ホグワーツに入学して一ヶ月が経った。この頃になると個々の能力や才能というものがはっきりと分かってくる。その中でもリドルは飛び抜けていた。飛び抜けて彼女は優秀だった。
マグル生まれの彼女が、純血の貴族達を差し置いて一発で呪文を成功させる光景は、スリザリンの中では非常に浮いていた。普通ならば嫉妬に侮蔑に色々と混じって虐めでも起きそうな物であるが、リドルは巧みにそれを躱した。
「才能があるなんて、とんでもないわ。私はただ、努力をしただけよ。いい? こうやるの……」
容姿端麗にして成績優秀。加えて性格も優れているとなれば、嫉妬が人気に変わるのは容易かった。純血の少年達、あのノットやレストレンジも、黒色の瞳に見つめられてどぎまぎしちゃって、お決まりの「穢れた血め!」も出てこなかった。
対して僕は、最悪の学生生活を送ることになった。それまでは幸福に過ごしていたんだ。あの授業が始まるまでは……!
「今日の授業は何だと思う!?」
朝起きて、談話室で僕は開口一番にリドルへと話しかけた。彼女は苦笑しながら言った。
「そりゃあ、君が大好きな……」
「そう魔法史だ! 魔法史の授業だ! ホグワーツで最も重要かつ優れた教科だ!」
「う、うるさいな……」
「これが騒がずにいられるか! 尊敬するバチルダおばさんの教科書で、ホグワーツという最高の学校で学べる! これ程の幸福があるものか!」
「はいはい」
そんなわけで、僕は期待に胸を躍らせながら授業に向かった。リドルの隣に座って、さあ、さあ! と先生を待っていると、突然黒板からゴーストが出現して驚いた。
「ゴーストだ! ゴーストの先生……! これは期待できるぞ! 歴史的事件を実際に目にしている可能性がある!」
「ふうん? 君がそう言うのなら、期待しようじゃないか」
ゴーストの先生はカスバート・ビンズと名乗った。年老いた先生は、どうやら自分が死んだことに気付いていないらしく、ゴーストである事をアピールしないまま授業が始まった。
──そして、それから悪夢が始まった。
「なあ、アルフレッド」
「……なんだよ」
「これの、どこが、ホグワーツで最も重要かつ優れた授業なんだい? 教科書を朗読しているだけで、おっそろしくつまらないじゃないか!」
「う……ぐうう……!」
そう、そうなのだ。ビンズ先生の授業は、物凄くつまらなかった! 期待に胸躍らせる新入生の、緊張と期待に満ちた初回の授業で、大半が居眠りをしてしまう有様! こんな、こんな事って……。
「教科書を朗読するだけで、こんなにつまらなくなるはずがないのに……何故こんなにもつまらないんだ? 確かに他の授業に比べて、魔法らしくも、実践的でもないが、それにしたってこのつまらなさは異常だ。どうしてここまでつまらなく出来るんだ?」
「い、言うな! 魔法史はもっと面白い教科のはず……なんだ。教科書が悪いんじゃない……バチルダおばさんが悪いんじゃない……! 教え方が悪い……! 先生っ!」
「はい?」
ビンズ先生は突然声をかけられたことに大変驚いているようだった。生徒に質問されて驚くって、それでも教師か!
「僕の名前はアルフレッド・バグショットです。この教科書を書いたバチルダ・バグショットに学んでいます! そこで質問、というか提案なんですが、もう少し歴史的な背景や事実を加えて、情景を描くように講義した方が良いのではないでしょうか! 普通一年生は、先史魔法族が住居に使った木材の説明に、まったく興味を抱きませんよ! モミの木でも松の木でもどうだって良いと思うのが実情ですって!」
「あー……ウィーター君? 生徒が講義の内容に口を出すものでは無いよ。では次に、魔法族はどのような木を好んだのか……」
「くそっ! 生徒の名前を覚える気さえ無い!」
「……ご愁傷様」
そんな一幕にも注目されないほど教室には睡魔が降りていて、色々と面白くしようと僕は努力したのだが、何の成果も得られずに授業は終わった。生徒達は皆、授業から解放された後、「魔法史ってつまらねーな」と口々に言っていた……。
「あー……アルフレッド、そう気を落とさずに……。ほら、僕は最後まで寝ずに聞いていたからさ……」
「ぐごご……! ぐぎょぎょおっ……! げげげぇっ……!」
「こ、壊れている……」
地獄だ。ホグワーツは地獄だ! ……だが、まだ救いのある地獄だと、僕は知っている。
その日、僕は中庭で呪文の練習をしていた。談話室では手狭だし、周囲にも迷惑がかかるので、呪文の練習をするときは多くの生徒が外に出ている。僕もその例に漏れず、とある呪文の練習を熱心に行っていた。
しかし、これが中々上手く行かない。一年生の範囲を大幅に超えているというのもあるが、それで諦める理由にはならない。何とかコツが掴めないものかと思案していたが、そこにリドルが話しかけてきた。
「やあ、アルフレッド。君は他の生徒みたいに、攻撃呪文を練習してはいないんだね」
リドルは意外そうに言った。彼女は珍しく一人だった。いつも周囲に人を連れてお姫様扱いだってのに、僕と話すときには何故かいつも一人でいる。加えて何時もの猫を被った丁寧な言葉遣いも使わない。
「ああ、リドル。まあ一年生の範囲はもう覚えているからね。それよりも、もっと重要で役に立つ呪文を練習しているところさ」
「へえ、それは?」
「目くらまし術。透明になる呪文さ。透明マントは高いし、動くのには邪魔だからね」
