僕は身構え、身を覆うプロテゴの護りを意識して高めた。対してリドルは言葉を紡がず、好戦的な笑みだけを浮かべて杖を振った。
「っ……!」
半透明の防御に罅が入る。切り裂き呪文、ディフィンドか。しかし無言か。無言か! リドルは一年生なのに無言呪文まで使えるのか。ノットやらエイブリーやらロジエールやらは彼女へ尊敬の眼を向けている。
「さ、流石だよ、トム……! 君はダンブルドアなんて目じゃない。最強の魔法使いになれる!」
「君こそ魔法使いの誇りだ!」
「ふふふ、ありがとう。……さて、バグショット君? 降参するなら今のうちよ」
罅に向かって幾つもの攻撃呪文が飛んでくる。傷は深く、これまでのようにただ棒立ちでいるわけには行かない。僕は移動しながら呪文を放つ。今までのように余裕ぶってはいられない!
「コンフリンゴ爆発せよ! ステューピファイ麻痺せよ!」
僕が続けて放った呪文は、数人を纏めて吹き飛ばしたがそれで攻撃の手が止むわけではない。
「エクスパルソ爆破!」
「エクスペリアームス!」
「ボンバーダ。ボンバーダ。ボンバーダ。……っふふ!」
「っちい!」
リドルの三連続爆破呪文は消えかかっていた護りを跡形もなく吹き飛ばした。僕は辛うじて避けたが爆風は身体を吹き飛ばして廊下の隅にごろごろ転がった。その隙を彼らが見逃すはずもなく、様々な呪文が飛んでくる。
「ペトリフィカス・トタルス!」
「ウィンガーディアム・レヴィオーサ!」
エイブリーとノットの呪文を僕は躱し、代わりに「エクスパルソ!」爆発呪文を放った。しかし相手に届く前にリドルが「フィニート」と周囲に見せ付けるように消滅させた。
「ははは、流石だね! やはり君は飛び抜けて優秀だ! だけどね、アルフレッド。分かっているはずだよ。君は僕には勝てない。その上数でも負けている。降参した方が良い」
「何を! 僕が望んでいたとおりの展開になったじゃないか。僕と君は決闘しているんだぞ今! どうして降参するって!」
「……そうかい、なら」
「「サーペンソーティア!」」
僕達は同時に蛇出現呪文を放った。しかしその体躯は比べ物にならなかった。僕の出した蛇が精々一メートル程度なのに対し、リドルの出した蛇はパイプ管ほどもある太さで、背丈も十メートルを優に越していた。バジリスクほどではないが、それでも大きすぎる!
「やれ!」
「『食らいつけ!』」
加えて指示にも明確な差がある。リドルがシューシューとパーセルタングを使うのに対し、僕は何となく命令することしか出来ない。敢えなく僕の蛇はリドルの蛇に飲み込まれ、黄色の双眸がぎらぎらと僕を睨み付けた。
「なに、バジリスクと違って死ぬわけじゃない。蛇なら冬眠しろ。グレイシアス氷河となれ! レダクト粉々!」
体積が大きいのが幸いした。リドルが呪文を唱える前に蛇は凍り付いて粉々に砕け散った。パラパラと凍り付いた肉片が廊下中に飛び散らかる。
「コンフリンゴ! ボンバーダ!」
「はははっ! 楽しい、楽しいよアルフレッド! だがね……ヴィアンドトータム・ロコモーター! 全ての肉よ動け!」
「はあっ!?」
散らばった大小の肉片が、リドルの呪文によって攻撃を防ぐ盾となり、こちらに降り注ぐ礫となる。その隙間から赤やら黄色やら攻撃呪文が降り注ぐ。流石に避けきれない。最早攻撃は点ではなく面である。
僕は吹き飛ばされた。
肉が裂かれる。骨が軋む。地べたに這いつくばって、一気に抜けた肺の空気を取り戻そうと、絶え絶えに呼吸をしようと試みる。そこへカツカツと嘲笑うような靴音が寄ってきた。
「ウィンガーディアム・レヴィオーサ!」
「ぐう……!」
誰かの呪文で僕は中空に浮かされた。眼下にはにやにやと幾つもの薄ら笑いがある。
「こいつ、どうしてやろうか?」
「服を剥いでからこのまま中庭に行くのはどうだ? 皆に見せ付けてやるのさ!」
「いや、こんな奴こそ闇の魔術の練習台にしてみたらどうだ? リドルはもう使えるんだろう?」
エイブリーがそう言ったが、リドルは曖昧に笑った。
「そんなものを使うまでもないわ。彼はもう負けているのよ。これ以上やっても、先生達に目を付けられるだけ。それに彼は優秀よ。その優秀さが、私達の勇名を盛んに喧伝してくれるでしょうね」
「放っておけって? いや、そうはいかないな。こいつは散々、俺のお爺様を馬鹿にしたんだぞ! こいつにも屈辱を味わわせてやる」
「それは……やり過ぎよ。私達はもっと賢くあるべきだと思うわ。何もわざわざ、罪を犯す必要なんてない」
「ううん……君がそう言うなら考えるが……」
ノットの発言をリドルは収めようとした。その隙を突いて僕は呪文を放った。絶対に負けてやるものか!
