に装着された円盤状の板に注意を向ける。
プライドが持つ水の剣は、どんなにエンジンブレードの攻撃を止めても欠けることがなく、折れてもいない。それと同じ強度を持つのだとしたら、少々厄介だった。
「奴の回避力が少し上がった程度だ。別に恐れることはない。それに、ただでさえ高い防御力を今更上げようとしているのは、もう僕たちに勝てないと自分から宣言しているようなものだ」
プライドは新たに作り出した装備で敵を攻撃して逆転を図るのではなく、自分がこれ以上傷を負わないようにして切り抜けようとしている。即ち、心理的には既に負けていることを認めているのであり、隙あらば逃げようとしているのだと見ていいはずだ。
的確な相棒の分析に、翔太郎が意識の中で頷く。
生身の人間にはとても扱えない重さを持つ武器をバランス良く握り込み、Wが構え直した。
「ふん。いくら物質の硬度を操るとは言っても、所詮は戦いの素人ってことだ。照井、一気に決めるぞ!」
「ああ。こいつに全て吐かせるのは、取調室でだ!」
Wの傍らでアクセルがエンジンブレードを振り上げ、今度は二人同時にプライドへ挑みかかる。
プライドは背にしていた噴水から遠ざかると、左腕の盾でエンジンブレードの斬撃を受け止め、右腕の剣でメタルシャフトの打撃を弾き返した。一旦身を守ると決めたらその方向に集中できるのか、アクセルとWが勢いをつけて攻撃の連携を図っても、なかなかその防御を崩すことができない。
二方向から襲ってくる攻撃を別々の方向へ逸らすことに成功しがプライドが、更に素早く後ろへと退く。かと思うと、二人の仮面ライダーに背を向けて走り出した。
「やはり逃げるつもりか。しかし、そうはさせん!」
距離を離しにかかっているのが明らかなプライドへ迫らんと、アクセルが土の地面を蹴って走り出す。
「翔太郎、逃がすな!」
「当たり前だ!」
予想よりもよりも早く逃走に移り、しかもかなりの脚力を持っているらしいプライドの姿はたちまち小さくなっていく。慌てたフィリップが叫ぶとほぼ同時に、翔太郎はルナメモリを取り出してスイッチを叩いていた。
「LUNA(ルナ)!」
Wが稼働状態になったメモリを素早く差し替えて、ハーフチェンジを試みる。
翔太郎は右半身が黄色に輝き、ガイアウィスパーの響きが残っているうちに、メタルシャフトが独特のしなりを持ち出したことを確かめた。ルナフォームの力を与えられたメタルシャフトは長さが自在に変化する鞭となり、逃げる相手を捕らえるには最適なのだ。
「待ちやがれ!」
翔太郎が怒鳴って、逃げるプライドに狙いを定めた時である。
何の前触れもなく、全身が真下に落ちたように視界の中心ががくんと下がった。
「おわっ!」
不意に襲ってきた感覚にバランスを狂わせ、翔太郎とフィリップが上げた声が重なる。
一呼吸するいとまもなく、今度は左右で色の違う肘が地面に当たった。いや、肘が当たったと思ったら、そのまま硬さを失った地面に腕がずぶずぶとめり込んでいく。今やWは身体の半分以上が地面に沈み、胸から上だけが突き出ている状態になっていた。まるで深い沼で溺れ、沈みかけている様子さながらである。
「くそっ、こいつは……!」
Wが必死に土中の足をばたつかせて浮上しようとするが、いやらしい粘りがある地面に足首が絡め取られ、なかなかそれも叶わない。見ると、数歩離れた場所でアクセルも同じ有り様に見舞われていた。Wよりも重量があるアクセルは沈み行くのも早いようで、既に肩口の辺りまでが見えなくなっている。
二人の仮面ライダーは辛うじて武器を落とさなかったものの、今や頼りにになる筈の装備ですら、突如として現れた底なし沼からの脱出を阻んでいた。
「私の邪魔をする者は、全員地の底で溺れ死ぬがいい!」
それでも何とかこの状況から逃れようともがく二人に、大地にしっかりと立っているプライドの哄笑が響く。
彼らを巻き込んだ死を呼ぶ沼は、プライドが未来に迫った際に作り上げたのと同じものであった。
が、Wとアクセルを飲み込んだそれは大きさが全く違っていた。プライドの能力が先に出現させた底なし沼は、せいぜい直径が二メートル程度しかなかった。一方今現在のそれは、どう見ても二十メートル以上の範囲に影響を及ぼしているとしか思えない。ここから逃れたければ、頭まで没する前に身体中に纏いつく泥状の地面を移動するしかないのだ。
「くそっ!」
アクセルが吐き捨てて上に這い上がろうとするが、何しろ体重を支えてくれる地面が手の届く範囲に存在しないのである。溶けかかったソフトクリームのような地面で両手両足を使い、生き埋めにならないようにするだけで精一杯だった。
「畜生、これじゃ奴に時間を稼がせるだけだ!」
Wの中で翔太郎が歯軋りを漏らすが、少しでも手足の動きを止めれば地面に飲み込まれることは必至で、とても攻撃やフォームチェンジする隙がない。この地形を作り出しているプライドがある程度離れれば元の地面に戻るかも知れないが、それではもう遅いのだ。
このまま、みすみす敵を逃がしてしまうのか!
二人の仮面ライダーが、敵の能力を甘く見ていた己に対する怒りと後悔の念に支配されかかる。
が、それがまだ早かったことを、彼らは数瞬の後に知ることとなった。
大地があるべき姿を取り戻しかけ、人間を取り込むのを思い止まったかに見えたその時、プライド・ドーパントは一発の銃声とともに弾き飛ばされたのである。