「……どうして役に立つって? そんなものよりも学ぶべき呪文は沢山あるだろう。もっと強力な呪文とかさ」
リドルは不思議そうに言った。まあ、一年生は普通知らないだろうから、教えてやろう。
「ちょっと、こっちに」
「ん? うん」
リドルの手を引いて、人目に付かない木陰に移動して、僕は言った。
「──ホグワーツには、禁書の棚というものがある。そこは普段見張られていて、生徒は立ち入ってはいけないことになっている。危険な書物が沢山あるからね。だが、この呪文があれば、気付かれずに侵入することが出来るというわけだ」
「へえ……! 禁書の棚か。それもホグワーツの遺産ということか……」
「ああ。そこにはきっと、僕の知らない魔法史に関する本も置いてあるに違いない。そして、ホグワーツの秘密、遺産の手掛かりについても、きっと! ビンズ先生の授業が控えめに言ってナメクジのゲロだったから、自分で学んでやるんだ!」
リドルは大変興味深そうな眼をした。そしてにやりと笑って言った。
「それを話したということは、勿論僕も連れて行ってくれるよね?」
「何を言っている。禁書の棚は危険なんだ。だから……」
「む……」
「だから連れて行くに決まっているだろう! 僕だけじゃ危険すぎる。君ならばどんな呪いにも対処できると信じているよ。嫌だと言っても連れて行くからな!」
「むっ、む、そう、か。ふふん。そうだろうね」
リドルは長い黒髪をかき上げて、得意そうに笑った。にやにやと、常ならば取り巻きには見せないような表情を浮かべている。しかし、引き受けてくれるのならば話は早い。いや、話を早くしなければならない。
「そうと決まれば、練習をしなくちゃな。ホグワーツ指導要領以上の実力を身につけなくちゃならない。行くぞリドル!」
「え? ……行くって、どこに? それにホグワーツの指導以上の力を身につけるために指導以上を身につけるって、矛盾していないか?」
「それが矛盾していないんだ」
僕はこそこそと、また声を潜めて言った。リドルは耳をそばだてて集中して聞いた。
「──君は、必要の部屋を知っているか?」
必要の部屋──あったりなかったりの部屋とも呼ばれるこの部屋は、複雑な錬金術の成果として、秘密裏に広く知られている。一見矛盾しているようだが、知られているところには知られているということだ。教師側も黙認しているような節があり、公然の秘密のような状況となっている。
ホグワーツ城八階のとある廊下の前で、必要とするものを強く念じながら三回行き来すると現れる。その中には望む物があり、或いは望みが叶う部屋が現れている。
「……ということを、ゴドリックの谷にあるパブで盗み聞きした。まったく、魔法使いの秘密主義には呆れる! こんな便利な部屋は一般公開して有用に使うべきだというのに!」
「いや……秘密にする気持ちは分かるよ。ここは素晴らしい部屋だ」
僕達が望んだのは『呪文の練習をする部屋』だった。目的を大っぴらに出来ない以上、隠れて練習する場所が必要だったのだ。もっとも、場所が場所なので、ここに出入りしていることは教師側に露見するだろうが、何をしているかまでは知られないだろう。
「ターゲット用の人形に、ああ、成る程。指導要領を超える、か。呪文集の本まで揃ってある。これなら確かに存分に学ぶ事が出来る」
「程度はあるがね。魔法史を学べる部屋を望んでも、全部読んだ事のある本しか出なかった。折角なら古代の品でも出てくれば良いのに、真の秘奥までは見せてくれないらしい。ホグワーツの遺産の一つではあるが、あくまで表面をなぞった程度のものだ」
僕達は広々とした室内を歩き回って、その構成の緻密さに感嘆した。先程はああ言ったが、やはりこの錬金術は呆れるほどに素晴らしい。どうして製法を残してくれなかったのかと、悔しくなる。
「ホグワーツ城の設計は、ロウェナ・レイブンクローの手によるものだ。そして、最も有名なホグワーツの遺産の一つ、失われたレイブンクローの髪飾りの持ち主でもある。……それはきっと、ここホグワーツに隠されているに違いない!」
「それを探すための禁書の棚。そして禁書の棚を探すための必要の部屋か。……ふふっ、道が出来たね。君のおかげで僕は神秘に近づける。長く見えるが、僕にとっては短い道さ」
「早速練習を始めよう。まずは目くらましの術。それが出来たら大小様々な呪い破りの方法だ!」
「ああ!」
リドルの実力は流石であり、加えて彼女は教えるのも上手かった。伊達に普段から取り巻きを連れていない。彼女は一つ呪文を覚える度に楽しそうにして、自分の力を嬉しそうに見せ付けた。
僕もまた、リドルの指導のおかげで、時間はかかったが無事に目くらましの術を覚えることが出来た。加えて明らかに学年以上の術についても習熟していった。僕達はとても楽しく、魔法について学んでいった。それは最悪な魔法史の授業を忘れさせてくれるほどだった。
……しかし、リドルは必要の部屋に出入りして、僕と練習を重ねるに従って、段々と浮かない顔をするようになった。
彼女は僕に何かを尋ねたがっているようだった。杖を振りながら、視線をこちらに向けてきて、何も言わずにじっと見つめてくることがあった。
だが、そんな事に気が付いても、尋ねたい、教わりたいのはこちら側で、教えるようなことは一つもありゃしないのである。僕は不思議に思いながらも、まあその内聞いてくるだろうと思って、それよりも大事な呪文の練習に心血を注いでいた。