「プロテゴ! からのコンフリンゴ!」
「っなあっ!?」
爆発した。至近距離で爆発が発生したことにより辺りに人影がはじけ飛ぶ。僕にかかっていた浮遊呪文も解ける。周囲は爆発の煙りに濛々として見えないが、どうせ敵しかいない。僕は続けざまに呪文を放った。
「コンフリンゴ! コンフリンゴ! コンフリンゴ!」
「ぎゃあっ!」
「こ、こいつっ……!」
「邪魔だ! おい、リドル……僕はまだ負けては……」
悲鳴が迸る。その響きにどれだけ倒せたか確認する間もなく、煙の中から光線が飛んでくる。僕は咄嗟にプロテゴで護ったが、呪文の威力に貫かれた。杖が手元から飛んでいく。すぐに煙が消し飛んで、見ればリドルの手元に僕の杖は収まっていた。
リドルは困ったような、しかし嬉しそうな顔で言った。
「君、君ね、往生際が悪いよ。君は負けたんだ。大人しく……」
「フリペンド!」
「ぐあっ!」
「あっ、おい!」
リドルの後ろから、ノットが呪文を放って僕は吹き飛ばされた。そこにかつかつと靴音が寄ってきて、僕の腹を蹴り飛ばす。頭上にはふうふうと興奮した息遣いが聞こえている。
「げ、えぇっ……!」
「止めろ! おい!」
「うるさいぞトム! こいつ、こいつは、最大の侮辱を味わわせるべきだ。トム、闇の魔術を、クルーシオを使え! 使えよ!」
その言葉に、リドルは「……は?」と言った。
「君達、さあ。……君達には分からないだろうが、クルーシオ……許されざる呪文というのは、そんな苛立ったからといって放っていいものでは……」
「はあ? お父様はよく屋敷しもべ妖精に使っているぞ? 立場の差を分からせるには何よりだって……みんなも、使えはしないが使ってるところはよく見るだろ?」
「…………そんな馬鹿な」
「ああ。お父様とお母様の得意な呪文だ。それに、こういう時に使わないでいつ使うんだ? こいつは純血の敵だ。間違いなく……! だってこいつは、最後まで俺達を見ていなかった! 徹底して、純血を無価値だと思っていやがるんだ!」
「…………そんな、事は……」
朦朧とした頭に声が聞こえている。朧な視界にリドルは僕を見下ろしている。周囲には立ち上がった仲間達が僕を囲んでいて、憎悪と怒りに満ちた視線で僕を見つめている。
「やれ、トム! こんな奴に手加減をする必要なんかない。俺のお父様はホグワーツの理事なんだ。生徒一人、聖マンゴ病院に送ったところで……」
「もしかしたら杖なし呪文だって使えるかも知れない。俺達が危険なんだ。こいつが復讐に来る前に、心を折っておくべきなんだ。それがスリザリン流って奴だ。君もスリザリンなら、そうすべきだと分かっているはずだ!」
「…………しかし。……君達は、やはり、簡単に考えすぎている……と思う……。クルーシオは、恐ろしい呪文であって、決して君達が考えるような、便利なものでは……ない……」
「いや、便利な呪文だろう? 心を折ることが出来るなんて実に便利だ。君だって、前にネズミで実践したときに、実に便利な呪文だって言っていたじゃないか!」
「…………ネズミと人間は違う」
「同じようなものだ! 純血を侮辱する者は!」
ぼやけた頭で、僕は集団の熱が異様に高まっていることに気が付いた。ああ、だから正しく歴史を学ばなければならないというのに。許されざる呪文を手軽な呪いだと思い込んでしまう純血の環境は、最悪だと言って良い。
彼らはクルーシオの恐ろしさを知らない。だから気軽にやれと言う。しかしリドルは知っている。だから躊躇してくれている。
だが……普段ならば集団を統制する事など容易いだろうに、今のリドルは、何故かまごついている。集団の熱を抑制できていない。狼狽えて声は弱々しく、これでは熱に押されて……まさか……。
僕はリドルの顔を見た。彼女は杖を持ったまま複雑な表情を浮かべていた。呪文を打ち合っている最中は汗の一つもかいていなかったというのに、今は真っ白な額に汗を滲ませていた。黒の瞳は戸惑うように震えていた。
「やれ、トム! 何を迷っているんだよ! そこの血を侮辱するものに味方するっていうのか!」
「君はやっぱりマグルの味方か? なあトム! 違うというならクルーシオを使え!」
「マグル……う……私は……僕は……。…………っ」
リドルは唇を噛んだ。何時もは真っ赤な唇は、色を失って歪んでいた。彼女は腹の底から何とか絞り出すように言った。
おい、嘘だろう。なあ。
「僕は……私は、トム・マールヴォロ・リドルはっ、偉大な魔法使いの末裔だ! こんな、奴はっ」
リドルは杖を振った。
「クルーシオ! 苦しめ!」
「っ!? ……! …………か! は、あ……っ!」
悲鳴を上げることさえ出来なかった。リドルが呪文を唱えた瞬間、僕の頭身体手足全て至る所全てに苦痛が広がって苦痛が苦痛がっ!
「が……あ、あ! は………!」
「はは、いいぞトム! こいつにありったけの苦痛を与えてやれ!」
「う、う゛……!」
リドルは唇を深く噛み締めながら僕に向けて磔の呪文を放っている。何故だ。何故だ? 友達じゃなかったのか? 僕達の友情はその程度のものなのか?
「やめ、ろ……。そんな眼で、僕を見るな……」
何故だ痛い痛い苦しい何故だ? 何故君は、こんなに酷いことをするというのに、何故、何故君まで、どうして苦しそうな顔をするんだ?
「っ…………」
酷く細く薄い光線が、リドルの杖腕とは逆の腕から放たれたのを僕は見た。その瞬間に苦痛は止まって、「なんだ、もう気絶しやがった」という声を最後に、僕の意識は薄れていった。